映画

2009/11/09

ナタリー・ポートマン主演映画「Black Swan」にウィノナ・ライダーも出演

「レクイエム・フォー・ア・ドリーム」や「レスラー」の監督であるダレン・アロノフスキー監督の新作が、バレエ界を舞台にしたスーパーナチュラル・スリラーで、ナタリー・ポートマン主演であることは以前お知らせしましたが、キャスティングが着々と決まってきているようです。

http://www.firstshowing.net/2009/11/08/winona-ryder-vincent-cassel-cast-in-aronofskys-black-swan/

こちらの記事によると、ウィノナ・ライダーとヴァンサン・カッセル(モニカ・ベルッチの夫:修正しました)、そしてバーバラ・ハーシーが出演するとのことです。ウィノナの役は、ナタリー・ポートマン演じるヒロインの友人役です。キャリアが終わりに近づいているベテランのバレリーナで、みんなにオデットの後釜を狙われている役なのだそうです。また、ヴァンサン・カッセルは、新しいプロダクションの邪悪な芸術監督とのこと。

それにしても、ウィノナ・ライダーのニュースを聞くのは久しぶりのような気がします。

撮影開始は数週間後にニューヨークで予定されており、NYCBが協力しているそうです。ベンジャミン・ミルピエがナタリー・ポートマンのバレエ指導を担当しているとか。

http://www.imdb.com/title/tt0947798/

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2009/11/01

『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』 Michael Jackson THIS IS IT

監督:ケニー・オルテガ 
振付:マイケル・ジャクソン、トラヴィス・ペイン
音楽監督:マイケル・ビアーデン/

公式サイト
http://www.sonypictures.jp/movies/michaeljacksonthisisit/

2009年6月に急逝したマイケル・ジャクソン。その死の直前まで行われていた、幻のツアーリハーサルをドキュメンタリー映画化。100時間にも及ぶリハーサルを編集して作り上げたという。彼の死についてはまったく扱われていなくて、ほとんどがリハーサルシーンで、時々ダンサーやバックシンガー、ミュージシャン、そしてスタッフたちのコメントが入るという形式。

50歳になっていたマイケルの10年ぶりのコンサートツアー。その年齢と、この映像収録後に亡くなってしまったという事実が信じられないほど、マイケルの動きは人間離れしていて見事だ。カメラはマイケルの顔のクローズアップを避けて、踊る彼の全身を捉えてくれていることが多く、いかに彼が傑出したダンサーであったかということを再発見できる。と同時に、一つのステージが多くの人々の手を経て創り上げられていくプロセスを見ることができて、すごく面白い。

ダンサー、マイケルの凄さについては、作品冒頭の若いダンサーたちの熱いコメントが図らずも物語っている。彼のツアーで踊るダンサーのオーディションがあると聞いて、翌日には飛行機に飛び乗ったというオーストラリアのダンサー。世界中から、マイケルにあこがれ続けていた才能が集結した。オーディションのシーンも圧巻で、若く美しく才能溢れた大勢のダンサーたちがマイケルの前で踊る。踊りが上手くて、グラマラスな容姿を持っているだけではダメ、人の目を惹きつける華がないと、とオーディションの担当者は語る。そして選び抜かれた若いダンサーたちと踊っても、マイケルの踊りは傑出しているのだ。映画の終盤、「ビリー・ジーン」のリハーサルで何者かに取り付かれたように、神のように踊るマイケルを見て、出番を待つダンサーたちやスタッフたちが熱狂的な喝采を送る様子も印象的だった。

マイケル・ジャクソンが歌手、そしてダンサーとしてとてつもない才能の持ち主だったということだけでなく、プロデューサーとしても一流だったということがよくわかる。バックダンサーたちの振り付け、舞台演出、音の出し方まで細心の注意を払い、一つ一つ細かく、的確に指示している。舞台の演出はマジカルなイマジネーションで溢れている。「ビリー・ジーン」で、ダンサーが脱いだジャケットが燃えるなんて演出、見てみたかった。バックに使われる映像にしても、ブルーバックを使って大胆な演出を行っている。「ギルダ」のリタ・ヘイワースが投げた手袋を受け止めたり、「三つ数えろ」のハンフリー・ボガートに追われたり。圧巻だったのが「スリラー」で、3D映像であのPVを再現しているだけでなく、映像に続けて舞台の上にも墓場が出演してゾンビたちが踊るのだから!このコンサートツアーが実現していたら、どんなにとてつもない伝説的なステージになったことだろうか。

また、アマゾンの自然を中心に地球の環境を守らなくてはならないというマイケルの真摯なメッセージが伝わってくる「Earth Song」の映像にも、心を鷲づかみにするようなパワーがあった。

そんな「神」のようなマイケルだけど、謎とスキャンダルに包まれていた彼が、実際にはスタッフに細やかな気配りを忘れない、腰が低くて心優しい人柄であったという人間らしい素顔も見えてくる。細部にまでこだわるところには、彼の神経質なところも伺える。けれども、全身全霊をこのコンサートツアーに注ぎ込みつつも、大きな愛でスタッフを包み込み、彼らを家族同然に思っているのが伝わってくる。(「スリラー」の映像撮影を、チュパチャップスを舐めながら見ているマイケル、可愛い)だから、スタッフたちも、彼にアーティストとしての尊敬を隠さず、彼と仕事ができることを幸せに思っていると目を輝かせながらコメントしており、その中には嘘や偽りの一片もない。これらのコメントは、リハーサルの最中に取られたものなので、その時点では、彼らもマイケルがこんな形で急にこの世を去ってしまうということは夢にも思わなかっただろう。希望と喜びに満ちていた彼らが、突然の訃報にどれほど打ちひしがれていただろうかと思うと胸が痛む。スタッフ一人一人に焦点を当てている様子からも、彼がスタッフを大切にしていたのが伝わってきた。

リハーサルだけで、これほどまでに凄いインパクトがあって圧倒的なステージ、それが幻となってしまったこと、そしてマイケルがこの世にいないということが、この世界にとってとてつもなく大きな損失だったということを改めて実感させられた。リハーサルの映像だから、パフォーマンスには観客がいない。どんなにか、彼は観客の前で歌い踊りたかったことだろう。衣装デザイナーが衣装について語り製作に当たるシーンでは、きらびやかな石を縫い付けるためにサングラスが必要なほどと言っていたが、どんな衣装を着たのだろうかということも知りたかった。そして自分の声をセーブするために、マイケルが目いっぱいの力では歌わなかったところもある。相変わらず美しい声であるものの、少し声に衰えが見られるところもあったし。

この世を去ってしまった人を、現世によみがえらせることは無理ではあるけど、それが一晩だけでもできたらどんなにいいだろうか、と思ってしまった。

こんなにも多くの人々の心に響き、もの凄い才能を持った心優しきマイケルが生きていけないこの世の中って何だろう。でも、最後にこのような素晴らしい贈り物をファンに、周りの人々に残してくれて、そしてさまざまな愛に溢れたメッセージで世界を満たしてくれた彼に感謝。

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2009/09/30

映画「パリ・オペラ座のすべて」のカレンダーbyチャコットと映画公式ブログ

新しいDANZAをもらいに渋谷のチャコットに立ち寄った時に、映画「パリ・オペラ座のすべて」の写真を使用した2010年のカレンダーが売っていたので、1050円と手ごろだし、自分への誕生日プレゼントだと思ってつい買って帰ってしまいました(来年のカレンダーはABTのと、シュツットガルト2種類も持っていて、狭い家の中に飾る場所がありませんが)。

http://www.chacott-jp.com/j/topics/2010calendar/index.html

1月 「くるみ割り人形 Casse- Noisette」舞台写真 レティシア・プジョルとニコラ・ル=リッシュ
2月 「メディアの夢 Le Songe de Medee」リハーサル写真 デルフィーヌ・ムッサン
3月 「パキータ Paquita」リハーサル写真、エミリー・コゼット、サラ・コラ・ダヤノヴァの背中(ダンソマニ日本版による)、コール・ド・バレエ
4月 デフィレ
5月 「メディアの夢 Le Songe de Medee」舞台写真 デルフィーヌ・ムッサン、ヤン・ブリダール
6月 「ジェニュス Genus」リハーサル写真 アニエス・ルテステュ、マチュー・ガニオ
7月 「パキータ Paquita」舞台写真 ドロテ・ジルベール&マニュエル・ルグリ、子役に囲まれるドロテ・ジルベール
8月 「パキータ Paquita」舞台写真 ドロテ・ジルベール&マニュエル・ルグリ(ドロテの手にキスをするルグリ)
9月 「ジェニュス Genus」舞台写真 マリ=アニエス・ジロ、バンジャマン・ペッシュ
10月 「ベルナルダの家 La Maison de Bernarda」舞台写真 レティシア・プジョル、オーレリア・ベレ、アメリー・ラムルー
11月 「ジェニュス Genus」リハーサル写真 マリ=アニエス・ジロ、バンジャマン・ペッシュ/「パキータ」リハーサル写真 アニエス・ルテステュ、エルヴェ・モロー/「くるみ割り人形 Casse- Noisette」リハーサル写真 ミテキ・クドーを先頭にしたコール・ド・バレエ/「パキータ Paquita」リハーサル写真 ローラン・イレール
12月 「くるみ割り人形Casse- Noisette」舞台写真 イザベル・シアラヴォラ(雪の精)
1月 ガルニエの衣装工房/ブリジット・ルフェーブルとロール・ミュレ

写真はさまざまなカメラマンによって撮影されていますが、違和感はありません。華やかな舞台写真と、地道なリハーサルに明け暮れる様子とではずいぶん違っていることがわかります。リハーサルの写真は、動いている最中に撮影された写真のはずなのに、なぜか時が止まっているように見えます。350年の長きにわたって、このようにリハーサルと舞台が繰り返されてきたのだろうか、とふと思いました。

ところで、映画「パリ・オペラ座のすべて」の公式サイトには、ブログができていました。そこで映画の宣伝マン2人がバレエにチャレンジ、ということでチャコット本店にある渋谷スタジオでレッスンを受ける男子二人をレポートしていて、かなり面白いです。彼らの特訓の成果を、ぜひとも見たいものです!
http://blog.excite.co.jp/parisopera

今日はフィガロ・ジャポンの連載をまとめた「パリ・オペラ座バレエ物語」と、「バレエ・リュス その魅力のすべて」を買ってきたのですが、まだ読み終わっていないので、ご紹介は改めて。

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あと雑誌情報ですが、

発売中の「エル・ジャポン」11月号にはマチュー・ガニオのインタビューが載っていました。

10月2日発売の「シアターガイド」には、マニュエル・ルグリのインタビュー[名エトワール、踊りと人生を語る]が掲載されているそうです。
http://www.theaterguide.co.jp/newbook/backnumber/2009/11/index.html#c06

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2009/09/15

『パリ・オペラ座のすべて』Le Ballet de l'Opera de Paris

フレデリック・ワイズマン監督がパリ・オペラ座を撮ったドキュメンタリー映画『パリ・オペラ座のすべて』、クラシカ・ジャパンの試写会で観て来ました。2時間40分という長尺でしたが、飽きることなく、とても面白く観ることができました。

http://www.paris-opera.jp/

ワイズマン監督がABTを描いた『BALLET アメリカン・バレエ・シアターの世界』と同じ手法で、ダンサーや振付家、スタッフのインタビューもなければ、ナレーションも一切なし。2007年の終わりの84日間にオペラ座で起きたことを切り取っています。撮影の間にストがあって公演が中止になったり、ベジャールが亡くなったりといった事件も起きますが、そのことについても淡々とした日常の一部としてだけ扱われています。

テロップも作品名と、主演ダンサー、それに芸術監督のルフェーブルくらいしかないので、オペラ座を良く知っている人でないと、誰が誰だかわからなくなってしまうかもしれません。私自身も、この人誰だっけ?と思うことが何回かありました。しかも、いきなり序盤の「メディアの夢」のリハーサルで、ステファン・ビュヨンなのにヤン・ブリダールってテロップが出ているし(公開までには直してくださいね)

振付家の名前もあまり出てこないので、ルフェーブルと新作について話し合っている若い振付家がエマニュエル・ガットだとはわからないだろうし。何より、「ベルナルダの家」に出演しているダンサーのテロップがないので、マニュエル・ルグリが映っていることにも気がつかない人がいるかもしれません。

逆に言えば、この作品は誰が主人公ということではなく(敢えて言えばやはり芸術監督ブリジット・ルフェーブルなのだろうけど)、パリ・オペラ座というバレエ団そのものが主役ということなのだと思います。ダンサーのテロップにもエトワールという肩書きはつかないし、ダンサーだけでなく、教師たち(ローラン・イレールがさまざまな作品の指導で登場するのは嬉しい限り)、レッスンピアニスト、衣装やメイクアップなどのスタッフ、さらには食堂の料理人や掃除人まで登場して、オペラ座がダンサーだけで成り立っているわけではないことを示しています。ガルニエの地下の下水のシーンから始まり、ラスト近くも水を湛えた下水(小魚が泳いでいる)ところを映していますが、脈々と300年以上続いてきたこの劇場を象徴させていると思いました。

ルフェーブルの劇中での話によれば、オペラ座は3年単位で上演計画を立てているとのこと。前述のエマニュエル・ガットの新作が上演されたのは、今年(2009年)4月末でした。そして、彼に対して、「ダンサーは15人用意できるわ、必要だったらエトワールも」「エトワールはスーパーカーだから、彼らに10キロで走れなんて言えないわ、オペラ座は階級社会なんだから」ってルフェーブルは言い放ちます。それなのに、この映画はエトワールをたくさん映すということは一切ないのだから面白い。それどころか、レティシア・プジョルやアニエス・ルテステュのような一流エトワールが、ラコットら教師に容赦なくダメ出しをされているところも映し出されています。「脚を低くしてなんて聞いたこともないわ!」とアニエスはぷんぷん怒っているし。

演出がないことによって、オペラ座の知られざる面が赤裸々に明らかにされていきます。「パキータ」のドレスリハーサルでパ・ド・トロワを踊ったマチルド・フルステーに対し、教師がダンサーに聞こえないように彼女に対する辛口の批判をしている声を拾っているのが可笑しいです。ああだこうだと難癖をつけながらも、最後に彼女が3回転のピルエットをしたところで「3回転したから、まあいっか」なんて言っているし。しかもその後に踊ったマチアスには、もう手放しの絶賛で「トレビア~ン!」と手のひらを返しているからますます笑えます。

イレールら教師やスタッフたちを呼びつけて、コンテンポラリーのクラスに参加するダンサーが少ないとルフェーブルが愚痴っているところを映したり、「パキータ」のパ・ド・トロワに抜擢されたバレリーナが、長く踊り続けたいのでこういう大変な役は踊りたくない、と直訴していたり。その「パキータ」のグラン・パのリハーサル途中でアントレのバレリーナのチュチュがほどけてしまったり、オペラ座の意外な側面が見えるのも興味深いです。NYCBとの合同公演でアメリカ人のパトロンが来るという時、大口のスポンサーにリーマン・ブラザーズの名前が出てきて、2年前には、こんなことになろうとは誰も思わなかったんだろうな、ってしみじみ思いました。

リハーサルや本番の映像もたっぷり収められて、作品が完成していく過程をこの映画で観られるのは、バレエファンにとっては至福の時間です。特に日本で観る機会の少ないコンテンポラリー作品が、一部にせよいろいろと観られるのはとても貴重。今のオペラ座は、(ルフェーブルが、「うちは古典をベースにしているカンパニーで、上演しないわけには行かないの」、と教師たちに力説しているのとは裏腹に)コンテンポラリー中心であり、ダンサーたちもコンテンポラリーを踊っている時の方が生き生きとしています。エックの「ベルナルダの家」とウェイン・マクレガーの「ジェヌス」観たいです。オペラ座も来日公演でミックスプロを上演すればいいのに、それが今のオペラ座の姿なのだからって思います。

バレエが好きな人なら、きっとわくわくしながら観ることができる160分、もう一度劇場で観るのが楽しみです。

フレデリック・ワイズマンのインタビューが面白かったので、ご紹介しておきます。
http://www.cinematoday.jp/page/N0019655

登場する作品の感想を一つ一つ挙げていくと、大長文になってしまうので、作品名と主な出演者だけあげておきます。
ルグリはじめ出演者たちが舞台上でものすごい叫び声をあげる「ベルナルダの家」がめっちゃ面白かったです。こういうオペラ座が観たいんですよね。クラシック・バレエを一切学んだことがないマクレガーが振付けた「ジェヌス」はとてもカッコいいし。それから、若さに溢れてまさに伸び盛りのマチアス・エイマンの姿をこうやって残してくれたことも、素晴らしいと思いました。

舞台映像(ゲネプロも一部あり、一部自信なし)
ウェイン・マクレガー振付「ジェヌス」
ジェレミー・ベランガール、ドロテ・ジルベール、マチアス・エイマン、ミリアム・ウルド=ブラム

サシャ・ヴァルツ振付「ロミオとジュリエット」
オーレリー・デュポン、エルヴェ・モロー

アンジェラン・プレルジョカージュ振付「メディアの夢」
アリス・ルナヴァン、ウィルフリード・ロモリ

ピエール・ラコット振付「パキータ」
マニュエル・ルグリ、ドロテ・ジルベール

ルドルフ・ヌレエフ振付「くるみ割り人形」
ニコラ・ル=リッシュ、レティシア・プジョル

「メディアの夢」
デルフィーヌ・ムッサン

マッツ・エック振付「ベルナルダの家」
マニュエル・ルグリ、マリ=アニエス・ジロ、レティシア・プジョル

「ジェヌス」
マチュー・ガニオ、アニエス・ルテステュ、マリ=アニエス・ジロ

リハーサル映像
「くるみ割り人形」群舞
ローラン・イレール(指導)

「メディアの夢」
アリス・ルナヴァン、ステファン・ビュヨン、エミリー・コゼット、アンジェラン・プレルジョカージュ

「パキータ」群舞
ローラン・イレール(指導)

「ジェヌス」
マチアス・エイマン、マチュー・ガニオ
マリ=アニエス・ジロ、バンジャマン・ペッシュ、ウェイン・マクレガー

「くるみ割り人形」
ジョゼ・マルティネス、レティシア・プジョル

「パキータ」
アニエス・ルテステュ、エルヴェ・モロー、ピエール・ラコット

「くるみ割り人形」
レティシア・プジョル、ニコラ・ル=リッシュ

「メディアの夢」
エミリー・コゼット、ローラン・イレール(指導)

「パキータ」
マチルド・フルステー、マチアス・エイマン

ピナ・バウシュ振付「オルフェオとエウリディーチェ」
ヤン・ブリダール

指導者の中には、ノエラ・ポントワやギレーヌ・テスマーもいました。
そして最後の方で、辞退したバレリーナに代わり「パキータ」のパ・ド・トロワを射止めた若く野心に燃えたバレリーナは誰なのでしょうか?オペラ座に詳しい方、教えていただけると嬉しいです。

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2009/09/06

映画「パリ・オペラ座のすべて」初日が10月10日に決定

Bunkamuraル・シネマの「ニュース&トピックス」のページに、映画「パリ・オペラ座のすべて」初日が10月10日に決定したとお知らせが掲載されていました。

http://www.bunkamura.co.jp/cinema/news/index.html

上映時間も決定しています。
連日…10:10/13:20/16:30/19:40

仕事帰りにも行きやすい時間帯ですね。

私はクラシカ・ジャパンの試写会が当たったので、一足早く観に行く予定ですが、前売り券も買っているので、映画館にももちろん行きます!

オフィシャルサイト
http://www.paris-opera.jp/

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2009/09/04

映画「パリ・オペラ座のすべて」のスライドショー "LA DANSE –le ballet de l'Opéra de Paris"

映画「パリ・オペラ座のすべて」のスライドショーが、Bunkamuraのサイトにアップされていました。

Affiche


http://www.bunkamura.co.jp/cinema/lineup/opera/slideshow.html

2007年の終わりの方に撮影されたとあって、「くるみ割り人形」「パキータ」の舞台写真があり、この2公演は観に行ったのでなんだかちょっと嬉しいです。他に、ウェイン・マクレガー振付の「Genus」の舞台写真や、マリ=アニエス・ジロがリハーサルする写真などもありますね。

オフィシャルサイトも、気がつけばけっこうアップデートされていて、エトワール全員(最近昇進したマチアス・エイマンとイザベル・シアラヴォラ以外、撮影当時はまだ現役だったロモリとベラルビも含む)のプロフィールまで載っていました。まだこれから「バレエ入門」やトリビアなどが追加されるようです。

http://www.paris-opera.jp/

さらに、上映劇場も増えていて、首都圏では109シネマズ川崎でも上映するんですね。川崎の方が家から近いし上映環境もいいから川崎で観たいなあ。

前売り券はイープラスでも扱っていて、イープラスで買うと以下のプレゼントが抽選で当たるそうです。
http://eplus.jp/sys/T1U14P0010158P002032475P0050001

[キャンペーン情報] e+で前売券を購入された方に抽選で賞品が当たる!
 --------------------------------------------------
 ★マチュー・ガニオ サイン入りプレス    2名様
 ★チャコットカレンダー2010年版
  映画「パリ・オペラ座のすべて」より   10名様
 --------------------------------------------------

チャコットでこの映画のカレンダーを出す予定になっているのかしら?


あと、クラシカ・ジャパンで以下の番組が放映されます。
http://www.classica-jp.com/ballet/index.html

先行放送!映画『パリ・オペラ座のすべて』特別映像

初回放送:9月27日(日)15:30

10月Bunkamura ル・シネマ他にて全国順次ロードショーされる「パリ・オペラ座のすべて」。 巨匠ワイズマン監督が11週間に及ぶ密着撮影を敢行。豪華かつ驚きに満ちた 160分のドキュメンタリーの公開に先立ち、その一部を一足早くお見せします!

■字幕/約15分

製作会社Sophie Dulac Distribution のサイトで、写真やプレス資料(フランス語)をダウンロードすることができます。(TÉLÉCHARGEMENTSと書いてあるところから)

http://www.sddistribution.fr/fiche.php?id=31

FILM-ANNONCE と書いてあるリンクからは、オリジナル版の予告編も観られます。

『パリ・オペラ座のすべて』
"LA DANSE –le ballet de l'Opéra de Paris"
監督:フレデリック・ワイズマン
出演:パリ・オペラ座エトワールほかダンサーたち、ブリジット・ルフェーブル、パリ・オペラ座職員
2009年/フランス=アメリカ/160分
提供:ショウゲート、デイライト/配給:ショウゲート
10月 Bunkamuraル・シネマ、109シネマズ川崎ほか全国順次ロードショー

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2009/08/22

バーミンガム・ロイヤル・バレエのツァオ・チー主演「Mao's Last Dancer」と新国立劇場「カルミナ・ブラーナDavid Bintley´s Carmina Burana」キャスト

以前にもご紹介しましたが、ベストセラー小説を映画化した「Mao's Last Dancer」の予告編がアップされました。プリンシパルのツァオ・チーが主演したこの作品、バーミンガム・ロイヤル・バレエのオフィシャルサイトでも紹介されていました。

http://www.brb.org.uk/MLD-Trailer.html

予告編自体はYouTubeにあります。

ヒューストン・バレエの元プリンシパルで、中国から亡命後にはオーストラリア・バレエに移籍したLi Cunxin(李存信)の自伝を元にしたこの映画。ワールドプレミアは9月10日のトロント映画祭で、公開はオーストラリアが10月1日というのは決まっていますが、英国や全米、そして日本公開はまだ決まっていないようです。

オフィシャルサイトもできていました。
http://www.maoslastdancermovie.com/

予告編を見ると、「ドン・キホーテ」やグレアム・マーフィ版の「白鳥の湖」のシーンが登場しているなど、バレエシーンもかなりあるような雰囲気です。カイル・マクナクランや、「センターステージ」のヒロインだったアマンダ・シュルも出演しています。カイル・マクナクランがすっかり老けていてちょっとショックです。

原作は、徳間書店から邦訳が出る予定です。「毛沢東のバレエダンサー 」というタイトルで、8月27日発売です。面白そうなので、ぜひ読んでみたいと思います。邦訳が出るということは、日本公開も期待できるかもしれませんね。

毛沢東のバレエダンサー毛沢東のバレエダンサー
井上実

徳間書店 2009-08-27
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****
バーミンガム・ロイヤル・バレエつながりで、デヴィッド・ビントレー振付の新国立劇場「カルミナ・ブラーナ」のキャストが会報誌「ジ・アトレ」とオフィシャルサイトに載っていました。

David Bintley´s Carmina Burana

http://www.nntt.jac.go.jp/season/updata/20000205_2_ballet.html#cast

【フォルトゥナ】
ゲストダンサー(5月1・3日)
湯川麻美子(5月2(マチネ)・4日)
小野絢子(5月2(ソワレ)・5日)

【神学生1】
グリゴリー・バリノフ(5月1・3日)
吉本泰久(5月2(マチネ)・4日)
福岡雄大(5月2(ソワレ)・5日)

【神学生2】
八幡顕光(5月1・3日)
福田圭吾(5月2(マチネ)・4日)
古川和則(5月2(ソワレ)・5日)

【神学生3】
ゲスト(5月1・3日)
芳賀 望(5月2(マチネ)・4日)
山本隆之(5月2(ソワレ)・5日)

【恋する女】
さいとう美帆(5月1・3日)
高橋有里(5月2(マチネ)・4日)
伊東真央(5月2(ソワレ)・5日)

【ローストスワン】
本島美和(5月1・3日)
寺島まゆみ(5月2(マチネ)・4日)
川村真樹(5月2(ソワレ)・5日)

ゲストはまだ誰が来るのか未定なんですね。前回上演した時にゲスト出演したイアン・マッケイとシルヴィア・ヒメネスはバーミンガム・ロイヤルを退団しているし。(現在コレーラ・バレエに所属しているマッケイは、BRBの「シラノ」にゲスト出演するそうです)
長身で威圧的な印象の運命の女神、フォルトゥナに小野絢子さんが出るのはとても以外ですが、どんな風に踊ってくれるのかが楽しみです。神学生2に古川和則さんが抜擢されていますが、新国立劇場に移籍して以来、一番大きい役なのではないでしょうか?これも楽しみですね。

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2009/07/29

映画「パリ・オペラ座のすべて」と「ベジャール、そしてバレエは続く」

今日はシアターコクーンでコクーン歌舞伎「桜姫」を観てきました。

ベンチシートで、クラシックのコンサートだったらいわゆるP席の位置だったため、役者さんの背中ばかり見る羽目になってストレスはたまりました。一応、舞台が円卓になっていて回転するので、少しは後ろ側は向いてくれるんですが。
公演そのものは本当に素晴らしかったです。先月、現代劇版の「桜姫」も観ていたので、2倍楽しめました。なんといっても、桜姫役の中村七之助が妖艶で美しかったです!女形は、女性よりも女性らしい仕草を見せてくれるのがいいですよね。それにしても、「桜姫」って凄まじい内容の物語です。清純な娘がファムファタルとなり、堕ちていく、それに巻き込まれる高僧・清玄がさしずめデ・グリューで、盗賊の権助がレスコーと考えると、けっこう当てはまります。だけど、その中に、清玄が17年前に心中し、一人先に逝ってしまった稚児白菊丸が、桜姫に転生したというプロットが入ることで、より複雑な物語になっていくんですよね。

また詳しい感想は後日書きます。今日は、観客席に、現代版の「桜姫」でマリアを演じた大竹しのぶさんが来ていました。最後のカーテンコールの時に勘三郎が彼女を観客に紹介していました。

******
シアターコクーンにいったついでに、6階のル・シネマで「パリ・オペラ座のすべて」の前売り券を買いました。Bunkamura会員なので、前売りを買わなくても当日前売り料金で買えるのですが、前売り券の付録のポストカード目当てで思わず。

オフィシャルサイトには、予告編映像がアップされています。ナレーションは市川海老蔵さん。
http://www.paris-opera.jp/

チラシの裏には、フィガロ・ジャパンに連載されていた「パリ・オペラ座物語(仮)」10月刊行予定、と書いてありました。阪急コミュニケーションズからで、1680円だそうです。

それからもう一つ。すでにダンソマニ日本語版でも紹介されていますが、BBLの新しいドキュメンタリー映画「ベジャール、そしてバレエは続く」が、来年お正月にル・シネマで公開されるそうで、片面だけのチラシがありました。A4版だったので、バレエフェスでチラシの束の中に入っているかもしれませんね。

Image0291_2


「カメラはベジャールの一周忌におこなわれたベジャール最後の作品「80分世界一周」の公演後、苦悩と葛藤をくり返しながら、美しきバレエを作り出していくダンサー達の日常に肉薄する。そして、ダンサー達の運命の日、ジル・ロマン振付の新作「アリア」のワールド・プレミアが幕を開ける」

スペイン映画で、80分。監督:Arantxa Aguirre
配給:セテラ・インターナショナル/アルバトロス・フィルム です。

IMDBにも情報は載っていました。原題は「Béjart: The Show Must Go On」です。
http://www.imdb.com/title/tt1423589/

制作会社Latido Filmsのオフィシャルサイトでは、予告編も観られます。
http://www.latidofilms.com/proyectos.nuevostitulos.ficha.do?idProyecto=110&opcion_izquierda=5&opcion_superior=3#

明日からいよいよバレエフェスが始まりますね~。まずは「ドン・キホーテ」からです!楽しみ~。

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2009/07/06

レスラー The Wrestler

The Wrestler
http://www.foxsearchlight.com/thewrestler/

http://www.wrestler.jp/

監督:ダーレン・アロノフスキー
脚本:ロバート・シーゲル
出演:ランディ(ミッキー・ローク)
    キャシディ(マリサ・トメイ)
    ステファニー(エヴァン・レイチェル・ウッド)

私は熱心なプロレスファンではないけれども、中学生の頃、少年サンデーの「プロレススーパースター列伝」を毎週読んでいた。実際のプロレスも2回だけだけど観に行っているし、プロレス界を舞台にしたドキュメンタリー映画「ビヨンド・ザ・マット」もトークショーつきの回を観に行った。WWEの放送も時々観ている。プロレスには、筋書きがあるというけれども、たとえそんなものがあっても、自らを痛めつけ、血だらけ、傷だらけになって闘う男たちの姿には、ぐっと魂を掴むものがある。

その闘い方を観ると、バレエを想像してしまうときがある。生身の肉体が作り上げる、パフォーミングアーツという点で、共通項があるからだ。

今はすっかり落ちぶれてしまっているものの、80年代にはマディソン・スクエア・ガーデンを満杯にするほどの人気を博したプロレスラーのランディ。

冒頭、彼の過去の栄光は、彼が飾った新聞や雑誌の記事で綴られ、バックに流れるのはクワイエット・ライオットの「メタル・ヘルス」。ランディが年増シングルマザーのストリッパー、キャシディと初めてビールを飲むところで流れるのは、ラットの「ラウンド・アンド・ラウンド」(80年代は最高だったのに、ニルヴァーナがすべてをぶち壊した、というキャシディの台詞にはウケた。私はニルヴァーナも好きだけど)。ランディが最後の戦いへと向かうところでは、アクセプトの「Balls to the Wall」。そして彼が入場する時のテーマ曲は、GUNS N' ROSESの「Sweet Child O'Mine」。この80年代ヘヴィ・メタルを中心とした選曲が実にはまっている。

ランディは80年代の栄光を引きずってプロレスラー稼業を続けているものの、小さな会場で細々と試合を行い、トレーラーハウスの家賃も満足に払えず、スーパーでアルバイトをし、ダウンジャケットの穴をガムテープでふさいでいるような始末。それでも、老いつつある肉体にステロイド注射を打ち、日焼けサロンに通い、自慢の長髪を安い美容院で金髪に染めて、戦い続けている。若くないのに、ホッチキスを打たれたり、有刺鉄線で血だらけになったり、椅子で殴られたりと、あまりにも壮絶な生き様。

しかしランディを取り囲むプロレス関係の人々は優しい。「大丈夫か」と優しく声をかけたと思ったら次の瞬間には不意をついて襲い掛かるレスラーも、試合後には控え室でハグし合い、お互いの健闘をたたえる。試合開始前の打ち合わせでは、若いレスラーを励まし、アドバイスを与えるランディ。ファンたちもとても優しくて、往年のファンたちがランディにサインをせがんだり、寂れたサイン会場にやってきては、すっかり衰えたり身体が不自由になった元レスラーたちと一緒に写真を撮ったり、その姿を見ているだけで泣けてくる。

ランディは、ダメな男だ。過去にはあれほどの栄華を誇ったというのに、今の体たらく、それでも過去の栄光にすがりついてレスラーを細々と続けている。実の娘ステファニーを捨ててしまい父親らしいことは何もしなかった。いざ心臓発作を起こしてステファニーを訪ねて行っても、相手にされない。唯一彼女と和解するチャンスがあったというのに、酒とクスリと女に溺れてふいにしてしまう。でも、彼は愛すべき男だし、男気があるし、なんとか真っ当な人間として再生しようと一生懸命だ。そんな彼の魂にそっと寄り添うように、アロノフスキーは、時には容赦ないほどのクールさを保ちながらも、あたたかく彼の戦いを描く。

そんなランディのことが気になっているけれども、どうしても一歩深入りすることができないキャシディ。そろそろストリッパー稼業を続けるのも限界と感じていて、息子のためにも新しい生活を始めなければならない、その時にそばにいるべき男は、ランディではないと感じている。自分の母親と同じくらいの年なのか、と若い客にからかわれている彼女を「こんなに色っぽい女はいない」と助け出してくれた彼の男気には打たれながらも。優しいけど生活力のない男を、きっと彼女はたくさん見てきたのだろう。年齢の割には美しくプロポーションもいいのだけど、生活の疲れが見えてきた彼女は、安穏を求めていて、命を削ってでも戦いをやめないランディとは別のベクトルを向いていたのだ。

心臓発作を起こし、死にかけたことでレスラー生活に終止符を打とうと、ランディはスーパーの惣菜売り場でフルタイムで働くことを決意する。長髪を帽子で覆い、まるで満員のプロレスの試合会場へ入場する時のような演出で、売り場へと歩んでいくランディ。キャシディに息子がいると聞いて、「ちょっと待って、プレゼントしたいものがある」と自分のフィギュアを差し出した時のキャシディの表情。ステファニーに(派手なグリーンの)服をプレゼントして、二人で寂れた海岸を歩き、立ち入り禁止の扉を開けると広がる、ダンスホールの廃墟。美しい瞬間、美しい台詞がこの映画の中にはたくさんある。幕切れの見事さ。一瞬の闇と無音の後、ブルース・スプリングスティーンの胸を締め付けるようなテーマ曲が始まる。

(この映画のためにスプリングスティーンがノーギャラで書いたテーマ曲は、この作品を見事に捉えたものだ。歌詞はここで見ることができる)

負けると判っていても、傷だらけになって闘う男は美しい。

「引退するかどうか、決めるのはお前ら観客だけだ」。その言葉に、観客たちは熱いエールを送る。残酷さと温かさの両方を、ファンたちは持ち合わせている。

プロレスは、スポーツとパフォーミングアーツの過酷な部分を合わせた、芸術なのだと思った。ランディの役を、スタジオの反対にあってもミッキー・ロークが演じることにアロノフスキーはこだわったという。ランディの姿はそのまま、どん底から這い上がってきたロークに重なり、この世界で生き抜いていくことのタフさと、その中で勝利のない戦いを闘う姿の美しさを教えてくれる。

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2009/06/28

愛を読むひと The Reader

愛を読むひと The Reader
http://www.aiyomu.com/
http://www.imdb.com/title/tt0976051/

製作年 : 2008年
製作国 : アメリカ=ドイツ
監督 : スティーヴン・ダルドリー
製作:アンソニー・ミンゲラ、シドニー・ポラック
脚本:デビッド・ヘア
撮影:クリス・メンゲス、ロジャー・ディーキンス
原作: ベルンハルト・シュリンク 「朗読者」Der Vorleser
出演 : ケイト・ウィンスレット、レイフ・ファインズ、デヴィッド・クロス、レナ・オリン、ブルーノ・ガンツ

原作「朗読者」の邦訳が出た時に読んで、それから10年近く経っての映画化。日本でも当時ベストセラーとなったこの小説のタイトルではなくて、なぜこんな安っぽい邦題にしてしまったのかが大きな疑問。邦訳では、主人公の名前ははミヒャエルだったのに、英語で製作されているため、英語読みのマイケルとなっているのに違和感を覚えた。また、字幕には、時々明らかに誤訳と思われるところがあった。


(ネタバレしているので、未見の方は気をつけてください)

映画を観る前に、もう一度原作を読み直してみた。とても読みやすい邦訳で、ミヒャエルの一人称でストーリーは綴られている。この本を読んだ当時、とても心が動かされて涙を流したと記憶しているのだけど、2回目だからということもあったのか、いろいろな質問を投げかけられたような気がして考え込んでしまった。裁判の序盤で、「あなたならどうしましたか?」とハンナが裁判長に向けた問いは、私にも向けられているのではないかと思った。

本を読むという行為を通して、人の内面の世界は無限に拡大していくものだということが、この作品では隠喩いる。文字が読めないハンナが、頑固で不器用で、ナチスの犯罪行為の意味も理解できていなかったことの悲劇性を伝えている。

原作にほぼ忠実に映画は作られている。より判りやすく、ドラマ的な効果を上げるように付け加えられた描写や、省略されたところはあっても。

******

映画ならではの演出としては、15歳の時のミヒャエルが次から次へと様々な小説(ときにはコミックまで)を朗読していくところが情感豊かで素晴らしい。その間にふたりが愛し合っているところのカット割りが、軽い陶酔感を覚えるほど鮮やかで、恋愛の高揚感をも伝えている。小説を朗読することが愛を意味していたということを強く印象付けており、また強制収容所でハンナがユダヤ人の少女に本を読ませていたという証言にも繋がる。大人になってからのミヒャエルが、テープを吹き込むところもそう。朗読という行為を通して、ミヒャエルはハンナへの思いを伝えようとしていたということがよくわかる。

恋の高揚感の中にも、ハンナが実は字が読めないということを暗喩する描写がさりげなく散りばめられているのが、とても哀しい。ラテン語やギリシャ語まですらすらと読めるミヒャエルは、ハンナがまさか字が読めないなんて思いも寄らなかったことだった。

原作にないエピソードとしては、ミヒャエル(マイケル)と同じゼミを受けている生徒の一人の台詞がある。あの被告人の6人の元看守の女性たちは、たまたま捕まって裁判を受けているけれども、ナチスに関わった人間はものすごく多くいて、罪を問われている人だけではなく、その時代の人々皆が有罪なのではないか、と。

ナチズムを止めることができず、選挙で投票してヒトラーを選んだ人々にだって、罪があると考えることはできる。罪に問われた被告人たちは、職務を全うするために結果的に恐ろしい犯罪行為を行った。自分が同じ立場だったら、果たしてどうしたのだろうか。このシーンがあることで、この重大なテーマが判りやすく浮かび上がってくるのである。

それなのに、他の被告人たちは、自分たちの罪をハンナになすりつけて、罪から逃れようとする。刑の大小はあったとしても、有罪という意味では、皆同じだというのに。

******
哲学者だったミヒャエルの父の言葉が、大きなテーマとして全編を流れている。「私は、大人たちに対しても、他人が良いと思うことを自分自身が良いことと思うことより上位におくべき理由はまったく認めないね」人に対して良かれと思ったことが、本当に良いこととは限らないのだ。人間の想いというのは、しばしばすれ違うもの。

高校の同級生たちが誕生日パーティを企画してくれていたのに、パーティには出ずにハンナの元に駆けつけた若き日のミヒャエル。仕事から戻ってきてひどく疲れているハンナは不機嫌で彼の相手をしない。自分が何かを相手のためにしていると思っていても、それは自己満足に過ぎない。相手がどう思っているかということについては、思い図ることができない。看守時代のハンナが、収容者の中でお気に入りの若くて弱い女の子を見つけ、朗読させ、かわいがるもののアウシュヴィッツに送り返して死なせたというエピソードも、その例の一つだ。生き残った母娘のうちの娘のほうが、その事実を指摘し、「ほんとうにそれでよかったのでしょうか」と投げかける。

無期懲役の刑を下されたハンナの元へ、ミヒャエルは自らの朗読を収録したテープを送り続けるようになる。ハンナはそのテープを元に、刑務所の中で文字を覚え、やがてミヒャエルに手紙を書くようになる。返事がほしい、と書いても彼からは手紙は来なくて、テープばかりが送り続けられるようになる。こうしたミヒャエルの行為も、半分は自己満足なのではなかったのか?出所する彼女の社会復帰に向けて、住むところや職の世話もしようとした。だけど、彼の行ったことには決定的な何かが抜け落ちており、最後の悲劇へとつながってしまう。

そして、ハンナの秘密である、彼女が文盲であるということを裁判官に話すことについて、ミヒャエルは悩んだ挙句それを行わなかった。彼女の刑期が、それにより短くなったとしても、文盲であることを恥じていた彼女の気持ちを優先したのだった。しかし、それで本当に良かったのだろうか。

人と人との気持ちのすれ違い、相手の気持ちを慮ることの難しさ、複雑で一言では伝えられない感情について、見事に描ききった脚色が行われている。

ただ、一つだけ不満があるとしたら、それは出所を近くに控えていたハンナをミヒャエルが面会に訪れた時のこと。映画では、ハンナは自分の犯した罪について悔いていなかったということを表明していて、ミヒャエルは非常に裏切られた気持ちになって、彼女に対して微妙に冷淡な態度を取る。ところが、原作では、若き日の情事について、「裁判で話題になった時にはそのことは考えなかったの?」とミヒャエルが尋ねたところ、ハンナが「私はどっちみち誰にも理解してもらえないし、私が何者で、どうしてこんなことになってしまったのか、誰も知らないという気がしていたの。裁判所だって私に弁明を求めることができないわ。ただ、死者にはそれができるのよ。死者は理解してくれる」と答える。その言葉に、彼女の深い苦悩と孤独を感じることができたので、映画はハンナの描き方について、あまり優しくないと思ったのだった。映画では、ミヒャエルは躊躇しながらハンナの手に触れるが、原作では、別れ際にミヒャエルは彼女をそっと抱きしめるのだ。

反面、最後に登場する、ハンナの遺したお金と形見の缶を届けにミヒャエルがニューヨークに、生き残りの娘を尋ねる場面は、上手くエピソードを膨らますことができていたと思う。その娘を演じたのが、レナ・オリンという名女優だったということもあるけれども。「人々は私に収容所で何が得られたのか尋ねるけれども、収容所で得られたものは何もない」と言い切って頑なな態度を見せていた彼女が、お金を入れていた缶を目にした途端に、ハンナのことを少し理解するようになったのだ。戦争犯罪人であっても、同じ人間であり、同じ立場にいたら、どうしていたのかということについても、彼女は考えることができたのだと思う。他人の気持ちを理解するのは非常に困難なことではあるけれども、無理なことではない、そんな希望を与えてくれることで、悲しい物語に少しの救いを感じることができたのだった。

******
ハンナを演じたケイト・ウィンスレットは、頑固で真面目、孤独感を滲ませている故に少年にとって魅惑的な存在という女性に見事になりきっていた。骨太でちょっとくたびれた体型が、36歳のドイツ人の女性というふうに見えていて。あまりの真面目さと不器用さ、職務への忠実さゆえに、法廷でどんどん追い詰められていく彼女の姿が胸に痛く響く。刑務所に入って、実際以上の年齢に見えるほど老けてしまったときにも、大きな青い瞳だけはとても美しかった。

少年時代のミヒャエルを演じたデヴィッド・クロスはドイツ人で、撮影当時17歳という若さ。ほっそりとして背が高いけど、けっして美少年ではないところが、なんともリアルな感じがして、説得力のある演技を見せていた。中年以降のミヒャエル役のレイフ・ファインズは、陰があって苦悩するキャラクターがぴったり合っている。デヴィッド・クロスと顔があまり似ていないのが残念。

不満がないわけではない。ハンナとの面会シーンの台詞の違いと、少年時代のミヒャエルがプールでハンナの姿を見かけたのに駆け寄れなかったエピソードがなかったのが、個人的には惜しいと思った。台詞がドイツ語じゃないのも。が、ベストセラーの映画化という点では、非常に成功している。いくつもの重い問いを、ハンナ=ケイト・ウィンスレットのあのまっすぐな青い瞳で問いかけられ、私は答えを探すのに苦労している。

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2009/06/01

スラムドッグ$ミリオネア Slumdog Millionaire

アカデミー賞8部門受賞
最優秀作品賞、最優秀監督賞(ダニー・ボイル)、最優秀主題歌賞
最優秀作曲賞 最優秀編集賞 最優秀録音賞 最優秀撮影賞 最優秀脚色賞
原作「ぼくと1ルピーの神様」ヴィカス・スワラップ
監督:ダニー・ボイル
音楽:A・R・ラフマーン
http://slumdog.gyao.jp/
http://www.imdb.com/title/tt1010048/

アカデミー賞8部門、主要3部門に輝いたこの作品。期待しすぎると肩透かしだと思うし、普通に楽しい映画だけど、後に残るものはあまりない感じ。逆に、そういう映画が作品賞を取ったという事実自体は、いいことだと思う。この閉塞感で息が詰まりそうな世界の中で、このように楽しくて、見る者が希望を与える作品が評価されたのだから。

ムンバイのスラム街出身でコールセンターのお茶汲みとして働く青年が、クイズ番組でどんどん勝ち抜いていく物語。ストーリーの展開は、ほぼ予想通りで進んでいく。インドを舞台にしているものの、ダニー・ボイルというイギリス人が監督し、フォックス・サーチライトというハリウッドの会社が配給していることもあり、なんとなく、西洋人から見たインドというところが感じられてしまった。

ただ、ストーリーが予測どおりに進んで行き、ハッピーエンドで終わるというのは、インドのマサラムービーの典型的なパターン。エンドテロップでは、主人公とヒロインの二人が駅のホームで踊りまくり、いつのまにか群集が現れてダンス大会になる大団円というのは、マサラ・ムービーへの大いなるリスペクトが感じられて、すごく嬉しくなってしまった。本当はもっと踊りとか歌とか入っているといいな、と思ったけど、米資本の映画だしこれ以上上映時間は長くできないから仕方ないかな。エンドテロップの踊りまくり世界には、幸福感がぎゅっと詰まっていて、このエンディングがあっただけで大抵のことは許してしまっていいや、って思ってしまうほど楽しくて素敵。

音楽を担当しているのが、昔「ムトゥ踊るマハラジャ」が日本で公開されたときに「インドの小室哲哉(!)」として紹介されたヒットメーカーのA・R・ラフマーンというのはポイントが高い。アンドリュー・ロイド・ウェーバーと組んで作ったミュージカル「ボンベイ・ドリームズ」をロンドンで観たのだけど、音楽が素晴らしかった。そのA・R・ラフマーンの音楽作りの才能は、この作品でも発揮されている。

語り口はすごくうまくて、ダニー・ボイルがブレイクした「トレインスポッティング」を思わせる、テンポの良い編集やカメラワークが巧み。あまりの快進撃に疑惑を向けられて警察で取り調べを受けた主人公ジャマールが、なぜ勝ち進むことができたのかという理由を話す時に、それが彼の数奇な半生の物語と結びついていくという語り口が、実に見事だ。

孤児だったジャマールは、兄サリムとともに身体一つで過酷な社会の中を生き抜いてきた。インチキな観光ガイドとして二人が観光客からお金を稼ぐ姿の生き生きとしたたくましさが、微笑ましい。ギャングになった兄のキャラクターがすごく魅力的で、大切なジャマルの宝物を売り飛ばしたり、いろいろとひどいことをしてきたのだけど、でもそんな兄が最後に見せる男気には、泣けた。欲を言えば、もう少しこの兄とのエピソードが見たかった気がする。

ヒンズー教徒とイスラム教徒の対立、少女売春、ギャング、そしてお金を稼がせるために歌の上手い少年を失明させるといったインドの社会状況(そして、インドが現在、英語圏のコールセンターとして機能しているということ)も出てくるのだけど、このあたりはちょっと表層的で、社会性みたいなものも盛り込んでみました、って感じで、そんなものは出さなくても良かったんじゃないかと思うほど。

個人的に一番ウケたのは、ジャマールの少年時代、粗末な掘っ立て小屋の中のトイレにこもっている時に、大人気の映画スターがやってきた時のエピソード。トイレに鍵がかかって出られなくなったジャマールが、トイレの中にダイブして、糞尿まみれの笑っちゃうほどひどい状態で、ヘリコプターから降りてきたスターにサインをもらうのだ。トイレにダイブする、というのは「トレインスポッティング」の中でも出てきた描写なので、思わずニヤリとしてしまった。このあたりの、空撮を巧みに使ったカメラワークの巧みさには、もうクラクラしてしまう!

最初にこの映画に出てくる「なぜジャマールは勝ち進むことができたのか?」という問いへの答え、それは「それが運命だったから」だった。学校にもろくに通っていない彼が、勝ち進めたのは、運が良かったからとも言えるけど、それまでの過酷な人生があったからこそ、難問に答えられたということだ。つまり、「運命」というのはそういうことなんだなって思った。そして、もう一つ「運命」は、孤児時代からの幼馴染、ラティカとの恋。幾多の困難と別れを乗り越えて、二人がめぐり合えたのも「運命」。だけど、その運を掴むことは、たやすいことじゃないんだな、ということが感じられた。この「困難を乗り越えて二人が結ばれるラブストーリー」というのも、もちろんマサラ・ムービーのお馴染みのパターンだ。ワンパターンといえばそうかもしれないけど、古今東西の映画の普遍的なテーマを、笑いあり、涙あり、サスペンスありで色彩豊かに描いていて、ワクワク感はずっと持続した。

観ている間はすごく面白いんだけど、期待しすぎない方がいいのかも。アカデミー賞をたくさん取った映画としてではなく、普通の娯楽映画としてみれば、すっごく楽しめると思う。

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2009/05/31

パリ・オペラ座のドキュメンタリー映画La Danse -La Ballet de l'Opéra de Paris、今秋公開

The Arts Roomsのフォーラムで教えていただいた情報です。

Bunkamura20周年記念企画ラインナップとして、以前も話題にした、フレデリック・ワイズマン監督作品のパリ・オペラ座バレエ団についてのドキュメンタリーが、今年の秋、ル・シネマにて公開されます。

http://www.bunkamura.co.jp/shosai/topics_ci_090421s.html

La Danse -La Ballet de l'Opéra de Paris-
(原題)

今秋公開予定

監督:フレデリック・ワイズマン Frederick Wiseman
出演:マチュー・ガニオ マリ=アニエス・ジロ ニコラ・ル・リッシュほかエトワール総出演!
配給:ショウゲート
2009年/フランス/158分

創立以来、300年以上にわたりバレエ界のトップに君臨し続けるパリ・オペラ座バレエ団。その内部をパリ・オペラ座全面協力のもと、巨匠ワイズマン監督が密着撮影により赤裸々に描きだす。エトワールらトップダンサー達の練習風景・リハーサル・公演はもちろん、経営陣の会議や広報活動、資金集め、また、あまり知られていないパリ・オペラ座自体の秘密にも迫る、豪華かつ驚きに満ちた158分。バレエの殿堂の謎が今、明かされる―。

(以前の記事はこちら
http://dorianjesus.cocolog-nifty.com/pyon/2008/10/post-dbc7.html
「映像全体の約4分の3は「ロメオとジュリエット」「くるみ割り人形」「ベルナルダの家」などの演目のリハや本番などバレエの映像。残りは、管理経営についての映像が中心となりそうだ」(朝日新聞の記事より)

ワイズマン監督のインタビュー
http://www.asahi.com/showbiz/movie/TKY200810230227.html

製作会社のオフィシャルサイト
http://www.ideale-audience.com/site/new_films_by_wiseman_and_monsaingeon_coming_from_i.563.0.html

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2009/05/19

映画「MILK ミルク」ガス・ヴァン・サント監督 Gus Van Zant film「Milk」

MILK
監督:ガス・ヴァン・サント
製作:ダン・ジンクス、ブルース・コーエン
脚本・製作総指揮:ダスティン・ランス・ブラック
音楽:ダニー・エルフマン
出演:ショーン・ペン/エミール・ハーシュ/ジョシュ・ブローリン/ジェームズ・フランコ/ディエゴ・ルナ/アリソン・ピル/他

■2008年・米/128分
http://milk-movie.jp/main.html
http://www.imdb.com/title/tt1013753/

同性愛者であることを告白した米国初めての公職者であり、1978年に暗殺されたハーヴィー・ミルクの最後の8年間を、ガス・ヴァン・サント監督が描いた作品。ショーン・ペンがアカデミー賞主演男優賞に輝いた。

暗殺される予感がしたのか、市政執行委員に当選したハーヴィーは40歳から今までの軌跡をテープに吹き込む。自分が死んだ時には、これを聞いて欲しいと。

40歳の誕生日の夜、彼はスコットという若者に出会う。40歳になるというのに、今まで何もしてこなかったと言うハーヴィーに、新しいことを始めようとスコットは言う。彼らはサンフランシスコに移り住み、カストロ通りにカメラショップを開く。やがて彼らの店はゲイ・ピープルが集まるようになり、ゲイに差別的な商工会に対抗して、新しい商工会を作る。それが、政治家ハーヴィ・ミルクの第一歩だった。幾度もの落選、スコットとの別れを乗り越えて、78年に市政執行委員に当選。その頃、同性愛者の教師を解雇できるというプロポジション(提案)6号が嵐のように全米を襲っていた…。

ハーヴィー・ミルクの政治運動が大きな流れを作ったのは、彼が同性愛者のための権利獲得のみを目的として戦っていたからではない。希望を持つことが一番大切であり、希望を持てない世界は生きていく価値が無い、という普遍的なメッセージを訴えたからだ。

同性愛者であることが親に知れてしまった少年が、自殺予告の電話をハーヴィーにかける。同性愛嗜好を矯正するために精神病院に入れられるというのだ。「君は間違っていない、すぐに家を出て都会に行くんだ」とハーヴィーは言う。だが少年は、足が不自由なので逃げることもできないのだ。このエピソードの結末は、観る者の心に小さな明かりを灯してくれる。少年は友達の手で逃げることができ、プロポジション6号否決運動に携わるようになるのだ。

同性愛という個人の嗜好のために、未来や職、人生を奪われるような世の中には、希望が無い。希望を持てるような世の中になるように、一緒に戦おう、というのが彼のメッセージだった。それは同性愛者だけでなく、有色人種、老人、障害者、女性とあらゆるマイノリティの心を打った。いうまでもなく、オバマ現大統領の当選時のスピーチと、ハーヴィーのメッセージに強い共通点があるのが感じられる。オバマが当選したのは、希望を持てる世の中にしたいという強い意志が感じられたからだ。

(ひるがえって、今の日本の社会を包む閉塞感、希望の無さを考えると、本当に絶望してしまう)

「ミスティック・リバー」での演技が印象に残っているせいか、ショーン・ペンに対してちょっとマッチョなイメージを持っていた。だがここでの彼は、温厚で寛容、時には子供っぽくなるけど、目的のためには策士となる賢く優しい男性を立体的に演じている。ハーヴィーが歴史に残る政治家となったのは、単に同性愛者の権利を訴えて凶弾に倒れたからではない、というのがよくわかる。彼は、本当に人々に愛されていたのだ。彼を追悼するために3万人もの人々が蝋燭を手に集まったラストシーンには、思わず涙がこらえきれなくなっていた。

ハーヴィーは、ルックスがいいだけで他に何もないジャンキーの若者ジャックを拾って恋人にする。そのことを元恋人スコットになじられたハーヴィは、僕のような美しくもない年寄りが、あんな可愛い子と付き合えるかい、って答える。彼のなんとも人間臭いところが現れる。

同時に、ハーヴィーは計算が働く男だった。プロポジション(提案)6号を否決させるために、同じ市政執行委員に立候補していた保守派のダン・ホワイトと取引をする。その取引が、結局彼の命取りとなるのだが…。また、市民の支持を得るためにリサーチを行い、犬の糞を片付けない者には罰金を科すという条例を推進する。犬の糞を踏んでアピールするハーヴィのキュートなこと!

ハーヴィーがオペラを愛したということが、この映画にとても劇的な効果として生きている。政治に足を踏み入れた頃、彼は「トスカ」の「星は光りぬ」に聴き入って、「人のスケールを超える生」があると語る。晴れて市政執行委員に当選した彼が、庁舎の階段を上る時、まるで劇場の階段を上っていくような劇的な空間が演出され、若いスタッフクリーヴに、エレベーターではなくこの階段を使え、ぴっちりしたジーンズを穿けと言う。提案6号が否決されるという勝利を収めるものの、ジャックが自らの命を絶ってしまい、ハーヴィーは夜中にスコットに電話をかけ、昼間に観た「トスカ」の話をする。初めて二人がオペラに一緒に行ったときの思い出を。彼がダン・ホワイトの凶弾に斃れた時、最後に目にしたのは、サンフランシスコのオペラハウスの「トスカ」の看板だった。彼は「カミングアウト」=自分たちがここに存在するということを訴えるために、同性愛者たちを集めて大規模なデモ行進を行った。そうすることでマスメディアの耳目を集めさせるという、いわば「劇場型政治」(今の日本ではこの言い方はネガティブなイメージが強すぎるけど)で世界を変えた彼の、人生はオペラのようだったことを、ドラマティックに伝えている。トスカ役の音源が、ゲイに人気の高いマリア・カラスというところまで、配慮が行き届いている(劇中に登場する歌手の名前はもちろん別人だけど)。

ガス・ヴァン・サント監督が「エレファント」で見せた映像魔術、乱射事件の犯人の視線で長廻しで見せていって凶行を再現する技法は、この作品にも登場する。一つは、プロポジション6号が否決されたことが決まって部屋に戻るハーヴィが、ジャックが残した恨み言のメモを一つ一つ目で追い、最後に彼の死体を発見するまで。それから、まず市長を暗殺したダン・ホワイトが、次にハーヴィーを殺しに行く時の、市庁舎内のデスクの間や廊下を歩いていく時の、背中越しの目線。大いなる悲劇を盛り上げてくれて、伝記映画にありがちな単調さや、空々しい仰々しさとは無縁のドラマを感じさせる。加えて、アメリカン・ニューシネマを思わせるような、やや色あせて70年代的な映像のルックにもクラクラさせられた。

そのダン・ホワイトを演じたジョッシュ・ブローリンの演技も見事だった。厳格な家庭に育ち、古い価値観に抑圧を感じながらもそこから抜け切れない男の悲劇が感じられる。ハーヴィーは彼の保守的な考え方の裏には、人間の弱さが隠されており、そこをうまく突けば味方になると感じて、息子の洗礼式にまで出席した。(そして、同僚で洗礼式に出席したのは彼一人というところが泣ける) ハーヴィーは一度は彼の心を掴んだかに見えたのだけど、裏切られたと思うなり、ダンの憎しみは百倍にも膨れ上がり、そして凶行に結びついてしまった。

この映画に登場する、同性愛者の教師を解雇すべきだと訴えるキリスト教保守派の人々の物言いを見ると、それが30年もの前のこととは思えない。同じ言葉は、21世紀の今となっても、アメリカでさんざん言われていることなのだから。いみじくも、オバマ大統領の当選が決まった日に、同性愛婚を禁止する条例が可決になったのだから。この映画の中で曰く、同性愛者の教師から子供達を守らなくてはならない、同性愛者の教師に教えられた子供も同性愛者になり、子供が生まれなくなる、と。

どこぞの国での、子供を産むことは義務だとか女は子供を産む機械だとかの政治家の発言も同じ意味なのではないかと思う。ダン・ホワイトに、同性愛者だと子供ができないと言われたハーヴィーは、生まれるように努力するさ、と言う。子供を持つことは義務だという政治家や識者の発言を聞くと、彼らは同性愛者のカップルの存在なんて考えもしていないんでしょうね、って思うわけだけど。子供を持つかどうか、ということは個人の自由意志であり、国に強制されることではないのだ。そして、日本での未来に希望が持てないから、子供が生まれなくなるのだ。

難しいことを書いてしまったかもしれない。この作品は権利獲得のために戦った一人の政治家を描いている。けれども、政治的なことだけでなく、彼の一人の人間としての魅力、周りの人々の温かさ、人間の善意と希望について描いている。ハーヴィーは死んでしまった。だけども、愛すべき彼の記憶はいつまでも残るということが、エンディングでの登場人物たちの実際の姿とその後の生き方を見せていくという手法で心に刻み付けられた。そして、40歳からすべてを始めて、48歳で死ぬまでの8年間で、こんなにも大きな功績を残すことができたという、希望の光も。

それに、出てくる俳優たちの魅力的なこと!ジェームズ・フランコ、エミール・ハーシュ、ディエゴ・ルナ。70年代ルックもキュートに填まった若手俳優たち、このキャスティングの見事さに、思わずニコニコしてしまったよ。ガス・ヴァン・サントと私の男性の好みは似ているかも、と思ってしまった!

シネマライズでの上演は6月5日までなので、まだの方はぜひ!

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2009/03/28

本日WOWOW放映「Go Ape」

WOWOWが新人発掘を目的として、行っているWOWOWシナリオ大賞。

栄えある第1回受賞作「Go Ape」が3/28(土) 21:00より放映されます。
岸谷五朗演ずる中年オヤジと、城田優演じるエリート高校生との闘いを描くドラマです。
http://www.wowow.co.jp/dramaw/goape/

実はこの「Go Ape」のシナリオを書き、第1回WOWOWシナリオ大賞受賞者となった杉山嘉一さんは10年来の飲み友達なのです。

本人いわく、「最近の邦画には珍しい(ドラマだけど)勢いに溢れた滅茶苦茶な作品に仕上がりました」とのことなので、WOWOWをご覧になれる方は見てくださいね。

杉山さんは「北の国から」シリーズや、青山真治監督作品(「ユリイカ」「Helpless」「レイクサイド・マーダーケース」等)の助監督、そしてロックバンドのJanne Da Arc(ジャンヌダルク)を題材にした劇場公開作『HIRAKATA』で監督デビュー。ドラマ「ロケットボーイズ」などの監督もしています。

本人のインタビュー動画も見られるので良かったらどうぞ!
http://www.wowow.co.jp/dramaw/goape/movie.html

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2009/03/01

『ベンジャミン・バトン -数奇な人生-The Curious Case of Benjamin Button』

『The Curious Case of Benjamin Button』

公式サイト http://wwws.warnerbros.co.jp/benjaminbutton/
米公式サイト http://www.benjaminbutton.com/
http://www.imdb.com/title/tt0421715/

監督 デヴィッド・フィンチャー
原作 F・スコット・フィッツジェラルド
音楽 アレクサンドル・デスプラ
脚本 エリック・ロス

ベンジャミン・バトン:ブラッド・ピット
デイジー:ケイト・ブランシェット
ミスター・ガトー:イライアス・コーティーズ
クイニー:タラジ・P・ヘンソン
トーマス・バトン:ジェイソン・フレミング
キャロライン:ジュリア・オーモンド
エリザベス・アボット:ティルダ・スウィントン
マイク船長:ジャレッド・ハリス

F・スコット・フィッツジェラルドの短編小説を映画化。80代の老人の姿で生まれ、歳をとるごとに若返っていき、0歳で生涯を終えたベンジャミン・バトンの奇妙な人生を描く。

「ベンジャミン・バトン/数奇な人生」というタイトルだけど、年を取るごとに少しずつ若くなっていくという宿命以外は、ベンジャミンの人生はそこまで数奇なものではない。彼の人格というか中身は、実は穏やかな普通の人であり、だからこそこの設定が生きてくるのかな、と思う。

映画は比較的淡々と進んでいくが、デヴィッド・フィンチャーの演出の腕が冴え渡る場面がいくつかあって、ワクワクした。まずは一番最初の時計職人ミスター・ガトーのエピソード。1918年、第一次世界大戦の終結時。盲目だが大変腕の良いミスター・ガトーが、新築されたニューオーリンズの駅舎の時計の製作を依頼され、心血を注いで作り上げた。落成式にはルーズヴェルト大統領も出席。だが、見事な時計の針は、逆に時間を刻むのだった。第一次世界大戦に出征した一人息子が戦死したため、時間を逆戻りさせて欲しいという彼の思いがこめられていたのだ。息子の出征のシーンがここで逆再生される。この逆刻み時計は最後にもう一度登場する。人生は先に進んでいくけど前に戻ることはできないというテーマを上手く象徴させている。後で登場する、デイジーが交通事故に遭う時の、「あの時、そうしなかったなら」という別ヴァージョンをいくつも切り替えながら登場させるところも唸った。事故に関係した人々一人一人の動きを、語り手であるベンジャミンが知る由もなかったというのに、いくつかの偶然が重なって事故は起きてしまった。そして時計の針を戻すことは、もうできない。その時に交錯する人々の運命を、めくるめくカットつなぎで見せていく編集の妙に、クラクラと陶酔した。悲劇的なシーンなのに。

出産で命を落とした母親から生まれたベンジャミンの姿を見て、慌てて彼を連れて逃げ出す父の姿が強烈。皺くちゃの老人の姿の赤ちゃんをなかなか見せないところもうまい。老人ホームを運営する夫婦に引き取られたベンジャミンが、教会に連れて行かれて怪しげな神父に促されて車椅子から立ち上がるところも強烈。強烈といえば、老人ホームの住民たちもとても個性的で、中でも7回も雷に打たれたことをことあるたびに自慢する老人が面白かった。そのたびに、毎回異なるモノクロームの映像で雷に打たれる様子が登場するところがなんとも可笑しい。オペラ歌手だった老婦人、ピアノを教えてくれた老婦人…。

老人ホームで育ったベンジャミンは、幼い時から何回も人の死を目撃する。老人ホームで親しんできた愛すべきお年寄りたちの死。だから、彼は外見だけでなく中身も普通の子供よりも大人びていたし、死に親しんできたのだ。"アーティスト"であった男気あふれる「船長」と戦争に行って彼らの死を目撃する。その後も、何回となく親しい人たちの死に出会う。自分の姿だけはどんどん若くなっていくのに。死という避けられない運命を知ったからこそ、ベンジャミンは自分に課せられた数奇な運命を受け入れて、淡々と生きてきたのだと感じた。

彼が5歳の時に出会う運命の女性デイジー。老人の姿をしていた彼を、子供だと直感して仲良くしてくれた青い目の美少女のことを、ベンジャミンはどこにいても忘れることはなかった。10歳の子供から美しく成長して行き、そして少しずつ年を重ねて老いて行くデイジーに対して、老人から少しずつ若々しくなり、青年へと戻っていき最後には赤ん坊になってしまうベンジャミン。二人の年齢はほんの短い間だけ一致し、そしてその間、二人は夢のような甘い生活を送る。「このときの姿を覚えていよう」と二人で鏡に向かったシーンが時の儚さを感じさせて、とても切なかった。さらに切ないのが、ベンジャミンと別れ、別の男性と結婚してすでに初老の域に達していたデイジーと、時分の花というべき美しく若い青年になったベンジャミンがベッドを共にするところ。服を着るデイジーの背中が年老いて見えていたのが、すごく胸に痛かった。

交通事故に遭い、バレリーナという美を極める職業を断念したデイジーは、人一倍美しさや若さに固執している。自身が年を取っていくのにベンジャミンが若返っていくため、さらに年老いていく自分に引け目を感じて行ってそれが哀しかった。それでも人生は進んでいくし、生きていかなければならない。後戻りはできない。予期せぬ運命によって、思い通りに人生はいかないけれども、そんな中で偶然のかけがえのない出会いがある。人は生まれて成長して、年老いて死んでいくし、ほとんどの人間は名を残すこともなく死んでしまうけど、そんな一人一人にも人生があるのだと、しみじみと思うのだった。

タトゥーを刻んだアーティストだった船長。ダンサーだったデイジー。ドーバー海峡を泳ぎきった、ベンジャミンのロシアでの恋人エリザベス。雷に打たれた老人。時計を製作したミスター・ガトー。大きな母の愛で包んでくれたクイニー。彼らを走馬灯のように見せ、そしてハリケーンのカトリーナに襲われて水没していく時計を写して終わるのが見事だった。

予告編でバレエのシーンがあったので気になっていたのだけど、実際かなりバレエのシーンが登場する。デイジーはオーディションを受けて、スクール・オブ・アメリカン・バレエに入学する。晴れてNYでバレリーナとなった彼女がベンジャミンと食事するシーンで、一方的にバレエに対する情熱をまくし立てるシーンがある。「バランシンが、私は完璧なラインを持っているとほめてくれたわ」と。踊っている作品もネオクラシックなので、NYCBに入団したということなのだと思う(劇場は、現在「オペラ座の怪人」が上演されているマジェスティック劇場だったけど)。夜の靄がかかる中、デイジーが靴を脱いで踊る逆光線の幻想的なシーンが夢のように美しい。ダンスはもちろん吹き替えられていると思うけど、ケイト・ブランシェットはスリムで顔が小さいので、バレリーナ役というのも納得できる。「バレエ・リュスの振付家が来ているの」と言ったり、「ボリショイで初めて踊ったアメリカ人バレリーナ」だったり、そして交通事故に遭ってしまうパリでは、オペラ座に出演するという設定だった。ストレッチやバーレッスンをするところも出てくる。またバレリーナを断念した後も、デイジーはバレエ教室を始める。髪をシニヨンにしてバレエミストレスをやっている姿もとても絵になる。ケイト・ブランシェットは少しずつ年老いていくけれども、年を取っていってもやっぱりとても美しくて魅惑的だ。

それから、ベンジャミンが老人ホームで上品だけど孤独な婦人にピアノを教えてもらって弾く曲が、マクミラン振付「エリート・シンコペーションズ」でもお馴染みのスコット・ジョプリンの「23 Bethena」。彼が晩年認知症になり、子供の姿でピアノをたどたどしく弾くのもこの曲。この曲がテーマ曲としてうまく機能しているのが、なんだか嬉しかった。

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2009/01/28

「エグザイル/絆」(放・逐)

「エグザイル/絆」(放・逐)[2006.香港]
http://www.exile-kizuna.com/

監督:ジョニー・トー

CAST:アンソニー・ウォン、フランシス・ン、ニック・チョン、ラム・シュー 、ロイ・チョン、ジョシー・ホー、リッチー・レン、サイモン・ヤム、ラム・カートン、エレン・チャン、エディー・チョン

「ロンゲスト・ナイト(暗花)」、「ヒーロー・ネバーダイ」の"ダーク・トリロジー"3部作の頃から、ジョニー・トー監督作品はできるだけ観るようにしている。今までのジョニー・トー作品ベスト3を選べといわれたら、「ザ・ミッション/非情の掟」「ヒーロー・ネバーダイ」そして「暗戦/デッドエンド」なのだけど(コメディ「痩身男女」も、もちろん捨てがたい)、「エグザイル」はベスト3に食い込む、ジョニー・トーワールドの集大成。この映画については、不用意な感想を聞かせるような人とは友達にもなりたくない、と思うほど。東京フィルメックスで観てから2年。やっと劇場で再会することができた。

「エグザイル/絆」は「ザ・ミッション」と兄弟のような作品。メーンキャストのうち、アンソニー・ウォン、フランシス・ン、ロイ・チョン、ラム・シュー、サイモン・ヤムまでもがかぶっているのだから。そして、男たちの死をも恐れぬ友情譚という点でも、共通している。

「ザ・ミッション」では、暇をもてあました男たちが紙屑でサッカーを始める名シーンがあったけど、「エグザイル/絆」でも、終盤、男たちがウィスキーをサッカーボールのように投げて回し飲みし、最後には空き缶をパスするように蹴って合図にするという激シブな演出がある。「ザ・ミッション」も台詞の少ない映画であったが、「エグザイル/絆」では、極限にまでそぎ落とされている。男たちの友情には、もはや言葉は要らない、しぐさと目線だけでそれは伝わってくるのだ。

(微妙にネタバレです)

ボスを銃撃して追われている男、ウーの家に、彼を暗殺するためにボスに遣わされた男二人と、彼を追っ手から護るためにやってきた男が二人。この合計5人は、実は子供の頃からの親友。ウーの妻と生まれたばかりの子供がいるアパートの部屋で、3つ巴の銃撃戦が始まった時の芸術的なまでにスタイリッシュな映像。同じ銃弾の数になるように、一つずつ銃身から弾を抜いていくという彼らの律儀さ。静寂と緊張感に続く銃弾の雨。だけど、赤ちゃんの鳴き声を合図に、いつのまにか懐かしい旧友たちのつかの間の邂逅になるという展開に、ぎゅっとハートをつかまされる。殺す、殺されるという関係を一瞬忘れて食卓を囲み、再会した友人たちで記念撮影までしてしまう。銃撃戦で壊れた部屋の修理やヤンの引越しの手伝いまでしちゃうし。この記念写真のシーンが、ラストシーンのフォトマシーンから吐き出されてきた、笑顔でのプリクラ写真につながるというのが、憎い。

これは男たちの友情の話、男泣きの話なのに、台詞も音楽も極限にまで削られ、涙もなく、乾いた描写。中国返還前のマカオという舞台設定が、またカラッとしてエキゾチックさを添えていてる。「ワイルド・バンチ」のように全員で蜂の巣になって、花火のように華やかに散る幕切れなのに、彼らの最期の顔は笑っている。心の底からしびれるようなスタイリッシュな銃撃戦で彩られているのに、くすっと笑える要素も盛り込まれているのがいい。闇医者での銃撃戦シーンもただただ凄まじいのに(カーテンの使い方のうまさと美しさと言ったら!)、瀕死のウーを闇医者が治療しているところへ、ボスも治療を受けにやってくるという哀しくもコミカルな展開。組織に追われ、行き場をなくしたときですら絶望感はなく、まるで遠足に出かけているかのようで、行き先はコインを投げて決める。迷いこんだ荒野の先が金塊強奪現場で、そこでただ一人生き残った軍の敏腕スナイパーを演じるリッチー・レンの渋いことといったら、もう。銃弾で会話するとは、このこと。演出が巧みだったら、台詞っていらないものなのね。

ウーへの友情に厚くて熱い男フランシス・ン(というかン・ジャンユーと呼びたい)、無言の存在感にしびれるアンソニー・ウォン…いつまでも少年の心を忘れなかった5人プラス1人の漢たちに乾杯!

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2008/12/15

『トロピック・サンダー 史上最低の作戦』Tropic Thunder

Tropic Thunder
http://www.shijosaitei.jp/

落ち目のアクションスター、演技派であるあまり黒人に整形手術した役者バカ、そしてお下劣コメディにばかり出ているコメディアン。この3人を中心にした俳優たちが、ベトナム戦争映画を撮影するために、東南アジアのジャングルへと送り込まれた。ところが、彼らが到着したロケ地では、麻薬をめぐる内戦が起こっており、役者であるはずの彼らが米国の麻薬捜査官と間違えられ、銃弾飛び交う中とんでもない目に遭う…無事に映画は撮影されるのだろうか?

IMDB
http://www.imdb.com/title/tt0942385/

観た人から面白いって聞いていたけど、よもやここまで面白いとは!
まず、最初に流れる4本の偽予告編が傑作。特に、ロバート・ダウニーJrとトビー・マグワイアが禁断の愛に走る修道士を演じた"Satan's Alley"、超観たいです。

そして、カメオ出演にしては存在感の大きすぎる、あの大スター、すごすぎ。これから観る人もいると思うのですが、あれはやっぱり一応彼だと知っておいた方が面白いと思います。メタボでハゲで性格が超最悪の過激な映画プロデューサーを演じた彼は、この映画の狂った演技で、カメオ出演なのにゴールデングローブ賞の助演俳優賞にノミネートされてしまいました。ロバート・ダウニーJrとともに。それから、落ち目アクションスターのベン・スティラーのエージェント役を演じている某二枚目俳優さん(ボンゴ事件で有名なあの方)も素晴らしいコメディ演技振り。この映画のエンディングタイトルが、妙なダンスを延々と腰を振り振り踊るあのトップスターなのが最高です。

しかも単なるおバカ映画ではなく、ハリウッドに対する強烈な風刺になっているのが面白いです。そもそも、フェイク予告編が見事なパロディになっているし。アクションスターとして落ち目になってきたベン・スティラーが、演技派に転向して、知的障がいの少年を演じた「シンプル・ジャック」でアカデミー賞を狙うというのも、もちろん風刺の一つ。だけど、このネタが、風刺だけではなく、後半における大きな伏線になっているのが実にお見事。また、役者魂のあまり黒人に変身してしまったロバート・ダウニーJrが聞かせる演技論には、なかなか深いものがあります。

基本的には「地獄の黙示録」をベースに、「プライベート・ライアン」などの戦争映画のパロディが随所に盛り込まれているわけですが、元ネタを知らなくても笑えると思います。ジャングルの中で夜中に、ベン・スティラーを襲うある動物については、もう死ぬほど笑っちゃいました。それに対してのエージェントのアドバイスも。前半は、少々戦争に絡んだグロ描写があるので、それに引く人はいると思いますが、それさえ我慢できれば大丈夫。個人的には、オジー・オズボーンのようにコウモリに噛み付くジャック・ブラックにも大笑いしました。

それからニック・ノルティとか、ジョン・ボイトとか、いろいろな大物スターがカメオ出演で出てきます。タイラ・バンクス姐さんも。

しかしコメディ映画なのに、絵作りが非常に凝っていて、ジャングルの危ない雰囲気、「闇の奥」的な禍々しさも感じられて完成度が高い撮影だと思ったら、友達に教えてもらったのですが、「シン・レッド・ライン」のジョン・トールが撮影監督なのだそうです。ヘリコプターに乗りながら、ローリングストーンズの「Sympathy for the Devil(悪魔を憐れむ歌)」が流れるシーンにはしびれます。

万人にお勧めできるかどうかは難しいところだけど、私は、映画館であのトムちんの怪演ぶりとクネクネダンスを観ただけでも、おつりがもらえるんじゃないかと思うくらいでした。それは別にしても、すっごく面白かったです。

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2008/11/08

宮廷画家ゴヤは見た GOYA'S GHOSTS

宮廷画家ゴヤは見た GOYA'S GHOSTS
http://goya-mita.com/
監督:ミロス・フォアマン
脚本:ミロス・フォアマン、ジャン=クロード・カリエール
製作:ソウル・ゼインツ
製作総指揮:ポール・ゼインツ

ロレンソ神父:ハビエル・バルデム
イネス・ビルバトゥア/アリシア:ナタリー・ポートマン
フランシスコ・デ・ゴヤ:ステラン・スカルスガルド
国王カルロス4世:ランディ・クエイド

本当は「ブーリン家の姉妹」を観るつもりで友達と日比谷シャンテの前で待ち合わせることになっていたら、先に来ていた友達から、ものすごい混雑だという報告。なんでだろう、と考えたらその日は11月1日で1000円の日なのだった。二人とも前売り券を持っていたので、せっかくなので1000円で観られる作品を、ということで同じナタリー・ポートマン主演の「宮廷画家ゴヤは見た」を観ることに。

冒頭、すでにカルロス4世の宮廷画家として名声を手に入れているゴヤの作品を、聖職者たちが糾弾する。聖職者をまるで悪魔の化身のように描いているのではないかと。ところが、ただ一人ロレンソ神父は、ゴヤの作品を擁護する。そして、異教徒への異端審問を強化すべきだと主張する。弁舌の巧みな彼は、それまでもその口八丁ぶりでのし上がってきたのではないかと思わせる。

その異端審問の犠牲となったのが、ゴヤのモデルを務めたことのある15歳の少女、イネス。教会の天使の絵のモデルにまで使われた美少女の彼女が、兄弟と出かけた居酒屋で豚肉を食べなかったというだけでユダヤ教徒との疑いをかけられ、捕らえられて拷問され、無理やり異教徒の告白をさせられて投獄される。ロレンソの肖像画をちょうど描いていたゴヤと交流があることを知っていた、イネスの裕福な家族は、何とか彼女を救ってほしいとゴヤの元を訪ねるが…。

ゴヤといえば、「黒い絵」シリーズでもよく知られていて、子供のときに家族でマドリッドのプラド美術館で初めてそれらを観た時には、あまりの不気味さに泣き出しそうになった。これらは、フランス軍がスペインに侵入していった後に描かれた作品群で、ゴヤが聴覚を失ってしまった後のものである。フランス革命の余波による半島戦争などのスペイン国内の混乱を描いた。ゴヤの描いた作品の中には、批判精神が息づいており、この映画のエンディングにも使われている「カルロス4世の家族」では、国王一家の知性の欠如が風刺的に描かれている。だけど、ゴヤはあくまでも一人の画家であって、時代を動かす人ではなかった。

そしてこの映画の中でも、ゴヤは激動の時代を語り部のように語っていく狂言回しにすぎない。彼の、傍観者でしかない、少女一人救えなかった悲しみがじわじわと伝わってくるのだ。

なんといっても強烈なのがロレンソ神父を演じたハビエル・バルデム。ゴヤの芸術には理解を示す一方、異端審問を進め、さらに牢に捕らえられたイネスに子を産ませてしまう罰当たりな神父。教会を追放されてからはフランスに逃れ、今度はフランス革命側の高官に就任して、聖職者たちを異端審問の罪で断罪する。時代をたくみに渡り歩き、権力を手にしてきた俗物の彼は、長い囚われの生活から壊れてしまったイネスを精神病院に放り込んでしまうような人でなしの男だった。そんな彼でも、最後の最後には…というオチがあるのがこの映画の凄いところだと思う。そんなロクでもない人物にどこか人間的な魅力を与えてしまうのが、ハビエル・バルデムの演技力だ。

ゴヤもまた、過激な作風で知られながらも宮廷画家として召抱えられ、さらにフランス革命を支持していたが、スペイン人民の独立戦争を支持するという矛盾した立場に立っていた人物。そのような内的な葛藤があったからこそ、傑作を数多く生み出すことができたのではないかと思わせる。後半、フランス革命軍の将校となったロレンソと、ゴヤが「お前が売春婦だ」「いやお前が売春婦だろ」と言い合う。巧みに時代を渡っていこうとした二人は、ある意味似たもの同士だったのかもしれない。そしてスペインを王政から解放するとしつつ、結局は弟をスペイン国王に据えてしまったナポレオン。人間というのは、権力に弱いものなのだ。

笑えるエピソードがある。馬にまたがってモデルになるためのポーズを取った王妃に「綺麗に描いてね」って頼まれて描いた絵で、実際以上に王妃を醜く描いてしまう。得意げに完成させた絵を国王夫妻に見せるゴヤ。不満げに立ち去る夫妻。そして国王フェリペ4世は、ゴヤに下手なヴァイオリンを得々と聴かせる。心にもない「感動しました、素晴らしい」とお世辞を言うゴヤ。ここに彼の本質が現れている。

イネスを救ってやることができなかったゴヤは、革命軍によって解放された後のやつれきって壊れてしまった彼女に、魅入られるように惹きつけられるのだった。正気を失い、まだ若いはずなのに老婆のように成り果ててしまったイネスだが、聖女のようにも見えてくる。ナタリー・ポートマンの熱演は、強烈な女優魂を感じさせる。彼女の腕に抱かれた誰の子かもわからない赤ん坊、荷車に引かれていくロレンソの死体、そしてその後を追うゴヤ。イギリス軍の将校の横に佇み艶然と微笑みながら死刑執行を見守るイネスの娘アリシア。なんとも凄まじい、地獄のようなラストシーンが、大団円のようにも思えてくる。それだけ狂気のみなぎる時代だったのだ。ヘビーな内容の作品だが、映画を観た!という満足感を与えてくれる力作。「アマデウス」のミロシュ・フォアマンらしい作品。台詞はほとんど英語だが、スペインでロケが行われ、セットは一切使わなかったことで、混沌の時代の闇を重厚に感じさせてくれる。

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2008/10/27

「ワイルド・バレット」 Running Scared お勧め!

ウェイン・クラマー監督/脚本、アメリカ/ドイツ、2006年、122分
ジョーイ:ポール・ウォーカー
オレグ・ユゴルスキー::キャメロン・ブライト
テレサ:ヴェラ・ファミーガ
刑事リデル:チャズ・パルミンテリ
アンゾ・ユゴルスキー:カレル・ローデン
http://www.wild-bullet.jp/
http://www.imdb.com/title/tt0404390/

たまたま招待券を持っていたところ、友人の熱烈プッシュもあって観に行くことに。(それに、ポール・ウォーカー好きだし)わずか2週間の上演期間で、劇場も新宿オスカーと銀座シネパトスのみ。あまり知られていないみたいだけど、これは映画館で観るべき快作!

タランティーノが「俺が待ち望んでいたのはコレだ」と絶賛していたとのことだけど、確かにタランティーノの影響は随所に感じられる。血を流し瀕死の状態で車をめちゃめちゃに飛ばすポール・ウォーカーと暗い瞳の少年。しかもこの少年は彼の息子じゃない。話はその18時間前に飛び、マフィアが麻薬の売上金を数えているところへ目出し帽をかぶった武装強盗団が乱入、超ヴァイオレントな銃撃戦という最初の展開。

また、この暗い瞳のロシア人少年オレグの極悪な継父が、ジョン・ウェインの熱狂的なファンで、昼間から彼の映画ばかり観ている。背中にジョン・ウェインの刺青まで彫っていて、彼のことを貶されると子供だろうが容赦しない。しかしながら、最後にはジョン・ウェインらしい漢気を見せるところなんていうのも、それっぽい(エンドクレジットを見ていたら、ちゃんとジョン・ウェイン財団の許可を取っていた)。彩度を極端に落としたザラザラした映像のルックも、初期のタランティーノ作品を髣髴させたりして。

悪人にも良いところがあったり、善人にもダークサイドがあったりとキャラクターに陰影があるのが良い。ポール・ウォーカーは今までは普通のイケメン的な役柄が多かったと思うけど、ここではイタリアン・マフィアの親分が殺しに使った銃を始末するのが仕事というチンピラのジョーイ。その銃を誤って隣人ユゴルスキーの息子で、ジョーイの息子ニッキーの親友でもあるオレグが手にしてしまって、虐待を繰り返す継父に向かってぶっ放しちゃう。その銃に足がついたら自分の命はない、とジョーイはまだ10歳のニッキーを連れまわして危険な場所をウロウロして銃の行方を探し回る。

この映画に登場する人物たちのクセのあること!まず、ロシア人少年オレグは、決して笑わない。大きな青く暗い瞳は、人の心の奥底まで見ているかのよう。彼を演じるキャメロン・ブライト、どこかで見たことがあると思ったら「サンキュー・スモーキング」でアーロン・エッカートの息子を演じていた。それどころか「記憶の棘」「バタフライ・エフェクト」「ウルトラ・ヴァイオレット」と活躍している天才子役とのこと。オレグとジョーイの擬似親子関係が物語のひとつの核。オレグを誘拐する変態幼児性愛サイコ夫婦の存在がものすごく怖い。張り付いたような笑顔の、一見上品な二人、怖いくらい整えられた部屋に住んでいる理想の家庭の中に潜むおぞましい狂気…。他にも娼婦やボン引き、悪徳警官、ロシアン・マフィアと子供に体験させるにはあまりにも強烈な人々とオレグは出会ってしまい、ジョーイと怪しげなニュージャージーの夜を彷徨う。オレグがこの映画の主人公と言ってもいいかもしれない。

悪徳汚職刑事にチャズ・パルミンテリ。彼が登場するとあるシーンで使われる、マスターカードのCMのパロディが秀逸。「ボストン・バッグ、XXドル、ノキアの携帯電話、100ドル、そしてXXX、プライスレス!」と。ジョン・ウェインの使い方といい、脚本も実にしゃれていて巧みだ。ちゃんとジョーイの妻テレサの活躍ポイントもある。

ポール・ウォーカー演じる下っ端チンピラのジョーイが、にっちもさっちも行かない、悪い方向へ悪い方向へと巻き込まれながらも、必死にオレグを守り、彼を母親の元に返そうと苦闘する姿。その中で見せる熱い男気、父親らしさに、彼ってこんなにいい役者だったっけと認識を新たにする。

まじ、真剣にポール・ウォーカーはカッコいい!

後半の息もつかせぬ怒涛の展開と、どんでん返しの数々!ニッキーとオレグがアイスホッケーファンであることを巧みに使った、驚愕のヴァイオレンス満載のクライマックス。ジョニー・トーの映画の世界など、香港映画にも通じるものがある。こんな作品があるから、B級映画はたまらないし、一度映画館に行き出したら、映画館通いがやめられないのだ。

エンドクレジットの最後のほうに 「ペキンパーとデパルマとウォルター・ヒルに捧ぐ」 ってあるけどまさにそんな感じ。

そうゆう映画が好きな人は、絶対に観なさい!

追記;書き忘れちゃったのだけど、この映画のエンディングタイトルがグラフィックノベル風というか、シュールな手描きの絵本イラスト風で(ちょっと「非現実の王国で」風味)、この映画の中に出てくる、オレグを襲う数々の悪夢を絵本風にイラスト化していて、アクション映画のエンディングにしては珍しいアート風味。オレグの地獄めぐりの物語だったんだな、と印象付けている。

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2008/10/20

東京国際映画祭 「行け行け!インド」

何年か前まで、まだ渋谷で開催されていた頃には東京国際映画祭は毎回20本とか観ていた。なのに、六本木に移ったとたん、チケットも取りにくくなり、交通の便も悪くなってしまったこともあって、足が遠のいてしまった。東京ファンタスティック映画祭も、東急文化会館がなくなってしまい、終わってしまったし。近年では、毎年1,2本しか観に行かない体たらく。今年は唯一、このインド映画を観に行くことにした。インド映画は、滅多に劇場公開されないので、こういう機会でもないと観られない。運良くぴあのプレオーダーに当たった。

六本木ヒルズに到着する前に、乃木坂から国立新美術館を通り抜けて(時間がなかったので、ピカソ展はまた次の機会にすることに)行ったのだけど、久しぶりに来た六本木ヒルズは、いつもと違う方向からすると位置関係が全然わからなくて迷ってしまった。森美術館で現在やっている「アネット・メサジェ:聖と俗の使者たち」がとても面白そうなので、来週あたり行きたいなと思う。

「行け行け!インド」Chakde! India. 2007年
監督:シミト・アミーン
出演:シャー・ルク・カーン、サーガリカー・ガートゲー、シルパー・シュクラ
ボリウッドの若大将シャー・ルク・カーンが女子ホッケーの鬼コーチに扮して弱小代表チームを熱血指導する、インド製スポ根映画の決定版! 
http://www.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=103
http://www.imdb.com/title/tt0871510/

インド映画界でも長くトップスターの地位を保っているシャー・ルク・カーンの主演作。ただし、インド娯楽映画にしては珍しく、踊りのシーンがない。女子ホッケー界を舞台にした正統派スポ根映画なので、確かに踊りはそぐわないかもしれない。ただ、音楽はいかにもボリウッド的だったので、インド映画を観た、という気持ちにはなった。

踊りのシーンがなくても安心して楽しめて、わかりやすく、笑って泣ける映画を作れるところがボリウッドの底力だと思う。しかも、その中にスポーツとナショナリズムの関係、インドにおける女性の地位確立、民族や宗教といった問題をきちんと取り入れているところが何気にすごい。

主人公カビールは、男子ホッケーのインド代表チームの主将だった。彼は世界選手権の決勝戦、因縁のパキスタン戦でPKを外してしまい、チームは負けてしまう。試合終了後、敵の選手と握手を交わしているところを、「わざと負けたのでは」という濡れ衣を着させられ、彼はホッケー界を追放されてしまう。パキスタンに対するインドの強烈な敵対心をここでは描いている。

7年後、弱小の女子ホッケー代表チームにはなり手がなかったところ、沈黙を破ってカビールが現れる。男子ホッケーチームはオリンピックで8回も金メダルに輝いているのに、女がスポーツを、それもミニスカートで走り回るホッケーなんて、という目で見られているのだ。女なんて炊事や洗濯をしていればいい、という意識をスポーツ推進委員すら思っている。インド中から代表選手たちが集められる。インドは多民族、多言語国家であることが現れていて面白い。みんな、最初は自分たちは州の代表であり、インドという国の代表という意識を全然持っていない。出身地の違う者、言葉や宗教の違う者、そのほか女同士の嫉妬などもあってチームはなかなかまとまらない。特にベテラン選手たちに反発されながら、カビールは女子選手にここまでやるか、というくらい厳しく指導する。彼の檄が印象的だ。「州のためでも、家族のためでもなく、インドのために戦え。それでも余裕があれば、自分のために戦え」と。そして、彼女たちを団結させるために、あえて敵役、嫌われ役を引き受ける。

保守的な部分も残っているインドで、ホッケーという激しいスポーツに取り組んでいる彼女たちなので、みんなものすごく気が強い。FWの二人の選手は、球を手にするとパスをしないで、そのままゴールに突入しようとする。ベテランの選手は、FWに配置されなかったことに腐って反抗する。そんな時に、無謀にもカビールは男子代表と戦うことを提案し、善戦する。そしてついにオーストラリアでの世界選手権出場へ。初戦は惨敗したものの、次から破竹の連勝で決勝戦まで勝ち進んだ彼女たち。さて、初戦で惨敗した相手オーストラリアと再び戦う決勝戦は?

ホッケーのチームのため登場人物も多いけど、一人一人がキャラクターが立っていて、それぞれ色々なバックグラウンドや個性を持っているので、面白く観ることができた。インドの国技であるクリケットのスター選手が婚約者の、美人FWや、嫁ぎ先の反対を押し切って参加したゴールキーパー、男の子のようなFW、すぐに怒りを爆発させてキレる選手などなど…。彼女たちの中に、インドの女性たちが抱えている問題点もあぶりだされてきている。インドのために戦え、と言われていても、実際には彼女たちは自分たちのために戦っているのだ。

とはいっても、あくまでも娯楽映画なので、実際にスポーツを観戦しているかのように、ワクワク冷や冷やしながら楽しむことができる爽やかな作品だ。ホッケーの試合のスピード感もよく伝わっている。そして、シャー・ルク・カーンという大スターが、かつて売国奴とレッテルを貼られた鬼コーチのカビールに扮しているというのが大きい。彼がつらい過去を乗り越えるために、嫌われ役を引き受け、再び立ち上がるまでの姿は感動を呼ぶ。

こういう映画を観ると、インドでは伊達に年間800本も映画を作っていないな、と思う。インドでも大ヒットを記録したという。そしてなかなか日本では映画館で観られないインド映画を上映してくれる映画祭って貴重だな、と思う。大きなスクリーンで、迫力ある試合のシーンが楽しめるのは格別だ。

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2008/10/06

「アイアンマン」Iron Man

バレエのシーズンオフで、すっかり映画ブログとなってきた感じだけど…。

「アイアンマン」
監督:ジョン・ファヴロー
出演:ロバート・ダウニーJr.
   テレンス・ハワード
   グウィネス・パルトロー
   ジェフ・ブリッジス

http://www.sonypictures.jp/movies/ironman/
http://www.imdb.com/title/tt0371746/

観た人の評判がいいのもよくわかる、面白い映画だった!

オープニングが、アフガニスタンでラジカセ?から流れるAC/DCの「バック・イン・ブラック」、エンディングがお約束のブラック・サバスの「アイアンマン」という選曲がまずツボ。

アイアンマンが巨大軍需企業の社長なんだもの。大金持ちで、天才科学者で、女性にモテモテで、チョイ悪系イケメンで、ギャンブル好きで、スピード狂で、社長。こういう陽性のヒーロー、いいな~。 アメ込みの主人公はダークヒーローが多いので、彼の明るさ、ちょっと能天気でやんちゃなところが余計気持ちよい。

しかも、ロバート・ダウニーJrが社長。クスリでたびたび捕まって、「アリーmyラブ」を降板させられた時には、この人も終わっちゃったのかと思ったら、華麗なる復活。キャンペーンで来日したと聞いた時には感慨深かったですわ。そこらへんのイケメンじゃなくて、身長が本当は173cmで、グウィネス・パルトロウより絶対に背が低いので底上げしている。だけど睫の長いパッチリしたお目目が可愛いのに、渋くてチョイ悪の彼なのがいい。 (というか、彼が主役だから観に行ったようなもの)

シャチョーなのに、自分で手作りでアイアンマンを組み立てるところが職人みたいでカッコいい。自分で何回も実験して、失敗して消火剤かけられたり、壁にぶつかったりするのが可愛い。自分の会社が輸出した兵器が人々を傷つけているのを見つけてすぐに兵器製造をやめますって一瞬で悔い改めて転向するところがまたナイーブでいいわ。モテモテなのに、ドレスを着た秘書嬢に急にときめいたり、告白できなかったりするところもキュートだし。 きわめつけは、あの記者会見のアドリブと、大喜びする記者連中!

手作りアイアンマン1号でアフガニスタンを脱出する時に、あんなにボコボコにされたり、弾があたっているのに全然平気そうなところは、中の人(=社長)もアイアンマンなのね。

ありえないスピードで急上昇したり、村に降り立って人々を一瞬で助けたり、すんごい爽快感があるし、装着する時のガチャンガチャンする音が渋い。大人が見ても楽しい、なんともいえない洒落心をくすぐる映画だった。

ところで、ジェフ・ブリッジスが出ていたのは、エンドクレジットが出るまで気がつかなかった(大汗)。まだまだ甘い私。


初めて「007 慰めの報酬」の予告編を観たんだけど、前の日に観た「愛の悪魔」でフランシス・ベーコンの繊細なヒモ愛人を演じていたダニエル・クレイグのボンドがえらく渋くていかしていて、これが同じ人かと思うほど。

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2008/10/05

「愛の悪魔 フランシス・ベイコンの歪んだ肖像」 Love is the Devil: Study for a Portrait of Francis Bacon

監督:ジョン・メイブリィ
出演:デレク・ジャコビ、ダニエル・クレイグ、ティルダ・スウィントン

http://www.imdb.com/title/tt0119577/

(この感想は、1999年2月に劇場で観たときの感想に、DVDで再見した時の感想を加筆修正したものです)

20世紀を代表する現代美術家の一人として著名なフランシス・ベイコンと、その愛人ジョージの関係を描いた作品。ベイコンの作品といえば、手近に観られるものとして花村萬月の芥川賞受賞作品「ゲルマニウムの夜」の表紙が挙げられるが、独特の強烈な作風で知られている。わたしも何度か美術館で見たことがあるが、痛切な痛みを感じさせる、叫びのような絵だ。

残念ながら、ベイコンの実際の作品は映画化を遺族に賛同してもらえず、この映画には登場しない。しかしながら、彼の芸術の世界は、映像の工夫で随所に現れている。食器や窓ガラスに映る歪んだ表情、乱雑なアトリエの中の丸い鏡やテーブル、ジョージの悪夢の中に現れる無間地獄のようならせんや全身から血を流しながら飛び降りようとする人物・・・。

何しろ、ベイコンという人物は強烈だ。彼を演じるサー・デレク・ジャコビは本当にそっくりの外見をしているのだが、見るからに変態である。どういう変態かというと、映画「戦艦ポチョムキン」の有名な、乳母車が階段を落ちていくシーンを見てマスターベーションしてしまうのだ。もちろん、ホモセクシャルであることを公言している。彼は常に自分が中心でなければ気が済まず、傲慢で、ジョージにはサディストのように振る舞いながらも、性的にはマゾヒストである。とても身なりに気を使っていて、街に出かけるときには化粧までして歩いている。この映画の舞台となった1964~71年頃にはすでに50代であったのに、だ。彼は、まわりの人間からエネルギーを吸い取って自分のパワーにしてしまう、ブラックホールのような人物である。それに対し、ジョージという人間は小悪党で平凡で、ベイコンの作品のモデルとしてもっとも多く登場しているにもかかわらず、どのような人物であったかの記録もほとんど残っていない。凡人は天才にそのエネルギーを吸い取られるよう運命づけられていたのだ。

そんなベイコンとジョージ・ダイアーが知り合ったきっかけというのは、なんと、ジョージが泥棒としてベイコンのアトリエに侵入したことであった。「ベッドにくれば、ほしいものをやろう」とベイコンに誘われ、若くてハンサムでありながらも、何回も懲役刑をくらっているチンピラであったジョージは、この怪物のような芸術家の愛人としてともに暮らし、愛の地獄を味わうことになる。演じているのは、いまやジェームズ・ボンド俳優として大スターになった若き日のダニエル・クレイグ。本来の金髪を黒く染めて、ダイアーに似せようとしている。顔立ちそのものは似ていないのに、有名なダイアーの横顔の写真や肖像と似ているのが面白い。見るからに居心地が悪そうで、ハンサムな外見とは裏腹に落ち着きがなく、常に不安に苛まれている様子、心がどんどん蝕まれていく様子が見えて、心が痛くなる。ベイコンと沿い寝するするときの無垢な寝顔、ベルトで彼を鞭打ってから「ごめんなさい」と謝る様子、そして不器用な愛の告白。この作品は、ジョージの心情に寄り添って、フランシスという人間を描いているのだ。

ベイコンは、ジョージの無教養だが無垢な面を愛し、それを自分の創造活動の源とした。実際、ジョージをモデルにした作品はかなり多く存在しており、ベーコンの作品の中でも強い印象を残す作品ばかりである。ジョージにいいスーツを着せ、仲間と入り浸っている酒場やカジノ、瀟洒なレストランに連れていき社交活動にいそしむ。しかし、教養のないジョージはそこに入り込むことができず、侮辱される思いをする。そして、麻薬や酒におぼれていき、自分自身をも見失ってしまう。夜毎見る悪夢。

酔っぱらったジョージをカジノに放置し、他の男性を部屋に引っ張り込んで彼を閉め出してしまうベイコンの仕打ち。ジョージは自殺未遂をしたり、麻薬があることを警察に密告したりして、彼の元を離れようとする。しかしながら、ベイコンの言葉の通り「一度磨かれた原石は二度と元には戻らない」。ジョージは結局ベイコンの元を離れられない。離れようとしたら、死を選ぶしかなかった。

デレク・ジャコビの演技は強烈だ。本当に狂気と変態性を併せ持った天才にしか思えない。中でも、3面の鏡の前でまるで娼婦のように婉然と微笑み化粧するシーンにはゾクッとする。カオスを表現した坂本龍一のスコアも素晴らしい。意外とわかりやすい作品になっていて、ベイコンという人間のすさまじい業を感じさせてくれる。

DVDを観るにあたって、特典映像のひとつ、1998年にこの作品がカンヌ映画祭の「ある視点」部門に出品された時のインタビューを見た。監督ジョン・メイブリィは、将来ダニエル・クレイグは必ずやスターになるだろうと予言しており、実際にその予言が当たっていたのには驚いた。このときのダニエルは若く、ほっそりとして、ナイフのように切れ味鋭い感じ。まだこのときにはほとんど映画に出ていなかったのに、その後の活躍は広く知られることになるわけだ。

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2008/10/04

「非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎」In the Realms of the Unreal

先週末に実家に帰ってテレビを見ていたら、NHKの「迷宮美術館」で、ヘンリー・ダーガーの「非現実の王国で」を取り上げていた。彼についてのドキュメンタリーが映画化されたのは知っていたし、とても興味があったけど映画館で観に行きそびれてしまった。その独特の色彩感覚、「ヴィヴィアン・ガールズ」という7人の少女たちの愛らしい造形、独創性と残酷さはものすごいインパクトがあり、思わず引き込まれてしまった。ちょうど、映画「非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎」がDVD化されたというタイミングだったので、早速購入して観てみた。

http://henry-darger.com/

孤独な人生を送った一人の貧しい老人。50年以上病院の雑役夫として働いていた彼が老人ホームに引っ越す際にアパートに残された荷物の中から、家主が見つけたのは、自分ひとりのために綴った「非現実の王国で」という15,000ページを超える大長編小説の原稿と、数百枚に及ぶ挿絵。家主夫妻が芸術家だったことこともあり、彼らは、この作品の独創性に驚愕する。そして、彼らは、ヘンリーの作品を世に出すために奔走する。死後、彼の作品は急速に評価を得るようになって、多くのアーティストのインスピレーションを刺激し続けている。

この映画では、ダーガーが19歳から81歳で亡くなるまでの60年以上をかけて、仕事を終えてアパートに帰ると、彼の頭の中で繰り広げられていた物語を綴った結果作られた「非現実の王国で」の美しくも残酷な世界を、アニメーション化した映像で表現しながら、生前の彼を知る大家のキヨコ・ラーナー(名前や容貌からしても日本人もしくは日系人?)ら近隣の人々の証言を交え、そして彼の生涯を振り返って、なぜこのような作品が生まれたのかを追っている。

ヘンリー・ターガーという人は、貧しい生まれから孤児院で育ち、しかも実際にはとても賢かったのに知的障害児と間違った診断をされて施設に入れられ、虐待を受ける。孤児院の農場で働かされた後、脱走。もちろんまともな教育を受ける機会もなかった彼は、病院の雑役夫として働きながら、一度は徴兵される。が、軍隊が耐えがたかった彼は、目が悪いふりをして除隊。以降、74歳で仕事を引退させられるまで引き続き病院の雑役夫として働き、退職した後までも、ほとんど誰とも交流することなく、アパートの部屋に引きこもって、誰にも知られることなく壮大な大叙事詩を創り上げていた。

この作品の正式な題名は、『非現実の王国として知られている国の、ヴィヴィアンの少女たちの物語。あるいは子供奴隷の反乱が引き起こしたグランデーコ=アンジェリニアン戦争の嵐の物語』という長い題名の戦争記。平和国家「アビエニア」を率いるのは、ヴィヴィアン・ガールズと言われる7人の幼い姉妹達。彼女たちは乗馬と射撃、変装の名人で、子供を奴隷にして虐待の限りを尽くす極悪国家「グランデリニア」と勇敢に戦う。

かくのごとく、日の当たらない生活をしていたダーガーが創り上げた世界は、カラフルでポップで美しく、ヴィヴィアン・ガールズという女の子たちもとても愛らしい。ダーガーは女性のイラストや写真が載っている新聞広告、ちらしなどを集めて切り取り、少女の絵の輪郭をトレースして着色するという独特なコラージュ方法を取って作品を描いた。同じモデルを使ってトレースするため、同じ顔をした少女たちが何人も登場して、独特の効果を上げている。

女の子たちは、時には翼が生えたりしているし、可愛い服を着ているけど、裸でいることもある。胸がなくて、ペニスが生えている女の子たち。ダーガーは生涯女性を知ることがなかったので、女の子にもペニスがあるものだと思い込んでいたらしい(別の説もあり)。ヴィヴィアン・ガールズが画面の上で動いている!その姿を見られただけでも、このDVDを購入してよかったと思う。ヴィヴィアン・ガールズによく似ているダコタ・ファニングがナレーションをしているというのも素晴らしい。

極彩色の花が咲いている美しい田園風景の中で、戦争が繰り広げられる。子供たちは裸で縛られ、吊り下げられ、磔にされ、拷問され、首を絞められる。時には、女の子たちが腹を切り裂かれて内臓まで撒き散らしている地獄絵図が展開する。美しく残酷な物語は、孤児院で虐待された彼の心の傷を反映したものだという。否応なく現実の残酷さが現れてしまっているのだ。また、徴兵された彼の戦争体験の影響もあったという。 子供たちを虐待する者は許さないという彼の強い思いが反映されている。ヘンリー・ダーガー自身が、アビエニア軍の将軍などとして登場しているのだ。

彼は意図的に自分のためだけの別世界「非現実の王国」を作り上げたのだった。人は想像の力だけで生きていくことができるのだろうか?心の中に作り出した虚構の人間関係やコミュニティーを、現実世界のそれと置き換えてしまえるのだろうか?ということがテーマになったと監督は言う。

しかし映画を観て感じたのは、このような貧しく一人ぼっちで過ごしている変わった老人(彼の部屋からは毎晩のように二つ以上の話し声が聞こえてきていたと言う)を気にかけている地域の人々がいたということ。人間関係が不得手でほとんど誰とも交流を持たなかったという彼だけど、家主のキヨコ・ラーナーも、周囲の人々も少しではあるけれど接点を持ち、ダーガーは彼女の犬を可愛がっていたそうだ。彼が老人ホームに引っ越す時には手伝った。が、隣人であるアーティストが、発見された彼の作品を観て「素晴らしかった」という感想を彼に述べた時に、「もう遅すぎる」と彼は答えた。老人ホームに引越しし、彼自身の「非現実の王国」を奪われた彼は、急速に衰弱してすぐに亡くなってしまった。

キヨコ・ラーナーの言葉が印象的だ。「彼は貧しかったけれども、心の中は本当に豊かだったのよ」。現実の人間関係が薄くても、豊かな人生を送ることができるということだ。彼女の、ダーガー、そしてその作品に寄せる深い愛情も伝わってきた。

映画「イントゥ・ザ・ワイルド」でクリスが言った、「人間関係だけが人生ではない」「幸せは、誰かと分かち合うことで本物となる」と併せて、いろいろと考えさせられた作品だった。ダーガーは、あの凄まじい内的世界を創り上げたことに満足した人生を送ったのだろうか?それとも、本当はもっと早く世間に認められたかったのか?人とのかかわりを求めていたのか?ラーナー夫妻が彼を発見することがなければ、彼の作品は埋もれたままであっただろう。人と人がかかわることについての問いを投げかけている作品だ。

彼の墓銘碑には「子供達を守り続けた芸術家」という言葉が刻まれているそうだ。

ワタリウムでの回顧展

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2008/09/28

「イントゥ・ザ・ワイルド」Into The Wild

Into The Wild
http://intothewild.jp/top.html
監督・脚本:ショーン・ペン
原作:ジョン・クラカワー『荒野へ』
出演:
クリス・マッカンドレス:エミール・ハーシュ
ビリー・マッカンドレス:マーシャ・ゲイ・ハーデン
ウォルト・マッカンドレス :ウィリアム・ハート
カリーン・マッカンドレス:ジェナ・マローン
ロン・フランツ:ハル・ホルブルック
ウェイン:ヴィンス・ヴォーン
レイニー:ブライアン・ダーカー
ジャン:キャスリーン・キーナー
トレイシー:クリステン・スチュワート
http://www.imdb.com/title/tt0758758/

1990年、裕福な家庭に育ち、大学を優秀な成績で卒業した一人の青年が、家族にも行き先を告げず、旅に出た。大学院入学のために貯めていた全財産を慈善団体に寄付し、電話も身分証明書も持たず、財布にあった現金も焼き捨て、車を途中で乗り捨て、そして名前まで捨てて。2年間もの間、アメリカ各地を転々としながら、その先に見ていたのはアラスカの大地。彼はいったい何を考え、旅先でどんな人と交流をしたのだろうか…。

1992年、この青年クリス・マッカンドレスがアラスカに到達してから4ヵ月後、彼の死体が打ち捨てられたバスの中で発見された。その実話をノンフィクションにしたベストセラー「荒野へ」を原作にショーン・ペンが映画化。映画化権を獲得するのに10年もかかったという。

若者が”自分探しの旅”に出かけるというのは、今も昔もあることで、中にはそのような行動に出る青年を批判する言質も聞かれる。実際、クリスの遺体が発見され、「荒野へ」がベストセラーとなった後も、ずいぶんと彼の行動は非難されたようだ。でも、彼は自分探しに出かけて行ったのではない。

クリスはすべてを捨てて一人荒野へと旅立ち、植物図鑑をめくっては食べられる植物を探したり狩をしての自給自足の生活を送る。ヒッチハイクをしては様々な人々と出会っては別れる。そしてあまりにも無謀な、軽装備でたった一人でのアラスカの荒野への旅立ち。彼の言葉の中には、物質的な文明を否定するものがたくさん出てくるし、お金も、モノも、愛もいらない、欲しいのは絶対的な自由だけ、とある。その自由と純粋な孤独を手に入れた果てに、彼は北の荒野で餓死し、朽ち果てた。それは壮大な”自分探しの旅”の結末だったのか?いや、そうではなかった。彼は、ただアラスカという未知の厳しい自然の中の土地に行ってみて、自分ひとりで生活して、純粋な孤独の高みに達してみたかっただけなのではなかったのだろう。

クリスは無一文で、一人で旅を続けるものの、それは生きることのかけがえの無さと幸福、厳しく雄大な大自然、そして自由という光が満ちあふれ、美しさに満たされたものであり、途中までは死の匂いとは無縁だ。そして、様々な人々との出会い。サウスダコタ州の農場主ウェインの元で働き、そしてヒッピーのカップルであるレイニーとジャン、美しい少女トレイシー、そして家族に先立たれ孤独な老人ロン・フランツ。少し社会からはみ出した人々だからこそ持っている、温かさに触れる。それでも、誰も彼の無謀なアラスカ行きをとめることはできなかった。

特に、偏屈な老人ロンとの出会いと別れは痛切で、涙なしには見られない。クリスは、ロンに人生の楽しみは人間関係だけじゃない、という話をするのに、死の前に、本に「幸せが現実となるのは誰かと分かち合った時だ」と書き残しているのが切ない。文学を愛するクリスは、「友達なんかより、小説の中に出てくる人物を友として生活してきた」と語る。そして様々な文学作品からの引用が、文中に登場する。最後になって人とのつながりの大切さを感じた彼だったけど、ラストシーンで彼の脳裏に去来する両親との笑顔と見上げた空を見ながら、やっぱり彼は幸福で、人生を思い通りに駆け抜けたんだろうな、死んでしまったことだけが唯一の誤算だったんだって思った。

水の苦手な彼が、川の増水によって向こう岸に帰れなくなる。そしてベルトの穴がどんどん増えていってやせ細っていく。ようやく狩ったエゾシカにすぐにウジがたかってしまう。居ついたバスの中に半ば引きこもり状態になる。植物図鑑を頼りに食べた植物の毒にあたる。どんどん衰弱していく。自然の猛威が牙を剥く。それでも、最後に登場する、カメラに残され死後現像されたクリス本人の写真を見るにつれて、彼は大切な何かを手に入れて、そして幸せな人生を送ったのだと確信できた。

148分という長尺を感じさせない演出も見事で、光、冷え冷えとした空気、動物の血の生臭い匂い、激流といったアメリカ大陸の大自然の呼吸を体験することができた。カメラワークの緩急の差のつけ方、3つの時制(「奇跡のバス」の中、順を追った時の流れ、そしてクリスの死後)の使い分けかたもすごい。文学作品の引用や、台詞の中に含まれた意味を租借するためにも、また映画館で観たいと思った、心に残る作品だった。特に、人生をこれからどうやって生きていこうかと悩んでいる人にとっては、鮮烈な一本になることだろう。

クリスと親しかった妹カリーンによるナレーションや、兄との思い出、家族の秘密の響きがとても痛切に耳に残る。あんなに親しくて、痛みや苦しみ、そして喜びを分け合った妹にも、一度も連絡をしなかったのは、なぜだろうか?それはクリスにとって、自由がどんなものよりも眩しい光を放っていたものだったからなのだろうか。

原作を早速帰宅途中に購入。一時期品切れだったようだけど、増刷されたようだ。今から読むのが楽しみ。(マーケットプレイスで高値で出ているけど、大きめの書店だったら今は手に入る)

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2008/09/23

「デトロイト・メタル・シティ」

「デトロイト・メタル・シティ」

http://www.go-to-dmc.jp/movie

監督 李 闘士男
脚本 大森美香
原作 若杉公徳
出演:
根岸崇一(松山ケンイチ)
相川由利(加藤ローサ)
カミュ(秋山竜次)
ジャギ(細田よしひこ)
社長(松雪泰子)
アサトヒデタカ(鈴木一真)
佐治くん(高橋一生)
母(宮崎美子)
ファン(大倉孝二 、岡田義徳)
ニナ(美波)
ジャック・イル・ダーク(ジーン・シモンズ)


原作のファンでもちろん全巻(といってもまだ6巻までしか出ていないけど)持っている私は、パブリシティで見た松山ケンイチのハマリぶりにちょっと期待しつつも、なるべく情報をシャットアウトして観ることにした。ローソンで売っていたDVDつき前売り券を予約までして買ったんだけどそのDVDすら観ないで。

原作を読んでいなければ、万人ウケするような、すごく良くできた、面白い映画だと思う。テンポが良くてダレることもほとんどなく、滑るようなギャグもなく、おまけにハートウォーミングで感動的な部分もありつつも、不条理な幕切れになっている。役者の演技も良い。インストア・イベントと相川さんの待つカフェを往復する根岸の滑稽なことと言ったら、もう!

しかし、なんで"資本主義の豚"が出てこないんだ~!!!

これが最大の不満点。資本主義の豚は温水洋一に演じて欲しかったのに。

友達の台詞を借りると、社長風に言えば
「ファーック!!あたしゃこんな映画じゃ濡れねーんだよ!」
ってとこかな。

松山ケンイチの根岸&クラウザーさんは素晴らしく良い。憑依型とかカメレオン系役者と言われるのもよくわかる。根岸のナヨナヨクネクネしてちょっと気色悪い動きや、内股で両手と腰が反対方向に左右にゆれるさまが凄くって、こんな奴絶対にいないし、いたら相当キモいと思いつつも嫌いになれないキャラクターを好演。
松雪泰子の社長は、ものすごいハマりっぷりで最高。舌でタバコを消したり、高笑いしたりキックを浴びせたり、根岸の部屋を強引にデスメタル部屋に改造したり、ノリノリで演じているので観ていて気持ちよい。
大倉孝二 、岡田義徳らのDMCファンたちが、めちゃめちゃいい味を出しているし、彼らをモデルにしてキャラクターを作ったんじゃないかなって思うほど。狂言廻しとしてもうまく機能している。ジャギとカミュが原作そっくりで良かったのに、出番が少なすぎたのは残念。

鈴木一真のアサトは、寒い、寒すぎるのだけど、これもうまいキャスティング。全体的にキャスティングはとても良い線を行っている。加藤ローサの相川さんは、ちょっとイメージが違うというか、相川さんはもっと天然ボケなのでは、と思う。でも悪くはない。九州出身の宮崎美子が母親役っていうのもいいし。ただ、クラウザーさんを囲んでのシュールな朝食風景の切り取り方は、もっとやりようがあった気がした。そのへんの見せ方が、監督や撮影監督の腕の見せ所だと思うんだけど。

音楽については、カジヒデキが作曲をしているオシャレポップス(笑)は素晴らしい出来。オシャレポップスをかなり笑いものにしている作品なのに、こんなにちゃんとした音楽を作ってくれたカジヒデキは偉い。「甘い恋人」も原作のイメージにぴったりすぎて凄い。

デスメタルについては、一家言ある私からすると残念ながら全然デスメタルじゃないんだけど、全国公開東宝配給の商業映画だから、仕方ないのかな。一応バックバンドにマーティ・フリードマンが入っているんだけど、メガデス自体デスメタルじゃないし。ジーン・シモンズを引っ張り出してきたのは凄い。ジャック・イル・ダークとの対決シーンはちょっと物足りないところもあるけど、ジーン・シモンズならではの圧倒的な存在感があったのは良かった。

新幹線の運転席にいたり、他に乗客もいる電車に乗っているクラウザーさんの姿ってすごくシュールで可笑しくていい。このシュールさを、もっと映画の中で出して欲しかった気がする。

最大の問題は、原作ではなんだかんだ言っても、根岸=クラウザーさんはデスメタルへの愛があったというか、「ぼくがやりたかったのはこんな音楽じゃない!」と言いつつもデスメタルからは決して逃れられないというか、その魅惑にズブズブにはまって抜けられないでいるのに、この映画ではそれが感じられなかったことだろうか。

原作にあった過激さが足りないのは、全国公開東宝配給の商業映画だから仕方ないのだろう。あの笑えるほどの過激さ、エログロさがあってこそのDMCだと思うけど。

社長の手下の「ぐりとぐら」が犬なのでは、可笑しさ半減どころか限りなくゼロにしちゃった感じで残念。こんな設定に変えた奴はSATSUGAI。

(以下ネタばれ全開でいきます)


最後の最後でクラウザーさん=根岸というのが相川さんにはバレてしまったというのが根本的な間違い。いつ相川さんにバレてしまうのか、ドキドキしながら見守るというのが、原作の楽しみであったのに、これでは原作レイプといわれても仕方ない。それどころか、母親にまでもバレているっぽいし。

いくらなんでも「No Music, No Dream」には萎えた。DMCってそんな話ではないはずなのでは?そんな言葉をあの社長が根岸に送るとは到底思えないというかあり得ない。あたしゃそんな言葉じゃ濡れないんだよって言われるのがオチでしょう。オシャレポップスを愛する一方、意に沿わないデスメタルで生計を立てている、それどころか人気者になっちゃったという矛盾というか不条理がこの原作の肝なので、その不条理を解消して、葛藤も終わりにして終わりというのでは、やっぱり原作レイプだろうな。


やっぱり資本主義の豚がいないのがつまんない!


続編があったら絶対に観に行くと思う。が、まずは脚本家を替えて欲しい。どうやら、感動パートは脚本家が担当したようだったから…。

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2008/09/11

「ダークナイト」The Dark Knight

IMDBのユーザーレイティングで歴代第3 位という高評価、そしてもちろん、故ヒース・レジャーの遺作ということで期待たっぷりで観た本作品、見ごたえがあった。映画というものを映画館で観ること自体すごく久しぶりだったということもあるけど。やっぱり映画館で映画を観るっていいなあと思わせてくれた作品。

監督 クリストファー・ノーラン
脚本 ジョナサン・ノーラン、クリストファー・ノーラン
撮影監督 ウォリー・フィスター

ブルース・ウェイン/バットマン クリスチャン・ベール
ジョーカー ヒース・レジャー
ハービー・デント アーロン・エッカート
アルフレード:マイケル・ケイン
レイチェル マギー・ギレンホール
ゴードン ゲイリー・オールドマン
ルーシャス・フォックス モーガン・フリーマン

「バットマン」シリーズは今まで3作しか観ていないのだけど、一番大切なのは何かというと、世界観と撮影のルックだと思っている。1作目のティム・バートンによる、陽の射さない暗くてゴシックなゴッサム・シティがどのように表現されているかということ。この点に関しても、素晴らしい。作品のテーマのひとつでもある、光と影が見事な対照を成して、光が明るければ闇は一層暗く表現されていて、美しくも禍々しい。また、ジョーカーの衣装やメイクなどの色彩感覚も実に禍々しく狂気を感じさせて見事である。

常人には理解不能な、絶対的な悪、テロリストとしてのジョーカー。そのジョーカーがもたらす恐怖が支配するゴッサム・シティに存在する唯一の光であった、正義感の強い若き地方検事ハービー・デント。光と影、この二つのキャラクター造形、特にハービーのキャラクター作り、そして彼が使う、とある小道具の設定が実に秀逸。清廉潔白で志の高い人物であればあるほど、ふとした大きな怒りや憎しみ、そして復讐心でたやすく天秤が傾き、コインの裏と表のように正邪が逆転しやすいということ、そして自分の選択に自信が持てなくなって運命を天に任せたくなるということを象徴させている。

「運命を、そして善悪を自ら選択する」というテーマは、終盤にあるフェリーでのエピソードでも象徴的に登場する。その時に人々が選び取った選択肢こそが、この残酷で混沌とした世界の中に射す、一筋の希望の光であり、人間性に対する信頼を示すものとして燦然と存在するものだ。しかし、その選択は容易に導き出されたものではないし、多数決で得られた答えは、必ずしも正しいものではないということも示している。

ジョーカーが病院を爆破していく、黙示録のようなテロのシーンは、まさしく9.11の世界貿易センターが崩壊していく様子と重ね合わせることができるだろう。

絶対的な悪としてのジョーカー。正義の使者でありながらも同時に糾弾される存在でもあるダークヒーローたるバットマン。悪と戦うために自ら悪の汚名を着るバットマン。我こそがバットマンであると名乗り出たハービー。これらのキャラクターは、お互いに自分たちの大義名分たる倫理、正義のために戦争を起こす米国、テロを起こすイスラム原理主義者、そのどちらともに重ね合わせることができるというのが、この映画の凄いところである。

ジョーカーが持っている根源的な憎しみの源である裂けた口、なぜそんな顔になってしまったのかを説明するエピソードが毎回違っているというのがまた恐怖を倍加させる。何者かに取り憑かれているかのようなヒース・レジャーの怪演ぶりが凄まじい。彼は完全なメソッド・アクターであり、身体の歪ませ方から声の出し方、震わせ方まで狂気が最初から最後までみなぎっている。禍の神として君臨するジョーカー、それを演じたことがヒース・レジャーの早すぎる死のきっかけのひとつになったかと思うと、痛ましい限り。

マイケル・ケインやモーガン・フリーマンといった名優(冒頭の銀行のシーンで登場するウィリアム・フィチトナーも印象的)を脇で使っている贅沢さもさることながら、ジョルジオ・アルマーニが手作りしたというクリスチャン・ベールのスーツ、そしてゼニアによるアーロン・エッカートのスーツのスタイリッシュさも見事なもので、映像のルックの美しさに貢献している。かくのごとく細部まで気を配って作られたこの作品は、隅々まで緊張感が持続し、2時間40分という長尺さも感じさせない。ブルース・ウェインの恋人レイチェル役がマギー・ギレンホールという渋いキャスティングが、ノーランが男女の関係ではなく男同士の関係に強い関心を持っていることを示しているんだな、とちょっと深読みできるところも面白い。

追記:エディソン・チェンが出ているのは気がつかなかった。残念!

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2008/05/07

「つぐない」Atonement

「つぐない」(2007年、英)Atonement

監督:ジョー・ライト
脚本:クリストファー・ハンプトン
音楽:ダリオ・マリアネッリ
原作:イアン・マキューアン
      (『贖罪』(01) Atonement 新潮文庫刊)
出演:キーラ・ナイトレイ、ジェームズ・マカヴォイ、ロモーラ・ガライ、ヴァネッサ・レッドグレイヴ、シアーシャ・ローナン、ブレンダ・ブレッシン

作家志望の13歳の女の子ブライオニーがリズミカルに打つタイプライターの音が響くオープニング。屋敷の中を歩き回ったり、広大な敷地を駆け抜けて行く彼女を追うカメラ。ブライオニーの想像力が生み出した嘘と戦争に引き裂かれた恋人たち-セシリアとロビー-ではなく、ブライオニーこそがこの物語の主人公である。そして、この映画は、物語(ストーリーテリング)の魔力がもうひとつの主人公。ブライオニーは、物語の世界に魅せられた、想像力が豊かで多感、夢見がちな少女。そんな彼女が、偶然、噴水の水に濡れた姉セシリアの姿、使用人の息子ロビーが間違って渡してしまった性的な内容の手紙、そしてロビーとセシリアが愛し合っている場面を目にしてしまったこと、さらには従姉ローラがレイプされてしまうところまで見てしまうのだから、想像力に火がついてしまうのも無理はない。ブライオニーの偽証で恋人たちは引き裂かれる。

罪を贖うように、ブライオニーは大学進学をやめ、看護婦見習いとなって一時は作家への夢を断とうとする。しかしながら、ストーリーテラーとしての業は、一生彼女から離れなかった。そうやって、この映画は、ブライオニーのストーリーテラー(物語を作る人)としての視点と、恋人たちの視点という二つの視点から、時間軸をずらしながら多重的に展開するのである。そして、ストーリーテラーとしてのブライオニーの人生の集大成が、ラストに見事に結実する。そう、この映画は"贖罪"というテーマのほかに、映画を通して現実には実現しなかった物語を"物語ること"というテーマが存在しているのだ。映画を観る醍醐味のひとつはストーリーテリングに存在しているのであり、ここまで見事にそれが実現された作品はなかったのではないだろうか。

ブライオニーを演じた3人の女優が素晴らしい。中でも13歳のブライオニーを演じたシアーシャ・ローナンの演技は、こんな女の子、現実にいるよね、と感じさせてくれた。多感さ、幼さゆえの残酷さ、美しい姉やちょっとませた従姉ローラに張り合いたい気持ち、ロビーへの仄かな憧れ、一つ一つの小さな出来事に心が揺らぐ様子、役を生きていたといえる。初めての正装に身を包み、張り切って夕食会に出かけていく上気した気持ちから、地獄の底に落とされ、それでもセシリアに会いたいと戦地で彼女を想い続けた一途なロビーを演じたジェームズ・マカヴォイも、不器用で誠実な魅力を見せてくれた。キーラ・ナイトレイは演技という点ではちょっと不利な役だったけど、悲恋物語の主人公にふさわしい古典的な美しさに説得力がある。

もうひとつ見事なのが撮影で、冒頭のブライオニーを追いかけるカメラから、イギリスの風光明媚な地方の初夏の暑い日差し、ひんやりとした水、上気するセシリアの頬、衣擦れ、風の揺らぎ、ブライオニーの青い瞳などを切り取った前半。フランスで従軍したロビーがたどり着いた“ダンケルクの撤退”での長大な長廻しショットの見事さには息を呑む。馬が撃たれ、水や食料を求める兵士たち、傷ついて倒れている兵士たち、撤退できる歓びを歌う兵士たち、打ち捨てられた観覧車、ボロボロの艦船…それらをワンショットで捉えて、戦争の無残さや一人一人の兵士たちの息遣いを伝えている。マルセル・カルネの映画にロビーのシルエットが重なる戦場での息抜きの一瞬のカットも美しかった。

映画ならではのひねり、想像の翼が、美しく哀しい物語をさらに昇華させたエンディングが忘れがたい。それはブライオニーの自己満足であったとしても、生涯をかけたせめてもの贖罪なのだった。

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2008/05/04

「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」There Will Be Blood

原作:アプトン・シンクレア『石油!』
監督、脚本:ポール・トーマス・アンダーソン
主演:出演:ダニエル・デイ=ルイス アカデミー賞主演男優賞
音楽:ジョニー・グリーンウッド(レディオヘッド)
撮影:ロバート・エルスウィット アカデミー賞撮影賞

http://www.movies.co.jp/therewillbeblood/

2時間半を超える長尺作品、しかも実は私、ポール・トーマス・アンダーソンという監督の作品があまり得意ではなく「マグノリア」などは大嫌いでどうしようと思っていたので、観るまで凄く不安だった。でも、久々のダニエル・デイ=ルイスだし、と思って思い切って観に行って良かった。強烈に引き込まれる作品で、まったく退屈することなく見入ってしまった。これぞ、映画だと思った。なんといっても、全然ポール・トーマス・アンダーソンっぽくないところがいい。最初の10分ほどはまったく台詞がなく、映像の力だけでぐいぐいと引っ張られる。

ゼア・ウィル・ビー・ブラッド=血は、石油と同一化する。何回か流れ出る血は、地面から噴き出る石油と同じどす黒い色をしている。ダニエル・デイ=ルイスが演じる石油採掘業者のダニエルは、石油のためには、人をだまし、裏切り、切り捨てる。そんな彼でも、子連れ狼のように連れて回る息子のH.W、そして途中で突如現れる弟のヘンリーには肉親の愛情を示しているかのように思えていたのだけど…。血とは、肉親の血のつながりのことも意味している。

ダニエルのあまりにも強烈な人物像。幾分かオーバーアクト気味に感じられながらも、強欲で人を信じず、挙句の果てには事故で耳が聞こえなくなった息子も捨て、神すら利用する孤独なモンスターのような男を、なぜかたまらなく魅力的に演じたダニエル=デイ・ルイスが悶絶するほど素晴らしい。その存在感により、この作品がギリシャ悲劇のような普遍的な物語に仕上がっているように思えてくる。そんなにストレートな作品ではなく、どこか黒い笑いが秘められているところがまた恐ろしいのだけど。ダニエル=デイ・ルイスの片頬で笑う笑みの皺の一本一本までもが魅力的。

この怪物ダニエルに対抗できるもう一人のモンスターが、ポール・ダノ演じる神父のイーライ。最初は家族想いの真面目な好青年に見えているのに、ダニエルの正体を暴くところからだんだん怪しく見えてきて、その胡散臭さと狂信性が炸裂する悪魔祓いの儀式のような教会のシーンでやられた。アメリカという国に存在しているキリスト教原理主義とか、テレビで布教する伝道師の源流みたいなものを感じさせるのだけど、そんな単純なキャラクターでもない。

このモンスター二人ががっぷり四つに組みあう最後のシチュエーションがあまりにも鮮烈。誰があんな場所で、あんな結末を想像しただろうか!その前の、教会でダニエルにイーライが罪を認めさせるシーンのサディスティックさもさることながら。この二人の男は、長年にわたって憎みあいながらも、なぜか強烈に惹かれあっており、その運命を交錯させずにはいられないものがあったのだ。
(女性のキャラクターがほとんど登場せず、弟との関係もなんとなく怪しかったり、息子が美少年だったりと、ダニエルにはどこか同性のみをひきつける妙な魅力がある)

ダニエルが息子H.W.に見せる愛情もとても複雑なもの。石油採掘の儲け話をするときには、可愛らしい息子をそばに寄り添わせ、自分は家族を大切にしておりこれはファミリービジネスだと強調しながらも、まだ幼い彼を、危険な採掘現場で働かせる。採掘場の事故に息子が遭った時も、息子よりも採掘場を心配し、聴力を失ってしまった息子を電車に乗せて実質的に捨ててしまう。それでも、彼が帰ってきたときには愛しているという。誰も信じることができない彼がすがった唯一の絆が、肉親の情だったわけなのだけど…。

ダニエルは、人として許されない行為を何回も繰り返した罪深い人間。そんな彼が、神に救われることはあるのだろうか?それとも、神を巧みにだますことができてしまったのか?そして、そんな彼を無理やり神にすがらせようとした神父のイーライもまた、その神に救われるのか?最終的には、キリスト教というよりは、人間にとっての普遍的な"神”の存在を問う、荘厳で、しかも挑発的な悲喜劇に仕上がった。

レディオヘッドのジョニー・グリーンウッドによる不協和音的な爆音も素晴らしく、エンドロールのブラームスのヴァイオリンコンチェルトとともに、人間の営みと存在の不条理さと哀しさ可笑しさを奏でていた。

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2008/04/22

ジーン・シモンズが「デトロイト・メタル・シティ」に出演♪

大好きなマンガ「デトロイト・メタル・シティ」が松山ケンイチ主演で映画化されるのは知っていたけど、本物のKISSジーン・シモンズが、ジャック・イル・ダーク役です!きゃ~!

http://cinematoday.jp/page/N0013581

これはすごいな~

そして、写真を見ると、出演者のビジュアル、相当がんばったみたいで原作そっくりです。松山ケンイチくんのクラウザーさんや根岸もだし、松雪泰子の社長も原作同様強烈だし、けっこう期待していいのかもしれません。(でも、大好きなキャラクターである"資本主義の豚”さんが写真に写っていない…)

それにしても、ジーン・シモンズは洒落のわかる男でいいなあ♪WOWOWで放映されていた「スクール・オブ・ロック」といい、老いてますます元気良くてカッコいいです。

何を隠そう、私は10代の頃はヘヴィメタル少女でして、KISSはちょっと全盛期を過ぎていたけど(しかしコンサートは2回ほど行ったことがある)、当時はメタリカとかメガデスとかアンスラックスとかアイアン・メイデンなど大好きでした~(年がばれますね)。去年も、メガデスの来日公演に行って大感動して来たのです。
「デトロイト・メタル・シティ」はコアなメタルファンの中には、設定が受け入れられない人もいるようですが、これくらい不条理でバカバカしくて洒落が効いていて、しかも甘酸っぱさを持っているこの作品のテイストが私は好きです。

映画『デトロイト・メタル・シティ』は2008年夏に全国公開
オフィシャルサイト http://go-to-dmc.jp/

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2008/03/13

バーミンガム・ロイヤル・バレエのツァオ・チー、映画「Mao's Last Dancer」に出演

バーミンガム・ロイヤル・バレエの来日公演「美女と野獣」の野獣役で活躍したツァオ・チーは、元バレエダンサーLi Cunxin(李存信)のベストセラー自伝「Mao's Last Dancer」の映画化作品に、成人したLi役で出演するのだそうです。「Mao's Last Dancer」は、2003年に出版されベストセラーとなり、現在では20カ国で出版されており、オーストラリアで「今年の一冊」賞に輝いた作品だそうで。

http://www.brb.org.uk/4433.html

バーミンガム・ロイヤル・バレエから出たプレスリリースによると、ツァオ・チーは6ヶ月間バレエ団を休んで、撮影に入るとのことです。デヴィッド・ビントレーのコメントつき。

この Li Cunxinさんは、11歳の時、文化大革命のため政府の役人に見出されて北京舞踊アカデミーで学んだ後、アメリカに渡りました。16年間ヒューストン・バレエで活躍した後、中国への帰国を拒んで亡命、オーストラリアに移住してオーストラリア・バレエのプリンシパルとなったそうです。主なキャストとしては、Liの弁護士役にカイル・マクナクラン(「ツイン・ピークス」)、母親役に、「ラストエンペラー」や、「ラスト、コーション」でトニー・レオンが演じたイーの妻を演じたジョアン・チェン、ブルース・グリーンウッド(「ナショナル・トレジャー」)、そして「センターステージ」のヒロインを演じたアマンダ・シュルもLiの最初の妻役で出演するようです。Liの少年時代は、2007年のローザンヌ・コンクールに出場してコンテンポラリー賞を受賞したオーストラリア・バレエ学校のChengwu Guoが演じます。さらに、オーストラリア・バレエからマデリン・イーストー、スティーヴン・ヒースコートも出演する上に、香港バレエ団からもダンサーが出演するとのこと。オーストラリア映画として、撮影は主にオーストラリアで行われる模様です。

監督は、「ドライビング・ミス・デイジー」のブルース・ベレスフォード、脚本は「シャイン」のジャン・サルディ、プロデューサーは「シャイン」「クロコダイル・ダンディー」のジェイン・スコット、「HERO」「LOVERS」のGeng Lingだそうで、スタッフも豪華ですね。原作も面白そうなので、注文してみようと思います。子供向けの易しい版も出ているみたいです。

「中国人の天才バレエダンサーの映画、撮影開始」(ヴァラエティ・ジャパン)
http://www.varietyjapan.com/news/business/u3eqp3000002qcmz.html

http://www.if.com.au/PR/View.aspx?newsid=798

http://www.hollywoodreporter.com/hr/content_display/international/news/e3ibebff426749f11d6cd125e8db80d41ba

佐久間奈緒さんのパートナーとして素晴らしいパフォーマンスを見せたツァオさんがしばらく舞台を離れるのは残念ですが、このような映画の主役級で出られるのは嬉しいですよね。しかも、オーストラリア・バレエのダンサーも多数出演するようで、本格的なバレエ映画になりそうです。日本でも公開されますように。

なお、イアン・マッケイがアンヘル・コレーラのバレエ・デ・エスパーニャに参加するために退団し、ツァオ・チーも半年間離れてしまうバーミンガム・ロイヤルですが、一昨年の世界バレエフェスティバルや、去年のオーストラリア・バレエの来日公演に出演したマシュー・ローレンスが移籍したとのことです。BRBとオーストラリア・バレエは浅からぬ縁があるようですね。

Mao's Last DancerMao's Last Dancer
Li Cunxin

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2008/03/12

ラスト、コーション Lust、Caution(色、戒)

しばらく忙しかったり体調を崩したりで、なかなか映画を見に行く時間もなかったのだけど、あまりにも参っていたので、出張の代休を取って映画を観に行った。今年に入って観たのは、「俺たちフィギュアスケーター」「バレエ・リュス~踊る歓び、生きる歓び」「エリザベス・ゴールデン・エイジ」そして「ライラの冒険~黄金の羅針盤」

で、やっと観にいけたのが、「ラスト、コーション」。アン・リー監督の「ブロークバック・マウンテン」は言うまでもなく2006年の個人的ベストワン映画だし、トニー・レオンのファンなので楽しみにしていた。そして、期待は裏切られるどころか、すっかり打ちのめされて帰ってきた。

ネタバレです。

麻雀卓を囲む4人の美しい上流婦人たち。その中でもひときわ、若く美しく華やかなマイ夫人。ほっそりとした長身にぴったりと沿ったチャイナドレスに身を包んだ、匂い立つような妖艶な姿態よりも、そして日本軍の傀儡となって権力を握る男イーに激しく抱かれ、上気した肢体よりも、はにかみながら憧れのリーダー、クァンを見つめているすっぴんの純情な女子学生のチアチーの表情が心に残る。チアチーの青春とその終焉が、この作品の裏テーマなのではないかと思った。

青臭く幼い大学生たちのレジスタンスごっこが、こんな結末で終わるとは、あのときの、青春を謳歌している彼らは思わなかっただろう。でも、悲劇的な結末が透けて見えるからこそ、ほんの一瞬、革命劇の成功で舞い上がって、バスの中ではしゃいでいた彼らの姿が、まぶしくいとおしく思えてくるのだ。

イー役のトニー・レオン、チアチー(マイ夫人)役のタン・ウェイも、決して台詞が多い役ではない。この二人がこの役に選ばれたのは、ひとえに、まなざしの持つ力にほかならない。トニー・レオンは、「悲情城市」で聾唖の役を演じたことからも、どんな役者よりもまなざしで演技ができる人。同胞を裏切っている残酷な権力者、誰も信じない猜疑心の塊のような男がふと見せる孤独、哀しみを目だけで表現できるのは彼しかいない。

タン・ウェイも、女スパイとしての決意を持ってクァンへの恋心を葬り去ったまなざしの強さ、その中に揺らめく情念を見せながらも、使命を遂行することを決心した強さを、最後まで彼女は瞳の中に輝かせていた。帽子の縁から覗く、射るようなまなざしの強さが忘れがたい。マイ夫人という人妻に扮するために、チアチーはクアンではなく、愛してもいない同胞相手に処女を捨てなければならなかった。なのに決して泣き言は言わず、抱かれながら運命を強いまなざしで受け入れていたチアチー。

まなざしというのが、この映画の中でひとつのキーワードになっている。何よりもクラクラしたのが冒頭の麻雀のシーン。麻雀卓を囲む4人の女たちの、交錯する視線。何気ない会話の中に見える、探り合い、羨望、嫉妬。濃密な空気。そこに登場し一瞬だけ顔を見せるイー。30年代の上海へと引きずりこまれた一瞬だった。

最初の作戦が失敗し、上海に渡ったチアチーは、華やかなマイ夫人の影を微塵も感じさせない、貧しさに疲れた地味な女子学生になっていた。それなのに、再びイーに近づく任務を帯びたときには、チアチーは再び、あでやかな、だけど少し生活に疲れたマイ夫人に化けていた。「痩せたのね」「君も変わったよ」という台詞のやりとりに、敵同士であるはずのイーとチアチーの心が通じ合ってしまっているのが現れている。

チアチーは、香港での学生時代、抗日劇に主演した女優だった。そしてその女優としての素質を見込まれて、マイ夫人に化け、イーを誘惑して暗殺する使命を負っていた。自分を偽り、女優のようにマイ夫人を演じて、役柄に没入した。チアチーが映画を愛し、しばしば映画館に行くのも、女優だから。そのターゲットであるイーは、日本軍の手先として拷問を行っている冷徹な男だが、その仮面の下に悪になりきれない優しさや弱さが隠されている。そして、世界で唯一人、彼が信じられる、と思ったのがマイ夫人ことチアチーだったという皮肉。そして、その告白を聞いたことで、チアチーの心の中にイーという存在が踏み込んでいったのだった。

こんな二人が、本当に信じあえるもの、それは肉体の交わりだけであった。だからこそ、この映画の中ではベッドシーンが重要な役割を担っている。初めてイーがチアチーを抱いたとき、彼はじらそうとするシアチーを殴ってドレスを引き裂き、目を背けたくなるほどのあまりにも暴力的な情欲を噴出させる。コートを投げつけて彼が冷たく去って行った後、チアチーが目を潤ませて笑みを浮かべ、余韻に浸っていたのはなぜか。そして二度目のベッドシーンで延々と続く、激しいアクロバティックなまでの交わりは、あまりにも痛々しかった。こうすることでしか、真実の姿を見せることができない偽りのふたりが、哀しい。生きている実感を得るために、すべてをぶつけ合い、激しく愛し合う。だけど、エロスはそこにはなくて、ただただ哀しい。3度目のベッドシーンも激しく、暗闇が苦手というイーの目をチアチーはシーツで覆い、そして傍らには彼の拳銃。死と隣り合わせのぎりぎりの性愛。

組織のボスとクアンを前に、チアチーは、イーの心の奥底深くに入りこむために、どれほど心が血を流し叫び声をあげているか、赤裸々に告白する。彼女の心が血を流しているのと同様に、イーの心も踏み込まれた苦しさのあまり離れられなくなっていることも。別れ際にキスをしたクアンに「どうして3年前にしてくれなかったの」と言うチアチーの台詞は、彼らの青春の終わりを告げるものだった。チアチーがあんなに強い決意を持って任務についているのに、彼女にはレジスタンスって意識は微塵もない。ただ憧れのリーダーに従うまま没入した、大学生の革命ごっこの続きだった。それなのに。

宝石店でイーに6カラットのダイヤモンドの指輪を贈られ、一瞬喜びの表情を浮かべながらも「逃げて」と強いまなざしで告げたチアチー。そこに、与えられた運命から逃げずに受け入れる彼女の強さを感じた。宝石店から人力車に乗って、車夫に笑いかけられ、夕食の支度の話をする人々の日常の営みの声を聞きながら、思い起こすのは香港の大学で初めて舞台に立ち、客席にいた革命ごっこの仲間たちに笑いかけられた日。自決用の毒薬を握りつぶす。もうマイ夫人を演じる必要はない、その安堵は、石切り場の処刑場でクアンと交わした最後の微笑みのときにも続いていた。彼らが処刑された朝の10時、チアチーがいなくなった部屋でそっと涙を流すイーも、自分の先が長くないことを悟っていたはずだ。

※イーって野郎は、もっと極悪人であって欲しいなんてちょっと思ったんだけど、これくらいの甘さは、トニーだから許すかな。

20代後半とは思えない幼い素顔と純粋さの中に潜む色香、長身でほっそりとしているのに柔らかそうで、程よく肉のついた腕。少女と人妻、強い決意を秘めた革命家と、危険な誘惑者、愛欲に溺れる女。その両極端の魅力を併せ持ったタン・ウェイの起用なくては、この作品の成功は得られなかったに違いない。そして、その天使のような儚い、一瞬の夢のような、でもたしかな肉体を持つ魅力は、日本料理店でイーに彼女が聞かせた美しい歌を歌うところで最高潮に達していた。

そして、この作品のテーマは、「ブロークバック・マウンテン」と重なりあう。

つらく厳しい生の中で、誰からも決して理解されない、一瞬だけきらめいた愛、そして死。

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2008/01/23

ヒース・レジャー死去

今ニューヨークタイムズを読んでいたら知りました。ショックで言葉もありません。

マンハッタンの女優メアリー・ケイト・オルセン(警察の発表で撤回されました)自宅アパートで倒れており、原因はまだこれから究明されますが、薬物の過剰摂取か自殺の疑いが濃厚とのことです。 (追記:今のところ自殺に結びつくような証拠は見つかっていないようです。また、薬物はすべて、処方箋薬だそうです)
ブラッド・レンフロも亡くなったばかりなのに。

まだ28歳でした。これからというときだったのに。

魂の名作「ブロークバック・マウンテン」での切ない名演が忘れられません。

ご冥福を心からお祈りします・・。

http://cityroom.blogs.nytimes.com/2008/01/22/actor-heath-ledger-is-found-dead/index.html?ex=1358744400&en=13b55eec181b315a&ei=5088&partner=rssnyt&emc=rss

追記:もう少し詳しい記事がここにあります。離婚後荒れていたという話もありましたが、近所の人にとってはとても好人物だったようです。本当に悲しいことばかり起きますね。

http://www.nytimes.com/2008/01/23/movies/23ledger.html?_r=1&ex=1358744400&en=c0703aea69ab5306&ei=5088&partner=rssnyt&emc=rss&oref=slogin

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2007/12/15

映画「バレエ・リュス 踊る歓び、生きる歓び」今日15日公開

以前から紹介してきました映画「バレエ・リュス 踊る歓び、生きる歓び」が本日、15日より公開されます。

Poster_2


公式サイトを見たところ、

■シネカノン有楽町2丁目
12/15(土)~12/21(金)まで 9:15~
12/22(土)より 10:00~
» http://www.cqn-cinemas.com/yurakucho/

モーニングショーですが、上映館が増えていました。

メーンの劇場は、
■シネマライズ 12/15(土)~12/21(金)まで
■ライズX(ライズエックス) 12/22(土)~
11:35 / 14:10 / 16:45 / 19:20
» http://www.cinemarise.com

シネマライズでやっているうちに観に行きたいな。(前売り券は購入済み)

04


公式サイトでは、首藤康之さん、金森穣さん、荒井祐子さん、有吉京子さんがコメントを寄せています。

また、ギャラリーでは美しい写真の数々を観ることができるので、ぜひご覧ください。昔のバレリーナはみなハリウッド黄金時代の女優のように、美しいだけではなく雰囲気があるのですよね。一部薄井憲二バレエ・コレクションもあると思います。

さらに、プログラムのページでは、映画に登場する作品のタイトルが出てくるだけではなく、当時のプログラムの写真も。

バレエを愛するすべての人に、それからバレエに関心がなくても二つの戦争を乗り越えて今も輝いている人たちの姿を観たい人に、ぜひ観て欲しい素晴らしい映画です。

輸入盤DVDを観たときの感想がありますので、ぜひお読みください。
http://dorianjesus.cocolog-nifty.com/pyon/2006/09/ballets_russes.html

バレエ・リュス 踊る歓び、生きる歓びバレエ・リュス 踊る歓び、生きる歓び
アリシア・マルコワ, アレクサンドラ・ダニロワ, イリナ・バロノワ, フレデリック・フランクリン, ダニエル・ゲラー他

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2007/12/04

イーサン・スティーフェル、映画「センターステージ」続編撮影中

ABTのイーサン・スティーフェルのほかジュリー・ケント、サシャ・ラデツキーらが出演してバレエファンに話題となった映画「センターステージ」の続編「Center Stage 2」が現在ヴァンクーバーで撮影中と、アメリカのバレエ雑誌Dance Magazineが伝えています。公開は2008年の予定。監督は「ドリームガールズ」の助監督を務めたSteven Jacobson。

イーサン・スティーフェルは「センターステージ」に続き、続編にも同じプレイボーイの役で出演するそうで、ダンサー兼教師として登場するとのこと。ヒロインはRachele Smithという新人で、小さな町からニューヨークのバレエスクール(SABがモデル)に入学し、バレエのほかヒップホップも好きであるためにクラスメートにいじめれる役だとか。そして、イーサンもこの映画でヒップホップも踊るそうです。

「ファンタスティックだったよ!成功しているかどうかはわからないけど、他のダンサーとのコラボレーションは素晴らしかった。このようなまったく新しいことを学べるのは、僕の現時点のキャリアにとっても、チャレンジでありエキサイティングだったと思う」とはイーサンの弁。

「センターステージ」では、イーサンとジュリーの「ロミオとジュリエット」バルコニーシーン、「スターズ・アンド・ストライプス」そしてウィールダンの振付作品などバレエシーンがふんだんに登場しましたが、今回も期待できるかもしれません。他にはどんなダンサーが出演するのか、楽しみです。「センターステージ」のヒロイン、アマンダ・シュルは結局サンフランシスコ・バレエを辞めてしまいましたが、共演したゾーイ・ザルダナはこの作品がきっかけで「パイレーツ・オブ・カリビアン」「ターミナル」、それから現在のGAPの広告に出演したりして売れっ子になっています。また、サシャ・ラデツキーも現在はABTのソリストとして大活躍中です。

*******
他に話題としては、デンマーク・ロイヤル・バレエの「くるみ割り人形」(ケネス・グレーヴ振付の新作)の12月9日の公演に、パリ・オペラ座のアレッシオ・ガルボーネがゲスト出演するというニュースがありました。アレッシオは他にも、ローマ歌劇場バレエで「ペール・ギュント」(ツァネラ振付)に出演したり、Maggio Fiorentina で「ラ・シルフィード」のジェームズ役を踊ったり、ロベルト・ボッレのガラに出演したりと、オペラ座を休んでいる間も精力的に活動しているようです。貴重なクラシック要員なので戻ってきて欲しいですけどね。

センターステージセンターステージ
アマンダ・シュール.イーサン・スティーフェル.ピーター・ギャラガー ニコラス・ハイトナー

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2007/11/24

パリ・オペラ座「ル・パルク」先行販売、中国映画祭「四大天王」など

楽天ポイントのプラチナ、ゴールド、シルバー会員対象に楽天チケットのパリ・オペラ座「ル・パルク」の先行発売が今日から始まっていました。コメントで教えていただきました(ありがとうございます)。私はゴールド会員ではなかったんですが、家人が最近楽天でワインばかり買っているもので、ゴールドだったので取ってもらいました。とりあえずルグリの日だけ。それにしても、B席でも19000円って改めて高いですね。。。ニコラ&プジョルの日は、一番安い席を買うかしようか、どうしようかしら。

19日に公演が行われたのでオペラ座のストはもうないのかと思ったら22日はまた中止だったのですね。この連休を利用してパリへ観に行っている人もいるのに。観られなかった方々は本当にお気の毒です。交通関係は収束に向かっているようですから、本当に早くちゃんと再開することを祈ります。

***********
さて、今日は草月ホールで中国映画祭2007に行ってきました。実は東京国際映画祭で「鉄三角」を観たり、東京フィルメックスでジョニー・トー監督の「放・逐」(傑作!)を観たり、映画祭づいているのです。全部香港映画ですが。なかなか映画を観る暇がないのですが、もともと映画が本職で・・・。

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私が勝手に世界3大美形俳優の一人と呼んでいるダニエル・ウー(呉彦祖)の初監督作品。それも、彼が仲良しのテレンス・インはじめ俳優仲間と4人組のロックバンドを組むというドキュメンタリー作品、と見せかけて、モキュメンタリーというか、映画を作るためにバンドを結成して偽ドキュメンタリーにしたというもの。なんと1年半も、映画制作を隠してバンドとして活動したそうで。人気俳優のダニエルが何故今頃になってバンドを、って思われたようです。

バンドを組んだはいいけど、まともに歌えるのがテレンス・イン一人で、レコーディングからしてもう悲惨なもの、しかもレコード会社との契約がうまくいかなかったため、発売前の楽曲をネットに作為的に流出させて話題を呼ばせるなんて手法を使ってみたりして、非常に手が込んでいる。それから、ライヴのための衣装をあつらえるところなんか、衣装のあまりのゲイゲイしい趣味の悪さと怪しい衣装デザイナーや振付師に大爆笑。いつもはクールな悪役や、美貌の貴族とか演じているダニエル・ウーが実際は音痴で踊りもへたっぴなのにまた大笑い。インタビューも、ジャッキー・チュンやニコラス・ツェー、カレン・モクなどの有名どころを呼んで香港芸能界について、辛口トークをさせるなど、芸能界の問題点もさりげなく見せてみる。(ジャッキー-・チュンが、40歳過ぎて今更四大天王もないでしょ、って言っていたのが笑えました)

そして、グループ内での対立とか、色々な事件がおきて。いったいどこまでが本当でどこまでが嘘なのか、考えながら見るのも楽しい。基本的にコミカルなバカ映画なのだけど、芸能界への皮肉もたっぷりで、相当面白かったです。しかも、麗しいダニエル・ウーのティーチインつきですごくしあわせでした。明日も行く予定です。

*********
夜は、録画を溜めるばかりで全然観ていなかったグランプリシリーズの録画をちょっと見ました。ジュベールが欠場で個人的にテンションが下がっていたエリック・ボンバールで2位になったセルゲイ・ボロノフというロシアの若い選手が金髪でとても美形でスタイルも良く、スケーティングも、4回転も飛べそうな高いジャンプ、ミスなしの美しい動きと素晴らしかった。彼に限らず、男子のフィギュアの選手は美しい人が多いのですね。が、一人ぶちゃいくなブレオベールの演技がユーモラス、とっても楽しくって、ますます好きになってしまいました。明日のロシア大会はお気に入りのジョニー君が出るので、ますます楽しみです。その前にHDDを空けておかなければなりません。

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2007/11/13

ベルリン・フィル「春の祭典」プロジェクトNY版

ドキュメンタリー映画「ベルリン・フィルと子どもたち」では、ベルリン・フィルの首席指揮者兼芸術監督サイモン・ラトルと、振付家のロイストン・マルドゥームが、恵まれない子供たちにダンスレッスンをして「春の祭典」を踊らせるというプロジェクトを展開しました。作品を作っていく過程、子供たちが芸術へ目覚めていく様子、子供たちの持つ可能性のきらめき、音楽の歓び、踊ることの歓びがつまった、とても感動的で素晴らしい作品となっています。

そして、このプロジェクトが、同じチームで今度はニューヨークで行われることになりました。

http://www.nytimes.com/2007/11/11/arts/11atam.html?_r=1&ref=dance&oref=slogin

ハーレムなどアップタウンの公立学校に通う、7歳から17歳の子供たち130人が、11月18日に、サイモン・ラトル指揮、ベルリン・フィル演奏、ロイストン・マルドゥームが振付けた「春の祭典」を踊ります。カーネギー・ホールで行われる「Berlin in Lights」というフェスティバルの最終日を飾るそうです。

http://www.carnegiehall.org/berlininlights/events/eventDetail.aspx?evt=8172

稽古などはすべてハーレムの学校などで行われ、まったくダンス経験のない、それどころかアートに触れる機会も少なかった子供たちが、マルドゥーム、ラトル、そしてドイツから来た二人の教師によって芸術の喜びを知るというプロジェクト、生で観たらさぞすごいことでしょうね。

なお、このプロジェクトには、裕福な個人や財団、企業をはじめ、ニューヨーク市とジェローム・ロビンス財団などが協賛しているそうです。日本では、たとえば東京都がそんなプロジェクトにお金を出すとは到底思えませんよね。

なお、映画「ベルリン・フィルと子供たち」は、11月11日(日) 午後10:00〜午後11:46 にNHKハイビジョンで放映されました。


「ベルリン・フィルと子供たち」のDVDのコレクターズ・エディションには、ダンス「春の祭典」本編と、ベルリン・フィルによる5.1ch録音の演奏編という特典がついていますが、これが本当に最高のパフォーマンスです。おすすめです。

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ドキュメンタリー映画, ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団, サイモン・ラトル, ロイストン・マルドゥーム, トマス・グルベ

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2007/09/25

映画「ニジンスキー」

東京バレエ団の「ニジンスキー・プロ」や展覧会「舞台芸術の世界」を観たこともあってまたちょっとしたバレエ・リュスのマイブーム。ちょっと前に観ていた映画「ニジンスキー」のビデオを引っ張り出して再見した。この映画、「愛と喝采の日々」「ダンサー」のハーバート・ロス監督作品なのだけど、ビデオもDVDも国内では出ていないので、ちょっと知る人ぞ知るという映画になっている。

「ニジンスキー」
1980年 イギリス
製作総指揮:ハリー・サルツマン
製作:スタンリー・オトゥール/ノラ・ケイ
監督 ハーバート・ロス
原作 ロモラ・ニジンスキー『その後のニジンスキー』
脚本 ヒュー・ホイーラー
撮影 ダグラス・スローカム
音楽 ジョン・ランチベリー
美術 ニコラス・ジョージアディス
配役 ディアギレフ(アラン・ベイツ)
   ニジンスキー(ジョルジュ・デ・ラ・ペーニャ)
   ロモラ(レスリー・ブラウン)
   フォーキン(ジェレミー・アイアンズ)
   カルサヴィナ(カルラ・フラッチ)
   チェケッティ(アントン・ドーリン)
   マリヤ・ピルツ(モニカ・メイソン)
   ガンズブルク男爵(アラン・バデル)
   ストラヴィンスキー(ロナルド・ピックアップ)
   バクスト(ロナルド・レイシー)

ニジンスキーを演じるのは、当時24歳でABTのソリストだったジョルジュ・デ・ラ・ペーニャ。アルゼンチンとロシアの血が入っているという彼は、ちょっとエキゾチックで甘いルックスのため実際のニジンスキーにあまり顔は似ていないけど、踊っている姿の妖しく両性具有的なところは通じるところがある。伝説的なニジンスキーを実際のダンサーが演じるのは、相当プレッシャーもあっただろうけど、テクニックは非常に高く、ニジンスキーらしさがある。ダンスシーンもふんだんに挿入され、「薔薇の精」などはかなり長くしっかりと捉えられている。彼の美しい「薔薇の精」を観て、ロモラが恋に落ちるという設定になっているのだけど説得力がある。他にとてもセクシーな「シェヘラザード」、「遊戯」「牧神の午後」「ペトルーシュカ」「ダッタン人の踊り」「カルナヴァル」など代表的なバレエ・リュス作品を見ることができるし、踊りのシーンは登場しないものの、「青神」の衣装合わせなども登場する。作品の挿入の仕方も、狂気に囚われつつあるニジンスキーが「ペトルーシュカ」を踊るなどかなりリンクしている。ラスト、拘束着を着せられ暗い部屋でぽつんとしているニジンスキーは、ペトルーシュカそのものである。「牧神の午後」では実際に舞台上でマスターベーションしていてかなり鮮烈な印象を残す。「春の祭典」はこの当時は復元されていなかったため、ケネス・マクミランが振付け、選ばれし乙女を踊るのは、現在ロイヤル・バレエの芸術監督であるモニカ・メイスン。シャトレ座での初演の大騒動についても再現されている。

ロモラ・ニジンスキーを演じるのは、「愛と喝采の日々」などハーバート・ロス監督作品でおなじみのレスリー・ブラウン。この映画はロモラの原作に基づいているのだけど、それにしても相当嫌な女として描かれている。グルーピーの走りみたいなもので、「薔薇の精」を観て「この男を私は絶対に手に入れる」と決意し、自分のお金や人脈を駆使して、実際にそれを実行し、その結果、ニジンスキーは破滅することになるのだから悪女の中の悪女だろう。それからカルラ・フラッチがタマラ・カルザヴィナを演じていたりとバレエ・ファンにはなかなか魅力的なキャスティング。ディアギレフを演じるアラン・ベイツは相当そっくりに変装している。ラスト近く、ロモラがニジンスキーを復帰させてと頼みに行ったところ、彼の新しい愛情の対象であるセルジュ・リファールが佇んでいるところなんて、なんと残酷なことよ。また、ミハイル・フォーキンを演じているのはジェレミー・アイアンズで、この映画が映画デビューということになっているようだ。

1917年のニジンスキーの最後の舞台が描かれておらず、最後は冒頭と同じ拘束着をまとった狂気のニジンスキーの姿で終わるなど、後半生はほとんど触れられていない。でも、彼が踊ったり生み出したりした作品を通じて、ニジンスキーという人物の前半性を知るには絶好の作品といえる。彼が活躍した1910年代の風俗も丁寧に描かれているし、同性愛的な描写もさらりとはしているものの、しっかりと表現されている。どのように彼が追い詰められ、狂気に蝕まれていったのか、といったところもわかりやすく演出されている。国内版のビデオやDVDが存在せず、輸入版の中古のビデオを買ったのだけど字幕がないのが残念。ぜひとも国内版DVD化を希望する作品。

詳しい説明は、鈴木晶さんのサイトにあるのでこちらもどうぞ。
http://www.shosbar.com/balletomania/dance&film/nijinsky.html

NijinskyNijinsky
Alan Bates , George De La Pena , Leslie Browne , Alan Badel , Herbert Ross

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2007/09/19

『デス・プルーフ in グラインドハウス』

連休で実家に帰ったら、父がタランティーノの新作「デス・プルーフ」が面白いので見に行けという。シドニー・ポワチエが出ているんだって。でも早速観に行ってシドニー・ポワチエの姿を探したけどどこにもいない。前半のバーでのガールズトークに登場するセクシーなDJ”ジャングル・ジュリア"を演じているのがシドニー・タミーア・ポワチエ。シドニー・ポワチエと「冒険者たち」の名女優ジョンナ・シムカスの娘だという。ったくお父さんったら。

アメリカでは、タランティーノ篇『デス・プルーフ』とロドリゲス篇の『プラネット・テラー』という2本の映画が『グラインドハウス』という1つのタイトルのもと同時上映された。でも日本では、この同時上映は限定公開で、一本ずつバラでの公開となってしまい、出張で日本にいなかったこともあって同時上映は見逃しちゃった。2本立てで上映されるB級アクション映画へのオマージュとして作られているこの作品、わざとフィルムに傷をつけたり、コマを落としたりの工夫がされている。

映画自体は、一言でいえば「く、くだらない」。でも、めっちゃ面白かった。どこを切ってもタランティーノ印で嬉しくなっちゃう。

前半エピソードは、3人の美女がバーでガールズトークを繰り広げる。延々と音楽についての薀蓄を語っているところや、男子の品定めについておしゃべりしているところを、キャメラは長廻しで捉えている。このトークが退屈という声もあるみたいだけど、「レザボア・ドッグス」でのマドンナの「ライク・ア・ヴァージン」についての語りを思い起こさせて思わずニヤリ。しかも、トークのメンバーの中にいつの間にか、すっかりおっさんになってしまったタランティーノ本人がいるし。ラテン度濃い女の子たちの無駄にエロい肢体、特に脚を舐め回すキャメラ。中でも"バタフライ”ことアーリーンがカート・ラッセル相手に繰り広げるラップダンスのエロティックなことといったら、もう。音楽のセンスも最高にいい。

ところがこのカート・ラッセル演じる怪しげな”スタントマン・マイク”がとんでもない変態サイコ男なのだ。自慢のスタント仕様というか「デス・プルーフ(耐死仕様)」車で美女を惨殺することが彼にとっての何よりのエクスタシー。目をつけた女性を乗せては無残に殺戮することが快楽であり、セックスの代償行為、それどころかそれ以上の快感を伴うのだ。

最初に彼の毒牙にかかるのが、「プラネット・テラー」では片足マシンガンのヒロインを演じるゴス女優のローズ・マッゴワン。こちらでは金髪美女で、ものすごく可愛い。が、彼の車に乗せられたが最後、あまりにも無残な死が待っていた。そして残りの3人の女の子たちも・・・。

後半は14ヵ月後。次にマイクが目をつけたのはスタントウーマン二人に、ヘアメイク、そして女優の美女4人組。前半は音楽ネタなら、後半はカーアクション映画のマニアックトーク大会に。「アンジー(アンジェリーナ・ジョリー)が出ていた下らない映画じゃないほうの『60セカンズ』」について熱く語ったり。そして、スタントウーマンのゾーイ(本物のスタントウーマンで「キル・ビル」ではユマ・サーマンのスタントを務めたゾーイ・ベルが本人役で出演)は、「バニッシング・ポイント」について熱く語る。ついでに、「バニシング・ポイント」に登場したのと同じ白い車が売りに出ているのを知って、試乗し、ある大胆な行動に出るのだ。それは、映画と同じ、超高速で走行するクルマのボンネットにまたがることなのである!

そんな彼女たちをスタントマン・マイクが見逃すわけはなく、早速次の餌食としてデヘデヘ興奮しながら執拗に追い掛け回すのだが・・・ここであっさりとやられるような彼女たちではない!超ハイテンションのスリリングな決死のカーチェイスが繰り広げられる。そして驚愕の展開へとなだれ込むのだ。

超高速で走行するクルマのボンネットの上に横たわるゾーイの肢体を、ここでも舐め回すように撮影するキャメラ。だが、CGではなく実際に決死のスタントを美女が演じているとあればますます大興奮。命綱をCGで消しただけだというから本当にすごい。文字通り手に汗を握る展開。だけど、そこからとんでもない方向へ映画は逸脱しちゃう。さすがカート・ラッセルをここで起用しただけのことはある!いやはや参った。

カート・ラッセル、あそこまで狂っちゃって、そして行くところまで行っちゃって今後の俳優生命大丈夫か?と心配したくなるほど。クルマから突き出た女の子の足を、つばをつけた手で撫でる変態チックなところも怪しかったけど、期待以上のことをやってくれちゃったよ。これぞB級映画魂というもの。とってもキュートな女優役のリーの衣装がチアガール姿というのも、サービス精神満点でいいけど。強くてセクシーな女の子たち、最強。

興奮の坩堝と化した映画館の場内は、やがて大爆笑へ。いやあ、参った。く、下らないけど最高!スカッと爽快!ガールパワーは最高♪THE ENDのクレジットが入るタイミングも絶妙で開いた口がふさがらない。否が応でも「プラネット・テラー」への期待が高まってしまう。映画館で観るべき、体験すべき一本。

デス・プルーフ in グラインドハウス
監督:クエンティン・タランティーノ
出演:カート・ラッセル、ゾーイ・ベル、ロザリオ・ドーソン
(2007年/アメリカ)

http://www.grindhousemovie.jp/

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2007/07/10

映画「バレエ・リュス 踊る歓び 生きる歓び」公開

以前当ブログでご紹介した映画「Ballet Russes」ですが、ついに日本でも劇場公開が決定しました。読売新聞のPop Styleで紹介されていたのですが(本紙でも紹介されているはずですが、日本にいなくて読んでいません)、「バレエ・リュス 踊る歓び 生きる歓び」というタイトルで、公開は今年の年末を予定しているとのこと。

乗越たかおさんのブログで、もう少し公開について詳しく書いてあります。それによると、
>シネマライズ、ライズエックスにてお正月ロードショー!他全国順次公開
>配給:ファントム・フィルム 宣伝:ムヴィオラ

とのことだそうです。これは、バレエの歴史を知る上では欠かせない、本当に素晴らしい作品なのでバレエファン必見です。劇場公開はとても嬉しいニュースです。本国の公式サイトはこちらです。

先日ABTの「ロミオとジュリエット」でローレンス神父を演じた、93歳の現役ダンサー・フレデリック・フランクリンもバレエ・リュスの生き証人として出演しています。

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NYCBのプリンシパルで、芸術監督ピーター・マーティンスの息子でもあるニラス・マーティンスが、ツアー先のサラトガでコカイン所持で逮捕されてしまったそうです。(産経新聞の記事
偉大な父と比較するとちょっともっさりとしたダンサーではあるとはいえ、看板ダンサーのニラスがツアー最中にこんな不祥事を起こしてしまうとは、大変なことですね。しかも芸術監督の息子ということだし。

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2007/04/21

「パンズ・ラビリンス」El Laberinto del fauno

今年のアカデミー賞の撮影賞、美術賞、メイクアップ賞を受賞し、外国語映画賞、作曲賞、脚本賞にもノミネートされた作品。「ミミック」などのホラー映画や「ブレイド」「ヘルボーイ」などのアクション、そして同じくスペイン内戦を舞台にした「デビルス・バックボーン」で知られるギレルモ・デル・トロ監督の作品。

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1944年、内戦が繰り広げられているスペイン。内戦で父親を失った少女オフェーリアは、身重の母と、新しい父であるファシスト軍の"大尉”の基地がある山まで旅する。妊娠中毒症で体調の悪い妻の身体を気遣うよりも、跡継ぎ息子は自分のそばで生まれるべきだとする、超マッチョで残忍な大尉を父と思うことはできないオフェーリアは、現実を逃れ小説の世界に魅せられていた。虫の姿をした妖精に導かれたオフェーリアは、牧神パンのいる迷宮へと導かれる。パンの話では、オフェーリアは遠い昔に地下の魔法の世界に君臨し、夢見た地上で亡くなったお姫様の生まれ変わりだと言う。本当にお姫様であることを証明するための3つの試練に耐えられれば、魔法の世界に帰れるのだ。オフェーリアは、困難な試練に立ち向かうが、彼女を取り巻く現実の世界は、恐ろしいファンタジーの世界よりもずっと過酷でつらく哀しいものだった・・・。

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この映画の表現、イマジネーションの肥沃さには舌を巻く。眼が手にある白い化け物の屋敷には、ゴヤの後期の「黒い絵」を思わせるグロテスクで残酷な絵が飾ってあり、子供たちの靴が大量に積まれていて、人食い鬼であることを連想させる。食卓の葡萄のシャーベットのような輝きを見ると、オフェリアが禁を破ってつい食べたくなってしまう気持ちがわかる。オフェリアの試練を伝える本の、空白のページにみるみるデカタントな文字や絵が描かれていく様子も美しいし、母が出血している時に本からも血が流れているといった表現もショッキングながら美しい。この血のシーンや、ラストの血は、少女の破瓜のメタファーであるようにも思える。パンに渡された、マンドレイクルート(これが根っこのくせに人間のような形をしていて、うねうね動いたり悲鳴を上げたりするのだ)を牛乳に浸し、オフェリアが血を数滴与えるところもそう。徹底的なフェティシズムに貫かれている映画なのだ。

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美しいファンタジー映画ではある。幻想の場面に出てくるクリーチャーたちの、グロテスクだが美意識が感じられる独創的な造形。ダークでゴシックで魔術的な、悪夢のように恐ろしく時には残酷だけどどこか懐かしい迷宮。不思議の国のアリスのようなグリーンのドレスとエプロンを身に着けたオフェリアの無垢な愛らしさ。しかし幻想の世界が美しければ美しいほど、現実のあまりの苛酷さが際立つ。

小さな女の子が生きていくには、あまりにもつらい環境。継父である大尉は、残虐を絵に描いたような男で、ゲリラの疑いが少しでもある人間は、容赦なく拷問を加えた上で殺す。趣味が拷問と殺人じゃないかと思えるくらいで、トンカチや錐、ペンチといった道具を手に持ったときのぞっとするような嬉しそうな表情といったら。

小さな女の子が主人公の映画ではあるけど、正視できないような残酷なシーンもたくさんあるし、大尉は虫けらのようにサディスティックに人を殺しまくる。だけど、おそらく実際のスペイン内戦では、これ以上の残虐が行われたのだろうなと思わせられた。だから、これらの残酷描写は必然的なものであったのではないかと思う。(が、さすがに子供には見せられない)

オフェリアは、パンに課せられた試練に立ち向かうために戦う。ぐちゃぐちゃの泥まみれになったり、気持ち悪い虫に体中を這いまわされたり、眼が手のひらにある恐ろしい化け物に追いかけられたり、大変な目に遭う。だけど、そんなことは、現実のつらさを思えば・・。だって、ここではまだ戦うことができるのだから。どうにもならない絶望的な現実を乗り越えるために、オフェリアはおとぎ話の中で戦い、そしてその戦う姿勢は、やがて現実でも貫かれる。最初は現実逃避だったかもしれない。リアルの世界は、とても生き抜くことはできないくらい、つらいのだから。だけど、幻想の世界も決して甘くはない。

リアルと幻想、この二つの世界が少女の中で溶け合いひとつになり、奇跡をもたらす。

この映画は一種「女性映画」という側面も持っている。主要な女性の登場人物は3人。オフェリアと、オフェリアの母カルメンと、大尉のメイド頭であるメルセデス。カルメンは、内戦の中で生きていくために、残忍で、彼女自身よりもお腹の子供の方が大事だと思うような大尉と結婚する。終盤にオフェリアにカルメンはマンドレイクを火にくべながら言い放つ「魔法なんて存在しない。人生はつらくて哀しいものなのよ」

一方、メルセデスはどんな試練をも乗り越えられる強さと優しさを持ち合わせた、女豹のような女。大尉に仕えているが、実はゲリラが送り込んだスパイである。スパイであることはオフェリアに見抜かれるけど、オフェリアと信頼関係で結ばれ、「いつかあなたを迎えに来るから」と言って去り、そしてその約束を守る。大尉の恐怖政治におびえる使用人たちの中で、ただひとり堂々と渡り合える毅然とした女性。オフェリアにとってはひとつの理想像であろう。

オフェリアはファンタジーの世界の中での冒険、そして凄惨な現実の中で、恐ろしいほどの速さで成長する。母性すら獲得していく。自分が正しいと信じた道は、たとえ母や牧神パンに間違っていると言われても、貫き通す強さが輝いている。最後に彼女が行った選択。小さなかわいい女の子がこんな道を選ぶことができるなんて・・・涙があふれる。それでも残された小さな希望は、現実と幻想が交錯したフェアリーテールならではのもの。

見事な環をなした構成。恐るべき美意識と完成度の高さ。公開は秋(恵比寿ガーデンシネマ)とかなり先。眼をそむけることはあっても絶対に観てほしい映画である。

http://www.panslabyrinth.jp/

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2007/04/15

「善き人のためのソナタ」Das Leben der Anderen

今年度のアカデミー賞外国語映画賞受賞作。その栄誉に相応しい傑作だと思う。

監視国家だった1984年の東ドイツ、ベルリン。国家保安省シュタージのヴィースラー大尉は、ヘムプフ大臣に命じられ、反体制の恐れがある劇作家ドライマンと恋人である女優のクリスタを毎日24時間監視することを命じられる。凄腕の役人であるヴィースラーは、だが彼らを監視するうちに、彼らが愛する芸術と自由に魅せられていく。ドライマンは、演出することを禁止された親友イェルマンの自殺に衝撃を受け、東ドイツにおける多発する自殺についての文章を書き、西側の雑誌に匿名で発表する。この動きをヴィースラーは察知していたにもかかわらず、見逃していたのだ。やがて、文章を書いた犯人探しが始まるとともに、ヴィースラー自身の身にも危機が迫る・・・。

そして、それから数年後、ベルリンの壁は崩れ、世界は変わっていく。


ヴィースラーの人物像の描き方が秀逸。冒頭、政治犯の尋問で48時間もの間眠らせないで、自白させる鮮やかな手腕を見せ、その様子を学生たちに講義しながら、「あまりにも非人道的」と言った学生のところに×印をつける。だが、すべてを仕事に捧げてきた彼の日常はあまりにも寂しく殺風景なものだった。ドライマンとクリスタが誕生日パーティで多くの友人たちと楽しい時間を過ごした後、愛し合う様子まで聞くことになったヴィースラーに、変化が訪れる。権力をかさにしたヘムプフ大臣によってリムジンの中で陵辱されたクリスタが、ドライマンのアパートに届けられたとき、ヴィースラーはわざとその様子がドライマンにわかるように呼び鈴を鳴らす。その一方で、アパートに初めて娼婦を呼び、ことが終わって帰ろうとするときに「もう少しいてくれないか」と頼むようになるのだ。

ドライマンの部屋からヴィースラーはブレヒトの本を盗み、激しくも美しい愛に心を奪われる。イェルマンが贈った楽譜「善き人のソナタ」を、ドライマンが彼の死を悼んで弾いた時、ヴィースラーの目には涙が浮かぶ。

その曲を本気で聴いた者は、悪人になれない、と言われたこのソナタ。

それにしても、なんとヴィースラーという男は切ないことか。東ドイツという国家の体制を信じて、すべてを任務のために捧げてきた。中年となった今もひとりぼっちで、殺風景なアパートで孤独に生活している。通りすがりの子供にも、「あなたはシュタージでしょう」と言い当てられる始末。そしてようやく、監視を通じて、人生の喜びに触れることができたのだ。自分自身ではなく、他の人の人生の喜びを覗くことによって。
この映画の原題はDas Leben der Anderen(他人の人生)という。喜びが自分にもたらされたものではなく、他人のものであっても、それを見て、感じることだけでも幸せになれるということは、哀しいことであると同時に、人生の喜びとはどういうものかということを考えさせてくれる。

そして、彼が取った行動。それは果たして、ドライマンやクリスタを幸せにしたことなのかどうかはわからない。だけど、そこで彼が取った選択は間違っていなかったと信じたい。ドライマンとクリスタに存在していた喜びは、すべて彼から奪い取られていたものだと思ってしまった。しかし・・・・。

ラストのヴィースラーの笑顔と、誇らしげな口ぶり。彼が、他人の人生を見ているだけでなく、自分自身の立派な人生を生きることができたと、自分自身で確信できた幸福な瞬間だった。それは、この映画を、カタストロフィを予測しどきどきしながら観ていた私たちをも至福へと導く。

「それは私のための本だから」


壁が崩れ、すべての監視記録を閲覧できるようになったという新生ドイツはすごい国だ。その記録に残った赤い指紋とコードナンバーから、ドライマンは自分たちを守ろうとした人間の存在を知る。このあたりの演出も心憎い。


どんなに権力に押しつぶされ、裏切られ、自由を奪われたとしても、人間には心がある。そしてそんなひどい世の中でも、芸術が人の心を潤してくれる。たとえ愛するものを、すべてを、命を奪われたとしても、真摯な人間の生き方は人々に影響を及ぼし、世界は変わっていく。そういう希望を感じさせてくれた映画であった。さて、自分はそのような人間になれるものなのだろうか。


ヴィースラーを演じたウルリヒッヒ・ミューエが素晴らしい。冒頭で冷酷に任務を遂行しているように見えても、人間味が隠されていることを感じさせる。非常に寡黙で台詞も少なく、表情の変化もそれほどあるわけではないのに、少しずつ彼の内面が変わっていくことを、抑えた演技で見せて行ってくれる。素晴らしい、美しい目の表情だけで。明確な表情を見せたのは、ラストシーンだけというのが効いている。あの晴れやかで素晴らしい笑顔が、この映画の成功に最大の貢献をしていると思う。
日本では未公開だったコスタ=ガヴラスの傑作「ホロコースト-アドルフ・ヒトラーの洗礼-(Amen)」の、ユダヤ人強制収容所のナチス親衛隊兼医師役も人間味を感じさせて感動的だった。

クリスタというキャラクターも非常に複雑である。そもそも二人が監視されることになったのは、クリスタの舞台を観て彼女の魅力に惹きつけられたヘムプフ大臣が、彼女をモノにしようと考えたことから始まった。ヘムプフ大臣は卑劣にも強引に彼女と関係を結び、脅迫し、そして雑誌記事への関与をドライマンが疑われた時には、彼女の口を割らせようとする。人気女優の彼女に、二度と舞台に立てなくなると脅して。女優という仕事への誇りとドライマンへの愛に引き裂かれるクリスタを演じたマルティナ・ゲデックもとても良かった。「マーサの幸せレシピ」のマーサ役だったのだが、まったく違った印象。ドライマン役のセバスチャン・コッホといい、役者の力がさらに作品のクオリティを上げている。

東京での公開は20日まで。まだの方はお早めに。

http://www.yokihito.com/

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2007/04/08

「ラブソングができるまで」/Music and Lyrics

サンディエゴ出張中、夜の空き時間を利用して映画館へ。ちょうど時間が合っていて、ヒュー・グラントとドリュー・バリモアが出ている作品ならきっと間違いがないだろうと思って、予備知識ゼロで見ることにする。

ヒュー・グラント演じるアレックスは80年代に一世を風靡したアイドル・グループPOP!のメンバー。バンドは92年に解散し、相方は映画にも出演してスターであり続けたが、アレックスはすっかり過去の人となってしまう。同窓会や遊園地での営業に精を出し、いい年となった今もぴっちりしたパンツを穿いて子供やオバサンたちの前で腰を振っている。「あの人は今・・」的な番組への出演のオファーが来て出演を承諾したところ、思いがけないチャンスが到来。人気絶頂の歌姫コーラが彼のファンで、彼女のために曲を書いてほしいというのだ。締め切りは数日後。このチャンスに飛びついたアレックスだったが、実のところ何年も曲を書いていないため、早速歌詞に行き詰る。そこへ、観葉植物の水遣りにやってきた女性ソフィーが歌詞のヒントをくれた。ソフィーとアレックスは曲に取り組み始めるが。。。

ようやくできた曲をコーラは気に入ってレコーディングするが、仕上がった曲は、二人との意図とはまったく違った、セクシーでオリエンタルなものに変えられてしまっていた。起死回生のチャンスを、アレックスとソフィーはどうする?

****************
冒頭にPOP!のプロモーションビデオが1曲まるまる流れるけど、これが、80年代を知る人間からすると大爆笑モノ。あの時代の特徴である、逆立てた長めの髪のヒュー・グラントが、照れも見せずに堂々とアイドルらしく歌い踊っているものだから!この映像を観られただけでも入場料の元が取れたかもしれない。
(ドリュー・バリモア公認ファンサイトにPV映像全編が載っているので、ぜひどうぞ。必見!)
そのスター時代から、すっかり過去の人になってしまって落ちぶれたアレックスだが、だからといって過去の栄光にしがみついているわけではなく、割り切って生活のために昔の名前を使って淡々と生活している。このあたり、ヒュー・グラントの飄々としたキャラクターがうまく生きているってワケ。でも、やっぱりせっかくのチャンスはモノにしたいし!

一方、そんなアレックスの前に現れたソフィーは、天才的な詩の才能を持つ女性。この仕事を引き受けることをためらいながらも、どうしても助けてほしいと嘆願され徹夜で曲作りに取り組む。こんなにも才能を持つ彼女が、なぜそれとはまったく関係ない人生を送っていたのか。それには深い訳があった。文才溢れる生徒だった彼女は、自分がかつて恋していた教師が書いてベストセラーになった自伝的な小説に、自分とそっくりの女性が登場しているのを知る。その本では、ソフィーは才能がないからっぽの最低の女とこき下ろされていたのだった。深く傷ついた彼女は、筆を折り、文章や詩を書くことを一切断ち切って生きていたのだ。このあたり、すごくビターで思わず涙を誘われてしまう。

自分の過去にどう決着をつけるか?自分の創造した作品とその世界観をどれほど大切にするか?そのことをテーマにした少し辛口の部分もある。何しろ、完全に負け組の烙印を押されてしまった不器用なふたりなのだから。しかし、ヒュー・グラントのひょうきんさ、ドリュー・バリモアのスウィートさがうまくブレンドされて、とても可愛いくて素敵なラブコメディに仕上がっている。売れなくなったアレックスにずっと仕えているマネージャーや、アレックスの大ファンであるソフィーの姉など、脇のキャラクターもすごく人間味があって楽しい。コーラのイメージはクリスティーナ・アギレラと浜崎あゆみを足して2で割った感じかしら。オリエンタルかぶれがかなり笑えてしまう。

それにしても、ドリュー・バリモアという女優は、過去にあれだけいろいろなことがあったのに決して汚れなくて、いつまでもとろけそうに可愛い笑顔とピュアな魅力を持っているなと思った。コメディでは抜群のうまさを発揮するヒュー・グラントとの組み合わせはかなり最強に近い。安心して観ていられる、胸きゅんなラブコメディ。

日本では4月21日からの公開ということで、デートムービーにはかなりいける作品だと思う。

http://musicandlyrics.warnerbros.com/
http://wwws.warnerbros.co.jp/musicandlyrics/

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2007/02/19

映画「ブラザーズ・オブ・ザ・ヘッド」

結合性双生児の美しい兄弟によるロックバンドを描いた作品ということで、宣伝ヴィジュアルがかっこいいしと思って公開直後に観に行く。

う~む一言で言えば"惜しい”映画。

この映画、ヴィジュアルと音楽は確かに完璧である。実際に双生児であるバリーとトムを演じたハリーとルーク・トレッダウェイはロックスターにふさわしい容姿が美しく、しかもこの映画の舞台である70年代っぽい部分をよく体現している。しかも歌も本人たちが歌っていてすごく妖しくいい雰囲気。この二人が生まれ育った、イギリスの田舎の岬、”The Head"の寒々しく荒涼とした風景。湿った空気を感じさせる映像。撮影の アンソニー・ドッド・マントルは ラース・フォン・トリアーの「ドッグヴィル」やダニー・ボイルの「28日後...」、フォレスト・ウィテカーがアカデミー賞にノミネートされている「ラスト・キング・オブ・スコットランド」や一連のドグマ作品などを撮影している人だそう。バリーとトムが落書きをする奇妙なイラストのセンスも良い。見た目はほんとうに素晴らしい。

語り口としては、フェイク・ドキュメンタリー形式となっている。かつて存在したザ・バンバンというバンドと、その中心的なメンバーであった双子を、現代の視点からドキュメンタリー化しているというメタ映画なのだ。びっくりしたのが、途中でケン・ラッセル監督本人が登場して、彼らを主人公にした映画"Two-Way Romeo"を撮影していたなんて話までする。この"Two-Way Romeo"という作品、タイトルといい、耽美的な雰囲気といい、すごく良い感じ。ザ・バンバンの70年代的な音楽性もすごくカッコいいし、苦悩が伝わってくる歌詞にも独特の美学があってたまらなく魅力的だ。

双子をロックのプロモーターに売ってしまったという父親、唯一の理解者であった姉(リトル・ヴォイスのジェイン・ホロックスが演じているんだけどいつの間にかこんなにおばさんに・・)、取材ということで近づいてトムと恋に落ちた女性ジャーナリストローラ、兄弟の脳を診察した医師、マネージャー、興行主といった関係者へのインタビューが出てきて、まさにドキュメンタリー映画という仕立てになっている。監督は「ロスト・イン・ラマンチャ」のキース・フルトン&ルイス・ペペで、あちらはテリー・ギリアムの映画製作が空中分解する様子を描いたドキュメンタリーであったわけで、その路線を継承しているってワケだ。実のところ、ザ・バンバンというバンドも、トムとバリーという双子の兄弟も1974年ごろ実在していたらしい。ただし、名前を借りているだけのようだ。

しかし、このフェイク・ドキュメンタリーという手法が成功しているかといえば、とても成功しているとは言いがたいのが難点。結合双生児の兄弟という魅力的な素材を扱うのに、オブラートが何枚もかぶさった感じになってしまって、その実像はすっかりぼやけたものとなってしまっている。スターになった彼らが、さまざまな苦悩に苛まれ、お互いを切り離したいという願望に取り憑かれ、破滅していく理由がよくわからなかったというのが最大の欠点。ローラに裏切られたとか、兄弟の片方の頭に腫瘍(その腫瘍は実は胎児という説が出てきて、そのグロテスクなメタファー映像は刺激的でよかった)ができて攻撃性が人格に加わったとかいろいろあるんだろうけど、それだけで、あそこまで苦悩するものだろうか、と思ってしまう。

ロックにすべてをぶつけている、ロックをやるしか生きていく術はないという純粋さはガツンと伝わってくるが。

せっかく素材やヴィジュアル、世界観が魅惑的なのに、とてももったいない結果に終わってしまったのが残念。ラストの、双子の顔がひとつに融合したように重なって正面を見据えるショットはすごくいかしていた。魂のすべてを音楽にぶつけているという意味では、本物のロックであることは間違いない。

監督:キース・フルトン&ルイス・ペペ
脚本:トニー・グリゾーニ
原作:ブライアン・オールディス
撮影:アンソニー・ドッド・マントル
音楽:クライブ・ランガー
出演:ハリー・トレッダウェイ、ルーク・トレッダウェイ、ブライアン・ディック、ショーン・ハリス、ケン・ラッセル

http://brothers-head.com/

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2007/02/15

映画「ヘンダーソン夫人の贈り物」

舞台や芸能が舞台となっている映画が好き。ちょっと前だと「ネバーランド」、最近では「王の男」など。そしてこの「ヘンダーソン夫人の贈り物」は、夫の遺産で劇場を買い取って、イギリス初のヌードショーを始めた肝っ玉おばさんの話である。面白いに決まっている。

ジュディ・デンチ演じるヘンダーソン夫人のキャラクターが最高。大胆さと繊細さを持ち合わせ、時には傲慢だったり無礼だったりするけどふとした優しさもある、素敵な女性である。自分がお金持ちだったら、こういう人になりたいな~ってすごく思う。夫の葬式では気丈に振舞っても、ボートを漕ぎながら一人号泣する。豪快に飛行機を飛ばしたと思ったら、それは戦争で21歳で亡くなった一人息子のお墓に行くためだったりする。支配人のヴィヴィアンと対立してもう劇場にには足を踏み入れないわ、とキレてしまった後、中国人に変装してこっそりと劇場に潜入しようとするが却って目だってつまみ出されたり、白クマの着ぐるみを着てオーディション受けたりととってもお茶目。憎まれ口の達人。このヘンダーソン夫人は実在した人物で、本当にこれらの行為をやってしまった人らしい。すごすぎる~

受けて立つ支配人のヴィヴィアンも一筋縄ではいかない。ジュディ・デンチに対抗できるだけの芸達者ということで演じるのはボブ・ホスキンス。ヴィヴィアンとヘンダーソン夫人の関係がすごくおかしい。約束の時間に大幅に遅れた挙句、ヴィヴィアンをユダヤ人だとキメつけた彼女の無礼な態度に立腹するという最悪の出会い。劇場運営には素人の彼女に口を出させないようにする抜け目のなさ。しかしやがてこの二人は、長年連れ添った夫婦のように、喧嘩と仲直りを繰り返しながらも、ベストパートナーとなっていく。ヴィヴィアンの抜け目のなさは、観客がねずみを舞台に放ってひと騒動おきたのを見ると、今度はわざとねずみを仕込ませたりするところにも現れている。

そんな彼に、妻がいたことを知って大人気ないやきもちを焼くヘンダーソン夫人。いくつになっても、女である。

戦争が激しくなり、コメディレビューとしてスタートしたウィンドミル劇場の客入りが悪くなっていった時に、一発逆転のアイディアとしてヘンダーソン夫人が提案したのは、ヌードショー。唖然とするヴィヴィアンだったが、ヘンダーソン夫人は古い知り合いの検閲長官をいとも簡単に煙にまいて、裸のモデルが動かないでポーズをとるという額縁ショーならOKという許可を取り付けてしまう。公園の中での特設テントで豪華なお茶に招待して、うまいこと検閲官を丸め込む手管手錬がお見事!そして、これはいやらしいことではなく芸術であり、誇りを持って仕事に取り組むべしと脱ぐことを躊躇するモデルたちをヴィヴィアンとヘンダーソン夫人が説得するところは感動的である。ヴィヴィアンをはじめとする男性陣も、彼女たちを脱がせるために全裸になるところは、超笑えるけど。実際、ステージの上でポーズをとる彼女たちは、なまめかしくも彫刻のように美しく、芸術作品そのものだ。戦場に出かける前の兵士たちが劇場につめかけ、戦局が厳しくなりロンドンがたびたび空襲にあっても、ウィンドミル劇場はたった一軒、営業を続けた。地下にある劇場は安全なため、女性たちやスタッフも引っ越してきて、まるでひとつの家族のようになる。

やがてロンドン市街が空襲により焼け野原と化してきて、閉鎖を命じられても、ヘンダーソン夫人は決して劇場を閉めようとしない。たった一人の息子の遺品は、古ぼけたヌード写真。21歳で戦死するまで一度も生身の女性の裸を見ることがなかった彼を不憫に思った母が、兵士たちに女性の裸を合法的に見せることを思いついたのだった。このことを、兵士たちや役人の前で淡々と語るヘンダーソン夫人。戦争が奪い去ったかけがえのないものたちを思い出させる、素晴らしいシーン。

そしてウィンドミル劇場は、戦争が終わってもずっと営業を続けて、額縁ショーは続いていった。ヘンダーソン夫人も、ヴィヴィアンも、劇場の女の子たちもみんな素敵だけど、主役は、やっぱり彼らを惹きつけた、ウィンドミル劇場だったんじゃないかと思う。だから私たちは劇場に魅せられるんだなってしみじみ思った。Show must go on!
女の子たちの裸も、どこか昔風でちょっとふくよかだったりするのがまたとても魅力的。劇場のスターとなったモーリーンの、凛とした美しさと儚さも印象的だった。

ダンサーの一人として(2番目に多く登場するパフォーマーで、一番良く踊っている)、マシュー・ボーンの「白鳥の湖」でこの間まで王子を踊っていた元ロイヤル・バレエのマシュー・ハートが出演している。台詞もあれば歌まで歌ってしまうし、インディアンから白タイツの王子様までいろいろとコスプレも。登場シーンは一つ一つは短いけど、芸達者なのがよくわかる。

この映画とマシュー・ハートについては、きょんさんの日記でも詳しく書かれていますのでぜひどうぞ。

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2007/01/22

映画「オーロラ」

ニコラ・ル・リッシュが準主役、パリ・オペラ座全面協力、ということでバレエファンを客層の中心と想定した作品ではあるけど、そのバレエファンの皆様からの受けがとても悪いので、前売り券を持っていたにもかかわらず観るのを躊躇していたら、観るのが遅くなってしまいました。ちなみにシャンテ・シネは1月26日まで、Bunkamuraル・シネマは2月9日までの上映。

http://www.aurore.jp/

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踊ることを禁じられている国の王女、オーロラは踊るのが大好き。しかし国の財政は傾き、国を救うために16歳のオーロラは政略結婚を強いられる。ところが彼女が恋した相手は、名もなき画家だった・・・。

ってあらすじだけど、結局なぜこの国では踊ることが禁じられているのかが最後までわからなかった。重要な設定なのにその説明がないのはちょっと問題があるのではないか?圧倒的な気品と美しさのキャロル・ブーケ扮する王妃も結婚する前は踊りの名手だったのに、王と結婚するために踊りをあきらめたということになっているから、なおのこと、この設定についてはきちんと説明すべきである。

おとぎ話でありファンタジーなのに、光や色彩の設計が間違っている作品だ。お話自体はけっこう暗いのだけど、その現実を忘れるための、オーロラの夢の世界は光に溢れ、色鮮やかでなければならないと思う。なのに、冒頭の屋外でオーロラがのびのびと踊るシーンでも、濁っていて光と色彩に乏しい魅力のない映像になってしまっている。せっかくロケーションはとても美しいのに。終盤の雲の上のシーンですら、空の上なのに色あせたような光量が足りない世界で、地上の悲しみとの対比がうまくいっていない。各国の王子が自国自慢の踊りを見せるところも、とにかくライティングが暗く、宮廷の華やかな踊りという感じがしなくて寒々しい。

現代のお話ではないから、室内のシーンが暗かったりする分には問題はないと思うのだけど、映像に重厚さもないから、なんだかチープに見えてしまう。それに最後の飛翔シーンのCG、これはひどい。

さらにはカメラワークにも大いに問題がある。踊りを見せるのにダンサーの上半身だけを映してどうする。特に雲の上のシーンでは、雲が足元をすっかり覆ってしまっているので足先が全然見えない。カロリン・カールソンによる振付だから完全なクラシックバレエではないけれども、クラシックのダンサーを起用した意味がまったくなくなってしまう。

ダンスのシーンで言えば、見せ場は二つ。カデル・ベラルビ演じるアブダラ王子の国の踊り。振付もべラルビが行ったという。メーンのダンサーを務めたマリ=アニエス・ジロの凛々しいカッコよさと肉体美にうならされる。彼女にかしづくブベニチェク兄弟はちょっとしか映らないけれども、一応判別可能。もう少しジロ中心のカメラにしてほしかったが、ジロのただならぬ踊り手としての実力は十分わかる。この後に出てくるシパンゴ国の暗黒舞踊は、まあ悪い冗談でしょう。

それと、前述の雲の上での踊り。それまで一切踊るシーンがなくて、ニコラを起用した意味はいったいなんだったんだろうか、と思ってしまったがここで本領発揮。素晴らしいトゥール・ザン・レールやマネージュを見せてくれて、エトワールの貫禄ここにあり、と思わせた。それだけに、雲で足先が見えないのが残念。オーロラのマルゴ・シャトリエはまだオペラ座学校の生徒だから、ニコラと渡り合うのはちょっと難しそうだったが、初々しくお姫様らしい魅力はあるからいいのでは。

よくよく考えてみると本当に救いのないお話である。王様は自らどんどん不幸に孤独になる道を選んで、いったい何がしたかったんだろう・・。後味もあまりよくない。

だけど、実のところ前評判ほど悪いとも思わなかった。踊りたい、というオーロラの強い想いだけはちゃんと伝わってきているし、マルゴもその部分はちゃんと表現しているから。ただし、物語の中盤でいろいろな悲劇が襲ってきた後、その悲しみを突き抜けて大人の女性へと成長していくところをもっと見せてほしかったと思う。ふぁんたじーが主体のこの物語では、それは難しかったか。ダンサーも本物だけが持つ吸引力がある人たちを使っているから、その部分は見ごたえがある。そして、キャロル・ブーケ。出番はそんなに多くないけど、年を重ねてなお美しさを増している彼女を観られて良かった。先日逝去されたダニエル・シュミット監督の「デ・ジャ・ヴュ」での彼女の美しさたるや、世界でも1,2を争うほどだったけど、50歳の今もこんなにきれいだなんて。

以下は雑談です。
オーロラととても仲のよい、ここまで仲良いなら何かあるんじゃないかと思ってしまうくらいの弟ソラル役の子がすごく可愛い。でもキャスト紹介には載っていないの。3人目の王子を演じたヤン・ブリダールが、あまりにもよい人過ぎて、かなり気の毒。オーロラも、この人と結婚していれば幸せだったかもしれないのにね。

それと、前売り券を劇場で買うと、その劇場でしか観られない券を売ってきた。友達と一緒に観ようねって約束したのに、別々の劇場でしか使えないので、一緒に観られなかったのがすごく残念。だって、この映画、見終わった後で突っ込みを入れまくるのが楽しかっただろうに、と思わせたもの。

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2007/01/15

あるいは裏切りという名の犬 36 Quai des Orfevres

フィルム・ノワールというのは以前から大好きなジャンルである。フランスのノワール、しかもドパルデュー&オートゥイユという渋い役者二人の映画が日本で公開されるのだからきっと良い作品に違いないと思って劇場に足を運んだ。

ところが、銀座の劇場は、すでに満席。次の回は7時15分。どうしようか悩んで、他の映画館で近い時間帯に上映されている作品がないか銀座~日比谷を一通り歩き回ったけどなかった(「オーロラ」だけは見ようと思えば観られたのだけど私の持っている前売り券はBunkamuraでしか使えないのだ。困ったものだ)

仕方なく時間潰しをして7時15分の回を見る。この回も日曜の夜というのに客の入りが良い。(後で理由がわかった。金曜日の番組「虎ノ門」で取り上げられていたらしい。ただし、井筒監督のお気には召さなかった模様)

この映画は、元警察官であったオリヴィエ・マルシャルが、実際の警察の中での出来事を元に映画化した。中でもレオには、実際に服役させられた監督の親友というモデルが存在している。

刑事ふたりがぶつかり合う映画というのには傑作が多い。「インファナル・アフェア」然り、「L.A.コンフィデンシャル」然り。男たちの行き場のない憎しみと愛がボディブローのように鈍くぶつかり合い、周りを巻き込みながら、ブラックホールのように地獄をもたらしていく。

パリ警視庁に二人の警官がいる。探索出動班のレオ・ヴリンクス(オートゥイユ)と強盗鎮圧班のドニ・クラン(ドパルデュー)。レオは正義感が強くて仲間の信望も厚い。ドニは権力志向が強い。同じ警視庁でもこの二つの部署は張り合っているし、二人は、警視長官候補として強烈なライバル意識がある。そんな二人が、連続強盗事件を追うことになる。作戦は失敗し、スタンドプレーをしたドニは調査委員会にかけられる、が、逆にドニはレオを陥れ、レオは投獄される。とともに、ドニは裏工作に成功して警視長官の座に着く。さらにレオは服役中に、捜査に巻き込まれた最愛の妻カミーユ(ヴァレリア・ゴリノ)を失う。7年後に出所したレオは、当然復讐を誓うのであった・・・。

大変見ごたえのある映画だった。光と影を駆使した、やや粒子の粗い映像が、男たちの心理を映し出す。夜のパリの官能的な姿。何よりも主演の二人の演技。ストーリー上、必然的に主人公がレオで、悪役がドニ、観客はどうしたってレオに肩入れをする。だけど、そんなレオだって100%清廉潔白なわけではなく、すねに傷を持つ身で仕事の中身は決して家族には語れない。オートゥイユはあくまでも渋く、人間の弱さを見せながらも、職人的な仕事師らしい彼ならではのやり方で復讐の計画を実行していく様をサラリと見せていく。ドニにしたって、下手な役者が演じれば単なる憎まれ役で終わってしまうところを、ドパルデューの悲しみを湛えた終盤の目の演技。本当に地獄はこちらが抱えてしまったということが良くわかる。

レオは仲間たちにもとても愛されている警官で、彼の仲間のエディがドニのせいで殉職した時も、同僚たちは当然彼の味方となる。レオが服役中でカミーユが亡き後も、レオの娘がちゃんと成長したのもおそらく同僚たちのバックアップがあったからだ。ちなみに娘を演じたのはオートゥイユの実の娘で、たしかに顔がそっくりなんだけど、すると母親はベアールなのかしら? 
←違いました。いずれにしても、娘以外のすべてをドニに奪われてしまってからも、レオにはたくさんの味方がいる。

一方、レオ投獄後、ドニは権力は手にするものの、よからぬ噂が付きまとうし、警視長官に就任してからも、レオの部下のディディに小便をかけられたり、目を掛けていた女性警部のエヴにも、前任の警視長官にも「貴様のような男は駐車場で頭に銃弾を浴びて死ぬことになる」と軽蔑され、挙句の果てには妻にまで冷たい言葉を浴びることになる。哀れなる男。自業自得といえばそれまでだ。そんな男でも、最高の権力を手にすることができたわけだが。

しかし、実はレオとドニはカミーユを奪い合った仲であり、だからこその激しすぎるいがみ合いなのであったのだ。このことが後半に大きな影を落としていく。(このあたりをあまり前面に出さないでさりげなく表現していくところが、フランス映画らしい)

主人公を演じた二人が素晴らしいのは言うまでもないが、脇のキャラクターまで息遣いや心の動きが手に取るように見えるのが素晴らしい。女性の登場人物がこの手の映画では同でもいい扱いをされることが多いけど、レオの妻カミーユはしっかりとした女性で、夫が投獄されても(職業は医師?)きちんと仕事をし、元恋人のドニに耳を貸さない気丈な美しい女。銃を持つ姿が颯爽とした女性警部エヴの生き方はカッコいい。ただ一人ドニの緘口令にそむいて地方に飛ばされながらも凛としている。家族以外に唯一レオが心を許す元娼婦のマヌの包み込むような優しさと、矜持。

でもやっぱりこの映画の泣かせどころは、レオの部下ディディだろうな。これぞ、男の中の男。こんなにも哀しい男の友情ってあっただろうか。思わず途中から涙が止まらなくなってしまった。

復讐はどのように果たされるのか?それは見てのお楽しみだが、実にお見事。クライマックスの胸の高鳴りは半端じゃない。

渋い映画ではあるけれども、激しい銃撃戦などのアクションもあり、ハリウッドの刑事映画が好きな人も満足できるはず。と思ったら、ジョージ・クルーニー&ロバート・デニーロ主演でハリウッドリメイクされるらしい。監督は「チョコレート」のマーク・フォスターが予定されているとのこと。デニーロがレオ、クルーニーがドニ役らしいけど、逆の方がしっくり来るような。

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2007/01/09

映画「007 カジノ・ロワイヤル」

父親が大の007ファンで、ロンドンに住んでいた頃から親に連れられて毎回観に行っている。最初に劇場で見たのは「私を愛したスパイ」。年がばれますね。

ダニエル・クレイグがジェームズ・ボンドを演じると聞いて個人的には期待値がすごく高くて、一刻も早く観なくちゃと思いながらも結局2007年になってしまった。通常私はシネコンで映画を観るのだけど、ちょっと郊外なので、冬休み期間になると昼間のスクリーンは子供向け番組中心になっちゃって、この作品は小さなスクリーンに追いやられ、見ようと思って出向くと満席で、今回は3度目の正直である。

ダニエル・クレイグといえば私にとっては「愛の悪魔~フランシス・ベーコンの歪んだ肖像」で、ベーコンの若い愛人役を演じていたのがとても印象的だった。とてもセクシーだったのを覚えている。その後は「ロード・トゥ・パーディション」など、悪役のイメージが強かったけど。
秋にニューヨークの地下鉄で最初に007のポスターを見たとき、映画のポスターと気が付かなくて、誰この素敵な人、と思ったらそれがカジノ・ロワイヤルのダニエル・クレイグだった。

さて、この映画は掴みのモノクロの暗殺シーンがスタイリッシュ。ダニエル・クレイグはこの映画の間中、目の青さがとても印象的で、特にモノクロだとその青さが際立つ。金髪に青い目というのは、冷たい印象を与えるのであって、今回は、あえてその容貌を持つクレイグを起用することで、ボンドの冷酷さを強調しているのだと思った。

が、この「カジノ・ロワイヤル」はいわばエピソード1で、ジェームズ・ボンドがどうやって007になって行ったかを描いているので、最初のうちは相当人間臭い。冒頭のアフリカでのチェイスシーンの壮絶な生身のアクション。仕事上のミス。毒を盛られて死に掛ける。ヴェスパーと恋仲になってあっさりと上司宛に「辞めます」とメールを送っちゃう。隙が多くて人間的な面も多く、まだまだ成長途上だと感じさせる。が、生身の肉体の痛みをかんじさせてくれるのがいい。やっぱりアクションはカーチェイスとかじゃなくて、身体性を感じさせてほしい。

個人的に最大の見所は拷問シーンかな(笑)。素っ裸にされて縛り上げられ、美しい肉体を見せているのだけど下半身を集中的に攻撃されて叫び声を上げちゃう。時には「そこじゃない、ここ」とジョークを飛ばす余裕もあって思わず笑っちゃったんだけど、かなり萌えましたわ。

さすがだな、と思ったのは、何をされても暗証番号だけは絶対に言わない、という強固な意志を示したこと。たとえヴェスパーが殺されたとしても、口は絶対に割らない。任務が第一。ここでようやく、殺人許可証を持つ男の冷静さの萌芽が見えたと感じられた。

ダニエル・クレイグはきわめて生真面目なボンド。前任者のピアース・ブロスナンとは正反対の印象。生真面目すぎてプレイボーイには見えないというか、まだ自分の魅力に気が付いていない。モンテネグロでヴェスパーが用意したタキシードを身に着けて、見違えるように素敵に磨かれたように見えた。シリーズへの出演を重ねて、さらにどれだけ研ぎ澄まされていくかが楽しみ。人が殺されるのを目の当たりにして、血が取れないとシャワーの中で泣いているヴェスパーの指を舐め、肩を貸してあげるところは、すごく優しそうでぐっときたのだけど、その優しい部分をこれからは殺していかないといけないのね、と思うと切なくなる。ラストシーンの「ボンド、ジェームズ・ボンド」と名乗る時の青い瞳の酷薄さがたまらない。

ヴェスパー役のエヴァ・グリーンは、デビュー作「ドリーマーズ」ではアンダーヘアーまで見せて相当エロい身体の持ち主なのだけど、それを封印してお堅い会計士を演じていた。いつもはかなり濃いアイメイクをして武装しているけど、すっぴんになるととても無防備で可愛くてかえってそっちの方が色っぽく見える。ボンド映画ではヌードはないというのが鉄則だし。なぞめいた魅力はあったけど、この役を演じるには少々若すぎるかも。

007というとさまざまなガジェットや派手でスケールの大きいアクションが出てくる印象が強いけど、今回はとても渋いスパイアクションになっていた。個人的にはこれくらい渋い方がスパイ映画らしくて好き。繊細さや脆さを感じさせながらも、殺人マシーンの本性も覗かせるダニエルはホント素敵だった。

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2006/12/25

「リトル・ミス・サンシャイン」

アリゾナ州に住むフーヴァー一家は、へんてこな家族である。父リチャードは「負け犬になるな」という成功哲学の持ち主で、このノウハウを売って一獲千金を狙っている。息子ドウェーンはニーチェに心酔し、空軍士官学校に合格するまでは一言も口を利かないという沈黙の誓いを立てて、9ヶ月間も黙ったまま日夜鍛錬に励んでいる変人。娘のオリーヴは幼児体型のネガネっ子で特別に人目を引く容姿ではないけど、美少女ミスコン出場を夢見ている。そしてリチャードの父親(おじいちゃん)は、セックス中毒&ドラッグ中毒で老人ホームを追い出された不良老人。そんな家族をまとめるのに必死な母シェリルの元に、さらにトラブルが。兄のフランクが自殺未遂したという。自称全米一のプルースト研究家の彼は、ライバルの学者に恋人(男性)を奪われたのに逆上して職場と家を追われ、さらに奨学金も彼に取られたのだった。一人では再び自殺の危険性があるため、シェリルは兄を引き取り、ドウェーンの部屋に同居させることにする。もちろん、マッチョな祖父は「ホモ野郎」とフランクを軽蔑しているし、ドウェーンは筆談でみんな大嫌いだ、と言う。

そんなところへ、オリーヴが補欠になっていたミスコン「リトル・ミス・サンシャイン」の予選で繰り上がり、カリフォルニアで行われる本選に出場できることになる。「負け犬になるな」がモットーのリチャードの一押しで、一家は、おんぼろの黄色いミニバンで一路会場を目指すが、その間にはさまざまなトラブルが・・・。


アメリカ人の成功に対する強迫観念、ステロタイプ、勝ち組と負け組という二者択一的な考え方、そして美少女ミスコンとさまざまなことを皮肉っているシニカルな映画なんだけど、なんだかとても心あたたまる作品。とはいっても、通り一遍のハッピーエンドではないし、この家族に関して解決していることはほとんどないんだけど、希望を感じさせてくれるんだな。

父親リチャードが成功哲学に取り付かれ、負け犬にはなるな、と強調すればするほど、彼らが負け組人生まっしぐらなのが強調されるという皮肉。でも負けてもいいよね、家族が幸せだったらば、ってことなんだよね。

一人一人のキャラクターが強烈に面白い。お尻にいまだにナチスに受けた銃弾が残っていることを自慢し、マッチョな不良老人のおじいちゃん。彼が愛する孫娘オリーヴに振付けたダンス、これには抱腹絶倒!さすがはセックス&ドラッグな爺だけのことはある。ドウェインも面白い。部屋にはでっかりニーチェの肖像画で、しかも不気味な似顔絵のついたTシャツをずっと着ている。本当はしゃべれるのにあえて言葉を発しなくて、筆談でも「Welcome to Hell」とフランクに突きつけたり、「I hate everyone」ってeveryoneに下線を引いたり、なんというかニヒルで世の中を嫌っているんだけど、実は悪い奴ではなくて妹思い。色白で前髪が長い独特の風貌が素敵。ゲイの伯父フランクがまた、プルーストの研究家はみんなゲイだというステロタイプを逆手に取っていて可笑しい。周りが彼の手首の包帯のことを事故とごまかしていたのに、オリーヴに聞かれると、男性同士の恋のもつれで自殺未遂したなんてあっさりとカミングアウトしちゃう。でも、情緒不安定なはずの彼が一番落ち着いているのが可笑しい。母親のトニ・コレットにしても、父親のグレッグ・キニアにしても、いかにも負け組みな二人って感じで、演技がナチュラルで素晴らしい。

しかし誰が見ても驚くであろう部分は、美少女ミスコンのグロテスクさだろう。未だ未解決のジョンベネちゃん事件を生み出す土壌はここにあったのね、と思ってしまう。幼い少女たちが、大人のモデル顔負けの派手な化粧にヘアスタイルでセクシーな衣装を身につけ、しなをつくって観客に媚まくり。やばいものを見てしまった感ありあり。そんな中で、お腹がぽこんと出て地味なオリーヴは当然浮きまくり。この危機に彼女が出した秘密兵器とは・・・これまた破壊力すごすぎ。見てのお楽しみということで!

単純にいい話ね、とは割り切れない邪悪な部分を残しながらも、あったかい気持ちにさせられちゃう映画。東京国際映画祭で主演女優賞(オリーヴを演じた天才少女アビゲイル・ブレスリン)と最優秀監督賞、観客賞を受賞し、来たるゴールデングローブ賞の作品賞と主演女優賞(こっちはトニ・コレット)にノミネートとすごぶる高い評価を得ているのも納得。

監督:ジョナサン・デイトン / ヴァレリー・ファリス

キャスト
オリーヴ:アビゲイル・ブレスリン
リチャード:グレッグ・キニア
ドゥエイン:ポール・ダノ
おじいちゃん:アラン・アーキン
シェリル:トニ・コレット
フランク:スティーヴ・カレル

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2006/11/30

東京フィルメックス「オフサイド」

東京フィルメックスのイラン映画3本目。

イランのワールドカップ出場がかかったアジア予選の対バーレーン戦。スタジアムに向かう多数のバス。その中に、男の子の格好をしているけれども、華奢で小柄でかわいらしく、どう見ても女の子、という子が一人いる。スタジアムへ向かう人たちから、何をしているんだ、と注意される。そう、イランでは女性はサッカーをスタジアムで観戦することは禁じられているのだ。

警備員や兵士に呼び止められそうになって、走ったり逃げたり、ダフ屋からさらに高い値段でチケットを買う羽目になったり。でも、この少女は結局捕まってしまい、スタジアムの外の一角に、同じように試合を見ようとしてつかまった少女たちとともに集められる。

スタジアムのすぐ外だから、当然試合の歓声は聞こえてくるし、男装したりして苦労してここまで来たからには、彼女たちはどうしても試合を見たい。兵士たちだって、内心試合を見せてあげもいいかなと思いつつ、彼女たちを釈放したことがばれたら大変なことになってしまうものだから、それはできない。代わりに、試合を見ながら実況中継してあげたり、精一杯の親切心を見せる。そしてトイレに行きたいという一人の女の子を見張るために、一人の兵士がトイレに付き添うのだが・・・。

サッカーを愛する気持ちは、世界各国共通のものだな、って思った。「半月」では女性は歌うことを禁止されていたし、この映画ではサッカーのスタジアム観戦が禁止されている。ところが、スタジアム観戦が禁止されているのは、本音は別にあるとしても、建前としては、汚い野次や怒号から女性を守るということになっている。女の子たちを見張っている若い兵士たちにしても、けっして悪者ではなく、彼女たちを守ってあげたいという気持ちがすごく良く出ていた。だけど、女の子たちは、一見男性と見分けがつかないように、髪を短く切っていたり、兵士の制服を入手して着ていたり、顔にペイントをしていてかなり勇ましいし、たくましい。彼女たち、試合は見られなくても、一緒にサッカーについても盛り上がる仲間が見つけられて、途中からはとっても楽しそう。兵士たちと女の子たちの間には、不思議な絆のようなものができてくる。

イランがワールドカップ出場を決めた後の、護送車の中、そして街の熱狂的な盛り上がり方といったらももう、ホント最高だね。その中で一人、沈んだ表情の女の子がいたけど、それには理由があった。このあたりのドラマのもって行き方もうまい。スポーツというユニバーサルな題材を扱いつつ、イランという国における女性の扱いの問題をあぶりだす。かといって、必要以上に深刻になるわけではない。そんな社会の中で力強く生きていく女の子たちの姿にはスカっとさせられた。さわやかで、気持ちよくて、ちょっとほろりとさせられて、誰が見ても楽しめる映画。特にサッカー好きの人は必見!

来年劇場公開も決まっているということで、もう一度見てみたいと思った。

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2006/11/28

東京フィルメックス「半月」

土曜日は東京フィルメックスでイラン映画3本立て。(前の週の日曜と月曜にはジョニー・トー監督の「エレクション」「エレクション2」も観ている)

いやあ、イラン映画の底力を感じましたわ。みんなそれぞれ全然違っていて、面白いし、独創的で他の作家には作れないようなものをやっている。

バフマン・ゴバディの「半月」。「酔っ払った馬の時間」「亀も空を飛ぶ」というとんでもない傑作2本を撮っているイランの監督。前の2作品は、戦争の中で生きていく子供たちのシビアな現実を、あるときにはスペクタクル的に、あるときには幻想的に描いていて、心にずしんときた。

主人公の音楽家、マモの名は、天才音楽家モーツァルトにちなんだ、「My Mozart」を縮めたもの。この映画が、モーツァルト生誕250年を記念する映画祭のために制作されたためである。

物語はこうだ。年老いたクルド人のミュージシャン、マモは、イラク領のクルディスタンで35年ぶりのコンサートを開く許可を得る。息子たちを呼び寄せ、バスでイラクとの国境に向かうが、その旅は困難を極める。コンサートには”天上の声を持つ”一人の女性歌手ヘショを出演させたいと考えているのだが、イランでは女性が歌を歌うことは禁止されているので、ようやく見つけたヘショをバスの床下に隠して国境を越えようとするのだ。しかしそれは国境警備隊に発見されてしまい、やっと集めた楽器も壊されてしまい、一行はトルコ側の国境に迂回することを余儀なくさせられる。やがて、ヘショは怖気づいて一行を離れてしまい、マモは次第に弱っていく・・・。

過酷な現実と、その中で命以上に重要な役割を果たす”歌”、携帯電話やインターネットなどのテクノロジー、そして幻想性、寓話性。すごい。イラン映画では女性が歌う描写は禁止されているのだが(そもそも女性は歌を歌ってはいけない)、歌を歌って追放された2千人もの女性ばかりの村の、めくるめく映像美には圧倒された。色鮮やかな衣装に身を包んだ圧倒的な数の女性たちが、そこかしこから出てきて踊るのだ。歌うシーンは検閲対策のためにカットされているが、それでも現在、この映画はイランでの公開の許可は下りていない。

クルド人を取り巻く深刻な現状や、表現への抑圧、老いと死を描いている映画ではあるのだが、同時に、暖かいユーモアにも包まれている。ミュージシャン一行は、大変な困難に直面しながらも明るいし、バスの中にはノートパソコンがあってインターネットでトルコへの道順を検索したり、携帯電話で西欧にいる家族に電話したりしている。

棺桶が象徴的な意味で使われている。たとえこの身は滅びたとしても、自分をコンサートの会場に連れて行って欲しいというマモの最後の願いを表わすものだ。どこまでも続く雪山の中、凍えながらも会場へと徒歩で歩いていく老人の姿は、胸を打つ。音楽を奏でること、歌を歌うことというのは、人間の根本的な表現欲求のひとつなのだと実感させられた。

そして、タイトルの「半月」とは、いなくなってしまった女性歌手の代わりに、突然空から降りてきた不思議な美女の名前である。彼女は救世主であると同時に、死神でもある。雪山の中に現れるバイクの一団。橇。摩訶不思議な世界。リアルと幻想の交錯。刺激的な時間であった。

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この上映の後、ゴバディ、マニ・ハギギら三人のイラン人映画監督を交えてのトークショーがあった。ゴバディいわく、この映画を撮るさいにも、一人で雪山を歩くほどの困難があったとのこと。それだけの苦労をしても、この映画はいまだにイランでは上映できない。前作「亀も空を飛ぶ」はかなりヒットしたにもかかわらず、他の娯楽映画にスクリーンを奪われてしまった。海外からの資金によってやっと映画を撮ることができているとのこと。過酷な現実を戦っているクルド人同様、彼らも表現のために戦っているんだと思う。そんな戦っている人には見えない、穏やかでいい顔をした3人であった。

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2006/11/24

ロバート・アルトマン監督逝去

アルトマン監督、高齢ながらも現役バリバリで仕事しているというイメージが強かったので、びっくりしました。81歳だったとのこと。

遺作は「『A Prairie Home Companion』(邦題『今宵、フィッツジェラルド劇場で』、2007年3月、ル・シネマ&ル・テアトル銀座ほかで公開予定)だそうです。これはメリル・ストリープ、ケヴィン・クライン、トミー・リー・ジョーンズ、リンジー・ローハンとまたオールスターキャストを揃えた作品ですね。今年のアカデミー賞の名誉賞を受賞したのだけど、すでにかなり体調が悪かったらしいです。心臓移植手術まで受けられていたと授賞式で話しておられました。

私はそんなにたくさん観ているわけではなくて、「ロング・グッバイ」「ザ・プレイヤー」「プレタポルテ」「ゴスフォード・パーク」「バレエ・カンパニー」くらいです。映画業界を描いた「ザ・プレイヤー」やファッション業界の「プレタポルテ」はすごく面白かったわ。かなりイジワルな作品ですが、やられた!と思いました。群像劇を撮らせたら、この人の右に出る人はいませんでしたね。これだけ多くの登場人物をうまく組み合わせて描ける人は、今後も絶対に登場しない気がします。

(追記:よく考えてみたら「クッキー・フォーチュン」「ドクターTと女たち」も見ていた)

バレエファンとしては、「バレエ・カンパニー」というのがあります。私自身はけっこう面白いとは思うだけどバレエ好きの皆様にはいまいち不評でしたね。。現実に存在するバレエ団(ジョフリー・バレエ)の日常と、虚構のドラマをうまく織り交ぜていると思うのだけど。ちょっと、登場するバレエ作品の振付が、「青い蛇」はじめちょっとアレだったからでしょうか。芸術監督役のマルコム・マクダウェルがえらくいかしているし、愛玩犬のようなジェイムズ・フランコ(彼がダンサーではないのが残念)が可愛かったです。

いずれにしても、巨匠の一人がまた一人いなくなって、残念な限りです。ご冥福をお祈りします。

佐藤睦雄さんのブログでアルトマンについて詳しく書いてありますので、興味のある方はどうぞ。

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2006/11/17

「愛と喝采の日々」

ずいぶん前にテレビで放映されていた時に観たはずだったけれども、すっかり忘れてしまい、DVDが出た時に買ったのだけど観る暇がなく、やっと観た。

THE TURNING POINT
監督:ハーバート・ロス
出演:ディーディー:シャーリー・マクレーン
   エマ:アン・バンクロフト
   ユーリ:ミハイル・バリシニコフ
   エミリア:レスリー・ブラウン

かつて一流のバレエ団のトップダンサーで良きライバルだったディーディーとエマ。ディーディーは妊娠してバレエの道をあきらめ、地方で3人の子供を育てながら夫とバレエ教師をして幸せな生活を送っている。エマは結婚しないでバレエ一筋に生きて、今もトップのバレリーナだけど、そろそろ若手に道を譲らなければならない年齢。ディーディーの娘エミリアは才能を発揮してエマと同じバレエ団に入団し、めきめき頭角を顕す。エミリアに母のように慕われるエマに嫉妬するディーディー。あの時、バレエを捨てなければ、今はエマの地位にいるかもしれないのに。一方エミリアはロシア人のスターダンサーに恋をする・・。

今はダーシー・バッセルのように、子育てをしながらもトップのバレリーナとしても生きているスターが何人もいるけれども、この映画が作られた1977年というのはそういう時代ではなく、バレエか、結婚かということで、「赤い靴」と同じテーマがそのまま生きていたのだ。

シャリー・マクレーンとアン・バンクロフトという一流の女優二人(いい年したおば様方)が、10数年前のことをいまだに根に持って取っ組み合いの大喧嘩をしちゃうというくだりには、思わず失笑してしまう。アン・バンクロフトはすごく男前な感じでカッコいいのだけど、現役のバレリーナにしてはちょっと老け過ぎ。トップスターでも肩たたきをされている残酷な現実をちゃんと見せているのはえらい。この方はもう故人となられてしまった。

レスリー・ブラウンが演じたエミリア役は、当初ゲルシー・カークランドが演じる予定だったのを、ゲルシーが脚本を読んでこれはくだらない、といい、それでも出演することを強いられたら拒食症になってしまってやっと降板できたといういわくつきの映画。実際このときゲルシーはミーシャとお付き合いしていたのだけれども、うまくいかなくなってきた頃で、映画の中でエミリアはユーリに捨てられてしまうから、この役を演じるのはつらいだろうなと思ってしまった。
それはさておき、エミリアのキャラクターは大胆かつ可愛らしい。ユーリと「ロミオとジュリエット」のバルコニー・シーンをレッスンしているうちに盛り上がってしまい、あのロマンティックなスコアが流れるところでベッドインしちゃう。それだけ、マクミラン振付のバルコニーシーンには女性を酔わせる力があるということなのだが。とても美しく、女の子が夢見、あこがれてしまうようなシチュエーション。ミーシャの上目遣いは「キラー・スマイル」っていうくらい、たまらなく魅力的。エミリアは夜遅くに帰宅して、「ユーリと一緒にいたの。でもピルを飲んでいるから大丈夫」なんて母親のディーディーに言っちゃうんから、やるなあ、である。こういうイケイケな娘だから、スターへの階段を上がっていけるんだな、と感心することしきり。

プレイボーイだったユーリに振られ、エミリアはロシア人のふりをしてしこたま酔っ払い、へべれけの状態で「ジゼル」のウィリを踊る。だけど当然ヘロヘロで倒れそうになったり、出番を間違えたり。もし自分が観客だったらすごく怒るだろうけど、映画として観るとすごく笑える。

バレエのシーンがふんだんにあって、しかも超一流の出演者ばかりなのが嬉しい。タイトルバックは「ラ・バヤデール」の影の王国。主要キャラクターであるからして、ミーシャのダンスがいっぱい観られる。「眠れる森の美女」から始まり、「ジゼル」、それから凄まじいエネルギーが炸裂する「海賊」のアリ。凄い。ガラ公演ではこのほかに、ブフォネスの「白鳥の湖」、マルシア・ハイデとリチャード・クラガンによるクランコ振付の「伝説」、スザンヌ・ファレルとピーター・マーティンスの「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」。そしてアルヴィン・エイリーが振付けたモダンの作品をレスリー・ブラウンが踊るのだけど、これがなかなかすっきりとしていて良い。
ラストはミーシャとレスリーによる「ドン・キホーテ」の3幕のパ・ド・ドゥだが、映画なのにしっかりとほとんど全部見せてくれるので嬉しい。全盛時のミーシャなので、疾風のようだ。もうこれだけで十分おつりが来る感じ。

バレエ・リュスの名花、アレクサンドラ・ダニロワも往年のバレリーナ役で出演していて、美しく老いた姿を見せてくれる。

映画そのものの出来としてはあまりよくないと思うけど。(だって、要はおばちゃんたちの喧嘩なんだもの。しかも、たった一言で仲直り。でもアカデミー賞にいっぱいノミネートはされた) バレエファンにとっては大満足の映画。

鈴木晶先生のサイトに、詳しい解説があります。

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2006/11/16

Sad Movie/サッド・ムービー

シネコンに行ったはいいものの、ちょうどいい時間に始まる映画がなくて、お気に入りのチョン・ウソンが出ているので観た。4つのエピソードがそれそれの"別れ"を描く作品。

消防士と、テレビの手話通訳の女の子の話。
キャリアウーマンの母と、小学生の息子の話。
ニート青年と、スーパーのレジ打ちの女性の話。
聾唖で遊園地で働く女の子と、絵描きの青年の話。

消防士と手話通訳は恋人同士だけど、彼女はなかなか彼がプロポーズしてくれないのでやきもきしている。
小学生の男の子は、忙しい母になかなか構ってもらえないとふくれていたところ、母が病気で入院する。
ニート君は甲斐性がなく、恋人に別れましょうと言われ、別れさせ屋という商売を始めて繁盛する。
聾唖の女の子は、手話通訳の妹で、着ぐるみを着て働いている。顔にやけどの跡があり、絵描きに恋をしているけど素顔を見せられない。

俳優の演技はみんなとてもいいし、洗練されている演出なのだけど、4つの物語をひとつの映画でやると薄っぺらい感じになってしまうのが残念。一番すべっているのは、別れさせ屋の話で、このエピソードはなくてもいいと言ってくらい、効果が全然ない。唯一、外国人にたどたどしい英語で、なぜ彼女が別れたいのかを説明するところは笑ったけど。

(ネタバレです)

消防士と手話通訳の話は、けっこうイライラさせられてしまった。彼女があまりにも結婚を焦り過ぎていて、可愛げがないのだ。消防士は殉職してしまうのだが、迫り来る炎を背景にヘルメットを脱ぎ、監視カメラに向かってプロポーズをする。チョン・ウソンはとても素敵なんだけど、しかしこの状況でこんなこと、絶対ありえないと思うのだけど・・・。人をむやみに死なせて観客を泣かせようとするって、とても安易だと思う。プロポーズすることより、生きて帰ってくることの方が大事なんだってば!

病気になってしまったママと息子のエピソードはなかなかよかった。子供がけっこうひねくれていて、ママが病気だといつもそばにいることができるから嬉しい、って日記に書いちゃうところが正直でよろしい。が、ここでの別れさせ屋の使い方はちょっと・・・。なんで彼に頼むかなあ。 最後に笛を使うところはうまい演出だったけどね。

一番いいな、と思ったのは着ぐるみを着た聾唖の女の子と画家のエピソード。着ぐるみを着ているときの彼女の演技がとってもお茶目で可愛いのだ。聾唖であること、そして顔に火傷があるからなかなか彼に恋心を告白できない、せつない気持ちがすごく伝わってくる。そんな彼女を応援する、遊園地の7人の小人さんたちが微笑ましい。愛がついに成就して、でも同時にさよならもやってきてしまう、その輝かしくも悲しいシーンが打ち上げ花火のように美しい。ついに意を決して着ぐるみを脱いで、彼に似顔絵を描いてもらい。最初はきれいに化粧した顔で。そして、次にメイクを落とした素顔で。このエピソードだけでひとつの映画になるのにもったいない、と思った。

どれかひとつ、縦軸になるようなエピソードがあればもう少し余韻が残ったのに。本当は別れさせ屋の話がそうなるべきだったんだろうけど、ちょっと失敗してしまったようだ。手話通訳の女の子もせっかく毎日テレビに出ている人なのだから、同じ番組をみんな見ているとか、ちょっとした工夫が足りないのだよね。チョン・ウソンをはじめ、イム・スジョン、ヨム・ジョンア、シン・ミナ、そしてチャ・テヒョンと売れっ子を揃えているのにもったいない。

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2006/11/07

「トリスタンとイゾルデ」TRISTAN + ISOLDE

ワーグナーのオペラやシェイクスピアの戯曲の基にもなった悲恋の物語を映画化ってことだけど、音楽はワーグナーを使っているわけではない。製作総指揮が"光の魔術師”リドリー・スコットとトニー・スコットの兄弟ってわけで、映像はとても凝っていて深みがある。この物語の時代背景であるローマ帝国崩壊後の暗黒時代のイギリスらしい、ほの暗い中の陰影美が表現できている。幻想的な夜の結婚式、葬送船。加えてケルト/アイリッシュな音楽やダンスも雰囲気を盛り上げ、ゼッフィレッリの「ハムレット」や「オテロ」で知られるマウリッツィオ・ミレノッティによる繊細で典雅な衣装が素敵。

運命に引き裂かれてしまった恋人たち、トリスタンとイゾルデ。トリスタンは幼いときに両親をアイルランド軍に殺され、イギリス王マークによって育てられて彼の片腕として活躍している。一方、イゾルデはアイルランド王の娘。アイルランド軍との戦いで、毒を塗られた剣によって倒れたトリスタンは死んだものと思われ、葬送船に乗せられる。瀕死の彼を乗せた葬送船がアイルランドに流れ着く。身分を偽ったイゾルデの薬草の知識と懸命の看護で、トリスタンは命をとりとめる。愛し合うようになる二人だが、イギリスにイゾルデを連れて帰ろうとするトリスタンに対し、イゾルデは一緒になれない運命と言い残る。アイルランド王はイギリスの領主たちに剣術の試合を持ちかけ、勝った者に領地と娘を差し出すという。マーク王の代理で参加したトリスタンが優勝し歓喜するイゾルデだったが、それはマーク王に彼女が嫁ぐという意味であった。いうまでもなく、マーク王はトリスタンの命の恩人であり、父親代わりである。禁じられた恋に苦しむ二人。そして、娘を差し出すことそのものが、アイルランド王の大いなる陰謀なのであった...。

「スパイダーマン」でのハリー・オズボーン役など、いつも陰のある役を演じているジェイムズ・フランコ。ここでも、尊敬するマーク王の妻となったイゾルデへの禁断の想いで苦悩している。いつも眉間に皺を寄せている表情で、ちょっと演技は一本調子なところもあるが、時折見せる、捨てられた子犬のような目が母性本能をくすぐる。加えて、細身ながら肉体が鍛えられていて、派手さはないものの隠花植物のような美しさがある。イゾルデのフォフィア・マイルズはすごい美人ってわけではないけれども、ブルーの澄んだ瞳に金髪、ふっくらとした肉体が古典的で、役柄にはとても合っていて好感が持てる。

が、この映画はなんといってもマーク王のルーファス・シーウェルでしょう。イゾルデの結婚相手が、最初に登場した婚約者のように嫌な奴だったら、きっとこんなに語りつくされるような物語にはならなかっただろう。マーク王は高潔で寛容で、血のつながりがある甥のメロートより、亡き友人の息子であるトリスタンを買って副官に据えるほど、彼のことを信頼し愛している。もちろん、イゾルデのことも深く愛している。そんな立派な人物に見える役者が演じなければ、意味がない。そしてルーファス・シーウェルは見事にその期待にこたえているのである。人民に愛され、カリスマ性があり、しかも目力のあるハンサム。だが幼いトリスタンを助けるために片手を失っており、そのことに引け目を感じている。堂々とした演技である。私はSF映画「ダーク・シティ」の超能力者や、「マーサ・ミーツ・ボーイズ」のちゃらんぽらんな男を演じていた彼が結構好きだったのだけど、それがこんな立派な人を重厚に演じるとは、嬉しい驚きである。

トリスタンとイゾルデの恋愛は、アイルランドではとても純粋だったのが、イギリスでは不倫の関係となってしまう。だが、イゾルデの情熱は炎のように燃え盛っている。あんなに王に優しくされながらも、トリスタンを激しく求めている。もともと、瀕死の彼を救うために、全裸になって冷え切った彼の体を温めたほどの女性である。マーク王への忠義から、イゾルデとの恋を封印し必死に忘れようとしてるトリスタンへも、積極的に近寄って、再び情熱に火が付いてしまうのだ。あんなにところかまわずやりまくっていればばれちゃうって・・・。オリジナルの”純愛”のイゾルデよりはずいぶんと現代的で、ストレートな描写だこと。嫁いで来たイゾルデがトリスタンに「初夜がつらいわ」と悲しそうに語ってその後でマーク王に抱かれた後は、もう肉欲一直線で恋の苦しさは全然感じさせられない。優しい夫を裏切っていることに一片の罪悪感もないようだ。一方、トリスタンのほうは、一人で激しく苦悩して、ずっと眉間に皺を寄せた暗い表情をしているのである。後ろめたさがあるからこそ、激しく燃えるわけなんであるが。

それなのに、イゾルデに「君を幸せにしたいから、そうするためには私は何をすればいいのだろうか」と言い、「私は良い夫か」とトリスタンに相談してしまうマーク王。いい人過ぎる。というか、見ている側としては若い二人よりも彼に感情移入してしまうのだった。ってゆうか、イゾルデはちょっとおバカさんでは?あんなに真摯に愛してくれる王よりも、うじうじと悩んでいるトリスタンを取るなんて。しかも、それが、イギリスという国の危機にまで結びついてしまうのだ。思わず「トロイ」の姫と、オーランド・ブルームが演じた超ヘタレなパリスバカ王子を思い出してしまうのであった。

アイルランドと通じていた裏切り者の領主に二人の密会場面がばれ、イギリスの同盟は危機に陥る。そしてもちろん二人の関係がマーク王に知られることになる。息子同然に可愛がっていたトリスタンに裏切られたわけである。そこで見せたマーク王の驚くべき寛容さ。もはや、二人のバカップルの恋愛より、彼の方に肩入れしてしまうのであった。悲しいラストシーンの後でも、二人よりも王様の今後の方を思いやってしまった。史実によれば、マーク王はその後は生涯妻を持たなかったそうだ。

あとは、予算の制約ゆえ大規模な戦闘シーンはないものの、肉体と肉体の荒々しいぶつかり合いを感じさせる戦いの場面には迫力があった。「グラディエーター」「ラスト サムライ」「ブレイブハート」 のアクション振付スタッフがこのあたりを構成したということで、なるほどな、と思った。

若い二人の恋愛の悲劇を期待するとちょっと違う部分もあるかもしれないけど、別の意味で大変見ごたえがあって楽しめた作品。

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2006/11/04

「父親たちの星条旗」Flags of our Fathers

圧倒されるような思いで観た。一片の救いもないような映画である。生還し英雄に仕立て上げられたことで運命を狂わされる3人の若者。硫黄の臭い漂う戦場での、容赦のない残酷な戦い。何度も何度も繰り返される、目を背けたくなるような死、死、そして死。

観客にとって優しい映画でないことは間違いない。主役3人以外の登場人物が多く、名前と顔を一致させることに一苦労。バリー・ペッパー、ポール・ウォーカー、ジェイミー・ベルといったいい役者の、顔がはっきりとわかるようなカットが少ない。だけど、映画を見進めた上で彼らが辿ったあまりにも残酷な運命を知るにつれて、きりきりと胸が痛む。

衛生兵ドクの視点で語られているところが(原作者が彼の息子であったということもあるけど)すごくよく生かされている。なぜならば、一番多くの死を目撃する立場であるからだ。

この作品のすごさを、うまく表現するのは本当に難しい。人間関係を把握した上でもう一度見れば、きっともっと打ちのめされることであろう。

イーストウッドの伝えたかったことの一部しか私には伝わっていないかもしれない。だけど、私に伝わってきた一部だけでも、圧倒的なエモーションとして迫ってくる。

中でも、アダム・ビーチ演じるネイティブ・アメリカン(インディアン)のアイラの苦悩する姿には、胸がつぶれるような思いをさせられた。ヒーローとして祀り上げられる一方で、変わらぬ差別を受け続け、そして何度も何度も戦闘や仲間たちの死が悪夢のようにフラッシュバックする...こんなことに耐えられる人はそうはいないだろう。ヒーローにはふさわしくない、あまりの悲惨な末路。

仲間を一人も後には置いては行かない、という綺麗事は、最初の10分で覆され、その真実はずっと一貫として続いていく。戦争で傷ついた3人が、戦意を高揚し、戦争債を売り出すための偶像として利用されるという残酷さ。

国家という巨大な権力にねじ伏せられ、自分の力ではどうしようもなくなってしまった運命に翻弄され、もがき苦しんでいく個人。戦争で死んでいった、そして生還しても苦しめられた、多くの無名の戦士たち。彼らを冷静な視点で描きながらも、同時に温かく見守っているイーストウッドの優しさも感じることができる。

死んだ人も、生き残った人も、ズタズタにされていく戦争というもの、そして国家というものについて、今一度思いをめぐらす。

この映画を的確に表現する言葉はそう簡単にはみつからない。

佐藤睦雄さんのレビュー、人物紹介が素晴らしいので、ぜひ目を通してください。

あと瓶詰めの映画地獄 ~俄仕込みの南無阿弥陀佛~さんのレビューも。

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2006/10/24

「スネーク・フライト」

かねてから、バカ映画ぶりが大評判となっていた「スネーク・フライト」みてきました。こんなバカな映画が初登場一位になるアメリカって捨てたもんじゃない。

話は実に単純で、ハワイで殺人を目撃したサーファー少年が、組織に追われ、FBIの捜査官サミュエル・L・ジャクソンに護衛されて証言を行うためにLA行きの飛行機に乗るのだけど、この飛行機では、サーファー少年を暗殺するために1万匹の毒ヘビが積み込まれており、時限爆弾よろしくフェロモンで凶暴化したヘビが乗客を襲ったり電気系統を破壊したりして大パニック!

大体、目撃者一人暗殺のためにヘビ1万匹用意ってどうよ。

サミュエル・L・ジャクソンが超~かっこいい。職業意識の塊、プロの中のプロ。仕事師のようにヘビをやっつける手腕の確かさもいかしている。ハードボイルドだ。が、クライマックスではそんな彼もブチ切れてとんでもない行動に!ひえ~この事態でこんな行動に出るのはあなたしかおりませぬ。

しかしジェダイマスターまで演じて押しも押されぬスターなのにどうしてこんな超B級映画に?その心意気やよし。

空調のスイッチを入れるために貨物室を這い回るサミュエルも、なんだかヘビっぽくて素敵。

ヘビが乗客を襲うシチュエーションはお約束どおりだけどすごくおかしくて場内もかなり笑っていた。エッチしようとトイレにしけこんだカップルのおっぱいにガブリ!小用を足そうとした男性の大事なところをパクリ!ついには大蛇が現れて乗客を頭から丸呑み!
実はもう少しバカをやってくれるかと思ったけど、案外まっとうなパニック映画になっていた。でもパニックの組み立て方はものすごくうまい。手を変え品を変え危機が訪れ、息を付く暇もない。 

客室乗務員の皆様がすごくプロ意識を持っていて、危険を顧みず乗客を助けようとしていたことにちょっと感動。あと超高飛車なラッパーとか、美人なんだけどお犬様の扱いが困ったお姉さんとか、子供だけで乗り込んだ兄弟など、乗客もそれぞれ個性豊かで、それぞれの人物が丁寧に描かれている。ヘビマニアの博士もすごくおかしい。クライマックスはとんでもないオチになっているし。基本的にはお約束に沿った展開なのに、そのお約束をうまく利用してさらに笑いを誘う手腕は確かだ。この監督は、「マトリックス・リローデット」の助監督であり、さらに、小品ながらもとても面白かった「セルラー」を監督した人だけど、なるほどな、と思った。

最初に出てきたエディ・キムって韓国人のすごく悪いやつとか、飛行機の乗客の東洋人キックボクサーとか、活躍を期待していたのに案外出番がなかったのがちょっと残念。

結構人もたくさん死んでいたりするのに、終わり方がめっちゃさわやかかつ能天気なのがバカ映画らしくていいわ。

「ユナイテッド93」と併せて観ると更に味わいが増すと思う。

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2006/10/22

「ブラック・ダリア」

大好きなエルロイの原作を、デ・パルマが映画化するというので何をおいても見に行かなくちゃいかん、と劇場へ。微妙な評価はあちこちで聞いていたんだけど。。。


なんだか原作の設定だけ借りたデ・パルマ映画(というジャンル映画)になっていた。原作は恐ろしく男臭い話になっているのだけど、この映画では、死体を切り裂かれ損壊された美女ブラック・ダリアに囚われ、狂気に陥る男たちの心理を描こうとは微塵も思っていなくて、デ・パルマスタイルで撮影することと、エロいレズビアンを描くことに注力している。

"ブラック・ダリア”ことエリザベス・ショートの生前の様子を、原作よりもずっと重点的に描いている。また、このエリザベス役のミア・カーシュナーが恐ろしく魅力的で、まさしくブラック・ダリアそのもの。黒髪に大きなグレーの瞳。これだけの頽廃的な美しさがスクリーンの向こうに漂ってきたら、リーでもバッキーでも取り憑かれるわな。しかも、彼女が出演した怪しげなレズビアン・フィルムが、やたら良くできているわけで。モノクロームの画面に映える、エリザベスの灰色の瞳の訴えかけるもの、あの不安定な美に取り憑かれるのは良くわかる。彼女の魅力を前にしては、ヒラリー・スワンクもスカーレット・ヨハンセンも形無しである。

「エリザベスはレズビアンだったのかも」という女優の卵の証言で(またこの彼女の衣装が妙に派手派手なオリエンタル風味なのがすごく妖しくて素敵)、レズビアン・バーでバッキーは調査活動をするのだけど、このレズビアン・バーの描写がすごく気合が入っていていやらしくて良い。k.d.ラングそっくりの、ちょっと年増の歌手もすごくいい(と思ったら、k.d.ラング本人だったらしい!)。

多分デ・パルマが描きたかったのは、美しいレズビアン女性なのであって、後は彼独特の映像のお遊びだけできれば満足したのでは、と。だから、この映画はあの怪作「ファム・ファタール」をちょっと連想させる。

ブラック・ダリアの惨殺死体が発見されるまでの、ビルをまたぐようなカメラワークや、追われる女性を描いたカメラが長廻しでライス国務長官に似た黒人美女と男性が銃撃戦に巻き込まれるまでのカットなどはいかにもデ・パルマ的で楽しい。キャメラワークはさすがに魔術的といってもいいくらいでいつもながら素晴らしい。

キャストに関して言えば。。。うーんいい役者をそろえてはいるんだが。アーロン・エッカートはうまい人だけど、脚本に難があるのか、清潔感がありすぎてリーのダークサイドが表現されていない。ジョシュ・ハートネットもお坊ちゃん過ぎるし、ぜんぜん狂っている様子が伺えない。(裸のお尻のカットがあったのはデ・パルマの趣味?) ヒラリー・スワンクは思ったより美人に撮れていたし、ビッチな演技も当然すごく達者なのだけど、ブラック・ダリアには全然似ていないのと、少しこの役には年をとりすぎている。スカーレット・ヨハンソンはきれいだし胸は大きいし、40年代の女優風には見えるのだけど、幼児体型なのがわかっちゃうのがな~。それにいかんせん脚本が。。。何のためにいるのか良くわからないような存在感のないキャラクター。ヒラリー・スワンク演じるマデリンの母親役フィオナ・ショーの狂った演技はすごく良かった。 この狂気がどこにも伝播していかないから物足りないのだろう。

話の展開にしても、説明的なせりふが多すぎて、原作を読んでいても変えられた設定が多く混乱するし、特に後半は端折りすぎていったい何が起きているのか全然わけがわからない。終わり方もすごく唐突だし、あれでいいのか、と思う。原作のあのやるせなさが全然伝わってこないし。途中までは割といい感じだったのに、主要なキャラクターの一人が消えてからは、どんどん演出も悪くなっている。

ただ、ディテールの一つ一つはとても凝っていて、視覚的にはとても楽しい。ストーリーが、とかキャラクターとか考えないで画面に酔うには良いのではないだろうか。まあ、デ・パルマですから。

デヴィッド・フィンチャーが予定していたモノクロ3時間半ヴァージョンというのが観てみたい。

うるるさんの感想はこちらです。
Elieさんの感想はこちらです。

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2006/10/02

「弓」キム・ギドク監督作品

今ちょうどバレエがオフシーズンのため、すっかり映画ブログになっています。バレエファンの皆さんスミマセン。


キム・ギドクといえば私にとっては特別な映画監督である。以前彼の「悪い男」の宣伝も担当したことだし。いろいろあって映画の仕事から離れたけれども、思い入れが強すぎるゆえ、しばらく、彼の映画を観ることもできなかった。ようやく、やっと観てもいいかな、と思って映画館へ。しかも、実は2週間前に観に行こうと思ったのに、劇場で入場券を買おうとしたら財布を忘れたことに気がついたのだ!なんという間抜けぶり。

この映画「弓」は、キム・ギドク映画を観てきた人なら、今までの彼の映画の中で多用してきたモチーフがまたもや登場し、キム・ギドク印映画だと思うことだろう。海に浮かぶ船の上で暮らす老人と少女。二人は世界とほとんど隔絶した生活を送っている。二人とも口が利けないわけではないようだが、せりふは一言も言わない。「魚と寝る女」の設定に非常に似ているし、「春夏秋冬そして春」も、湖に浮かぶ寺が舞台であった。

同じようなモチーフが使われているのに、ここでも、キム・ギドクにしかない奔放な想像力が炸裂している。

タイトルにもなっている”弓”の象徴性。
弓は老人が、外の世界からやってきて少女にたかる釣り客たちを追い払うための、武器となっている。が、同時に、この弓を使って老人は天上の音楽のような美しい音色を奏で、少女はその音色で眠りにつく。外の世界と少女を隔て、同時に守るために、弓は存在しており、弓は、この老人そのものである。

「弓占い」というモチーフが斬新で鮮烈だ。
船の横に吊るしてあるブランコに少女が乗り、老人はブランコの奥、船に描いてある観音像をめがけて矢を射る。一歩間違えたら少女の命を奪いかねない危険な行為であるが、老人と少女は信頼関係で結ばれており、少女はいつも微笑を浮かべて老人を見つめる。老人が放った矢がどこに刺さるかを見て、少女が運命を占うのだ。ゆらゆら揺れるブランコに乗った少女。彼女をかすめて突き刺さる矢。死とすれすれの状況ですら、二人の関係の濃密さと信頼を象徴させる美しいものとなっている。

だから、弓は決して少女には当たらない。

少女を演じたハン・ヨルムが、なんともエロティックで魅力的だ。「サマリア」では、天使のような援助交際女学生を演じていた女優である。「サマリア」では事故死してしまうのだが、本物の天使になってしまったと思わせてくれた清楚な少女だった。ここでは、上目遣いの強い目の力とめくれ上がってぽってりと色っぽい唇が、クラクラするほど魅惑的なのである。弓を構えた時の凛々しい目つきも信じがたいほど美しい。ほっそりとした素足にかすかに浮かぶ青あざまでもが魅惑的だ。

老人と少女が暮らしているこの船は釣り船の機能を果たしており、世界との接触は、時々やってくる釣り客のみである。「魚と寝る女」にも釣り客が登場していた。釣り客たちは、俗世間の象徴である。

少女は6歳の時からこの老人に育てられ、10年が経ったらしい。毎晩たらいで少女の体を丁寧に洗うなど、老人は少女を大事に育てているが、それは決して無償の愛からではなく、少女に欲望を抱いているのは明らかである。少女が釣り客にちょっかいを出される時には、老人は怒りから弓矢を放つ。

今までは、子供ということで二人の間に何もなかったが、少女が17歳の誕生日を迎えた日に、老人と少女は結婚することになっている。カレンダーに結婚の日を記し、その日に向けて毎日カレンダーにバッテンをつける老人の嬉しそうなこと。結婚式の準備のために、衣装や支度を少しずつそろえて、その日を心待ちにしている。少女が眠りにつく前には、二段ベッドの上の段から彼女の手を握り締める。

一方、少女の方は、無邪気でありながら時に恐ろしいほどの挑発的な表情を向ける。何も話さない少女が、釣り客たちに誘惑的な目線を向けると、彼らは彼女の危うい魅力の虜となり、老人の弓矢の登場となるわけである。

そんな毎日が過ぎていく中、二人の生活に変化が訪れる。釣り客の中の一人の青年に、少女が恋をするのである。この映画は、途中までいつの時代の物語なのかわからないのだが、途中で釣り客がデジカメで写真を撮るので現代だとわかる。少女が恋する青年は、ピアスをしていて、いかにも今風の若者だ。彼が、少女と老人の二人だけの世界から、もっと広い世界へと橋渡しをしようとする役割を果たしている。最初にやってきたときに、自分の使っていたヘッドホンとミュージックプレイヤーを彼女にプレゼントする。それが、彼女に訪れた文明開化なのであった。だが、青年のベッドにもぐりこもうとした少女を見た老人は怒ってそのプレイヤーを壊してしまい、少女の老人に対する態度も、その日を境に変わってしまう。

プレイヤーのついていないヘッドホンをつけ、大事に仕舞われていた鮮やかな花嫁衣裳をまとい、少女は青年が去っていった海を見つける。プレイヤーのついていないヘッドホンからは、音楽がとめどなく流れている。

青年は、少女が実は6歳の時に誘拐されて、この船に連れて行かれたことを知り、そして両親が彼女を探していることを突き止める。結婚式を目前にした老人は、彼女を手放すことを最初は拒むが、青年が弓占いをしてくれと頼む。初めて、少女を前にした老人の腕が震え、狙いが狂いそうになる。そして少女と青年は老人を残し、船を去り地上を目指すのだが…。


小船の上での結婚式。鮮やかな花嫁衣裳の、めくるめく色彩美には幻惑される。結婚式が愛の成就の儀式であることを思い出させる。
老人は少女が幼いときに誘拐し、10年間、一度も地上を踏ませず、学校にも行かせず、いわば洋上に監禁した状態だったと言える。犯罪行為以外の何ものでもない。その上、彼女が17歳になったら結婚して男と女になろうとしていたのだ。孫といってもいいほどの若い娘と。しかも、その日が待ち切れず、途中でカレンダーを勝手に進め、しまいには破り捨てて結婚式を強行するのだ。
なのに、どうして、それが間違ったことには見えないのだろうか。
少女が、結局、ゆがんでいるかもしれない老人の愛を受け入れているからであり、世間とは隔絶した二人だけのサンクチュアリで、心が通い合っていたからだろうか。
(もちろん、ここで、売春宿に愛する女を送り込んだ「悪い男」の主人公ハンギのことを考えずにはいられない)

物語の結末はここでは言わない。しかし、あまりにも鮮烈なラストには驚愕するとともに、このような終わり方はキム・ギドクの映画にしかありえないと感じさせられた。そう、やはり弓と矢は老人の、少女へと向ける最悪で最高の愛の象徴だったのだ。彼の思いが生も死をも超えて、まるで奇跡のように少女に伝えられ、新しい人生が始まる。

奔放な想像力が生み出した至福の虚構の世界に酔いしれる、それが映画の醍醐味だとしたら、これ以上の作品はなかなか無いと言い切れる。やはり映画界にはキム・ギドクは必要だ。引退するなんていわないでほしい。

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2006/09/30

「ゆれる」

「ゆれる」西川美和監督:脚本 香川照之 オダギリジョー 真木よう子 伊武雅刀 蟹江敬三 新井浩文 木村祐一 天光真弓 

吊り橋から転落した智恵子の死は事故だったのか、それとも、兄、稔に突き落とされたのか?弟、猛は現場の近くにいたけれども、彼女が転落した瞬間は見落としていたのか、それとも...。

とてもよくできた映画であり、見ている間ずっと緊張感が持続する。若い女性が脚本を書き撮ったとは思えないほど、人間の暗い側面と心理が描かれているし演出も達者だ。何よりも、出ている役者が全員素晴らしい。いい映画だと思うし、絶賛評が出てくるのは当然だ。

ただし、ちょっとだけ苦言を言いたいと思う。ストーリーテリングを進める上で、せりふにあまりにも依存しすぎるのが気になった。智恵子が田舎の鬱屈した生活に息が詰まりそう、もう未来はないと語ったり、稔が刑期を終えようとしているのに父が年を取って迎えにも行けないと、バイトの男性(新井浩文)が言ったり、せりふが少し説明的過ぎるのだ。せりふに依存しないで世界を作ることができる力量がある監督=脚本家だと思うので少々もったいない。真木よう子もそのあたりがせりふがなくとも演じられる女優だと思うし。また、この映画は、主要な登場人物だけで世界が閉じている気がする。人の噂があっという間に広まりそうな田舎町で居心地が悪いというところが描かれていないし、事件が起きてからは、殺人容疑者の家族ということでもっといろいろとありそうな感じがするのだが、その辺はまったく省略されている。意図的にそれはなされているとは思うのだけど、それにしても、すごく閉じた世界での出来事で、社会とのつながりがほとんどないという感じがした。

でも、それは、全体から見れば些細な瑕と思われる。

前述の通り出演者の演技はみな素晴らしい。特に名演技を見せてくれたのは、兄である稔を演じた香川照之。よくできた兄という役柄を引き受け、頑固で偏屈な父と一緒に田舎のガソリンスタンドを切り回し、誠実で働き者で、異性に対しては不器用である。東京で売れっ子のカメラマンとして華やかな暮らしをしている弟、猛とは光と影のような対照的、だけど実は表裏一体をなしている人間だ。優しくまじめで頼れる兄貴、という表の顔の裏に存在するダークサイドも感じさせてくれる。吊橋の上で智恵子に歩み寄っていく時、智恵子は「やめてよ近づかないで」って叫ぶ。なんとなく、女には好かれないようなちょっと不気味な面を覗かせているのだ。接客をしている時の笑顔も、弟に向ける笑顔も、なんだか張り付いたような卑屈な笑顔で、心から笑っていないように感じられる。唯一、本当に心から笑っているのは、ラストシーンのところだけ。ぞくぞくするような見事な演技。

母の葬式で実家に帰ってきた猛は、帰りに幼馴染で、ガソリンスタンドで働いている智恵子を車で送り、ついでに抱いてしまう。稔が彼女に好意を持っているということが、彼の欲望に拍車をかけた。遅い時間に家に戻ってきた猛は、彼女と飲んでいたということにして誤魔化すのだが、実の顔は、明らかに二人の間にあった出来事を見抜いていながらも、それを取り繕うかのようなうそくさい笑顔なのだ。

猛役のオダギリジョーは、これ以上はないってほどのはまり役。カッコよくて垢抜けていて、ちょっと刹那的でいかにも都会の匂いをさせているセクシーな男。だけど、面倒なところは全部兄が引き受けたということで彼に引け目を感じているし、人間のよくできた兄を尊敬している。逆に、兄が面倒なことを全部引き受けるという役割を果たしていることで、兄は弟に対して絶対的な優位、支配関係に立っているともいえて、それが、この二人に緊張関係をもたらしている。そのあたり、香川照之もオダギリジョーも表現するのがうまい。

智恵子を演じた真木ようこは、本来この役には美人過ぎるくらいとてもきれいな人なのだけど、田舎でくすぶって婚期を逃しつつある(年齢的には全然若そうなのだが、田舎の傾向として)焦燥感と垢抜けない部分を感じさせていた。猛が「おれ、部屋に上げてもらおうかなー」って言った時の反応も絶妙だったし、よかったと思う。

主役3人以外にも、兄弟の父を演じた伊武雅刀、兄弟のおじであり弁護士の蟹江敬三、ガソリンスタンドの店員役の新井浩文、智恵子の母天光真弓とよい役者が揃っている。。


智恵子のアパートで、猛が彼女を抱くまでのカット割りや演出が実に達者だ。まな板の上での切りっ放しのトマト、ベッドの横に並べられた猛の写真集、これらが、人物以上に多くのことを物語っている。

だが、根本的に、この映画は稔と猛の話である。智恵子をはさんだ三角関係になると思いきや、途中で智恵子は死んでしまい、実際のところ、この映画の中での彼女の役割は触媒でしかなくて、核ではないのだ。智恵子をめぐる物語はとてもあっさりとしている。当然、智恵子の死に二人はショックは受ける。けれども、そんなことよりももっと大きな問題があると二人は感じ、それは、兄弟としてどのように接し、何をすべきかということ。

智恵子が転落した瞬間を、猛が目撃したのか、していなかったのかは明らかにされていない。しかし稔は彼女を突き落としてしまったと認めてしまい、彼は逮捕され、裁判が始まる。最初猛は兄を無罪に導こうと、有利な証言をするが、稔には、無罪になろうという意思が存在しないように見受けられた。裁判で、そして兄と弟の面会で、二人がお互いに対して思っている気持ちが残酷なまでに赤裸々にぶつけられ、猛は稔に不利な証言をして、稔は有罪となる。

それにしても、あまりにも心をえぐるような言葉の数々。赤裸々なやり取り。判事は、解剖された智恵子の遺体からは精液が検出されたといい、稔は、自分が女性にもてるほうではなかったと悲しそうに告白する。

面会室での猛と稔の応酬の激しいこと。これだけの激しい感情のぶつけ合いができるということは、それだけ、二人の間の兄弟愛や絆が存在していたから。多くの愛を求め、それがかなえられないと、それは失望となって、相手を裏切る行為へとエスカレートしていく。この兄弟は、普通の兄弟よりも強い愛情で結ばれており、その前提が崩されようとした結果、弟の気持ちはぐらぐら揺れて、弟の証言で兄が投獄されることになったわけである。その激しさには、兄弟愛をも超越した特別な感情の存在すら感じられてしまう。


猛は出所した兄を迎えに行くが、刑務所に着いたときには彼はもういなかった。家とは違う方向へと歩いていく稔をようやく見つけて、道の反対側で走りながら「お兄ちゃん、一緒に帰ろう」と叫ぶ猛、その声が聞こえない稔。バス停のところで、バスが到着する一瞬前に猛に気がついたのか、笑顔を見せた稔。どんな意味の笑顔だったのか、猛に気がついていたのか、彼は果たしてバスに乗ったのか、実際のところ智恵子はどうやって死んだのか。何一つ明らかにされていない。だけど、明らかにされなくていいのだ。稔と猛の心の揺らぎは刻み付けられているのだから。

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2006/09/24

「マッチポイント」ウディ・アレン監督作品

ウディ・アレンはニューヨークの人だったのに、ついにそこを脱出して今はイギリス在住だという。制作はBBCだし、舞台もイギリスの上流階級のお話。 恋愛映画かな、と思わせて途中からはサスペンスで、最後はコメディ?

さすが階級社会のイギリスだけあって、セレブの生活ってすごい。運転手の送迎は当たり前で、郊外の広大な別荘ではポロ用に馬を飼っていたり、ロイヤルオペラに寄付していつでもオペラがボックス席で観られるし、お嬢様の趣味でギャラリーまで始めたり、できないことはないんじゃないかと思ってしまう。

アイルランドの貧しい家出身のテニスプレイヤー、クリスが、プロを引退してテニスコーチになる。生徒の中に上流階級の青年トム・ヒューイット(これって、ダイアナ妃の愛人と同じ名前じゃないかしら)がいて、オペラの話をしたことから気に入られる。彼の家はロイヤルオペラハウスに多額の寄付をしているため、オペラに招待されたところ、彼の妹クロエがクリスに一目ぼれ。やがて家族ぐるみの付き合いをするようになって、クロエとクリスは婚約。だが、クリスは、悪魔的な魅力を持つトムの婚約者、ノラの虜になる。

やがてクリスとクロエは結婚し、クリスはクロエの父の会社に就職して目をかけられる。豪華な新居に暮らし何一つ不自由ない生活だけどなかなか赤ちゃんができない。一方トムは、女優の卵でアメリカ人であるノラを、彼の母親が気に入らなかったために別れ、別の女性と結婚する。偶然美術館でノラに再会したクリスはノラとの不倫におぼれる。不妊治療に通ってもクロエとの間に子供はできないのに、ノラはクリスとの子を身ごもってしまう。そして妻と別れることを迫られたクリスは...。

(ネタばれでいきます)

若くて貧しくて野心にあふれた青年が、邪魔になる相手を殺してしまうという物語は、今までに語りつくされてきた。「死の接吻」しかり「太陽がいっぱい」しかり。一歩間違えると、火曜サスペンス劇場になってしまう。しかし、単にそこで終わらない、ひねったところがウディ・アレンらしい。

物語自体がテニスの試合になぞらえている。クリスの語りで始まる説明は、ネットの上端にボールが当たったとき、それが向こう側かこっち側かどちらに落ちるかで勝敗が分かれるという話。最後は、運がいいか悪いかで決まるのだ。絶体絶命のピンチになっても、最後まで勝負は諦めてはならないということでもあるし、人生も最後までどうなるかわからないという意味もある。

ジョナサン・リース・マイヤーズは美貌の持ち主なんだけど、どこかひねくれた感じと影があって、いかにも貧しい家出身の青年という感じ。でも、頑なに奢られることを嫌がったり、おいしい提案があっても一度は遠慮してみせるなど、プライドはしっかり持っている。だからこそ、上流階級のヒューイット家に気に入られたのではないかと思われる。一方、同じ貧しい家出身のノラは、トムの母親にあからさまに嫌われている。アメリカ人で女優志望で、セクシーすぎるから。しかしこの二人は、お互いに同質のものを嗅ぎ取って惹かれあってしまうってわけだ。 スカーレット・ヨハンセンはエロいです。この人、実はそんなに美人じゃないし背が低くてスタイルも良くないのに、なんでこんなにめちゃくちゃいい女に見えてしまうんでしょうかね。ぽってりした唇とか、視線の使い方かな。それがフェロモンってことなんだろうか。

ウディ・アレンはアメリカ人なのだけど、イギリスの上流階級のゆるぎなさというものに対しては、かなり好感を持っているように思える。クロエはいかにもお嬢様でおっとりとしていて、性格が良い娘で、クリスの不貞についてもあまり気がつかない。彼女の兄のトムにしても、親に対する些細な反抗でノラと付き合うものの、結局母親に逆らえずに別の女性と結婚する。彼らの父親も、普通だったら財産目当てでうちの娘に近づいた、とクリスを警戒するだろうに、彼を気に入ってとても大事にするし株で損を出したと聞いたら補填しようとする。芸術に対しても、パトロンとして気前よくお金を提供してきた。本物のお金持ちというのは、お金があるだけじゃなくて、品格があるということを体現しているヒューイット一家である。

一方、ノラについては、誰が見てもクラクラするようないい女という感じの色っぽい美女なのだが、ひとたびクリスがクロエと別れてくれないとなると、電話をかけまくったり会社にまで押しかけていったりと、せっかくのクールなファム・ファタル振りが台無しになってしまう。そのノラの態度に振り回され、精神的にも追い詰められて余裕をなくしてしまうクリス。クロエがずっと子供を欲しがっていて不妊治療にも連れて行かされていることについても、うんざりしているし、馬脚を現したって感じの小物ぶりだ。そのへん、ジョナサン・リース・マイヤーズは実に演技がうまい。 美男美女の恋の駆け引きを期待した観客に、ウディ・アレンが舌を出しておちょくっているのがわかって小気味良い。

ノラと隣家の老女が猟銃で殺されたってことで、捜査に当たる刑事二人組のとぼけっぷりが面白い。こいつらが出てきた時点で、シリアスな終わり方にはならないってわかってしまうけどね。そして、オチは、冒頭のテニスボールがネットに当たるシーンと見事な対を成すものであった。

でも、結局、人生は終わりになるまでどう転ぶかわからないっていう話。今回はたまたまついていたけれど、それがクリスにとって幸運だったのか不幸だったのかは、なんともいえないってわけだ。

ロイヤルオペラハウスに家族で出かけたりするシーンが多いこともあって(「椿姫」は舞台もちょっとだけ登場する)、全編にオペラのアリアが効果的に使われている。特に老女とノラをクリスが殺害するくだりの使われ方はドラマティックかつちょっと皮肉でよかった。

監督:ウディ・アレン
出演:ジョナサン・リス・マイヤーズ 、スカーレット・ヨハンソン 、エミリー・モーティマー 、マシュー・グード 、ブライアン・コックス

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2006/09/23

映画「Ballets Russes」/「バレエ・リュス 踊る歓び、生きる歓び」

アメリカで劇場公開される前からずっと見たいと思っていたこの映画を、念願かなってようやく観ることができた。そして、予想以上の素晴らしい出来に、涙してしまうほどであった。すべてのバレエ好きに観てほしい、傑作ドキュメンタリー。

2000年に、元バレエ・リュス・ド・モンテカルロのダンサーたちがおよそ40年ぶりに同窓会を開いたところから、この映画は始まる。80歳から90歳にもなった元ダンサーたちへのインタビューと、当時の映像を元に構成。舞台映像も、今はほとんど踊られることのないマシーン振付作品が多く登場して興味深い。

1929年にディアギレフが没し、バレエ・リュスを再興すべく、1931年にバレエ・リュス・ド・モンテカルロが生まれた。バレエ・マスターのジョージ・バランシンのアイディアで、3人のベイビー・バレリーナを中心にしたカンパニーである。元コサックのド・バジル大佐と、ユダヤ人で、アウシュヴィッツへ向かう列車の中で亡くなってしまう劇場主のブリュムが率いた。このドキュメンタリーのインタビューにも登場するイリーナ・バロノワは、当時なんと13歳、タチアナ・リャーブンチンスカは15歳だったけれども(すでに亡くなっていたタマラ・トゥマノワも13歳)、テクニック的にはすでに完璧だったという。バランシンは、元妻のアレクサンドラ・ダニロワに、27歳はもう年寄りだから役はないと言い放ったという。バランシンはすぐに首になり、1939年にバレエ団は分裂し、二つのカンパニーが生まれた。片方はレオニード・マシーンが率いるバレエ・リュス・ド・モンテカルロで、もうひとつはド・バジルのオリジナル・バレエ・リュスである。

銀行家であり興行師のデンハムはマシーンのバレエ・リュスを呼んでアメリカツアーを行い、バジル大佐のバレエ・リュスはオーストラリアをツアーする。二つのカンパニーがヨーロッパに戻ったところで、第二次世界大戦となり、二つのカンパニーは一緒にアメリカに逃れ、両方ともダンハムが興行を仕切って別々にツアーを行う。年間100公演以上の苛酷なツアーで、休む暇もなくダンサーたちは全米を旅し、ベイビーバレリーナたちのステージママたちもツアーに同行した。バジル大佐とデンハムが喧嘩別れし、米国で興行が出来なくなったオリジナル・バレエ・リュスは南米ツアーで成功を収めるが、あまりにも苛酷なツアーで疲弊し切ったカンパニーはボロボロとなり、バジル大佐は破産し、ついにこちらの命運は尽きる。一方、レオニード・マシーンのバレエ・リュス・ド・モンテカルロは、アリシア・マルコワとアレクサンドラ・ダニロワの2大看板で華やかな成功を収め、ダンサーたちはハリウッド映画に出演するなどして、大スターとなる。が、その儲けをマシーンが蕩尽する一方、彼の振付作品はことごとく失敗し、やむなくマシーンはバレエシアター(現在のABT)に作品を提供するようになって解雇される。その後バランシンを振付家として招いて成功を収めるも、バランシンも自分のカンパニーを持つようになって去っていく。芸術監督が空席のまま、デンハムがディアギレフよろしく芸術面も仕切ろうとするが、新しい作品を生み出すことはなく、カンパニーは今までのレパートリーを繰り返して飽きられる。さらに、デンハムがニーナ・ノヴァクという若いダンサーに入れあげて実力不足の彼女をマルコワの代役に据えるなどやりたい放題をした挙句、ダンサーたちはみなバレエ・シアターやNYCBへと去ってしまい、ついに1960年代にカンパニーは消滅する。

印象的なエピソードとしては、1950年代のアメリカ初の黒人バレリーナ、レイヴン・ウィルキンソンの話がある。肌の色を理由に何回かオーディションに落とされたが、実力を認められて入団する。しかし南部をツアーした時にKKKが舞台に押しかけて脅し、結局バレエ・リュスを去らざるを得なくなり、それどころが米国のカンパニーでは踊れなくなってオランダ国立バレエに移籍したという。その後はメトロポリタン・オペラで活躍しているとのこと。

インタビューされるダンサーたちは、先に書いたように、すでに80歳から90歳以上にもなっているというのに、みなとても若々しく、多くは今でも舞台に立っていたり、バレエ教師を務めたりしている。元バレリーナだけあって、みんな今でもとても華やかで美しい。ナタリー・クラフスカは当時のパートナーと「ジゼル」を照れながら踊るのだけどその可愛らしいこと。(が、残念ながら映画が公開される前に亡くなったようだ) 苛酷なスケジュール、ほとんど給料が払われないような状態、田舎町から町へと旅する生活、戦争と苦労も並大抵のことではなかっただろうに、当時のことを思い出すのが楽しくて仕方ないようだ。少年少女にかえったかのように瞳がキラキラしている。今もABTの舞台に時々登場しているフレデリック・フランクリン(現在93歳)の若々しさといったらもう、信じがたいほどである。彼はABTの「ペトルーシュカ」や「シェヘラザード」の監修をしたりと、バレエ・リュスの遺産を現代に伝えていくことに身を捧げていて、実に生き生きとしている。

2000年に、40年ぶりに再会したダンサーたち。当時を懐かしむ姿がとても素敵だ。最後に、現在も活躍している彼らの姿が映し出される。ダンサーだけあって、みんな背筋が伸びて美しい。アリシア・マルコワはイングリッシュ・ナショナル・バレエで日本人らしきダンサーを指導している姿が映し出されたが、彼女も撮影が行われた後亡くなってしまった。近代バレエの貴重な証言を収めたこの作品は素晴らしい資料であるとともに、バレエという芸術へのこの上とない賞賛となっている。バレエを見たことがない人でも、バレエを見たくなってしまうし、バレエ好きだったらもっともっとバレエ・リュスについて知りたくなってしまう、そんなバレエとダンサーたちへの愛に満ちた作品。マルコワ、クラフスカ、リャブーンチンスカ、スラヴェンスカなどは、この映画の完成を見ずに亡くなっている。

映像特典もとても豪華で、主要なダンサーたち自身の解説によるバイオグラフィー、本編に収め切れなかったインタビューや「白鳥の湖」「ジゼル」など舞台映像が1時間、200点にも及ぶ美麗なスチール写真など素晴らしい資料となっている。

映像のクオリティもとても高い。ぜひとも、日本での劇場公開と日本盤のDVD発売をお願いしたいところだ。(このDVDはリージョン1。英語字幕はあるが、特典映像には字幕はつかない)

監督:Daniel Geller Dayna Goldfine
出演:Frederic Franklin/Nathalie Krassovska/Irina Baronova/Alicia Markova/Marc Platt/Tania Riabouchinskaya/Mia Slavenska/Maria Tallchief/George Zoritch

公式サイト:http://www.balletsrussesmovie.com/

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2006/09/22

映画「46億年の恋」金森穣トークショー付上映会開催

チャコットのDance Cubeからの情報です。

映画「46億年の恋」の冒頭で華麗なるダンスシーンを披露した、コンテンポラリーダンサーにしてNoism06を主宰する振付家である金森穣さんが、シネマート六本木での『46億年の恋』ロングラン公開を記念してトークショーを行うとのことです。

「46億年の恋」は何といっても三池崇史監督作品なので絶対に見なくちゃ、と思っていたのですが良いチャンスだわ。

日時:2006年10月1日(日)19:00の回
登壇予定者:金森穣
お問い合わせ先: シネマート六本木 03-5413-7711
46億年の恋公式HP http://www.cinemart.co.jp/46/

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2006/08/24

「ユナイテッド93」

2001年9月11日の同時多発テロでは、4機の飛行機がハイジャックされた。2機は世界貿易センターに、1機はペンタゴンに突入した。そして、もう一機はどこに突っ込むこともなく、クリーヴランドに墜落した。それがユナイテッド93便だ。

この映画を見る前に、原作といっていい本「ユナイテッド93 テロリストと闘った乗客たちの記録」を読んだ。猛スピードで畑にほぼ垂直に墜落した飛行機は木っ端微塵になり、生存者は一人もいなかった。それどころか、一見して遺体すら見当たらないほどであった(それはあまりの衝撃に、人体が断片化してしまったからであり、よく言われている陰謀説のように誰も乗っていなかった、ということではない)。したがって、この飛行機の中でいったい何が起きたのか、目撃者はいない。飛行機電話や携帯電話で乗客とやり取りをした家族ほかの人間と、管制官、そしてフライトレコーダーだけが記録となって残っている。よって、映画で描かれていることがどこまで真実に迫っているかはわからない。ただ、前述の証人たちがいて、彼らの話に基づいて、できるだけ真実に近いところまで迫ろうとしている映画である。

主人公はいない。固有名詞はほとんど登場しない。一人の人物に焦点を当てることもない。音楽もドラマもほとんどない。ただ、自分が事件の目撃者であったかのように感じさせられる、そんな映画である。

9月11日の朝、4人のイスラム系の男性が祈りを捧げ、コーランを読むところから始まる。一見普通の若い男性たちにしか見えない。いつもの朝、パイロットやフライトアテンダントがフライトの準備をする。待合室で待つ人々。乗り込む乗客。一人の客は遅れそうになり、ぎりぎりでやっと間に合って飛行機の扉が閉まる。この飛行機が二度と着陸することがないと知っている私たちは、あの時彼が間に合わなければ、と思う。機長からは明るい挨拶のアナウンス。

映画の前半は、主に管制官室で繰り広げられる。突然、不審な動きをする飛行機。管制官の応答に答えない飛行機。代わりに不審な声が聞こえてくる。そして、レーダーから消えた飛行機。それも一機や二機ではない。管制官はパニックに陥る。裏を取るために他の管制センターに連絡を取る。どの飛行機が正常で、どれが異常なのかもわからない。ハイジャックを疑うものの、ハイジャック信号も飛んでこないし、犯人からの要求もない。大混乱に陥ったところ、CNNをつけると、小型飛行機らしきものが世界貿易センターに突っ込んで大爆発が起きている映像が大写しになっていた...

この管制官たち、さらには軍人の中には、本人役で出演している人たちが何人かいるという。本職の俳優ばかりではない人たちばかりだ。あちこちの管制センターに話が飛ぶので、全貌を把握するのが難しい。でも、考えてみれば、実際にこの事件が起きた時も、何がどうなっているのかわからなくなって、みんなパニックに陥ったわけだ。そう考えると、逆に凄くリアルさが感じられて怖い。前半のやりとりだけでも、ものすごく緊迫感がある。

そして、管制官たちは、生中継で、2機目が突入するところを目撃してしまう。何もドラマティックな演出も効果音もない。一同はその瞬間、凍りついたようになる。そして、本当にとんでもないことが起きたことを悟る。

軍に出撃命令が下されるが、米国の空の上には何千もの航空機が飛んでいる。撃墜は大統領の許可がなければできない。重要な判断を下すべき人間が休暇で不在。肝心な時に役に立たない人ばかりでますます混乱に拍車がかかっている、その様子が実にリアルだ。

機内。ファーストクラスに座った4人のテロリストたち。しかし、彼らもまた、計画を実行するのを躊躇している、極度に緊張している者もいれば、早く取り掛かりたくてうずうずしている者も。しばらくは平和な時間が流れ、談笑する乗客や客室乗務員たち。その平穏がついに破られる。ようやくタイミングを見計らって、一人の乗客を見せしめに殺し、爆弾らしきものを巻きつけて乗客を脅すテロリスト、そしてコックピットに侵入して手早く機長や副操縦士を始末し、操縦桿を握るテロリスト二人。機長と副操縦士が殺されるシーンをほとんど写さず、客室乗務員がコックピット方面を見ると、扉の隙間から二人の死体が転がっているという演出には、心底心凍るものがある。それが、何を意味しているかということが、彼女には、瞬時にわかってしまったから。もう生きて帰れないということ。

機内電話から家族に電話して、WTCの突入を知る乗客。客室乗務員は航空会社に電話するが、かかった先は整備室。伝言ゲームのように、知らなければ良かった絶望的な状況が伝わっていく。大パニックに陥る者はいない。帰ってこれないことを悟り、愛する者に別れの電話を掛ける乗客たち。そして、これ以上の被害を食い止めるということより、黙って殺されるよりは一矢を報いたい、生き残れるわずかな可能性に賭けたい、と乗客たちは作戦を練り、反撃を開始した。

凄くリアルだと思ったのが、乗客の反乱に気づいたテロリストたちが、心底怯えきっていたこと。彼らも怖いのだ。ミッションを完了できないことを恐れていたのだ。おまけに、人数は圧倒的に不利である。爆弾が偽物だと見破られた。大勢でテロリストたちに飛び掛る乗客たちは、生き残るために必死で、正視できないくらい残酷にテロリストに襲い掛かる。まるでゾンビのように。そしてコックピットでのもみ合い。テロリストもすっかり正気を失っていて、制圧できそうになったその時に、画面は真っ暗に。それまで一度も登場人物の名前が出てこなかったが、エンドロールに、実際にこのユナイテッド93便に登場していた乗客たちの名前が現れる。無名だった一人一人の乗客乗員に名前があり、人生があり、家族がいたということを、ここで実感させられて切ない気持ちになる。

終わったあとも、席から立ち上がって現実に帰ることができなくなるような映画だった。だって、目の前に、現実のように、悪夢のような出来事が起きていたのだから。

密室劇のような濃密な2時間弱。乗客たち、そして乗務員たちは決してヒーローとしては描かれていない。窮地に追い込まれた彼らは、わずかな可能性に賭けるためには、どんなことでもした。人間の、生き残ってもう一度家族に会いたいという気持ちは、すごい力を持っているのだと感じられた。無名の、普通の人たちが、戦ったのだ。一方テロリストたちも、悪魔ではなく、ひとつの使命のためにこんなに恐ろしいことをしてはいるものの、感情を持ち、恐怖心を持ち、家族を愛した人間であった。普通の青年であった彼らを、このような行いに駆り立てたものはなんだったのか。それが、今まで世界で続いている戦争の原因なのである。

これみよがしなメッセージも大げさなドラマも、感動もない。だけど、テロリズムとは何か、同時多発テロとはなんだったのか、その状況に放り込まれた人間はどうなるのか、いろいろなことを考えさせてくれる。携帯電話で家族に別れを告げた後、隣の若い女性に「あなたも大事な人にかけなさい」と携帯を渡した中年婦人。このシチュエーションには、ドラマティックな演出はなくても、誰だって観たら涙を流さずにはいられない。

「ユナイテッド93 テロリストと闘った乗客たちの記録」のほうは、ニューヨークタイムズの記者が、その時何が起きたかを時系列的に検証しながらも、この飛行機に乗っていた人間全員の周辺に取材をし、一人一人の生き様を記録した本である。死んだ人のことを悪く言う人はいないだろうから、乗っていた人間は全員素晴らしい人だという風になってしまうのはある程度仕方ない。それを割り引いてみても、かなりすごい人たちが乗っていたのは確かだ。教養があり、ボランティアに取り組み、スポーツのチャンピオンだったり、大企業の役員だったり、起業家だったり、大学生だったり。この本の中でも登場し、そして米国では流行語にまでなった「レッツ・ロール(さあ、かかれ)」は映画の中に登場することはするが、派手に扱われることはなかった。

この本を先に読んでいたことで、映画の登場人物が実際は誰だったかを理解する助けになったと思う。犠牲者全員の顔写真が掲載されているが、よくぞこれだけ似た人を探してきたものだと思う。(唯一の日本人、久下さん役の俳優はあまり似ていなかったが、ちゃんと日本人の俳優が演じていた)
そして彼ら40人だけでなく、WTCの中やペンタゴンの中で亡くなった人たちにも、同じようにかけがえのない人生があったということも思い起こさせられた。

本の中で印象的だったのは、墜落現場の検視官の話であった。一度も会ったことのない犠牲者たちのことを思い続け、久下さんの家族にも会ったという。いまだに、現地で遺体の一部が落ちていないか、探し回っているそうだ。

この映画の立場は、エンドロールに現れている。「9月11日のテロで亡くなった全員にこの映画を捧げる」。それには、テロリストたちも含まれている。

最悪の状況の中でも、最善を尽くした人たちがいたことを忘れてはならないし、犠牲となった彼ら乗客乗員たちが、911をきっかけとして更なる戦争が起きていることを望んでいないだろうことも忘れてはならないと思う。後味のいい映画ではないけど、一人でも多くの人に見てほしい。

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追記:このエントリーに対するコメントのうち、9.11陰謀論などに関するコメントは予告なし、問答無用で削除します。こういうことを書く行為こそが、私はテロリズムだと考えています。主要な陰謀論の根拠に関してはすべて目を通しておりますので、わざわざお知らせくださらなくて結構です。
映画と陰謀論はまったく関係がありません。

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2006/07/24

『メタル ヘッドバンガーズ・ジャーニー』

なぜへヴィメタル・ファンは忌み嫌われるのか、ということをテーマに、12歳の時からの筋金入りのメタル・ファンである文化人類学者、サム・ダンが監督したドキュメンタリー作品。多分彼は映画監督としては素人だと思われるけれども、メタル・ファンとしての熱い思いと、学者としての理論的でクールな視点がうまい具合にバランスが取れていて、抜群に面白い。私はもともとへヴィメタルファンだったので、あまり客観的に見られないのだけど、多分、ファンでなくても面白いんじゃないかと思う。だって、こんなにさまざまな視点で研究できて、ほとんどギャグ一歩手前のことが満載の音楽ってないもの。

へヴィ・メタルのルーツ、クラシック音楽の影響、自殺とバイオレンス、悪魔崇拝、ライフスタイル、同性愛とセクシュアリティ、社会性、歌詞の検閲、ファッションなどの切り口で一つ一つ考察していき、ヘヴィメタルを研究している学者、ジャーナリスト、ファン、グルーピー(!)そしてもちろん、さまざまなミュージシャンにインタビューをしている。

インタビューされているミュージシャンは、ブラック・サバスのトニー・アイオミ、アイアン・メイデンのブルース・ディッキンソン(この人は髪を切ったせいか、今でもとっても若々しい)、ロニー・ジェイムズ・ディオ(ホビットみたいにちっちゃい)、モトリー・クルーのヴィンス・ニール(昔のセクシーさはいずこへ、いまやすっかりおっさん)、モーターヘッドのレミー(全然変わらず)、アリス・クーパー、ロブ・ゾンビ、スレイヤーのケリー・キング&トム・アラヤなどなど。

なかでも面白かったのは、80年代に、アル・ゴア元副大統領の妻のティッパー・ゴアが、へヴィ・メタルの歌詞の規制を、と一大キャンペーンを展開した時に証人として呼ばれた、トゥイスティッド・シスターのディー・スナイダーの話。その奇抜で不気味な女装姿からは想像できない、冷静でとても賢い人で、当時の資料映像を見ても、政治家連中をこてんぱんに言い負かすところが痛快。

それと、ブラック・メタルが一番盛り上がっているところであると言うノルウェイへの旅。何しろ税関で、「ヘヴィメタルのドキュメンタリーの撮影で来たんです」って言うと、税関の人が「ああ、ブラック・メタルね」って言うくらいの国民的認知度なのだ。
しかし、それだけ有名なのは、悪魔崇拝にハマったミュージシャンが複数の教会に放火したという事件があったというオチがついているわけだが。実際に放火して服役していたミュージシャンもまったく反省していないところが恐ろしい。それだけ、ノルウェイというのはキリスト教の呪縛が深いところなのか。 とにかく、おそるべしノルウェイ人!

ミュージシャンもファンも、ここまでやるのか!と驚いてしまうくらいのなりきり方が面白い。ホラー映画のゾンビみたいなマスクを常にかぶっているスリップノットとか、とてつもなく悪趣味なアルバムジャケットのカンニバル・コープスなど。ナイフで「スレイヤー」って腕に刻み込んじゃうファンもいる。少なくとも、あらゆるロックのファンの中で一番熱狂的で、ライフスタイルに音楽を取り入れているのがメタルファンだろう。

自分たちは虐げられた存在という意識が強いのか、メタルファンの結束の固さにも驚嘆。ドイツで4万人ものマニアが集まるというフェスティバルでも、メタルファンだというだけでたちまち友達のノリである。そしてサムももちろんその中の一人で、フェスが始まる前から二日酔い状態だったりする。さらに酔っ払ってインタビューを受けているメイヘムのメンバーの飛ばしていること!

学者らしく、各ジャンルごとの相関図が出てくるのも興味深い。それぞれのジャンルについてもう少し説明を加えた方が、メタルの素人には親切だとは思うけど。(パンフレットには、詳しい解説がついている)

取り上げているジャンルもどちらかと言うとデス系が多くて、正統派のハードロックやオルタナティブ系は少ないのだけど、これは多分、デス系が一般的に一番邪悪なヘヴィ・メタルとして世間一般に忌み嫌われているからではないだろうか。

ロニー・ジェイムズ・ディオ、トニー・アイオミ、ブルース・ディッキンソン、もちろんディー・スナイダーなどは本当にとてもクレバーで長年真摯に音楽と向かい合ってきたのがよくわかる。ハマースミス・オデオンのような巨大なアリーナで歌っていても、客席が縮んで思えるほど親密な感じになるというブルースの話は興味深い。彼の声を持ってすれば、たとえPAなしでも、大きなスタジアムで一番後ろの席でも聞こえるだろう。

メタル・マニアのサムではあるが、決して自分の考え方を押し付けるわけではなく、好きでなければ聞かなければいい、自分が好きなのはこれだという姿勢が潔い。また、ネガティブな側面にも目を向けて、どんなに好きでもやっぱりこれはイカンだろう、という物差しももっている。音楽への愛があふれていて、見ていてなんだか嬉しくなっちゃう映画。帰りはメガデスのベストアルバムを聴きながら帰宅。

http://www.metal-movie.com/

ぼのぼのさんのブログにさらに詳しい感想があるので興味のアル方はぜひ

またshitoさんのブログの感想も、いちいち頷いてしまいました。これもおすすめです。

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2006/06/15

「太陽」アレクサンドル・ソクーロフ監督作品

この映画、なんと昭和最大のスーパースター、あの昭和天皇が主人公。しかも、監督はロシアの巨匠ソクーロフで、天皇を演じるのはイッセー尾形。

友人がこの映画の権利を買ったものの、扱っている題材が題材なだけに、右よりのかたがたからの妨害も予想されるなど公開が危ぶまれていた。しばらくどうなったのかわからなかったのだが、ようやく8月に無事劇場公開が決まったというわけで、試写会に呼んでいただけた。

公開がまだ先の映画なので、詳しいことは書かない。とても面白い映画なので、ぜひ観ていただきたいと思う。


太平洋戦争末期。日本軍の敗色は濃厚で、閣僚たちも、本土決戦とか軍用犬を使った自爆作戦とかすごく悲壮な感じになっている。昭和天皇はこれ以上の戦いを望んでいない。時々防空壕から出て、唯一焼け残った研究室に行き白衣を着用して、平家蟹の標本を惚れ惚れと見ながらその美しさについて侍従に延々と語る。マッカーサーに呼び出された時にも、ナマズについて熱く語って呆れられるなど、昭和天皇は生物学マニアなのである。

昭和天皇を演じたイッセー尾形の演技が素晴らしい。私の記憶の中の昭和天皇はすでに老年となっていたわけだが、その記憶に残されたその姿にそっくりである。独特の口をもごもごとさせる癖、「あ、そう」という口癖。顔つき。彼は神である、ということになっていたのだけど、侍従たちに「私の体はキミと同じだ」といっては困らせる。人間ではなく神であるということになっているのだから、人間らしくあってはいけないってわけで、あまり表情や感情は表に出さない。しかしとても無邪気で愛すべき人物で、写真撮影のときに、チャップリンに似ていると思い込んだ米兵たちに「ヘイ、チャーリー」なんて無礼にも呼びかけられても、ニコニコとしていて、チャップリンのまねをしたりする愛嬌がある。そして、時折放たれるそこはかとないギャグ。あるときは侍従たちを相手にs、そしてあるときはマッカーサーを相手に。実際のところ、昭和天皇は実に人間的な人なのであった。

この天皇像を見ていると、マッカーサーがこの男は戦争犯罪人では断じていない、と判断したのがよくわかる。善なる人間が戦争を終わらせて、日本という国を救ったというところが描かれている。

マッカーサーに会いに行く時に、天皇はあまりにも悲惨な焼け野原と傷ついた人々を目にする。空襲の地獄絵図が夢に出てくるが、さすが海洋生物マニアらしく、戦闘機や焼夷弾は魚の姿をしている。この地獄をもたらしたのは誰なのか、自分ではないのか、と自問自答する。

昭和天皇が人間宣言をしようと決意をし、そして皇后に会うシーンが、淡々としていながら感動的だ。不器用に皇后(桃井かおりがこれまた好演)の胸に頭を埋める。
「私は神であることの運命を拒絶した」という彼の言葉への皇后の返事がまた、

「あ、そう」

である。素晴らしい。

ソクーロフ独特の、もやがかかったようなほの暗い映像が、美しい。そのもやのかかった暗闇の中に、月が大きく輝き、天皇陛下は神格を返上することを決意するところは、皮肉にも神々しい。「太陽」とはもちろん、天皇、そして神の比喩である。侍従たちの反対をよそに、「沈んでいる国民には、太陽が必要である」と天皇は、人々の前に姿をあらわすこと=米軍に撮影されることに同意するのだった。そして天文学者を呼んでは、極光(オーロラ)を見たいとダダをこねる。

実際のところ、どこまでが真実なのかはわからない。おそらく、多くの部分はソクーロフと脚本家のユーリ・アラボフが想像を働かせて創作したのではないかと思われる。しかし、昭和天皇を敬意を持って描いているし、このような善意の人間でも、運命と歴史のうねりに巻き込まれて激しく苦悩することもある、というところがよく描けていると思う。それだけに、人間宣言をすることで自由を獲得するくだりが感動を呼ぶのだった。

アート映画ではあるけれども、実のところとてもわかりやすく演出されているし、面白い作品だ。日本人としてこの映画は必見だと思う。8月5日より銀座シネパトスにて公開。

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2006/06/12

「ナイロビの蜂」The Constant Gardener

社会問題の告発、サスペンスと娯楽性、そして愛についての話でもあるという3つの点をバランスよく置いた、とてもよくできた映画。

アフリカのナイロビに赴任した外交官のジャスティンは、まもなく、妻のテッサが死体となって発見されたという知らせを上司サンディから聞く。妻はボランティア活動に精を出していたが、彼女が死んで初めて、ジャスティンは彼女の本当の姿と、彼女が巻き込まれていた陰謀の存在に気が付く。妻の死の真相を探ろうとするジャスティンを待っていた運命とは...

ヒロインであるテッサは、この映画の最初で死んでしまっている。よって、この映画の中に登場する彼女は、すべて回想シーンで、ジャスティンの記憶の中の存在として登場している。彼の記憶の中での彼女は、若く情熱的で、奔放で輝いていて、そのほとばしる熱が自分をどこまで連れて行ってしまうのかわからなくなっているほどである。そして、記憶の中の彼女が、幻のように現れる彼女が、揺らめく映像の中で、ジャスティンを心の旅、そして陰謀の真相へと連れて行く。

新薬の人体実験がアフリカの貧しい人々相手に行われている事実を告発する活動を行っていたテッサ。彼女と行動をともにしていたのはケニア人の青年医師で、口さがない連中は彼女とその医師との関係を疑っていた。大胆な彼女は、外交官夫人という立場をわきまえずパーティで製薬会社の幹部たちを挑発するようなことをしていたのだ。物静かで庭いじりが趣味のジャスティンは、妻の活動や彼女に対する噂話には見て見ぬ振りをする。 彼女を疑う気持ちも少しだがあった。

うまい演出だ、と思ったのは、テッサの出産後のところ。テッサは黒人の赤ちゃんを抱いているのだ。一瞬、実はテッサの子供の父はジャスティンではなかったのか、と思わせるところが憎い。実際には、テッサは死産してしまい、彼女が抱いていたのは人体実験の犠牲となってしまった少女ワンザの子供だった。

テッサの死の真相を究明する旅は、彼女の足跡を追う旅だった。行く先々でジャスティンは彼女の姿を感じる。そして、妻のことを何もわかっていなかったのだという事実にも直面する。こういう苦悩する男性を演じさせたら、レイフ・ファインズは天下一品だ。テッサが彼に何も言わなかったのは、この陰謀に外交官である彼を巻き込みたくなかったから。それが、テッサの愛だった。

貧しい人々に対する医療援助の美名の元行われる行為が、実際には新薬の人体実験だった。薬の副作用で死んだ人々は最初から存在しなかったように扱われていたという戦慄すべき事実。使用期限が切れた有害な薬が援助物資として送られてくる。あまりにも安く粗末に扱われる命。理不尽な暴力。その中で、聖母のように人々や子供たちに慕われていたテッサ。青年医師の助けを借りていたとはいえ、たった一人で立ち向かおうとしていたのだった。

この映画では、子供の使われ方がとても上手だ。ワンザの弟は、アフリカの土になりたいと遺言を残していたテッサの葬式に、40キロの距離を歩いてやってきた。終盤、襲撃された村から一人の女の子を助けようと飛行機に乗せたジャスティン。規則でその子は連れていけないと言われ、ジャスティンは抵抗するが、その女の子は飛行機を自分の意志で降りて去っていく。切ない。映画の前半では、テッサはワンザの弟を車に乗せようとジャスティンを説得したのに、彼が「彼は連れて行けない」と拒否した。テッサの足跡を追ううちに、彼女の意思をを受け継ぎ変わっていったところをうまく見せている。

この映画の監督、フェルナンド・メイレレスはあの傑作「シティ・オブ・ゴッド」の監督だが、「シティ~」でのスラム街の躍動感は、手持ちカメラを多用した非常に迫力のある襲撃シーンに生かされている。

(ここからネタバレとなります)

結局、テッサを殺したのは誰だったのか。実はテッサに思いを寄せていた上司サンディ。援助施設で働き、テッサに人体実験のデータを提供した医師。明らかに「悪」として描かれている製薬会社や治験会社の幹部ではなく、一見彼女の味方に見え、彼女に行為を持っていた人たちが結果的に彼女を殺してしまったのだった。

それにしても、見事なのは、ラスト近く、テッサの終焉の地にて佇むジャスティンの姿と、彼に迫る刺客のカットの切り返し。ここで、ジャスティンは本当にテッサのことを理解し、彼女にめぐりあい、そして一緒になれたのである。そこに覆い被さるのが、ジャスティンの葬儀と弔辞を読むサンディという演出は鮮やかとしか言いようがない。一見悲劇的なラストに見せかけて、すがすがしいまでのカタルシスがある幕切れとなった。このシーンが、テッサとジャスティンの出会いのシーンと見事な対を成しているというのも巧い。

まさに娯楽性とサスペンス、社会性、そして愛の三つの要素が相乗効果をあげて作品性を高めたエンディングといえる。

唯一弱点といえるのは、原作(未読だが非常に複雑な内容らしい)のせいもあるのだろうけど、登場人物が多いために製薬会社、治験会社、政府といった陰謀に荷担した人たちの関係が非常にわかりづらく、見ている側がついていけなくなってしまったことである。

あと、テッサのキャラクターに対しては賛否両論は出るだろう。大学で講演を行っている彼にしつこく論争を挑み、その後ベッドインするような、あまりにも大胆で直情型の彼女を、単なる迷惑な人、と途中までは見ることもできるからだ。でも、ジャスティンは、自分と正反対の、若くてパッションにあふれた彼女を愛したんだろうな。回想シーンばかりの出演なのに生身の女を感じさせ、ジャスティンの脳裏を離れない存在感のレイチェル・ワイズは、この役にぴったりだ。

Elieさんの感想はこちら

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2006/05/31

「デイバージェンス―運命の交差点」

招待券をいただいたのだけど今週末で終わってしまうと言うので、いそいそと六本木へと出かける。六本木に来たのって、去年映画祭で六本木ヒルズに行って以来じゃないかしら。そう、この作品も上映されたんだけどチケットが取れなかったのよね。

この映画がかかっているシネマート六本木は、ヒルズのほうではなく、瀬里奈って有名なしゃぶしゃぶ屋の隣で、かつてはディスコがあったところだ。すぐ近くには、外タレ御用達で私もけっこう行ったレキシントン・クイーンもある。こんなところに映画館とはなんだか不思議な感じ。アジア映画専門みたいで、3スクリーンあるんだけど見事に全然人がいなかった。私が観た回で一桁。下手したら係員のほうが多いかも...

肝心の映画はというと、正統派の香港アクション。アーロン・クオック、イーキン・チェン、ダニエル・ウーの3人のスターが、それぞれ刑事、弁護士、殺し屋という立場で、胡散臭い富豪の息子失踪事件に巻き込まれていく。アーロンが10年前に失踪した恋人の姿を求めて未だにメソメソしていて、イーキンの妻がその恋人にそっくりだったためにほとんどストーカー状態で危ないお兄さんになっちゃって。派手なカーアクション、ガン・アクション、そして香港映画では定番のマーケットでのマーシャル・アーツアクションとてんこもりなだけでなく、意外な犯人とか、恋人の失踪の真相とか盛りだくさんで楽しめた。何よりも、久しぶりにダニエル・ウーを見たのだけど(「香港国際警察」以来)、相変わらずありえないほどお美しい。陰影のある殺し屋がこれほど麗しい方もいないのでは?スナイパーとして銃を構えた横顔にうっとり。彼を見られただけでも元が取れた気分。彼のエージェント役に、「太陽の少年」のニン・チン。あれから12年も経っているけど彼女も美しい。スキンヘッドが似合っているのが素敵。イーキンの妻&アーロンの恋人役は、「The EYE」のアンジェリカ・リー。彼女も美人さんだ。小さな役で、エリック・ツァン、ラム・シュー、そしてサム・リーも出ている。香港映画の素晴らしいところは、日本に入ってくる映画だったら何を観ても一定の水準は必ずクリアされていて楽しめるようになっていること。

http://www.divergence.jp/

久々に夜の六本木を歩いたけど外国人率はさらに上がっている気がした。

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2006/04/15

「リバティーン」

17世紀に実在した放蕩の詩人にて伯爵のお話。このリバティーンことロチェスター伯爵を演じたジョニー・デップってもう40歳過ぎていると思うんだけど、この映画の耽美な雰囲気にマッチしすぎている、ゾクゾクするほどの美しさ。昔の貴族風の長髪の似合うこと。それにワイルドさが加わって、なるほどオダギリジョーが「オレが女だったら見ただけで妊娠する」と言ったのも納得だ。

冒頭、いきなり自己紹介風に自分がいかに放蕩者で女性にモテるかをカメラ目線で淡々と語るリバティーン。「オレはどこでも女性とまぐあうことができる。それは肉体的なことで、他の人には真似できない」なんて言い切っちゃう、すごい自信とナルシズム。でも「オレを好きにはならないでくれ」と言っているわりに、この映画を観た人は好きになっちゃうから困ったものだ。映画の終わりにも、ちゃっかり同じ姿で出てくるのが効果的。

国王チャールズ2世をおちょくるような詩を書いているのに、国王にはなぜか愛されているというか憎めないやつと思われているのだ。自分が書いた戯曲では、国王とフランス大使がいようと平気で巨大ペニスとか張り型とかエロティックで下品なものを登場させたりする面白い人。彼が入れ込む女優をサマンサ・モートンが演じているんだけど、そんな女遊び(ときには美少年との男遊びもしている)の限りを尽くした彼が惹かれるにしては魅力が不足している。演技は上手な人なんだけど、エロスが全くないのだよね。国王はジョン・マルコヴィッチが演じていて、風格はあるけど人間くさい魅力のある国王で、こっちは素敵だった。

17世紀イギリスの猥雑で不潔で退廃的な部分は良く出ている。梅毒に犯されて醜く変貌してしまうリバティーンの凄まじい後半生をジョニーが熱演していて大迫力。この時代の演劇の様子も窺い知ることができるので、舞台好きの方にはお勧め。個人的にはこの映画は好きだけど、ジョニーファンの若い娘さんたちにはちょっと不評だった様子。

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2006/03/30

ブロークバック・マウンテン

※ネタバレ満載です。未見の方はご覧になってから。

「お前のせいでオレはこんな人間になってしまった。オレをどうか楽にしてくれ」と苦しそうに叫ぶイニス。あの夏からもう20年近くが経っていて、すでに若さもなければ、希望も失いかけている。恋愛というものは、決して人を幸せにするとは限らない。それどころか、不幸にしてしまうことの方が多いのかもしれない。それでも、その出会いがあったからこそ、その物語はずっと語り継がれ、人間の美しさを伝えていく。I sware (永遠に一緒だよ)の言葉とともに。

1963年。ワイオミン州ブロークバック・マウンテン。羊の放牧の仕事についたイニスとジャックというふたりの20歳の若者。美しいが厳しい自然の中でともに生活した二人は、やがて身を寄せ合うように結ばれる。夏が終わり二人は別れるが、それは20年にもわたる愛の始まりだった…。

カウボーイ同士の禁断の愛を描いた作品、というのが世間的な認識ではある。しかし、これは同性愛についての作品ではない。どうしようもない高い障害に阻まれ世間から決して理解されることのない愛の物語。二人のすべてはブロークバックにあり、二人の残りの20年間はブロークバックで過ごした日々を反芻し夢見続けたのである。20歳の夏のかけがえのない日々、ともに過ごした愛しい存在を想い続けることで、その後の人生はどのように変えられてしまったのか。そして人は生き方を変えることができるのか、望み通りの人生を生きることができるのか。

ジャックは言った「俺たちには、ブロークバックマウンテンの思い出しかない」と。あの楽園での夏の後も、彼らは短い逢瀬を続ける。が、お互いに家庭を持つ身となり、また同性同士ということで人目を忍ぶ付き合いとなる。あの時のような、何もかも輝いていた幸福感は二度と訪れなかった。不器用なイニスは、生活に疲れ、ジャックとの関係に気付いた妻と娘たちに去られてひとりぼっちに。一方、金持ちの娘と結婚したジャックは、金銭には不自由しないものの妻の家族には疎まれ、イニスを想いながらも牧場主と関係を続けている。彼らの人生の中で本当に美しかったのは、ブロークバックで過ごした日々だけだったのだ。象徴的なのが、ジャックからイニスに送られるのが、いつもブロークバックの山を映したポストカードであること。最初に別れてから4年後、郵便局留で届いたこの絵葉書を見た時、イニスはたちまちジャックのことを思い出して懐かしくてたまらなくなった。そしてポストカードのやり取りはそれからずっと続くことになる。

障害のある恋愛については、いくらでもドラマティックに仕上げることができるだろうに、それがなされていないことに好感が持てる作品だ。ブロークバックで出会った二人が結ばれるまでの過程も淡々としており、美しく厳しい自然の中で次第に相手を愛しく思う様子が、台詞が少ないのに伝わってくる。だからこそ、あの寒い夜にテントの中でどちらからともなく結ばれることも不自然ではなく思えるのだ。特にイニスは寡黙で口下手という設定なのだが、だからこそ、言葉に依存しない感情が伝わってくる。

「あれは1回限りのことだ」「オレはおかまじゃない」と、初めての行為の後イニスは言う。イニスは、自分自身が同性愛者であることを激しく否定しようとしていた。そのために、ブロークバックを降りて間もなく結婚するのだ。しかし、その言葉とは裏腹に、二人はしっかりと結ばれていた。夏が終わり、何事もなかったかのように、連絡先も伝えずに別れた二人。だが、イニスの激しい慟哭ぶりに、いかに彼が深くジャックを愛してしまったのかが現れていて、胸が痛くなる。
子供の時のトラウマから同性愛に抵抗を持ち、感情を表に出すことが苦手なイニスが、搾り出すように一人物陰で涙を流すところも、決して大げさな描写ではないゆえ、響いてくる。
対照的に、情熱的で、イニスを求める自分を抑えられなくなっているジャック。離婚したばかりのイニスと過ごすことができず、情欲をもてあましてメキシコに男性を買いに行ってしまうところが哀しい。

彼らの結婚生活を経てからのうんざりするような日常も丁寧に描かれている。結婚式の時には初々しかったイニスの妻アルマもやがて生活に疲れてくすんでいき、ジャックとのラブシーンを目撃してからはもはや彼を愛することができなくなっていく。イニスがふがいないため幼い娘二人を抱えてスーパーで働かなければならない、貧しい田舎での暮らし。ジャックは妻となるラリーンとロデオの会場で出会い、勝気で積極的、華やかな彼女に惹かれる。だが、やはりジャックの本当の愛が自分にないことに気付いたラリーンは服装ばかりが派手になって不満を募らせていく。時を重ねることで変わっていく様子を、二人の女優は実にうまく表現している。

それでも、ラリーンはジャックを愛していたのだろう。ジャックの死を知ったイニスからの電話に、最初は事務的に対応する彼女が、「遺灰はブロークバックマウンテンに撒いて欲しいと言っていたわ。あの頃が一番楽しかったと彼は言っていたわ。青い鳥が舞い、ウイスキーの川が流れる土地なのかしら」 と話す時の声の震え。これもまたとてもせつない。

ジャックはイニスと二人で牧場を経営したいと考えていた。しかし、父の手によって惨殺された同性愛者の死体を見てからのホモフォビアであるイニスは、その提案を拒否してしまった。もし、あの時Yesと答えていたら…。
人生なんて、もし、あの時という後悔ばかりだ。でも、後悔ばかりが人生ではない。

なんといっても、シャツの使い方!ジャックの粗末な実家のクローゼットにあった、シャツ。血染めの自分のシャツが、見覚えのあるジャックのシャツの下に重ねられていたこと。ブロークバックで過ごしたあの夏、けんかをして鼻血を出してしまった時のものだ。ジャックがこの世にいなくなっても、この重ねられたシャツだけで二人は永遠に結ばれていたことを示していた。ジャックから届けられた、ブロークバック・マウンテンのポストカードと、「I sware 」の言葉。シャツとポストカードで、この物語は光り輝き語り継がれるものとなった。やっとイニスは負け犬から抜け出して新しい人生を歩みだすことができるのだろう、と私は思った。クローゼットとは、もちろん、カミングアウトすることの隠喩でもある。

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shitoさんによる素敵な批評はこちら

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2006/03/08

アカデミー賞授賞式雑感

昨日帰宅してから途中から見て、今日は頭から見た。でも生中継ではない方を録画しちゃったので、レッドカーペットを見逃した。ちぇっ。

作品賞と監督賞が分かれたところが政治的な意図を感じるね。 だって「クラッシュ」はゴールデングローブ賞では作品賞にノミネートされていなかったもの。同性愛を正面から扱った作品を作品賞にしたくなかったのではないかと…。でもアン・リーは「ハルク」の大コケから立ち直って本当によかった。今、「ブロークバック・マウンテン」が一番観たい作品だし。
フィリップ・シーモア・ホフマンの主演男優賞、ジョージ・クルーニーの助演男優賞は嬉しい。(女優ふたりもだけど)

司会のジョン・スチュワート、知らない人だったけど司会はすごく上手だったと思う。かなり自虐的なお方だけどね。最初の映像の部分で、過去に司会をやった人たちに次々と断られ、謎の言葉をしゃべるメル・ギブソンにも断られ、そしてベッドで寝ていたジョン・スチュワートのところに電話が。隣に寝ているのはハル・ベリー。「これは夢じゃないか」「夢よ」そして、ふと気がつくとハル・ベリーに代わりジョージ・クルーニーが寝ている。「夢じゃないよ」「さあ、はじめようか」と真顔で言うジョージ。

授賞式が始まって前半は特に飛ばしていてすごく面白い司会ぶりだった。「ブロークバック・マウンテン」は男たちの神聖なカウボーイの世界を汚した、なんていいつつ、流れた映像は過去のカウボーイ映画の名作の中で同性愛のメタファーが含まれているシーンの抜粋を集めたもの。馬のお尻をナデナデなんてホント笑っちゃった。
今年はこの映像集(フィルム・ノワール、実在の人物、そしてスペクタクル)がよくできていて、これを見ると映画館に行きたくなった。それから、主演女優賞のノミネートを紹介する際のキャンペーンCMのパロディも超笑えた。特にジュディ・デンチ!「短いスピーチをしましょう」というメッセージを伝えるための悪い例を演じたのがトム・ハンクスで、最後にはオーケストラの演奏者たちにボコボコにされちゃう。

ビョークはディック・チェイニー(狩りの最中に友人を誤射した副大統領に)誤って撃たれて来れませんでした、というギャグには、お腹が痛くなるくらい笑っちゃった。

プレゼンターで一番可笑しかったのは、名誉賞のロバート・アルトマンを紹介する時のメリル・ストリープとリリー・トムリン。アルトマン映画的な、かみ合わないやり取りが絶妙だった。アルトマンのスピーチも面白かった。30代の女性の心臓を移植してもらったからあと40年は生きるよって。名誉賞といえば引退寸前の人たちが受賞するものというイメージが強いけど、自分はまだまだ現役だってアピールしていたね。

「皇帝ペンギン」組がみんなで持っていたペンギンのぬいぐるみが超可愛い。「ウォレスとグルミット」のニック・パークとスティーブ・ボックスがウォレスとおそろいの蝶ネクタイを身につけていて、オスカー像にもそのミニ版の超ネクタイをつけてもらっていてこれがまたキュート。

助演男優賞のジョージ・クルーニーのスピーチ、カッコいい。うまい。最高。ハリウッドの変わり者の世界の中にいてよかった、というのは、映画人としてのプライドを感じた。でも「これで僕の監督賞はなくなったね」と残念そうに言っていて、実際取れなかったのよね。
リース・ウィザースプーンはあいかわらずあごがしゃくれているな~でも彼女は演技うまいし「ハイスクール白書/優等生ギャルに気をつけろ」のころからいつかは取るんじゃないかと思った。だんなのライアン・フィリップ、「クルーエル・インテンションズ」の頃は光り輝くような美少年だったのにすっかり劣化してしまった。妻が売れる一方で彼はいまいちだからね。(でも「クラッシュ」に出演していたから頑張っているのかな) やはりいまいちの夫を持っていて、のちに離婚してしまった去年の受賞者ヒラリー・スワンクのことを思ってしまった。

アン・リーのスピーチは素晴らしかった。「ブロークバック・マウンテン」に作品賞も取らせてあげたかったな。受賞には至らなかったけど、主演女優賞にノミネートされていた中に、「Transamerica」という映画で性転換者の役を演じていた女優Felicity Huffmanもいたし、主演男優賞のフィリップ・シーモア・ホフマン演じたトルーマン・カポーティはゲイだし、なかなかノミネートされた人たちはいい感じだったわけだけど。

それと、やっぱりクローネンバーグの「ヒストリー・オブ・バイオレンス」も一個くらい取ってくれたら面白かったのにね!

残念な点は、今年は主題歌賞を歌った人にあまり大物がいなくて、いまいち楽しめなかったこと。去年はミック・ジャガーも歌ったのにね。せいぜい、音楽賞のメドレーをイツァーク・バールマンが弾いたことくらいだろうか。

今年はキバツな衣装の人もいなかった。ニコール・キッドマンが老けていた。キアヌ・リーブスも老けていた。ジェニファー・ロペスは色が異常に黒かった。キーラ・ナイトレイは目の周りが真っ黒だった。ヒース・レジャーの隣のミシェル・ウィリアムズは勝ち誇ったような表情で映っていた。チャン・ツィイーはかわいかった。ウィリアム・ハートの髪の毛がなくなっていてショックだった。サミュエル・L・ジャクソンが一番おしゃれでかっこよかった。

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2006/02/01

アカデミー賞ノミネート速報

たまには映画ネタでも

Best Picture(作品賞)
Brokeback Mountain
Capote
Crash
Good Night, And Good Luck
Munich

Best Director(監督賞)
Ang Lee - Brokeback Mountain
Bennett Miller - Capote
Paul Haggis - Crash
George Clooney - Good Night, And Good Night
Steven Spielberg - Munich

Best Actor(主演男優賞)
Philip Seymour Hoffman - Capote
Terrence Howard - Hustle & Flow
Heath Ledger - Brokeback Mountain
Joaquin Phoenix - Walk The Line
David Strathairn - Good Night, And Good Luck

Best Actress(主演女優賞)
Judi Dench - Mrs Henderson Presents
Felicity Huffman - Transamerica
Keira Knightley - Pride & Prejudice
Charlize Theron - North Country
Reese Witherspoon - Walk The Line

Best Supporting Actor(助演男優賞)
George Clooney - Syriana
Matt Dillon - Crash
Paul Giamatti - Cinderella Man
Jake Gyllenhaal - Brokeback Mountain
William Hurt - A History Of Violence

Best Supporting Actress(助演女優賞)
Amy Adams - Junebug
Catherine Keener - Capote
Frances McDormand - North Country
Rachel Weisz - The Constant Gardener
Michelle Williams - Brokeback Mountain

Best Original Screenplay(オリジナル脚本賞)
Crash
Good Night, And Good Luck
Match Point
The Squid And The Whale
Syriana

Best Adapted Screenplay(脚色賞)
Brokeback Mountain
Capote
The Constant Gardener
A History Of Violence
Munich

Best Animated Film(アニメーション映画賞)
Howl’s Moving Castle
Tim Burton’s Corpse Bride
Wallace & Gromit: The Curse Of The Were-Rabbit

Best Foreign Film(外国語映画賞)
Don’t Tell (Italy)
Merry Christmas (France)
Paradise Now (Palestinian Authority)
Sophie Scholl (Germany)
Tsotsi (South Africa)

主要6部門に「ブロークバック・マウンテン」が入っていますね。私が今一番観たい映画です。
ジェイク・ギレンホールの成長振りはすごいですね。
フィリップ・シーモア・ホフマンがトルーマン・カポーティを演じた「カポーティ」も楽しみです。
助演男優賞ウィリアム・ハートの「ヒストリー・オブ・バイオレンス」はクローネンバーグではないか!
作品賞にノミネートされた5作品とも面白そうなのが嬉しいですね。公開は皆これからだし。
たまには映画も観なくちゃ。

http://www.oscar.com/

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2006/01/30

「ホテル・ルワンダ」

1994年に起きたルワンダ虐殺事件と、難民たちを自分が支配人を務めるホテルにかくまって1200人の命を救った男性ポールの実話を映画化。フツ族とツチ族の対立が激化し、暴徒化したフツ族の民兵はツチ族を女子供まで次々に殺戮し、100万人以上が虐殺された。ポールはフツ族だが、妻はツチ族だ。ポールのホテルに宿泊している国連軍も、西側諸国も彼らに助けを差し伸べることもできない…。ポールの命がけの戦いが始まった。
http://www.hotelrwanda.jp/index.html

歴史上の事実である事件を扱った話ということで、政治的な内容と思われるかもしれないけど、誤解を恐れずに言えば娯楽作品としてとてもよくできている。そのときに一体何が起きたのか、ということよりも、ポールという一人の男性の視点を通して描いているので、わかりやすく感情移入もしやすい。その上、この作品の演技でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされたドン・チードルの静かなる熱演も、この作品のクオリティを高めることに成功している。

ポールは、ベルギー資本の高級ホテルの支配人で、ホテルの宿泊客は欧米の観光客、および国連軍や政府高官、ジャーナリストなどだ。ルワンダ人で支配人に上り詰めた例はとても稀だということで、ホテルマンとしてのプライドが人一倍強い人であり、また沈着冷静な人物だ。自分の家族や近隣の人たちがホテルに逃げ込んだ時も、ホテルのクオリティを下げてしまうからと最初は追い出そうとする。宿泊客の食糧や飲み物を調達するために、過激なフツ族の民兵の親玉に対し、うまく賄賂を使ったり口八丁で取引をする。ホテルマンの仕事を通じて培った国連軍や政府高官、軍、ベルギーのホテルグループのオーナーらと交渉して、ホテルの生命線を保つ。妻がツチ族であることから、妻を殺すように脅かされたり何回もピンチを迎えるが、そのたびに頭を使って危機を逃れる。しかし時としてその冷静ぶりによって、妻の兄弟が行方不明になってしまったりと裏目に出ることもあるのだが。

最初は人々を救おうと思ったわけではなく、ただ家族を守りたいだけだった彼が、あまりにも悲惨な虐殺の数々を目にし、無力感や絶望感に襲われながらも、人々を助けようとする姿は、単純に感動的だ。

一方では、どうしてこんな悲惨なことが起きてしまったかということもきっちり描いている。ジャーナリストが虐殺の様子を撮影してテレビで流したにもかかわらず、欧米諸国はアフリカの小国のことは知るかと引き揚げ、国連軍も縮小されルワンダの人々は見捨てられてしまったという事実も描いている。そもそも、ツチ族とかフツ族という分け方も、実際には民族の違いというのは一切なく、単に外見的な違いを宗主国であったベルギーが勝手に決めただけのことだったのだ。要するに、「ロード・オブ・ウォー」で描かれていたのと同様、この紛争のそもそもの原因は欧米にあるってわけだ。そして一つの紛争が終わっても歴史は繰り返されている。
ニック・ノルティ演じる国連軍の将校とポールのやり取りで、「あなた方はニガーですらない」、つまり欧米人にとってルワンダなんてどうでもいい、アフリカの野蛮人が何百万人殺しあっても知るか、という風に考えられていたことを描いているくだりには鳥肌が立った。

さらに、虐殺を煽り立てるためにラジオでのアジテーションが盛んに使われているというのが非常に恐怖感を伝えていた。人間はメディアを通じての煽動に弱いし、自分たちも本当に気をつけなければならないなと切実に思った。

ドン・チードルだけでなく、ルワンダのために必死にがんばろうとしてもなかなか彼らを助けることのできない矛盾を抱えた国連軍の将校を演じたニック・ノルティ、小さな役ながら正義感に燃えるジャーナリストのホアキン・フェニックス、そしてノークレジットながらホテルチェーンのオーナーを演じたジャン・レノなど俳優陣は本当に素晴らしい。孤児たちを助けようとする赤十字の女性等脇役にいたるまで丁寧に描いていて、よくできた、面白い映画だと思う。これを日本で公開しないのは確かにとてももったいないし、公開できて本当によかったと思った。

ルワンダで起きたことは、決して他人事ではないのだ。いつか日本でおきたっておかしくない。

KIYOさんの感想はこちら

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2006/01/29

ロード・オブ・ウォー 世界最強の武器商人と呼ばれた男

「ガタカ」のアンドリュー・ニコル監督、ニコラス・ケイジ主演作品。
何を隠そう(?)実は私ニコラス・ケイジが好きなのだ。しかも見た人の評判がとても良い。今年初めて観る映画だ。
http://www.lord-of-war.jp/index2.html

有楽町の、旧ニュー東宝シネマが有楽座と名前を変えてから、初めて行ってみた。以前はなんだか古ぼけていて一等地にあるのにうらぶれた感じだったけど、さすがにきれいになっているし、椅子と椅子の間が広いので足を伸ばせて快適に観られる。問題があるとしたら、前方の扉のすぐ外に照明があるので、途中入場したり退場する人がいるたびに照明が入り込んできて非常に気が散ること。これは明らかに設計ミス。

弾丸の一生-工場で製造されてから輸出され、最後はアフリカで少年の頭に撃ち込まれるまで-をたどったオープニングはなかなかスタイリッシュ。
そして、薬莢の山の上にたたずむ主人公である武器商人ユーリの独白で映画が始まる。
ニューヨークのリトル・オデッサと呼ばれるウクライナ人街に住むユーリ。家族でウクライナ料理レストランを営むが未来のない貧しい生活で、毎日のように周囲で犯罪が起きる。ある日入った店で強盗に遭遇したユーリは、強盗を撃退したマフィアの持っていた武器に魅せられ、弟を誘って武器商人の道に入る。フリーランスの武器商人として世界のあらゆる紛争地域を歩き回り、あらゆる陣営に武器を売りまくった彼は、商才を発揮してめきめき頭角をあらわし、 富を得て憧れの美しい女性も妻にして贅沢な暮らしをする。インターポールの捜査官に追われるものの、うまく追及をかわし、リベリアの大統領とも渡り合うほどの存在となるが…

なんでもこの映画は実在の武器商人をモデルにしているらしいのだけど、すごい世界だ。このユーリという男は資本金もほとんどなし、素人同然で弟を連れて兵器トレードショーに乗り込んでいく。こんな展示会をやっているということ自体驚きなのだけど、ミリタリーコスプレのお姉ちゃんがコンパニオンで、戦車とかいろいろな兵器が並んでいるところで商談しているっていうこともすごい。そこにいる名うての武器商人はビルボ・バギンス(ロード・オブ・ザ・リング)だし。ソビエトが崩壊して、混乱に乗じてユーリはウクライナの軍人をやっている伯父に、勝手に武器を売らせて大もうけをしてしまう。実際、この時代に勝手に売られて行方不明になった武器はとてつもない量らしい。
そもそも、この映画の邦題、最初は「アメリカン・ビジネス」だったらしい。なかなか皮肉が利いている。

このユーリという男は危機から脱出する名人で、何回も彼を追っているインターポールの捜査官につかまりそうになるが、言い逃れと嘘の天才なのだ。イーサン・ホーク演じるこの捜査官は大変正義感が強いのだけど、徹底的にコンプライアンス(法律遵守)を貫き通しているため、なかなかユーリを捕まえることができない。反対にユーリは倫理観の欠如した男で、妻に武器商人をやっていることがバレた時でも、「自分はこれが得意だからやっている」って悪びれずに言っているくらいで、金のためというよりは仕事を楽しんでいるし罪悪感のかけらももちあわせていない。そういうわけでとんでもない人なんだけっど、観ている側は、この人間くさい男についつい感情移入して、どうか捕まらないで、と思ってしまうから困ったものだ。ニコラス・ケイジは時にはエキセントリックに、時には魅力的に演じていて、とてもはまり役。実は彼はこの映画のプロデューサーも務めている。内容が内容なだけに、アメリカの映画会社は皆二の足を踏んだらしい。

ユーリはリベリアの大統領親子と懇意になる。この大統領がもうめちゃめちゃな暴君。息子の方は「ランボーのマシンガンが欲しい」って言うもんだから「1に出てきたのか、それとも2?」なんて機転を効かすユーリ。ユーリが武器のセールスに行ったときにも、いきなりためし撃ちとばかりに部下を射殺しちゃうのだが、目の前でそんなことが起きているのに「一度つかったらその銃は中古品だから買ってもらわないと困る」なんて度胸の据わったところを見せて、すっかり気に入られてしまうのだ。

ユーリはついに尻尾をつかまれて、刑務所に入れられ、妻子も去ってしまった。弟が殺され粗末な棺に遺体を入れられ偽の診断書を書いてもらったのに銃弾が摘出されなかったことでお縄となってしまうユーリ。そんな彼だが、それでも彼は武器商人であることをやめない。戦争というのは人間の本能なのかと暗澹たる気持ちになってしまう。そのダークな部分までも、娯楽映画的に仕上げているところが、アンドリュー・ニコル監督のうまいところだし、ニコラス・ケイジ、イーサン・ホークというとても芸達者な俳優を使うことで、人間ドラマになっている。

アフリカの某国にユーリの飛行機が不時着したときには、恐ろしいほどのスピードでその飛行機に積み込んだ兵器が人々に持ち去られた。インターポールに拘束され、飛行機の前の椅子に縛られたユーリの前でどんどん兵器や飛行機の部品が持ち去られ、飛行機がスクラップ化する光景はとてもシュールである。武器を売るために先進国が兵器を貧しい国に売って、殺し合いをさせているというのが今の世界なのだ。子供たちですら武器を手にしている。

この間ヤマハ発動機が、軍事転用可能なヘリコプターを中国に売ってしまったということで大問題になっているけど、結局日本だって実質的に武器輸出はしているのよね。そういうわけでこのビジネスはなくならないだろうし、ユーリも逮捕されたところですぐに出てこられちゃうってわけだ。自分が武器を売らなくなっても、結局別の商人が売るわけだし、国家だって取り締まると言いつつも結局は武器を売って貿易黒字を稼いでいる。国連常任理事国の全部が、武器を輸出している国なのだ。「自分がいなくなっても誰かがやるわけだから」と武器商人は自己を正当化して、この商売にまい進する。紛争はなくならないわけだ。

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2006/01/05

親切なクムジャさん

2004年に観た映画で一番面白かったのが「オールド・ボーイ」そうゆうわけで、必然的にものすごく期待をしちゃう。世間的な評判はあまりよくないわけだけど…。

イ・ヨンエさんのコスプレ映画。清楚なワンピースや被虐感満載の女囚ルックから、洋菓子店の店員、そして黒革のコートが似合うハードボイルドな女まで。虫一匹殺せないような、天使のような顔をして「親切なクムジャさん」と呼ばれながらも実のところ刑務所時代から相当腹黒いわけで。出所してからは当時の仲間にも手のひらを返したように振舞うわ、いきなり被害者の親のところに行っては指を詰めるわですごい活躍ぶり。ほわわ~んと無邪気に笑ったかと思ったらぞっとするような無表情になったりして、その得体が知れないところがかなり怖い。

国民女優イ・ヨンエさんを起用しているから復讐3部作の前2作品に比べればソフトな描写ではあるものの、やっぱりとってもエグくてバッド・テイストな感じが好き。13年間かけた復讐計画の大掛かりなことといったら、ほとんどギャグの領域である。生き別れてオーストラリアにいた娘に事の顛末を語りながら、それをヘタクソな同時通訳をさせたりとか、珍奇なお遊びもここまで悪趣味な感じでやるとブラボーと思う。そして被害者の皆様の復讐合戦!あそこまでいってしまうと身も蓋もないし、人間の本性を描いたとっても残酷なところなんだけど、なぜか笑いが止まらなくなりそうになった。こういうところにパク・チャヌク監督の独特のアクの強さと才能が観られると思った。「チャングムの誓い」でヨン姫のファンになって映画館に行ってしまった方はびっくりしちゃうと思う。

前2作に比べて復讐の動機付けが弱いとか、穴だらけの復讐計画とか、クムジャさんが何を考えているのかわからないとか、あんなに綺麗な母親からこんなに不細工な娘が生まれていいのかとか、いろいろ言いたいこともあるけど、ラストシーンのアレといい、国民的美人女優を使ってこんな突拍子もないヘンな映画を創っちゃうパク・チャヌクは只者ではないな。イ・ヨンエもさることながら、こんな損な役を引き受けちゃうチェ・ミンシクもすごい。

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2005/11/23

東京フィルメックス「バッシング」

かのイラク日本人人質事件をモチーフにしたフィクション映画で、今年のカンヌ国際映画祭のコンペティションに選ばれている。事件をあくまでもモチーフにしているのであって、事件そのものを映画化したわけではない。

中東の某国でボランティア活動をしていた有子が、人質となってしまい世間を騒がせた数ヵ月後。北海道の実家で、父親と、父親の後妻とひっそりと暮らしているが、事件の余波はまだまだ続く。勤め先のホテルを解雇されたばかりか、嫌がらせの電話が何十本もかかってくる、見知らぬ人に突然暴力を受けたり、コンビニでも「あんたには売れない」と言われたり、恋人から別れを告げられたり。さらに、理解者だった父親も、勤務先に殺到する抗議メールや電話のせいで、30年も勤めた会社を辞めさせられるなど、有子はどんどん追い詰められていく…。

小林政広監督の自主作品で、90分にも満たない尺。緊張感のあル映像が続き、一瞬足りとも気が抜けない映画であった。有子を演じる占部房子が素晴らしい。実在の人物をモデルにしたわけではない。有子は決して聖人君子ではなく、今まで何をやってもダメだった人間が、ボランティア活動で人に感謝されることで救われたといういわば「自分探し型」の人である。すごく頑固で、でもバッシングされて弱気になって、自分の殻に閉じこもったりして対話を拒んだりするところを、リアリティをもって演じている。演出として彼女の顔のクローズアップが多いのだが、表情から彼女の人物像が伝わってくるのだ。普通に綺麗な継母役の大塚寧々とは対照的である。また、継母が作った食事を食べないで、大量の汁を入れたコンビニのおでんばかり食べているところも、彼女の脆さを象徴するものである。

映画技法的には、説明的な描写を極力省き、省略を行いながらも、省略されたところに起きた出来事がちゃんと伝わっているところに、演出の力を感じる。有子の父は職を失って茫然自失となり、ついには自らの命を絶ってしまうのだが、飛び降り自殺をしたはずの彼の姿を映さず、有子の表情と荒涼とした海、そしてその前のシーンの父の顔に漂う死相でその死を表現し、次のカットでは喪服の有子と継母、読経のシーンに移っているというシークエンスは、大変手際が良い。

一方で、意外性の少ない映画ではある。人質となった女性が帰国して激しいバッシングにさらされ、多くのものを失い、もはやここに自分の居場所はないと悟って再び中東へ戻っていくということだけを、想像できる範囲内で描いているのだから。ただ、この映画の中から、日本の社会の病理というものが浮かび上がってくるところは見事だと思う。おそらくは"ニート"であったであろう女性が自分探しのためにボランティア活動をして、自分自身を癒すために危険に身を投じる。一方で、有子の恋人や職場の上司の言葉に表れているように、ボランティアというのは暇な金持ちがやる道楽であって、普通の人間がやるのは異常なことであるという固定概念が蔓延している。なぜ、実際の事件であれだけ人質がバッシングされたのか、カンヌ国際映画祭で記者たちはそのことを凄く不思議に思ったらしい。自分たちの国ではそんなことはありえないからである。
そしてすごく気になったのが、外国に出かけていってそんなことやるんだったら、「国のために何かやれ」って口をそろえて言うことである。そういう発想にはぞっとするんだけど、そう考えている人は多いんだろうな。論法として、国のお金を使って救出してもらってなんて迷惑なやつだ、ってことなんだろうけど。(でも国は自分の国民を守る義務はあるはず)

実際の人質となった方は、たぶんここまでひどい目には遭っていないんじゃないかと思うんだけど、田舎だからこんなことになるのだろうか。東京の人だったらわざわざ、特に面識があるわけでもない相手を暴行したり、悪戯電話をかけてくるような暇がある人が早々いるとは思わないんだけど。というかそうであって欲しい。

自主映画で見るからに低予算で、有名な俳優も香川照之がちょい役で出ているくらいなのだけど、カンヌのコンペ作品でいまだに公開そのものが決まっていないというのはなんとも…よほどあの人質事件ってタブーだったってことなのだろうか。映画としては大変良くできていると思うのに。

さて、今回は舞台挨拶として、小林政広監督を始め主演の占部房子、香川照之ほかの舞台挨拶と、小林監督のQ&Aがあった。香川照之の言葉がなかなか可笑しい。「小林監督は荒涼とした風景を撮る人で、僕は日本のアキ・カウリスマキだと思っています。そして、占部房子さんはかねがね日本のジュリエット・ビノシュだと。ね、似ているでしょ?」たしかに占部房子はちょっとビノシュに似ていると思うけど、ビノシュより美人なのでは?その美人さんが三つ隣の席でこの作品を観ているのでちょっとドキドキしてしまった。前の席に香川照之が座っていて、Q&Aの時の質問に対するリアクションがいちいち面白い。

それにしても、ボランティアって胡散臭いって固定概念を広めたホワイトバンドの日本での展開って罪深いよね。(人質の男の一人がやたら目つきが悪かったというのも一因かもしれないが)
身内にボランティアを本格的にやっている人間が何人かいるので、余計色々と考えてしまった。

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2005/11/22

東京フィルメックス「SPL<殺破狼>」

毎年、映画祭「東京フィルメックス」ではかなりの本数を観ているんだけど、今回は23日からバンコクに行くこともあって2本のみ。そして一本目は香港映画「SPL<殺破狼>」
ウィルソン・イップ監督、出演はいまやハリウッド・スターのサモ・ハンとドニー・イェン、そしてサイモン・ヤムだ。舞台挨拶がなく、代わりに冒頭、メッセージビデオが流れた。監督は若くてなかなかの甘いハンサムで一瞬俳優かと思った。ドニー・イェンは世界のアクションスターなので英語でメッセージだ。そしてサモ・ハンはなんだかちょっとふざけている。さすがデブゴン。

いわゆる香港ノワール系刑事モノである。サイモン・ヤムが脳腫瘍のため1週間後に退職を控えた刑事チャン、その後任がドニー・イェン。そしてサモ・ハン演じるポーはチャンの同僚刑事の家族を殺した憎き黒社会のボス(しかし子煩悩)である。潜入捜査官の部下を惨殺されたチャンはあらゆる手段をとってポーを逮捕しようとし、証拠まででっち上げようとしちゃうのだ。しかしチャンの部下は一人一人、ポーの手下により血祭りにあげられるのだった…

女性の登場人物は(ちょっとだけ登場するポーの妻と、チャンの幼い養女以外は)一切登場しない、アナクロなまでに男の世界である。サイモン・ヤムも、ドニー・イェンも、サモハンですらもやたらカッコよくセクシー。中でもサイモン・ヤムのスーツ姿はいつ観ても萌え~だ。ひたすら彼らをカッコよく映すことに注意を払った映画で、ついでに"父の日”というモチーフを使って泣かせようとしている。少しだけど登場する3人の部下たちのエピソードと 彼らの凄惨な死、そしてラストの海辺のシーンにはこみあげるものがある。

それと、この映画を観る人のほとんどが期待するだろう、サモ・ハンとドニー・イェンという新旧アクションスターのマーシャルアーツ合戦。これはすごい!あんなヤクザの組長でしかも小太りの初老のオッサンが、シャープでどこから見ても強そうなドニーと互角に張り合っているというのには感動した。ドニー・イェンはクールな持ち味を発揮していて相変わらずいかしている。そして残虐なナイフ使いの男とのアクションシーンも、死ぬほど痛そうだけど凄いね。 ドニー・イェンっていつも誰かに似ていると思うんだけど誰なんだろう。布袋寅泰?

新味はほとんどないアナクロさだし、ストーリーだってあってないようなものだけど、夜ばかりのダークな映像はスタイリッシュだし、非常にほろ苦い終わり方には不思議な余韻がある。マーシャルアーツは存分に楽しめてお腹いっぱい。香港アクション映画に求めるモノは揃っている。(来年春、新宿オスカー他にて公開)

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2005/11/07

東京国際映画祭アジアの風『ミッドナイト、マイ・ラブ』

ここ数年タイ映画のレベルが飛躍的に上がったといわれているが、タイ映画のみならず、一本の映画としても間違いなく優れた作品だと思う。主演のぺッタイ・ウォンハムラオは、『マッハ!』で主演のトニー・ジャーの相棒を演じた人で、今バンコクにいるうちの(だ)によると、タイでは大変人気のあるコメディアンで北野武的な地位にいる人のようだ。

主人公は寡黙で孤独な中年のタクシー運転手。人気の少ない夜に商売をする。唯一の友はAMのラジオと、その深夜ラジオから流れてくる懐メロ。自分しかこの世の中に存在しないかのような、深い孤独。路面が自分に語りかけてくる。そんな彼が、若い娼婦を毎晩職場から家まで送ることになる。もちろん彼は、田舎に住む家族を養うために働く純真そうな彼女に惚れるのだが、不器用なため、彼女から好意を寄せられてもどうすることもできない。抱きしめられても体を硬くさせることしかできない。キスを求められても、顔を背けてしまう。ただただその想いを、ラジオのDJ宛ての手紙に書くだけ。

「今日、初めて友達ができました」

「娼婦とタクシー運転手はどこか似ている。自分の行き先を自分では決められず、客の言うとおりに進むしかない」

話が進むにつれ、なぜ彼がひとりぼっちなのか、その理由が語られる。タクシー運転手は強盗に遭うなどトラブルに巻き込まれて、彼女の仕事が終わっても迎えに行くことができなくなった。若くて美しい彼女には金持ちの旦那がつく。職場に行っても、彼女の名前を覚えている人すらいない。二人は永遠にめぐり合うことができなくなったように思えたが…。

なんといっても主演のペッタイ・ウォンハムラオが素晴らしい。ラジオしか友達のいない、孤独で冴えない中年男の悲哀が、人の良さそうな風貌から滲み出ている。彼女と一度だけデートした時「花嫁衣裳屋さんを開くのが夢なの」と持ち帰ったパンフレットにいとおしそうに頬擦りする姿も、彼がやると気持ち悪くなく、とても健気に思えてくるから不思議だ。娼婦の彼女のことが愛しくてたまらないのに、自分のことを振り返ると到底彼女にふさわしい相手ではないと思って引いてしまう。そう、映画の中で明らかにされるけど、実は彼は妻の不倫現場を目撃し、その相手を殺してしまった前科者なのである。更正して一生懸命真面目に生きているのに、幸せは永遠にやってきそうもなくて、寒寒としたボロアパートで夜明けに眠りにつく生活。すれ違い。さらなる不幸の連続。タクシーを失い、補聴器を使い、脚を引きずるような状態にまでなってしまった。この世の中に神様はいるのだろうか。

でも、神様はいたのだ。それが映画というものが持つ魔力だ。

ラストシーンは、レオン・ライとマギー・チャンが共演した「ラブソング」を思わせる。真面目に誠実に一生懸命生きていれば、いいこともある。現実の社会ではそうも行かないけど、映画はこういう素敵な嘘をついてくれる。

これだけ心に染みた作品は、今年観た映画の中でもこの映画だけかもしれない。本当にいい作品だ。ヒロインのウォランチ・ウォンサワンはとても美しく、娼婦の役を演じていてもまったく汚れたところを感じさせない。

監督:コンデイ・ジャトゥララスミー 出演:ぺッタイ・ウォンハムラオ ウォランチ・ウォンサワン ('05タイ)105分

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2005/11/05

『ティム・バートンのコープスブライド』

成り上がりの富豪(魚屋)の息子ヴィクターは、没落した貴族の娘ヴィクトリアと結婚させられることになる。お互い一度も会ったことがないけど親の思惑で。ピアノを美しい音色で弾くヴィクターにヴィクトリアは好感を持つが、結婚式のリハーサルで緊張のあまりヴィクターは失敗を繰り返し式は延期に。結婚式の誓いの言葉の練習を夜の森で行っていたヴィクターは、間違って死体に永遠の愛を誓ってしまう!そしてその花嫁エイミーに、死後の世界に連れて行かれたのだが…

ヴィクターの声は言うまでもなくジョニー・デップがあてているのだけど、顔はというとエイドリアン・ブロディにそっくりなのはなぜなんだろう。ヴィクトリアはグウィネス・パルトロウ似?ジョニー・デップの神経症的な演技がナイス。

さて、ティム・バートンらしいなと思ったのは、地上の世界はモノクロームで陰鬱で主人公二人以外の人間はどいつもこいつもすごく嫌なヤツばかりなのに、地下の死後の世界はカラフルでポップで楽しそうだし、死人の皆さんもいい人たちばかりなのであること。ガイコツや首だけになった人たちによるミュージカルは楽しい。ヴィクターは地上に帰ることを望んで何回か逃亡を企てるけど、こっちの世界のほうが絶対にいいと思うんだよね。

コープス・ブライドであるエイミーは、親の反対を押し切って花嫁姿で駆け落ちしようとしたところ、結婚相手の裏切りにあって殺された可哀想な娘。果たせなかった幸せな結婚の夢を実現しようと必死に(もう死んでいるけど)なっているので、心優しいヴィクターは同情する。ヴィクターがピアノを弾いているところにエイミーが参加して、熱中するあまり手首が体から離れて弾きまくるところなんてちょっとせつない。モテるためには、ピアノが弾けないとね(w

地上に死者たちが結婚式のために上がってきて、そこで生きている人たちとの再会を果たすシーンはすごく素敵。ガイコツになっても、愛する人にはそれが誰だかわかるのよね。 この映画にはいっぱい愛がある。

ヴィクターもヴィクトリアもエイミーもみんなとってもいい人柄で、お互いの幸せを願っていて、彼らの優しさによって、とても素敵でちょっとうるうるしてしまう物語に仕上がった。

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東京国際映画祭アジアの風『浮気雲』(邦題:『西瓜』

ツァイ・ミンリャン監督の新作。ツァイ・ミンリャンといえば、去年の映画祭で上映された『さらば、竜門客桟』が彼の作品としては珍しく日本で公開されていないのよね(補足=後に『落日』のタイトルで公開されました)。その年の台湾No.1ヒット作品らしいんだけど。まあ、たしかに延々とキン・フーの映画が上映されている映画館の一日を映しただけの映画だから日本ではきついかもしれないけど。そして、今回の作品、強烈に面白いんだけど別の意味で一般公開は難しいかも。

位置付け的には、前々作『ふたつの時、ふたりの時間』の続編ということのようだ。極端な水不足となり、人々は水の代わりにスイカの水分を頼りにしたり、トイレの水を利用したりと散々な苦労をしている。主人公のシャオカンと、パリから帰国したシアンチーが再会するが、なんとシャオカンはAV男優になっていた!すれ違いを繰り返す二人は果たして…

ツァイ・ミンリャンの作品といえばワンシーンワンカットだったり、極端に引いたカメラで映し出されることが多いわけなのだけど、今回は「Hole」同様、ミュージカルシーンがいくつか挿入されていてカラフルでポップな味わいがある。ミュージカルのぶっ飛び方は相当なもので、シャオカンが女装してスイカ柄の傘を持った軍団の中で歌い踊ったり、ペニス型の帽子をかぶってトイレで女性陣にどつかれながら踊ったり、謎の水棲生物に化けたり、怪しさ炸裂でとっても楽しい。「Hole」でも歌い踊っていたヤン・クイメイがここでも、艶姿を披露。さらにスイカを使ったギャグの数々。AV男優になったシャオカンのスイカプレイは、なんと頭にスイカの皮をかぶったりする面妖なもの。

この映画のクライマックスは、AV撮影のクライマックスシーンなのである。公開されるかもしれないので詳しくは言わないけど、こうきたか!って感じ。このシーンをぼかしなしでは日本では公開できないだろうけど、ある意味とても美しいシーンだしぼかしてしまってはまったく意味がないだろう。シアンチーはよくこのシーンを撮ることに同意したものだ、と感心した。非現実的なまでの巨乳の持ち主である日本人AV女優、夜桜すももの存在感もなかなかのものだった。

観る人を選ぶ作品だとは思うけど、面白かった!

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2005/11/04

「空中庭園」

豊田利晃監督が覚醒剤で逮捕されたため、公開規模が小さくなってしまった気の毒な作品。でも、豊田監督の演出力がみなぎっていてすごく面白かった。

http://kuutyuu.com/

多摩ニュータウンを思わせる郊外の街の瀟洒な団地に住む絵里子と夫、高校生の娘と中学生の息子。家族の中では秘密を持たないのがこの家のルールで、一見、オープンで理想的な家族に見える。ところが…

豊田監督の作品というのは、いつも、社会にうまく折り合いがつけられない人間の激しいルサンチマンを感じさせる。一見幸せそうな家庭を営んでいる平凡な主婦絵里子が、貼り付いたような完璧な笑顔の裏で、憎しみ、トラウマ、満たされないものを、様々な闇を抱え、だけどそれをどこにも吐き出すことができない沸沸とした想いで爆発しそうになっている様子を、小泉今日子が恐ろしいほど易々と演じている。コンビニで立ち読みしていたところ、思いがけず娘に声をかけられ、振り向いた時の表情の凄みには思わず身震い。パート先を解雇された若い娘に金を無心された時の、フォークで彼女をめった刺しにすることを夢想したりする様子も凄いのだけど、一番怖いのは"完璧な笑顔"の彼女。小泉今日子は大した女優になったものだ。
キョンキョンのみならず、絵里子の母役の大楠道代、夫の板尾創路、娘の鈴木杏、夫の愛人の永作博美、ミーナのソニンと役者陣の充実振りには目を見張る。中でもやっぱり一番凄いのは、ただならぬ凄みを湛えた大楠道代。

普通の平凡な女性の中にも、こんな感情の渦巻きが、抑えに抑えた憎しみや傷、ダークサイドがあるなんて、ここまで描いた映画ってなかったのではないかと思う。原作はまだ読んでいないので、それが持つ力なのかもしれないけど。

(以下ネタバレにつき未見の方は読み飛ばしてください)

絵里子以外の家族は秘密を色々と抱えていた。夫は5年間妻を抱いていない代わりに長年の愛人と、若い娘ミーナの二人とお楽しみ。娘は学校をサボって、彼女が両親によって"仕込まれた"ラブホテル「野猿」にボーイフレンドや初対面の男を連れこんでいる。息子は夫の愛人であるはずのミーナを家庭教師にしている。そして入院中なのにヘビースモーカーで強烈な、殺しても死にそうにない絵里子の母さと子。

そんな一家が、ミーナとさと子の合同誕生パーティに集結!ここからのシチュエーション運びの巧みさといったら見事なものだ。家族の嘘が引っぺがされ、偽りの幸せ芝居がガラガラと崩れていくさまを観て、却って清清しさを感じてしまうなんて。例の元同僚からかかってきた電話に対して一言「死ね」って言い放つキョンキョン最高。
そして、一癖も二癖もある怪物的な母を演じる大楠道代との親子タイマン対決も、凄すぎてブラボーだ。

サバービア(郊外住宅地)が持つ独特の病んだ感じを、ぐるぐると浮遊するカメラで表現して、タイトル通りの"空中庭園"的な、不安定な幸福を象徴させている。酔ってしまいそうになるほどの(私はユーロスペースの最前列で観ていたから余計に)揺れる映像は、監督が覚醒剤中毒になっていたため、なんてことで片付けられないことを祈る。私自身は、こんなにカメラをぐるぐる揺らさなくても、執拗なほどの長廻しで十分に心象風景は描けているんじゃないかと思うのだが。

ラスト近く、帰ってこない家族を待ち続ける絵里子に降りかかるのは、文字通り血の雨。豊田監督らしい世界観がここでも発揮されている。やりたいと思っている演出家は多いと思うけど、実際コレをやってしまっているところが、らしさなんだと思う。血で真っ赤に染まった顔で傷ついた獣のように叫ぶ小泉今日子、凄惨だった。


「映画芸術」の豊田監督のインタビューはなかなか読み応えがあるので、良かったらぜひ。ただし一部ネタバレがあるので観てからのほうがいいだろう。

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2005/11/03

東京国際映画祭「雨降る日の水彩画」

映画祭2本目は、「猟奇的な彼女」「ラブストーリー」「僕の彼女を紹介します」のクァク・ジェヨン監督の1作目。「猟奇的な彼女」の前の作品だからそんなに古くないだろうと思ったら、登場人物のメイクや髪型、服装が恐ろしく古臭くて(80年代くらいのものなのでちょっと恥ずかしい感じ)後で調べたら1989年の作品とのこと。

地方の有力者の下に引き取られ、神父になる勉強をしている孤児の主人公は、血のつながらない妹ジヘへの想いを抑えられないでいた。しかし厳格な父親に、二人が愛し合っていることがばれてしまい、彼は寄宿舎に入れられてしまう。同室の男が取り持つ縁で孤児院での幼馴染の女性に紹介されたことで厄介ごとに巻き込まれ、運命の糸はもつれ合うのだが…

一言で言えば「大映ドラマ」的な作品で、奇人としかいいようがない主人公のルームメイト以外には笑いの要素もない。数奇な運命に引き裂かれていく恋人たち=兄と妹のお話で、今観るには正直ちょっときついかな。 あくまでも資料的な価値で観る作品という気がした。
主人公の男は西島秀俊をたれ目にしてさらに不景気な感じにした顔で、ヒロインは山口智子をもっと美人にした感じかな。

でも、執拗なまでに登場する雨のモチーフ、父親役の俳優が「猟奇的な彼女」でチョン・ジヒョンの父親を演じた人だったり、ヒロインの役名ジヘは、「ラブストーリー」でソン・イェジンが演じた役と同じだったり。極めつけは丘の上のラストシーン。かなりドロドロとしたドラマがラストで清清しく浄化された感じで、後味は悪くなかった。

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2005/10/31

東京国際映画祭『ジョニの約束』

一発目は「アジアの風」でのインドネシア映画。実はインドネシア映画って見るのは初めてなのだけど、なかなかクオリティは高いと思った。

主人公の青年ジョニは、映画館のフィルムを運ぶのが仕事。フィルムの本数が映画館の数より少ないため、上映が終わったフィルムを別の映画館に運んでそこでの上映に間に合うようにしないといけない映画館事情があるため、この職業が存在する。この仕事に誇りを持っているジョニが一目惚れした女の子に、「ちゃんと映画が切れ間なく上映できたら名前を教えてあげる」と言われたため、ジョニはいつものようにフィルムを運ぶのだが、トラブルの連続に見舞われて…というお話。

こういう大事なときに限って、バイクを盗まれたりバンドのオーディションに参加させられたり大事なフィルムも盗まれたり…それを一つ一つどうやって切り抜けていくかというのがポイント。ジョニが約束のためにジャカルタの街を走り抜けていく姿はとても爽やか。一生懸命に走っているところが多い映画はそれだけで応援したくなる。ただし、フィルム1巻は20分前後で、2本のフィルムをはこんでいるのだけど、これが全部40分の間の出来事とは思えない時間経過にはちょっと問題がある。それとジョニがこの仕事に大変な誇りを持って取り組んでいるのはわかるのだけど、その割には困っている人を助けようとしたり、大事なフィルムを下に置いてしまってその隙に盗まれたりとちょっと隙が多すぎる。要は、ジョニはいい人過ぎて寄り道しすぎちゃうのだ。約束が守れなかったというところは、この映画にとっては致命的な欠陥になってしまっているし。

でも監督がとても映画が好きだというのは良く伝わってくる。映画館には10種類の人種がいる、と分類しては例を見せているところは映画好きにとってはかなりツボにはまるところだと思う。特に、他の客に文句をつける独善的な映画好きというのは今回の映画祭でいっぱい目にしたものだから。
ジョニ役の俳優はニコラス・サプトラといってインドネシアではナンバーワンのアイドルだということだけど、割と普通っぽい男の子で一生懸命さが伝わってきていいと思う。彼が一目ぼれするアンジェリクもすごく美人だし。
あとフィルムを盗むことを指示した男がものすご~く怪しげで胡散臭い芸術家で、超能力みたいなのを持っていたり、それなのにフィルムを焼き捨てようとしてうそぴょ~ん、というくだりがかなり面白かった。

いろいろと欠点はあるけど、面白くて愛すべき映画。

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2005/10/29

東京国際映画祭で疲れた

この一週間は映画祭通いで大変!な毎日。とはいっても、以前のように20本以上観るなんてことはしていなくて、チケットも思うように取れなかったし、結局観たのは6本。仕事をしている都合上どうしても遅い時間の上映を見ていたものだから、帰宅したら大抵夜中の1時とかになってしまってレポートとか全然書けなかった。睡眠時間4時間で会社に行っていたもん。ああしんど。

前にも書いたけど、映画祭のチケットの取りにくさといったら最悪である。めぼしい作品の土日及び平日夜の上映はほとんど前売り初日とかで売り切れ、当日券が残っているのもほとんどない。当日の0時からヴァージンシネマズ六本木のサイトで当日券を売り出すのだけど、それですら、すぐに売れ切れてしまう。結局、一番観たかったラジニカーント主演のインド映画は買えなかった。今年は関係者パスも持っていたけど、これも引き換え開始の朝10時前に並ばないと、席は手に入らないのであまり使えなかった。
当日券を増やしたってことらしいけど、それでも、売り場に行ってもほとんどの作品が売り切れ。映画祭ってそんなんでいいのか?渋谷でやっていた時代が懐かしい。

そして六本木ヒルズという会場は最悪である。映画館のスクリーン自体は、音響、映像などはもちろん問題ないんだけど、言ってみれば本当に単なるシネコンでやっているって感じでお祭感ゼロ。上映と上映の間が中途半端に空いているけど、暇を潰せるところがほとんどないのだ。映画館にカフェが入っていない上にロビーに座るところがまったくないなんて、まったくもって信じがたい。映画の梯子をしていて疲れているのに一息つける場所がなく、ただただキャラメルポップコーンの激甘匂い攻撃にさらされるだけである。

実は六本木ヒルズって文化度低いと思う。だってCDショップもないし、中に入っている書店の品揃えも貧弱。バカ高い森ミュージアムはあるけど2000円も出してみるのはちょっと、である。以前はヴィレッジ・ヴァンガードがあったけど撤退しちゃったし。カフェも、2階にあるスターバックスは半分オフィスの受付の横なので落ち着かないこと甚だしいし、3階のセガフレード・ザネッティはいまどき分煙すらしていない。めちゃくちゃわかりにくい上、導線の悪さはもはや犯罪的といってもいいかもしれない。大江戸線の駅からだと15分はかかる上、階段を上らなければならない。ホームレス対策なのかもしれないけど落ち着けるようなパブリックスペースやベンチも少ない。オープンカフェの一つすらないんだから。笑ったのはこの中に入っているampmに、ホリエモン印のドリンク剤が売っていたことくらいか。ファッション関係も、入っている店が高いところが多く(ZARAは別として)、貧乏人なんてお呼びじゃないのよって感じだ。

一言で言えば、「ランド・オブ・ザ・デッド」のデニス・ホッパー所有の悪の巣窟ビルディングなのである。というか、多分デニス・ホッパーが実際ここに住んでいるのよ、きっと。

肝心の映画の話は、また別の日に。

ついでに言うとね~観客がもう最悪なのよ。
途中入場の多さにはびびった。木曜日9時半からのツァイ・ミンリャン監督の「浮気雲」なんか、ソールドアウトのはずなのに結構空いていておかしいな、と思ったら途中でぞろぞろ入ってくるのでそのたびに気が散る。こんなに遅い時間からの上映なのに遅れてこないでよ。ツァイ・ミンリャン本人だって見ているのに。 (某有名日本映画の監督も観ていた)

その上、隣でメモを取っている人にぶち切れた観客が15分くらい観客全員に聞こえるような大声で騒ぎ立てるからひどかった。確かに隣でメモ取られたら気が散るけど、あの大声は観客全員に大迷惑。前から3番目くらいでやっていたんだけど、私は一番後ろの列にいて全部聞こえた。「後ろにいけ!」だの「どうせタダで観ているんだろう、どこの会社のヤツか」とか知るかって。せっかくのシャオカンとシアンチーの再会のシーンが台無し。映画自体はすごく面白かったのに残念。 大体ツァイ・ミンリャンの誕生日だったのにだよ。

金曜の「ミッドナイト・マイラブ」(素晴らしい!)でもしゃべっている人(お年より)がいて、それは確かに迷惑だし頭に来ることだけど、だからといって「人間の屑」だの「今すぐ出て行け」だの大声で騒ぎ立てるのはどうかと思う。「呪い」でもずっとしゃべっている人がいたし、ホントマナーの低下は著しい。

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2005/10/17

「コニー&カーラ」

TSUTAYAの会員証が切れるので更新しなきゃ、と更新しに行ったら1枚ソフトが無料で借りられるということなので、レジの近くにあった「コニーとカーラ」を借りる。公開されたときに観たいと思っていたんだけど見逃した一本。

売れない女性エンターテインナーのコニーとカーラは幼馴染。彼女たちの芸風は時代に取り残されているものだから客席は閑古鳥。ブレイクするための資金にギャングからお金を借りたことから、偶然殺人を目撃してしまい、彼らに追われる羽目に。LAに逃げ込んだ彼女たちは、憂さ晴らしにクラブに入って、そこでドラッグクイーンのオーディションが開かれることを知る。彼女たちは男と偽りドラッグクイーンに変身し、やがてスターになるのだが…

この映画の勝因は、まずはコニーとカーラを演じた二人の女優、ニア・ヴァルダロスとトニ・コレットにあるだろう。ドラッグクイーンのメイクが似合いすぎるのだ。特にトニ・コレットは顔のパーツが大きくて個性的なため、とても女が演じているとは思えないほどのハマり方。歌と踊りもイケているし、コメディ演技はお手の物。

彼女たちを始め、スタッフがミュージカルやショービジネスを熟知しているので歌と踊りのシーンがとてもいいし選曲も、いかにもオネエ様方が好きそうで絶妙。なんと全31曲とミュージカル映画も顔負けの歌とダンスが満載なのだ。しかも過剰なほどのキャンプなゴージャスさ。登場するシーンごとに彼女たちの衣装もメイクも髪型も違っていて、これを見ているだけでもめっちゃ楽しい。クラブに出入りするきらびやかだけどどこかさみしさも抱えたドラッグクイーンたちはみな、愛すべきキャラクターの持ち主。

レンタル用DVDにも特典として削除されたシーンやメイキングがついているのだけど、特に「ドラッグクイーンの作り方」と題されたメイキングがもの凄く面白いので、こちらも必見。どれほど多くの衣装とカツラを用意したかがよ~くわかる。

いくら外見がドラッグクイーンっぽいからといって、彼女たちが女であることがばれないのはちょっとうそ臭いシ、多少ご都合主義のところもあるけど、面白い作品だからまあいいか。ついに実は女であることをカミングアウトするシーンもうまく処理している。ありのままの自分の姿で生きることの大切さが伝わってきて、ウェルメイドな作品になっていると思う。コニーが好きになる、どうしてもゲイを受け容れられない男性ジェフと、ドラッグクイーンの兄ロバートとの和解に至るまでのエピソードはとても優しい。コニー役のニア・ヴァルダロスが脚本も書いているのだか、非常に良く書けている。同じゲイを扱った作品でも「メゾン・ド・ヒミコ」とは雲泥の差。

ゲイに大人気の往年の大スター、デビー・レイノルズの特別出演が素晴らしい。単なるカメオに留まらず、映画のオチをつけるための役割を見事にこなしている。いくつになってもスターの輝きがあっていいね。

レンタルで観たけど、悲しいときに観て元気をつけられそうだから、ソフトが欲しいな、と思った一本。

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2005/10/15

シン・シティ SIN CITY

監督:フランク・ミラー、ロバート・ロドリゲス
出演:ブルース・ウィリス、ミッキー・ローク、クライヴ・オーウェン、イライジャ・ウッド、ベニチオ・デル・トロ、ジェシカ・アルバ、ブリタニー・マーフィ、ロザリオ・ドーソン、デヴォン・アオキ、カーラ・グギーノ、ジェイミー・キング、ジョシュ・ハートネット、マイケル・クラーク・ダンカン、ルドガー・ハウァー、マイケル・マドセン、ニック・スタール

グロイって聞いていたのでどうしよう~って思っていたけど、モノクロームに部分着色のクールでスタイリッシュ、グラフィック・ノベル的な画面ということもあり、全然大丈夫だった。

この映画めちゃめちゃ面白かったよ。久しぶりに映画を楽しんだ気分。実は金曜日ですごく疲れていたので、サイコキラーなイライジャ・ウッドのシーンのところで一瞬意識を失ってしまい、気がついたらイライジャは生首になっていたのが残念。

3つのエピソードの主人公は、それぞれが愛した女のために、半端じゃないほどの命がけな行為を行い、(全員ではないけど)ラストは男らしく、幸せな記憶とともに散っていくという美学が感じられた。だから、単なるアメコミの映画化という作品に留まらず、奮い立ちたくなるほど魅惑的な一本に仕上がっているのだろう。もともとの原作がこういう話だということだけど。

アメコミの映画化だしな~と思っていたら思いっきりフィルムノワール。それぞれのエピソードの主人公のモノローグで語られているところなんてまさにそう。ミッキー・ロークの原形をとどめない顔にはびっくりしたけど彼が演じたキャラクター、マーヴは異常に渋くてしびれる。これはレイモンド・チャンドラーの「さらば愛しき女よ」の大男と同じだ、と思ったらやっぱりパンフレットにもそう書いてあった。ただ一人、醜い自分を愛してくれた女ゴールディを殺した犯人を求めて復讐の鬼となり、ありえないほどの行為を重ねていく。ヴァイオレンスの塊となりながらも愛のために突き進んでいく様子には涙、涙である。エピソードの終わり近くにゴールディの双子の姉妹が出てきて「ゴールディと呼んでいいのよ」。添い寝するシーンの温かさ。

ブルース・ウィリスが退職を目前に控えた実直な警官を演じたエピソードは、少女ナンシーとの8年間に及ぶエピソードが泣かせる。ブルース・ウィリスってこんなにかっこよかったっけ?ナンシーとの別れのシーン、そして再会、それぞれ胸をえぐるように美しい。ジェシカ・アルバがまたかわいいんだよね。11歳の女の子がそのまま大きくなったという感じ。

クライヴ・オーウェンのエピソードは一番笑える。このエピソードは、女たちのボスであるロザリオ・ドースンの男前ぶりも魅力的だが、ベニチオの役…すごいね。面白すぎる!あっさり殺された割にはその後が。この部分の演出だけ、タランティーノが行っているということだけどたしかにタランティーノっぽい。死体がしゃべったり、首の切れた部分がスーハー言ったり、それからあんなことやらこんなことやら死んでいるはずなのになかなか死なせてもらえない。日本刀と手裏剣の使い手デヴォン・アオキの存在感がすごい。一言も発しなくて、最強というか最凶というか、強烈。返り血やタールを顔に浴びた方が魅力的に見えるし。半裸の強くてワイルドでセクシーな、女豹のような女たちがガンを構えたところ、しびれるね。
個人的には、腹に矢が貫通して「矢が刺さったよ~」って一人でしゃべっていて誰にも相手にしてもらえなかった人が最高におかしかった。

見逃したイライジャのシーン観るためにもう一回観ようかな。珍しくパンフレットまで買ってしまったし。パンフレット、読み応え十分。キャストもびっくりするくらい豪華。ロアール枢機卿役は青く澄んだ目が相変わらず美しいルドガー・ハウァー、ブルース・ウィリスの同僚の刑事にマイケル・マドセン、レズビアンの保護監察官にカーラ・グギノと脇役までしっかりと気を配っている。女性がみんなアニメから抜け出したような、現実感が乏しいほどのダイナマイトバディの持ち主なのも楽しいね。

http://www.sincity.jp/index2.html

ひるめしさんの感想はこちら

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2005/09/27

「四月の雪」

もう少し後で公開される「春の雪」とタイトルをいつも間違えそうになってしまう。あっちは、原作が死ぬほど好きなのに令嬢聡子役があの(自粛)竹内結子という許せないキャスティングなので一生見ません。

ヨン様ってたしかに素敵だとは思うけど、演技はあんまりうまくないよね。というか大根?いつも同じ顔をしているし。たしかに、あまり感情表現をしない役ではあるんだけど。肉体美のほうはさすが。
相手役のソン・イェジンの演技は素晴らしい。悲しみに沈む地味な若い主婦が、彼との出会いを通じて少しずつ色っぽく変わっていき、でも意識不明の夫に対する罪悪感にも揺れる思いを、生活感を漂わせながらも表現していて見事だ。「ラブストーリー」の元気な娘とは完全に別人。それだけにヨン様の大根ぶりが目立ってしまった気がしてしまう。ついでに、意外にもとてもグラマーで、下着姿でのベッドシーンには相当ごっくんときてしまった。

韓国では評判が悪いらしいけど、決して悪い映画ではない。ホ・ジノ監督の演出力は確かだ。互いの配偶者が不倫関係にあり、交通事故に遭って意識不明の重体になった夫と妻。不倫関係を暗示させるデジカメの動画やコンドームといった現場に落ちていた品々が、やりきれない思いに追い討ちをかける。相手の不義を責めたいのに、意識を失っているし自分が介護までもしなければならない。さらに、この事故に巻き込まれたまだ若い被害者が亡くなっており、葬儀に弔問に訪れたところ罵られる。やり場のない怒りと悲しみ。孤独感。そしてやがてそんな二人が傷を埋めあうように接近する。

またもや静謐な映画である。台詞も非常に少ない。そして、主人公の二人以外には、意識不明のお互いの配偶者(意識不明なので当然なにもしない)と、男の同僚と義理の父がちらっと登場するくらいで、二人がすごく孤独に生きていることが痛いほど伝わってくる。植物人間状態となった夫や妻を黙々と看病するだけ。そんな中どうしようもなく惹かれあってしまうのは必然的なことだったのだろう。おもむろに登場するキスシーンやベッドシーンの激しさには、びくっとしてしまうほど驚いてしまった。

演出としては、どのキャラクターに寄り添っているわけでもない。突き放した感じすらする。互いを求め合う姿は激しいのに、どこか陰鬱で冷ややかさすら感じられる。それは恋愛ではないように見える。互いを求めざるをえない状況なのだ。とても悲しいことである。しかもそれは、彼らを不幸のどん底に陥れた不倫と同じことをしてしまっていることなのだから。

いつまでもこの状況が続くわけではなく、二人の配偶者に変化が訪れて、二人の関係に決定的な変化が訪れる。彼女のいなくなった部屋に佇む彼と、その彼の姿をまた別の場所から見守る彼女。「八月のクリスマス」でも、彼女の姿を店の窓からいとおしそうに見つめる主人公の姿があったが、同じような胸を締め付けられる場面である。

ここから先はネタバレになってしまうので多くは書かないが、「八月のクリスマス」や「春の日は過ぎ行く」の終わり方が極めて秀逸だったのに対して、ちょっと安易だったのが残念だった。ただ、ここで終わりなのではなく、ハッピーエンドに見せかけて、実のところ決して明るくはない未来を感じさせるところは、どす黒くていいけど。
撮影が秀逸だった前2作に比べて、この作品ではシネマトグラフィは今一歩だったのが惜しい。

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2005/09/24

チャーリーとチョコレート工場

子供の頃この原作が大好きだった。ロアルド・ダールの小説自体、全部読破した気がする。とはいっても、それはロンドンでの頃でそれ以降読み返していないからどんな話だったかは忘れた(おい)

実は不勉強で知らなかったんだけど、一度ジーン・ワイルダー主演、メル・スチュアート監督で映画化していたのね。すごい取り合わせなのでぜひ見てみたい。


今回のティム・バートン版は、くらくらするような音楽と色彩の洪水、極彩色でキッチュな世界が素敵。一見子供向けの内容に毒を盛り込みまくり。ウィリー・ウォンカの登場シーンの人形たちが焼けて溶けるところはマジでホラー映画だわ。そして5人の子供たちが言うことを聞かなくて、一人一人ゲームオーバーを宣告されるようにひどい目に遭って退場させられるところ。なにもここまでのことをされなくても、という気がしなくもないけど、あれだけ酷い目に遭っていても結局全然懲りていないところがいいよね。

唯一チャーリーだけが素直で思いやりのある良い子というわけだけど、良い子ゆえ、唯一キャラが立っていなくて目立っていないというのが問題点か。その分4人の邪悪なガキ、特にビッチな女の子二人が際立っていた。アタシが絶対に勝ち組よ!ってなかなかこんなにイヤ~ンなコはいないよと思う反面、大人の言うことを素直に聞いている子供というのもそんなにいるもんじゃないよな、と思ったり。
実はこの悪ガキどもの方が気に入っているんじゃないかな、バートンは。

ストーリー自体はすごく単純で、チャーリー以外の4人の子達が一人一人脱落していき、そのたびに、工場で働くウンバ・ルンバという小さな人たちがワラワラと出てきては、歌って乱舞するミュージカルシーンというパターンの繰り返し。したがって、子供たちがどうやって脱落してはお仕置きされ、ウンバ・ルンバたちがどんな歌と踊りを見せてくれるかというのが見せ所となっている。ここが上手いからこの映画は成功している。特に、同じオヤジ顔をしたクローン人間的なウンバ・ルンバたちの歌と踊りがもう最高!夢にも出てきそうでちょっとクセになる感じ。ゴーマン少女ベルーカがリスたちの大群に襲われるところも、完全にホラー映画だね。

あとはやっぱり、ウィリー・ウォンカを演じたジョニー・デップの怪演ぶりにとどめをさす。エキセントリックな演技がピカイチなのは当然わかっているわけだけど、孤独感をにじませながらも子供のような無邪気さを持っている変人というのがピッタリ。ふとした「ハハッ」って笑いとか、わざと子供にルールを破らせるような行動をさせるいたずらっ子ぶりとか、ウンバ・ルンバのパフォーマンスを見ては一緒にノッているところとか、いちいち芸が細かい。でも本当に孤独な人なんだよね。

それとウィリ―の父親クリストファー・リーと、子供時代のウィリ―のエピソードが切ないね。ウィリ―についての新聞記事が壁一面に貼ってあるクリニックには泣けたよ。
もちろん、踊るのが大好きチャーリーおじいちゃんもいいね。

チャーリーのお父さんを演じたノア・テイラーってここでは容姿がちょっとティム・バートンに似ている。あのお父さんが彼自身の投影なのだろうか。

cineclicheさんの評はこちら
映画VS名古屋さんの評はこちら

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2005/09/15

メタリカ:真実の瞬間:Some Kind of Monster

メタリカっていえば私の青春の一部なのであり、ファーストアルバムをリアルタイムで聴いたのであった。初来日公演が大学受験と重なってしまって泣く泣く断念し、隠し録音テープを擦り切れるまで聴いたし、今となってはとてもレアな「Garage Days Revisited」のピクチャーLPなんかも持っている。コンサートは大人になってから行った。
でも、やっぱり多分にもれずブラック・アルバムあたりで挫折して、LOADは買ったけどあまり聴いていなくて…。メタリカはやっぱり「Kill'EM ALL」「Ride the Lightining」「Master of Puppets」の3枚に尽きると思っているのだった。(「..and Justice for All」も良かったけど同時期に出たMEGADETHのアルバムの方が好きだったりして)
なので、この映画を観て一番嬉しかったのは、本当に初期の頃の映像も少し観られることだ。デイヴ・ムステインや、故クリフ在籍時の映像は涙なくして観られない。

さて、この映画は、現時点で最新作となっている「St.Anger」のレコーディング期間およそ2年間をドキュメンタリー映画として製作したもの。ベーシストのジェイソン・ニューステッドの脱退から始まり、ジェイムズ・ヘットフィールドがアル中のリハビリのために1年以上の長期にわたって戦線離脱。その後も、メンバーの激しい確執などがあって月額4万ドルという大枚でサイコセラピストまで雇い、700日かけてアルバムが何とか完成しツアーに出発するまでが描かれている。

すごいなあ、と思ったのはイメージダウンも恐れず、メンバー(主にジェイムズとラーズ)の対立を赤裸々に収録しているところ。ジェイムズに向かってラーズがすごく顔を近づけて「Fuuuccccccck You!」って言い放つところなど強烈。お互いに歯に衣を着せずにボロクソに批判しあっていて、バンドは空中分解の危機へ。(そんな中一人飄々としていてサーフィンとかしているカーク・ハメットがいい味を出している)
ジェイムズとラーズとカークはもう20年以上も一緒にやってきていて、長年一緒に活動した上での積年のストレスとか不満とかの爆弾を抱えていて、今にも大爆発しそうな状態となっている。そんなところを包み隠さずキャメラは捉えている。
まあ、なんとかアルバムが無事リリースされ解散の危機が回避されたからこそ、この映画も封切られたのだろうしそういう意味でメタリカは「勝った」わけである。

曲や歌詞が作り出されて行く過程も実にこと細かく描かれていて、特にメタリカのファンでなくても、創造ということに興味がある人だったらとっても面白く観られること請け合い。さらに、仕事上の人間関係の解決のヒントにもなる。ラーズは非常に賢い男で、メタリカとはどうあるべきかというのを常に考えている。なにやらとんでもない現代美術のコレクションを持っていたという意外な一面も見せている。スラッシュメタルのバンドの一員というイメージとは程遠い。でも同時に尊大でお子ちゃまなところもあるんだな。

もう一つ面白いな、と思ったのは、なんと現メガデスのデイヴ・ムステインとラーズの20年ぶりくらいの対面シーンが出てくること。メガデスだって累計1500万枚アルバムを売るなど、それなりの成功を収めてきた。しかし、メタリカをクビになったというトラウマは20年もデイヴを苦しめてきて、「あの時辞めていなかったら」「今メタリカにいたら」という負け犬根性の思いがドロドロにあふれているところは相当つらい。「ラジオからメタリカの曲が流れていたら耳をふさぎたくなる」その思いは切ない。このとき、まだハナタレ小僧だった二人が仲良く演奏している映像が流れて、さらに胸が詰まる。あまりにもメタリカは大物になってしまったのだ。でもデイヴ・ムステインはビジュアル的には全然変わっていないな。美少年だったラーズはすっかりおっさんになってしまったのに。

レコーディング前に脱退したジェイソン・ニューステッドの話もちょっとつらいところがある。「セラピー受けるなんて馬鹿馬鹿しい!」人間関係ってこうやって壊れてしまい、それがお互いに深い傷を負わせてしまうのだってことがよくわかって切ない。

年がばれてしまうけど、デビューしてから20数年。自分だって中学生だったのがすっかりいい年になってしまったし、彼らもすっかり太ったりおっさんになったり、あんな過激な音楽を作っていたのがジェイムズなんか娘をバレエ教室に通わせていたりすっかりマイホームパパなんかになっちゃっている。ラーズも上半身裸になると唖然としてしまうくらいおっさん体型だし。(ここでも一人、少し頭は薄くなったもののあまり変わっていないのがカーク・ハメット)そしてバンドの問題にセラピストを雇って人間関係を何とか解決しようとするところとか、実質的なメンバーとなっているプロデューサーのボブ・ロック(彼がメタリカの音楽をつまらなくした張本人とも言われているわけだが)やら、マネージャーやら色々と関係者が出てきて、メタリカっていまや一大ビジネスなんだな、自分が好きだった頃の彼らはここにはいないな、と思ったりして。ナップスター騒動もちょっと出てきて、ファンの大顰蹙を買う彼らを堂々と映し、それに対してガキ大将のように開き直るラーズ。さすが大物。

それでも、困難を乗り越え、新しいベーシストをオーディションで決め(けっこう有名なバンドのベーシストがこぞって受けにきているのが笑える)、録音もどうにか終わり、ツアーに出発。これだけの苦労の過程を見てきた後のライヴには、感慨もひとしお。とりあえず次来日したらまた観に行きたいと思った。所有している初期のアルバムがみんなLPなので、CDで買いなおさなくちゃ、とも思った。このSt.Angerを買おうということに結びつかないところがポイントだが。(追伸:一応メタリカのアルバムを買おうと思ってCDショップに行ったものの、結局買ったのはメガデスのベスト盤&ライブDVDのセットだった)

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2005/09/13

愛についてのキンゼイ・レポート

キンゼイ・レポートって学生のときに読んだフェミニズムの本とか、「モア・レポート」とか読んでいたらでてきたので興味を持っていたんだけど。
その上、「ゴッド・アンド・モンスター」のビル・コンドン監督・脚本作品、主演はリーアム・ニーソンってわけでかなり期待していた。昨日観ようと思ったら上映開始時間に間に合わなくて(代わりに「メゾン・ド・ヒミコ」を見る)出直してきた。

いやはや、面白い。
キンゼイって人は、すごく抑圧的な父の下で、くそまじめに育っていて昆虫をひたすら採集していたら気がついたら中年になって、教え子の女学生と結婚する。ところが、結婚した時に処女と童貞だったので初夜がうまくいかない。医者のところに相談しに行って、それがきっかけでセックスの行動に興味を持って、人間の性行動の研究を始めるわけだが…

あくまでも大真面目にセックスの研究をしているうちに、好奇心と研究の一助になれば、と助手の男性と寝たり(そしてその事実を速攻で妻に告白)、挙句の果てに妻とその男性と寝させたり、研究室の人たち同士で夫婦交換を奨励したり、とエスカレート。息子にも変態扱いされる始末。女性の性行動の実際を生で観察までしちゃって。

しかし、世間的に逸脱しているといわれていた同性愛や獣姦に興味を持って、性というのは本当に人それぞれだというとてもリベラルな考えの持ち主だった故、世間の大バッシングを受けたり、共産主義者との関わりを追求されたり、研究資金が下りなくなったりと苦労する。学者バカもここまで来ればすごく立派だと思う。そんな彼についていく妻もたいした度量の持ち主だが、ただ耐えたりするだけではなく、彼の妻らしく大胆な所もあったりするのが小気味良い。調査用のインタビューでも、本当にセックスを楽しんでいて、そのことにまったく罪悪感を持っていない様子が現れていて、すごく魅力的だ。

超堅物の父親とキンゼイの関係、そしてさらに息子との関係に連なって行くところはうまい。特に、ジョン・リスゴー演じる父親に、性行動インタビューをするエピソードはとても切なく胸を打つ。

ラスト近く、レズビアンの女性に感謝されるくだりがとても感動的。しかも、この女性を演じているのが、「ゴッド・アンド・モンスター」で忠実な女中を印象的に演じてオスカーにノミネートされたリン・レッドグレーヴというキャスティングが素晴らしい。

リーアム・ニーソンも、この相当な変人である役を演じるのはすごく大変だっただろうと思うけど、見事に、真面目で頑固ゆえちょっと行き過ぎてしまう、でも誠実な博士を演じていて素晴らしかったと思う。保守的な時代の中で、自分を曲げずに、好奇心の赴くままに突っ走って生き抜いた人は美しい。

それにしても、人間の性行動って面白い。本当に何でもありであり、色んな性愛の形があっていいものだと思わされた。

助手を演じたピーター・サースガード(「ニュースの天才」で好演)の正面全裸(チンコ丸出し)シーンにちょっとびっくり。あれはどう考えてもキンゼイを挑発していたんだね。 とても目つきがセクシーだった。その挑発におずおずと乗るキンゼイがなんだか可愛かった。二人の間に愛はないのに、キスシーンがとても美しくて。

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2005/09/11

なみおか映画祭終了

なみおか映画祭には行ったことはないけど、映画好きの友達で行ったことがあるひとはいるので色々とその噂は聞いていた。なんと映画祭でプリントを買い上げて上映しているということですごいことをやっている、素晴らしい映画祭だと聞いていた。ところが、こんなニュースが…。

<なみおか映画祭>今年限り ポルノ上映で補助金打ち切り

全国の映画ファンに親しまれている青森市の「中世の里なみおか映画祭」の実行委員会は8日、映画祭を大幅に縮小し、今年で最後とすることを決めた。日活ロマンポルノを特集する企画に、市教委が補助金130万円を打ち切り、会場も貸さなくなったため。文化庁は日活ポルノの芸術性を認めて補助を決めていた。

映画祭は92年に「映画館のない町で国内にないような映画祭をやろう」と青森市と合併する前の旧浪岡町で始まり、今年が14回目。これまで国内外からフィルムを買い取るなどして上映してきた。今回は11月19日から23日まで、日活の巨匠と言われた神代辰巳監督を取り上げ、22作品を上映する予定だったが、内容を知った市教委が「補助事業にふさわしくない」として、実行委に補助金を出さないことを伝えていた。
(毎日新聞) - 9月8日22時39分更新


神代辰巳作品が補助事業にふさわしくないから会場すら貸さないしそれどころか映画祭も終わらしてしまうなんて、一体どこの星の出来事ですか。
こういうことを決めた人って、たぶん神代どころか日活ロマンポルノすら観たことがないしポルノってつくだけでやらしーものだと思っているんですね。文化庁のお墨付きだってあるのに。
すごく悲しいこと。
神代作品って本当に素晴らしいです。自分が人間という感情をもつ動物に生まれてよかったと思わせてくれます。特に「赫い髪の女」の宮下順子は凄すぎます。何回でも見たい。私はシネパトスで痴漢にあいながら通いつめました。22作品も神代作品が観られるなんてなんて素晴らしいこと!浪岡まで行ってもいいと思いました。それなのに。

濡れ場がそれほど多いわけでもなく芸術として優れていて、(そもそも人間だったらセックスだってするわけだし両親がセックスしたんだから自分が生まれたわけでしょ~)今の時代これほどの素晴らしい作品は作れないと思う。それなのに、これがふさわしくないんだったら何がふさわしいんでしょうか。
それに教育委員会が口を出しているというのが良くわかりません。 教育上よろしくないんだったら年齢制限もうけて上映すればいい話。
今までだって、ロマンポルノのドキュメンタリー「サディスティック&マゾヒスティック」を上映したり、ハードコアなしーんのある映画だって上映してきたんです、この映画祭では。

浪岡町が青森市に吸収合併されてしまったことも背景の一つにあるようですが(だから、平成の大合併なんて弊害ばかりで文化を破壊して回っていてろくなことがひとつもないんだってば)

なんか恥ずかしいです。
こんな考え方が権力をもっているこの国が嫌になってきました。
そのうち自由にものを言うことも出来なくなるような気がしてきました。 選挙の結果だってあんな体たらくだし。
これが日本の現状だよって、諸外国に知ってもらう必要があると思えてきました。

なみおか映画祭
http://nff.jp/
終了にあたってのプログラム・ディレクターのコメントが掲載されています。必読。

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2005/08/22

ダンシング・ハバナ Dirty Dancing : Havana Nights

ここにきてようやく映画づいてきたって感じ。
ラテン系注目俳優のディエゴ・ルナ主演のハリウッド映画ということで観に行きたいと思っていたのだ。

ホントにディエゴ君は最高に可愛い!ちょっとタレ目で眠たげな目。上目遣いされちゃっただけですっかりノックアウトされてしまった。ほっそりとしたあごと小さな口に薄い唇、エクボが素敵。「天国の口、楽園の終わり」(この邦題嫌い)で共演していたガエル・ガルシア・ベルナルも可愛いけど、ディエゴのほうが、より私の好みかもしれない。踊りが得意な役柄ということで、当然ながらナイスバディである。キュートなセクシーさだ。実年齢25歳ということだけど、10代で通用しそう。

実はこの映画「ダーティ・ダンシング」のリメイクなのである。オリジナルに敬意を表して、パトリック・スウェイジがダンス教師役で出演していた。20年近く経過しているのですっかりおっさんになってしまったが、さすがスクール・オブ・アメリカン・バレエ出身だけあって踊りは恐ろしくうまい。それに比べるとディエゴ君は踊りのほうはもう少し頑張れって感じ。

1958年、キューバ革命前夜が舞台。父親の転勤でキューバに家族で引っ越すことになった優等生のケイティが、偶然街で見かけたハビエルのダンスに魅せられ、親に内緒でダンスコンクールに出場することになったというストーリー。真面目で内気な女の子が、ラテンダンスを知りハビエルとの出会いの中で少しずつ自分を解放していくというもの。だんだん大胆になって行くケイティが魅力的。彼女の両親は、もともとはダンサーだった。だが、彼らを含むアメリカ人たちは露骨に現地人を見下しているし、キューバの人たちはアメリカの傀儡政権の下で独立運動を繰り広げているという時代背景。一種の“身分違いの恋”的な要素もあるわけだ。上映時間が短くて十分描き切れていないところもあるけれど、ダンスの持つ魔力は伝わってくるものがあると思う。あとは、せっかくのダンスシーンがカット割が多くて上半身しか映っていないところが多いのが残念。

なんてことはない映画なのかもしれないけど、キューバのクラブでのセクシーなサルサのシーンには圧倒された。ダンスって見るのも踊るのも楽しいしワクワクさせられるな、と楽しめた一本。音楽も、サルサからソン(「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」に出てきた音楽)など、魅力的な曲が盛りだくさん。さらにディエゴくんの魅力満開だから、個人的にはすごく気に入った。

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2005/08/21

ランド・オブ・ザ・デッド LAND OF THE DEAD

以前はホラー映画全然ダメだったのに、最近は全然平気になってきてしまった。アルジェントあたりがきっかけだったかな?特にゴア系(死体ぐちゃぐちゃ系)は苦手だったはずなのに。

ゾンビの父、ジョージ・A・ロメロ監督の最新作。というわけで元祖ゾンビ。最近のゾンビは走ったりするらしいけど、この映画は正統派ゾンビなので、集団でのしのし歩くだけ。その代わり、かなーり頭がいい。ゾンビは水がダメだったはずなのに、みんなで川を渡ったりする。そのうち兵士から銃を奪って武器の使い方も身につける。ゾンビの親玉は“ビッグ・ダディ”と呼ばれる黒人のおっさんなのだが、こいつが一番頭がいい。その上、そこはかとない哀愁も漂わせている。ゾンビを撃退するのに花火を使っているというのがお祭りっぽくていい。花火好きのゾンビなんてちょっと可愛い。

話としては一応文明批評みたいなところがあるのか?電気が通っているフェンスで封鎖された街があって、金持ちは、でかいタワーを中心にいい暮らしをしているけど貧乏な連中は隔離されてスラム暮らしをしている。金持ちの親玉がデニス・ホッパーというのがちょっと違和感。せこそうではあるが悪い奴に見えないし。ホッパーはこっち側の人間でしょう。
そいつのために使われている鉄砲玉チョロがジョン・レグイザモというキャスティングはいいと思う。葉巻を拾わせたせいで手下を犠牲にしちゃったりとかなりやなやつではあるんだけど、実質主役でおいしいところは(ビッグ・ダディの次に)持っていっている。

ゾンビと店で戦わされているねーちゃんにアーシア・アルジェント様。登場したところはなかなかいい感じだったのだが、活躍が少なく、結局はアーシア様の無駄遣いでもったいなかったかも。

上映時間が93分しかなくて、ちょっと短すぎる、なんだかあっさりと終わってしまって(終わり方は言わないけど微妙にバッドエンド)それがちょっと物足りない。テンポはすごくいいので飽きずに見ていられるし、ゾンビ軍団が高級ショッピングセンターに押し入って金持ち連中を殺戮して行くところはなかなか気持ちいいんだけど。ゴアシーンはふんだんにあるけど(PG-12なんで見せない工夫はしつつも残酷。へそピアス引きちぎりとか痛そう!)、怖さは全然ない。

でもゾンビマニアは必見でしょう。ちょっとギャルっぽい金髪ゾンビはなかなか可愛い。

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2005/08/18

「妖怪大戦争」

三池崇史大先生の新作は超大作!ということで否が応にも期待は膨らみっぱなし。評判もいいようだし。でも三池先生には脱力作品をたくさん作られたという過去もあるのでちょっと心配になりつつも観に行ってきた。

「DEAD OR ALIVE」じゃん、これ。
夏休み全国公開映画(一応ファミリー向け)でよくもまあこんなことやったな。天晴れだ。

基本的には普通に面白い娯楽映画だと思う。三池は子供の心理を描くのがとても上手くて、両親の離婚で姉と離れて田舎で暮らさなければならない寂しさとか、ほのかな異性への興味の芽生えとか、すごく繊細に描いていると思う。タダシを演じている神木隆之介も演技は上手だしカワイイ。麒麟送子の衣装がよく似合っている。

妖怪さんがこれでもか!とたくさん出てくるのは壮観。妖怪さんって出ているだけでなんか楽しいというか、うれしくなっちゃう。一反もめんとか、空を飛んじゃうんだよ。中には顔を青く塗っただけの竹中直人とかもいたけど。ついでにいうと、特殊メイクしなくてもそのまま出てきただけで妖怪として通用するような方々も…

三輪明日美のろくろっ首は妖しくていいね。タダシくんの顔をペロペロなめちゃって。ちょっとしか出ないけどただ佇んでいるだけの雪女もきれいだったし、いつも瞳とふとももが濡れている川姫はとてもかわいかった。アギの栗山千明は微妙。お肌が汚い…。

すねこすりは鬼のように可愛い。ぬいぐるみがあったら欲しいくらい。もちろん、きゅんきゅん鳴くやつ。

それにしても「妖怪大戦争」の正体があれだったとは!戦争というより祭りだワッショイだというのがアナーキーでよろしい。日本中の妖怪が東京に集結しているところはホント実際に観てみたい。ビール(キリン限定)を飲むと妖怪が見えるのなら、私も普段は飲まないビールを飲んでみてもいいかも。

魔人加藤保憲を演じる豊川悦司、ハマリ役。もともとのあのちょっと酷薄そうな顔つきがピッタリ。でもせっかくなら、島田久作もカメオ出演して欲しかった。

クライマックス近くの水木しげるのせりふ
「戦争は腹が減るだけ」はいいですな。
一瞬「シベリア超特急」の水野晴郎の「戦争反対」大演説を思い出しちゃったけど。

妖怪大戦争、といっても悪い妖怪は一人も出てこないところがポイント。
作り手の妖怪への愛がそこらじゅうにあふれているのを感じて、思わず微笑みたくなってしまう、そんな映画だった。もちろん、続編希望!

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2005/08/14

「運命じゃない人」

久しぶりに映画を見ちゃったよ。最近まったく映画を見る気にならなくて、でもこの映画が評判がよいのは知っていたし友達からも面白いよってメールをもらっていて。
なんか決められた時間に映画館に行くのが面倒なのである。時間を守るのが苦手という自分の性格のせいなのだが。

土曜日はいつも昼過ぎまで寝ているくせに、洗濯したり掃除したりゴミを捨てたりでやたら忙しい。気がついたら目の前でバスが走り去ってしまって、このままでは上映時間に間に合わない。あきらめて別の作品を観ようと思って部屋に戻ってネットで時間の検索をしたのだが、見たい作品がほとんどなくて、あっても時間が合わないのだ。そう、映画ってなんでいつも観ようと思っても時間が合わないんだ!だから観に行かないんだよね。なんで、見ようと思った時に映画は始まらないのか?だから皆映画はシネコンにしか行かないんだよ。シネコンだったら大抵何かの映画は、その時にちょうど始まるわけだから行きやすいよね。

気を取り直して再度渋谷行きに挑戦し、何とか上映開始時間に滑り込んだ。狭い方のスクリーンになっているので立ち見になってしまう。

いやあ、面白かった。なにがどう面白かったと説明するのも野暮な面白さだ。宮田君という天然記念物みたいに真面目で要領の悪そうな男性がいて、彼を中心に5人の登場人物それぞれの視点で話がコロコロ展開するのだが、軸となっているのが彼なのがこの映画の成功した要因だと思う。

「おい、早く地球に住みなさい!」

物語の終盤、あまりの人の良さに、宮田君は親友の探偵、神田君にこう説教される。この神田君の言っている台詞の一つ一つが格言みたいで面白い。
「30過ぎたら出会いなんて文化祭もないんだし絶対にない!」
「電話番号をなめるな」
それを一つ一つ真に受ける宮田君。

5人の登場人物の視点と時制のずれをねらった演出は、誰もがタランティーノ的だって言うだろうけど、「間」が絶妙なんだ。

一見コワモテでカッコいいやくざが実は非常にせこくて哀愁がただよっているところも面白いね。

恋愛がどうのこうの、なんてことより私はこの宮田君&神田君コンビのいい味出し加減が気に入った。この二人のコンビの続編が見たい。

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2005/04/01

昨日のレッスンと「レジェンド・オブ・メキシコ」

昨日のレッスンは発表会前というわけで出演しない私はバーのみ参加。でも上級者も多かったので比較的大変なパもあり、翌日は内腿がかなり筋肉痛で階段を上がるのも一苦労。

この教室には一人だけ男性がいて、バレエを始められて長くないと思うのだけど貴重な男性ということで、先生とパ・ド・ドゥを踊る。背が高くて容姿の良い人ということもあり、踊りは様になっている。(王子様衣装はちょっと恥ずかしそうだったけど)男性がリハーサルをする場面なんてドキュメンタリー映画でも観ない限り観る機会ないし。

パ・ド・ドゥを踊るので、当然女性のピルエットのサポートとか、軽いリフトもあるわけで。サポートつきピルエットは、男性側の回すテクニックも必要だというのがわかって、観ているのが面白かった。いくら女性がうまくても、男性の方でちゃんと止めてあげないとならないし。

さて、今日は友達に借りたDVDで『レジェンド・オブ・メキシコ』。大傑作『デスペラード』の続編である。『デスペラード』組から監督はロバート・ロドリゲスで、アントニオ・バンデラス、サルマ・ハエック、チーチ・チョン、ダニー・トレホが引き続き出演(アレ、ダニー・トレホって『デスペラード』では死んでいなかったっけ?)。それに加えてジョニー・デップ、ミッキー・ローク、ウィレム・デフォー、エヴァ・メンデス、エンリケ・イギレシアスが出演とキャストは恐ろしく豪華。

しかし!映画自体は恐ろしくつまらないものだった。ストーリーがほぼ全部ジョニー・デップの口から説明口調で話されるのだけど、説明的過ぎるわ、キャラクターの名前は全然覚えられないわ。登場人物が多すぎて全然活躍の場がないわ。バンデラスが主人公のはずなのに、登場シーンが少ない上、ジョニー・デップと一緒の画面に出ていることもほとんどない。いくらこの映画にストーリー性を求める人間がいない、ストーリーなんかどうでもいい作品だとわかっているとはいっても、これでは一体どういう話なのかよくわからない。派手なアクションシーンを見せていればいいってモンじゃない。『デスペラード』のように、もっと単純にするべきだっただろう。その上、ウィレム・デフォーの無駄遣い。彼が出ている必然性がないし、一体何物なのかもよくわからない。サルマ・ハエックは回想シーンにしか出てこない。(前作で死んでいるから仕方ないけど)ミッキー・ロークは整形の失敗で見る影もない容貌に。

ジョニー・デップは楽しそうに演じているし、バンデラスはカッコいいんだけど前作のような茶目っ気はなし。サルサ界のスターであるルーベン・ブレイデスが引退したFBI捜査官として渋い存在感を見せたのが拾いモノなくらいか。

ロドリゲス作品は『スパイ・キッズ』にしても面白かったのに、一体これはなんだったんだろう。無駄に豪華なキャストを揃えた空虚な作品になってしまった。

あ、でも新作ロドリゲスの新作「Sin City」は超・傑作の予感。 ロジャー・エバート先生のレビューをリンク。(おっと、「レジェンド・オブ・メキシコ」褒められていますね。
http://rogerebert.suntimes.com/apps/pbcs.dll/article?AID=/20050330/REVIEWS/50322001/-1/email_headlines これにもミッキー・ロークが出演しているのね。

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2005/03/30

『ビヨンドtheシー~夢見るように歌えば』Beyond The Sea

某雑誌の映画担当編集の方と、某脚本家に「大傑作だから観ろ!」と言われて観に行った。それにしても、邦題なんとかならなかったものか。「ゴッドandモンスター」に続く珍題だよ、これは。

ケヴィン・スペイシーが60年代に活躍した実在の歌手、ボビー・ダーリンの生涯を自作自演で映画化したもの。実在の歌手の人生を描いた映画といえば最近では『Ray/レイ』があったけど、あちらはかなりストレートに描いているのに対して、この作品では虚実織り交ぜて、少年時代のボビーから見た彼自身というのを描いている。作品は、自らの生涯を自分で映画化しようとしているところから始まる。「記憶の中では、想い出は自由に想像に任される」という彼の台詞の通り、華やかでどこか非現実的なミュージカルシーンも挿入されている。

『Ray/レイ』ではレイ・チャールズの歌声がレイ本人のものであったのに対して、この映画ではケヴィン・スペイシー自身が歌を披露し、華麗なステップも披露。黄色いスーツを着てこれでもか、と軽やかに踊りまくるシーンは楽しい。

この映画の中で、ボビー・ダーリンは舞台の魔力に取り憑かれた人間として描かれている。元ボードヴィル・ダンサーだった母から歌と踊りを叩き込まれた彼は、母とともに、フランク・シナトラも出演していたクラブ、コパカバーナに出演することを夢みる。ヒットを放ち、亡き母と約束していたその夢を実現した後も、妻である子役出身の女優サンドラ・ディーとの結婚生活よりツアーや、仕事関係の人間たちを選ぶ。

髪が薄かったためカツラを着用したところ売れっ子になったというエピソードは、後半の「人は歌を見た目で判断する」というサンドラの台詞にも生かされている。エンターテインメントの虚構性をうまく突いている。(とともに、実際にちょっと髪の毛が薄いケヴィン・スペイシーの体を張ったギャグとも思えるわけだが)反戦運動に目覚め、突然カツラを取ってヒッピーのような姿で舞台に立ったところブーイングの嵐だったエピソードも、エンターテインメントというのは見た目に左右されるものだというところを現している。

出演した映画でアカデミー賞にノミネートされ、取り逃がした時の半端ではない荒れ方。そして徐々に売れなくなってきたところへ妻との不仲。出生の秘密。自分をみつめ直す旅に出たボビーは、時代の流れに翻弄され、本当の自分の姿を求めて迷走する。彼の心の旅はかなり痛々しい。

が、この映画のいいところは、その終わり方にあると言える。


(ネタバレ有り)

ボビー・ダーリンは実在の人間で、幼いときにリウマチ熱にかかったことから、もともと長くは生きられないことがわかっていた。医者に言われたほど短命ではなかったにしても、心臓が悪く若くして亡くなっている。死んだことがわかっている人間の生涯を描く作品となると、どうしてもその死の描写が大きく、そして悲劇的に扱われることが予想される。

が、この映画はそんな予想を鮮やかに裏切ってくれるのである。軽やかで晴れ晴れとしたエンディング。ボビー・ダーリンという人間はいつまでも生きているのだ。ケヴィン・スペイシーという人は根っからのエンターテインメント好き、舞台好きなんだな、と思った。

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2005/03/28

『エターナル・サンシャイン』 Eternal Sunshine of the Spotless Mind

私は必ずしも「マルコヴィッチの穴」「ヒューマン・ネイチャー」とチャーリー・カウフマン脚本もしくはミシェル・ゴンドリー監督作品を絶賛しているわけではないので、かなり不安を持ちながらこの作品を観ることに。(「アダプテーション」は面白かった)
でも、ジム・キャリーとケイト・ウィンスレットの組み合わせは絶対に観たかったし。

人間の記憶って曖昧なもので、自分の中で都合よく変えることもできるし、忘れたいことを忘れられることもある。でも、忘れられない記憶が私たちを苦しめたり、いろいろと指図をするってこともある。恋をした記憶は消すことができるのか?消されたと思っていても、自分の中に想い出は刻まれているのかも。そんな記憶の不思議な作用についての映画。

今までのカウフマン作品って、アイディアはとても突飛で面白いし、途中までとっても斬新ですごい、と思っていながらも後半は頭の中でこねくり回したような複雑すぎる構造についていけず、結局一発アイディアで終わっているところがあった。でも、今回は後半、多少ごちゃごちゃしながらも、時系列の切り離し方がわかりやすく演出され、結末までうまく収拾してされていると感じた。何しろ、メーンキャスト、特にジム・キャリーとケイト・ウィンスレットがいい!ジム・キャリーの“気の弱いいい人”ぶりと、ケイト・ウィンスレットの奔放な中に弱さを秘めた部分が非常に魅力的。ジム・キャリーが記憶を消されている最中に目を開き、ちょっと哀しげな表情を浮かべる時には泣きそうになった。

氷の上で二人が横になって夜空を見つめるショットの切り取り方や、冒頭の海岸でケイトを見かけるところのが光の加減がとても美しい。この二つのシーンだけで、いい映画だと直感してしまうくらい。

ジム・キャリー演じるジョエルの記憶を消そうとする際に、二人の恋の記憶が走馬灯のように駆け抜ける。消え去る寸前の思い出のなんと美しくせつないことか。消されていくスピードに追いつかれないように二人が走って逃げていったり、記憶の地図の中にない場所を捜し求めてジョエルの4歳の時の記憶に逃げ込んだりと、思い出の中の二人があちこち飛び回る描写が楽しい。その4歳の時の家政婦に扮したケイトのファッションが可愛い。

ジョエルが書く日記のイラストがシュールで奇妙な味わいがあって面白かった。彼が描くクレメンタインの絵は、体がガイコツだったりするんだもの。記憶消去会社の女性メアリーを演じたキリステン・ダンストの小悪魔ぶりも似合っていた。エンディングのベックの曲が、せつない余韻を残していてよかった。

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2005/03/22

『香港国際警察NEW POLICE STORY』警察故事

ジャッキー・チェン映画は中学の時に弟とよく見に行ったものである。もちろん傑作『ポリス・ストーリー/香港国際警察』も。ハリウッド進出後も意外と彼の作品は観ているなあ。

さて、周りの香港映画ファンからは傑作の誉れ高いこの作品、往年の彼の作品を髣髴させるサービス精神満点で楽しめた!

ジャッキーってもう50歳になるというのに、本当にアクション頑張っているね。高層ビルからの駆け下りとか、火のついたロープに飛び乗るとか、暴走バスを乗りこなすとか。ワイヤーは使っているけど、素早く華麗に展開する動きはさすがに見ごたえ有り。

ジャッキーに限らずアクションシーンはかなり気合が入っている。警察が犯人を追い詰める際の隊形とか人員配置がかっこいい。香港国際展示場を縦横に使ったアクションや、バス暴走のやけくそなまでの街中破壊ぶりというお約束の展開。ビル駆け降りはジャッキーだけではなくニコラス・ツェーやテレンス・イン、ココ・チャンも挑戦している。

ジャッキー映画にしては若干シリアスすぎて笑いが少ないところが難点かもしれない。部下を9人も亡くすシーンなどは、ちょっと悲し過ぎて洒落にならないほど。そのせいで酒びたりになってしまった刑事という、けっこうしょぼくれた役。でも、酔いつぶれていてもやるべき時にはちゃんと体が動くのはさすが。

ニコラス・ツェー演じる若手刑事が、『踊る大捜査線』の青島コートそっくりのコートを愛用しているのはちょっとしらけるが、彼がジャッキーを「頑張れ僕のヒーロー!」と応援しているのは、ジャッキーファンが彼を応援しているようにも見えてきて胸が熱くなる。ちょっと人情話っぽい終盤の展開は香港映画の得意とするところ。よく考えると結構悲惨な話なのだが、この若者と、(TWINSのシャーリーン・チョイ演じる)可愛い婦人警官がいるおかげでずいぶんと明るく希望があるように思えてくる。

欠点がいっぱいあっても、サービス精神満載、ほろりと泣けて暑くなる映画というのは観ていて気持ちいいね。アクション映画好きなら必見。

ダニエル・ウーとテレンス・インの『美少年の恋』コンビは、そろそろ似たような悪役ばかりというタイプキャストから抜け出た方がいいと思うけど。

http://www.hongkong-police.com/

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『大統領の理髪師』Bunkamuraル・シネマ

去年観た映画のお気に入りが韓国映画ばかりだったのに、今年はどうも心引かれる作品を見かけなくて映画館にも足を運んでいなかった。私はそんなに韓国俳優に関心がないものだから、アイドル映画はあまり観る気がしないのだ。

Bunkamuraにチケットを引き取りに行くついでに「大統領の理髪師」。60年代にひょんなことから当時の朴大統領の理髪師になってしまい時代に翻弄された男とその一家の物語だ。サイトを見てもこれが実在の人物なのかどうかは不明。

主演の理髪師にソン・ガンホ、その妻にムン・ソリ。そして息子役には『先生、キム・ボンドゥ』『殺人の追憶』『花咲く春が来れば』に出ていた名子役のイ・ジェウンと演技陣は最強。ソン・ガンホの演技の素晴らしさは言うまでもない。ちょっととぼけていて、権力に擦り寄ることでしか生きていけない、でも実直な庶民を哀歓こめて演じている。

すごく驚いたのが、まだ小学生の息子がスパイ容疑で(しかも単に下痢をしていただけなのに)捕まって延々と拷問されるというくだり。こんな子供が北のスパイだなんて疑われて、しかもかなり残酷な拷問を受けさせられるなんて、軍事政権時代の韓国って恐ろしいところだったんだな。マルクスウィルスなんて下らないものをでっち上げてしまって。もっとほのぼのとした映画だと思ったら、その事実にかなり映画の内容を割いている。こういう負の歴史を入れられるのって凄いと思った。

理髪師ソン・ハンモは、自分の床屋の見習だった女性を手篭めにして妊娠させちゃったり(でもちゃんと責任は取って結婚する)、不正選挙に荷担したりと、とても褒められた人格の持ち主ではない。下痢にかかった者は通報せよということで自分の子供まで警察に連れて行ってしまう。でも、何とかして息子を救おうと奮闘する姿には人間の原点みたいなものを感じさせてくれた。

自分が大統領の専属の理髪師だったら、普通、口利きすれば子供は助けてもらえると思うのにそうはいかないところが、この時代の軍事政権の怖さを感じさせるね。大統領府での家族ご招待食事会でも平気で銃を突きつけちゃうくらいで、何かとすぐに銃口がこっちを向いてくるんだもの。

そういうわけで、骨太で、庶民の哀しさいとおしさを感じさせてくれる正統派のいい映画だった。意外と残酷だったけど。

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2005/03/19

天然のカオス、大森南朋. 『新・痴漢日記』

残業に引っかかってしまい8時40分に行ったらとっくの前に立ち見になっていた。座布団をもらって床に腰掛けるが床に座る場所もないほど。
大森くんったら今や女子に大人気なんだ。だって今日の作品はVシネマの「新・痴漢日記」だよ。でも8割が女性客でしかも若い子ばかりだ。 彼はすごく透明な個性の持ち主で、色んな色に染まる。本当にいい俳優だな、と今日見て改めて思った。

映画の方は実はとてもウェルメイドでハートウォーミングなラブストーリーだった。大森南朋は、『ヴァイブレータ』でセクシーなトラッカーを演じたかと思えば、初主演作だったこの作品では女性と口を聞いたこともないような気が弱くておどおどした、山好きの青年として登場する。ときどきすごく切ない表情をするよね。相手役のスリ常習犯の学校職員を演じる栗林知美は幸薄そうで都会の片隅で地味に生きる女性を好演している。大森演じるゴンが住んでいる昔風の下宿が、型破りな痴漢ばかり集まっているという非現実的かつコミカルな設定で、痴漢という女性にとってはヤダ~という要素を和らげている。螢雪次朗演じる管理人をはじめ、脇役たちがすごくいい味。田口トモロヲや梅沢昌代など出演陣はなかなか豪華。「みんな仲良く」という額が掲げられたアパートの住民たちが肩を寄せ合って生きていて、まるで人情喜劇のような映画。山好きの設定を生かしたテントの中のラブシーンはとても美しい。「才能のない人間なんていないよ」などいい台詞もたくさんあるし、Vシネでありながらフィルム撮りで映画的なつくりになっている。

終演後、宣伝担当のsixour mimirさんにご挨拶して、富岡忠文監督と共同脚本の新田隆男さんらと軽く飲む。登場人物たちのウラ設定や、撮影の苦労話も聞けてとても面白かった。痴漢という反社会的な要素のある映画をいかに、嫌悪感を持たせないようにするかという工夫の数々。プロとしての矜持を感じた。昔っぽいけどなぜか立派なアパートは実は日活の元保養所だったそうな。

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2005/03/04

『トラベリング・ウィズ・ゲバラ』

『モーターサイクル・ダイアリーズ』のメイキング・フィルムなんだけど、単なるメイキングに留まっていないドキュメンタリー。
映画の中ではロドリゴ・デ・ラ・セルナが演じたゲバラの親友アルベルト・グラナード。その本人、御年82歳のアルベルトが、映画の撮影スタッフとともに50年前の旅を再びたどるという趣向になっているのだ。彼は数年前に医師を引退し、今はキューバで家族に囲まれて暮らしているという。 『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』にでも出てきそうなイイ感じのおじいさんだ。

映画の中で、アルベルトは、年下の物静かで純粋なエルネスト・ゲバラに対し、陽気でおしゃべりで憎めない存在として描かれていた。アルベルト本人がとても82歳とは思えないほど元気で、50年前に彼らに会った人たちにも“落ち着きがない”なんて言われちゃうくらいのまるで少年のようなおじいさんなのである。 いかだに乗ってアマゾンの川上りしちゃうし若さいっぱい。ヴェネズエラでエルネストと別れた後も、60年代に二人はキューバで再会して一緒に革命を戦う。

冒頭、ガエル・ガルシア・ベルナルとロドリゴ・デ・ラ・セナに映画の中で登場したバイク「ポデローサ号」を贈られて大喜びのアルベルト。早速後ろにガエルを乗せて試運転。そして、奥さんと子供たちを連れて、南米縦断の旅に出発するのだ。とにかく元気、元気でエネルギッシュ。彼も、エルネストも出会った人たちにとても愛されていたのがわかる。「出会うのは嬉しいけど、別れるのが寂しい」と語るアルベルトはとても人懐っこい。

南米のなんともいえない空気感と光、青い空が印象的だった。真っ白な砂漠の吸い寄せられるような美しさ!マチュビチュの荘厳な雰囲気。50年前とほとんど変わっていないであろう、貧しい人々。彼らの人生を決定的に変えたハンセン氏病の病院を一行は再訪し、エルネストとアルベルトに実際に治療を受けた人たちも登場する。アマゾン川を泳いで渡るシーンは、ガエルがスタントなしで演じているメイキングを観るだけでも感動。気合がビンビンに伝わってくる。ロドリゴもすごくいい顔をした素敵な俳優だな。ついでに、監督のウォルター・サレスが意外と若くて男前なのにも驚く。

ハンセン氏病院でのダンスのシーン、メイキングはすっごく楽しそう。音楽は有名なマンボの曲とかをいろいろ使っているけど、それもすごくいい。

ラストにはゲバラの演説と、アルベルトの深い瞳のクローズアップ。この旅がいかに二人の若者の生き方を変え、そして世界を変えていったのかがさらによくわかり、映画『モーターサイクル・ダイアリー』の感動をさらに高めてくれる作品だった。

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2005/02/26

『オペラ座の怪人』ジェラルド・バトラーに夢中

今回の映画化は賛否両論だったし、ブロードウェイで2回舞台を観ていてオリジナル録音のサントラも聴きこんでいる自分としてはけっこう不安だった。

実際、アンドリュー・ロイド・ウェーバー本人がプロデュースしているということもあって、映画は舞台そのまんまという感じだ。映画的な工夫が少なくて、イマジネーションの広がりがない。観ながら想像力の翼を広げられるのは、ヴィジュアル要素の少ない舞台の方だろう。帰宅後改めてオリジナル録音サントラを聴き返したら、台詞までほとんど同じだった。映画で新しく加わったシーンは、怪人の幼年時代@エレファントマンとラウル水没、ラストのお墓のシーンくらいだろう。映画にするんだからもっと派手に大仰にケレンみたっぷりになるかと思ったらそうでもない。

でも、この映画気に入ってしまったのだ。
なんといっても、怪人役のジェラルド・バトラーに尽きる。ブロードウェイでは人気俳優のラウル役パトリック・ウィルソン(以前「フル・モンティ」の舞台版で観た)や、METオペラで歌っていたというクリスティーヌ役のエミー・ロッサムと違って本職の歌手ではない。私がブロードウェイで観た時のハワード・マクギランのほうがどう考えても歌がうまい。でも、バトラー怪人イイ!のである。一つには、えらく男前であること。マスク姿が似合うし、片側のマスクから覗く深く哀しみを湛えた瞳がきれい。怪人というにはマスクを外した顔でさえハンサムすぎるかもしれない。しかし、この怪人というロマンティックな狂人の悲しさ、情念をうまく表現できていると思った。舞台より“生身の人間の感情の揺らめきと哀しみ”がひしひしと伝わってくるのだから大したものだ。歌は上手ではないが、怪人の持つゴシックなロックンローラーぽいイメージにマッチした太くてかっこいい声の持ち主である。
クリスティーヌ役のエミー・ロッサムはやや線が細いけど、澄んだきれいな声を持っていて、若くて無垢ゆえのちょっと青いエロスみたいなものを感じさせてくれて適役だと思う。二人の男性の間を揺れ動く彼女のキャラクターって実は「たいしたタマ」なんだけど。 あれでは怪人があまりにも憐れだ。

美術の方は、もっとすごいことになっているかな、と思っていたがまずまず健闘しているという範囲。怪人のトレードマークである深紅の薔薇に黒いリボンの使い方は耽美的で素敵だし、ドンファンで登場した時のマスクのデザインはカッコいい。オペラ座のバレリーナアたちの衣装は可愛いし、なんといっても地下の怪人の住処の怪しげな感じが気に入った。自分の顔にコンプレックスを抱きながらも鏡だらけというのがナルシストな感じ。マントを翻させたり、胸をはだけたシャツを愛用したり、相当自己愛が強い怪人だ。彼が長年こつこつかけて飾りつけた地下室のゴテゴテとゴシックな雰囲気、好きだ。極めつけはクリスティーヌの等身大花嫁姿フィギュアだろう。変態的でゾクゾクしちゃう。コルセットに白いガーターベルトですぜ、旦那。

言ってみれば少女マンガの世界なんだけど。

それにしても、なんで私はこの「オペラ座の怪人」の物語にこんなに惹かれてしまうのだろうか。世の中のすべてを呪い地下に潜むy怪物が唯一見つけた心の拠り所、わが身のすべてを捧げつくす報われない愛。手に入れるためにはどんなに悪いことだってしてしまうのに、この姿ゆえに決して愛されない。わずかばかりの希望を抱いただけにさらに地獄と絶望に突き落とされる。人一倍自己愛が強くてナルシストで、燃え滾る情念とルサンチマンの塊で…。その地獄よりも深い歪んだ愛を見せ付けられるだけに、ラストでは号泣してしまう。

とりあえずジェラルド・バトラーの過去の出演作はみんなチェックしなくちゃ。『タイムライン』『トゥームレイダー2』『サラマンダー』『ドラキュリア』みんな微妙そうな作品ばかりだ(笑)。『ドラキュリア』でのドラキュラなんかすごく似合いそうなだけに楽しみだが。 この人は多分静止画より動いているところが素敵な気がする。

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2005/02/13

『ボーン・スプレマシー』The Bourne Supremacy

マット・デイモン苦手である。やっぱり“ジミー大西”の刷り込みが効きすぎたせいだろうか。『リプリー』の時の気持ち悪い役づくりが印象に残りすぎたからだろうか。しかし顔が良くないのにこの人は売れている。『オーシャンズ12』にも出ているし、『インファナル・アフェア』をマーティン・スコセッシがリメイクする企画にも、アンディ・ラウの役で出演するとのこと。ちなみにトニー・レオンの役で出演するレオナルド・ディカプリオは数年前にフィリップ・シーモア・ホフマンに似ていることに気がついてから、フィリップ・シーモア・ホフマンにしか見えなくなった。

でも、この映画はちょっと観てみたかった。前作の『ボーン・アイデンティティ』も面白かったし、本作の監督は『ブラディ・サンデー』のポール・グリーングラスだしすごく評判も良い。

渋い映画である。凄まじいカーチェイスがある以外は、アクションも派手ではない(武器ではなく、素手と頭を駆使したもの)、台詞も非常に少ない。デイモン演じるボーンはすげえストイックで、まさに殺人マシーンって感じだ。静から動への一瞬の切り替えが緊迫感を生む。顔には難ありだが体はマッチョに作りこんであって、体の動きの切れが実によい。感情もほとんど表に表さず、それだけにラストのネスキーの娘とのエピソードがエモーショナルなクライマックスへと収束させることに成功している。

撮影も彩度を落としていてスタイリッシュなんだけど、問題はカーチェイスやアクションシーンのカット割が非常に細かいこと。あまりにもめまぐるしくて観ている側が、一体何が起こっているのかわからなくなってしまう。クライマックスのカーチェイスは迫力がとてもあるので、ここまでカットを割らなくても十分疾走感や緊迫感を伝えられるのに、と思った。

それにしても、スパイというのは本当に一瞬の判断力がモノを言う職業なんだな、ということがよく描かれている。乗っている車が川に転落したら、車内の上部に残った空気を吸う。一緒に転落した恋人の息がもうないことを確認したらキスをして手を離して永遠の別れをする。窮地に追い込まれたときに身近にある意外なものを武器として使う。

一方、CIAの人々はボーンに振り回されっぱなしだし相当マヌケ。その中でジョアン・アレンは自分なりの正義を貫き通そうとしていて好感の持てるキャラクター。相変わらずカッコいいおばさんである。ジュリア・スタイルズって前にもまして不細工になっているなあ。フランカ・ポテンテも老けたし、綺麗な女の人はラストに登場するネスキーの娘だけ。(ロシア人のバレリーナらしい)

あと、ボーンを追跡するエージェントのお兄さん、どこかで見た顔だと思ったら『ロード・オブ・ザ・リング』のエオメルの中の人(カール・アーバイン)だった。濃い目の顔立ちがちょっとワイルドでセクシーなんだけど、ニュージーランド人とは。(ドイツ語やロシア語も喋っていた)

スパイ関係の映画ってヨーロッパを舞台にしているのが多い。悪役に東ヨーロッパ、特にロシア系という設定が一番無難なんだろうな。でも、ヨーロッパの街の風景を映画の中で観られるのはいい。思わず日本を捨てて移住したくなる。

細かすぎるカット割りという問題はある。恋人を殺され、ヌレ衣を着せられたり記憶の断片に悩まされながらも、終始クールなボーン。そのクールさが、内面に抱える闇の深さを感じさせるけど、3部作のうちの2作目ということで、まだ彼自身の決着は先に延ばされたという感じが強い。
でも、この禁欲的な雰囲気は割と好き。

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2005/02/11

『YUMENO』鎌田義孝監督作品

http://www.netcinema.tv/yumeno/

出演者も監督も無名な作品(しかも暗い話)ってすごく宣伝が大変だと思うけど、こういう映画には頑張ってほしい。まず、撮影が素晴らしい。最初は南北海道のちょっと荒涼とした小さな町で始まり、ラストには北北海道の白い世界と流氷へ。川の中に横たわる青年を捉えたロングショットが映画、って感じでいい。ヒロインのユメノが赤い上着を着ているのは、真っ白な雪の中で存在を際立たせるためだろうか。ロングとアップの使い方をわきまえているシネマトグラフィだ。

実は人殺しを正当化するようなところもなきにしもあらず…という映画は好きじゃない。なので最初のうちは「げ~」と思ったわけだけど(なぜヨシキが夫婦を殺したのか、時制をバラバラにしていることもあって全然わからなかった)、そのあたり、映画が進むに連れてちゃんと事の次第がわかるようになる。時制をばらす手法は、一歩間違えたらディザースターになるんだけどこの映画ではうまくいっているし、ひとりよがりにもならず、難しいことは何もない。

ヨシキとユメノとのストーリーはややありふれた面が感じられなくもなかったが、そこへ、父親に自殺されたばかりの男の子が登場して、この三人が北へ向かうというサブプロットが非常に効果的だ。別に3人の魂が触れ合っているわけではなく、子供にこんな邪悪なことをさせちゃっていいんだろうか、というくらいのことをさせてしまって、さらに最後の方ではその子供にさらに追い討ちのように悲しい出来事に遭遇させて。子供の母の新しい夫役の寺島進、出番が少ないけどさすがの演技。子供役の役者がすごくいい。幼いなりに、すでに世界に絶望している感じが良く出ている。将来かなりの美少年になりそう。ヨシキとユメノ役の二人の俳優も、演技がちゃんと観られるものになっている。日本映画に出ている最近の若い俳優の演技ってひどいものが多いけど、彼らはうまい部類に入る。

共感できない部分もある(監督もトークショーで、ヨシキには共感できないって言っていた)けど、共感を求めていない、ただどうしようもなく荒んだ心象風景が広がっている。そこも含めてよくできた映画だと思った。全体を覆う荒涼とした寂寥感がいい。渋谷シネパレスでレイトショー公開中。

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2005/02/09

ゴールデングローブ賞授賞式

アカデミー賞の前哨戦。でも、作品賞がドラマ部門とコメディ・ミュージカル部門に分かれているし、テレビ部門もあるのでちょっと雰囲気は違う。

出席者が宴会テーブルみたいなのについていて、アカデミー賞と違ってアットホームでちょっとカジュアルな感じなのが微笑ましい。テレビ部門もあって、共演者同士がとても仲良さそうなのが素敵。そんな雰囲気の中に、何気にミック・ジャガーとかプリンスとか凄い人がいたりするのが楽しい。

テレビ番組やテレビ映画はなかなか観る機会がないので、ちょこっとでもノミニー紹介の時に流れるのが見られるだけでも面白い。テレビ映画・ミニシリーズ部門のノミネート作品なんて、劇場映画と遜色のない重厚さが感じられるものね。主演女優賞はグレン・クローズだし。

実は助演部門だけ見逃しちゃったんだけど。でもナタリー・ポートマンの服は華やかな授賞式にはあまりふさわしくないような気が。助演女優賞ということだけど、例によってヌードシーンがカットされちゃって脱がないストリッパー役なのよね。

主演男優賞のジェイミー・フォックス。テレビ部門でもノミネートされていたとは知らなかった。スピーチはやや長かったけど最後の方では涙を浮かべておばあちゃんの話をしていて、こちらも感動させられた。
あと、イーストウッドとヒラリー・スワンクの師弟愛を感じさせるスピーチも良かった。ヒラリー・スワンク、髪型はちょっとあれだったけどイーストウッドへの敬意があふれていて良かったね。

受賞に至らなかったけど、ケイト・ウィンスレットが映画の印象と違って?すごくゴージャスで美しかった。スカーレット・ヨハンセンは昔のヴァンプっぽいハリウッド女優のようで、きれいなんだけど若さをあまり感じられない。シャリーズ・セロンが黒髪になっていたのは驚いた。でも美人は何をやっても美しいね。ミーシャ・バートンが顔がかわいいまま、ものすごく背が高くなっていたのにも驚かされた。モーガン・フリーマンは相変わらず渋い。

ミック・ジャガーのスピーチは「最近僕売れていないから晴れ舞台に出られて嬉しい」なんてなかなかの冗談を飛ばしていた。
セシル・B・デミル賞のロビン・ウィリアムズはおよそ受賞スピーチらしくない、ジョークいっぱいのものだったけど楽しかった。自分の子供たちと一緒だったけどみんな可愛かった。でもロビン・ウィリアムズってちょっと邪悪な感じがしていいんだよね。

これを見る限りでは、やっぱり「アヴィエイター」と「ミリオン・ダラー・ベイビー」「サイドウェイ」の三つ巴の争いって感じなんだろうか。

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2005/02/01

『ベルリン・フィルと子供たち』Rhythm is it!

バレエを習い始めたところだし、ダンスっぽい気分の映画を観たいと思い、観よう観ようと思って今まで観ていなかったドキュメンタリー映画『ベルリン・フィルと子供たち』を観に渋谷ユーロスペースへ。渋谷に映画を観に行くのは久しぶりだ。というか今年初めて。

時間ぎりぎりに行ったせいか、ユーロの小さい方のスクリーンはなんと満席で座布団を持って立ち見する羽目に。

ベルリン・フィルの芸術監督に就任したサー・サイモン・ラトルが、2002年に教育プロジェクトとして、250人の子供たちがストラヴィンスキーの「春の祭典」に合わせてバレエを踊るというプロジェクトを実施する。「絵を描くときには絵筆を持たせるのに、クラシック音楽はなぜ席に座って受身で聴かなくてはならないんだろう」というラトルの疑問からこの企画は始まった。振付家はロイストン・マルドゥーム。250人の子供たち(とはいっても8歳から25歳まで年齢は様々)の多くは他の国からの移民や孤児と貧しく、ダンスの経験もまったくない。というわけで、彼らはじっとしていることもできなければ、振付家の指示を聞くこともできない。なんでダンスなんかやらなきゃならないんだ~って感じだ。ところが、厳しく根気よい指導のたまもので、やがて子供たちは失っていた自信やプライドを取り戻し、5週間の後に2500人の聴衆の前でベルリン・フィルと共演し、見事な踊りを見せるわけだ。

経済的にも社会的にも行き詰まりつつあるベルリンにおいて、芸術は自身の存続のために戦わなくてはならないこと、芸術というものが人々の魂を存続させるためにいかに大切であるかを語るラトル。「ベルリン・フィルは特別のものだと思われているけど、色んな人を歓迎したいんだ」という言葉は嬉しい。

逆境にある子供たちが、挫折しそうになりながらも見事に舞台をやり遂げるという筋自体を描いただけでは陳腐に思えるかもしれないけど、音楽とダンスの力が世界を変えられるかもしれないし、少なくとも人々の生き方を変えることができるのでは、という希望を感じさせる。

あと面白いな、と思ったのは、振付家のマルドゥームに対して子供たちも平気で疑問をぶつけるし、教師たちも議論をしたがるということ。ドイツ人の皆さん、立派な振付家だからって物怖じしないでとことん話し合う姿勢はたいしたもの、と感じた。

もちろん、ベルリン・フィルの演奏は力強くて迫力があるのだが、「春の祭典」という音楽が持つ、原始的なパワー、地中からエネルギーがあふれていく躍動感はダンスがあることで倍増するし、子供たちのエネルギーをぶつけた踊りがさらに音楽の力を増幅させている。音楽もいいけど、ダンスもいいな、と思った次第。原題の「Rhythmn Is It!」という言葉の意味を噛み締める。

帰りにHMVで「ニューヨーク・シティ・バレエ・ワークアウト」のDVDを購入。リージョン1の米盤の方が安いんだけど、首藤康之さんのナレーション入りということで、迷った挙句に購入。自分もがんばろうと。

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2005/01/20

『ネバーランド』&腹部激痛

親が試写会で観たらしく、お正月に実家に行ったら「この映画すごくいいわよ」と前売り券とプレスまでくれたので、観に行く。

多分「ピーターパンの誕生秘話」という予備知識では観に行かなかっただろう映画だけど、よい映画だった。最近年のせいか、涙腺が弱くなって困る。

舞台好きとしては、映画のオープニングがジョニー・デップ扮するバリの舞台初日から始まるところが嬉しい。その舞台が不評で落ち込むバリを「舞台(play)は遊び(play)じゃないか」と慰める劇場主(ダスティン・ホフマン)。載っていた酷評が切り抜かれて穴が開いた新聞を通して、公園に佇む未亡人シルヴィアと4人の子供たち一家が見えるところも洒落ている。(思えば、自分の舞台を覗き見するファーストシーンから、ラスト近くの舞台シーンまで、穴からのぞいたり、扉から外やファンタジーの世界に飛び出るところまで、“穴”のモチーフが多用されている)

妻とのギクシャクした関係から逃避するように、自分も子供のようにシルヴィアの子供たちと無邪気に一生懸命に遊ぶバリが楽しげ(だけど痛々しい)。インディアンに扮していたり(ジョニー・デップにはネイティヴ・アメリカンの血が流れている)、海賊を演じてみたり(もちろん、『パイレーツ・オブ・カリビアン』の役とそっくり)、ジョニー・デップファンはにやりとするところも用意されている。
ジョニー・デップって比較的演技が大げさな人かな、と思っていた。が、この映画では抑え目で、彼本来の演技のうまさが光っている。バリは妻にちゃんと向き合うことができず、虚構の世界に逃避しがちな変人だけど、“ちょっと変わった少年っぽい人”で魅力的に描かれている。

シルヴィア役のケイト・ウィンスレットがとても良い。貧しくても誇り高く、死に対しても毅然と立ち向かっている心の通った女性を好演。一方、シルヴィアの母親で、どちらかといえば憎まれ役のジュリー・クリスティもさすがの存在感。バリを家から追い出そうとするのに、実は彼がこの家に欠かせない存在だと知っていく過程を見事に演じている。バリの妻役のラダ・ミッチェルは、芸術家の妻とは何たるべきかを理解はしていないけど、彼に向かい合ってもらえず心が通わなくなる寂しさを漂わせていてシンパシーを感じられるキャラクターだ。ピーターパン役のケリー・マクドナルドが可愛い。

父親の死そして母親の病に傷ついている子供たちを取り囲む現実がつらく厳しいだけに、そんな中でも人の心は自由で夢を見ることのできるという幸福が胸にしみる映画。想像力の中では人は幸せであるというところで、なんだかすごく泣いてしまったよ。一瞬しか出ないネバーランドの光景が素敵。子供向け、とするにはかなりほろ苦い映画で、ことさら無理やり感動的に仕上げようとしないところが気に入った。人によってはそれが物足りなく感じるかもしれないけど。

プレスを読んだら、シルヴィアの4人の子供たちは実際にはその後かなり不幸な人生を送ったみたいで、ちょっと悲しかった。でも、「ピーターパン」の初日にバリに話し掛けた老婦人がシルヴィアの孫なのだそう。

映画を観終わって家に帰ろうとバスに乗ったところ、突然腹部の激痛に襲われて死ぬかと思った。バスの中で何度も気を失いかけて、だんなにも救急車を呼ぼうかと言われたほど。自分にしては珍しく10時前に寝たのだけど。

で、翌日念のために医者に行ってきて、超音波とレントゲンを取ってもらった。
血液検査の結果はまだなんだけど、とりあえず(たぶん)大きな病気ではないようだ。

しかし、医者に言われたのが
「胃が異常に大きく膨れていて、胃と腸にガスがたまっていますね」
「食べ過ぎみたいなんで、食事を控えてください」(アルコールなどはもってのほか)
また日を改めて胃カメラも飲もうとは思うのだけど。最近は胃カメラも進化していて、鼻から入れられるのだそうだ。

食べすぎですか。

なんか情けない。 レントゲン写真で見た自分の胃、脳みそくらいの大きさだったよ。

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2005/01/13

『カンフーハッスル』功夫

朝帰り後、少し仮眠して洗濯をして新宿へと出撃。新春『カンフーハッスル』オフなのだ。

実は新宿ミラノ座で映画を観るのって超久しぶり。どれくらい久しぶりかと言うと、最後にここで観たのって『ハンニバル』。大体そもそも新宿には極力行かないというのがあるんだけど。椅子が新しくなっていてゆったり配置されているのには驚いた。でも、劇場ロビーに入ってすぐ喫煙所があってとても煙たいのはNG。今時は室内でタバコなんて吸えるほうが間違っている。映画の予告編前に「映画鑑賞マナー講座」と映像をかけていたのはいいことだと思うけど、“携帯はオフかマナーモードにしましょう”ってマナーモードもダメじゃん、と思うわけだが。

さて、映画の方。私はチャウ・シンチーの映画って昔から好きで、『ゴッドギャンブラー』シリーズはDVDボックスを持っているし『少林サッカー』は香港盤と日本盤両方持っているし『食神』は映画館で3回観てこれももちろんDVDを持っている。マウスパッドは『喜劇王』だし日本未公開の『千王之王』までDVD持っている。
当然、『カンフーハッスル』もものすごく期待していたわけだ。

その期待は、というと半分叶えられ、半分裏切られたという感じか。「豚小屋」と呼ばれるボロ長屋の、いかにもダメダメそうな住民たちがすごく強いのにはうれしくなっちゃう。中でも3人のカンフー達人がしびれるほどカッコいい。赤いパンツを透けさせている仕立て屋なんかもう最高。市井で地道に貧しく暮らしている人たちが実は凄腕、という設定は私好み。そして彼らを上回るカッコよさなのが、この長屋の管理人夫妻!後半の彼らがカジノに乗り込むシーンなど、マカロニウェスタンっぽくてしびれる。(彼らを演じた俳優たちは、かつてのカンフー映画のアクションスターだったということを後で知ったわけだが、こういうオマージュの捧げ方、いいね) あと、『少林サッカー』では歌手志望の青年として爆笑を誘った青年が、いつも半ケツの理髪師で今回も笑わせてくれる。

一方、街を支配しているギャングたち。冒頭、彼らが少しずつ勢力を増すのに比例して、ダンスする彼らの人数が増えていくという演出が洒落ている。俯瞰からのダンスシーン、面白い。前半はすごく凶悪で強いのに後半だんだんヘロヘロに情けなくなっていくというギャップが楽しい。

欠点としては、やや残酷なこと。香港武侠映画なんて残酷なものだ、といわれれば確かにそうなのかもしれないけど、愛すべきキャラクターの一人がアッサリ暗殺者に首ちょんぱされるのはちょっと悲しい。あと、主人公であるはずのチャウ・シンチー演じる男がなかなか活躍せず、後半拳法の極意を身につけて強くなっても、アクションがCG使いすぎで生味感がない。前半の達人たちのアクションが凄いだけに、しょぼく見える。そのCGだって今のハリウッド映画にも多用されているものと変わりないし。このあたりもう少しオリジナリティを出してほしかった。『マトリックス』のユエン・ウーピンをアクション監督に使っているから仕方ないのか。(アクション演出の一部はサモ・ハン・キンポーだが)

しかし大ヒットを飛ばした後の次回作でも、下ネタ系の下品でくだらないギャグを使っている点は愛すべきところだ。蛇に噛まれてシンチーが唇ビローンとなるところなんて死ぬほど笑った。多分一般ウケという点では『少林サッカー』の方が上だろうけど、これだけ自分のコダワリであるところのカンフーに対する愛情とお下劣ギャグをマニアックなまでに入れているシンチーってたいしたものだと思う。

観終わった後は、歌舞伎町のドン・キホーテの隣のビルにある香港料理の店へ。火鍋と点心食べ放題。ここの点心は食べ放題なのに相当おいしい。店員が少なくてなかなか注文にこないけど、値段も安いしお得。気がつくと終電になってしまった。新宿は遠いよ。

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2005/01/05

『僕の彼女を紹介します』

一言で言えば、すごくヘンな映画だった…。

前半は、チョン・ジヒョンが『猟奇的な彼女』以上に猟奇的な婦人警官を演じる。非番の日にひったくり犯と間違えて主人公の男を逮捕しようとし、だけど誰にも相手にされていない。しかしいつのかにか二人は恋に落ち、彼女はお弁当を作って彼の勤務先の学校に持っていったりする。(『猟奇的な彼女』のパターンを踏襲ですね)その後は彼女の死んだ双子の姉妹の話とか、自殺未遂2回とか落石事故とかいろいろあって、死をもくぐりぬけて涙、涙の感動シーンがあり、ラストではあらまびっくり!という展開となる。

『ラブストーリー』に出てきたハイミスおねえさんとか、『猟奇的な彼女』の5つ子のおじさんとか、お楽しみもあり。 逆にいえば初めてクァク・ジェヨン監督作品を観る人にとってどれくらい楽しめるか、が問題なのだが。

詳しく書くとこれから観る人の楽しみを削いでしまうのでこのへんにしておくけど、この恐ろしいまでの盛りだくさんな内容と怒涛の「ありえない」展開はすごい。映画としてはツッコミどころ多すぎだし偶然もありすぎだし穴だらけなのに、最後は泣かされたり笑ったりするから不思議だ。鍵盤がすべて白いピアノは素敵だったけど、ぐるぐるまわるカメラワークには悪酔いしてしまうかも。
X-JAPANだったりサティのジムノベティだったり音楽のベタベタな使い方も確信犯的で、悪趣味の一歩手前で踏みとどまっている。

しかしチョン・ジヒョンってすごくスタイルがいいし手足も長くて細いのになんで二重あごにすぐなっちゃうんだろう。それがなければアイドル映画としても完璧だったのに。チャン・ヒョクってもっと二枚目のイメージがあったんだけど。ソン・スンホンと同時期に徴兵に行ってしまっているはず。

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2004/12/29

人体の不思議展と『刑事まつり』

東京国際フォーラムで「人体の不思議展」国際フォーラム近辺は凄い人で、まさかこれがみんな人体の不思議を観にきたのかと思いきや、ミレナリオに来ている人たちだったのだった。しかしミレナリオの会場で大音量で流れている音楽がすごい不気味。ホラー映画とかに流れてきそう。

「人体の不思議展」私こう見えても実はグロイもの苦手なんです。実は『ヴィタール』も解剖のシーンはちょっと怖くて死にそうだったのよ。しっかし大盛況で、デートできている方とか、ルミナリエのついでに来ているカプールとかいっぱいいて、趣味がいいんだか悪いんだか。だって死体の大展示会だよ。しかも5センチ単位でスライスされていたり、意味もなく弓を引いていたり、跳躍していたりヘンなポーズとっていたり。死んだ後どうやって体を動かしてああいう体勢を取らせたのか。どうやってこの標本を作ったかよりもそっちの方が知りたい。血管を固めているのは本当に綺麗だけど、コレが自分の体に中にあるんだよね。ササミのように骨からスライスされて広げられた筋肉を見ると、しばらく肉やモツ系は食べられない。あとはガンとか肝硬変とか脳腫瘍のグロ内臓系とか、胎児とかトラウマになりそうなものがたくさん。自分の体の中身がこうなっていると知ることができたのは貴重だけど、夢に出てきそうな気持ち悪さ。

ルミナリエと仕事納めが重なって食べるところはどこも満員。スタバでカフェラテを買って、有楽町のニッポン放送の中にあるイマジンシアターで「年忘れ 刑事まつり スペシャル!」。
http://event.1242.com/f-theater/ こんなところで上映されているとは、知らなかった。実は下北沢で「刑事まつり」が上映された時には満席で観られなかったのだ。今日の上映は黒沢清監督「霊刑事」青山真司監督「NOと云える刑事」田中要次監督「窯岡刑事」そして篠崎誠監督「忘れられぬ刑事」24分ヴァージョン。どれも面白かったよ。不気味な黒沢ワールド展開の「霊刑事」。その黒沢清が主演で「いや」としか言わない「NOと云える刑事」。中でも、BOBAさんの「窯岡刑事」は大杉漣の怪演ぶりと、ずっと引っ張ったオカマ&カミングアウトネタ、謎の英語字幕でおなかの皮がよじれそうになるほど笑った。BOBAさん、映画監督としてもいけるかも。篠崎さんのは、製作費全部持ち出しとは思えないほどの豪華版で、キャストからしてなかなかすごい。大森南朋が二人出ていたり、故青木冨夫さんも登場したり、原口智生による生首造形も(人体の不思議展を見たばかりだけに)味わい深いものがある。篠崎さんのトークショーがあったり、「NOと云える刑事」主演の寺島進の生写真がもらえたりとけっこうお得な気分だった。
あと二日間の上映が残っているので、時間のある方はぜひ。29日と30日、8時半からの上映。

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2004/12/20

アミューズCQNで『ヴィタール』

新しくできた渋谷の映画館アミューズCQNへ。CQNってまるでDQNみたいじゃない、なんて読めばいいんだろう。PICASSO347というビルの7階8階に位置している。とてもオシャレな建物で自分などが入るのには少し躊躇してしまうほど。おまけに映画館への入口が非常にわかりづらい。3階までエスカレーターで上がらないとエレベーターはないし、3台あるエレベーターのうち映画館に行くのは一台しかないので要注意。映画館そのものは開放感があって明るく、座席に段差があり落ち着いた色彩でいい感じ。女子お手洗いの洗面スペースが少なくて化粧直しがしづらいけど。新しい映画館だったらお手洗いまで気を使ってほしいもの。

さて、観たのは塚本晋也監督の新作『ヴィタール』塚本は実はDVDBOXを持っていたり、TOKYO FISTはアメリカ盤のDVDなんかも持っていたり。今回は解剖がテーマなだけに、医大の解剖実習シーンはグロ系苦手な自分はどうしようと思った。やっぱり自分は医者にはなれないなって。『オールドボーイ』の歯を折ったり舌を切るところは平気でも、自分と同じ人間が解体されていくところをみるのは不慣れで神経を逆なでさせられる。しかし解剖される人間と主人公の医大性とのつながりを見ていくと、どこか崇高なものすら感じられてくる。究極の肉体性と精神についての話だと思った。そしてこれはまた一種の凄絶な愛の形だと。

二つの世界を行き来して、現実ではどんどん抜け殻のようになっていく浅野忠信はいうまでもなく良い。そして今回のヒロイン二人も良かった。塚本の女性の好みというのは一貫しているな、と思うんだけど日本映画に出ているほかの女優たちとは違った個性を感じられる。死んだ恋人役の柄本奈美は牧阿佐美バレエ団のダンサー。(調べてみたら、私が今度観る予定のお正月のガラにも出演するらしい)バレリーナというのは、普通の俳優や女優と並べてもさらに細くて筋肉質できれいな体型をしているものだ。肉体性を伴っているということでは、今回の役にはうってつけだと思う。途中で披露するダンスは大島早紀子振付によるコンテンポラリー系のもので、砂の上で激しく体を投げ出す、非常に難易度の高いもの。クラシック中心のダンサーにとっては特に大変だろう。これだけ質の高い踊りなら、もう少し長く見せても良かったかもしれない。顔も目が大きくて可愛いし、これからまた映画に出演する機会があるかも。もう一人のKIKIは、いかにも塚本好みの美女で過去のヒロインを思わせる無機質でクールな感じがそそる。知的な医大生役にぴったり。

最近の日本映画は観念的なものが多いのでは、と思っていたけど塚本のように肉体を感じさせるものを観ると、ホッとする。ノイズの使い方とか交通事故の再現の仕方は相変わらずのパンクな塚本節。

パンフレットは内容は充実していたけど(撮影時のルポとか解剖学者との対談とか布施英利、宮台真司の評など盛りだくさん)1500円は高いでしょう。色のきれいな映画なのに写真はほとんどモノクロだし。装丁をあんなに立派にしなくていいから、せめて1000円以内に納めてほしい。さすがにこの値段では躊躇するのか、買っている人はほとんどいなかった。

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2004/12/19

市川雷蔵祭 『眠狂四郎 炎情剣』

99年の恵比寿ガーデンシネマでの特集上映の時に3本くらいしか観られなかったので今回はもう少し観たい、と思っていたのに結局忘年会シーズンだったり仕事が忙しかったりで今まで行けず。
シネスイッチ銀座、予想していたけどやっぱり混雑していた。日本映画テレビ技術協会の会員割引が使えないのはどうかと思うが(だってニュープリントというわけでもない旧作なのに何様のつもり)。

隣の『ホワイトライズ』はガラガラだったようだけど、たしかにジョシュ・ハートネットじゃ銀座に来るおばさんは呼べないだろう。いっそのこと雷蔵2館上映にした方が客は入るのでは?今回の映画祭は期間も短いし、上映作品も(快楽亭ブラックさんも毎日新聞で書いていたけど)99年と代わり映えがしていない上、逆に前回は上映して普段は立ち見を出さない恵比寿で立ち見まで出た美空ひばり作品などはかかっていない。雷蔵出演映画はみんな面白いので、もっと色んな作品が観たい。

それと、シネスイッチはたくさんチラシを置いてくれているありがたい劇場なのだが、チラシを見るにつけ改めて近日上映の映画の本数が多いことに驚く。宣伝する側は大変だろう。ほとんどの映画は、パブリシティも広告もほとんど見ないから、きっとすぐに打ち切られてひっそりと消えていくのだろう。時間に余裕がある人はいいけど、普通の人はここまで見切れないだろうし。

さて、三隅研次監督作品の『眠狂四郎 炎情剣』、“女は数限りなく犯してきた”という“悪い男”狂四郎の陰の魅力。夫の敵を討とうとした女ぬいの助太刀を買って出たことから、命を付け狙われることになった狂四郎の話だ。ぬいという女が実はとんでもない悪い女。色香で男をたぶらかしては地獄へと誘う女を、中村玉緒がセクシーに熱演している。着物の上からとはいえ、緊縛シーンまでも披露した玉緒は、出産直後だったとのこと。「明日になればもうお前に興味はない」と冷たく言い放ってぬいを抱く狂四郎、その残酷な魅力がたまらない。でも、何も知らない下女の娘かよにはとても優しい。男でも女でも惚れずにはいられない、そんな危険な魅力を秘めた男なのだ。ラストの一振りでぬいを無情に斬って捨てて立ち去る姿には惚れ惚れ。鳴海屋の食えない主人を演じた西村晃も印象的。

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2004/12/17

『ニュースの天才』(Shattered Glass)

久しぶりに川崎のTOHOシネマズに行ってきた。『21グラム』以来。困ったことに、チネチッタでも川崎TOHOでも、お正月映画一本で何スクリーンも占めていて、観たい映画があまりやっていないのだよね。最近都会が怖い(苦笑)で休みの日に渋谷とか新宿とか行きたくないし。

単館系ではこの『ニュースの天才』くらいしか川崎ではやっていないのだ。それにしても、チッタがいつも長蛇の列でチケットを買うのに15分くらいは平気で待たされるのに、TOHOはこの映画に限らず空いていること。街づくりっぽいコンセプトのチッタに対して、TOHOはさくらやとパチンコ屋の入っているビルの9階というのが敗因なんだろうか。音響はチッタ以上だろうし椅子も良くて非常にきれいな劇場なのにもったいない。

この映画、トム・クルーズが(仕事上のパートナーであるポーラ・ワグナーと)プロデュースしていると知らなかった。トム製作作品といえば『NARC』が地味ながらとてもいい映画だった。去年の秋にニューヨークに行ったときに公開されていて、新聞やTimeOutなどにも好意的な批評が載っていたので観に行った。

「New Republic」誌の若手記者が捏造記事を書きまくって、新編集長によって真相が明らかになるという実話を元にしている。主人公のスティーヴン・グラスの人物描写が秀逸。ヘイデン・クリステンセンがダサいメガネをかけて、いい演技を見せている。同僚の女性たちを巧みにソツなく褒めて編集部内での好感度をアップさせる一方で、ちょっと調べたらすぐわかるようなウソ記事を書いては目立とうとする青年。大胆な捏造をやっているわりには、突っ込まれると泣き言を言ったり「助けてくれよ」と頼ったりと人間の弱い部分を見せている。次から次へとウソを重ねても平気でいられて、半ば病的な嘘つきなんだけど、「こういう人、いるわあ」と思わせる。メガネの奥のヘイデンの大きな瞳がうろたえたり必死に訴えかけたり、本当はとてもハンサムなのに情けなくてカッコ悪くてちょっと同情しちゃう。ピーター・サースガード演じる新編集長の方は人望がなくて、かなり冷たい感じのする人で、実を言うと自分はこういう人は苦手だ。グラスに向ける憎しみのこもった冷ややかな目が相当やな感じ。更迭されてしまった元編集長派の編集部員が多くて、組織の人間関係の中で「仕事ができる人より、面倒見が良い親分肌の人のほうが好かれる」という困ったところを容赦なく描いている。こういうことってどこの会社でもある部分なのかも。ジャーナリズムに従事していなくても、この人間の弱さの部分というのは思い当たる節がある人が多いのでは。けっこう痛い。

『ロード・キラー』などでいつも「しょうがないダメな兄ちゃん」を演じることが多いスティーヴ・ザーンがライバルネットマガジンの編集者役。事件が起きた1998年当時の、紙媒体に比べてネット媒体は低く見られている部分が現れている。彼の同僚にロザリオ・ドーソン。そしてロザリオ・ドーソンと『KIDS』で共演したクロエ・セヴィニーがグラスの同僚役。人間味のある元編集長にハンク・アザリア(モデルとなった人物はイラクに従軍取材して犠牲になったそうだ)。演技陣の充実振りは賞賛に値する。

なぜグラスが捏造記事を書いたのか、というところはあえて描かないで、彼の天性の嘘つきぶりと、捏造が発覚する過程に集中して描いている。なので物足りなく感じる人もいるかも。上映時間も90分ないし。でも、演技が火花散る様子や事件の顛末は非常に迫力を持って描かれているので、観ている間は緊張感を持って面白く観られる映画。

それにしても最近はホントに映画を観ていないなあ。多分『ハウル』とか観ないだろうし、観たいと思わせる映画が少なすぎるよ。

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2004/12/13

ドッグヴィル

しかし「審判の日が来る」とか「美しき逃亡者がやってきて、一つの村が消えた」という公開当時のコピーって思いっきりネタバレだよね。

約3時間の長尺モノ。この長さでセットはまるで書割。飽きずに観ていられるかなとやや不安だったけど、まるで舞台を観ているかのような緊張感がある感じで、一気に観ることができた。

一言で言うと、ラース・フォン・トリアーは変態だ。ハリウッドスターのニコール・キッドマンに犬につけるような首輪&鎖をつけて田舎町に縛り付けておいてなぶりものにしちゃうのだから。伝説のスター、ローレン・バコールはちょっとしか出番がない存在感のない役だし、ベン・ギャザラもこんなエロじじいな役か!エンディングにデヴィッド・ボウイの「ヤング・アメリカンズ」を使っていることからも、アメリカ社会の批判だと解釈するのはたやすく、ある意味わかりやす過ぎて底が浅いと批判されそうな映画ではある。わざとナレーションを多用したり、チャプターごとに説明を入れているところが、観る側の解釈法に対する悪意のようなものを感じさせる。

ニコールは相変わらず神々しいまでに美しいけど(あごのあたりで切りそろえた髪型と首筋が色っぽい)お人形っぽく“人々の善意を信じるイノセントな聖女”には見えない不穏さを持っているのが、この役に合っていたのかどうか判断が難しいところ。

ポール・ベタニーのキャラクターは魅力的だった。自分だけは他の町の人々とは違うという姿勢を持っているエセ知識人で、でも悲しいかな、凡人。ニコールと寝たいのに自分だけは思いを遂げられないかわいそうな役。
田舎町のいやらしさはビンビンに出ていて、(『エイプリルの七面鳥』でも名演を見せていた)パトリシア・クラークソンなどはぞくぞくするほどうまい。その表現の仕方は実にイジワル。陶器の人形とか、鐘の音とか、小道具の使い方は堂に入っている。

傑作とはいえないけど、ラース・フォン・トリアーの底意地の悪さ、変態性、アメリカ的なものへの憎悪というか愛憎が出ていて面白い。ニコールの役柄は、(結局戦争を止められない)リベラルなアメリカ人ってところか。

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2004/12/05

『靴に恋して』

シアターイメージフォーラムでスペイン映画『靴に恋して』。この映画にスペイン国立ダンスカンパニーの芸術監督でダンス界では気鋭の振付家としても有名なナチョ・ドゥアトが出演しているので観に行った。そう、ナチョは大変な美男子なのだ。

5人の女性たちのエピソードを描いたこの映画、ナチョの役柄は、小さすぎる靴を履く資産家の奥様の“足のドクター”。短髪でメガネをかけていたけど、青い目がとても美しく鼻血が出るほどカッコいい。出番は15分くらいだけど。パンフレットに紹介文が出ていないのはどうゆうこと!?
あと、知的障害を持つ若い女性の看護士役で出てきた俳優がちょっと見たことがないくらいうっとりするような美しい黒髪の少年(Enrique Alcides)。目が釘付けになっちゃった。この映画、若くて綺麗な女性はひとりも出てこないのに、男の人はいちいちみんなハンサムなのだ。

映画自体も、周りでの評判も良かったけど想像していたよりずっと良かった。靴フェチの話かと思ったら、靴にセクシャルな意味はあまりもたせていなくて(例の「小さすぎる靴を履く女」が、ナチョの登場もあって一番セクシーなんだけど)、靴を女性の生き方になぞらえているという構造。私自身、足がデカい&外反母趾気味なので小さすぎる靴を履くって気持ちは良くわかる。履き心地よりも見た目で選んじゃって後悔すること、年に5~6回はあるものだから。5人の女性はみな家族など人間関係に問題を抱えているけど、そのあたり、紋切り型ではない描きかたなのが面白かった。群像劇って一歩間違えると散漫でつまらなくなってしまうから。

売春宿のマダムを演じたアントニア・サン・ファンは『オール・アバウト・マイ・マザー』で性転換した女性を演じていただけに、登場した時「ひょっとしたらこの人、男が演じているんじゃないか」と思わせる怪しい魅力がある人だったけど、調べたら一応女性。“靴を盗む女”のナイワ・ニムリは『オープン・ユア・アイズ』から始まって『アナとオットー』『ユートピア』そしてお正月映画の『スパイ・バウンド』まで最近よく見かける売れっ子だけど、微妙なルックスだよな。スタイルが良くて目が大きいんだけど三白眼だからか。

ドラッグとか同性愛とかいっぱい出てくるのも意外だった。

ラーメン食べて、HMVでDVDとかチェックして、ライターやいろんな雑誌の編集の方他と飲み。ネパールトレッキングの話が面白かった。気がついたら久々にオールナイトすることに。80’sしばりのカラオケなどはちょっと張り切っちゃったりして。朝焼けってきれいだね。朝帰りの翌日はまるで使い物にならなくて夕方5時まで寝ちゃった…。

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2004/12/04

『たまもの』@ユーロスペース

ユーロは楽日前なのに立ち見も出る大盛況ぶり。アテネフランセのピンク上映会だってこんなに混んでいなかった世。2週間のみの上映なのはもったいない限り。

ヒロインの林由美香がすごい。寂れたボウリング場に勤める(今私はちょうどボウリングのマーケティングの仕事を請け負っているのでやや受け)若くはない女。化粧気もなく髪もぼさぼさで、まったく喋らない。(裏『悪い男』のチョ・ジェヒョン?)
ひょんなことから知り合った郵便局員の男に恋をして、せっせいと弁当を作って彼の職場に押しかける。部屋はボウリングのマイボウルとトロフィで埋め尽くされている。これだけ取ってみるととても危ない女性みたいだけど。由美香さん服装は中学生の女の子みたいだし、ほっそりとしていて胸も小さめで、大きな目をくるくるさせたり腕をバタバタさせたり、海辺でデートした時は嬉しくて走り回って砂浜で盛大にこけたり、小動物系というか幼女系入っている。メイクをしていないお肌は疲れ気味で、脱いだ後姿に30代らしさがあるけど。ほとんどグロテスクなのに、恋した姿は可愛らしい。(でも怖い) 郵便マーク柄のゆで卵とか作っちゃうし、弁当屋の弁当に見せかけるために業務用の弁当容器を山のように買い込んでいるし、台詞が少ないけど映像表現でうまく語らせている。
恋した相手の男の子が勤める郵便局には不気味なロングヘアの伊藤猛とか、ガングロの川瀬陽太とかいてすごくヘン。
恋に破れた時の、この世がまるで終わってしまったかのような絶望感をかぼそい全身で演じていた林由美香はたいした女優だ。 本番をなさっているらしいが(観た後で知る)、ベッドシーンがやけに生々しくリアルだったけどやらしくない。

いまおかしんじ監督、主演の吉岡睦雄らと終映後軽く飲む。ヒットおめでとう!

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2004/12/01

「世界で一番悲しい音楽」

フィルメックスでの大きな収穫はやっぱりガイ・マディンとボーディ・ガボールの特集上映だろう。(もちろん内田吐夢も観たかったけど仕事をしながら、さらに体調不良の中ではその余裕がなく残念)

今回の映画祭でチケットが1,2の人気を誇りソールドアウトになった『懺悔』とか『柔道龍虎榜』なんて忘却の彼方に飛んでいってしまった。しかもボーディ・ガボールは残念ながら39歳の若さで夭折したが、ガイ・マディンは現役バリバリの映画作家なのだ。

2本しか観られなかったけど。

『世界で一番悲しい音楽』なんと、『日の名残り』のカズオ・イシグロの脚本を元にしているというんだけど、カズオ・イシグロってこんなに変態だったの?
大恐慌期のカナダ、ウィニペグ(ガイ・マディンの故郷で、彼はいつもそこで映画を撮っている)。「世界で一番悲しい音楽」コンテストが開催されて、世界各地から賞金を求めて色んな人たちが押し寄せる。しかも「アフリカ」が一つの国扱いにされちゃっているのがなんとも…。勝った人はビールのプールにどぼんと飛び込めるという特典もある。(当時アメリカは禁酒法時代) 
このコンテストを主催している女性を、イザベラ・ロッセリーニが演じている。ロッセリーニはあんなに綺麗な人だったのに、完全にいっちゃっている。両足を切断した、ちょっとフリークスっぽい富豪の役だ。彼女の元愛人がプレゼントしたのは、ガラスでできていて、中にビールを満たした義足。てなわけで、もちろん脚フェチな場面がいっぱい登場する。ガイ・マディンの映画はどうやらみなサイレント映画の形式を模していて(本作は台詞があるが)、大仰な音楽とか、誇張された演技、独特のモンタージュで、古くて新しい感じ。相変わらず年齢不肖な感じのマリア・デ・メディロスが天使のように愛らしい。セルビア人に扮したアメリカ人の男がもう一人の主人公で、そのキャラクターも相当凄い。悲しいということは同時に笑えるということでもあるんだなあ。

切断された脚とか、人種差別ギャグとか、近親相姦ネタとか危ないことばかりやっているのに、ガイ・マディン監督本人はいかにもカナダ人っぽく?なんか善良で真面目そうなお兄さんなので驚いた。「カナダの映画監督だったらガイ・マディンしかないと思って特集上映をやることにした」と語った市山ディレクターの嬉しそうな顔と言ったら!

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2004/11/30

『トロピカル・マラディ』&『Turtles Can Fly』

東京フィルメックスのコンペ作品は結局4本しか観なかったんだけど、この2本がグランプリ(『トロピカル~』)と審査員特別賞、観客賞(『Turtles Can Fly』)を受賞したってことだ。もちろん『Turtles Can Fly』の方が好きなわけだけど、作品のクオリティから言ってもこのあたりが受賞というのは予想の範囲内。

タイ映画「トロピカル・マラディ」。ウド・キアーのトークショーを最後まで聞いていたらちょっと前を見逃してしまったのだが、一言で言えば何にも似ていないヘンな映画。前半と後半とスパッと2本にできるような作品なのだけど、対にしたことに意味があるような、ないような。前半は兵士と農夫のカップルの日常を淡々と描く。すごく淡々としているのだけど、男性器型のお守りを見せて撫でさせる謎のおばさんとのエピソードとか、ちょっと笑えるところもアリ。前作「ブリスフリー・ユアーズ」ではかなり退屈したけど(生ちんこが大写しで大きくなるところはびっくりしたけど)、この映画は淡々としている割には退屈しない。後半は、ジャングルで虎の霊に取り憑かれた男の魂と遭遇した兵士の話。時間の経過とともにどんどん空が暗くなり、最後の方は真っ暗で時々人魂と思しき?光が飛び交うほかはほとんど何も見えない。虎に取り憑かれた男を象徴させるような、全裸で刺青だらけの男が唐突に登場。合間に、虎の絵とナレーションが挿入される。そして虎と兵士の魂は最後に触れ合う…。ジャングルを感じさせるアンビエントな電子ノイズが独特のグルーヴを感じさせる。なかなか理解するのが難しい映画だけど、突出した個性はあって、それゆえグランプリに輝いたのかも。(「ブリスフリー・ユアーズ」に続き同じ映画監督に2度も賞を与えてしまうのはどうか、という気はするが)

あと、ティーチインで「タイ映画を観るのはこれが初めてだけどこの映画を観てタイ映画の印象が出来上がってしまった」という質問が笑えた。『マッハ!』とかパン兄弟の作品とか『アタック・ナンバー・ハーフ』、タイ映画はアクションやホラー、コメディの印象が強くて、こんなに前衛的な作品ばかりだと思ったら大変だ。監督の話で、「トロピカル・マラディ」がタイで意外とヒットしたと言うのにも驚いた。こんなに作家性の強い作品が。

今回かなり楽しみにしていたバフマン・ゴバディの「Turtles Can Fly」期待に違わず力強く素晴らしい作品。国連に買い取ってもらえるため、地雷を集めるイラク在住クルド人難民の子供たち。リーダー的な存在の男の子サテライトはそのお金で衛星テレビ用のアンテナを買い、人々はテレビのニュース映像に見入る。この難民キャンプに余地能力を持つと言われている両腕のない少年と妹、そして幼い子の3人家族がやってきて、サテライトはこの可愛らしい妹に好意を抱くのだが…という話。地雷で脚を失った子供たちがたくさん登場し、ものすごく哀しい話なのだけど生き生きとして利発なサテライトや子供たちの姿にはユーモアもある。テレビを通してサダム・フセインやブッシュの姿が写されているのが、本当の戦争の真実は一番弱い子供たちの中にあるという明快な主張を、センチメンタルになることなくパワフルに描く。『酔っ払った馬の時間』でもそうだけど、この監督の作品は自然と人を見事に捉えたシネマトグラフィが素晴らしい。日本での公開が来年秋とかなり先なのが残念だ。イラク戦争開戦直前にイラク国内で撮影されたとのことだけど、アメリカ軍によるファルージャ掃討作戦で大勢の民間人が犠牲になっている今こそ、観られなければならない映画でもある。グランプリに最もふさわしい作品だろう。ティーチインの時間が短かったのが残念。友人が上映終了後クルド語で「あなたの映画はとても良かったです」と言ったところゴバディ監督が喜んでいたのが印象的。

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フィルメックス疲れ

ここんところ、仕事する→フィルメックスで映画を観る→知り合いに遭って飲む→翌日死亡→仕事中に死ぬ思いをする→また映画を見る→また飲む→死亡→寝込む→色んなお薬を飲んでさらにわけわかんなくなる(クスリには超詳しくなっちゃった。これはこれで非常にやばい)→また飲む
という毎日の繰り返し。映画祭の毎日はホント大変。映画を観るだけだったらそうでもないんだけど。

フィルメックスも終わり。個々の作品についてはまたゆっくり書くとして、面白さでは
1.「ナルシスとプシュケー」(ボーディ・ガーボル)
2.「Turtles Can Fly」(バフマン・ゴバディ)
3.「世界で一番悲しい音楽」&『ドラキュラ 乙女の日記』(ガイ・マディン)
番外 ウド・キアートークショー
以下、無しっていうことで。

う~むコンペ作品で面白かったのがバフマン・ゴバディだけというのが…。かといって特別招待作品も「カナリア」がそこそこ良い(何しろ俳優がよい)くらいで。でも、上記作品を観られただけでも良かった。本当は余裕があったらボーディ・ガボールのほかの作品とか内田吐夢とか観たかったんだけど…。
いずれにしても、フィルメックス以外でもボーディ・ガボールとガイ・マディンはフィルムで観られる機会を作ってほしいと切に思う。

とある雑誌で今年のベストテン&ワーストテンを選ぶ必要が出てきて、今年公開作品のリストをもらったのだけど、恐ろしく映画を観ていない。特に劇場公開の日本映画なんて10本ちょっとしか観ていないことに愕然。 観る前にネットで公開直後に映画の評判を確かめられるのも善し悪しで、経済的な理由&時間がなく面白くなさそうな映画はすぐ避けて通ってしまうのでワーストは特に該当作があまりない。今のところワースト最有力候補は『殺人の追憶』。ポン・ジュノはなんであんなに評価されるのか私は全く理解できない。

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2004/11/24

ウド・キアー様トークショー@フィルメックス

今日は起きたのが午後4時半!ウド・キアーのトークショーは5時50分というわけで、大慌てで有楽町へ。

一昨日の「ナルシスとプシュケー」の上映でも少し話を聞くことができたわけだけど、本当に面白い人だ、彼は。相変わらず澄んだ青い目が美しい。(若い頃は彼曰く、「大変ルックスが良かった」とのこと。60歳の今でも十分カッコいいけど)

まず最初の40分は独演会。生まれてから今までのライフストーリーをユーモアたっぷりに語ってくれた。IMDBにも書いてある有名な話だけど、第二次世界大戦にドイツで生まれた彼は、生後すぐに病院で空襲に遭い、病院の看護婦や他の新生児はみんな亡くなってしまったのに彼の母と彼は奇跡的に助かったという逸話。17歳の時に偶然バーで当時16歳のファスビンダーと知り合い、後にシュテルン誌で彼の記事を見かけて連絡をとって出演することになった経緯。ポール・モリッセイ監督の「悪魔のはらわた」に出演した直後に同監督のドラキュラ役をオファーされ、5日間で10キロ痩せろと命令されて断食したため、ドラキュラ役では車椅子に座って演じることになったこと。ガス・ヴァン・サントの「マイ・プライベート・アイダホ」に出演する時には4週間風呂にも入らず髪も洗わなくてビジネスクラスの飛行機に乗ったこと。1994年から30年のプロジェクトで毎年少しずつ撮影中のラース・フォン・トリアー監督作品「Dimension」のこと。(終了時に自分が生きているかどうか不安らしいが)「エンド・オブ・デイズ」では蛇は大丈夫かと聞かれ、「大好きだ」と答えたために本当は苦手な蛇を素手でつかまされたこと。日本のCMに出演した時のエピソードも披露。

そして質問タイムでは積極的に観客から質問を募り、時間になっても「Kill him!」と勝手に(?)延長。私も運良く、「悪い人の役が多いけど、それは自分の内面を反映したことですか?」と質問でき、「私はクラシック音楽を愛好し、ガーデニングを行ったり飼い犬を可愛がったりと良い人間だ。良い人間だからこそ、悪役を演じるのが好き。映画に出演中だったら全裸で外を走っても逮捕されないし」と答えてくれた。 好きな映画作品はベルイマンやダグラス・サークだそうで(意外)。最近だともちろんタランティーノや盟友フォン・トリアーなどなど。

最後に、「エンド・オブ・デイズ」で共演したシュワルツェネッガーの言葉を引用。「I'll be Back!」。

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2004/11/21

東京フィルメックスとウド・キアー

さて、東京フィルメックスが始まった。http://www.filmex.net/index.htmオープニングは塩田明彦の「カナリア」、かのオウム事件をモチーフにした物語だ。塩田作品といえば「走る」シーンがとても印象的に使われてるのが印象深くて、今回も子役が疾走する場面が最初の方と中盤に登場する。撮影が素晴らしくて、走るシーンをほとんどワンカットで捉えたり、表情だけを捉えつづけたり、と。そして子役二人の演技も見事。石田法嗣と谷村美月のふたりには注目すべきだと思う。ルックスもとてもかわいいし。
オウム真理教をモデルにしたカルト宗教団体の描き方は、実際の信者の関係者に取材ができなかったということもあって、想像の範囲を逸脱するものではないが、反面主演の子供の描き方はとても痛ましくて生々しい生を感じさせるものだった。どの作品でも言えることだけど、塩田明彦は世界に対して戦っている子供を描かせると抜群にうまい。
オープニングそしてQ&Aを含めると3時間半。さすがに疲れた。Q&Aの内容も充実していた。

今日はハンガリーの夭折した映画監督ボーディ・ガーボルの代表作「ナルシスとプシュケー」そして中国の朱文の「雲の南へ」。「ナルシスとプシュケー」は凄い映画だった。18世紀の末に貴族とジプシーの間に生まれたエリザベートことプシュケーと、彼女に詩を教えた詩人で医師のラーツィことナルシスのかなわぬ恋の物語。だが、物語の後半は文化的に言ってももう20世紀になっているという大掛かりな話で、舞台もヨーロッパ中を移動するという大作。奔放で高貴かつ野性的なな女プシュケーと、病に冒された自己愛の強い詩人の間の、熱烈で周りの人々を巻き込みながら、時空も超えながらも決して結ばれない愛の悲しさ。青味を帯びた美しく幻想的な映像、二重露出やぶれといった実験的な要素、壮大でちょっと法螺話めいた語り口。手術シーンなどのちょっとグロな描写、解剖学の博物誌が登場したかと思えば豚が翼を生やして飛んだり奇想天外な部分もあり。ティーチインに登場したウド・キアーによれば、今回のプリントではかなりカットされた部分があるとのことで、パンフレットには3時間40分ヴァージョンがあるという。これも観てみたかった。

ウド・キアー大先生にはサインももらっちゃった。実物は背の高い、かっこいいおじさんである。フレンドリーで素敵な方。だがナルシスを演じた彼は金髪に青い瞳のエキセントリックで恋に狂った男だった(24年前ということで、その若いこと。美しいといってもいいほど)

「雲の南へ」は念願の雲南への旅行を果たした初老の男が様々な出来事に遭遇する話。笑いのポイントはかなりあるけど、この内容だったらあと15分くらい短くできたのでは?雲南への旅行のわりには観光的なシーンは少ないが、数少ない雲南を捉えたショットは広がりがあって素晴らしい。主人公のおじさんは真面目なお父さんなんだが、そのくそ真面目ぶりが色んな事件を引き起こすからおかしい。ロングショットが多くて、それだけにラストのクローズアップは印象的だった。

しかし最前列はでの鑑賞は厳しい。パイプ椅子でお尻は痛くなるし、(釜山映画祭では前から3列は観づらいので割引しているんだよね)日本語字幕と映画の画面は絶対に一緒には読めないので、途中から英語字幕のみみていた。映画の画面だけ見るんだったら問題ないのだが

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2004/11/09

「オールド・ボーイ」すごいね。

昨日は熱を出してだるくて一日寝ていた。予約していた病院もキャンセルし、一歩も外に出られない状態。いっときは本当に死ぬかと思ったよ。夜すこし良くなったので、オットが買ってきたストーンズの「ブリッジス・トゥ・バビロン・ツアー」のDVDを観る。97年のライヴだけどミック・ジャガーの若々しくスリムなこと!声もしっかり出ているし腰も振っているし昔と全然変わっていない。曲はベストアルバムといってもいいくらい有名な曲ばかりだし、音は分厚いし、彼らはライヴバンドなんだなと改めて実感(ライヴを観てしまうと、スタジオ録音がつまらなく思えてしまうのが難なのだが)。このDVD,2時間ライヴがつまっていて1500円は本当にお買い得。

今日も半日死んでいたけど、さすがにずっと死んでいるわけに行かないので、洗濯大会の後チネチッタに出陣。パク・チャヌク監督「オールド・ボーイ」を観る。

この映画は予備知識なしで観た方が絶対面白いので、中身には極力触れないようにする。「復讐者に憐れみを」に続く復讐ネタで、独自のヴァイオレンスワールドは健在。(どっちかというと心理的なヴァイオレンスと悪趣味さは「復讐者に~」のほうが凄いと思うけど) チェ・ミンシクの演技も相変わらず狂っている。先週「花咲く春が来れば」で田舎の音楽教師をやった人とは思えないほど。大きな生タコを丸ごとむしゃぶりつくように食べたり(15年ぶりに揚げ餃子以外のもの食べるからだけど)犬のまねをしたり、あんなことしたりこんなことしたり、取り憑かれたような凄みがある。

アクションシーンにおけるロングショットやゲームっぽい横移動の構図、省略法といった映像の工夫が独創的で見飽きない。スタイルに凝りすぎている面があり、後半一瞬ダレるし、ネタを台詞で説明してしまっているという難点もあるにはあるが、全体的に異常なまでのテンションの高さがあって、目が離せない。耳に残る携帯の着信音の使い方。後半まで登場しないユ・ジテの、クールな悪役ぶりがいいね。あの登場の仕方は絶品。

娯楽映画で、これだけの目を背けたくなるような残虐シーンや若くて可愛い女優の脱ぎがあってなおかつヒットしちゃうというのが、韓国の面白いところ。

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2004/11/07

「モンスター」

休み明け、またまた体調が悪くなってしまったのだけど、今週末で「モンスター」終わってしまうと聞いてなんとかふんばって映画館へ。 渋谷のシネマライズまで行く元気がなかったので丸の内TOEIへ(劇場名は変わったけど改装はしていないのね)

ジャーニーのDon't Stop Believin'が、リーとセルビーが出会った翌日のスケート場のシーンで印象的に使われていた。実は2、3日前に家人が家で聞いていたばかりだったのだ。 エンドロールでももう一回流れたけど、歌詞の意味を考えると余計切ない曲だ。

本作でオスカーを獲ったシャリーズ・セロンの化けっぷりは言うまでもなく凄い。デ・ニーロ的だなあと思った。外見だけじゃなくて、品のない喋り方とか、どかっとした座り方とか、ホワイトトラッシュな娼婦になりきっていたのは見事。セルビーと知り合ってどんどん男前になっていくし。最初に殺した客にひどいことをされた時の反応も決して過剰ではなく、ちゃんと、こんな目に遭わされたときに取るであろうリアクションとなっている。

だが、それよりもクリスティーナ・リッチがいい演技を見せていたのでは、と思った。出会ったときには孤独な心を潤すような言葉をかけるのに、相手に依存し思い通りにならないと拗ねてみせてまるで相手を遠隔操作するかのように振舞うイヤ~な女を存在感たっぷりに演じていた。あの無邪気を装った上目遣いはちょっと忘れられない。

アイリーンとセルビーの恋愛を中心軸にしているとはいえ、実際に起きた事件をそのまんま描いているような、意外性のない映画ではある。アイリーンの不幸な生い立ちについては、最後の犠牲者を殺すところで触れているくらいで、ことさら彼女に同情的に描いているわけではないしドラマティックに仕上げているわけじゃない。下品で粗野な女で、最初のうちは殺人はやむにやまれないことだったのに次第に、金と車を得るために、そして快楽としての殺人まで犯すことになっていってしまう(=モンスター化)。「神様許して」と言いながらも、優しいなおじさん相手に銃をぶっ放す時には快感を感じているのがわかるから。

でも、考えてみれば、そんな育ち方をすれば誰でも彼女のようになってしまう可能性はあるのかもしれない。そんなアメリカの暗部を感じた映画であった。彼女が住んでいたテキサスはブッシュのお膝元で、死刑執行数全米一なんだよね。

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2004/11/04

モーターサイクル・ダイアリーズ

映画祭とバレエにかまけていて、そういえば最近全然映画を映画館で観ていないと思って上映中作品のスケジュールを軽く調べたら、なんと!もう「モンスター」が終わってしまうではないか。渋谷まで行くのは面倒なので、川崎チネチッタへ久しぶりに行くことにする。

しかしいざ川崎についたら、ものすごい列。同じ川崎でもTOHOシネマズはいつもがらがらなのに。しかしチケットを買うときまで忘れていた。今日はレディースデーだってことを。そして「モンスター」は満席だったので、「モーターサイクル・ダイアリーズ」を観ることに。

チェ・ゲバラの青春時代の旅を映画化したとあって、もっと彼の思想的な背景が出てくるのかな、と思ったら若き日のゲバラは普通のどこにでもいそうな青年だった。ガエル・ガルシア・ベルナルは相変わらず子犬のような目をキラキラさせていて、青春のきらめきを感じさせてくれる。ポンコツのバイクに二人でまたがって、お金もなくただ世界を見てやろうという意志と口八丁で(無謀にも)南米大陸を縦断する二人。でもそのシンプルな意志がやがて世界を変えて行くのだと思うとなんともいえない感慨が迫ってくる。イラクに行って無言の帰宅をしてしまった青年だって、実はそんな人になることだってあったのかもしれないのだし。
ラテンアメリカの乾いた空気とぎらつく太陽。マチュビチュの驚異的な遺跡と先住民族の人々。平凡な男の子(おぼっちゃま)がそれらを見て体験して、自分の中の何かを変えていく様子が、ガエルの目の中に物語られていて、いいものを見せてもらったと思った。

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2004/11/03

東京フィルメックスのチケット取り

せっかくの祝日なのに早起き。

東京国際映画祭のチケット取り失敗に懲りて、今回は仲間内で手分け。あさ8時から蒲田のチケットぴあに並ぶ。前の日からお腹を壊していて、半分うつらうつらしながら待つ。3番目に到着。なんとか、仲間のおかげもあって目当てのチケットは全部取ることができた。

予定としては、
20日(土) 19:00 カナリア
21日(日)13:00 ナルシスとプシュケ
21日(日)16:20 雲の南へ
22日(月) 19:00 柔道龍虎榜
24日(水)19:00 Turtles Can Fly
25日(木) 19:00 懺悔<ざんげ>
27日(土)18:50 世界で一番悲しい音楽
28日(日) 13:40 明日が来なくても
     18:50 クロージングセレモニー/ドラキュラ 乙女の日記より

ってことで、1週間の間に9本観ることになる。東京国際より本数多いじゃん。
他にも興味を持った作品はあるんだけど、体力的にこの辺が限界だろうな。一番楽しみなのは、やっぱり「ブレイキング・ニュース」が良くできていたジョニー・トー監督の「柔道龍虎榜」。カルト教団を扱ったという塩田明彦の新作「カナリア」や滝本誠さん絶賛が絶賛していた「フラワー・アイランド」の監督の新作「懺悔(原題はSpider Forest)」、シャールク・カーン主演のインド映画「明日が来なくても」ももちろん楽しみ。今回取らなかったのは、前回グランプリを受賞した「ブリスフリー・ユアーズ」の監督「トロピカル・マラディ」。だって、「ブリスフリー・ユアーズ」は生○んこが大きくなるシーンが大写しになったところしか記憶にないんだもの。

有楽町朝日ホールは映画を観る環境としてはあまりよくないけど、キャパシティはあるので、東京国際よりはチケットがとりやすいし、ほぼ毎回ティーチインもあるのでより映画祭っぽくて好感が持てる。 指定席になるのは今年が初めてで、センター席はなかなか取れなかったが仕方ないか。

「ナルシスとプシュケ」は今回特集上映があるというハンガリーのボーディ・ガーボルの特集上映のうちの一本。ウド・キアー先生の主演作。imdbで調べてもようわからんかったが、こういう作品はなかなか観る機会もないので。

チケットを取り終えたあと帰宅したら、もう眠くて仕方なくて、速攻で寝る。起きたらもう2時過ぎで、こんなにお天気がいいのに洗濯もできなかったよ。ここしばらく、休みの日は寝てばかりいる。

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2004/11/01

東京国際映画祭終了

今年はそんなにたくさん観ていないのに、天候不順もあって疲労困憊してしまった。最終日の今日も昼近くまで寝込む。
昨日の「カンフー・ハッスル」の上映は相当盛り上がったようで、祭りに参加できなくて残念。お正月映画の一番の楽しみということで。

さて、今日はアジアの風クロージング。行けなくなった友人にチケットを譲っていただいた。例年アジア映画がよく上映されていたシアターコクーンというやや広めの会場だが、映画を観るにはかなり席がしんどい。前の方だったのだが、段差がなく椅子も堅くて足元が狭い。こんなところにずっと座っていたらエコノミーシート症候群になってしまいそうだ。(しかし席がよいはずのヴァージン六本木でもお尻がとても痛くなってしまったのだが)

アジア映画賞の発表に続き、「花咲く春が来れば」の上映。オーケストラになかなか採用されず、恋人とも別れてしまったトランペッターが、田舎の中学のブラスバンド部を教えることに。寂れた炭鉱にあるこの学校のブラスバンド部は、大会で優勝しなければ廃止されるとのことだった。人生に迷えるダメ男が、中学生たちを教えるうちに自分を取り戻していくという、よくあるパターンの話ではある。男の過去の恋愛の話と町の薬剤師との淡い恋、中学生たちの話と話の中心があちこちにぶれていて、しかも決着がついていなさそうなのは気になるが、場面ごとの演出はしっかりしていて、ウェルメイドな映画になっている。なんといっても、主演のチェ・ミンシクの演技が素晴らしい。カリスマ的なテロリストから天才画家、平凡なおっさんまで演技の幅の広い人だ。子供たちや心優しい町の人々に出会って変わっていく様がよくわかる。炭鉱の出口で子供たちが演奏するシーンは「ブラス!」を連想させるけど素敵な場面。そして中心的な子役の男の子は、「先生、キム・ボンドゥ」でも印象的だった子。というわけで、他の映画で観たことがあるような部分は多いものの、韓国映画の平均点の高さを感じさせる、いい作品だったと思う。エンディングの寂寥感と心温まる部分がミックスされていて後味はいい。

今日、今回の映画祭で初めてティーチインを経験した。監督は「春の日は過ぎゆく」「八月のクリスマス」の助監督&脚本家であるという。なかなか誠実な感じのする人であった。

しかし新設された「黒澤明賞」10万ドルの賞金が山田洋次とスピルバーグだなんて悪い冗談としか思えない。コンペに出品するような若手監督にあげればいいものを、何を今更世界の億万長者であるスピルバーグにあげるのだろう。これが今年の映画祭で一番頭に来た出来事かも…。

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2004/10/31

東京国際映画祭28日、29日

東京国際映画祭が終了。そんなにたくさん観に行ったわけじゃないのに、すんごく疲れた。

木曜日は韓国インディペンデント映画「可能なる変化たち」。30代半ばの二人の男が自分たちの人生を見直すべく、新しい恋に生きようという話。主演の片方は「ロードムービー」の元証券マン役の人(チョン・チャン)、そしてもう一人は「魚と寝る女」の主人公の人(キム・ユソク)である。これが一作目という監督は、ホン・サンスの助監督を務めていたとのことで、長廻しなどホン・サンスっぽい部分が随所にあるのだが、違うのはホン・サンスと違って笑えないこと。そしてテンポも悪い。主人公二人の焦燥感とか、現状に合わせて生きていくことのできない不器用さはよく感じられるものの、俳優が熱演すればするほど空回り。ベッドシーンが多いが、それらにより殺伐とした気持ちにさせられてしまった。編集が下手なのかな、という気がする。アジア映画賞を受賞したらしいがもっといい映画はあったのでは?

金曜日はヴァージンシネマズ六本木でインド映画「何かが起きている」原題「Kuch Kuch Hota Hai」でインド映画ファンの間ではけっこう有名だった作品なのだが、映画祭の公式サイトに原題が載っていないので気がつかなかった人も。そして、上映時間が3時間の映画なのに、上映開始が20時50分、休憩20分ありということで、最後まで観ていたら終電に間に合わない。泣く泣く、終了20分前に退席する羽目に。もう少し上映開始時間のこと、考えてほしいよ。クライマックス前で帰らなければならないことのなんと切ないことか。

映画は、妻を亡くした男が、その遺言で大学時代の共通の親友だった女の子の名前を娘につける。もちろん(!)その女の子は彼に片想いをしている。忘れ形見の娘は8歳になったときに亡き母の手紙を読んで、この女性を探し当てる、というお話。インド娯楽映画の王道という感じで、出演もシャー・ルク・カーン、カージョル、ヒロインの婚約者役で(インドのニコラス・ケイジこと)サルマン・カーン。脇役も他の作品で観た人たちばかりのオールスターキャストだ。前半は主人公たちの大学時代の話が中心で、インド人なのにアメリカンなカジュアルを着ていてちょっと笑える。ショートカットでボーイッシュなカージョルがかわいい。後半でサリー姿のすっかり女っぽく変身した姿も見られる。3画関係あり笑いあり涙ありで、クオリティは高い。それだけに最後まで観られなかったのが残念。インド映画の映画祭上映といえば、例年はインド人の方もたくさん来られるのに、今日はその姿が見られなかったのも寂しい。

次の上映作「時に喜び、時に悲しみ」も素晴らしい作品だと聞いていた。深夜上映だと観られる人が少ないので本当にもったいない…。もう少し体調がよければオールナイトで観るところだったけど。

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2004/10/27

東京国際映画祭3日間。

東京国際映画祭、今年は六本木と渋谷での分散開催でかなり不便になってしまった。六本木駅からのアクセスも、直結しているようで悪いし、気分的にも盛り上がらない。

初日に観た作品は「アイ・シュート、ユー・シュート」と「恋愛中のパオペイ」の中国語圏映画2本。前者は映像的にはかなり斬新なことをやっていたり、色彩もブルーを基調にしていながらも、コミカルな映画。売れない殺し屋が殺しのシーンをビデオに収めるという依頼も受け、監督の卵(マーティン・スコセッシフリーク)に撮影させたところ殺し屋として売れっ子になるというかなりブラックな話。テンポも良くてなかなか面白かった。この映画の製作会社である香港のゴールデン・ハーベスト社のタイトルバックをもじった、ビデオの先付けのアニメがとてもシュールでユニークで笑えた。
「恋愛中のパオペイ」は中国映画界のアイドルであるジョウ・シュンが不思議ちゃんなヒロインを演じた作品。前半はヘンな女の子に男が振り回される話しかと思いきや、後半は「ポーラX」のようなダークで狂った愛を描くラブストーリーになっていく。ジョウ・シュンは体当たりの演技だが、彼女が壊れていく描写はかなりやりすぎな感じ。エンディングになんとglobeのkeikoの歌が流れていたが(音楽は小室哲哉が参加)、その最中にかなり揺れた。映画館の中で地震が起きるという状況はかなり怖い。


日曜日は、今回一番観たかったジョニー・トー監督の「ブレイキング・ニュース」(原題:大事件)。
去年のFILMEXで上映された「PTU」が今ひとつだったので(凝り過ぎ)期待半分、不安半分だったのだが、面白いではないか。もちろん、ジョニー・トー作品の2大傑作「ザ・ミッション非情の掟」と「ヒーロー・ネバー・ダイ」そしてその次に優れている「暗戦/デッドエンド」にはロマンチシズムでは及ばないものの、短い上映時間の中にヒューマンドラマとアクション、そして少しのユーモアを入れて娯楽性の高い逸品に仕立てている。

「暗戦」に見られるように、ジョニー・トーは建物の中のアクションの切り取り方がうまいね。緊迫感がある。クレジットのトップが悪役を演じたリッチー・レン。悪役でありながら人間味を感じさせて魅力的。一方、これまた意外にも憎まれ役のエリート女性警部を演じたのがケリー・チャン。独特のキツめの顔立ちがこの役に合っている。作戦のリーダーに抜擢されて精一杯背伸びをして虚勢を張ってメディアや市民を欺こうとする嫌味だけどこれまた人間くさい役。警察の威信をアピールするために大本営発表を通してマスコミを騙し、その裏で実働部隊が孤軍奮闘するというプロットがユニーク。人質役で、ジョニー・トー作品常連のラム・シュー。この映画の面白さだったら、劇場公開しても大丈夫だと思うのだけど。

月曜日はル・シネマで「片腕刀士」。ジミー・ウォング大先生の初主演作で、ショウ・ブラザーズの67年の作品だ。
しかしこの映画も、早々にチケットが売り切れたというのに、ル・シネマでは3分の一くらい席が空いていた。やっぱり招待席を出しすぎ。朝から並んでもチケットを買えない一般人がいる一方で、招待席は余りまくっているというのはどういうことか(怒)「ハウル」のような人気作品でも(マスコミ以外の)関係者なら余裕では入れるらしい。マスコミでもはいれなかったらしいので、関係者(配給?興行?)にチケットをばら撒きすぎたのでは?相変わらず観客不在の映画祭である。別の会場(ヴァージンシネマズ六本木)で観ていた友人からは、なんとスクリーンサイズ(ヨーロピアンビスタとアメリカンビスタ)を間違えての上映があったそうだ。
毎年文句を言っているけど、今年ほどひどい年はなかったのでは?
4作品観ているけど1回もティーチインはおろか司会者もいないし、時間がはじまってはい上映というのは味気ない。

映画のほうは、もちろんジミー・ウォング先生のショウ・ブラザーズ作品であるから、つまらないワケはない。私が生まれる前の作品ということでもちろん古さは否めないけど、片腕で戦い飛び回るジミー先生のいかしていること。目バリばっちりだけど初々しい。悪役は悪役らしく邪悪な顔でホッホホーと笑い、ジミー先生は口でナイフを止めたり手形をつけたり。片腕になってしまって自虐的になるところもふんだんに。敵チームが開発した剣術封じ装置はひたすらせこいけど。あんな飛び道具を使って勝っても、自慢できないと思うのだが。

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2004/10/05

インファナル・アフェア2 無間序曲

曜日は昼間とっても暑くて、日曜日は大雨で寒いという寒暖の差の激しい週末。

日曜は観よう観ようと思ってなかなか行けなかった「インファナル・アフェア無間序曲」。1作目が大好きな自分であったが、今回はそれを上回る素晴らしさ。冒頭のアンソニー・ウォンの取調室での語りから惚れ惚れする。まずはアンソニー・ウォン、ン・ジャンユー(やっぱりフランシス・ンじゃなくてジャンユーと呼びたいよね)の演技は完璧といっていい。ジャンユーは、黒社会の非情な若きリーダーぶりと家族に見せる優しさのギャップがいい。アンソニー・ウォンの重厚さの反面、同僚が目の前に殺された時の慟哭する様は誰の心をも打つことだろう。「世に出た者は、いつか必ず消え去る」この言葉を度々口にするジャンユー扮するハウだが、この“諸行無常”的な台詞が毎回ニュアンスが違って聞こえるところが、この映画のすごいところだ。
一度も台詞のないロイ・チョンもいい。考えてみればこの3人はあの傑作「ザ・ミッション/非情の掟」のメーンキャストだった。

そして姐さんを演じるカリーナ・ラウもいい。1作目は女性の役割がほとんどない映画だったが、今回は彼女の存在が大きくて、登場人物それぞれの運命を狂わすジョーカーとして機能している。エリック・ツァンに代わり、アンソニー・ウォンと対を成すもう一人の主人公と言ってもいいほどだ。フー・ジュン演じるルクの、ウォンへの友情に厚い様子は涙腺を刺激する。

脚本にポコポコ穴は空いている。まず、なぜ警察学校出身のラウがいかに異母弟とはいえ、あんなに簡単にハウの側近になれたのかが不思議。ショーン・ユーとエディソン・チャンの顔は似ているしアンディ・ラウ、トニー・レオンにどちらも似ていないから、ごっちゃになるという問題もある。

だが大河ロマンのように多くの人間の運命をポリフォニックに巧みにそしてリリカルに描いたこの映画は、観た者の心にずしんと響き、無間の苦しみとはどんなことなのかを思い巡らさせてくれる。 しびれるよ。
ほとんどの劇場で3週間で終わってしまうなんて、なんともったいないことだろう。

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2004/09/30

「エイプリルの七面鳥」とカダフィ大佐

今度とある週刊誌に映画評を不定期ながら(しかもペンネームで)書かせてもらうことになり、僭越ながら「エイプリルの七面鳥」を拝見。

実は観る前はそれほど期待していなかった作品だったのだが(だってル・シネマだし結末が想像できる作品だし)、思いがけず非常に良かった。

ヒロインはケイティ・ホームズ。「ドーソンズ・クリーク」などのアイドルからちょっと脱皮して、タトゥーとか入れている、家族に嫌われている女の子の役。でも、もうすぐ死んでしまうママのために、感謝祭の七面鳥を料理するため一生懸命になる。不器用そうだけど七面鳥にいろいろと詰め物をしているところを観ると、料理って楽しそうでいいなあ、と思った。彼女の住んでいるアパートの住民が、言葉が通じなかったり変人だったりで可笑しいし、ボーイフレンドもなぜかボコボコにされたり。

彼女の家族の方も、妹が思いっきりイヤなやつだったり、母親の方もこの不良娘に相当複雑な思いを持っていたりちょっとエキセントリックで、彼らの感情の襞が丁寧に描かれている。終わり方は想像どおりとはいえ、言葉に頼らない表現で処理の仕方がうまい。5000万円という低予算の映画だけど、80分という短い時間にコンパクトに濃くつまっていて、よい映画はビデオで観ても良いなあ、と思った次第。

とにかくアパートの住民が揃いも揃ってへんな、エキセントリックな人たちなんだけど、エキセントリックと言えばこんなニュース。
http://www.asahi.com/international/update/0928/014.html

カダフィ大佐の息子(その名もハンニバル)がパリのシャンゼリゼ通りをポルシェで140キロで逆走して捕まったけど外交官特権で無罪放免という話題。ひさしぶりにカダフィ大佐の名前を聞いた。最高指導者なのに大佐とはこれいかに、と思ったらエジプトのナセルを尊敬していて、その「大佐」という肩書きから「カダフィ大佐」と名乗ることになったとか。
カダフィ大佐の正式の肩書きは「社会主義人民リビア・アラブ・ジャマヒリア革命指導者」だそうで。社会主義国だったのか。 勉強になるわ。

カダフィ大佐の息子と言えばもう一人、サッカー選手がいて、リビアの石油会社がユベントスのスポンサーでそのおかげでユーベの役員をして、その後、サッカーやりたいってとペルージャで登録。なんかの試合に勝った時ときチームメイト一人一人に車プレゼントしたとか。リビアにいた頃、相手チームのサポーター銃撃したりいろいろとやってくれていたみたい。独裁者の息子って何でバカなのが相場なんだろう。

私も暇だな。

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2004/09/27

TOKYO NOIR

オットの実家でウズベスタン、サマルカンドの土産話を聞きに行った後、銀座シネパトスで「TOKYO NOIR」の初日へ。
http://www.kss-movie.com/tokyonoir/

「PAIN」の石岡正人監督、そして熊澤尚人監督による3話オムニバス作品。初日舞台挨拶つき。35歳になったキャリア女性の変身物語、彼を友人に取られたショックでヘルス嬢になった女子大生、そして失踪した恋人を探すうちに同姓同名の女性と入れ替わり夜の東京をさまようOLという、SEXと変身をテーマにした中篇集。女性の目から見た恋愛が等身大に描かれていて、出来は良いと思う。吉本多香美、中村愛美、吉野きみか、そして関彩と女優陣もがんばっているし、遠藤憲一の証券ディーラーのやさぎれてちょっと危うい魅力は素敵だった。夜のシーンが多く、東京の夜が魅力的に切り取られているだけに(特に3話目の吉野きみかが光の海のような東京をドライブするシーンは素敵)、フィルムだったらもっときれいだろうなと少し残念に思った。フィルムじゃないと女優の肌もきれいに映らないし。

1話目、生理がこなくなってしまったヒロインに医師が言った言葉「この年になると少しは恋愛もしないと体に毒だ」というのにはグサ。

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2004/09/23

六本木でドキュメンタリー2本

たまには映画を観なくちゃ、と久しぶりにヴァージンシネマズ六本木ヒルズへ。普段シネコンは川崎のチネチッタばかりなのだが、比較すると、窓口がかなり行列するのは同じだが、窓口の数が7つと少なく、しかも川崎だと上映開始間近の作品を観る人は優先してくれるのにそれもなし。トイレの数も少ないと思う。
パンフレットの見本が置いていないのも不親切(チッタもそうだけど)。大体そもそも、六本木ヒルズに着いたところで、ヴァージンがどこにあるかもよくわからないのが一番困った点なんだけど。

ドキュメンタリー2本続けては疲れる。「フォッグ・オブ・ウォー」は混雑していて一番前の列になったのだが、画面に近いところでドキュメンタリーのビデオっぽい映像を観るのはつらいし字幕も読みづらかった。映画そのものは非常に面白い。マクナマラは大学時代に「世界核戦略論」を読んでいたんだけど、やはり賢い人だ。賢い人でも間違いはするものだな。それをちゃんと認めて、間違いから学んでいるところが凡人と違うところだ。撮影当時85歳というが非常にかくしゃくとしていてガタイもよく、とてもその年齢には見えない(若い頃はなかなか男前である)。第二次世界大戦当時、B-29での低空による日本空爆を提案し、しかしそれで多くの民間人の人命が奪われたことを知って「10万人の死で償われる勝利とは」と語ったところはこの人の人間性を感じる。キューバ危機の話とかベトナム戦争とか勉強になる話がいっぱいあったので(映画「13デイズ」ではマクナマラの役はディラン・ベイカーが演じていた)、ビデオが出たら改めて観たいと思った。

「ソウル・オブ・マン」は、ブルースの父というべき3人のミュージシャンと、彼らの遺産について描いた作品だが、同じヴェンダーズの「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」ほどの幸福感はないというかブルースは悲しい音楽だということか。カサンドラ・ウィルソンの深みのある歌声はやっぱり素晴らしい。ブラインド・ウィリー・ジョンソンやスキップ・ジェイムズの部分は再現ドラマになっているのだが、20年代のアメリカの濃厚な空気がよく伝わってきている。一瞬しか流れないクリームの「I'm So Glad」かっこいい!

でもやっぱりドキュメンタリー2本立ては疲れたわあ。もっと体調のいいときに臨むべきだった…。
六本木ヒルズってとても写真に収めづらいところだと思うけど記念撮影をしている人が未だに多いのには驚いた。

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2004/09/18

今観るとさらに味わい深い『ワイルドシングス』

ずいぶん前に友人に借りたまま借りっぱなしだったDVDを鑑賞。一部で「生ベーコン」ことケヴィン・ベーコンの局部が話題になったこの作品。
いやあ、このあけっぴろげなエクスプロイテーションぶりがいいですね。いまやチャーリー・シーンの嫁であるデニース・リチャーズ脱いでいます。こんなに発育のいい女子高生がいるものだろうか。マット・ディロンは最近はコメディみたいなのにばかり出ているけどこのときはまだ二枚目っぽい。ネーヴ・キャンベルは『バレエ・カンパニー』ではバレリーナだけど、こっちのゴス少女のほうが持ち味が出ているのではないだろうか。テレサ・ラッセルは『デブラ・ウィンガ-をさがして」ではすごくおばさんになっていたけどこのときはまだいける感じ。ビル・マーレイは法廷シーンでは、カラオケでいつブライアン・フェリーを歌いだすのかと思ったよ。みんな薄着でワニとか出てきたりヨットでの殺しとかあったりリッチなんだか安っぽいんだかわからない雰囲気が最高。
しかも冗談みたいにどんでん返しが多いし。エンドグレジットに伏線がみんな登場!だもん。
ケヴィン・ベーコンのアレは期待したほどではないけど、「インビジブル」といい、脱ぐの好きだよね。やっぱり刑事役が彼という次点で警戒すべきだったわ。

反省。
友人にパンツを見られ、それがユニクロだとバカにされてしまった。(ユニクロ愛用者なので仕方ないのだが)ローライズのジーンズを穿いていないからって手を抜いてはいけなかったのだ。あわてて?カルヴァン・クラインの女性用ボクサーショーツを購入。一枚2500円は高いと思うけど。

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2004/09/12

映画をなかなか観られない&「ぼくセザール、10歳半1m39cm」

財布を紛失した際に、日本映画テレビ技術協会の会員証もなくしてしまった。この会員証を持っていると東京近郊のほとんどの映画館で1000円で映画を観られるのである。ということは、1000円以上お金を払って映画を観る気にならないということでもあり、再発行されるまで映画はお預けなのだ。くそう。

しかし振り返ってみるとそもそもほとんど新作の映画を観に行っていないのであった。観たい映画が少ないってことなんだけど。

親にもらった株主招待券で、「ぼくセザール、10歳半1m39cm」を観る。父親が面白いって言っていたんで。フランス人の子供ってマセているな~。主人公のセザールはデブって設定でそれをしきりに気にしているけど、可愛くて全然太っているようには見えない。親友のモルガンが、金髪ドレッドヘアのかっこいい男の子で、ベジャール・バレエ・ローザンヌのジュリアン・ファヴローにちょっと似た不思議なエキゾチックな顔立ち。セザールが恋しているサラという女の子がとても10歳とは思えないオトナっぽい美少女で、監督の娘らしい。刑務所ネタとか、離婚ネタとか、けっこう洒落になってないじゃん!というところも笑い飛ばしていて明るい。ロンドンに行くくだりではやや誇張されたブリティッシュアクセントが懐かしい。そしてパンクなおばちゃんを、あのアンナ・カリーナが演じているのはビックリした。ラストのまとめ方がやや強引なこと以外は、子供の率直な視線もあって楽しい映画になっていると思う。

せっかく交通費をかけて新宿に来たから、と紀伊国屋で「コロンバイン・ハイスクール・ダイアリーズ」を買って、ドラッグストアに寄ったらついつい、土屋アンナちゃんのポスターに惹かれているうちにファンデーションとパウダーを買ってしまった。貧乏なのに何やってるんだろう。ついでにハンブルグ・バレエの「ニジンスキー」と「眠りの森の美女」のチケット代、合計4万円余りも入金しちゃうし。月曜日からしっかり働かないと。

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2004/09/01

アテネフランセでピンク映画3本立て

無職の特権として昼間に映画を観に行くというのがある。しかもピンク専門館以外ではなかなか見る機会のないピンク映画の特集上映だ!というわけで急にまた酷暑となったところだけど頑張ってアテネフランセの坂を登ることにする。
http://www.athenee.net/culturalcenter/schedule/2004_08/NSPMtop.html

しかしこれだけ豪華なラインアップなのだからもっと人の入りが良いかと思ったらそうでもないのがもったいない。女性の姿なんてほとんどないのだから…。 (「痴漢電車 さわってビックリ!」では監督と主演の川瀬陽太のぶたいあいさつまであったのに)

最初は2本だけにしようかと思っていたのだが、2本とも出来が良かったので思わず3本目まで観たら、3本目が一番面白かったという幸運。平均60分という短い尺(集中力のない自分にはかえって好都合)、必ず何分に1回はカラミを入れなくてはという制約、そして低予算の中で商品として満足度の高いものを作っているのが良い。しかもフィルム至上主義者の自分としては、低予算でも35ミリというのがありがたい。一般日本映画で、これだけ平均的に面白い映画って今作れるものなのだろうか、と思わされるのだ。

宙ぶらりん(SEX配達人 おんな届けます)監督/堀禎一 
倦怠期にあるカップル。ホカ弁屋で働く女の前に、毎日午後3時にイカフライ弁当を買いに来る(ちょっとおたくっぽい)男がプロポーズ。一方、デリヘル嬢の運転手である片割れの方は、同僚のデリヘル嬢を買って一瞬本気になっちゃったりとダメダメぶりを発揮。どこにでもあるような男女の心の襞をうまく掬い取った映画だと思う。ここまでダメな男と一緒になることがヒロインにとって幸せとは到底思えないけど。

にぎって(OL性白書 くされ縁)監督:今岡信治
別れたはずのカップルが、ふとした偶然で再会してついにはある奇跡が起こるという筋だけ聞くとファンタジックなのだけど、実はかなりユーモラス。振られた新彼に贈られた指輪を外そうとして両手を煮えたぎる油の中に突っ込んでフライしてしまい、さらには食あたりして振った男の部屋のトイレを借りようとして間に合わず、両手をぐるぐる巻きにされた状態で親から暇つぶしの電話がかかってきたり、変態夫婦に捕まって鞭打たれたり、最後には青木ケ原の樹海をさまよう羽目になってしまうのだから、ヒロインの受難は相当なもの。浮気相手の女に金属バットで殴られたり小学生にぶつかった男や彼女の乗ったタクシーを追い掛け回したりする主人公も相当大変だけど。それなのに終わり方で「イイ話」に思えてくるから可笑しいものだ。

耳を澄ます夏(痴漢電車 さわってびっくり!)監督/榎本敏郎
タイトルは聞いたことがある、有名な作品だけど観てみると噂になるだけのことはある、実にウェルメイドなラブコメ。気弱なサラリーマンが痴漢をした女性は実はスリで、彼女のスリ稼業の片棒を担がされる羽目に陥り、さらに彼女の犯罪行為はエスカレートし…。女スリ役の麻田真夕がとにかくキュートだ。痴漢とスリという犯罪者二人組なのに憎めないのは、彼女のキャラクターに負うところが大きいと思う。言ってみれば、『猟奇的な彼女』のチョン・ジヒョンの役に通じるところがある、暴走しながらも実は純情な魅力。裏エピソードとしてスリ常習犯の男と刑事の不思議な関係というのもあって、こちらもユーモラス。幕切れの仕方も、ラブコメの王道を行っているちょっとロマンティックなハッピーエンド。

ホント、ピンク映画を一般の上映会場で観られる機会はもっと増やして欲しいものだわ。アップリンクさまからDVDシリーズ「ニッポンエロティックス」
http://www.uplink.co.jp/nippon_erotics/
が出ているので興味のある方は是非。

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2004/08/30

マーダー・ライド・ショー

木曜日に「ロブ・ゾンビ飲み」というのを行って、「マーダー・ライド・ショー」上映前にロブ・ゾンビのプロモーションビデオを4曲観たのだけど、本編はまだ見ていなかった。余韻が残っているうちに行かなくっちゃ、と雨の中イメージフォーラムへ。

ずいぶん前にロンドンに行ったときにMTVでホワイト・ゾンビのプロモーションビデオを観て以来、ロブ・ゾンビはすごく気になっているアーティストなのだ。とはいってもCD丸ごとは聴いていないんだけど(情けなし)。オットと私の音楽の趣味が違いすぎるし、スピーカーをテレビに全部つなげたせいでしょぼいCDラジカセ一台しか使えないので、なかなか家では思うように音楽が聴けないの。

ホラー映画ってもともとは苦手だったはずなのだが、ダリオ・アルジェントを見るようになってから徐々に免疫がついてきた感じ。でも、「吸血鬼ノスフェラトゥ」とか「フランケンシュタインの花嫁」といった古典的なホラーや「回路」「呪怨」といったJホラーは観ても、いわゆるスプラッター系の作品はほとんど観ていない。けっこう怖がりなのだ。

というわけでちょっと心配しながらの鑑賞となったけど、意外と楽しく観ることができた。ロブ・ゾンビって本物のマニアなのね~というのを実感。本編に、16ミリモノクロで撮影された、ハマーホラーを思わせる映像を挿入し、ひたすらおどろおどろしくかつ悪趣味な世界が展開。「マーダー・ライド」という秘宝館もどきのお化け屋敷の胡散臭さ、案内人の白塗り男などは思いっきりツボ。エド・ゲインもどきも登場するし。セクシーでキュートなベイビーという名のヒッチハイカーに誘いこまれた人殺し化け物家族の家がすごい!あんなに可愛いのに邪悪で凶暴なベイビーなんか最高。残酷でグロテスク、おどろおどろしさを極めると笑ってしまう、というところまで行ってしまう。相当グロいはずなのに全然平気。ロブ・ゾンビやりたい放題の見世物感覚、楽しめたよ。

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2004/08/28

WALKABOUT 美しき冒険旅行

今飲んでいる薬のせいか、やたら眠い。映画を観に行っても寝る確率は50%近い。この間は2度目の「華氏911」と「マッハ!!!!!!!!」を観に行って、「華氏~」の方はほとんど寝てしまった。「マッハ!!!!!!!!」は2回観ても面白くて、さすがに大丈夫だったけど。映画が面白いとかつまらないとか関係なく、とても眠い。昨日も昼間から眠くて伊勢丹のトイレの中で寝てしまい、帰宅後即寝てしまったのだ。本当に情けない。

しかし本当に素晴らしいものを観る時には一秒でも見逃してなるまい、とスクリーンに吸い寄せられるものだ。テアトルタイムズスクエアでレイトショー公開中の「WALKABOUT美しき冒険旅行」。ニコラス・ローグの71年の幻の作品。オーストラリアの未踏の砂漠、そして動物たちなど自然を捉えた撮影が素晴らしい。ピクニックの最中に父親が自殺し、取り残されて砂漠をさまよう姉と弟。やがて二人は、成人となる儀式=WALKABOUTの最中のアボリジニの少年と出会う、という話。突如挿入される動物や虫のクローズアップ、不穏な音楽がアヴァンギャルドで時代の気分を伝えている。食糧も水もないのにさほど切迫感のない姉弟。アボリジニの少年は姉に恋をするが、性的な意味で彼女に恋していないのは、彼女が全裸で泳ぐ美しい姿を見ても何ら行動に出ないことからも明らか。対して彼女は、砂漠の中でも制服姿で(ミニスカートから覗くすらりとした脚には、ストッキングまで穿いて)日傘のようなものまで作って歩き回ることからも、西洋文明から逸脱しきれない。水が欲しいと少年に訴える時でも、英語でWaterとしか表現できない彼女に対し、たやすくアボリジニの言葉も覚えてしまう弟。少女に狂おしく恋したアボリジニの少年は、廃屋の外、化粧をして一晩中求愛のダンスを踊るが彼女はおびえるばかり。やがて、まるでギリシャ悲劇を思わせるような幕切れへ。

銃で自殺した父親を彼らの流儀で葬るアボリジニたち。槍で巧みに動物を狩る彼らに対し、銃でたやすく動物たちを楽しみのために殺してしまう西洋人たち。姉に純粋な愛を抱き家庭を持つことを切望する少年に対し、女性にあからさまに性的な視線を投げてしまう研究者たち。銃と槍、純粋な愛と性的な視線。さまざまなメタファー。でも、そんなことよりも、いつまでも見ていたいと思う、夢のように美しいオーストラリアの風景と3人の少年少女たちの姿が鮮烈に目に焼きついた。言葉で表現しきれない陶酔感。

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2004/08/17

『誰も知らない』と生きていくということ

『誰も知らない』は観終わった後にずしんと響いてくる映画だ。観ている間は、子供たちの一挙一動から目が離せなくて、息を詰めて画面を見つめていた。

長男の明は、母親に置き去りにされた後も、必死になって弟妹との4人の生活を守り抜こうとする。クリスマスに帰ってくるという言葉を信じて待っても母は帰って来ず、時折現金書留でお金が送られてきて「明君を頼りにしているからね」というメッセージが入っている。明の髪は伸び、シャツには穴が開き、汗染みが服につき、部屋からは饐えた匂いが漂ってくる。夥しいカップめんの空き容器からは植物が伸び放題。敷きっぱなしの布団に干しっぱなしの洗濯物。こぼれたマニュキアの痕も少しずつ薄くなる。それでも明は警察に行くわけでも、児童相談所や隣近所に助けを求めに行くわけではなく、たった一人で4人の生活を守り抜こうとする。電気や水道を止められても。彼を助けようとするのは、残り物ののおにぎりをくれるコンビニの店員と一人の女子中学生だけ。母親が送ってくる現金書留には住所も電話番号も書いてあるのに、一度電話たとき違う姓を名乗った母親の声を聞いたきり電話機を明は置いてしまう。

そんな極限状態に置かれてしまっても、それでも必死に4人の生活を守り生き抜こうとする明。何が彼にそこまでの力を与えたのか?母親との約束?弟や妹たちの笑顔?一番下の妹の命が失われても、彼は彼なりのやり方で喪の仕事をやり遂げるのだ。その姿には打ちのめされる思いがする。

翻ってわたしは鬱病を患っている。大好きなバレエ三昧の生活をして快復したと思ったのに、仕事に戻ったら再び悪化してついには仕事をクビになってしまった。仕事を辞めるのは何回目だろうか。自分は社会不適応者なのではないか。生きていても苦しいことばかり。何のために生きているのか。映画が好きでこの仕事をしていたのに、一番信じていた者に裏切られた。睡眠薬を飲んでたくさん寝ても、映画を観たら眠くなってしまうことも多い。わたしを必要として欲しい。わたしのことを認めて欲しい。必死になっているのに認められない。それどころか貶められるようなことばかり。明は弟や妹たちに必要とされたから必死になって生き抜いたのだろうか。
でも、やっぱりわたしも一生懸命生きていかなければならない。わたしが死んだら、ほんとうに壊れてしまったら悲しむ人も少しはいるはずだから。

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2004/08/08

シネマコリア4本立て

今年はキネカ大森で開催の、シネマコリアで韓国映画を4本観てきた。一日4本映画を観るなんて1年半ぶりくらいじゃないかな。こんな仕事をしていると映画祭にだって行けないんだから。今年の東京国際も無理だし釜山だって行けないだろう。

今回は日本ではなかなか公開されにくいジャンルであるところの、ほのぼのしたヒューマン・コメディを中心とした4本。
「先生、キム・ボンドゥ」は不良教師が僻地の小学校分校に飛ばされ、そこで素朴な子供たちと触れ合ううちに変わっていく様子を描く。二枚目俳優であるはずのチャ・スンウォンの志村けんばりのコメディ演技がすごい。そして子供たちの演技が自然で達者。泣かせどころを押さえた映画だと思う。
「春の日のクマは好きですか?」監督が俳優と言ってもいいくらい若くてかわいかった(!)ぺ・ドゥナの不思議ちゃんな個性を生かしたスタイリッシュなラブコメ。
「品行ゼロ」監督が1968年生まれと私と同い年で、1984年に高校生だった青春を描いているので懐かしいネタがいっぱい。韓国の高校生って日本とあまり変わらないのね。番長(?)のリュ・スンボムがとてもいい!ノスタルジックでテンポの良いラブコメ。
「オー・ブラザーズ」チンピラ男のイ・ジョンジェが、父の死をきっかけに腹違いの弟に出会う。ところが早老症という難病にかかっている弟は12歳なのにどう見ても30代だった…。イ・ジョンジェっていつ見てもちょっと困ったような顔がセクシー。そして中身は子供という難しい役に挑んだイ・ボムスの演技には爆笑!これも笑わせて最後にはほろリとさせる。

というわけで4本はハードだったし合間にご飯を食べる暇すらなかったけど、面白い映画が揃った。2本目あたりでちょっと疲れたけど…。日本で公開されにくいジャンルを上映するという趣旨はとてもよかったと思う。(このうち2本は権利が売れているようだけど)。会場が小さかったり、間の時間が短いという難点はあるものの、全作品の監督とのQ&Aもあるのは素晴らしい。

気になったニュース。
http://www.cnn.co.jp/showbiz/CNN200408070010.html
リック・ジェームズが死去。「スーパーフリーク」という曲は名曲中の名曲。もう54歳だったのか、と驚いたらオットが「だって25年位前にはやっただろう」だって。年を取るのは早いね。合掌。

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