ボリショイ、セルゲイ・フィーリン芸術監督の契約を更新せず
ボリショイ・バレエは、現在の芸術監督であるセルゲイ・フィーリンの契約を更新しないと、タス通信が報道しています。
http://www.gazeta.ru/culture/news/2015/07/30/n_7420113.shtml
現在のフィーリンの契約は、2016年3月17日までであると、ボリショイ劇場の総裁ウラジーミル・ウーリンが発表しました。
「私は、2016年3月17日に切れるセルゲイ・フィーリンとの契約は延長しないことを決定しました。法的には、雇用契約の2か月前での報告で問題ないのですが、この重要性と信義則、セルゲイに敬意を表して、前もって彼に知らせ、次のステップへと進めるための十分な時間を与えることにしたのです」とウーリンは語りました。
しかしながら、芸術監督の後継者候補の名前を、ウリンは挙げませんでした。
少し前に、フィーリンは実に34回目となる目の手術を6月に受けたとのことですが、体調は良好とのことです。
皆さんご存知のように、フィーリンは2013年1月に顔に酸をかけられて視力に重大な損害を与えられる重傷を負いました。犯人の一人とされるダンサー、パーヴェル・ドミトリチェンコは現在懲役6年の刑に服しています。
英語の記事(AFP配信)
Russia's Bolshoi theatre to ditch acid attack ballet chief
http://news.yahoo.com/russias-bolshoi-theatre-ditch-acid-attack-ballet-chief-104620415.html
もう一つロシア語の記事
http://tass.ru/kultura/2152056
フィーリンは、タス通信に、この決定は予測されていたことであり、特に批判されるようなものではないと語っています。「現代においては、これは当たり前のことですし、フェアだと思っています。プロフェッショナルとして自分を前進させ、新しいことをしなければなりません」と。
フィーリンは来シーズンも芸術監督として働き、契約が終了した後も、ボリショイと協働するような仕事をオファーされているとのことです。
また、ウーリンによると、フィーリンの退任後現在の芸術監督の仕事は一旦リセットされ、より狭い範囲の業務とするとのことです。そして9月ごろフィーリンの後任が発表されるそうです。
ウーリンは、フィーリンに個人的にこの決定を伝えたそうです。「今までのボリショイの歴史のように、芸術監督交代のニュースをメディアから知るのではなく、総裁から伝えられるということが重要なのです」
ウーリンは、フィーリンの仕事ぶりに不満を持っていたわけではないと語っています。それどころか、彼の今までの功績をたたえていました。「バレエ団で素晴らしいダンサーたちが現れ、ボリショイ劇場の新装後、素晴らしい新作が上演されました」特に、ローラン・プティ、ピエール・ラコット、ジョン・ノイマイヤー、ジャン=クリスロフ・マイヨーのような著名な振付家の作品をボリショイで上演したことをフィーリンの功績としています。また、グリゴローヴィッチの2つの作品が復元されて上演されました。
「フィーリンの契約更新が行わなかったのは、主に劇場内部の事情によるものです」とウーリンは語りました。
ウーリンによれば、ボリショイ・バレエの芸術監督の仕事は、今後は組織の管理が中心になるとのことです。バレエ団を支え、高い品質の公演をスケジュールを守って上演し、ツアーのスケジュールを遂行することだそうです。しかしながら、劇場のマネジメントと共に、レパートリーの戦略を立てることも業務の一部ではあると強調もしていました。
*****
おりしも、フィーリン襲撃後を追ったドキュメンタリー映画「ボリショイ・バビロン」が公開されます。
セルゲイ・フィーリンは、ボリショイ・バレエの芸術監督に就任してから、デヴィッド・ホールバーグら外部のダンサーを入団させ、エックの「アパートメント」、マクレガーの「クローマ」、クランコの「オネーギン」、ノイマイヤーの「椿姫」などの現代作品をレパートリーに加えたほか、マイヨーに新作「じゃじゃ馬馴らし」を振付けてもらうなど、レパートリーを改革しました。その改革は、「じゃじゃ馬馴らし」が黄金のマスク賞を総なめするという結果によって、高く評価されました。
しかし、ボリショイ内には強力な反対勢力もあり、ニコライ・ツィスカリーゼが彼を強く批判するなど様々な問題が起きた矢先の襲撃事件でした。混乱の中で、ツィスカリーゼはボリショイを退団し、前総裁のイクサーノフも辞任し、モスクワ音楽劇場の総裁だったウリンが総裁に就任しました。ウリンは、フィーリンの改革路線に否定的で、レパートリーもグリゴローヴィッチの「愛の伝説」のリバイバルなど、旧来のものに戻し、新作にしてもロシア人の振付家に手掛けさせるなど、懐古路線に戻しました。片目をほぼ失明してしまったフィーリンは、実質的に権力を骨抜きにされてしまったわけです。
フィーリンが去った後のボリショイはどうなっていくのでしょうか?
芸術監督の仕事の範囲が狭くなるということは、劇場の総裁の権限が今よりも大きなものになると解釈できそうです。
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コメント
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じゃじゃ馬ならしを映画で観ましたが本当に素晴らしい出来栄えでした。あの作品はセルゲイ・フィーリン監督でなくては出来なかったと思います。それまでの改革によって若手のダンサーが溌剌としたダンスを披露するようになったと思います。改革を行うとそれまで栄光に浸っていたベテランダンサーたちの反感を買うことになり酷い目に遭ったフィーリンは気の毒としか言いようがありません。ボリショイは今後もフィーリンを中心にして改革を進め素晴らしい作品を披露してもらいたいと思います。
投稿: 篠原克彦 | 2016/02/25 18:25
篠原克彦さん、こんにちは。
「じゃじゃ馬馴らし」、私もロシアで、そして先日の映画館中継も観ましたが、本当に素晴らしい出来栄えでしたね!おっしゃる通り、これはフィーリンが芸術監督だったからこそ実現できた作品だと思います。一流の振付家が、ボリショイのダンサーたちの素晴らしい身体能力を生かした新しい作品を作ってくれたわけですからね。
フィーリンは残念ながら退任してしまいますが、今後もボリショイ内で、新しい作品を創る部門で働いてほしいというオファーがあるようです。酷い目に遭ってしまった彼ですが、その仕事を引き受けてもらって、引き続き素晴らしい新作を創ってほしいですよね。
投稿: naomi | 2016/02/26 00:41