BlogPeople


2018年11月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

ブログパーツ

  • HMV検索
    検索する
無料ブログはココログ

« Noismの「カルメン」再演と、平田オリザ脚本新作「ラ・バヤデール」 | トップページ | 彩の国さいたま芸術劇場 ボワヴァン/ウバン/ラリュー『En Piste-アン・ピスト』 »

2015/10/10

ミスティ・コープランドのドキュメンタリー映画と、ヨーヨ・マとの共演

ABTで初のアフリカ系アメリカ人プリンシパルとなった、ミスティ・コープランド。彼女の生い立ちから今までを追ったドキュメンタリー映画「A Ballerina’s Tale」が10月14日に全米で封切られ、またオンデマンドでもリリースされます。

http://www.huffingtonpost.com/entry/misty-copeland-documentary_56153872e4b021e856d30330

映画の予告編

その公開に先駆けて、ミスティはいろいろなメディアに登場しています。CBSの人気番組「レイト・ナイト・ウィズ・スティーヴン・コルベア」では、チェリストのヨーヨー・マと共演して、マルセロ・ゴメスが振付けた作品を踊りました。

番組では、トークもしています。

TIME誌のサイトでは、この時に踊ったゴメスの作品は、どんな音楽でもミスティはぴったり合わせることができる、という面白い動画が紹介されています。
http://time.com/4066214/misty-copeland-dance-secret/

「人々は、私が黒人であるという事実のほか、胸が大きい、筋肉質であるということという事実に基づいて判断していると私は思っています。でも、クラシック・バレエの世界には変化が求められています、この芸術は滅びようとしていると人々は考えているからです。変化がなければ、バレエは進化しないし存在し続けることができません。変化は起きなくてはならないのです」
映画は、ミスティの貧しい生い立ち、バレエを始めたのは13歳という遅いスタート、キャリアをもうすぐで終わらせるところだった大きな怪我との戦い、そして世間の偏見といったところを描いています。


New York Timesの記事によれば、2年前のテレビのパーソナリティ主催のパーティで、怪我から回復する途中だった彼女は映画監督のネルソン・ジョージに出会ったとのことです。ネルソン・ジョージはヒップホップやアフリカ系アメリカン・カルチャーについての映画で知られている存在でした。「彼女は、バリシニコフ以来のバレエ界のポップスターになると確信していたよ」

http://www.nytimes.com/2015/10/11/arts/dance/misty-copeland-on-pushing-ballets-boundaries.html

この記事の中での、二人の間の会話は興味深いものです。

Q この映画はどのような作品ですか?

ジョージ 「この映画は、伝記ではなくて、危機に直面している瞬間のアーティストを捉えたものなのです」

コープランド 「そして、バレエ界における多様性の欠如、アフリカ系アメリカ人のバレリーナが少ないことについて、詳しく語っているのです。これが、最初から私が求めていたことです」

Q あなたは、自分が黒人のバレリーナであるという事実を強調しているということについて、キャリア的に後悔したことはありませんか?

コープランド 「全くありません。それは必要なことだったのです。過去のダンサーたちもそのことについて話してきましたが、私のようなプラットフォームによりものではなくて、それは大きな違いです。私が黒人であることは私の一部であり、私の人生とそこでの苦闘における経験の一部です。今までの道のりは簡単なものではなくて、その理由の多くは、私がアフリカ系アメリカ人であり、私たちの多くはそのためにいろんな経験をしてきました。私が一定の知名度を得たり成功したことは、偶然のことではないし、黒人であることは今でも私の一部です。私が今プリンシパルになれたことで、そのことが消えてなくなるわけではありません」

ジョージ 「もし、彼女が『私はちょっと黒人の血が入っていて、こういう人です』という態度だったら、人々は、そうか、彼女は単にゲームに参加しているだけだと思うでしょう。でも、彼女にとってはゲームではなかったのです。黒人であるという点が重要だという事実から彼女は逃げませんでした。もし、彼女が自分の血を受け入れて大事にしていなかったら、そのことはここまで重視されなかったことでしょう」

Q この映画の中で、ABTの前エグゼクティブ・ディレクター、レイチェル・ムーアのような人々が、あなたはもっと集中すべきことがあると感じていたのがわかります。同じようにあなたは感じていましたか?

コープランド 「この映画が撮影され始めた時、私は体重を落とすようにと言われていました。私は、道に迷っていて、何に集中すればいいのかわからなくなっていました。どのように自分を扱うべきかわからなくなっていました。誰も私を導いてくれなかったし、仕事の時も、ここが私のいるべき場所だと思えなくなってきて、漂い始めていました。多くのダンサーがこのような経験をしています。私たちは大人になっていません。バレエに集中していてばかりいたので、大人になるための技術を得られていませんでした」

ジョージ 「彼女の物語は、並外れた枠組みの中での、ありふれたものです。これはすべてのダンサーに起こりえることです。怪我をする可能性、『私はプリンシパルになれるのかしら?』という不安。でも、ここで人種問題が出てくると、すべてのことがより厳しい賭けになっていきます。そしてこの映画は、そのことを扱っているのです。『彼女は今怪我をしてしまいました。これは、どんなダンサーでも経験することです』。その通りです。でも、その側面においては、ありふれた話なのです」

Q クラスレッスンの時、フラストレーションを見せていますね。「どうしてこの映画を撮影することに同意したのか?」と思いませんでしたか?

コープランド 「いえ、私はそのように感じませんでした。彼がそこにいたからではなく、その時に、フラストレーションがあるプロセスだったのです。Steps(NYのオープンクラスのスタジオ)の端に座って、何日も泣いていました。何が起きるかわからなかったからです。それは無理だ、と思いました」

ジョージ 「この映画は最もハッピーと思える終わり方をしますが、そのように終わるという保証は、その時はなかったんです」

*******
プリンスとの共演、再生回数933万回を記録したアンダーアーマーのCMへの出演、TIME誌の表紙、そしてABTのプリンシパルへの昇格と映画の公開。ミスティ・コープランドは間違いなく知名度では全米でナンバーワンのバレリーナとなったようです。今までバレエを観たことがなかった層や、若い人たちが劇場に詰めかけるようになって、彼女が出演する日のチケットはソールドアウトになっているようです。メジャーなメディアにバレリーナがたくさん露出することは素晴らしいことですし、人種の壁を越えて努力したことも素晴らしい功績です。

ただ、ミスティを一人のバレエダンサーとして見たときには、まだ技術的に物足りない部分や、まだ自分のものにできない役柄があることも否めません。とはいえ、まだ彼女はプリンシパルに昇格したばかり。これからどのように成長していき、実力も歴史に残るようなバレリーナになっていく過程を見守っていければと思います。

« Noismの「カルメン」再演と、平田オリザ脚本新作「ラ・バヤデール」 | トップページ | 彩の国さいたま芸術劇場 ボワヴァン/ウバン/ラリュー『En Piste-アン・ピスト』 »

ABT(アメリカン・バレエ・シアター)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« Noismの「カルメン」再演と、平田オリザ脚本新作「ラ・バヤデール」 | トップページ | 彩の国さいたま芸術劇場 ボワヴァン/ウバン/ラリュー『En Piste-アン・ピスト』 »