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2013年8月

2013/08/30

DVDバレエ名作物語6 ジゼル 新国立劇場バレエ団

新国立劇場バレエ団のDVDーBOOKシリーズの第6弾は、今年2月23日に上演された「ジゼル」。一日だけの米沢唯さん、厚地康雄さん主演の日で、チケットを買っていたのに都合で観に行けなかったため、DVD化されて嬉しかった。

【音楽】アドルフ・アダン
【振付】ジャン・コラリ/ジュール・ペロー/マリウス・プティパ
【改訂振付】コンスタンチン・セルゲーエフ
【美術】ヴャチェスラフ・オークネフ
【照明】沢田祐二
【指揮】井田勝大
【管弦楽】東京交響楽団

ジゼル 米沢唯
アルベルト:厚地康雄
ミルタ:厚木三杏
ハンス:輪島拓也
クールランド公爵:貝川鐵夫
バチルド:湯川麻美子
村人のパ・ド・ドゥ:細田千晶 奥村康祐
ドゥ・ウィリ:細田千晶、寺田亜沙子

新国立劇場バレエ団では7年ぶりの上演だったという「ジゼル」。別キャスト(長田佳世さん、菅野英男さん)で今回の舞台を観ていて、このバレエ団の上演レベルの高さは実感していたのだけど、映像で観て今回初役だった若手二人の実力の高さを再認識した。

いつもはテクニックの高さを発揮した元気の良い役が多い米沢さん。今まで演じてきた役とはだいぶ違うジゼルはどうなのかな、と思っていたのだけど素晴らしい演技だった。彼女のジゼルは、身体は弱いけど普通の可愛らしい女の子。特に繊細というわけではなくて、等身大の少女としてとても純粋にアルブレヒトを愛している。1幕の踊りはとても素直でケレン味がなくてクリアなもので、彼女の自然体な部分をよく表現していた。対するアルブレヒト役(新国立劇場ではアルベルト表記)の厚地さんは、長身でハンサムで、日本人離れしたスタイルの良さ。見るからに高貴な雰囲気を漂わせているけれども、貴族の戯れというよりは、ジゼルと同じ目線で恋を楽しんでいるように見える。若い二人なので、とてもナチュラルで微笑ましい。

それだけに、アルベルトの裏切りがわかり、狂乱に至った姿のジゼルは痛ましかった。特典映像のインタビューで米沢さんは「ただただ悲しい」という感情を表現したと語っていたけれど、まさにそんな感じ。最初は静かに悲しみに押しつぶされそうになって茫然とし、花占いや楽しい想い出をたどって微笑んでいたジゼルが、少しずつ正気を失っていって死に至る姿は、決して大げさな演技ではないけれども、心が壊れた結果亡くなってしまったのがよく伝わってきた。バチルドが現れた時に、思わず軽薄な受け答えで取り繕った厚地さんのアルベルトは、おろおろするばかりだったが、彼女が死んだ後の動転ぶりは激しく、何度も彼女にすがりつこうとしてはベルタに追い払われる姿に、本当にジゼルを愛していたことがわかった。

2幕、ウィりとなったジゼル。米沢さんは、人間だったときのイノセンス、純粋さを残しながらも生身ではないということを感じさせる踊り。体重を消しているだけでなく、腕の動き一つもとても繊細でコントロールが効いていて見事だった。アンドゥオールも完璧だ。しなやかだけど、やりすぎなところは微塵もなくて、あの素朴な女の子がウィりになったんだなと思わせる。その中でも、アルベルトを守り抜こうという意志の強さは見せていた。朝の鐘が鳴ってアルベルトが助かったことがわかった時の安堵の表情、そして彼と別れなければならない悲しみをにじませて、去りがたい様子で消えていくところには、思わず涙がこぼれた。

ジゼルの墓に花を捧げに歩んでいく厚地さんのアルベルトは、憂いの表情も立ち姿も美しく、長いマントがよく似合う。日本人でこれほどまでに容姿に優れて貴公子が似合う人もいないだろう。脚が長くて真っ直ぐなので、ジュッテアントルラッセで後ろ脚が高く上がる様子は観ていて気持ち良いし、着地もきれいで音もしない。今までの彼にとって課題だったパートナーリングもとても良くなって、リフトしたあとの下ろし方も丁寧だったし、ウィりになってから初めて出会った時のリフトも、ふわっとさせながらしっかりサポートしていた。ヴァリエーションの跳躍も高く、カンブレしすぎなくて品もよく、ばったり倒れる姿すら麗しい。ミルタに命令されて踊るところは、ディアゴナルにブリゼを繰り返し、そのあとはジュッテでのマネージュ。終わりの方では本当に息も絶え絶えで、弱っていくところを見せていた。主役を何回か経験したことで、彼は大きく成長したようだ。

ヒラリオン(ハンス)役の輪島さんは、厚地さんに釣り合う長身でなかなかの男前。無骨だけど男らしくて魅力を感じさせる人物像だ。ジゼル恋しさのあまり彼女に死をもたらしてしまったことを深く悔いていて、剣を持ち出したアルベルトに身を投げ出したり、堂々とした存在感の持ち主。それだけに理不尽にウィリたちに殺されてしまう姿は哀れだった。

ミルタ役の厚木さんは、怖さについては天下一品。彫りの深い顔立ち、細すぎるくらい細く長い手脚。ロマンティック・チュチュを着用しているのに脚がアンドゥオールしていないのがわかってしまうのがいつも残念だし、腕の動きもロボット的だが、威厳と冷酷さには満ち溢れている。細田さん、寺田さんのドゥ・ウィリは、特に細田さんが柔らかくて素晴らしい。細田さんは1幕で溌剌としたペザントを踊っていたのに、同じ日にこんなに違うキャラクターを演じられるのが凄い。寺田さんは、細田さんと比較するとやや堅い。彼女たちを始め、新国立劇場バレエ団の女性ダンサーはみな非常にほっそりとしていて手脚長くプロポーションが美しい。コール・ドも大変よく揃っていて、左右から並んだウィリたちが交差するシーンは幻想的でうっとりさせられた。

1幕に話を戻すと、ペザントのパ・ド・ドゥは前述の細田さんと奥村さん。細田さんは、まさにお手本のように正確で軽やかで溌剌としていながら柔らかさもある。私事だが、先日ミニ発表会でペザントのヴァリエーションを踊ったのだけど、細田さんの踊りを何回も観てイメージトレーニングしてみた。そして奥村さんは、弾むような勢いがありつつも、端正で着地が吸い付くように美しい。このペアは、きっと来シーズンはもっともっと大きな役に抜擢されて活躍することだろう。奥村さんがバジルを踊った新国立劇場バレエ団の「ドン・キホーテ」も観たのだが、バジル役にしては王子様的なところがあったものの、バレエの美しさとひょうきんな演技はとても魅力的で、微笑みたくなる素敵なパフォーマンスだった。

全体的に新国立劇場バレエ団のレベルの高さが発揮され、主人公二人のフレッシュさ、相性の良さ、ひたむきさが感じられて素晴らしいパフォーマンスだった。このレベルなら、世界のどこに出しても誇れるほどである。厚地さんは来シーズンからバーミンガム・ロイヤル・バレエに復帰するため、新国立劇場バレエ団では観られなくなってしまったのが残念だけど、映像に彼のアルベルト役が残って良かった。バーミンガムでの活躍も楽しみ。


特典映像は、米沢さんと厚地さんのインタビューと、マイム講座。米沢さんは、狂乱のシーンの演技の稽古のために、休日に誰もいない劇場でもうひとりのジゼル役である長田さん、大原永子次期芸術監督とリハーサルを重ねたとのこと。米沢さんの理想とするジゼルはシルヴィ・ギエム、厚地さんの理想とするアルベルトはミハイル・バリシニコフだそうで、二人とは全くイメージの違うダンサー名を挙げているのが興味深い。マイム講座は、ジゼルで使われるマイムを二人が実演してくれるというもので、最後にはマイムを使った寸劇も演じてくれるのだけど、これが大変可笑しくて楽しめる。とてもハンサムな厚地さんも、このインタビューを観る限りではかなり親しみやすそうな人柄のよう。

また、DVDブックの本の部分も、瀬戸秀美さんによる公演写真を始め、長野由紀さんによる演目の場面ごとの細かい解説、薄井憲二さんによる「ジゼル」の歴史、また新国立劇場バレエ団の先シーズン、今シーズンの総括などもあって、大変充実している。ぜひとも一家に一枚持っていて欲しいDVDーBOOKだ。

DVDバレエ名作物語6ジゼル 新国立劇場バレエ団オフィシャル (バレエ名作物語vol.6)DVDバレエ名作物語6ジゼル 新国立劇場バレエ団オフィシャル (バレエ名作物語vol.6)
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8/30 「マツコの知らない世界」に三木雄馬さん

マツコの知らない世界 (TBS系列)に、谷桃子バレエ団の三木雄馬さんが出演します。

2013年8月30日(金) 24時50分~25時25分

ゲスト:三木雄馬さん 

テーマ:バレエダンサーの世界▽美しすぎる!?バレエダンサーの世界
http://www.tbs.co.jp/matsuko-sekai/

三木雄馬さんのブログで、収録の時のエピソードが紹介されているので、そちらも併せて。
http://ameblo.jp/yuma-miki/entry-11602354810.html

マツコさん大好きなので、どんなトークが繰り広げられるのか楽しみです。

ところで、番組の方は実際面白かったです。三木さんも少しだけ踊りを見せてくれました。日本には男性でバレエを踊っている人は全国で8000人で、女性の40人と比較すると圧倒的に少数です。

彼の選んだ男性ダンサーのベスト3は、ファルフ・ルジマトフ、マニュエル・ルグリ、そしてホセ・カレーニョでした。一番共演したい女性ダンサーは、ディアナ・ヴィシニョーワ。ということで、「マリインスキー・バレエ・イン・パリ ザハーロワ、ヴィシニョーワ、ルジマートフ」のDVDからシェヘラザード、そして東京バレエ団「ジゼル」(ヴィシニョーワ、マラーホフ出演)が放送されました。

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2013/08/24

ABT びわ湖「マノン」と兵庫「くるみ割り人形」のキャスト/TV放映情報

来年2月~3月のABTの来日公演のキャスト、地方公演の分がABTのオフィシャルのカレンダーに出ていました。
http://www.abt.org/calendar.aspx?startdate=2/1/2014

2月23日(日)17:00~びわ湖ホール「マノン」 ジュリー・ケント、ロベルト・ボッレ
http://www.biwako-hall.or.jp/2013/08/7805/
チケットは2013/08/30(金)10:00~友の会発売、2013/09/01(日)10:00~一般発売

3月2日(日)15:00~兵庫県立芸術文化センター「くるみ割り人形」 サラ・レイン、ダニール・シムキン

なかなか豪華なキャストですね。びわ湖ホールのキャストは、びわ湖ホールのDMでも発表されていました。


なお、ABT来日公演「オールスター・ガラ」の演目と出演者が変更になっているので、要注意です。
http://www.japanarts.co.jp/abt2014/gala.html
http://www.japanarts.co.jp/abt2014/ticket.html

また本日24日まで、ジャパンアーツのサマーキャンペーンで、ABT「くるみ割り人形」「マノン」のマチネ公演のチケットのS席、A席がお得な値段でチケットガード付きで購入できます。
http://www.japanarts.co.jp/s_campaign2013/index.html


加治屋百合子さんのテレビ出演情報も。

【オンエア情報】加治屋百合子 フジテレビ「Asian Muse」

★フジテレビ(関東ローカル)2013年8月29日(木) 22:54~23:00
★BSフジ 2013年9月3日(火) 22:55~23:00
★東海テレビ 2013年9月5日(木) 21:54~22:00
★関西テレビ 2013年9月7日(土) 23:55~24:00
*前番組の都合により時間の変更があるかもしれませんが、ご了承ください。

Asian Muse ~世界を魅了する日本の美神たち~
http://www.fujitv.co.jp/b_hp/asian-muse/


加治屋さんとダニール・シムキン主演の「ドン・キホーテ」DVDが発売されますね。

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8/22 「ディアナ・ヴィシニョーワ -華麗なる世界-」Bプロ The World of Diana Vishneva

プロローグ

基本的にはAプロと同じなのだけど、出演者が増えたので構成が少し変更に(そして一演目目に出演するエイマン、ユレルは登場せず)。真ん中に照らし出されたスポットライトに浮かび上がるヴィシニョーワ。彼女を中心に、トリオ、デュオと出演者たちがコンテンポラリー風味のパ・ド・ドゥを繰り広げたり、離散し集合する。逆光やスポットライトを巧みに使った照明の使い方が効果的でとてもスタイリッシュ。


「ドリーブ組曲」Delibes Suite
振付:ジョゼ・マルティネス 音楽:レオ・ドリーブ
メラニー・ユレル、マチアス・エイマン Melanie Hurel, Mathias Heymann

実はAプロの「コッペリア」と半分以上同じ音楽を使っているのだけど、振付はだいぶ違って、相当技巧的。逆向きマネージュをマチアスはきっかりこなしていたし、冒頭のものすごく高い跳躍、そして美しい足先とテクニック披露だけではない、エレガンスが備わっている。ピレット・ア・ラ・スゴンドで男性がスポッティング(顔のつけ方)を角度をずらして回転しているのは初めて観た。マチアスは怪我で観ないうちに随分と大人の男性へと成長したようで、身体に厚みが出てきたし、脚も長くてプロポーションが美しく成長し、かっこよくなっていた。女性の踊りも相当難しくて、足を替えてのフェアテや、方向転換のあるピケターンなどてんこ盛りなのだが、相当きっちり踊らないと、なんだかモタモタしてしまう。残念ながらユレルは少し不調だったようで、かなりもたついてしまっていた。

 
「レダと白鳥」Leda and the Swan
振付:ローラン・プティ 音楽:ヨハン・セバスティアン・バッハ
上野水香、イーゴリ・コルプ Mizuka Ueno, Igor Kolb

この興行主でプティ作品を上演するようになったのは最近のこと。それもすべて上野さん…。もう一演目「チーク・トゥ・チーク」もプティだし。ヴィシニョーワのガラには合わないのでは。個人的に、ヴィシニョーワとコールプが組んだ時に魅せる、個性の強い者同士ならではのケミストリーが好きなので、もっとこの二人が共演したところを観たかった。さて、イーゴリ・コールプにはこの役は大変よく似合っている。彼の動物的なまでにしなやかな腕の使い方、独特の妖しさ、空気感の作り出し方がなんとも魅力的で惑わされる。上野さんは、前髪を下ろしたヘアスタイルが子供っぽく見えて、この役柄には合わない。


「タランテラ」Tarantella
振付:ジョージ・バランシン 音楽:ルイス・モロー・ゴットシャルク
アシュレイ・ボーダー、ホアキン・デ・ルース Ashley Bouder, Joaquin De Luz

このガラで一躍評価が上がったのは、このペアではないだろうか。「タランテラ」はこの1年ちょっとで観るのは3回目なのだが、さすがバランシンのカンパニーの二人、音楽性が抜きん出ている。一つ一つの音にきっちりと合わせた踊りは気持ち良い。デ・ルースの跳躍はダイナミックで、やんちゃでユーモラスなところを見せながら、小柄な体からあっと言わせるような跳躍を見せてくれる。タンバリンの音もバシっと合っていて小気味よい。ボーダーも音への合わせ方が完璧で、チャーミングで余裕綽々。本家ならではのプライドを見せてもらった。


「精霊の踊り」Dance of the Blessed Spirits
振付:フレデリック・アシュトン 音楽:クリストフ・ヴィリバルト・グルック
デヴィッド・ホールバーグ David Hallberg

アシュトンがアンソニー・ダウエルのために振り付け、そのダウエルにホールバーグが指導されたというソロ。グルックの「オルフェオとエウリディーチェ」の中のフルートのメロディアスな音楽。幕が開くと暗い舞台の上の台に、まるで彫刻のようなホールバーグが立っている。上半身裸に白いタイツ姿の彼は、ギリシャ神話に出てくる神のような姿。美しいつま先を駆使したバットゥリー、背中のやわらかさが発揮されたアラベスクやソテ。しかしもっとも特徴的なのは、まるで翼のように交互にはためかせる腕の使い方だろう。横を向いて脚を伸ばし座るところは、「アポロ」を彷彿させる。ここので神々しいホールバーグの存在感は人間を超越している。コールプに続いて今日2番目の人ならざる存在。


「真夏の夜の夢」A Midsummer Night's Dream
振付:ジョン・ノイマイヤー 音楽:フェリックス・メンデルスゾーン
エレーヌ・ブシェ、ティアゴ・ボァディン 
Héléne Bouchet, Thiago Bordin

この作品は全幕を観ていないのだけど、結婚式のシーンのようで、ブシェ、ボァディンとも純白の衣装、ブシェは丈の長めのデコラティブなドレスで、Aプロで生やしていた髭をさっぱりと剃ったボァディンはフロックコートで王子様のよう。振付はノイマイヤーにしてはとてもクラシカルで、男性のクラシック・テクニックの見せ場もふんだんにある。ボァディンがクラシックもこんなにきっちりと踊ることができるのは発見。個人的に、身体を低くしたりフレックスの足先を多用しているノイマイヤーの振付が苦手なので、こういう作品なら観ていて苦にならないし、音楽的な動きで目に快い。ぜひ全幕を観て見たいと思った。


「カルメン」Carmen
振付:アルベルト・アロンソ 音楽:ジョルジュ・ビゼー/ロディオン・シチェドリン
ディアナ・ヴィシニョーワ、マルセロ・ゴメス、イーゴリ・コルプ
後藤晴雄、奈良春夏、東京バレエ団
Diana Vishneva, Marcelo Gomes, Igor Kolb
The Tokyo Ballet

ガラ仕様に若干短縮したようで、アロンソ版「カルメン」の私の苦手なパートが省略されていたのは良かった。あでやかでエキセントリックで獰猛で不遜なカルメンは、ヴィシニョーワにとってはこれ以上のはまり役はないと思われる位鮮烈で、カルメンの魂が取り憑いたような一挙一動に惚れ惚れした。真っ赤で、ところどころ透けるミニドレスに脚を大股に開いてポワントで立ちはだかる姿がここまで様になるとは。ズバッと突き刺さるポワント、グランド・スゴンドで天井に突き刺さる足先。マルセロのホセは純情で、とにかくカルメン一直線。いつでも従順にカルメンに従う。最後にカルメンを刺し殺してしまう時ですら、彼女を抱き寄せる優しさにはぐっと来た。ボリショイ仕様のてんとう虫のような衣装はさすがに着ていなかった!カルメンを高々と掲げるリフトは実に見事だったし、彼女を狂おしいほど崇拝しているのがよく伝わってくる。コールプのエスカミーリョは、とことんすかしていて、振り切れるほどいかしていた。特に彼が跳躍しながら闘牛の身振りをするところの切れ味にはしびれた。鮮烈。やはりヴィシニョーワに対抗するにはこれくらいかぶいてくれないと。運命役の奈良さんも、全身タイツが細身の体にぴったりしていて、ラインも綺麗だしいい動きをしていた。これは役者が揃った見事なパフォーマンスだが、やはりヴィシニョーワという強烈なバレリーナの、鮮やかで強い生命力が鍵だった。


「眠れる森の美女」より 第3幕のパ・ド・ドゥ The Sleeping Beauty
振付:ルドルフ・ヌレエフ/マリウス・プティパ 音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
メラニー・ユレル、マチアス・エイマン Melanie Hurel, Mathias Heymann

マチアス、踊りそのものは王子らしく素晴らしいのだけど、踊っている最中ニコリともせずに終始浮かない表情だったのがとても気になった。ソロはのびのびしていて美しく、特にクペ・ジュテ・アンレールのマネージュには高さがあったし、伸びたつま先もきれいでオペラ座ならではの優雅さはあったのだけど、パ・ド・ドゥではややぎくしゃくしていた印象があって、パートナーシップは今ひとつ。ユレルはやはり不調のようだったが、不調ながらもきっちりまとめるところはさすが。


「チーク・トゥ・チーク」 Cheek to Cheek
振付:ローラン・プティ 音楽:アーヴィング・バーリン
上野水香、ルイジ・ボニーノ
Mizuka Ueno, Luigi Bonino

繰り返しになるけど、なぜヴィシニョーワのガラにこの演目を入れなければならなかったのかが不思議だった。プティはヴィシニョーワとさほど縁のある振付家ではなかったし。Bプロは終演時間が10時半近くとなり、電車の都合で途中で退席する人の姿も散見された。少し演目を減らしたほうが良かったのでは。「チーク・トゥ・チーク」は、同じルイジ・ボニーノと、草刈民代が踊るのを観たことがあるのだが、プティと密接なつながりがあった草刈さんの方がエスプリと大人の魅力があって素敵だったと思う。上野さんは、ヒールの靴で踊るのに慣れていないようで、前日は靴が脱げてしまったとのことだし、この日も踊りにくそうだった。また、致命的に音感が悪いのも災いしている。ボニーノは、60歳を過ぎている年齢を思えば驚異的によく動いていて軽快で魅力があり、彼を観ている分には楽しい。


「ナウ・アンド・ゼン」Now and Then
振付:ジョン・ノイマイヤー 音楽:モーリス・ラヴェル
エレーヌ・ブシェ、ティアゴ・ボァディン Héléne Bouchet, Thiago Bordin

レスリングのグレコローマン、って感じの赤いレオタードのボァディンの衣装に一瞬引いた。ブシェはユニタードを着ると驚異的に脚が長く美脚なのがわかるけど(何しろ、カーテンコールで並んだらボァディンと脚の長さが同じ)、その分、胴が短いこともあってウェストが太く感じられた。と、衣装には疑問点があるものの、ラヴェルのピアノ協奏曲に振りつけられたこの作品は、プロットレスながらもドラマティックで複雑なパートナーリング、高度なリフトもあって魅力的だった。特に後半にかけても息もつかせぬ盛り上がりには目が吸い寄せられたし、ブシェの長いだけでなく物語を語っているような脚からも目が離せなかった。


「パリの炎」 The Flames of Paris
振付:ワシリー・ワイノーネン 音楽:ボリス・アサフィエフ
アシュレイ・ボーダー、ホアキン・デ・ルース
Ashley Bouder, Joaquin De Luz

「パリの炎」はポピュラーなガラ演目で、超絶技巧を披露したパフォーマンスは今までも数多く観ているが、ここでは正統派ながらも高いテクニックに裏付けられた演技を観ることができた。Aプロの「ドン・キホーテ」を怪我で降板し、しかもベテランのホアキン・デ・ルースだが、深いプリエからの爆発的な跳躍は、小細工なしだがダイナミックかつ正確なもの。コーダの斜めになりながらきりもみ状態でトゥール・アンレールを見せて綺麗に着地するのは、正しい技術がなければ決してできないもの。そしてアシュレイ・ボーダーは、男性ダンサーの専売特許であるはずのトゥール・アンレール(空中2回転)を見せてくれるし、ダブルを織り交ぜたグラン・フェッテも安定感抜群、しかも音に見事に寄り添っていて、テクニシャンぶりを見せてくれた。NYCBのダンサーといえども、バランシン作品だけでなく、クラシックをアカデミックに踊ることができることを証明した。


「椿姫」より 第3幕のパ・ド・ドゥ Die Kameliendame
振付:ジョン・ノイマイヤー 音楽:フレデリック・ショパン
ディアナ・ヴィシニョーワ、マルセロ・ゴメス Diana Vishneva, Marcelo Gomes
ピアノ演奏:菊池洋子 Pianist: Yoko Kikuchi

ヴィシニョーワのマルグリットは、病身を押してアルマンの元を訪ねていくのだが、私は病気でこんなにも死にそうなの、と猛烈にアピールしているようだった。余命幾ばくもないのに来てあげたのよ、と叫んでいるかのよう。彼女は強靭な身体能力の持ち主なので、身体は実によく動いているのだが、あまりにも身体が雄弁すぎて、感情表現が大げさなように感じられた。濃厚な表現力を持っているのだが、それが独りよがりで、自己完結をしてしまっていて、悲劇のヒロインである自分に酔っているように見受けられたのだ。マルセロのアルマンは、そんな中でもマルグリットに一途な愛を捧げていて、そのひたむきさには心を打たれた。マルグリットの外套の匂いを愛おしそうに嗅いだり、逆に怒りを露に投げ捨てたりするアルマン役が多い中、当初の彼は少し淡白なようだったが、一片の憎しみも葛藤もなく、どんどん彼女への気持ちは熱くなり、燃え上がっていく。マルセロのリフトの見事さは特筆ものであり、彼の信頼できるサポートゆえ、ヴィシニョーワはますます思い切りの良いポーズを取っていきそれは鮮烈な形を描くのだが、それでも彼女のアルマンへの想いは伝わってこず、彼の、まるで飼い犬のように忠実な姿は切なく感じられた。二人とも踊りとしては見事なパフォーマンスだったし、最後の倒れ込むところで荒い息遣いが聞こえて、全身全霊を傾けて踊りきったことが感じられたものの、これは、少なくともノイマイヤーの「椿姫」ではない、と感じてしまった。菊池洋子さんによるピアノの演奏は、とてもレベルが高く、音楽だけ聴いても満足できたに違いない。

エンディング
Aプロとほぼ同じだったが、メンバーが増えたために少々変更となったところも。アルゼンチン・タンゴ、バンドネオンの音に乗せて、女性ダンサーたち、男性ダンサーたちが登場し、そしてペアごとに短いパ・ド・ドゥを見せてくれる。ソロを踊ったホールバーグは、美しいグランジュッテ。ルイジ・ボニーノが出てこない、と思ったら最後にタキシード姿で颯爽と登場。女性ダンサーたちは私物と思われるレオタード、男性ダンサーたちはTシャツにタイツやショートパンツ、ジャージなどカジュアルめだったので、ボニーノがやけにかっこよく感じられた。マルセロ・ゴメスのこのオープニングとエンディングを加えて統一感を作るのはとても良いアイディアだと感じた。

Bプロも大変充実した内容。中でも、やはり真ん中に上演された「カルメン」で、艶やかに、大胆に、まばゆい輝きを放つヴィシニョーワの魅力を堪能できたのが良かった。一つ一つの作品もクオリティが高く楽しめて、ダンサーのレベルも一部を除いて粒ぞろいだったので、今後もぜひ続けて欲しい企画である。できれば、ヴィシニョーワとコールプの組み合わせをもっと観たい。

2013/08/22

スヴェトラーナ・ルンキナ、エヴァン・マッキーがナショナル・バレエ・オブ・カナダのゲスト・プリンシパルに

ナショナル・バレエ・オブ・カナダは、来シーズン(2013/14)の団員を発表しました。
http://national.ballet.ca/uploadedFiles/The_Company/Roster_2013-14.pdf(PDF)

プリンシパル一覧
http://national.ballet.ca/thecompany/principals/

昨年よりボリショイ・バレエから休暇を取り、カナダで生活していたスヴェトラーナ・ルンキナが、ナショナル・バレエ・オブ・カナダのゲスト・プリンシパルに迎えられることになりました。

夫君の仕事上のトラブルから脅迫され、身の危険を感じてカナダのトロント郊外で家族と共に生活していたルンキナ、今後の動向が注目されていましたが、今年6月のナショナル・バレエ・オブ・カナダのガラに「ドン・キホーテ」で特別出演していたこともあり、このカンパニーにゲストとして加わることになったようです。

ナショナル・バレエ・オブ・カナダの芸術監督、カレン・ケインは以前インタビューで、予算の都合や他の女性プリンシパルの出演数との兼ね合いもあって、ルンキナを入団させることは難しいと語っていましたが、結局ゲストで迎えられることになって、ルンキナにとっても、バレエ団にとっても良い結果になったのではないかと思います。

また、昨年3月に「眠れる森の美女」、12月に「ジゼル」でゲスト出演した、シュツットガルト・バレエのエヴァン・マッキーも、ゲストプリンシパルに迎えられました。トロント出身でナショナル・バレエ・オブ・カナダのバレエ学校で学んだ彼にとっては、地元カンパニーにも出演するということになります。

さらに、オランダ国立バレエのマシュー・ゴールディング(やはりカナダ出身)、そして2012/13シーズンまでプリンシパルで、来シーズンよりウェスト・オーストラリア・バレエに移籍するイリ・イェリネクもゲスト・アーティストとして名前を連ねています。マシュー・ゴールディングは、ロイヤル・バレエ、ENBに続くゲストで、今や世界中で引っ張りだこですね。

現在ナショナル・バレエ・オブ・カナダは男性プリンシパルが3人しかおらず、王子役を踊れるのがギョーム・コテだけと手薄なこともあって、補強のためにこれらのゲストが招かれたことになったようです。

まだどの作品に誰が出演するかは発表されていませんが、来年3月には「オネーギン」の上演が予定されており、オネーギン役で高い評価を得ているイェリネク、マッキーは「オネーギン」に出演するのでは、と思われます。

追記:イズベチヤ紙によると、ルンキナのボリショイにおける去就は、2、3週間以内に決まるとのことです。
http://izvestia.ru/news/555856(ロシア語)

2013/08/21

8/16 【ザ・ファクトリー3】さいたまゴールド・シアター×瀬山亜津咲 「ワーク・イン・プログレス公開」

彩の国さいたま芸術劇場を拠点に活動する、蜷川幸雄率いる55歳以上の劇団員からなる、さいたまゴールド・シアターと、ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団の日本人ダンサー瀬山亜津咲が組んだワークショップの成果を発表する【ザ・ファクトリー3】。そのワーク・イン・プログレスを観てきた。

http://www.saf.or.jp/arthall/event/event_detail/2013/p0814.html

ピナ・バウシュの「タンツテアター」の手法を取り入れた点がユニーク。「ダンスの技巧に目を向けるのではなく、舞台で日常を再現する『演劇』のように、身振りや個人の体験を作品に取り入れ、個々の中にある様々な感情を仕草や表情、動きで表現する」(当日配布のパンフレットによる)タンツテアターは、さいたまゴールドシアターとの相性も非常に良かった。振付段階で、瀬山さんが一人ひとりに質問を投げかけ、それをもとに創作していったという。

一人の気品ある老婦人が椅子に座り、優雅に両腕で身振りをするところから始まり、出演者全員が行進して「右向け右!」「回れ右!」と命令されるままに動いたかと思えば、小学校時代に言わされたような標語を一人一人が言う。全体的にノスタルジアに彩られたこの作品は、今では少なくなったと思えるお見合いの様子を再現したり、勇ましい女性が男性の頭をスイカに見立てたスイカ割りを行ったり、床に座り込んで酒盛りをしたり、どこか懐かしい風景が繰り広げられる。並べられた椅子にずらりと座った女性団員たちが、ジェスチャーゲームをやっていくうちに、楽しそうに座ったまま手の振りで踊り始めて、少女のようにキャッキャと声をあげて楽しそうにしている様子を見ると、何歳になっても女の人は女子なんだな、ってこちらも微笑んでしまう。バーにぶら下がって「ナマケモノ!」ってふざけている女性までいて。集団ではあるけど、一人一人がとても個性的で存在感がある。即興性を入れながらも、構成は絶妙で巧みに計算されている。

真ん中に置いた椅子をめぐって、一人ひとりが手練手管を駆使しして代わる代わる椅子に座っていく椅子取りゲームのようなシークエンスも面白い。男女別のグループに分かれて、みな片足立ちをすると、ずっと立っていられる女性達に対して、男性たちはすぐに足を下ろしちゃって、壁にもたれかかっちゃってサボり始めるので「ズルしないで!」と言われちゃう。立ちっぱなしで疲れた脚をマッサージして、靴下脱いじゃってリラックスしてみたり。すごく生き生きとしていて、可愛らしくって、でも切なくって。

さいたまゴールド・シアター55歳以上のメンバーで構成されているけど、平均年齢は74歳。最高齢のメンバーは80代で杖をついて動き回っている。でも全体的にみな身体はよく動いていて、柔軟性もあるし群舞もそろっていて美しくて、ダンスの本質というものを感じさせてくれる。3人だけ、若いメンバー(さいたまネクストシアターのメンバー)が共演しているのだけど、彼らの方が体が硬いくらいなのだから。最後は、最高齢の髙橋清さんが、子供の頃聞いたラジオの話を今だに覚えているという語りをしみじみと、朗々とした声で聞かせてくれる。この幕切れがとても素敵だった。

観に行ったのが最終日だったため、出演者たちが「あづさちゃん!」って何回も声をかけると、客席にいた瀬山さんが降りてきて、彼らにハグされたり黄色い声をかけられたり、なんとも温かい気持ちになった。高齢の団員たちならではの、それぞれの人生の味わい、想いが伝わってきて、熱いものがこみ上げてきた。5月のパリ公演も成功させてきたさいたまゴールド・シアターの実力も実感。

来年本公演も行われるというので、こちらもとても楽しみだ。

2013/08/20

8・17、18 「ディアナ・ヴィシニョーワ -華麗なる世界-」Aプロ The World of Diana Vishneva

http://www.nbs.or.jp/stages/1308_vishneva/

マルセロ・ゴメスが振りつけたプロローグで、全員が登場。スポットライトの中にディアナが浮かび上がり、それにユレル、ブシェ、ボーダーと女性ダンサーたちが加わって次に男性ダンサーたちも登場。女性は黒のレオタード(ヴィシニョーワだけ巻きスカートをレオタード上に巻いていた)、男性はタイツの人もいればハーフパンツの人もいた。ペアになったり、トリオになったり次々と入れ替わる。スタイリッシュな仕上がり。

第1部
「オテロ」Othello
振付:ジョン・ノイマイヤー 音楽:アルヴォ・ペルト
エレーヌ・ブシェ、ティアゴ・ボァディン Helene Bouchet, Thiago Bordin

アルヴォ・ペルトの「鏡の中の鏡」の美しいピアノ&チェロの曲に合わせ、薄いゆったりした白いワンピース姿のブシェと腰に布を巻いたボアディンが並んで立ち、前を向いている。前に観たときにはまだ少年ぽさを残していたボアディンだったが、急に男っぽくなったようだった。ゆっくりした動きで静謐なパート。お互いの心を探り合っているかのようで、少しずつ心の距離が近づいてくるのを感じる。やがてオテロが自分の腰巻をゆっくり外し、デズモデーナの腰の周りに巻きつける。ボアディンのお尻がプリンとしていて素敵。そしてオテロがデズモデーナの首に手をかけるところで暗転。といっても、ここでオテロが彼女を殺したわけではなく、このシーンは全幕では前半に登場する場面。

この作品のダイジェスト映像は、シュツットガルト・バレエのサイトで見られる。(10月に上演予定のため)
http://www.stuttgarter-ballett.de/spielplan/othello/trailer/


「コッペリア」Coppelia
振付:ミハイル・バリシニコフ 音楽:レオ・ドリーブ
メラニー・ユレル、マチアス・エイマン Melanie Hurel, Mathias Heymann

バリシニコフ版ということだけど、衣装はパトリス・バール版。スワルニダのピンクのサッシュベルトが可愛らしい。一昨年末に怪我をしてしまい3月に復帰したばかりのマチアスの踊りを久しぶりに観ることができて嬉しい。軽やかな跳躍と美しい着地、エレガンスを保ちつつも胸のすくような踊り。初日はちょっとだけ着地がずれたところがあったけど二日目は完璧。完全復活をこの目で観ることができた。メラニー・ユレルは、オペラ座らしい正確で気品のある踊りなのだけど、ちょっと存在感が地味すぎるのが惜しまれる。


「失われた時を求めて」より "モレルとサン・ルー" Morel et Saint-Loup from Proust ou les Intermittences du Coeur
振付:ローラン・プティ 音楽:ガブリエル・フォーレ
マルセロ・ゴメス、デヴィッド・ホールバーグ Marcelo Gomes, David Hallberg

今回一番楽しみにしていた演目の一つ。美しい身体のライン、天使のような容姿のホールバーグは、サン・ルー役にはぴったりで、モレル役のゴメスを見つめる澄んだ目の、悪魔に魅せられた様子も悩ましい。一方、マルセロはこのユニタードの衣装を着るには少々逞しすぎるようで、ちょっとイメージが違っていた。黒天使モレル役を演じるには、良い人オーラがありすぎるのだ。もうすこし痛切で退廃的な雰囲気が欲しかった。ただ、二人とも身長がほぼ同じで並んだ感じの見た目は良く、息はぴったりと合っており、丁々発止の緊張感あふれるパ・ド・ドゥに見ごたえがあったのは言うまでもない。


「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」 Tchaikovsky Pas de Deux
振付:ジョージ・バランシン 音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
アシュレイ・ボーダー、ホアキン・デ・ルース Ashley Bouder, Joaquin de Luz

登場した時には、デ・ルースの小柄さ、ボーダーのムキムキの腕にびっくりしたのだが、踊りだすと素晴らしかった。二人とも音楽性に大変優れており、アクセントをつけながらピタ、ピタッと音に合わせて緩急を決められるボーダーの凄さに恐れ入った。グランフェッテも安定感抜群で強靭なテクニックを感じさせる。デ・ルースは、深いプリエと鮮やかな跳躍、わくわくさせるようなスピード感が見事だった。後半は、軸足で跳躍しながらのピルエット・ア・ラ・スゴンドで魅せてくれた。実は第三部が始まるところで、デ・ルースがこの演目で痛めていた膝が悪化して「ドン・キホーテ」を踊れなくなったというアナウンスがあったのだが、少なくともこの踊りを観ている限りでは調子の悪そうなところは微塵もなかった。特にヴァリエーションの最初のトゥール・アン・レールの切れの見事さには、思わず場内から拍手が湧き上がった。


第2部
「ダイアローグ」Dialogues
振付:ジョン・ノイマイヤー 音楽:フェデリコ・モンポウ(「ショパンの主題による変奏曲」)
ディアナ・ヴィシニョーワ、ティアゴ・ボァディン Diana Vishneva, Thiago Bordin
ピアノ演奏:アレクセイ・ゴリボル Piano:Alexei Goribol

今年の黄金のマスク賞に輝いたノイマイヤー振付の「ダイアローグ」。ピアノ演奏のアレクセイ・ゴリボルはマリインスキー劇場所属で、ロシア功労芸術家、コンクール入賞歴もあって演奏家として活躍しているピアニスト。彼の演奏が見事だった。ショパンの24の前奏曲第7番イ短調(いわゆる「太田胃散」)を主題として作曲された「ショパンの主題による変奏曲」。椅子が2つ置かれた室内で、ボァデインと、真っ赤なドレスのヴィシニョーワが、タイトル通り「対話」を繰り返すかのように踊る。いかにもノイマイヤー的な、フレックスの足先を使った上半身、下半身とも動きの多い振付(このフレックスの多用が私がノイマイヤー作品で苦手だと思う部分なのだが)で踊るヴィシニョーワは、女の弱さの中にある強さ、そして奔放さ、エキセントリックさも内包していて、愛、不安、疑念など様々な感情をよどみなく饒舌に伝えてくる。ボァディンとのパ・ド・ドゥ。ノイマイヤーらしいリフトも登場して、彼のパートナーリングの巧みさを見せてくれるとともに、不思議な相乗効果をもたらし、ヴィシニョーワというスターと対等な強い輝きがあった。後半激しさを増してくるパ・ド・ドゥは、まるで「椿姫」の黒のパ・ド・ドゥを思わせるものだった。最初は少しとっつきにくい印象がある作品だが、2回目に観たときに、ずっと引き込まれて見入ってしまうパワーがあった。
http://youtu.be/Hb1zSRQQAy8

リハーサル映像
http://youtu.be/OR8W85gN8c4


第3部
「フーケアーズ」 Who Cares?
振付:ジョージ・バランシーン 音楽:ジョージ・ガーシュイン
アシュレイ・ボーダー

アナウンスがあってデ・ルースの負傷により「ドン・キホーテ」の代わりにボーダーが「フー・ケアーズ」のソロを踊った。おそらく衣装ではなく手持ちのスカート付き黒レオタードを着用したようだったけど、急遽の変更にもかかわらず見事に踊ったのはさすがバランシンのカンパニーのメンバーだけある。よくスウィングしていて、ここでもボーダーの音楽性の豊かさに魅せられた。明るくチャーミングな彼女、素早い回転も音にぴったりと合っていて小気味よく、洒脱で魅力的だった。NYCBの来日公演がとても楽しみになった。


「マンフレッド」Manfred
振付:ルドルフ・ヌレエフ 音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
マチアス・エイマン Mathias Heymann

バイロンの詩をヌレエフが舞踊化したこのソロ作品は、チャイコフスキーの悲劇的でドラマティックな音楽に合わせて、ヌレエフらしい難しいテクニックを盛り込んだもの。1年半も怪我で舞台から遠ざかっていたマチアス・エイマンが今年3月のヌレエフ・ガラで見事な復活を遂げた作品ということで、とても楽しみにしていた。左右へのフェッテアラベスク、マネージュ、ロンドゥジャンブ、複雑な振付の中にエレガンスとともに情念をたっぷりと盛り込み、内に秘めた激情を炸裂させるように踊るマチアスの姿に、胸が熱くなった。音のしない着地、美しいアラベスク。最後はゴロゴロと床の上を転げていく。男っぽく成長し、試練を経て演技力にも磨きがかかった彼が踊るパリ・オペラ座の舞台を早く観たくなった。


「ジュエルズ」より "ダイヤモンド" Diamonds from Jewels
振付:ジョージ・バランシン 音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
エレーヌ・ブシェ、デヴィッド・ホールバーグ Helene Bouche, David Hallberg

以前ハンブルク・バレエで「ジュエルズ」の全幕を観たのだけど、この時のダイヤモンドは、その年に引退したヘザー・ユルゲンセンだった。ブシェは長くまっすぐで美しい脚の持ち主だが、クラシックのカンパニーのバレリーナが踊る「ジュエルズ」とは違うように演じていたのが興味深かった。一つ一つの動きにドラマが感じられるのだ。「ダイヤモンド」が「白鳥の湖」の振り付けを引用しているのはよく知られていることだが、その部分がオデットではなくまるでオディールのようで、王子を誘惑しているように見えた。視線も強くて支配的な空気をまとっていた。ロシアのダンサーのようにポール・ド・ブラに繊細さがない反面、ノイマイヤーのカンパニーのダンサーらしい演技で面白い。一方、ボリショイ・バレエには去年「ジュエルズ」がレパートリー入りしており、ちょっと前のロンドン公演でも踊られたのだが、ホールバーグはロンドン公演は「眠れる森の美女」しか踊っていない。だが、ロシアからアメリカに渡り、ロシアという国にオマージュを捧げたバランシンの「ダイヤモンド」をアメリカ人だがロシアで活躍するホールバーグが踊るというのは、これまた興味深い。彼の純白の個性、オペラ座仕込みの優雅さはこの演目にぴったり。ドラマティックバレリーナと真っ白なクラシックダンサーは、不思議な感じのケミストリーを生み出して、ロマンティックな香気が漂う。特に最後に恭しく女性ダンサーの手にキスをするホールバーグの姿には、思わず白鳥の湖の王子の姿を重ねてしまう。


「オネーギン」より 第3幕のパ・ド・ドゥ Pas de Deux from Onegin 3rd Act
振付:ジョン・クランコ 音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
ディアナ・ヴィシニョーワ、マルセロ・ゴメス Diana Vishneva, Marcelo Gomes

先日のボリショイ・バレエの「オネーギン」にゲスト出演して好評だったという二人。だが、ものすごい違和感が残った舞台だった。ヴィシニョーワは、おそらく他のバレリーナとは全く違うタチヤーナ役を演じたかったのだろう。まずメイクが濃くてものすごく艶やかで色香が漂っている。オネーギンの求愛に身も心もとろけそうになっていて、全く迷いが感じられず彼に身を任せてよろめきまくっている。手紙の告白によって久しぶりに逢う二人ではなく、不倫カップルのようだ。ただ、確信犯というか、信念をもってこの愛に突き進んでいるようで、彼女の強い意思は透けて見える。なので、最後に唐突に手紙を破り捨て、はい、って彼に破いた手紙を渡して出て行って、と命令する様子があまりにも唐突でびっくりしてしまった。彼が去ったあとは、一滴も涙も感傷も見せず、私、オネーギンに負けず彼を追い出したわ、えらいわ私!って感じで、最後の表情は、「勝った」という勝利を表していたのだ。とにかく演技が大仰なのに驚かされた。一方、ゴメスは髭がなく白髪交じりにもなっていないので若く見える。前髪が乱れている様子はちょっとセクシー。彼のオネーギンは、とにかくタチヤーナに懸命に懇願し続けていて、まるで犬のように彼女を忠実に見つめて訴えかけている。彼が彼女に寄せる強い想いは感じられて、観る側としても心は動かされるのだけど、でも最後のシーンでもオネーギンは強いプライドを持ち続けて欲しい、一瞬でいいから彼女の心を手に入れた喜びを見せて欲しかったと感じた。ある意味、大変ユニークで面白いパフォーマンスではあったけど、これはもはや「オネーギン」ではないと感じた。


フィナーレも、マルセロ・ゴメスの振付によるもので、アストル・ピアソラのアルゼンチン・タンゴに合わせたもの。やはり女性は全員黒レオタード。女性だけ、男性だけで踊った後、ペアごとに登場して踊りを見せてくれる。デヴィッド・ホールバーグのグランジュッテは、彼の美しい脚、つま先がよく伸びてうっとり。怪我をしたホアキン・デ・ルースも登場して、アシュレイ・ボーダーをきっちりとリフトしてくれた。ヴィシニョーワはホールバーグ、ゴメスの二人を従えて登場。このオープニングとフィナーレはとてもスタイリッシュで、公演のクオリティを上げるものでとても良かったと思う。演目は、それぞれ大変見ごたえあって楽しめたし、間に新作「ディアローグ」を挟むという構成も良い。ダンサーもみなレベルが高く、シーズンオフにおいて贅沢な喜びを味わさせてもらった。Bプロも楽しみだ。

2013/08/16

ロイヤル・ニュージーランド・バレエ「ジゼル・ザ・ムービー」

イーサン・スティーフェルが芸術監督を務めるロイヤル・ニュージーランド・バレエの「ジゼル」(スティーフェル、ヨハン・コボー振付)の映像が収録され、8月15日からニュージーランドの映画館で公開されています。

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公式サイト
http://nz.rialtodistribution.com/giselle.html

Facebookサイト
https://www.facebook.com/pages/Giselle-The-Movie/128385003982122

主演は、ABTのジリアン・マーフィーと、Qi Huan。予告編を見るとわかる通り、公演の映像と、現代のニューヨーク及び上海で展開される恋人たちのドラマが入り混ぜて演出されているという趣向とのことです。とても興味を惹かれます。

http://youtu.be/P9AEZkXnjwY

9月には、トロント国際映画祭にも出品されるとのことです。

また、ヒラリオンをフィーチャーしたティーザー映像も面白いです。
http://youtu.be/Xg7zgZNfScQ


2013/08/13

ボリショイ・バレエのロンドン公演にセルゲイ・フィーリン登場

ボリショイ・バレエのロンドン公演、12日は「ジュエルズ」の初日でした。当初「ダイヤモンド」に出演予定のスヴェトラーナ・ザハロワとアレクサンドル・ヴォルチコフが、ヴォルチコフの怪我のためキャスト変更となり、オルガ・スミルノワとセミョーン・チュージンが代役を務めました。

そして、コメントでご覧になった方からもお知らせをいただきましたが、カーテンコールには、セルゲイ・フィーリン芸術監督が登場。サングラスで目を覆い、少しふっくらとしていましたが元気そうな様子です。

Marc Haegeman氏撮影の写真で団員に囲まれたフィーリンの姿を見ることができます。
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=549344895126536&set=a.162985937095769.39168.162981420429554&type=1&theater

こちらのロシアのニュース番組では、ロイヤル・オペラハウスの楽屋口にいるフィーリンの様子とインタビューを見ることができます。動いている彼の姿も、とても元気なように伺えます。
http://www.1tv.ru/news/culture/239535

Ballet.coフォーラムに載っている翻訳によれば、回復は順調になってきて、9月には職務に復帰できそうな雰囲気だそうです。まだドイツでのいくつかの小さな手術が残っているそうですが、ロンドンに旅してロンドン公演の舞台で挨拶できた事で、精神的にも勇気づけられたそうです。今回、ドイツの病院に入院してから初めて医師による旅行の許可が出たそうです。

なお、本日Telegraph紙のサイトでボリショイ・バレエのクラスレッスンの模様が生中継されました。チホミロワ、シプリナ、クリサノワ、スタシュケヴィチら女性ダンサー中心でしたが、ラントラートフ、スクヴァルツォフらも参加していました。人数は少なめでしたが、ボリショイのダンサーたちの美しいレッスンには目を吸い寄せられました。

クラスレッスン動画が全編アップされていますので、リンクを貼っておきますね。
http://youtu.be/C723_FQedo4

追記:英語の記事も出ました。
http://www.foxnews.com/world/2013/08/13/attacked-bolshoi-ballet-chief-watches-london-tour/

デヴィッド・ハワード逝去 David Howard passed away

ニューヨークで活躍していた、最も著名なバレエ教師のひとりであるデヴィッド・ハワードが、8月11日に亡くなりました。76歳でした。

ロイヤルオペラハウスのサイトに載った訃報

http://www.roh.org.uk/news/former-royal-ballet-soloist-david-howard-dies

訃報はまだニュース記事にはなっていませんが、彼のFacebookで訃報が掲載されると、世界中のダンサーたちが彼の死を悼み、それぞれのFacebookで弔意を表しています。バレエ界でどれほど彼が愛されてきたかが伝わってきます。

デヴィッド・ハワードのFacebookの訃報
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=10152110024554112&set=a.10150092631759112.317126.62046164111&type=1&theater

追記:Telegraph紙の訃報(タマラ・ロホを教えるデヴィッド・ハワード氏の写真入り)
http://www.telegraph.co.uk/news/obituaries/10241048/David-Howard.html

15歳でアデリン・ジュニー賞を受賞したデヴィッドは、サドラーズ・ウェルズ・シアター・バレエ(現ロイヤル・バレエ)に入団してソリストに昇格し7年間在籍した後、ナショナル・バレエ・オブ・カナダに移籍。再びロイヤル・バレエに戻り、ウェストエンドのミュージカルでも活躍したものの、背中の怪我が原因で引退しました。60年代にニューヨークに移ってバレエ教師となったのち、77年にはリンカーンセンター近くに自らのバレエスクールを開校します。ミハイル・バリシニコフ、ナタリア・マカロワ、ゲルシー・カークランド、ピーター・マーティンス、シンシア・ハーヴェイなど多くの著名ダンサーが彼の教えを乞いに来校しました。17年後、あまりの家賃の高騰ぶりに学校は閉校しましたが、Steps on BroadwayやBroadway Dance Centerなどのスクールで教え続け、彼のクラスはABTやNYCBのダンサーを始め、多くの人が学びに来ました。最近では、アンヘル・コレーラ、加治屋百合子さんなどが彼の教え子として知られています。並行して、ロイヤル・バレエ始め、 デンマーク、スウェーデン、ドイツ、オランダなど世界中のバレエカンパニーで教えてきました。

2006年には米ダンスマガジン賞を受賞し、20世紀の偉大なバレエ教師10人の一人とされてきました。

Telegraph紙のインタビュー記事(2012年)
http://www.telegraph.co.uk/expat/expatlife/9162739/David-Howard-I-came-to-New-York-as-an-upstart-and-ended-up-part-of-the-American-dream.html

米ダンスマガジンの記事
http://dancemagazine.com/issues/april-2004/Teachers-Wisdom-David-Howard

加治屋百合子さんが出演しているレッスンDVD「センター・テクニック・レッスン」は私も参考にしていました。
http://youtu.be/uZ_9V5PSxEU

センター・テクニック・レッスン センター・テクニック・レッスン "Turns,leaps and bounds" [DVD]

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ご冥福をお祈りします。

追記:デヴィッド・ハワードのレッスンでピアニストを務めていた、針山真実さんの記事が素晴らしいので、こちらでリンクしておきます。
http://mamisensei.jugem.jp/?eid=1262

2013/08/12

Clara for Boys Dancin' ダンシン vol.1

初めての男の子向けのバレエ雑誌「ダンシン」が創刊されました。

http://www.shinshokan.co.jp/mag/dc001/

男の子がバレエを習って踊ることがカッコイイことだというメッセージが込められている雑誌で、とてもよく作られていると感じました。まだバレエを始めていない子でも、思わず背中を押されるような。

男性バレエダンサーといえば熊川哲也さん、というわけでまずは熊川さんのインタビュー。少年時代、バレエを始めた頃の話から、体型の話。彼にとってのヒーローはやはりバリシニコフとヌレエフでした。自分に与えられた条件の中で100%の力を出し、「唯一無二の尊者になるんだ!」と心を決めた人は強い、というメッセージを最後に出してくれました。

インタビューは、他に、新国立劇場バレエ団の厚地康雄さん(秋からバーミンガム・ロイヤル・バレエに移籍)、牧阿佐美バレエ団の篠宮佑一さん、そして「ドリアン・グレイ」に主演した大貫勇輔さん。長い脚の厚地さんはひときわかっこいいです。大貫さんは20歳からクラシックバレエを始めたとのことですが、脚もターンアウトするようになったそうです。

そして真打は、もちろん、ロイヤル・バレエのスティーヴン・マックレー。90ページのこの雑誌の約半分のページ数を占めるコミック「バレエヒーロー・ファンタジー ダンの冒険」(足立たかふみ作、監修:スティーヴン・マックレー)の構想について語ってくれています。スティーヴンの方から、足立さんに「バレエの漫画を描いて欲しい、それもバレエヒーローが出てくるファンタジーを」とお願いしたとのこと。もともとスティーヴンは足立さんの漫画のファンだったそうです。バレエの持つマジカルな力とファンタジーは相性が良いと考えていたそうで。この作品にこめたスティーヴンと足立さんのメッセージは一つ、読者に「希望」を与えたいということ。子供たちには「夢」「成長」「チャレンジ」などのポジティブなことを考えて欲しいという願いを込めているそうです。

その「バレエヒーロー・ファンタジー ダンの冒険」ですが、荒唐無稽ながらも、とても楽しめる作品で、しかも作り手がバレエのことをよく理解し、愛していることが伝わってきます。幻想の世界「ダンスワールド」を破壊しようとする邪悪な「虚無」の手下たちと、ダン、そしてマックレー先輩が戦います。虚無-イビルアイは、感動しない冷めた心。ダンスワールドを救うためにダンスの力でイビルアイと闘う、選ばれたダンサーがバレエヒーロー、というわけ。1回目では、ダンスワールドの中の「くるみ割り人形」の世界が舞台となっています。子供から大人まで楽しく読めるエンターテインメント性あふれる作品なので、幅広い読者層に読んでもらった方がいいかな、とも思うのですが、この雑誌の目玉であることは間違いありません。

また、バレエを習う上で実際に役に立つ情報もたくさん。K-Balletスクールや東京バレエ学校などの生徒たち、そしてボーイズクラスを設置している各地のバレエ教室で学ぶ子たちの様子を伝えてくれています。テクニック図鑑では、付録のDVDでも、バレエテクニックのハウツーの解説をしていて、スローモーションの映像も見せてくれているので参考になりそうです。ストレッチの方法も、誌面だけでなく動画で見ることができます。特別付録DVDには、「マチュー・ガニオのノーブルバレエクラス」のダイジェスト映像も収録。というわけで、盛りだくさん、とてもお得な感じで力の入った一冊。3ヶ月に一回の発行だそうですが、ぜひずっと続けて欲しいと思います。

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2013/08/11

8/9 森山開次×ひびのこづえ×川瀬浩介 「LIVE BONE」/追記(TV放映)

森山開次×ひびのこづえ×川瀬浩介「LIVE BONE」
振付・出演:森山開次 美術・衣装:ひびのこづえ 音楽:川瀬浩介
出演:美木マサオ、笠井晴子、安藤尚之、柳雄斗

8月11日(日)12時開演/17時開演 
※受付開始は開演の45分前から、開場は開演の30分前

森山開次さんが、アーティストのひびのこづえさん、作曲家の川瀬浩介さんが組んだ公演。2004年から2009年までNHK教育テレビで放映された『からだであそぼ』の伝説コーナー「踊る内臓」を発展させて、全天候型で上演されてきたパフォーマンスが、劇場版となって青山スパイラルホールに登場。低いところにあるマットを敷いたような四角いステージの四方を客席がぐるりと取り囲み、一番前の席は座布団席で舞台と同じ高さ。非常に親密な空間。

http://livebone.kaijimoriyama.com/

今までうまく言葉にできなくて、森山さんの舞台はたくさん観てきたのにあまり舞台の感想を書いていなかった。でも、この作品はとーっても楽しくて観ていて思わずニコニコしちゃった。子供向けの番組「からだであそぼ」から発展しているので、もちろん子供が観てもすごく楽しいと思う。客席から笑いが絶えなかった。ダンスミーツアート&解剖学、といった感じなのだけど、生きることや、自分の体のことも考えさせる深遠なテーマと、ユーモアが絶妙にブレンドされている。

恐竜の頭蓋骨をかぶり、長い背骨を背負った森山さんが登場。ほっそりした体を白いシースルーレースのボディスーツに身を包んでいる。このレースは、血管や神経を象徴させているのかも。そんな小道具をかぶっているのに、四角くて四方を客席に囲まれた舞台の上を縦横無尽に敏捷に駆け回る森山さん。歌が楽しい。「コツ、コツ、コツ…」というリズムのような声から始まり、「ボーン」とか「ホネ」「肋骨」「肩甲骨」といった言葉がポップに飛び交って、ダンスを観ながら、全身の骨の名前を覚えることができるというありがたさ。天井からぶら下がっているオブジェ。なんだろう、と思ったらそれを森山さんが引っ張って落とす。一つ一つが内臓の形をしているのがわかる。一つ一つの内臓オブジェを着たり身につけたりして、その内蔵のテーマソングに合わせて楽しげに、しなやかに踊る森山さん。内臓オブジェを観客に渡したりと、ときには客席いじりもしながら。胆嚢は頭にかぶったり、膀胱はスカートのように履いたり、大腸は腰に巻いたり、心臓は首から下げたり。ひびのさんが制作した内臓オブジェはどれも面白い形をしているんだけど、緑色の胆嚢とか、脳とか、真っ赤な心臓は特にインパクト強し。

http://youtu.be/su9k68y3hsA

休憩時間のあいだも、二人の男性ダンサーが、内臓オブジェを片付けつつ、まるでコントのように舞台で動き回っていた。先ほどの森山さんと同じような白いシースルーレースのボディスーツだけど、頭まで覆われていてまるでモジモジくん。しかもひとりは太っていてお腹がタプタプ!

この男性ダンサー二人に加え、同じ衣装の男性ダンサーと女性ダンサー、そして今度は黒のシースルーレースの森山さんが、目、鼻、口という顔のパーツで遊び始める。お互いに目や鼻などを投げっこするのだからとってもシュールな光景だけど、でも間の取り方が絶妙なのでクスクス笑える。唇をこれまたスカートのように着ちゃったり、頭に鼻をはめちゃったり。太った男性ダンサーも、あの体のラインがぴったり出る衣装でお腹を揺らして踊る!

やがて、膜を象徴させる、白い大きな布がはためきながら出現し、森山さんの姿はすっかりその布に包み込まれ、男女一人ずつのダンサーによってまるでミイラのように包まれて立ったままの姿に。男性と女性のパ・ド・ドゥ。特に笠井晴子さんは、体のラインや踊りも美しく、表現力も豊かで素敵なダンサーだった。ミイラ状の布をほどいて再び出現した森山さん、今度は、血液を象徴させたのか、空気の泡や神経が入って浮かぶ生体を思わせるような巨大なオブジェを引っ張り出してきた。これがものすごく美しく、そして客席の通路を通過しなから客にも当たってしまうくらい大きい。このヴィジュアル効果が圧巻なのとともに、普通の劇場とは違ったこの会場の空間をよく考えて作られていた。

ラストは、森山さんのソロダンス。この1時間半の舞台、ほぼ出ずっぱりだったにもかかわらず、美しく跳躍したり地を這ったり、鋭くしなやかで目を奪われるような彼の動きは華麗そのもの。ほっそりとしていて、やや小柄な森山さんの圧倒的なカリスマ性。一挙一動から目が離せない。生の躍動そのものだった。このダンスは、生の讃歌なのだと感じた。というか魂に響いた。

大人から子供まで楽しめる、楽しくてアーティスティックで圧巻のパフォーマンス、まだ2公演あるので、ぜひご覧ください。特に小学生は安い料金で楽しめるし、学校の自由研究の題材にもなるかもしれない。

◆料金:
SS席(最前列桟敷席)一般:前売6000円 当日6500円 小学生:前売当日2000円
S席(椅子席)一般:前売5500円 当日6000円 小学生:前売当日1500円

◆当日券:
各回開演の45分前からスパイラルホール受付にて販売


追記:9月27日(金)23:30~日本テレビ「未来シアター」にて、森山開次xひびのこづえ「LIVE BONE劇場版」上演までのドキュメントを放映するとのことで、告知が会場でありました。

2013/08/10

ボリショイ・バレエのクラスレッスンをネット生中継(8/13)/追記(動画アーカイヴ)

現在はロンドン公演中のボリショイ・バレエ。英国の新聞Telegraph紙では、ボリショイ・バレエのリハーサルの様子などを動画でアップしてくれています。TelegraphのYouTubeチャンネルでも見ることができます。

Behind the scenes with the Bolshoi Ballet 「ラ・バヤデール」のリハーサルの様子
http://youtu.be/qqI3dWd3MFM

そのTelegraph紙のサイトにて、13日(火曜日)現地時間朝11時(日本時間19時)より、ボリショイのロイヤル・オペラハウスでのクラスレッスンのネット生中継を行います。下記記事でも、「眠れる森の美女」のリハーサル映像などを見ることができます。

http://www.telegraph.co.uk/culture/theatre/dance/10233696/Exclusive-Lifting-the-curtain-on-the-Bolshoi-Ballet.html

マリア・アレクサンドロワが「ラ・バヤデール」の上演中に怪我してアキレス腱を切ってしまったり、キャスト変更が相次いだりとボリショイも災難続きですが、チケットはほぼソールドアウトで戻り券を待つしか観る方法はないようです。

クラスレッスン動画が全編アップされていますので、リンクを貼っておきますね。
http://youtu.be/C723_FQedo4

2013/08/07

パリ・オペラ座バレエ「マーラー交響曲3番」(映画館上映)/追記(続映のお知らせ)

Troisième Symphonie de Gustav Mahler

「パリ・オペラ座へようこそ」のライブビューイングで、パリ・オペラ座バレエの「マーラー交響曲3番」(ジョン・ノイマイヤー振付)を観てきた。

http://www.opera-yokoso.com/program/index.html#p05

2013年4月18日(バスティーユ)
作曲 グスタフ・マーラー
振付 ジョン・ノイマイヤー
指揮 サイモン・ヒューヴェット

ジョン・ノイマイヤーは、この作品は振付家としてだけでなく、自分の人生の中でも非常に重要な位置を占めていると語っている。そもそもは、ジョン・クランコが急死した時に、彼の追悼のために何かを作って欲しいと依頼され、マーラーの交響曲3番の第4楽章が相応しいと考えたところから始まった。交響曲全体を聴いた時に、この作品を創りたいという願いが生まれたとのこと。この作品はストーリーはなく、音楽から呼び起こされた感情を基に創っている。まだ彼が振付家としての仕事を始めたばかりの頃で、大変苦労したとのこと。(1975年7月初演)

この作品は、実際に第4楽章がクランコの追悼式にて踊られ、マリシア・ハイデ、リチャード・クラガン、エゴン・マドセンというシュツットガルト・バレエの3人のスターのために創られた。作品の解説にも、クランコと彼のカンパニーに捧ぐ、とある。ノイマイヤーは、これらの3人のダンサーが、偉大な振付家であり芸術監督であったジョン・クランコを突然失い、死について思いめぐらし、そしてダンス自体を捨てようとも考えたけれども、再び力を合わせて作品を踊り続けるということを想像して創ったとのこと。

作品全体を通じて、カンパニーそのものが軸となるべきであり、特に主役というものは決めないことにした、しかし第4楽章だけは、3人のソリストを置くことにして、彼らにカンパニーを象徴させることにし、作品の中でも特別な瞬間としている。

本編が始まる前に、芸術監督のブリジット・ルフェーヴルがノイマイヤーにインタビューし、またリハーサルの様子も映し出された。ノイマイヤーは、上記にある通りの作品を振りつけた経緯を語るとともに、振付ける前には色々と下調べはしたものの、スタジオ入りした時にはそれらのことはすべて一旦忘れて、音楽を聴いて経験した感覚と提示されたイメージを元に、スタジオでダンサーと接するうちに作り上げていったと語った。カール・パケット、エレオノラ・アッバニャートのインタビューも。

第一楽章「昨日」 カール・パケット、マチアス・エイマン

主人公「男」は、カール・パケット。行進曲風の音楽に合わせての、大勢の男性ダンサーたちによる立体的な群舞。とても迫力があるけど、振付自体は組体操みたいで少し古臭く、あまり惹かれない。原初的な感じで、ちょっとベジャール風なイメージ。だが、マチアス・エイマンのソロは苦悩を表現しつつも力に満ちており、高い精神性をも感じさせるもので、魅力的だった。


第二楽章「夏」 メラニー・ユレル、ノルウェン・ダニエル、アレッシオ・カルボーネ、クリストフ・デュケンヌ

カールのところに、一人の女性、ノルウェン・ダニエルが入ってきて踊り始めると、群舞の女性たちも入ってくる。やがて彼女は、デュケンヌと踊リ始める。ユレル&カルボーネ、ダニエル&デュケンヌのふた組の男女によるパ・ド・ドゥを中心に展開する。4人とも派手なダンサーではないけど、テクニック的にはとても優れており、音楽をよく感じて踊っていた。青い背景の前で展開される、光に満ちて夏らしい、爽やかで生き生きとした場面。


第三楽章「秋」 ローラ・エケ、フロリアン・マニュネ、マチルド・フルステ、オーレリア・ベレ 他

こちらはかなり多くのダンサーが赤い衣装に身を包んで出演しているのだけど、中でも、フロリアン・、マニュネと踊るローラ・エケの美しいスタイルと長い脚による表現力が目を引いた。マチルド・フルステの存在感は鮮烈。


第四楽章「夜」 エレオノラ・アッバニャート、カール・パケット、ステファン・ビュリヨン

ニーチェの詩をもとにしている、クランコ追悼のシーン。暗い舞台の上、女性の歌声に乗せての3人の男女によるパ・ド・トロワ。エレオノラが振り向いたところから始まる。彼女の強い眼差しが印象的。冒頭のインタビューでも、ルフェーブルは彼女のことを「強いダンサー」と語っていたけど、白いレオタード一枚で女らしい外見の彼女から、芯の強さが伝わってきたし、ごまかしのきかないこの作品での表現力の鮮やかさを感じる。


第五楽章「天使」 イザベル・シアラヴォラ

女性歌手の声と共に、児童合唱が入る。赤いユニタード姿のイザベル・シアラヴォラが、眩しい笑顔で軽やかに踊っていて、まさに天使そのもの、天真爛漫で愛らしく輝きに満ちている。彼女の脚の長いことと言ったら。その分胴が短いので意外とウェストが太いことを発見してしまったけど、それでも、ユニタード姿でも雄弁に語りかける脚は素晴らしい。


第六楽章「愛が私に語ること」 イザベル・シアラヴォラ、カール・パケット、群舞

天使と「男」とのパ・ド・ドゥから始まる。このパ・ド・ドゥの美しいことといったら、もう。物語を排した作品ではあるけれども、まさに「愛が私に語ること」というタイトルがふさわしい。この二人が表現しているのは、「愛」を置いてほかはないだろう。音楽とともに圧倒的な美しさが押し寄せてきて、特にイザベル・シアラヴォラの慈愛に満ちた姿には思わずじわ~っと涙が溢れてきた。やがて50人もの大群舞が集まっていき、男性ダンサーがそれぞれ女性ダンサーをリフトしての圧倒的な高揚感のあるクライマックスへ。歩き去っていく天使。そして背中を向けたカールの後ろ姿に、人生の重みを感じた。

パリ管弦楽団による演奏も圧倒的に素晴らしく、大画面で観ることができて良かった作品。人間の様々な感情、愛、苦しみ、悲しみ、喜びなどがさまざまなところで溢れ出し、ダンサー一人ひとりの個性が感じられる。ずっと出ずっぱりのカール・パケットは、個性の強いダンサーではないが、それでも彼の人生の旅を表すような重みを感じさせるエモーションがあった。きっと主演する人によって、全く違った作品に感じられる作品なのだろう。ぜひDVDも発売して欲しいと思う。


Gustav Mahler's Third Symphony : Ballet de l'Opéra de Paris (初演時の映像なので出演者は異なります)
http://youtu.be/jbsDy7f2NN0

HAMBURG BALLETT - Dritte Sinfonie von Gustav Mahler
http://youtu.be/RTE37j-xwwo

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追記:Bunkamuraル・シネマにて『マーラー交響曲第3番』の再映が決定したとのことです。

◆「マーラー交響曲第3番」
上映期間:8/24(土)~8/30(金)
連日…16:45 (1日1回上映)
http://www.bunkamura.co.jp/cinema/

2013/08/05

8/4 キエフ・バレエ 華麗なるクラシックバレエ・ハイライト

タラス・シェフチェンコ記念ウクライナ国立オペラ・バレエ・アカデミー劇場

http://www.koransha.com/ballet/karei2013/

神奈川県民ホールにて。夏休みの全国巡回公演で、客席にはお子さんの姿多し。しかし子供向けと銘打っているものの、クオリティはとても高い。テープ演奏は残念だけど、テープじゃないとこの値段では無理でしょう。また客席のお子さんたちの鑑賞態度も非常に良かった。前日に日本バレエ協会の全国合同バレエの夕べを観たのだが、こちらは「海賊」のグラン・フェッテでお約束の手拍子が飛び出したのに、この日の公演は、グラン・フェッテが2回あったのに、両方とも途中の拍手はあれども手拍子は無し。「瀕死の白鳥」の時も、ちゃんと舞台が暗転して余韻を味わってから拍手していて、素晴らしいと思った。その「瀕死の白鳥」、フィリピエワのパフォーマンスが圧巻で、このためだけに観に来て良かった思うほどだった。


「眠りの森の美女」よりワルツ、ローズアダージオ
音楽:P.チャイコフスキー 振付:V.リトヴィノフ
オーロラ:カテリーナ・クーハリ
キエフ・バレエ

ローズ・アダージオの前に、ガーランドを持っての群舞によるワルツがついていた。このバレエ団の女性ダンサーたちは容姿端麗でプロポーションもよく見栄えがする。男性もみな長身。
カテリーナ・クーハリは、少しヴィシニョーワに似たエキゾチックな顔立ち。技術はしっかりしているようなのだけど、バランスの時間はほとんどなかった。だが、この日の彼女の活躍ぶり(全部で4演目に出演)を見ると、ここで無理はできないと思ってしまった。


「人形の精」より
音楽:J.バイヤー 振付:N.レガート、S.レガート
人形の精:オリガ・モロゼンコ
ピエロ:オレクサンドル・ストヤコノフ、ヴィタリ-・ネトルネンコ

ワガノワ・アカデミーのレパートリーとして有名な作品。可愛い少女人形と、2人のピエロの掛け合いがキュートな作品。特に2人のピエロの踊りはとってもユーモラスながらも、なかなか見せ場たっぷりで、連続540ジャンプなども披露してくれた。お子さんたちの人気も上々。


「白鳥の湖」第一幕、第二場より
音楽:P.チャイコフスキー 振付:V.コフトゥン
オリガ・コリッツァ / セルギィ・シドルスキー
キエフ・バレエ

こちらも群舞と、4羽の小さな白鳥、大きな白鳥、そしてコーダまでついていた。シドルスキーは相変わらず大変ノーブルでサポートもさすがに素晴らしい。ゴリッツァは、プロポーションが良くて白鳥向きの長い手脚の持ち主。優雅で詩情豊かに踊ってくれた。4羽の白鳥もよく揃っていた。


「カルメン」
音楽:G・ビゼー、R・シチェドリン
振付:S・ジュベドキ
エレーナ・フィリピエワ、ドミトロ・チェボタル

唯一の現代作品で、スタイリッシュな衣装、構成。せっかくのフィリピエワ出演だったけど、あまりにも短くてあまり印象に残らなかったのが残念。


「海賊」第二幕よりパ・ド・ドゥ
メドゥーラ:カテリーナ・クーハリ
コンラッド:オレクサンドル・ストヤコノフ

「海賊」と聞いて、例のアリが登場するシーンだと思ったのだけど、音楽が「シルヴィア」の2幕のアダージオだった。(従って、キャスト表の音楽:R・ドリゴというのは間違い)複雑なリフトを多用した美しいパ・ド・ドゥ。


「くるみ割り人形」第二幕より
音楽:P.チャイコフスキー 振付:V.コフトゥン
クララ:カテリーナ・クーハリ
王子:コスチャンチン・ポジャルニツキー
キエフ・バレエ

花のワルツつきで、衣装のセンスにはちょっと疑問符はあれども、こちらもなかなか豪華。男性ダンサー4人のトゥール・アン・レールも着地がきれいで、整った群舞。
クーハリ、大活躍。キエフ・バレエの中では小柄な方のようだけど、このシーンで観ても、非常にしっかりしたテクニックの持ち主で、ピケなども非常に速くて正確だ。王子のポジャルニツキーはサポートがうまく、「くるみ割り人形」のクララを肩の上に乗せたり、高々と持ち上げるリフトもお手の物。彼は、10月の井脇幸江さんのカンパニーが上演する「ドン・キホーテ」に、カテリーナ・ハニュコワとともにゲスト出演する予定だそう。


「白鳥の湖」より黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥ
音楽:P.チャイコフスキー 振付:V.コフトゥン
オリガ・コリッツァ / セルギィ・シドルスキー

ゴリッツァのオディールは、邪悪さは控えめで、上品な美しさで圧倒するタイプ。ヴァリエーションは、ボリショイで踊られているのと同じ短調の曲と振付だったけど、ボリショイのバレリーナが踊るような肉食系でなくて、比較的あっさりと踊っていた。とにかく脚が長い。グランフェッテはシングルだったけどスピードは速くて位置も動かず正確だった。そして、ここでもシドルスキーのダンスールノーブルぶりには惚れ惚れ。サポートの的確さ、エレガントな物腰、そしてつま先の美しさ。特にコーダのマネージュできれいに伸びた脚が素晴らしかった。これほどノーブルなダンサーは世界中探してもなかなかいないと思うほど。


「ゴパック」
音楽:V.ソロヴィヨフ-セドイ 振付:R.ザハロフ
ドミトロ・チェボタル

この手のロシア・バレエ系ガラでは定番の「ゴパック」。もともとウクライナの踊りである。民族舞踊的な超絶技巧を入れた作品。期待通りの、ケレン味たっぷりの跳躍を見せてくれた。


「瀕死の白鳥」
音楽:C・サン=サーンス
振付:M・フォーキン
エレーナ・フィリピエワ

本日の白眉。背中をこちらに向けて細かいパ・ド・ブレで入ってくるフィリピエワの姿を観て、場内は見入り、さらに彼女の腕がまるで骨がないかのように柔らかくさざなみのように動き出すと、それがどよめきに代わった。肩甲骨から指先まで一体になっていて、それ自体が動物というか鳥そのものになっていた。こんなにすごい、まさに白鳥の翼のような腕の動きを見たのは、ニーナ・アナニアシヴィリ以来。腕の動きは生そのものなのに、大きな瞳は死と向き合って、諦観を感じさせていた。圧倒的に引き込まれるパフォーマンスで、ついに白鳥が死を迎えて照明が消えたあとも、場内は静まり返り、一瞬の静寂が訪れたあとに大喝采。フィリピエワは本物の芸術家だ。


「パキータ」より
音楽:L.ミンクス 振付:M.プティパ
カテリーナ・クーハリ
オレクサンドル・ストヤコノフ
オリガ・モロゼンコ テリアナ・ソコロワ 
オクサーナ・シーラ アンナ・ポガティル

最後を締めくくるにふさわしい華麗なシーンで、12人の群舞つき、ヴァリエーションは5つ。ストヤコノフは、「人形の精」のピエロを踊ったとは思えないほど、こちらではノーブルな踊りを見せてくれた。ここの男性ダンサーはスタイルはみないいものの、ビジュアルはやや地味目。でも、ストヤコノフやポジャルニツキーは、王子様でも問題ないくらい整っている。ヴァリエーションはみなきっちりと踊っていたけど、飛びぬけた人はいない印象。クーハリのグランフェッテは全てシングルだったが、完全に余裕があって、綺麗な回転を見せてくれた。

デニス・マトヴィエンコが芸術監督を解任されてしまい、今後に不安が残っているキエフ・バレエ。しかし、とにかく全体的なレベルは非常に高く、ロシア・バレエらしさ、正統派クラシックバレエを見せてくれて満足度は高かった。冬のキエフ・バレエ公演もとても楽しみだ。特に、「バヤデルカ(ラ・バヤデール)」で、フィリピエワが一日はガムザッティ役、もう一日は太鼓の踊りを踊るそうで、これは見逃せないだろう。こちらは、オーケストラ帯同で、バレエ公演の指揮には定評があり、新国立劇場バレエ団でも指揮をしているバクランさんの指揮なのも楽しみ。

http://www.koransha.com/ballet/kiev2013/

2013/08/02

セルゲイ・フィーリンの復帰予定

ボリショイ・バレエは現在、ロイヤル・オペラハウスでのロンドン公演の真っ最中です。当初、フィーリンがこのロンドン公演に参加するのではという推測もあったのですが、それは実現しませんでした。

現在、フィーリンはドイツのアーヘンで治療中で、先日22回目の手術を受けたそうです。右目の視力回復は難しくてまったく見えず、左目が10%見える程度で、人の顔の判別がつかないなど、厳しい状況のようです。

これはTelegraph紙のインタビュー。(7/29付)
http://www.independent.co.uk/arts-entertainment/theatre-dance/news/bolshois-sergei-filin-left-blind-in-one-eye-by-acid-attack-8736068.html

しかし、視力について回復する見通しが出てきたとの明るいニュースも出てきました。

ロシアの映像ニュース(8月1日のもの)
http://www.1tv.ru/news/social/238808

妻に伴われたフィーリンと、新総裁ウリンが対面する様子が報道されています。この中で、順調に行けば9月中旬にはボリショイ・バレエの芸術監督に復帰できるのではないかという見通しを述べています。来シーズン予定されている「マルコ・スパーダ」と「椿姫」の初演のために、ピエール・ラコットやジョン・ノイマイヤーとも話し合いをしているそうです。映像の中で登場しますが、フィーリンのもとに、ハンブルク・バレエのダンサーたちから寄せられた寄せ書きのある「椿姫」のポスターが送られてきて、彼はとても嬉しく思ったとのことです。フィーリンはサングラスをかぶっているほかは、外見上はきれいで元気そうです。

このニュースはロイター経由で英文でも配信されています。
http://www.chicagotribune.com/entertainment/sns-rt-us-russia-bolshoi-20130801,0,5594843.story

朝日新聞にも記事が出ていました。
襲撃受けたボリショイ芸術監督、9月半ばに復帰も
http://www.asahi.com/culture/reuters/RTR201308020033.html

7/21 ボリショイ・バレエ「オネーギン」 Bolshoi Ballet "Onegin"

ボリショイ・バレエの「オネーギン」の最終公演にして、ボリショイ劇場でのシーズン最後の公演。ザハロワが降板したため、キャストがかなりシャッフルされてしまい、当初ザハロワと踊る予定だったデヴィッド・ホールバーグは、結局この1公演のみ、オネーギン役を踊った。

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21 July 2013

Onegin David Hallberg
Lensky, Onegin’s friend Ivan Alekseev
Madame Larina, a widow Anna Antropova
Tatiana, Larina’s daughter Evgeniya Obraztsova
Olga, Larina’s daughter Dariya Khokhlova
Their Nurse Irina Semirechenskaya
Prince Gremin, a friend of the Larina family Alexander Vodopetov

「この時代のロシアの貴族は口髭を生やさない」のがロシアでの正しい解釈らしくて、ボリショイ・バレエの団員でこの役を演じた人は全員髭をつけなかったようである。(ゲストのマルセロ・ゴメス、およびエヴァン・マッキーは最終幕で髭をつけていた)

デヴィッド・ホールバーグは、すらりとしていて脚のラインがきれいで、踊りもクラシックでエレガントなダンサーだ。最初のソロを観て、しなやかな踊り、伸びたつま先はとても美しいと感じた。ボリショイに移籍したためか、以前のパリ・オペラ座学校で学んだ経験から得られるエレガンスが少し影を潜め、ボリショイ的な、大きな踊りに変化しているように見受けられた。彼は大変な美貌の持ち主ではあるのだけど、少々こわもてで、金髪のために眉毛も薄いこともあり、表情を読み取るのが最初のうち特に困難であった。そして彼のオネーギンは、非常に美しく貴族的なのだけど、とても真面目そうで遊びの部分がすくない。ものすごく気合を入れて演じているのが感じられるのだが、それが少々息苦しく感じられた。シリアスすぎて、余裕がなくて、鏡のシーンなどでも笑顔がほとんど見られないのだ。幕が進むにつれて、その表情の硬さは取れて来て、演技もオネーギンらしくなってきたのだが。2幕の決闘でレンスキーを殺めてしまったあとの呆然とする表情は、彼の大きな青い目が訴えかけるようで、強いインパクトがあった。

3幕でエフゲニーが少し年をとって登場したところでは、髭がない上、金髪のため白髪が混じったかどうかがわからなかった。原作通り、3幕でもオネーギンはまだ20代だったという設定で進めたようであった。エフゲニーがタチヤーナに寄せる絶望的な愛、その愛の持つ重みに彼は苦しんでいたようで、あの青い大きな瞳を見開き、タチヤーナへの想いを必死に伝えようとしていた。だが、このペアの最大の問題は、ケミストリーがほとんど感じられなかったことである。急にザハロワが降板することになってしまって、パートナーが変更になってしまったホールバーグにとっては、不運だったとしか言いようがない。

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オブラスツォーワは、別キャストでもタチヤーナを演じているのだけど、今回のホールバーグとの相性はあまり良くなかったように感じられた。長身の彼と並ぶと彼女は小柄すぎて、非常にサポートしづらく見えてしまい、息があっていなくて鏡のパ・ド・ドゥのパートナーリングも今ひとつに感じられた。クールな持ち味のデヴィッドと、やや暑苦しい演技のオブラスツォーワでは、最終幕の手紙のパ・ド・ドゥでの演技もしっくりこないところがあった。オブラスツォーワはとても熱演しているし、デヴィッドも愛を迫っているのに、お互いへの愛というよりは、この状況に酔っている二人、特にオブラスツォーワはそう見えてしまったのだ。音楽の演奏のテンポもとても遅くて、特に鏡のパ・ド・ドゥでの高揚感や疾走感が損なわれていた。

一幕のオブラスツォーワは大変可愛らしく、まるでジュリエットのようなタチヤーナだった。本の虫の少女には全然見えないのだけど、一方でロマンティックな妄想を抱きそうな、夢見る夢子さんにはしっかりと見えた。なので、鏡のパ・ド・ドゥでの彼女は伸びやかで魅力的に見えたけど、違うストーリーの作品を見ているようにも思えた。2幕でエフゲニーに振られて泣いている様子は可哀想には見えたし、決闘シーンのあとで彼を問い詰める姿にある変貌ぶりは良かった。3幕での貴婦人姿も、若々しいものの美しく成長した姿は伺えた。だが、長い手脚を誇るデヴィッドと踊るには、彼女はやはり四肢が短すぎて彼とのバランスが悪いので、パ・ド・ドゥを踊っても映えないのだ。踊りそのものは、テクニックはとてもしっかりしていて、身体はしなやかでよく歌っているのだけど、あまりにもスタイルが古典的すぎて、古典バレエ作品ではない「オネーギン」には合わない部分が見受けられた。そしてラストでの、微妙に感情がすれ違っていて燃え上がらない感じが惜しい。熱演していたのはとてもよく伝わってきたものの、二人とも、別のパートナーで観たらきっと良かったんだろうなと感じたのであった。

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レンスキー役のイヴァン・アレクセーエフは、オルガ役のダリア・コホロヴァとよくコミュニケーションをとっていて、1幕で登場した時には心温まるペアだった。若々しく少し不器用でまっすぐなレンスキーは、オネーギンに挑発されてカッとする演技も、朴訥さが表れていて好感が持てたが、決闘前のソロは少し不安定なところがあった。ボリショイのダンサーならではの、長い脚や柔軟な上体は好ましかったので、今後の成長に期待したい。コホロヴァもテクニックがあって上手いダンサーではあるけど、前日のオサチェンコのようにこの役を踊りこんでいるわけではない。二人とも、伸びしろのある活きの良いダンサーなので、これからを見守っていければと思う。

全体的には、ロシアのバレエ団ならではのロシアン・フレーバーが「オネーギン」の物語に漂っていることは魅力的だったし、群舞のクオリティも非常に高かったので、出来はよかったのではないかと思う。しかし、ホールバーグに似合うのはやはりザハロワだったと感じてしまった。ザハロワ自身は、前日のシュツットガルト組の上演の時には客席で観ていたらしいので、来シーズンの「オネーギン」上演の際には、彼女が踊るという機会もあるかもしれない。つくづく、この作品は、個別のダンサーが良くても、組み合わせ、そしてパートナーシップが良くなければ魅力が半減すると思った次第である。

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