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2013/02/04

マラーホフのベルリン国立バレエ退任続報

ウラジーミル・マラーホフが2013/14シーズンの終了をもって退任するというニュースは、その後様々なアップデートがあります。後任の有力候補としてナチョ・ドゥアトの名前が挙がっていますが、これはあくまでも有力候補の一人ということで、後任として決まっているわけではありません。

たとえば、こちらの記事では、後任としてふさわしいのは振付家のサシャ・ヴァルツではないかとしており、実際、ベルリンの文化大臣と彼女の面談が近日中に予定されているようです。
http://www.tagesspiegel.de/kultur/malakhov-nachfolge-warum-sasha-waltz-das-staatsballett-neu-beleben-koennte/7726012.html

ほかのいくつかの記事を読んでも、ベルリンの文化大臣アンドレ・シュミッツは、ベルリン国立バレエをコンテンポラリーダンスのカンパニーに作り変えたいと考えているようです。現在のクラシック中心のベルリン国立バレエは、平均入場率85%と健闘しているのですが、このレパートリーに対してシュミッツは明らかに不満に思っているとのことです。今回のマラーホフの退任は、マラーホフ自身が申し出たものであり、マラーホフがカンパニーのダンサーを集めて発表したのですが、実質的には、マラーホフは退任を迫られたのが真相に近いようです。後任の第一候補に上がっていたのが、やはり振付家である、ライン・ドイツオペラバレエの芸術監督Martin Schlaepferであるということからも、もっとレパートリーを現代的なものに作り変えようという意図があったようです。

そしてマラーホフは、シュミッツの方針を批判しています。(Welt紙のマラーホフへのインタビュー)

http://www.welt.de/kultur/buehne-konzert/article113326987/Ich-verlasse-Berlin-mit-unzerstoertem-Gesicht.html

今までの芸術監督としての契約の中で、マラーホフ自身が踊ることが条件の一つとなっていました。ところが、最近になってシュミッツは、彼が踊らなくても芸術監督を続けていいよといい、さらにもっと最近になって、君はもう不要だと言ってきたそうです。「彼はベルリン国立バレエをコンテンポラリーのカンパニーにしたいと言っている、でもそれは突然のことで、そうしたいならもっと早く伝えるべきだった。そして以前から、Martin Schlaepferに後任になって欲しいと交渉してきて、しかもそれは失敗に終わっている」

彼は、「カンパニーを去ることになって、ダンサーや観客に申し訳ないと思っている。退任を発表したとき、ダンサーたちはみんな泣いていた。彼らは自分の子供みたいなものだ。この話をシュミッツからされてショックを受けた。シュミッツはコンテンポラリーのカンパニーにしたいと言っているけど、今のダンサーたちはどうすればいいのだろう。観客はコンテンポラリーも観たいけど、古典も観たいはずで、そのことを観客動員のデータが示している。今までの作品の選択がすべて成功したとは思っていない、うまくいったものもあれば失敗した作品もあった。カンパニーにとっての危機はあったけど、観客はついてきてくれていた」と語っています。

彼自身の今後については、マラーホフはこのように語っています。「バレエの芸術監督を続けることも考えたい、いくつかの話は来ている。バレエの指導にも携わりたい。舞台に立つことについては、少しは続けたい、ミハイル・バリシニコフのように、いくつか特定のプロジェクトには関わりたい。でも、その全てがバレエということにはならないだろう。いずれにしても、2014年は私にとって二重の意味で転換点となる」

「ベルリンの中心部にあるアパートは間違いなく所有し続ける、とても気に入っているし、ベルリンの街はまだ私にインスピレーションを与えてくれる。ベルリンについては多くを見てきたけど、私にとっては第二のニューヨークのようなものだ」

こちらの記事では、マラーホフのスライドショーと、彼の現状について詳しく書いてあります。
http://www.morgenpost.de/kultur/berlin-kultur/article113317916/Vladimir-Malakhov-verabschiedet-sich-als-Intendant.html

2012年は、マラーホフにとって苦難の一年だったようです。まず、突然ポリーナ・セミオノワが彼に無断でFacebookで退団の意思を発表したこと。ベルリン国立バレエの88人のダンサーと22人のスタッフは家族のように仲良くしており、公演が終わった後もマラーホフと食事に行ったり、また料理の得意が彼が腕を振るうこともあったとのこと。しかしながら、ポリーナの突然の一方的な退団は、その家族的な雰囲気を壊してしまいました。彼女がバレエ団を去るにあたって、ダンサーたちははなむけの言葉を一冊の本に記しましたが、マラーホフはサインすることを拒否したのです。この一件は彼を深く傷つけたようです。

またバレエ団の副芸術監督であり、マラーホフの右腕にして大親友のChristiane Theobaldがガンと診断されて仕事から退いたことも大きな打撃でした。ベルリン文化庁のバックアップが得られなくなり、批評家たちが手のひらを返したように一斉に彼を批判し始めたのもこの頃です。

ベルリン国立歌劇場のオーケストラが、オペラのツアーに伴って出演できないことも多く、録音テープによる上演を強いられることもあったのも不利な点でした。そのことについて、マラーホフ自身も不満を口に出して改善しようとしましたが、うまくいきませんでした。さらに国立歌劇場の建物が改装工事に入っており開場できるのが2015年の予定で、それまでシラー劇場で公演を行わなければなりません。そして禁煙した結果、体重が8キロ増えてしまって明らかに太ってしまったこともありました。

しかし、悪いことばかりではありませんでした。マラーホフは増えてしまった8キロの体重の減量に成功し、4月の「ゲッケ、フォーサイス、ドゥアト」のトリプルビルでの彼の踊りは大好評でした。ベルリン国立バレエの2012年最後の新作であり、またポリーナ・セミオノワのベルリンでの最後の舞台でした。マラーホフは舞台上で彼女に花束を贈り、和解が実現したように見えたのです。

6月のオデッサでの「マラーホフ&フレンズ」公演で踊った「瀕死の白鳥」は素晴らしいものだったそうです。観客席には、彼の母親、そして彼の師のひとりであるウラジーミル・ワシーリエフがいました。ワシーリエフは72歳となった今も、舞台に立ち続けています。「踊る人ならば、ダンサーである」と彼は言い、ダンサーにとって正しい引退の時期というのはないと語りました。2011年に再び膝の手術を行ったマラーホフは、2012年には美しいアラベスクで観客を魅了し、彼は一生観客からスタンディングオベーションを送られ続けるに違いないと誰もに確信させました。そして新シーズンでの「ペール・ギュント」への喝采も、観客が彼を愛していることを感じさせるものでした。

*******
稀代のダンサーとして、その美しくしなやかな肢体、柔らかな跳躍、そしてドラマティックな表現力で世界中で活躍してきたマラーホフが第一線を退くのは、一つの時代の終わりを感じさせるものです。しかしながら、輝かしい彼の軌跡はこれからも映像を通してバレエファンを魅了し続けることでしょう。また、完全に引退するわけではなく、舞台活動も続けていきたいとのことなので、彼の今後の活躍も注目して行きたいと思います。

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