特に後半、「全演目を通しても特によかったものについて述べようとすると、細部の印象が際立っていることに思い至る」となっているところが、原文は"It is the details that made the next performances I am about to mention my favorite moments of all the programs"となっています。つまり、批評家の視点ではなく、一観客としての視点で彼は「自分が気に入った、楽しいと思った演目について」書こうとしているわけですが、この翻訳の文体を読むと、いかにも評論家が書いているような、絶対的評価を前提とした文章になってしまっています。”よかった”と”楽しんだ”では意味が違います。
また、気になった点をいくつか挙げてみたいと思います。
「ドン・キホーテ」(サレンコ、シムキン)
"We are going to do it our way and hope you like it"が「だったらどう踊るのがベストか、練り上げたのがこれです。こういうのもいいでしょ?」と訳されています。「自分たちのやり方でやってみるけど、気に入ってくれたら嬉しい」という方が正しいと思います。「練り上げる」というのは、ニュアンスが違うものと感じられてしまいます。
「海賊」(セミオノワとゼレンスキー、上野とゴールディング)
「セミオノワとゼレンスキー、二人の『海賊』は端正で華やか、別プログラムでは上野水香とマシュー・ゴールディングもこれを踊ったが、そちらと比べても興奮度という点では上だった」とありますが、原文では"Semionova and Zelensky also completed a clean and showy Corsaire along with another version by Mizuka Ueno and Matthew Golding that had the audience relatively excited"とあり、上野/ゴールディング組の方が相対的に観客が興奮していたというのが本来の原文の意図で、逆の意味に翻訳されてしまっているのがわかります。
「ラ・シルフィード」(ロホ、マックレー)
原文は"...making the image alive to a whole audience the way it might have not since the great era of Fracci or Evdokimova"となっていますが、訳では「これは偉大なるフラッチやエフドキモワ以来のことだ」としています。フラッチやエフドキモワの偉大なる時代で起きたであろうやりかたで、というのが正しいわけで、正確性に欠けています。エヴァンは年齢から言っても当然フラッチやエフドキモワをリアルタイムでは見ていないわけですから。
「ラ・シルフィード」(オブラスツォワ、ガニオ)
"In my opinion she is one of the most professional ballerinas today"を、「現在最もプロ意識の高いバレリーナと言えるのではないか」としていますが、professional とプロ意識が高い、はまったく違うわけではないのですがニュアンスが違うように感じられます。プロ意識を英語にすると、pride of a professionalとか、 professionalismというのが一般的なのではないでしょうか。
「アザー・ダンス」(デュポン、オファルト)
"She is in a definition of a ballerina in how she approaches every step"を「オーレリのステップへのアプローチは、バレリーナならかくあるべしと思わせるものであり」と訳しています。「すべてのステップへのアプローチ」とするのが正解だと思われます。「一つ一つ=すべて」という部分がこの文章では重要なのです。
ブシェ、ボアディン
「ノイマイヤー流の”語り”」と訳していますが、原文は"Neumeier style of story telling”となっています。語りというよりは、物語を語る、としたほうが正確です。”語り”でも間違いではありませんが、”物語ること”がノイマイヤー作品の本質だと思われますので、本質が曖昧になってしまいます。
最近のコメント