夢へ翔けて ~戦争孤児から世界的バレリーナへ~ ミケーラ・デプリンス/エレーン・デプリンス著
世界最大のバレエコンクール、YAGP(ユースアメリカグランプリ)の出場者を追ったドキュメンタリー映画「ファースト・ポジション―夢に向かって踊れ!」に出演して一躍有名になった、ミケーラ・デプリンス。シエラレオネの戦争孤児だった彼女がアメリカ人の養父母に引き取られ、バレリーナになるという夢をかなえました。その彼女の自伝「夢へ翔けて ~戦争孤児から世界的バレリーナへ~」が発売され、アメリカでは大きな話題となり、映画化も決定しています。その邦訳がこのたび発売されました。
この本がアメリカで発売された時には、ミケーラはまだ18歳で、オランダ国立バレエに入団したばかり。その若さで自伝を発売するのって早すぎるのでは、とその時には思いました。でも、この本はできるだけ早く発売され、できるだけ多くの若い人たちに読まれるべきなのではないかと読み終わった後に感じました。
ミケーラがシエラレオネの内戦で両親を失って孤児となってしまったということは、「ファースト・ポジション」の中でも語られていますが、シエラレオネでの内戦下の暮らしがあまりにも過酷だったことに驚きました。一夫多妻制で女性の扱いがひどく、女に教育なんてもってのほかという中で、ミケーラの両親は賢い彼女に早くから勉強を教えていました。
しかしデビルと呼ばれる反政府勢力(RUF)に父は殺され、母は飢えで亡くなってしまいます。おじは彼女を孤児院に入れますが、白斑がある彼女は悪魔の子と言われ、孤児院では疎んじられいじめられます。孤児院の先生もデビルに殺され、シエラレオネから脱出するときも、大勢の子供たちが殺されている姿を見るなど試練が続きますが、ミケーラと親友のミアは、アメリカ人の養父母に引き取られ、アメリカへ。
ミケーラとミアは、養父母の深い愛情に包まれて、アメリカでは幸福な生活を送ります。養父母はアフリカから6人の子供たちを養子として育てているだけでなく、3人の息子たちに加えて2人の血友病の男の子たちを養子に迎えており、その血友病の子たちはAIDSで亡くなってしまっていました。
孤児院にいたときに、風で飛ばされてきた、アメリカ人が持ち込んだバレエ雑誌の表紙がミケーラの運命を変えます。ポワントを履き、チュチュを着た美しいバレリーナが表紙を飾っていたのでした。いつか、私もバレリーナになりたいという夢がミケーラを支えます。
養父母はミケーラをバレエ教室に連れて行ってくれて、やがて彼女は頭角を現します。アメリカでも肌の色が黒いということで差別されたり、バレエの世界においても、黒人のバレリーナはほとんどいないという現実に直面します。バレエは白人のためのものであるという根強い偏見は今でもあります。それでも養母に励まされ、同じくバレエを習っていたミアと切磋琢磨して頑張るミケーラ。養母も、ミケーラのバレエ教育を全面的にサポートし、少ない予算の中で衣装を手作りし工夫もして彼女を支えます。
サマースクールに参加したダンス・シアター・オブ・ハーレムでは、初めてアフリカ系アメリカ人としてNYCBのプリンシパルとなったアーサー・ミッチェルに出会います。10歳でYAGPに初めて出場し、ABTのサマースクールへの参加、さらにYAGPへの出場を重ね、「ファースト・ポジション―夢に向かって踊れ!」にも出演。「ファースト・ポジション」に出演したことで一躍注目を浴びてマスコミにも登場するようになります。南アフリカでの公演に出演し、10数年ぶりにアフリカの地を踏みます。アフリカ、特にシエラレオネの女性や子供たちのために何ができるだろう、と思うようになります。そして、オランダ国立バレエに入団。クラシックバレエのバレエ団の団員になるという夢が実現しました。米ハフィントン・ポスト2012年「18歳以下の18人―年間最優秀ティーン」の一人にも選ばれました。
国連のボランティアとして、戦争に翻弄される子供たちの様子を伝える機会を与えられたこと、そして世界女性サミットに参加して自分の戦争に翻弄された経験を語ることができたことは、ミケーラにとって大きな出来事でした。戦争を逃れ、アメリカに渡ってバレリーナになることができた彼女は幸運でした。ミケーラに、養母は、恵まれている人間は分かち合う責任があると言います。養父母は、だからこそ、アフリカの孤児たちを引き取って愛情深く育てていったわけです。ミケーラは何を分かち合うべきなのか、自分自答した時に出てきた答えは、「希望」でした。困難な中を生きていく子供たちに希望を分け与えるために、彼女はこの若さで自伝を書いたわけです。
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戦争、両親の死と大変な苦難を生き抜き、アメリカに渡っても差別されるという現実に直面しながら、努力を重ねて夢の扉を開いたミケーラ。だけど、養母エレーンと共に書いたこの自伝では、等身大の彼女の姿が、素直な言葉で生き生きと綴られています。決して成功に酔うことなく、様々なトラウマや恐怖、姉妹となったミアとの友情と葛藤など、若い女の子ならではの視点で語られているので、とても好感度が高いのです。翻訳もとても読みやすく、ルビも振ってあって小学校高学年くらいでもスルスル読めてしまうし、ドラマティックで感動的で、面白い内容です。
また、日本人の留学生も多い名門バレエスクール、ロックスクールでのバレエ教育のこと、予選を経てYAGPのコンクールに参加する過程、衣装や振付の準備、芸術性をどうやって獲得していくか、バレエ団の就職活動など、バレリーナを目指す子にとっても参考となる話が出てきて、これもとても興味深いです。
子供にとって(大人にとっても)一番大切なことは、希望。生きるということは、困難な現実に直面し、悲しいことや苦しいことに出会い、思うようにいかないことも多いけど、でも頑張ればきっとそれは乗り越えられて、夢に近づくことができる。そして努力する姿を見て支えてくれる人たちが、必ずどこかにはいる。そのことをこの本は伝えてくれます。
これはアメリカ的な考え方なのかもしれませんし、キリスト教の影響も大きいと思うのですが、ミケーラの養母が実践している「恵まれている人間は分かち合う責任がある」という思想は素晴らしいことだと思いました。私も、決してものすごく恵まれているわけではありませんが、飢えてはいないし教育は受けることができたわけなので、やはり自分の持っているものを人々に分け与えることができればいいなと感じました。
この自伝は映画化も決定しているということで、こちらも大変楽しみです。東京小牧バレエ団三代目団長 菊池宗氏の推薦文つき。
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