まだ自分の個人的な鑑賞記録を振り返る余裕がないのですが、2015年のバレエ界の出来事についてちょっと振り返ってみようと思います。
フランスのバレエ・サイトDanses Avec la Plumeでの情報をベースに、自分の収集した情報や考察を加えて行ければと思います。
http://www.dansesaveclaplume.com/en-coulisse/2015-bilan-dune-annee-danse/
2015年のバレエ界の2大ニュースといえば、マイヤ・プリセツカヤの逝去とシルヴィ・ギエムの引退だと思われます。どんな出来事があったか、振り返ってみましょう。
<引退>
最大のニュースの一つが、シルヴィ・ギエムの引退でした。50歳を区切りとして、大晦日に東急ジルベスタ―コンサートで最後のボレロを踊った姿は皆さんの記憶に新しいことでしょう。今年は世界文化賞も受賞し、そして世界中で引退ツアー「Life in Progress」を行い、新作中心の公演で最後まで前進し続ける姿を見せてくれました。バレリーナの新しい地平を切り開いた、革命的な存在でした。
また、大物の引退としては、5月18日に「マノン」でパリ・オペラ座に別れを告げたオーレリー・デュポンのアデューがありました。オペラ座の黄金時代を象徴する存在として、そしてその美しさで人気を博した彼女、最後の公演はテレビと映画館での生中継が行われるほどでした。オペラ座のダンサーを引退した後は、メートル・ド・バレエに就任する予定でしたが、結局就任はしませんでした。オペラ座公演のための振付指導などは、作品ごとに行っているようです。また、ダンサーとしての活動も続けるとのことです。来年は、バンジャマン・ペッシュが「イン・ザ・ナイト」で引退することが決まっています。
エトワールではありませんが、パリ・オペラ座のプルミエ・ダンスーズとして活躍し、「くるみ割り人形」ではクララ役で主演、また「水晶宮」でプリンシパルを踊ったりして、オペラ座らしいエレガンスの持ち主として定評のあったノルウェン・ダニエルは、「天井桟敷の人々」でオペラ座に別れを告げました。スジェで終わってしまったものの、端正な容姿で日本でも人気があったヤン・サイズは、大晦日の「ラ・バヤデール」のインドの踊りが最後の舞台となりました。サイズは、オペラ座学校の教師に就任するそうです。
ロイヤル・バレエでは、ゲスト・プリンシパルとして高い人気を誇り、ABT、ボリショイなど世界中のバレエ団でも活躍したカルロス・アコスタが、自身の振付けた「カルメン」で11月12日にロイヤル・バレエを去りました。この公演は、映画館中継が行われ、日本でも、1月23日より映画館で上映されます。アコスタは、1月8日より、ロイヤル・オペラハウスのリンバリー・スタジオでウィル・タケット振付の「エリザベス」をゼナイダ・ヤノウスキーと踊ります。5月には、「A Classical Farewell」と題した、クラシックバレエに別れを告げるツアーを英国内で行います。
また、ロイヤル・バレエの英国人プリンシパルだったルパート・ペネファーザーが、夏のシーズンオフに突然の退団を発表しました。まだ若いものの、怪我に悩まされてあまり活躍できずに残念でした。愛らしい役柄が得意で、K-Balletにも頻繁にゲスト出演したロベルタ・マルケスは、12月に退団が発表されました。来シーズンもロイヤル・バレエにゲスト出演し、正式なさよなら公演も行われる予定です。
ハンブルグ・バレエのプリンシパルとして活躍し、妖艶な持ち味のオットー・ブベニチェクは、6月に「ニジンスキー・ガラ」を最後に退団しました。彼の双子の兄弟で振付家としても活躍しているイリ・ブベニチェクは、11月に「マノン」のデ・グリュー役でドレスデン・バレエを退団しました。イリ・ブベニチェクは最近振付家として引っ張りだこで、今年のウィーン・フィルのニューイヤーコンサートのバレエの振付を行い、また彼の作品"L'Heure Bleue"は1月30、31日に東京シティ・バレエで上演されます。兄弟でのガラ公演などの活動も続けるとのことです。彼の同僚で「ブベニチェク・ニューイヤーガラ」で来日した、パリ・オペラ座バレエ出身のラファエル・クムズ・マルケも、6月にデヴィッド・ドーソン振付「ジゼル」で引退しました。
世代交代が進むABTでは、6月にジュリー・ケント(「ロミオとジュリエット」)、パロマ・ヘレーラ(「ジゼル」) シオマラ・レイエス(「ジゼル」)の3人の女性プリンシパルが引退しました。ジュリー・ケントはABTのスタジオ・カンパニーとジャクリーン・ケネディ・オナシススクールの教師となり、パロマ・ヘレーラは母国アルゼンチンで「ロミオとジュリエット」を踊っての盛大な引退公演を行いました。シオマラ・レイエスはバレエ・フェスティバルのディレクターを務めるとともに、ダンサーとしての活動は続けています。
アメリカのバレエ団では、NYCBのプリンシパルであったジェニー・ソモジ、ボストン・バレエのプリンシパルでゼナイダ・ヤノウスキーの兄でもあるユーリ・ヤノウスキー(昨年6月の「スター・ガラ」でも来日)、そしてパシフィック・ノースウェスト・バレエのカーラ・ケルブスが引退しました。
バレエカンパニーとしては、トリシャ・ブラウン・カンパニー、人気振付家エドゥアール・ロック率いるラララ・ヒューマンステップス、そしてセダ―レイク・コンテンポラリー・バレエが解散しました。
<続いてはおめでたい話、昇進です>
数ある昇進劇でも、やはり最も華やかなのはパリ・オペラ座バレエでのエトワールへの昇進です。素晴らしい才能を持っていながらなかなか昇進できなかったローラ・エケが、ついに3月23日に「白鳥の湖」でエトワールとなりました。
ロシアでは、マリインスキー・バレエにおいて、ティムール・アスケロフ、キミン・キム、オクサーナ・スコリクの3人がプリンシパルに昇進。超絶技巧の持ち主であるキミン・キムは、パリ・オペラ座バレエ「ラ・バヤデール」へのゲスト出演も大好評でした。オクサーナ・スコリクは、大変長くて美しい脚の持ち主で、来日公演の「白鳥の湖」オデット、オディールも評判が良かったようです。
ボリショイ・バレエでは、ザハロワのパートナーもよく務めるデニス・ロヂキン、愛らしい容姿で抒情的な役柄を持ち味とするアンナ・ニクーリナ、そしてテクニシャンのアナスタシア・スタシュケヴィッチがプリンシパルに昇進しました。
ウィーン国立バレエでは、7月の沖縄公演の「こうもり」でルグリ相手に好演したケテヴァン・パパヴァがプリンシパルになりました。グルジア出身の美しいダンサーです。バーミンガムロイヤル・バレエではマティアス・ディングマンがプリンシパルに。
ABTでは、フィリピン系で、遅咲きながらも美しいステラ・アブレラ、メディアへの露出も多く大センセーションを巻き起こしているミスティ・コープランドがプリンシパルに昇進しました。コープランドは、ABT初のアフリカ系アメリカ人女性プリンシパルです。
ナショナル・バレエ・オブ・カナダでは、江部直哉さんと、エレーナ・ロブサノワがプリンシパルに。江部さんはまだ若く、日本人男性では久しぶりのメジャーカンパニーでのプリンシパルです。「ジゼル」のアルブレヒトなど、貴公子役も似合い技術にも優れています。
昨年、パートナーの加治屋百合子さんとABTからヒューストン・バレエに移籍したジャレッド・マシューズ。加治屋さんは一昨年プリンシパルになりましたが、ジャレッドも「じゃじゃ馬馴らし」でプリンシパルに。昨年夏の、堀内元さんによる「Ballet to the Future」では、二人で素晴らしい「ドン・キホーテ」を見せてくれました。
また、オーストラリア・バレエでは、近藤亜香さんがプリンシパルに。男性ダンサーほど珍しくはないものの、このような大きなカンパニーで日本人女性がプリンシパルに昇進することは嬉しいことです。「ワールド・バレエ・デー」では、近藤さんはパートナーのチェン・グォンウーと「眠れる森の美女」の青い鳥パ・ド・ドゥと踊り、見事な技術を見せてくれました。
<トップの交代>
2014年に起きたボリショイ・バレエのセルゲイ・フィーリン襲撃事件。映画「ボリショイ・バビロン」が製作されたほどの衝撃的な出来事ですが、フィーリンの契約が更新されないことが明らかになり、後任が誰となるかは注目の的でした。結局、現在ミラノ・スカラ座の芸術監督を務めているマハール・ワジーエフ(元マリインスキー・バレエ芸術監督)が就任することになりました。スカラ座でのラトマンスキーらによる復元作品の成功などが評価されたようですが、ボリショイ劇場は魑魅魍魎蠢く世界なので、どうなることでしょう。
キエフ・バレエの芸術監督を務めていたものの、解雇されてしまったデニス・マトヴィエンコ。ボリショイやマリインスキーなどにゲスト出演していましたが、ノヴォシビルスク劇場バレエの芸術監督に就任することが発表されました。ノヴォシビルスク劇場の芸術監督はイーゴリ・ゼレンスキーですが、ゼレンスキーはモスクワ音楽劇場バレエに加え、ミュンヘン・バレエの芸術監督にも就任するなど3足の草鞋状態となってしまったので、そのうちの一つの職務がマトヴィエンコに降ってきたわけです。
日本でも「PLUTO」をクリエイションするなど、世界中で大活躍している振付家のシディ・ラルビ・シェルカウイ。彼は、ロイヤル・バレエ・オブ・フランダースの芸術監督に就任することになりました。ロイヤル・バレエ・オブ・フランダースは、かつては、フォーサイスカンパニー出身で彼の作品の振付指導に定評のあるキャサリン・ベネッツが芸術監督でした(東京バレエ団で初演された、「イン・ザ・ミドル・サムホワット・エレヴェイテッド」の振付指導も担当)。彼女が解雇されてしまった後、カンパニーはやや迷走状態でした。バレエ的な作品はほとんど作ってこなかったシェルカウイが、カンパニーをどのような方向に導いていくのか、注目されます。
パリ・オペラ座バレエのエトワールとして活躍してきたエレオノラ・アバニャートは、ローマ歌劇場バレエの芸術監督に就任しました。引き続きオペラ座でも踊っており、先日のピナ・バウシュ「春の祭典」にも出演していましたが、二足の草鞋を履いていることになります。ローマ歌劇場バレエは、他のイタリアの劇場同様、深刻な財政問題に苦しんでいますが、イタリアではセレブとして著名な彼女の手腕に期待したいところです。
また、日本では、東京バレエ団の芸術監督に、プリンシパルの齊藤友佳里さんが就任しました。ロシアでバレエ教師の資格を持ち大学院でも学んだ彼女は、早速、ブルメイステル版の「白鳥の湖」をレパートリーに入れることを発表し、2月に初演が実現します。
<移籍>
最近はダンサーがキャリアアップなどでカンパニーを移籍することが普通になってきました。
オランダ国立バレエからは、イザック・エルナンデスがイングリッシュ・ナショナル・バレエに、そしてユルギータ・ドロニナがナショナル・バレエ・オブ・カナダに移籍しました。イザック・エルナンデスは、ゲストダンサーとしても最近は大きな活躍を見せ、パリ・オペラ座バレエの「ラ・バヤデール」ではソロル役として高い評価を得ました。マリインスキー・バレエへの「ドン・キホーテ」でのゲスト出演も果たしました。ユルギータ・ドロニナは、ナショナル・バレエ・オブ・カナダの「冬物語」で主演して大評判となったほか、母国リトアニアで主催した、ワディム・ムンタギロフ、ジョシュア・オファルト、マリア・アイシュヴァルト、アシュリー・ボーダー、ウラディスラフ・ラントラートフなど世界的なスターを大勢招いたガラを成功させました。
ダンサーの流出が相次ぐシュツットガルト・バレエ。プリンシパルのアレクサンダー・ジョーンズはチューリッヒ・バレエに移籍しています。また、ソリストのラケーレ・ブリアッシはボストン・バレエに移籍しました。
パリ・オペラ座で何回も主演しながら、プルミエールにも昇進できなかったマチルド・フルステは、サバティカルを取って期間限定で移籍したサンフランシスコ・バレエで大活躍。2年目が終わった昨年、オペラ座には戻らずサンフランシスコ・バレエに完全移籍すると発表しました。期間限定移籍といえば、ロイヤル・バレエのファースト・ソリスト、メリッサ・ハミルトンは1年間、ドレスデン・バレエにプリンシパルとして移籍し、イリ・ブベニチェクの引退公演となった「マノン」でマノン役を演じました。
サンフランシスコ・バレエの看板プリンシパルの一人で、各地のガラ公演で活躍しているマリア・コチェトコワは、サンフランシスコ・バレエに籍を残しながらも、ABTにも入団しました。もう一人、デンマークロイヤル・バレエのプリンシパルで、世界バレエフェスティバルにも出演したアルバン・レンドルフ。彼も、デンマークに籍を残しながらABTにプリンシパルとして入団しました。ボストン・バレエのプリンシパルで、6月の「スター・ガラ」で倉永美沙さんの相手役を務めたジェフリー・シリオは、ソリストとしてABTに入団しました。
<訃報>
シルヴィ・ギエムと共に、20世紀を代表する偉大なバレリーナ、マイヤ・プリセツカヤが5月2日に亡くなりました。89歳でした。彼女の90歳の誕生日となるはずだった11月には、盛大な追悼公演が行われ、また今年の2月にも、マリインスキー・バレエがニューヨークのBAMで、ロパートキナ、ヴィシニョーワを中心とした彼女へのオマージュ公演を行います。
衝撃的だったのが、ニュー・アドベンチャーズの「白鳥の湖」で日本でもおなじみだったジョナサン・オリヴィエの交通事故死。主演していた「ザ・カーマン」の公演が行われる8月9日の朝に亡くなってしまいました。38歳の若さでした。サドラーズ・ウェルズ劇場では、マルセロ・ゴメスや、ニューアドベンチャーズのダンサーなどゆかりのダンサーたちが出演しての彼を追悼する公演「Mr. Wonderful」が1月18日に行われ、収益は彼の幼い二人の息子の教育費にあてられるとのことです。
http://new-adventures.net/mr-wonderful-a-celebration-of-jonathan-olliviers-life-in-dance/news/full-programme-announce-for-mr-wonderful
NYCBの元プリンシパルで、同バレエ団の教師を務めていたアルバート・エヴァンスも、46歳という若さで、6月22日に亡くなりました。珍しいアフリカ系アメリカ人のプリンシパルで美しい肉体の持ち主でした。ロイヤル・バレエの元プリンシパルで、ヌレエフのパートナーに若くして抜擢されたブライオニー・ブリンドも12月7日に55歳で、またABTの元プリンシパルで、「ロミオとジュリエット」のマキューシオ役が当たり役だったヨハン・レンヴァルも8月27日に55歳で亡くなっています。
ロイヤル・バレエでプリンシパル引退後も、キャラクテールとして長年活躍してきたデヴィッド・ドリューが10月16日に77歳で亡くなりました。ロイヤル・バレエの「ラ・バヤデール」「白鳥の湖」の衣装をデザインし、さらにK-Balletのほとんどの全幕作品の美術・衣装を手掛けてきたヨランダ・ソナベントは11月9日に80歳で亡くなりました。
日本では、早くから海外に出て活躍したのち、スターダンサーズバレエ団の設立にも関わり、のちには青山ダンシング・スクエアを主宰した小川亜矢子さんが1月7日に81歳で亡くなりました。比較的最近まで活躍されていました。戦前の日本のバレエ界の草創期から活躍し、谷桃子バレエ団を設立した谷桃子さんは、4月26日に94歳で亡くなりました。舞踏界の巨人として、「大駱駝艦」を立ち上げ、国際的に活躍してきた室伏鴻さんは、ブラジルのサンパウロなどでの公演を終えてドイツに向かう途中の乗り継ぎ地のメキシコで心筋梗塞に倒れ、6月18日に68歳で亡くなりました。
10月3日には、バレエ評論家の藤井修治さんが82歳で亡くなりました。 NHKのディレクターとして数多くのクラシック音楽や洋舞の番組を手掛けたのち、評論家となります。フリーで番組作りのかたわら、新聞や雑誌などに記事を書きつつ、芸術祭の審査委員や芸術選奨の選考委員をはじめ、舞踊関係の賞の選考委員やコンクールの審査員をつとめていました。ここに彼の素晴らしい連載コラムを読むことができます。
<新作>
ボリショイ・バレエでは、ユーリ・ポソホフ振付の「現代の英雄」、ロイヤル・バレエではウェイン・マクレガー振付の「ウルフ・ワークス」、パリ・オペラ座バレエではジョン・ノイマイヤー振付の「大地の歌」そしてABTではラトマンスキー振付の「眠れる森の美女」(ミラノ・スカラ座と共同制作)といった全幕の新作が振付けられました。中でも、マクレガーの「ウルフ・ワークス」では、アレッサンドラ・フェリが全公演で主演するなど、鮮やかな復活劇を見せ、作品の評価も非常に高くて人気を呼びました。
今年は、バレエ界において素晴らしい出来事がたくさん起きますように。
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