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2014/10/20

ウェンディ・ウエーランのNYCB引退

10月18日に、NYCBで30年間踊った偉大なバレリーナ、ウェンディ・ウェーランが引退公演を行いました。

http://www.nytimes.com/2014/10/05/arts/dance/wendy-whelan-says-farewell-to-city-ballet.html

上演された演目は、

「夢遊病の女」 ジョージ・バランシン
「ダンシズ・アット・ア・ギャザリング」(ウェーランはアプリコット役) ジェローム・ロビンス
「コンチェルトDSCH」 アレクセイ・ラトマンスキー
「アフター・ザ・レイン」 クリストファー・ウィールダン
「By 2 With & From」新作
 Spring & Summer クリストファー・ウィールダン振付
 Autumn & Winter アレクセイ・ラトマンスキー振付

カーテンコールの動画 (NYCBオフィシャルのFacebookより)
https://www.facebook.com/video.php?v=10154739592210529

ウェンディ・ウェーランは、今までのどのバレリーナとも違った、現代的なバレリーナでした。引き締まった筋肉質の身体、長い手脚、動的な明快さ、ドラマティックでまるで別世界のような集中力をもち、男性振付家や芸術監督が未だ支配する世界において、強い意志をもって生き抜いた存在でした。

NYCBの歴史において、どの女性プリンシパルよりも幅広く変化に富むレパートリーを彼女は持っていました。ロマンティックバレエや古典から、コンテンポラリーまで並外れた多様性を誇っていました。バランシンやロビンスなどカンパニーのレパートリーを得意とし、その精神を体現していましたが、それよりもむしろ、新しいバレエ作品の創造で良く知られており、振付家の最良の作品を引き出すミューズとしての役割を果たしていました。

ウィリアム・フォーサイス、ウェイン・マクレガー、ヨルマ・エロ、バンジャマン・ミルピエ、トワイラ・サープ、リン・テイラー=コルベット、ピーター・マーティンスほか多くの振付家が彼女を起用してきました。NYCBのレパートリーでは、40作品も主演してきたとのことです。そして過去15年間においては、クリストファー・ウィールダンとアレクセイ・ラトマンスキーが、彼らのもっともすぐれた作品を彼女と作り上げてきました。

驚くべきことに、彼女のNYCB引退公演では、ラトマンスキーとウィールダンの二人が、彼女のために振付けた新作が上演されました。チケットは瞬く間に売り切れたとのことです。

ラトマンスキーは「まず私は彼女の脚の形に恋をしました」と語っています。「膝から踵、そして膝から腰までの長さは完璧な比率で、とても気品があって強靭です。動きのクオリティはこれらの構造に大きく依存し、彼女のたぐいまれな踊りのクオリティと官能性の理由がそこにあることを思い知らされました。彼女は偉大なバレリーナで、特別で並外れています」 彼女は、自分よりも20歳若いダンサーたちに混じって、ラトマンスキーと全くの新作を創造し、そしてそれら若いダンサーたちよりもずっと高いレベルでなんでもできる、と同僚のタイラー・アングルは語っています。

ウェーランは今でも高いレベルで踊ることができ、また今後も様々な振付家とコラボレーションし、自らのプロジェクト「Restless Creature」で踊り続ける予定ですが、47歳半でNYCBを去ることになります。多くの女性ダンサーは40歳前後で腰からのターンアウト、クラシックのテクニックの高い要求によってもたらされた深刻な身体の負担を感じ始め、関節や筋肉の衰えや怪我に見舞われるようになります。ウェーランは、果敢な技術への挑戦と成熟した芸術性をうまく操り踊り続けられた幸運な例で、怪我もほとんどしませんでしたが、2012年に腰の問題を抱えるようになりました。しかし、これも手術によって解決しました。

1984年、バランシンが亡くなった翌年にウェーランはNYCBに準団員として入団し、86年に正式な団員となります。鉤鼻の横顔、筋張った身体つき、バレリーナになるほど美しくないと自分で思い込み、誰かのお気に入りとなることもなかったため、人一倍の努力をしたとのことです。しかしその努力が実を結び、89年にはソリスト、91年にはプリンシパルに昇進します。自分自身がダンサーとして成功したと思ったのは、2001年にクリストファー・ウィールダンが彼女のために「ポリフォニア」を振付けたときでした。「私は、バランシンが死んだ後の世界でオーセンティックであろうと戦っていました。30歳になり、ジョック・ソトと踊り始め、ウィールダンが私のために作品を創り始め、そして私の世界が開けたのです」それは、長年のボーイフレンドだったニラス・マーティンス(ピーター・マーティンスの息子でNYCBの同僚)との辛い別れと時を同じくしていました。

「初めて、踊ることに魂を感じられるようになりました。コントロールされた強い女性でなくてはならないと長年思い続けた後で。その思い込みを乗り越え、ダンサーとしての自分が何なのか、自分のあるべき姿ではなく、自分自身が誰であるかということを見つけたのです」

クリストファー・ウィールダンは、「ポリフォニア」での彼女との出会いによって、振付家としての一歩を踏み出すことができたと語っています。この作品の後、彼女のために12もの作品を振付けました。中でも、2005年の「アフター・ザ・レイン」は非常に美しい作品で、彼の代表作の一つでもあります。「彼女は、ひとつの場所に安住しないことを教えてくれました。ウェンディを特別な存在たらしめているのは、抽象的な作品の中で、シンプルさを通して詩的な表現を行うことができる傑出した能力を持っていることです。まなざし、呼吸、彫刻のような形。彼女を取り巻く空気の中には、いつも物語が漂っていました」

アフター・ザ・レインの抜粋
http://youtu.be/MLsRfiD5gZA

ウェーランは年を重ねても、筋肉の驚異的なコントロールと技術的な正確さを通して、この世のものではないような、漂うような美しさを表現する力を失っていませんでした。しかしながら、NYCBにおいてバランシンやロビンスのレパートリーを踊る機会は減っており、カンパニーでの日々から離されていくことを彼女は感じ始め、30周年を機に、カンパニーを去ることを決めたのでした。

ウェーランが去ることを悲しいと語っていたピーター・マーティンスは、彼女は、カンパニーの歴史において、最も多くの外部の振付家と働いたダンサーだった、「信じがたいようなキャリアを築いた」と褒めたたえています。

NYCBを去った後も、ウェーランは「Restless Creature」で4人の若手振付家と作品を創り、来年1月から5月までアメリカ国内のツアーを行います。また、来年7月には、ロイヤル・バレエのエドワード・ワトソンとロンドンで新作の公演を行います。バレエ・カンパニーの芸術監督になることについては、目下のところは関心がないと語っています。

「誰よりも、私はミハエル・バリシニコフのキャリアが、私が今後向かっていく方向性の先例だと思っています。
彼は、考えられる限り幅広い分野の人々といつも新しいことを試している、常に動いているアーティストなのです。ダンスである必要もないのです、私はどんなことにでも挑戦したい」

ガーディアン紙では、彼女の美しい舞台写真のスライドショーを掲載しています。
http://www.theguardian.com/stage/gallery/2014/oct/17/wendy-whelan-farewell-nycb-ballerina-career-in-pictures

私も、NYCBの来日公演での「ポリフォニア」や、ニューヨークでのNYCB公演で何回か彼女の踊りを観ることができましたが、美しいプロポーション、圧倒的な芸術性に打ちのめされるような存在でした。公演後、たまたま入ったレストランで彼女とすれ違いましたが、意外と長身ではなかったけれどあまりの脚の長さに、同じ人間とは思えないと驚いたものでした。

ウェンディ・ウェーランのインスタグラムは、素敵な写真がよくアップされているので、おすすめです。
http://instagram.com/wendyw
ここにも、彼女の撮影した写真がまとめられています。
http://www.balletcatsandotherthings.com/

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