7/1、2 H・アール・カオス「エタニティ」、トークショー
H・アール・カオスでは6年ぶりという公演が開催されるとあって、これは愛知県芸術劇場まで行かなければと愛知までやってきた。
初期から観ているわけではなく、「神々を創る機械」「Drop Dead Chaos」「春の祭典/ボレロ」くらいしか観ていないのだけど、大島早紀子さんと白河直子さんの創り上げる、身体性と精神性が絶妙なバランスを作っている美しい舞台は鮮烈な印象を残している。
そして昨年、笠井叡さんの「今晩は荒れ模様」での白河さんの、神が降臨したような凄まじいダンスを観て、改めて必ず次の彼女の舞台は観なければならないと思ったのだ。そんな伝説の復活公演が、この舞台だった。
H・アール・カオス 新作公演
白河直子ソロダンス『エタニティ』
http://www.aac.pref.aichi.jp/syusai/eternity/index.html
愛知県芸術劇場小ホール
出演者・スタッフ 構成・演出・振付・美術:大島早紀子
出演:白河直子
美術作品提供:島田清徳
使用楽曲:「イン・メモリアル」「ヴィオラ協奏曲」「レクイエム」(アルフレート・シュニトケ)
「ピアノ協奏曲第二番」(ドミトリー・ショスタコーヴィチ)
白い薄い衣装に身を包んだ白河さんが舞台の上に現れた時から、これは何かが起きる、ということを感じた。佇まい一つをとってもただものではない雰囲気があり、そして華奢な身体で描くポーズのラインの研ぎ澄まされたこと。6年前に観た姿と、ほとんど変わっていないようであっても、その間に時は流れた。一つ一つの動きに、万感の想いがこもっているようだ。床には、小さな墓標のように無数の紙片が点々と立てられている。
一度舞台から捌けて再び現れたとき、白河さんは少し汚れてくたびれたトレンチコートを羽織り、大切そうにトランクを持っている。そのトランクを開けて、トランクの中で三点倒立して開脚するシーンには驚かされた。下手には倒れた椅子とテーブル。踊り続ける白河さんの手の中から、白い紙吹雪がひらひらと舞い落ちる。その紙吹雪は、スーツケースの中にも詰まっていたようで、吹いてくる風でこれらはあるときは雪のように、ある時は落ち葉のように舞い上がり、終盤には雪嵐のように、白河さんの激しい踊りと共に吹き荒れる。この紙吹雪は、記憶とか、生命のメタファーなのだろか。あふれ出て、風と共に飛び散って消えていく。
途中でコートを脱いで黒の上下姿となった白河さんは、付箋のような紙を顔に貼り始める。踊るにつれてこれらの付箋は落ちて行ったりするのだが、零れ落ちていく記憶のようにも思えた。大きく背中を反らせ、脚を天に突き刺すように高く振り上げ、腕を傷ついた翼のように広げ、一つ上の次元へと昇っていく。65分の間、緩急はあれども踊り続けて、いろんなものをそぎ落としていって、ついには魂だけの透明な存在となっていった。でもそれが終わりではなく、新しい出発点でもある。ここに至るまでの内面の戦い、葛藤、それらを乗り越えて行って、すべてを出し尽くして突き抜ける。女神のようでいて、たくさん傷つき、苦しんだ人間だというのがその神々しくも激烈な踊りから伝わってきて、その壮絶さに終わりには涙があふれて来た。
死すべき存在である人間が、どうやってその運命の中で、永遠とつながっていくか。人は消えても、形はなくなっても、この世に残り続ける記憶となっていくのだろう。それは、その瞬間にしか存在しえない舞台芸術と通じるものがある。
背景の、羽根のような紙をふわりと重ねたような舞台美術や照明も秀逸で、小さなスペースである愛知県芸術劇場小ホールの公演とは思えないようなスケール感があった。タイトルの「エタニティ」も表しているように、永遠の中で、無限の宇宙とつながっているような広がりを感じるとともに、小宇宙の中に閉じ込められたような感覚にもなった。かけがえのない永遠の中の一瞬を感じられることは、舞台鑑賞を愛する者にとってどれほど幸福なことであるか。その瞬間が二度と来ないだろうと感じる切なさや悲しみ、失われたものへの惜別も同時に味わい胸が締め付けられる。
大島早紀子さんの作品としては、目新しいところはないけど、今までの作品のように、大きな会場で大きな仕掛けがあるような作品ではない。しかし美術、音楽、照明のクオリティは相変わらず美意識に溢れていて深遠なテーマと密接に結びつき、コンセプトも見事に作品に昇華されている。白河直子さんというとてつもない表現者、彼女が舞台に立てるようになるまで待って作っただけのことはある。作家と表現者の強い絆を感じられ、白河さんの肉体と精神だからこそ表現し得た、渾身の作品であり、他では決して得ることができない鮮烈な体験だった。
7月2日の公演終了後には、大島早紀子さん、白河直子さんのトークショーがあった。司会は愛知芸術劇場シニアプロデューサーの唐津絵理さん。
唐津:こういったイメージを持って舞台ができていくのでしょうか、こういった世界観、イメージがあって作られるのでしょうか?
大島:手探りで何もわからない、目が見えない状態から始めています。テーマがなくてどうしようと思っている時に、日常生活で感じていることがテーマとなります。
唐津:6年間のブランクの間にテーマがあったのでしょうか?それとも作品を作ろうと思っている時に浮かんできたのでしょうか?
大島:空白期間の前があまりに忙しすぎて、次の作品を創ろうと思わなかったのです。夢が全部舞台の夢で逃げたいと思いました。そういう時でも、これはダンスにしたい、という気持ちは浮かびましたが。今回は、ここ愛知で作品を創ることを決めてから、テーマを考えました。今までも、視線の暴力性や性暴力から「春の祭典」という作品を創りましたが、イデオロギーではなく、抽象化し、自由な解釈をゆだねて行きました。
唐津:今回は永遠、記憶というテーマで作られたのでしょうか。
大島:私たちの体の中にあるものが外に出ている、身体が外部化していき、空洞化している、身体の実在感が希薄しているのが現代だと思います。生の生きている身体を舞台に出していきたいと思いました。外部化していることを批判しているのではなくて、生の身体を描きたいと思ったのです。限られた時間、短い時間の中に永遠を探したいと思いました。
白河:大島さんが、こんなことをやりたいと言ってきました。ジグゾーパズルのピースのように、パソコンの中をのぞかせてもらうように頭の中を見せてもらいました。その中には、クールでグサッと来るような言葉が多いのです。「カルミナ・ブラーナ」は911や宗教問題、テロを描いたものでした。
「エタニティ」は記憶、想いで、永遠に残るような、そんな瞬間が生きていく実感を感じさせてくれる作品です。失われてしまいそうな感覚、恐怖感。生きているからこそ永遠を感じられると。大島さんの作品を踊ることができることが、生きていることのように感じます。苦しいですが。
唐津:この作品は11月くらいからクリエーションにかかったのですよね。
大島:これだけ作品を創るのに時間がかかったのは初めてです。その時に起きている事柄を映像として影響を受けてきました。世界の断片として自分の中に入ってくるのです。時間をかければかけるほど、いろんなことが入ってきてまとめるのに時間がかかり大変になります。でも、3日間の仕込みでも変わりました。12月の時点で一度唐津さんに観てもらいました。失われていくものがあるからこそ見えるものがあるのでは、と思い、作品も変わってきました。作ってみて改めて大変だと思いました。一つ一つのことに関する意図が違うこともあり、ピントを合わせていく作業が大変でした。そしていざ振付けると、白河さんが機嫌が悪くなったりして、「出て行って」といわれることもありました。
唐津:白河さんには、性別を超える瞬間がありますよね。
大島:肉体というのは時代の鏡であり、いろんな意味を背負っています。まっさらに戻す時間があってもいいと思います。白河さんに出会った時、彼女は表現をしながら無になっていく稀有な存在だと思いました。この人しかいない、と引きずるように強引にカンパニーに入れたのです。
白河:しばらくの間私の体に問題があり、身体が治ってからやりたいと思いました。待って身体を治して、ここに立てて良かったと思います。
唐津:未来に対してやっていきたいことはありますか?
白河:(しばらく言葉に詰まり、涙ぐむ)明日を踊りきることが未來です。何回リハーサルしても、舞台に対しては命がけでやっています。
大島:今はこの瞬間、この作品を考えているので、この先は考えていません。
唐津:今回やってみてダンスとはなんですか?
白河:私は大島さんの作品で育ってきました。空間の中に、照明の中に入った時の感覚はやっぱりこれなんだ、別世界に連れて行ってもらっている。視線があって集中があり、空間に立って幸せだと思います。
大島:ダンスは神様から与えられた媚薬です。生きていることの満足感を感じられます。観ていただいた作品が皆さんの中に結晶し、残っているのがコミュニケーションであって祈りなんだと思います。
(聞き取りなので不正確なところがあるかもしれません)
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