DVDバレエ名作物語6 ジゼル 新国立劇場バレエ団
新国立劇場バレエ団のDVDーBOOKシリーズの第6弾は、今年2月23日に上演された「ジゼル」。一日だけの米沢唯さん、厚地康雄さん主演の日で、チケットを買っていたのに都合で観に行けなかったため、DVD化されて嬉しかった。
【音楽】アドルフ・アダン
【振付】ジャン・コラリ/ジュール・ペロー/マリウス・プティパ
【改訂振付】コンスタンチン・セルゲーエフ
【美術】ヴャチェスラフ・オークネフ
【照明】沢田祐二
【指揮】井田勝大
【管弦楽】東京交響楽団
ジゼル 米沢唯
アルベルト:厚地康雄
ミルタ:厚木三杏
ハンス:輪島拓也
クールランド公爵:貝川鐵夫
バチルド:湯川麻美子
村人のパ・ド・ドゥ:細田千晶 奥村康祐
ドゥ・ウィリ:細田千晶、寺田亜沙子
新国立劇場バレエ団では7年ぶりの上演だったという「ジゼル」。別キャスト(長田佳世さん、菅野英男さん)で今回の舞台を観ていて、このバレエ団の上演レベルの高さは実感していたのだけど、映像で観て今回初役だった若手二人の実力の高さを再認識した。
いつもはテクニックの高さを発揮した元気の良い役が多い米沢さん。今まで演じてきた役とはだいぶ違うジゼルはどうなのかな、と思っていたのだけど素晴らしい演技だった。彼女のジゼルは、身体は弱いけど普通の可愛らしい女の子。特に繊細というわけではなくて、等身大の少女としてとても純粋にアルブレヒトを愛している。1幕の踊りはとても素直でケレン味がなくてクリアなもので、彼女の自然体な部分をよく表現していた。対するアルブレヒト役(新国立劇場ではアルベルト表記)の厚地さんは、長身でハンサムで、日本人離れしたスタイルの良さ。見るからに高貴な雰囲気を漂わせているけれども、貴族の戯れというよりは、ジゼルと同じ目線で恋を楽しんでいるように見える。若い二人なので、とてもナチュラルで微笑ましい。
それだけに、アルベルトの裏切りがわかり、狂乱に至った姿のジゼルは痛ましかった。特典映像のインタビューで米沢さんは「ただただ悲しい」という感情を表現したと語っていたけれど、まさにそんな感じ。最初は静かに悲しみに押しつぶされそうになって茫然とし、花占いや楽しい想い出をたどって微笑んでいたジゼルが、少しずつ正気を失っていって死に至る姿は、決して大げさな演技ではないけれども、心が壊れた結果亡くなってしまったのがよく伝わってきた。バチルドが現れた時に、思わず軽薄な受け答えで取り繕った厚地さんのアルベルトは、おろおろするばかりだったが、彼女が死んだ後の動転ぶりは激しく、何度も彼女にすがりつこうとしてはベルタに追い払われる姿に、本当にジゼルを愛していたことがわかった。
2幕、ウィりとなったジゼル。米沢さんは、人間だったときのイノセンス、純粋さを残しながらも生身ではないということを感じさせる踊り。体重を消しているだけでなく、腕の動き一つもとても繊細でコントロールが効いていて見事だった。アンドゥオールも完璧だ。しなやかだけど、やりすぎなところは微塵もなくて、あの素朴な女の子がウィりになったんだなと思わせる。その中でも、アルベルトを守り抜こうという意志の強さは見せていた。朝の鐘が鳴ってアルベルトが助かったことがわかった時の安堵の表情、そして彼と別れなければならない悲しみをにじませて、去りがたい様子で消えていくところには、思わず涙がこぼれた。
ジゼルの墓に花を捧げに歩んでいく厚地さんのアルベルトは、憂いの表情も立ち姿も美しく、長いマントがよく似合う。日本人でこれほどまでに容姿に優れて貴公子が似合う人もいないだろう。脚が長くて真っ直ぐなので、ジュッテアントルラッセで後ろ脚が高く上がる様子は観ていて気持ち良いし、着地もきれいで音もしない。今までの彼にとって課題だったパートナーリングもとても良くなって、リフトしたあとの下ろし方も丁寧だったし、ウィりになってから初めて出会った時のリフトも、ふわっとさせながらしっかりサポートしていた。ヴァリエーションの跳躍も高く、カンブレしすぎなくて品もよく、ばったり倒れる姿すら麗しい。ミルタに命令されて踊るところは、ディアゴナルにブリゼを繰り返し、そのあとはジュッテでのマネージュ。終わりの方では本当に息も絶え絶えで、弱っていくところを見せていた。主役を何回か経験したことで、彼は大きく成長したようだ。
ヒラリオン(ハンス)役の輪島さんは、厚地さんに釣り合う長身でなかなかの男前。無骨だけど男らしくて魅力を感じさせる人物像だ。ジゼル恋しさのあまり彼女に死をもたらしてしまったことを深く悔いていて、剣を持ち出したアルベルトに身を投げ出したり、堂々とした存在感の持ち主。それだけに理不尽にウィリたちに殺されてしまう姿は哀れだった。
ミルタ役の厚木さんは、怖さについては天下一品。彫りの深い顔立ち、細すぎるくらい細く長い手脚。ロマンティック・チュチュを着用しているのに脚がアンドゥオールしていないのがわかってしまうのがいつも残念だし、腕の動きもロボット的だが、威厳と冷酷さには満ち溢れている。細田さん、寺田さんのドゥ・ウィリは、特に細田さんが柔らかくて素晴らしい。細田さんは1幕で溌剌としたペザントを踊っていたのに、同じ日にこんなに違うキャラクターを演じられるのが凄い。寺田さんは、細田さんと比較するとやや堅い。彼女たちを始め、新国立劇場バレエ団の女性ダンサーはみな非常にほっそりとしていて手脚長くプロポーションが美しい。コール・ドも大変よく揃っていて、左右から並んだウィリたちが交差するシーンは幻想的でうっとりさせられた。
1幕に話を戻すと、ペザントのパ・ド・ドゥは前述の細田さんと奥村さん。細田さんは、まさにお手本のように正確で軽やかで溌剌としていながら柔らかさもある。私事だが、先日ミニ発表会でペザントのヴァリエーションを踊ったのだけど、細田さんの踊りを何回も観てイメージトレーニングしてみた。そして奥村さんは、弾むような勢いがありつつも、端正で着地が吸い付くように美しい。このペアは、きっと来シーズンはもっともっと大きな役に抜擢されて活躍することだろう。奥村さんがバジルを踊った新国立劇場バレエ団の「ドン・キホーテ」も観たのだが、バジル役にしては王子様的なところがあったものの、バレエの美しさとひょうきんな演技はとても魅力的で、微笑みたくなる素敵なパフォーマンスだった。
全体的に新国立劇場バレエ団のレベルの高さが発揮され、主人公二人のフレッシュさ、相性の良さ、ひたむきさが感じられて素晴らしいパフォーマンスだった。このレベルなら、世界のどこに出しても誇れるほどである。厚地さんは来シーズンからバーミンガム・ロイヤル・バレエに復帰するため、新国立劇場バレエ団では観られなくなってしまったのが残念だけど、映像に彼のアルベルト役が残って良かった。バーミンガムでの活躍も楽しみ。
特典映像は、米沢さんと厚地さんのインタビューと、マイム講座。米沢さんは、狂乱のシーンの演技の稽古のために、休日に誰もいない劇場でもうひとりのジゼル役である長田さん、大原永子次期芸術監督とリハーサルを重ねたとのこと。米沢さんの理想とするジゼルはシルヴィ・ギエム、厚地さんの理想とするアルベルトはミハイル・バリシニコフだそうで、二人とは全くイメージの違うダンサー名を挙げているのが興味深い。マイム講座は、ジゼルで使われるマイムを二人が実演してくれるというもので、最後にはマイムを使った寸劇も演じてくれるのだけど、これが大変可笑しくて楽しめる。とてもハンサムな厚地さんも、このインタビューを観る限りではかなり親しみやすそうな人柄のよう。
また、DVDブックの本の部分も、瀬戸秀美さんによる公演写真を始め、長野由紀さんによる演目の場面ごとの細かい解説、薄井憲二さんによる「ジゼル」の歴史、また新国立劇場バレエ団の先シーズン、今シーズンの総括などもあって、大変充実している。ぜひとも一家に一枚持っていて欲しいDVDーBOOKだ。
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