ボリショイ・バレエ来日記者会見レポート
ボリショイ・バレエの来日公演が、11月19日の宇都宮での「白鳥の湖」で始まりました。
http://www.japanarts.co.jp/bolshoi2014/
20日の東京での初日の前に、ウラジーミル・ウリン総裁と主要ダンサーが出演しての記者会見が行われました。
参加したダンサーは、マリーヤ・アレクサンドロワ、エカテリーナ・クリサノワ、ルスラン・スグヴォルツォフ、セミョーン・チュージン、ウラディスラフ・ラナントラートフ、アンナ・ニクーリナ、クリスティーナ・クレトワ、デニス・ロジキン。なぜか芸術監督のセルゲイ・フィーリンの姿はありませんでした。
ウリン総裁は、まずは宇都宮公演での日本の観客の暖かい反応に感銘を受けたとのこと。「愛の伝説」をリバイバル上演したばかりで、今後は、パクリタル振付「ハムレット」と、ポソホフ振付で、ロシアのレールモンテフの小説をもとにした「英雄の生涯」の2作品を初演する予定。モスクワでも、年間200公演を行っているというボリショイ劇場は、3000人もの人々が働いている大所帯だそうです。
ダンサーたちは、皆、日本の観客がいかに素晴らしく、温かく、熱心であるかということを語ってくれました。特にアレクサンドロワは、世界一暖かい観客だと評し、普段はあまり観客のことを考えず、ステージ上のパートナーや同僚のことを想って踊るのに、日本においてだけは、観客のために踊りたい、彼らと一つになることができるから、と語りました。
6月に東京と仙台で行われた東日本震災復興祈念ガラ「私たちはひとつ!」にも出演したスグヴォルツォフは、震災の後で来日したことをよく覚えているとのことです。「たとえゴジラが襲っても、日本に来ますよ!」と記者たちを笑わせました。とてもお茶目な人です。
前日に宇都宮での「白鳥の湖」に主演したニクーリナ、この後の「白鳥の湖」で王子役のロヂキンなど、忙しい中での記者会見で疲れていることだろうに、ダンサーたちの真摯で誠実な姿勢には心を打たれます。クレトワとニクーリナはこの日の「白鳥の湖」ではパ・ド・トロワも踊りました。
グリゴローヴィッチのバレエを踊る意義について、アレクサンドロワは、彼の作品はボリショイの財産で、次の世代に伝えなければならないものであると語りました。これだけ多くのアイディアを作品に込められる名匠は他にいない。今も現役で、ダンサーたちのそばにいることもとても貴重なことであると。ボリショイのアーティストなら、彼の作品を踊りこなすことが必要なの、と語る彼女の姿には、強い矜持が感じられました。
また、ウリン総裁は、「グリゴローヴィッチ=ボリショイという時代もありましたが、今はちょっと違っており、世界中のバレエを見渡して、どんどん新しいものを取り入れています。世界中の様々な振付家と仕事をして新作も踊っています。でも、軸となるのはグリゴローヴィッチの作品です。彼のバレエは観客に愛されており、たくさんのお客さんが見に来てくれます。彼は今も元気に毎日仕事をしており、劇場の中で大事な位置を占めている」と語りました。
今回は残念ながら怪我で出演できませんでしたが、デヴィッド・ホールバーグがボリショイに加入して活躍しています。外国人のダンサーの加入は今後もあるのか、という質問に対しては、ウリンは、ボリショイで活躍するには、どんな国の出身のダンサーでも問題ないけれども、ロシア人になりたいという強い気持ちがあることと、才能があることが大事だと語りました。ホールバーグのようなダンサーは例外的に素晴らしいので、入団できたとのことです。
ボリショイの今後の課題として、ウリンは次のように語りました。ここはシンプルな劇場ではありません、3000人以上の人々がここで働いており、有能な人がたくさんいます。秘めた才能を持っている人がそれを開花させることができるようにするのが、この劇場の総裁としての務めだと思っています、と。
ルスラン・スグヴォルツォフは、ボリショイは放し飼い状態で、無法者たちの団体だと言って場内は大爆笑でした。全員がムードメーカーなので、決して退屈することはないのだそうです。
ロシア・バレエの伝統の中で特に重要なのが、教師たちだと言われています。「教師というのは、ダンサーにとってお母さんのような存在であり、煙たがられることもあります。劇場という家族の中で教師が占める役割は大切なものです。若者たちも、自分たちがダンサーを引退して自身が教える立場になったら、わかってくれると思います。今回は、セメニャカ、ヴェトロフという偉大な教師たちも一緒に来日しています」とウリン。
今年の最大の話題の一つとなったジャン・クリストフ・マイヨー振付の「じゃじゃ馬馴らし」。
キャタリーナ役で主演したエカテリーナ・クリサノワ。久しぶりにゼロから始めて作った作品だったので、長いプロセスだったとのこと。「マイヨーという振付家の作品を踊ったのは、素晴らしい経験で自分のためになった。彼も自分のカンパニー以外に振付けたのは初めてだったし、そのため、彼にも、私にも良い意味の緊張感がありました」 同じくペトルーチオ役を演じたラントラートフ。「マイヨーも思い切った演出をして、とても新しい印象を受けました。演技するところが多くて即興もたくさんだったので、自分自身の踊りや、自分自身を表現しやすい演出でした。日本の皆さんが観て、どんな反応を見せてくれるか楽しみです」とのこと。本当に、日本に「じゃじゃ馬馴らし」持ってきてほしいものです。
そしてウリンも、「じゃじゃ馬馴らし」については、「ただ踊るだけではなく演技力を要する作品です。ボリショイのダンサーたちの全く違う面を見せることができて、彼らが演技力も持ったアーティストたちであることを実感することでしょう」「『じゃじゃ馬馴らし』はとても大事な作品でした。マイヨーとの協力関係も、今後も続けていきたい」」と語っていました。
*****
ボリショイ・バレエは来シーズン2つ新作がありますが、ロシア色が強く、ノイマイヤー、エック、クランコ、バランシンなど新しい作品を積極的に取り入れてきたフィーリンのカラーが薄まっており、グリゴローヴィッチの活躍もあってやや保守的になっているのかな、という印象がありました。しかしマイヨーの「じゃじゃ馬馴らし」は予想以上の高い評価を得ているようです。ロシアバレエの伝統を大切にしながらも、今後も、マイヨーなど現代の振付家と新作を創るということを、ぜひ続けてほしいなと思います。
さて、ボリショイ・バレエの初日「白鳥の湖」を観てきました。
開幕と記者会見のレポートは、ジャパンアーツさんのブログで。
http://www.japanarts.co.jp/blog/blog.php?cid_l=5&cid_m=7
私はグリゴローヴィッチ版「白鳥の湖」の演出、特に幕切れと3幕の民族舞踊の振付があまり好きではないのですが、それでもやはり、ボリショイの世界最強レベルの踊りで踊られる白鳥は素晴らしいです。とにかくカンパニー全体のレベルの高さがすごいのです。一幕のワルツにあれだけ多くのハイレベルな男性ダンサーをたくさん投入して、ガッツリ踊らせることができるのはここしかできないでしょう。女性ダンサーたちも、皆大変美しく身体能力も高くて眼福この上ありません。この日はザハロワが主演ということで、一枚も当日券が出なくて超満員。ザハロワはややお疲れの様子もあったものの、圧倒的なラインの美しさはいうまでもないし、彼女ならではの強さと儚さを併せ持ったドラマティックな白鳥は、やはり鮮烈な印象を与えるものです。ホールバーグ代役のロヂキンは、とにかく跳躍が浮かび上がるように非常に高かったのが印象的でした。サポートはもう少し頑張ってほしいのですが、長身で容姿に恵まれているし、ザハロワに鍛えられてこれからの飛躍に期待します。そして悪の天才ことロットバルト役のベリャコフが凄い。カリスマ性があり、一つ一つの動きがシャープで美しいのです、王子を陰で操り、破滅に陥れる悪魔の美学が感じられました。ロヂキンとユニゾンで踊ると、ベリャコフの方が動きが洗練されているのがよくわかります。DVDで観た、アレクサンドル・ヴェトロフの踊りをほうふつさせるものがありました。
とにかく、この圧倒的に見事で贅沢なボリショイ・バレエの踊りが、これまた素晴らしいボリショイ劇場のオーケストラ付きで、本国よりも安い値段で観られる日本の観客は幸せです。「白鳥の湖」のチケットはよく売れていますが、「ラ・バヤデール」「ドン・キホーテ」はまだまだチケットが残っているようなので、ぜひ観ていただければとおもいます。
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コメント
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naomiさん
記者会見の詳細なレポートありがとうございます。日本の観客のことを信頼してくれているのがわかって嬉しいですね。私も20日の公演を見ました。ボリショイのハイレベルなパフォーマンスに感動しました。主役の二人やベリャコフはもちろんですが、全体的なレベルがもうすごい。私の後ろの方がしきりに、「これはレベルが違うな」と言っていました。ザハロワもライブで観たのは初めてですが、オデット・オディール両方とも良かったです。ロヂキンもおっしゃる通りのふわっとした跳躍や物腰の優雅さで、目を惹きつけられました。でも、この終わり方は私も好きではありません。これで終わり?というような感じで、個人的には物足りないです。先日、マイヤ・プリセツカヤのボリショイでの白鳥の湖をDVDで観たのですが、そのときは王子とオデットがロットバルトを倒して終わるバージョンだったのですが、こちらの方がいいな。naomiさんはこのあとのボリショイも観られるのですよね。レポート楽しみにしています。
投稿: kame | 2014/11/24 15:03
kameさん、こんにちは。
ボリショイのダンサーたちが、日本の観客の暖かさ、素晴らしさをみなさん語ってくれていて、とても胸が熱くなりました。おっしゃる通り、本当にボリショイは、全体のレベルが恐ろしく高いんですよね。主役のみならず、群舞の一人一人までが、もう別次元なんですよね。グリゴローヴィッチ版の「白鳥の湖」、現在の幕切れのものになったのは2001年からだそうで、ミハルチェンコ、ヴァシュチェンコ、ヴェトロフが出演しているDVDではハッピーエンド版でこっちの方がまだしっくりきますね。(このヴェトロフのロットバルトもかっこよすぎでした)
私は今のところはバヤデールを2回で、ドン・キホーテも観たいのですが予定がなかなか合わなくて、土曜日にスペイン国立ダンスカンパニーと梯子しようかどうしようか、悩み中です。
投稿: naomi | 2014/11/26 02:42
naomiさんこんばんは。いつもブログ拝読しております。
ザハロワの回のレポートありがとうございます!チケット取れば良かったと激しく後悔しております。。
ボリショイ公演は見送るつもりが、どうしても白鳥が観たくなり、ニクーリナの回を観て参りました。
ルスラン王子の柔らかく高い跳躍に美しい5番ポジション、美しいニクーリナ(ちょっとやせすぎな感じもしましたが、、)、ロヂキンのシャープな印象のロットバルト、オペラ座やABTとはまた違う異次元のスタイルのコールド、堪能いたしました。
1幕で男性ダンサーが一斉に跳躍すると長~い脚が何本も高い位置に上がって壮観ですね!笑
ただ、素人耳ですがオーケストラの管楽器が音を所々外しており何となく集中を欠いてしまいました。
naomi様のレポートを読んで、ソワレだから口がお疲れなのかな?とかメンバー変わっているのかしら、、?など考えたのですが、その辺り実際はどうなのでしょうか。。
ボリショイ管弦楽団が付いてくるというのも楽しみにしていたのでもやもやしてしまいました。
終演の時に、団員の方々がオケピで握手を交わし合っているのが印象的でした。
何人か転んでいるソリストもいたので、全体的にお疲れモードだったのかも??
投稿: kabukabu | 2014/11/27 00:02
くわしいレポート(特に「白鳥の湖」公演)ありがとうございます。
大阪では本日(昨日になってしまいましたが)28日(金)でしたが、せっかくチケットを
購入していたのに、連日の残業で公演のことをすっかり忘れてしまい、残業を終えた
ころに、「あれ?」と思い出し、ショックに打ちのめされました。。。
29日はドンキホーテですが、そちらに振り分ける資金がなく・・・
ということで、パブリックビューイングに行って参ります。
なぐさめになりますが、しばらく立ち直れそうになりません(涙)
投稿: みかこ | 2014/11/29 00:52
kabukabuさん、こんにちは。
ボリショイはダンサーのレベルは本当に高いですよね、世界一といってもいいくらいです。ニクーリナ、ザハロワの日のパドトロワもとても良かったので彼女の白鳥も観たかったです。ルスラン王子も正統派ボリショイダンサーだし。女性ももちろんですが、群舞の男性のクオリティの高さに改めて驚きました。
演奏はいまいちでしたか…移動も多くて過密な日程で、皆さんもお疲れだったのかもしれませんね。個人的には、ハープの響きがとても美しく感じられました。
投稿: naomi | 2014/11/29 17:04
みかこさん、こんにちは。
残業続きでザハロワの白鳥が観られなかったとは残念でしたね…ショックですよね。それは立ち直れないお気持ちわかります。せめてドン・キホーテ楽しめますように!ザハロワの白鳥は、きっとまた観られる機会があると信じましょう!
投稿: naomi | 2014/11/29 17:06