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« 3/20 ナショナル・バレエ・オブ・カナダ「ロミオとジュリエット」 | トップページ | マリインスキー国際フェスティバル、ヴィシニョーワ・ガラ他ネット中継 »

2016/03/29

3/27 YUKIO SUZUKI Projects【warp mania #1】

【振付・演出】鈴木ユキオ

SIDE-A 「微分の堆積」 
【出演】 安次嶺菜緒 堀井妙子 赤木はるか 新宅一平 五十嵐結也 鈴木ユキオ
SIDE-B 「春の祭典」「Yoyesに捧ぐ」
【出演】 鈴木ユキオ 安次嶺菜緒

http://setagaya-pt.jp/performances/20160325suzukiyukio.html

トヨタコレオグラフィーアワード2008次代を担う振付家賞を受賞し、パリ市立劇場Danse Elargie 2012ファイナリストに選出されるなど国内外で評価される鈴木ユキオ。シアタートラムでの今回の公演は、2015年7月「ダンスが見たい!17」(d-倉庫)で初演された「春の祭典」の再演と、新作 「微分の堆積」の2本立て。

「春の祭典」「Yoyesに捧ぐ」

「春の祭典」ほど多くのダンス作品が振付けられた音楽もないのではないだろうか。実際、こちらの「春の祭典」が初演された「ダンスが見たい!17」は、「お題:春の祭典」として、様々な振付家が日替わりで「春の祭典」にダンスを振付けるという趣向であった。しかし「春の祭典」のダンス作品はついつい似たようなイメージの作品になりがちである。鈴木ユキオさんの「春の祭典」は従来の作品とは違った切り口でありながら、「春の祭典」という、春を渇望する儀式とは何だったのだろうか、世界を支配する暗い「冬」は何を奪い、何を作り出そうとしているのか(パンフレットより引用)、ということを問いかける作品となっている。「プラハの春」も発想の出発点となったのだろう。

舞台の前方に、紙製のファイルボックスが壁のようにたくさん積み上げられてスクリーンとして機能している。このファイルボックスに映し出されるのは、20世紀の人類の歴史とダンスの歴史。戦争や災厄や革命などの映像に混じって、デニ・ショーンや、ピナ・バウシュの「春の祭典」などのダンス映像も。この積み上げられたファイルボックスを鈴木ユキオさんが一つずつ持ち去って、両脇に整然と並べていく。壁がなくなっていくと映像は舞台後ろに映るようになるという趣向。ついにすべてのファイルボックスが両脇へと移動してスクリーンがなくなる。マイクを持った鈴木さんが、チェコの資料館で撮影された映像も、この中には含まれていると話す。ファイルボックスの中には、著名な舞踊家や振付家について書かれた記事のプリントアウトが入っている。そしてファイルボックスの一つを倒すと、ドミノ倒しのようにそれらは倒れて行って、ついでに鈴木さんはすべてのファイルボックスを蹴って、舞台脇へと押しやってしまう。「壁を壊すこと」が、ダンスの創り手として目指してきたことだと語りながら。

「春の祭典」後半の音楽と共に、鈴木さん、そして毛皮のコートをまとった安次嶺菜緒さんのダンスが始まる。二人とも野生を感じさせるような、非常にパワフルでありながら、ひりひりとした緊張感がある体当たりのダンス。「Yoyesに捧ぐ」のYoyesとは、スペインの政治活動家マリーア・ドローレス・ゴンサーレス・カラダインの別名だという。バスク祖国と自由(ETA)の指導者だったが、組織脱退後にETAの活動家によって殺害された。ダンスの緊張感が高まり、音楽もクライマックスに近づいたところで、二人とも上着を脱ぎ棄て、赤く塗られた裸の上半身となる。安次嶺さんは、ファイルボックスを頭にかぶったり、舞台前方に置いてあったミニチュアの動物を持ったりする。生き物である人間の生の本能を感じさせる、凄まじいパワーを感じさせる表現だった。音楽が終わってからも、作品は続いている。ほかの「春の祭典」にあるような、音楽の終わり=生贄の死ではなくて、生の営みが続いていることを感じさせた。

革命家が、人々が、そしてダンサーが夢見た「春」というのはいったい何だったんだろう。ファイルボックスが作り上げた「壁」を崩すこと、破壊の後の、死の後の再生―「春」を力強く感じさせる作品だった。


「微分の堆積」 

白い床の上に映える、シンプルだけどカラフルな衣装をまとった5人のダンサーたち。一見ユニゾンのように動いたり、伸びやかに動いているようでキラキラした若者たちにみえるけど、その一方で、時に床に這いつくばったり、ゆがんだような動きを見せたりしていて、どこか何かが違っているかのように見える。この中のうちの何人かは、実はこの世にはもういない人たちなのだろうか。

そこへ鈴木ユキオさんが朗読する、スヴェトラーナ・アレクシェービッチ(ノーベル賞受賞作家)の「チェルノブイリの祈り」が聞こえてくる。チェルノブイリの原発事故に遭遇して、平和な日常が破壊されてしまった人々のダイアローグが淡々と綴られている。圧倒的な悲劇と破壊によって、理不尽な悲劇によって引き裂かれてしまったけれども、それでも日常を生きていく。そんな中でも人生の中には、一瞬でも美しさがあったり心打たれる瞬間がある。ギャヴィン・ブライアーズの「Jesus never failed me yet」が消え入りそうな小さな音量で流れている。「チェルノブイリの祈り」のダイアローグは衝撃的な内容なのだけど、目の前に展開されているダンスは、それにも打ち勝てるような儚くも凛とした美しさで、この世界に生きていくことの意味を静かに問いかけていた。

鈴木さんのプロジェクトに参加し続けている3人の女性ダンサーたちの雄弁さ、表現力に加えて、今回二人の男性ダンサーが参加したことが、異化作用的な効果があってアクセントとなっていた。白い床に陰影を投げかけたり、背景に影や光の効果を与える照明も美しかった。破壊、死、その後の再生と希望というテーマが、この2本立てに貫かれて鮮烈な記憶を刻み付けてくれる公演だった。

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