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« ニーナ・アナニアシヴィリにバレエを習うグルジアツアー | トップページ | K-Ballet Company「ラ・バヤデール」の公演レポートが面白い! »

2014/03/21

3/13,16 ナショナル・バレエ・オブ・カナダ「白鳥の湖」

カナダのトロントで、ナショナル・バレエ・オブ・カナダの「白鳥の湖」と「オネーギン」を見てきました。

振付:ジェームズ・クデルカ
美術、衣装 :サント・ロカスト

オデット/オディール スヴェトラーナ・ルンキナ
ジークフリート エヴァン・マッキー
ベンノ 江部直哉
ロットバルト パトリック・ラヴォイエ
道化 ディラン・テダルディ
娼婦 ジョーダナ・ドーメック
ハンガリーの姫 ティナ・ペレイラ(13)、ステファニー・ハッチンソン(16)
ロシアの姫 エレーナ・ロブサノワ
スペインの姫ジェナ・サヴェラ
イタリアの姫 ジリアン・ヴァンストーン(13)、森 志乃(16)

http://youtu.be/lHJ4_un1AzI

夫君のトラブルに巻き込まれてボリショイから実質離れ、カナダに定住しているスヴェトラーナ・ルンキナ。今シーズンは、ナショナル・バレエ・オブ・カナダのゲストプリンシパルとして、「くるみ割り人形」と現代作品の新作に出演。今回、この「白鳥の湖」こそがボリショイのプリマである彼女の持ち味を生かせるとして話題となっていた公演だった。

さて、ここの「白鳥の湖」はジェームズ・クデルカが1999年に振り付けたもの。非常に変わった設定の作品である。オデットは白鳥に変えられてしまった姫ではなく、もともと白鳥なのである。ロットバルトが、腐敗した人間どもを懲らしめるために彼女送り込み、王家を滅ぼそうと企んでいるのである。この企みはまんまと成功し、3幕の終わりには洪水が起きて王子とロットバルト以外全員死に、4幕は洪水で崩壊した城の廃墟の前で繰り広げられる。ロットバルトは冒頭では大きな翼を持った堕天使のような姿、二幕ではロングヘアーに半裸というなんとも怪しいいでたちで、オデットと王子のパドドゥにも相当割り込んでくる。それもそのはず、少なくとも最初のうちはオデットは完全なロットバルトの繰り人形なのだから。

また、特徴的なのが、この作品にはミソジニー(女性嫌悪)が描かれていること。1幕のワルツは通常男女が踊るのだが、ここでは、王子の友人である騎士達が踊り、登場する女性は二人だけ。女王と「a wench」という役名の女性1人。この役名をどうやって訳したらいいのか難しいところなのだが、辞書を引くと、娼婦、または召使い女とある。どちらとも取れるのだが、王子の友人たちへの絡み方を見ると娼婦のように思える。パ・ド・トロワは、ベンノ、道化、娼婦の3人で踊るという変則版だし、道化はグリゴローヴィッチ版でロットバルトが3幕のヴァリエーションで使う音楽で、娼婦は同じくグリゴローヴィッチ版でオディールが踊るヴァリエーションの音楽でソロを踊る。さらに、普通王子の一幕終わりの憂愁のソロで使われる音楽で、王子とベンノがデュエットを踊るのだ。どうも、王子とベンノはただの友人ではない、それ以上の関係にあるように思える。まるでバチェラーパーティのように王子の友人たちは激しい踊りを繰り広げ高揚していくが、王子はこの踊りの輪には加わらず、冷ややかに見ている。一方友人たちは最後、娼婦を連れ込んで集団で彼女に乱暴をしてしまうのである。王子はそういう男性的なものには関心がなく、ベンノと親しげに語らうだけ。

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Evan McKie and Svetlana Lunkina with Artists of the Ballet in Swan Lake. Photo by Aleksandar Antonijevic.

そのミソジニー的な部分は3幕でも出てくる。花嫁候補である各国の姫たちは、商品のように大きな色鮮やかなマントにくるまれて、大使に伴われて差し出される。彼女たちは、各国の民族舞踊をソロでポワントで踊るが、王子は途中で飽きてその場から退出するほど関心がない。そして最後は、やはり台の上に載せられて、売られて行く家畜のように立たされているのだ。

2幕も変わっているのがこの版の特徴。湖畔のシーンも、湖畔というよりは寧ろ沼地のようで、まるで昼間のように明るい。ロットバルトは、緑色の透けている薄い服をまとった半裸状態の上、長髪でなんだか変質者のよう。そして、ロットバルトがやたら出しゃばるというか、オデット王子の間に割って入ってきてすごく邪魔なのだ。オデットがロットバルトの繰り人形であることを示すための演出とはいえ、本来パドドゥであるべきところがトロワになってしまうのはちょっと残念。音楽の順番もかなり変えており、グラン・アダージョの前にオデットがヴァリエーションを踊る。グラン・アダージョはコーダの前にあって、オデットが王子の愛によって人間の女性的な感情を獲得し、愛が高まったことを示すということでは、効果的な演出である。だが、大きな白鳥の踊りが白鳥2羽とロットバルト、王子のパ・ド・カトルになっているというのは違和感を拭えない。音楽と音楽の間のつながりが悪くてぶつ切り感がある。また、コール・ドのフォーメーションも独特で、それぞれ別の動きをする時があって、一人一人に意思があるかのように思える。

そういう意味では、4幕が一番オーソドックスな演出になっているのだが、ここでは白鳥のコール・ドは全員黒鳥となっていて、唯一オデットだけが白い。視覚的には美しく、白鳥たちが全員ロットバルトの手下であることを示しているようだ。ここで繰り広げられるオデットと王子のパドドゥは哀しく美しい。ルンキナの全身を使った感情表現が実に豊かで、王子に対しての深い愛と赦しの感情が、彼女の柔らかく伸びやかな腕と肩の動きで語られていた。王子とロットバルトは激しく戦うも、結局は相討ちとなり、ロットバルトとともに死んだ王子をかき抱いたオデットが一人嘆き悲しむという幕切れだが、王子が死んでいることに気がついて見せたオデットの嘆きの姿も心を打つものだった。

ルンキナの白鳥としての表現力は見事としか言いようがない。登場した時は、人間ではなくロットバルトが王家を滅ぼすために送り込んだ、美しい女性に見せかけた白鳥であり、魂のない人形のように空虚で動きもやや硬い。だが、王子の愛に触れるに従って、少しずつ人間の心を持つようになってきて、動きも滑らかで雄弁に、そして感情豊かになっていく。ルンキナは、むしろ小柄な部類に入るのだが、腕の可動領域がとても広く、大きくダイナミックで素早い動きも、ゆっくりとした繊細な動きも自由自在な上、エポールマンや背中の表現も饒舌だ。黒鳥の時は、決して大袈裟になることなく、むしろ控えめな中に魔性を感じさせ、アクセントの利かせ方が上手くて、非常に魅惑的だった。特に白鳥のふりをするところはぞっとするほど美しい。ヴァリエーションもバランスの取り方が素晴らしくて見事だったが、グランフェッテはやや不得意のようだった。やや中心が移動してしまったりしていたが、きっちり回り切ったのはさすが。

エヴァンは、まさに立っているだけで王子という雰囲気の持ち主で、1幕ではベンノとのパドドゥ以外は立っているか座っているかのどちらかで、ほとんど踊らない。だが、座っている時の長く伸びてつま先までピンとした脚のゴージャスさにはうっとりするし、立ち居振る舞いの優雅さは持って生まれたもののように見える。白鳥の湖の王子さまってメランコリックなのはデフォルトなのだが、単に憂いがあるだけでなく、ダークサイドを持っているのが感じられる。母親に結婚しろと迫られることに反抗するだけでなく、おそらくは女性に興味がなく、ベンノには単なる友情以上の感情を持っている。一幕で友人の騎士たちが踊りを繰り広げ、娼婦を手篭めにする様子を見てもその輪には加わらないし、彼らに対して嫌悪感すら感じているほどだ。したがって、人間ではなく白鳥に恋したというのも必然と言えるのかもしれない。一目でオデットに恋し、ひたむきに愛を捧げることによって彼女に感情を芽生えさせる。愛を伝える優しいサポート、ルンキナの動きと呼応するようハーモニーを奏でる。二人の気持ちが通じ合い高まりあって行くのが手に取るように伝わり、言葉はなくてもとても雄弁で台詞が聞こえて来るようだった。そしてエヴァンは、アラベスクの角度がすごく高い。3幕ヴァリエーションのアントルシャ・シスの足先がきれい。ルルヴェが高い。彼は王子らしくエレガントに踊ることを主眼にしているから、派手なことは一切しないし、人によっては物足りなく感じる部分もある。けれども、極めてロシア的な踊りをするのでルンキナによくマッチしている。

ベンノ役はファーストソリストの江部直哉さん。王子とデュエットを踊るところは、さすがに長身のエヴァンと並ぶと見劣りするところはあるけど、テクニックは素晴らしい。跳躍は高く、着地が美しくて回転も非常に正確だ。王子とのやりとりも多くて、役作りもしっかりしており存在感がある。すでにアルブレヒトやロミオを踊っている彼はまだ25歳と若いが、プリンシパルになれる可能性も高い。このバレエ団は日本人の活躍が目立っており、森志乃さんは白鳥コール・ドの先頭、小さな4羽の白鳥、イタリアの姫と大活躍。特にイタリアの姫は技術の高さが求められ、別の日にはプリンシパルも踊っている役。平野啓一さんは別の日には道化を踊っていたがそれは見られず、騎士の一人で踊っていたが、長身で見栄えがしており、跳躍も美しい。国際色豊かなバレエ団で、東洋系始め肌の色も様々だけど、アンサンブルの実力は高かった。

美術は、ABTのラトマンスキー版くるみや、ナショナルバレエオブカナダのオネーギンを手がけたサント・ロカストの手によるもの。ロットバルトの悪趣味な衣装を除けば、高い美意識が貫かれた、ややエッジーながら華麗でドラマティックなデザインが魅力的だ。特に3幕の秘密サロンのようなダークな舞踏会において、鮮やかな色彩のマントに、まるで贈り物のように包まれた姫君たちが立っている様子は鮮烈である。

オーソドックスな白鳥の湖とは一線を画する、ダークでビザールなクデルカ版は、かなり賛否が分かれており、否定論の方が多い。特にミソジニー的な描写と音楽の順番を入れ替えていること、邪魔すぎるロットバルトに拒絶反応があるようだ。だが、古典でありバレエの代名詞である白鳥の湖でも、こんなひねった解釈ができて、インパクトの強い作品を作ることができるのは素晴らしいと思う。退屈な作品よりは、変だけど面白い作品の方がいい。

私の英語のレビューはこちらです。
http://bachtrack.com/review-national-ballet-canada-swan-lake-march-2014

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バレエ公演感想」カテゴリの記事

コメント

こんばんは、
興味深い《白鳥の湖》のご紹介ありがとうございました。
英語版も拝見しました。naomiさんポートレートも!
ご紹介いただいた動画や写真でしか分かりませんが、
マッキーはどれもぴしっと決まっていて素晴らしいですね。
出身国へ帰って、やる気十分だったんでしょうね(笑)
マッキーと言えば、一昨年のクランコ版来日興行
での名演が思い出されます。

お示しいただいた論評のうち、No.13《白鳥たちの踊り》の演奏順についての質問です:
<音楽の順番もかなり変えており、グラン・アダージョの前にオデットがヴァリエーションを踊る。グラン・アダージョはコーダの前にあって>
<音楽と音楽の間のつながりが悪くてぶつ切り感がある。>
と仰っておられますが、実際上はどんな順で踊られたのでしょうか?

ご承知とは思いますが、チャイコフスキーの原譜は
プティパ=イワノフ版と著しく異なっており、
①コールドのワルツ②オデットのヴァリアシオン③コールドのワルツ④4羽⑤グラン・パドドゥ⑥コールドのワルツ(大きな白鳥)⑦コーダ
です。グラン・パドドゥのドリゴ終止はなく、別のアレグロの終止がつきます。
もしこの通りの順序なら音楽のつながりは悪かろうはずはないと
思うのですがいかがでしょう?(振付上の違和感なら話は別ですが・・・)

ちなみに、チューリッヒバレエ(セミオノワのオデット=オディール)も
似たようなことをやっていますが、これの順序は:
①コールドのワルツ②オデットのヴァリアシオン④4羽⑥コールドのワルツ(大きな白鳥)⑤グラン・パドドゥ⑦コーダ
です。↓の動画で確認できます(43分あたりから)。
こちらはどっちつかずで違和感が少しありますね。

http://v.youku.com/v_show/id_XMzQ3MDI4MzMy.html

このスイスのコールドは、普通の2(3X3)=18人でも 2(4X3)=24人でもなく
2(2X5)=20人という変則編成になっていて面白いです。

やすのぶさん、こんにちは。

ちゃんとしたメモを取っているわけではないのですが、大体こんな感じです。
情景→コールドのワルツ→オデットのヴァリエーション→6羽(これがコールドのワルツかな?)→4羽→グランパドドゥ→大きな白鳥→コーダです。
ということで、おっしゃっている原典に近い感じがしますが、どうもそれぞれの主題が終わった後にぶつ切り感があるのと、やはりイワーノフ版が聴きなれているということもあって違和感を感じてしまいます。大きな白鳥とロットバルト、王子が一緒に踊るというのもありますが…。

1幕、3幕もだいぶ音楽の順番を変えていますが、2幕と違ってこの辺は結構アレンジがされていることが多いですから。4幕は比較的オーソドックスです。

naomiさん、ご回答ありがとうございました。
ということは、チューリッヒでのデュエットとヴァリアシオンの位置を変えた
というおざなりの変更ではなくて、もし6羽(上でご紹介の短い動画の
ほんの一瞬6人が輪になっている箇所がそれに当るのでしょうか?)
というユニークな挿入がリフレインのワルツを使っているとしたら
原譜そのままの順序ということになりますね。
クデルカはそれを狙ったのかもしれませんが、結果<つながりが悪くて
ぶつ切り感がある>という印象を与えてしまったのは何故でしょうか?
やはり、プティパの配曲とイワノフの振付があまりにもテッパンで
聴衆が他の形を受け入れにくいということでしょうかねえ・・・
あるいは、物語の進展が唐突過ぎるとか、1つのダンスが終わった後
拍手によってそれを反芻出来ないように演出されているとか・・・・
結構ああいう間合いというのは大切なんですよね。

やすのぶさん、こんにちは。

そうなんですねー。オリジナルに忠実な曲順なんですね。パンフレットにはそこまで詳しいことが書いてなかったんです。ます、照明がものすごく明るくて雰囲気が違うのもあったし、振り付けの問題、そして固定観念もあったという感じでしょうか。ユニークな作品なので機会があればご覧になると興味深いと思います。

こんにちは、
<照明がものすごく明るくて雰囲気が違う>
動画からも、4幕は薄暗そうなのに、2幕は昼のような感じですね。
そもそも、もともとは1,3幕は昼、2,4幕は夜、あるいは、1,3幕は現実、
2,4幕は幻想といった設定なのですから、2幕の白昼設定は違和感出ますよね。
もちろんballet blanc(バレ・ブラン)は、薄暗い青白い照明と白いチュチュが
原則ですからねえ・・・・

物語の筋から言えば、悪魔が白黒両方の玉を持っていて王子をたぶらかす
というのは、有りそうな設定ですよね。オデットが元々から白鳥である
ということからは《ウンディーヌ》の影響も考えられるのでは?
王家を洪水で滅ぼした時に、なぜ王子だけが生き残るのか不思議です。
ミソジニーから想像を膨らませば、ロートバルトはベンノから王子を奪う
ことが最終目的であって、王子によって愛情を植え付けられた(人間になった)
オデットが2人を黒鳥たちに命じて断罪するという筋書きの方が
より徹底しているように思いました。
結果、オデットが死んだ王子をかき抱いて嘆き悲しむという最終場面
が生きてくるのではないでしょうか・・・・

見てない者の勝手な妄想でした。

やすのぶさん、こんにちは。

白鳥の湖がオンディーヌの影響がある、という話は以前、指揮者の福田一雄さんの話で伺ったことがあると思います。

そういえば、新国立劇場運営財団情報センターから、「チャイコフスキー三大バレエ 初演から現在に至る上演の変遷」という渡辺真弓さんによる書籍が刊行されました。買って読んだのですが、おそらくはやすのぶさんがすべてご存じの内容かと思いますが、各版の音楽一覧表などがあったりして興味深かったです。クデルカ版はご覧にはなっていないようですが。(映像が出ていなくてカナダまで行かないと観られませんので、確かに難しいかも)

本のご紹介ありがとうございました。
検索してみますと66pで700円+税。
ご指摘のように、あまり細かい内容は期待できないようですが、
手引きのつもりで買ってみようと思います。

前にご紹介いただいた、クシェシンスカヤ読了しました。
この人は相当苦労人のようで(まあ読めばたいへんさは
推測出来ますが)、本の内容もまず第1は「後ろ指をさされない」
ことを前提としているようで、自他の資料のみに基づいている
ような印象でした。
これは、アルマ・マーラーの記憶の再生産で書かれたような
伝記で後から真偽について物議を醸すようなもの、とは好対照
をなすように思いました。
それはそれで、信頼が置けるのですが、まあ、しかし我々の
ようなバレエファンにとっては、たとえ著作時点での想いで
あっても結構だから、ロシアバレエの黄金時代に直接立ち会った
ダンサーとしての見解をもっと赤裸々に述べてほしかったですね。

たとえば、森田本(新書館)p284に述べられている、《白鳥の湖》
のサン・ペテ初演者レニャーニの時は相手役のゲールトが高齢で
ベンノを含めて3人で踊られていた『愛のデュエット』が
(僕の見解では高齢が理由ではなく台本の変更だと思うのですが)
クシェシンスカヤとレガートに替わった時に2人で踊られる
ようになった時の現場でのいきさつなんかがダンサーの立場
での思い出として語られているともっと面白かったように思いました。

また、同僚でライヴァルのプレオブラジェンスカヤとの関係なども
「やんわり」としか書かれていませんが、たとえば、ベルリンへの
出張公演を拒否したことなど、うがって見れば、彼女が首都の
舞台を死守しようとしていたことが垣間見えますね。

その間、干されてドサ回りを余儀なくされていたプレオブラジェンスカヤ
の伝記があれば読んでみたい気がします。

やすのぶさん、こんにちは。

この「チャイコフスキー三大バレエ」はコンパクトですが大変よくまとまっていて、ざっとした知識を得るにはとても良いと思いました。値段も安いですしね。

クシェシンスカヤの本は、ご自身で書かれているので、やはりあまり自分に都合の悪い話は書いていないし、おっしゃる通り人に後ろ指を指されないような記述になっているので、現実はもっと強烈というかドロドロしていたんだろうなって思いました。でもまあ、それを差し引いても大変面白い本でしたよね。たぶん彼女は強烈にプライドが高い方だったと思うので、そういうのが出ている感じです。

渡辺本入手しました。ざっと読みましたが、思いのほか興味深い内容が
掲載されていました。たとえば、《白鳥の湖》の初演ポスターの内容。
これは解説書にはよく写真が載っているし、ドキュメンタリー映像なんか
でも必ず出てくるもので、全文ロシア語で印刷されたものです。
小倉本には一部内容が述べられていましたが、森田本では何故かほぼ
無視されていました。たぶん彼が掲載した初演台本と(もちろんスコア
とも)あまりにもかけ離れているため、取りつく島がなかったんだろうと
思います。この本では、ワイリーの研究本からの引用としてほぼ全文
が示されていて、たいへん参考となりました。たとえば第3幕(これが
一番スコアとの整合性が窺える)でカルパコワIはオデッタとしてか
オディーリアとしてか分かりませんが、とにかく、《パドシス》と次の
《パドサンク》、そして《ハンガリー》と《ナポリ》を間において《ロシア》
の3つの舞踊単位を踊っていいるのですから3曲とも同じ衣装だった
と思われ、我々が知っている『黒鳥』とは全く違ったものだったんでしょうね。
《白鳥の湖》はモスクワで40回も上演されたのですから、丹念に探せば
いろんな文献が出てくるだろうし、それを研究している人もいるはずです
から、そういった最新研究の成果を是非紹介してほしいですね。

さらに、《眠りの森の美女》でクシェシンスカヤ本で彼女が《赤ずきん》
を踊ったと述べていますが、初演ではこの役は与えられていなかったん
ですね。彼女が4年間でオーロラを踊るまでに出世した、その途中の
舞台で《赤ずきん》を踊ったことが分かりました。

やすのぶさん、こんにちは。

渡辺真弓さんの本、お値段が安い割には情報はかなりたくさん詰まっていて、私にはとても参考になりました。お詳しいやすのぶさんにとっても、発見があったのですね。「白鳥の湖」の本当の初演のキャストなどが詳しく載っている書籍って案外少ないのですね。(私も森田本は読んでいます)カルパコワさん、主役ながらいろいろと踊っていらっしゃったんですね。

このようにバレエの歴史ってひも解いていくと面白い発見はいろいろ出てくるので、知的好奇心が刺激されるし、もっといろいろ知りたくなりますね。

こんばんは、naomiさん、面白い本を紹介して頂きありがとうございました。
僕は全くバレエに詳しくはありません。ただ、視点がちょっと違うというだけ
でしょう。バレエに関しては、全くの素人、というより門外漢です。音楽好き
の立場からバレエを考えているだけです。このレスに対して御答えを頂く
必要はありません。以下は単なる妄想ですから・・・・・


森田本の131ページの写真を見ると、左右2段に分かれている部分の左側
には各舞踊単位を踊るダンサーの名前、右側にはその続きと配役が印刷
されています。舞踊単位1に多くの記述があるのはコール・ド・バレエの
メンバーを列挙しているためでしょう。
渡辺本の和訳は写真に完全に対応していることが分かります。ただコールド
の名簿などは省略しているし、最後の舞踊単位20が「群舞」とだけしか記さ
れていないのは、写真の字数から言って不備でしょう。

ここでは、舞踊単位ごとの名前しか書かれていないので、踊らない登場人物
の名前はありません(1幕ではベンノ、ヴォルフガング、王妃など)。 これは、
歌劇が音楽付き芝居から変化していったように、現代の舞踊とドラマが合体
したバレエではなく、マイムとダンスが分離したままの古い形態を暗示して
いるのだと思われます。ですから、これらの舞踊単位からは劇の内容は分か
らないとは言え、ある程度の推測は可能でしょう。ここで注目したいのは
第1幕のスタニスラフスカヤというダンサー。役どころは名無しの農民の娘。
彼女は第1幕のあいだ、ほぼ踊りっぱなし。それも、最初は王子と離れているが、
その後の3つの舞踊単位は王子とくっついている。すなわち王子とペアで
踊っているわけです。この親密さから考えて、王子はこの農民の娘に
ぞっこんだったと推測することが出来るのではないかということです。
これは僕が想定している物語に一致します。すなわち《王妃はベンノの進言
を採用して、花嫁候補達に舞踏会だけではなく、その前日の庭園の祝賀に
も農民に変装して参加するよう命じた。もちろん王子が決断しやすいように》

なお、この和訳ダンサー名には誤植がいくつかあるようです(たとえば、
ペドロヴナIIIとペドロワIIIは同一人物と見られます)。その原因は、もともと
の写真によるものなのか、ワイリーの記述が原因なのか、和訳の際に
起こったものなのかは分かりません。

やすのぶさん、こんばんは。

映像記録などが残っていない初演の公演について、残されている資料から、こんな作品だったのではないか、と想像力を張り巡らせることはとても楽しいですよね。いわゆるバレエ・ダクシオンって時代だったのでしょうか。

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