『薔薇族』編集長 伊藤文学
日経ビジネスオンラインに書かれていた書評「ノンケな『「薔薇族」編集長』がゲイ雑誌を創った理由」を読んで、興味を持った一冊。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20090706/199450/
「薔薇族」という同性愛者向けの雑誌がかつて存在していたことは知っていたものの、手に取ったこともなければ、読んだこともなかった。だが、この本を読むと、一度は読んでみるべき雑誌だったのだろうと思わされる。実はゲイの友達も多いので、この分野には関心が強かったのだ。で、読んでみて、いかに自分が彼らについて理解していなかったというのがわかってしまった。
1971年に「薔薇族」を創刊した伊藤文学氏は、ノンケ(ヘテロセクシャル)の男性で、父親が細々と営んでいた出版社を生き残らせるためにさまざまな本を出版する。「ひとりぼっちの性生活」という真面目なオナニーの本がヒットし、その本に質問や悩み事を受け付けると奥付に書いたところ、数々の反響の中で、男性を想ってオナニーをしているという手紙があった。それを読んで、伊藤氏は、同性愛者という人々がこの世に存在し、彼らも自分と同じような悩みを抱えていることに気がつく。オナニーが罪深いものであると思って悩んでいた若き日の自分と、相談者を重ね合わせたのだ。そこで、彼は、同性愛者向けの雑誌を出せば彼らの気持ちもすっきりするのではないかと思いつく。
同性愛者の協力者を得て、さらに紆余曲折を経て創刊した「薔薇族」の反響は大きく、初版1万部を売り切るほどだった。最初はグラビアのモデルになってくれる男性を探すのも難しく、女性を撮影しているカメラマンを使ったりして苦労したとのこと。
自分は精神異常なのではないかと悩んでいたが、「薔薇族」を読んで、世の中には同性愛者がたくさんあることを知って安心した、という手紙も来た。
創刊号には「きみとぼくとの友愛のマガジン」と表紙に書いてあるように、読者との交流に大きな意味を持たせた雑誌ということでも画期的だった。発売されてからは次の号を待ちわびる読者からの電話が毎日のようにかかってきたし、読者を編集部に読んでのパーティ、高校生の座談会、電話相談室、愛読者旅行などさまざまな企画が行われた。文通欄には多くの掲載希望者からの手紙が舞い込んだ。一時期は「祭」という店を新宿に開き、多くの読者でごった返した。とにかく伊藤氏は、読者との交流をこの上なく大事にしていたというのが、伝わってくる。
本の中では、多くの読者からの手紙が紹介されており、愛のかたち、結婚のかたち、そして悩みも本当にさまざまであることがわかる。少年愛、百合族、中年専門の人など。読者の職業で最も多いのは教師だったそうだ。「薔薇族」を書店で万引きしたところ、見つかってしまい飛び降り自殺した高校生の痛ましい話などもある。また、薔薇族の青年にあこがれる女性たちも登場する。(今で言う腐女子に近いものだろうか)
また、多くの才能が「薔薇族」の中でひっそりと才能を咲かせた。男性の写真を撮っては売り生計を立てていた、誰も本名を知らない「オッチャン」、表紙を飾った絵を描いたアーティストたち、小説家たち。メーンストリームの世界では有名にならずとも、この本で紹介されている彼らの作品(特に、いわゆる「男絵」というカテゴリのイラスト)はどれも美しい。何回も警察に呼び出されては発禁処分を受けながらも、腹をくくった伊藤氏は屈することはなかった。
『薔薇族』を取り巻く世界も、時代の流れを必然的に受けてきた。オウム真理教信者で逮捕された青年が売り専をしていて、彼に恋をした男性の投稿があった。日航機墜落事故に恋人が乗っていたという男性からの痛ましい手紙。そして、この雑誌が創刊されてからのもっとも大きなトピックスは、AIDSの上陸だった。「薔薇族」は、この病気についていち早く医師らのインタビューを掲載したり、読者に検査を受けてもらう企画を立てたり。後に伝説的な名作とされるホモビデオの製作もした。
80年代になると、伝言ダイヤルなどの新しいサービスが始まったり、93年ごろにはゲイビジネスが花盛りとなった。この本「『薔薇族』編集長」は2001年に単行本として発行されたのだが、インターネットなどで手軽に同じ嗜好の人たちに出会えるようになる時代となり「薔薇族」は2004年には休刊する。復刊を遂げたものの、再び休刊し、現在は伊藤文学氏が個人で発行をしている。(伊藤文学氏は、現在はブログを開設してこまめに更新を続けており、「ご感想・ご相談はこちらへ」とメールでの相談を受け付けているなど、今でも積極的に交流を行っている)http://bungaku.cocolog-nifty.com/
同性愛者ではないにもかかわらず、彼らの気持ちに寄り添い、全力で雑誌を支え続けた伊藤文学の記録、読み終わった後にはなんともいえない感動がある。と同時に、日本における同性愛カルチャーの記録にもなっている本である。「自分は一人ではない」という思いを共有させ、勇気付けてきたということはすごいことだと思う。
松岡正剛の千夜千冊での紹介も(当時の誌面やグラビア、イラストなどの紹介もあり)ぜひご覧いただければ。
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1208.html
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