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« オールスター・バレエ・ガラにジリアン・マーフィーとマチアス・エイマン出演 | トップページ | エトワール・ガラ2016、バンジャマン・ペッシュのトークイベント »

2016/06/18

オニール八菜さんのロングインタビュー

先日見事ブノワ賞に輝いたオニール八菜さん。エトワールに任命される日も近いと目される次世代スター筆頭の彼女ですが、意外と詳しいインタビュー記事は今までなかったと思います。

フランスのCulturekiosqueに、オニールさんのロングインタビューが掲載されていました(英語、Patricia Boccadoro氏による)。非常に興味深い内容でしたので、ご紹介しようと思います。

http://www.culturekiosque.com/dance/inter/hannah_o_neill991.html

子どもの時から夢は、オペラ座で踊ること

「私が覚えている限り昔から、夢はパリ・オペラ座バレエの団員になることでした。パリ・オペラ座バレエは世界で最も美しいバレエ団で、私にとってバレエとは、オペラ座だったのです。私は、手に入れられるすべてのオペラ座のDVDを持っています」。2013年当時、日本で生まれてニュージーランドに住んでいて、オーストラリアバレエ学校で学んだその時20歳のオニール八菜さんは、その夢とは一番下のランクであるカドリーユとして入団することだけではありませんでした。その2年後には彼女はヌレエフ版「白鳥の湖」のオデットをバスティーユで踊りました。さらにそののち、ヌレエフ振付の「ラ・バヤデール」のガムザッティ役で成功をおさめ、世界で最も有名な振付家二人の注目を集めました。世界でもっともヒエラルキーの厳しいパリ・オペラ座バレエで、どうやってこのようなことが起きたのでしょうか?

(このインタビューは、オニールさんがマリインスキー国際フェスティバルで「ラ・バヤデール」のガムザッティ役を踊ってパリに戻った直後に行われたものです)

「東京での幼少時代はごく普通のものでした。二人の兄弟とともに普通の日本人の子どもとして育ち、私にとってはバレエも含まれていましたがスポーツをたくさんやりました。パリ・オペラ座のダンサーは日本ではとても人気があり、私にとってのダンスとはパリ・オペラ座のことだったのです。8歳の時に、ラグビー選手だった父が怪我をしてしまい、ラグビーのコーチになるために故国ニュージーランドのオークランドに家族で帰ることになりました」

「オークランドでは普通の学校に通いながらバレエを続け、13歳の時にパリ・オペラ座学校のオーディションのためにビデオ映像を送りましたが、エリザベット・プラテル校長は特に興味を惹かれなかったようです。入学できなかったのは残念でしたが、私はYAGP(ユース・アメリカ・グランプリ)に出場して賞をもらい、オーストラリア・バレエ学校へのスカラシップを獲得しました」

オニールさんの最初の教師は、元マリインスキー・バレエのプリンシパル、イリーナ・コンスタンティノワで、ワガノワ・メソッドの教師でした。またオーストラリア・バレエ学校では、オーストラリア・バレエの元プリンシパルのリネット・ウィリスと、オーストラリア・バレエ学校ディレクターのマリリン・ロウに師事しました。ロウの下で2009年のローザンヌ国際コンクールに備え、オニールさんは見事優勝しました。オーストラリア・バレエ学校の教育に満足していた彼女はメルボルンで学び続けましたが、ロイヤル・バレエやパリ・オペラ座の公演を観にヨーロッパに旅行しました。

18歳の時のオニールさん

失意の日々

「私はまだパリ・オペラ座バレエに入団したいと思っていたのですが、外部入団試験では4位でまたもや入団できませんでした。でも少し落ち込みながら帰国するためにシンガポールでトランジットをしていたら、ローラン・イレールより電話がかかってきて、期間限定団員の契約のオファーを頂いたのです」

期待に胸を膨らませてオニールさんは、期間契約団員としてパリに引っ越しましたが、フランス語を話せず、せっかくオペラ座にいても舞台にはなかなか立てずに、舞台袖に立っているだけの日々を送っていました。意気消沈していましたが、パリ・オペラ座バレエを彼女が愛していることを理解していた両親に励まされ、再びオペラ座の外部入団試験に挑みます。しかしながら、ここでも正式入団には至りませんでした。あきらめかけていた時、イレールは彼女を「ラ・バヤデール」の3幕に出演する機会を与えました。

「がっかりした気持ちとホームシックは一晩で消え失せ、すべての問題は解決したと思っていました」「でもその時、舞台で転んでしまったんです!今までで最も緊張していたため、脚がその緊張に耐えられなかったのです。こんなことはもう二度と起きないでしょう。心は引き裂かれました。私のキャリアは、始まる前に終わってしまったと思ったのです。でも、ついに2013年に正式に入団できました」

(「ラ・バヤデール」の代役で失敗してしまった時のエピソードが語られている、2013年当時のPointe誌の記事

パリ・オペラ座学校で学んできた生徒たちと競わなければならないことからも、彼女が入団できたことは大きな成果でしたが、オペラ座の昇進試験では2014年にコリフェに昇進し、同じ年にヴァルナ国際コンクールで銀賞を受賞しました。2015年にはスジェ、2016年にはプルミエール・ダンスーズに昇進しました。


正式に入団してからは順風満帆。そしてメソッドの違い

「もうコンクールを受けなくて済むことにはほっとしています。ニュージーランドから来た私は、自分がここにいることを証明しなければならなくて、それは年々厳しいことでした。コール・ド・バレエで踊ることも楽しかったけれども、今はソリストとして役を深めていき、できれば何でも踊れるようになる機会が得られました。一緒に仕事をしたい振付家もたくさんいます」

「すでにピエール・ラコットは私を助けてくれて、カルポー賞を受賞できたのも、彼が審査員にいたからだと思います。彼の「パキータ」と「セレブレーション」を踊るのはとても楽しかったです。またウィリアム・フォーサイスとの仕事は素晴らしい経験でした。彼には信じがたいようなエネルギーがあります。ルドルフ・ヌレエフの古典作品は、ステップは難しいし、ほかのどの版よりもトリッキーですが、すべての作品が大好きです。彼の作品特有の調和をつかんだときは素晴らしい気持ちになります。彼の作品を踊れるようになったら、なんでも踊ることができるという気持ちになります。例えば、マリインスキー・バレエで先週踊った時にそう思いました。マリインスキー・バレエの芸術監督ユーリ・ファテーエフが私を招いてくれてプティパの「ラ・バヤデール」を踊りましたが、あまりにも簡単だったのでズルをしているのではないかと思うほどでした。でもマリインスキーにいることは大きな喜びで、そこでの4日間は魔法のようで意欲もますます高まりました」

オニールさんは、パリでは上半身の全体的な使い方、エポールマンがパリでは異なっていると語りました。フランスのダンサーたちはより洗練されていてフェミニンでエレガントで、細かいところまで注意が行き届いている一方で、脚捌きに重点が置かれています。このメソッドになじむため、彼女を教えているアニエス・ルテステュ始め、教師陣に助けられているとのことです。

オニールさんは、サンクトペテルブルグに続き、モスクワで、ミルピエ振付の 「La Nuit s’Achève(夜の終わり)」をユーゴ・マルシャンと踊り(ブノワ賞ガラ)、その後はニューヨークでエスメラルダのパ・ド・ドゥを踊ります(YAGPガラ)。

ブノワ賞ガラでの「エスメラルダ」(ユーゴ・マルシャンと)

「ローラン・プティ、マッツ・エック、ベジャール、ノイマイヤー、ロビンス、何でも踊りたいのです!特に「ジゼル」は踊りたい。今のこの年齢では、できるだけ挑戦となるような作品を踊ることが大事だけど、今までさんざんしてきた競争には巻き込まれたくありません」

パリでの生活を楽しむ

フランスにやってきたときには、誰も知り合いはおらずフランス語が全く話せなかったオニールさん。でも今はフランス語を流ちょうに話し、魅力的で親しみやすい人柄のためパリにもなじみ、オーストラリアと同じように親しい友人たちもできました。

「パリに住んでいる、おばのいとこもいます。話せる人がいて嬉しかっただけでなく、彼女は現代美術界にいて、展覧会のプレビューに招待してくれるのでとても楽しいです。そのほかでは、オールブラックスの試合を観ることと、友達と出かけることを楽しんでいます」

******
日本、ニュージーランド、オーストラリア、パリと様々なカルチャーで育ってきたオニールさん。これからますます活躍の幅は広がりそうです。オペラ座「ジゼル」のミルタ役も好評でしたが、オペラ座らしいエポールマンを身につけるのはなかなか時間がかかりそうという声も一部にはありました。とはいえ、伸びやかな肢体、美しい容姿、強靭なテクニックとエレガンス。今最も上り調子のバレリーナであることは誰もが同意すること。8月には、念願のジゼル役デビューを、マリインスキー・バレエの沿海ステージで果たします。

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パリ・オペラ座バレエ」カテゴリの記事

コメント

naomiさん、こんばんは。

お久しぶりのコメントで書きたいことが沢山あります。お付き合いお願いします!

まず、オニール八菜さんのブノワ賞受賞、大変うれしいです。木田真理子さん?につづいて大きな快挙ですね!これからもこの受賞をきっかけに活躍の場を広げていってほしいと心から思います。
ところで私はnaomiさんがブログにアップしてくださったエスメラルダを見ていて気になったことが。アラベスクの足がとても低いこと。たしかに~流で、こだわりを持って足を低くする人はいますし、オペラ座の方々はロシア人と違ってバンバン足をあげません。でも足をよくストレッチしてアンディオールして使っているように見えなくて、無理やり足が止まってしまっているように見えます。だから見ている間、何度も気になってしまいました。naomiさんのご意見を聞かせてください。

次にnaomiさんの次の記事ブログについてなんですがジリアンマーフィのフェッテ素晴らしいですね!私はどちらかというと回転技が得意なのですが、マーフィのきれのいい回転には、圧倒されます。先ほどのオニール八菜さんも回転がとても安定していましたね!でも日本の米沢唯さんも勢いのいいフェッテで負けていませんよね。私もフェッテがうまくなりたいです♪

次にこの間のローザンヌ国際バレエコンクールについて。ローザンヌは毎年年齢によって課題曲が変わるのですか?日本から吉江絵璃奈さんが出ましたがあの子は絶対に回転技を失敗しなくて、国内のコンクールではエスメラルダの三回転をすべてきれいに決めています。プロにも負けない三回転です!この間のルグリ選抜の、バレエの饗宴のプロジェクトにも出演していて、その時のオーディションで得意演目としてエスメラルダを披露し、ルグリが絶賛。そんな彼女がローザンヌでエスメラルダを踊らなかったのが気がかりです。吉江絵璃奈さんは出番が、今回一位を取った中国の方の後だったからスタイルの差も目立ってしまい、入賞はできませんでした。でも彼女にはぜひ、海外のバレエ団で活躍してほしいです。
でもここ最近のローザンヌを見ていて感じるのは、レベルが大きく下がったこと。菅井円加さんのローザンヌの時は入賞者すべてのダンサーが本当に素晴らしく、これからの活躍が望ましい方たちばかりでした。あとコメントの吉田都さんの辛口さがまた面白かったです。でも今はこんな人が?っていう入賞者がいたり、コメントの小山久美さんが優しすぎると感じませんか?私は不満ばかりです。
あと、ローザンヌのエスポワール賞はどんな人に与えられるのか説明がなく、私もわからずじまいです。

大変長くなりましたが、最後。母がどうしても知りたいというのでお聞きしますがホールバークはどうされているのですか?大変しつこいですが(笑)怪我が治っていないとなると心配です。私はオブラスツォーワとホールバークのドンキが見たいという夢もありますし…

naomiさん、大変長くてすみません。書き出すと止まらない私の悪い癖です…お忙しいとは思いますがお返事お待ちしております。                            

k.jさん、こんにちは。

オニールさんのアラベスクの件ですが、アラベスクも高ければ良いというものではなく、作品によって上げる高さは決まっているものもありますし全体のバランスを重視したり音の取り方のために上げないことがあります。(最近で言えば、ラトマンスキー振付「眠れる森の美女」は、アラベスクは高くても90度止まりにしています。エカルテなどでも脚はあまり上げません。眠りの初演当時はアラベスクは高く上げるものではなかったからです)やはりロシアですと高く上げる傾向にありますし、フランス流では高く上げません。(マリインスキー国際フェスティバルでオペラ座のエロイーズ・ブルドンが白鳥の湖を踊った時には、マリインスキーで踊ることの意味を持たせるために、脚先を高く上げる「ロシアン・アティチュード」で踊りました)特にブノワ賞のガラでは、フランス流を強調しているのでそうしているというのがあると思います。

ジリアン・マーフィーは、世界中のバレリーナの中でも最もグランフェッテの素晴らしい一人だと思います。4回転も平気で入れてきますものね。フェッテが上手い人は、もちろん米沢唯さんもそうですし、あとはヤーナ・サレンコやマリアネラ・ヌニェスも凄いですよね。でもやはり一番はジリアンかな?

ローザンヌ国際コンクールの出場者のレベルは確かにちょっと下がっているというのはあるかもしれません。ローザンヌに出る人は、バレエ学校などのレベルが高くない国から出ることが今は多いし、YAGPや、日本国内など他のコンクールなどでスカラシップを獲得している人は出場する必要はないわけですしね。このコンクールは今の完成度より将来性を見るのが目的なので、未完成に見える子が賞を獲ったりします。
吉江絵璃奈さんは、ローザンヌ出場者の中では年齢が下の方でしたが、やはりとても上手いと思いました。たしかに中国の1位の子は、本当にスタイルが良くて綺麗でしたよね。ローザンヌは、年齢別に踊る課題曲が決まっているので、おそらく「エスメラルダ」は課題曲にはなっていなかったのだと思います。YAGPのファイナルを一昨年観たのですが、このコンクールでは女性はピルエット3回転はデフォルトって感じでした。

デヴィッド・ホールバーグの近況は私も良く知りません。1か月くらい前にアメリカのどこかのバレエ学校でちょっとレクチャーをしたようなのですが。彼のことは多くの人が心配していますし、私も、どうか早く復帰してほしいと願っています。

私も知識が不十分なところがあるので、いろいろと教えてくださいね!

この記事に触れるまで、ローザンヌのグランプリから八菜さんが順風満帆で現在のプルミエールの座を勝ち取ってきたとばかり思っていました。オペラ座の団員になるまでの苦労や入団してからの失意の日々があったことは全く想像すらしていませんでした。才能あふれる方でもいろいろな苦労を乗り越えてご自身が信じる道を進んでこられたんですね。2017年の日本公演で主役を踊られる姿を是非拝見したいですね。

naomiさん、こんばんは。
オニール八菜さんのインタビューは先日英語で読んでニュアンスのわからない部分があったので今回の長文翻訳、本当に嬉しいです。
いつも情報ありがとうございます!

エトワール・ガラはエルヴェの降板で演目も変わり、とっても悲しいのですけれど、、
思いかけず伸び盛りのレオノール・ボラックとジェルマン・ルーヴェを観られるなんて驚きです。
今年の夏は酷暑らしいですし、ガラ公演が多いので体調を崩さないようにしないと~。

ロイヤルバレエのロミオとジュリエット2公演観ました。ジュリエットは若々しいフランチェスカ・ヘイワード、成熟したサラ・ラムの賢い役作りにも感動しました。

ロイヤルバレエのダンサーは一人一人が演劇的で素晴らしいですね。
ギャリー・エイヴィスのティボルトも圧巻でした。
次はジゼル。これまた楽しみです。

Miyuki3さん、こんにちは。

お返事が遅くなってすみません!

Pointe誌の記事を読んでいたので、オニールさんは意外とパリでは苦労されているんだな、とその当時は思ったものの、正式に入団してからは毎回昇進試験で昇格してきたし、ヴァルナ銀賞、ブノワ賞と順調なので、そういうことも思わず忘れてしまいそうになりますよね。うまくいかないことがあっても、へこたれずに信じた道を目指して努力してきたのが花開いたということでしょう。来年のオペラ座来日公演では、必ず主演の舞台が観られると期待しています。そしてまだ23歳の彼女、これからの前途が楽しみですよね!

ますみさん、こんにちは。

エトワール・ガラといえば、今日、バンジャマン・ペッシュのトークショーに行ってきたので、近いうちにレポートを上げる予定です。レオノール・ボラックとジェルマン・ルーヴェの参加についても語っておられましたが、有名なエトワールを足すより、これからの期待の若手を出したいという気持ちで彼らを選んだようです。

私はすでに梅雨の低気圧と蒸し暑さ、そして公演ラッシュですっかりへばっていて、これから暑くなったらどうしようかと思っています。そのためレポートなどもすっかり滞ってしまっていてすみません!

ロイヤル・バレエの「ロミオとジュリエット」は、私は初日のローレン・カスバートソン&フェデリコ・ボネッリと、サラ・ラム&ワディム・ムンタギロフを観て、両公演とも大満足でした。体力とお財布に余裕があればほかのキャストも観たかったのですが…。本当に舞台上の一人一人がキャラクターとして生きているのは、おっしゃる通りで観ていて楽しいですよね。ホント、ギャリー・エイヴィスのティボルトはクールでカッコよくて存在感が凄かったです!

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