映画『リル・バック ストリートから世界へ』
映画『リル・バック ストリートから世界へ』が8月20日より公開されます。
「人殺しになるより、ダンスがしたい」
ヨーヨー・マのチェロで踊った『瀕死の白鳥』をスパイク・ジョーンズが撮影して投稿したことで、一躍有名になったダンサー、リル・バック。彼が育ったテネシー州メンフィスは、”メンフィス・ジューキン”というストリートダンスの発祥の地。クリスタル・パレスという名のローラースケートリンクでダンサーたちは毎週土曜日の夜に踊っており、リル・バックもジューキンに夢中になった。メンフィスは犯罪多発地帯であり、リル・バックも母親が父親に暴力を振るわれるというつらい体験をしたが、暴力と犯罪、貧困の世界から彼を遠ざけてくれたのがダンスだった。
つま先を使って踊るジューキン。そのつま先の強化やバレエダンサーの強靭なテクニックを身に着け、ダンサーとして成長したくて、リル・バックは奨学金を得てバレエを本格的に学ぶ。ニュー・バレエ・アンサンブルというバレエ団では貧困家庭の子どもたちにダンス教育を施すため、ヒップホップのグループを招くという社会的なプログラムが提供されていた。芸術監督の提案で、クラシック音楽でジューキンを踊ってみることになり、彼のダンスを観たヨーヨー・マに招待されパーティで踊って映像を撮影されたことが、ブレイクのきっかけとなった。その後は、北京国家大劇院、ルイ・ヴィトン財団など数々の大きな舞台、マドンナとの共演などキャリアを積み重ねていく。メンフィスのルーツを大切にしている彼は、今も社会活動として、メンフィスで子どもたちにダンスを教えている。
©️2020-LECHINSKI-MACHINE MOLLE-CRATEN “JAI” ARMMER JR-CHARLES RILEY
今や世界の数々の大きな舞台で踊っているリル・バックだが、人気のいないメンフィスの駐車場で踊る姿が一番美しくドラマティックに撮影されている。今は閉店してしまったクリスタル・バレスは、かつては若者たちが集まり毎晩のようにダンス合戦を行っていた伝説の場所。ここで様々なダンサーたちが踊っていた映像も美しく、失われてしまった光景なだけに、ノスタルジック。この作品自身が、メンフィスという街へのラブレターであるようだ。
©️2020-LECHINSKI-MACHINE MOLLE-CRATEN “JAI” ARMMER JR-CHARLES RILEY
何より、リル・バックというダンサーのたぐいまれなダンスに惹きつけられる。とにかくつま先を強くしたくて朝から晩まで足が血だらけになるほど練習し、スニーカーを週に1足履きつぶしたという。「誰よりも長くつま先で踊れるようになってやる」。バレリーナがポワントで踊っているような、つま先立ちの踊りには驚かされる。さらに足首が柔らかく強靭で、強い軸を持っており、驚くほどしなやかでバランス感覚に優れている。そして床を滑るような動きも見せている。バレエのトレーニングを積んだことで、アカデミックな技術も身に着け、「瀕死の白鳥」に観られるような上半身の優雅でリリカルな動きには魅せられる。クラシックとストリートダンスが見事に融合した、これは彼にしかできない表現だろう。
パリ・オペラ座バレエの元芸術監督バンジャマン・ミルピエも彼の才能に惹かれた一人で、彼を「古典的なダンサー」と評した。パリのルイ・ヴィトン財団での公演にリル・バックを出演させ、これまた斬新だけど人形の苦悩が伝わってくる「ペトルーシュカ」を踊った。この公演にはパリ・オペラ座バレエのエトワール、マリ=アニエス・ジロも出演。そしてジョージアン・ダンスの超絶技巧の映像を「見て見て~」とミルピエがリル・バックにスマホで見せて彼が「わ~、すごい!」と興奮する場面がほほえましい。彼はバレエのみならず、いろんなジャンルのダンスを貪欲に取り入れている。
©️2020-LECHINSKI-MACHINE MOLLE-CRATEN “JAI” ARMMER JR-CHARLES RILEY
「ストリートダンスは社会活動」
リル・バックはただただダンスが大好きで、踊ることを突き詰めて文字通り血のにじむような努力を重ねた結果、世界に羽ばたいた。しかしそこで決して彼は満足しない。新しい表現を追求すると共に、社会活動家として、メンフィスの子どもたち、青少年にもダンスを教えている。不景気が街を遅い、暴力、麻薬など犯罪が多いこの街で、ダンスに打ち込むことができれば、未来が開けるかもしれない。ダンスによって「無敵になれる」のだ。
心から愛したことに打ち込んで、ストリートダンスに革命をもたらし芸術にまで高めたリル・バック。困難な環境の中から夢を実現していく姿は、観る者にも希望を与えてくれて、胸を熱くさせてくれる。ダンスの躍動感も伝わってきて、ダンスを愛する人には特に大きく心を動かされるドキュメンタリーとなっている。
なお、Netflixで配信されているドキュメンタリー・シリーズ「Move -そのステップを紐解く-」のリル・バックとジョン・ブーズのエピソードも大変面白いので、ぜひこちらも併せて観ていただければ。
©️2020-LECHINSKI-MACHINE MOLLE-CRATEN “JAI” ARMMER JR-CHARLES RILEY
8月20日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺他全国順次公開
原題:LIL BUCK REAL SWAN|2019年|フランス・アメリカ|ドキュメンタリー|85分
監督:ルイ・ウォレカン 配給:ムヴィオラ
公式サイト:http://moviola.jp/LILBUCK/
※先日、Zoomでリル・バックにインタビューさせていただきました。こちらのインタビューも後日お届けします。
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