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« ダンスマガジン2012年11月号 | トップページ | ABTの2013年METシーズン »

2012/10/10

9/28, 30 東京バレエ団「オネーギン」 The Tokyo Ballet "Onegin"

ジョン・クランコによる全3幕のバレエ
アレクサンドル・プーシキンの韻文小説に基づく

振付:ジョン・クランコ
音楽:ピョートル・I.チャイコフスキー
編曲:クルト=ハインツ・シュトルツェ
装置・衣裳:ユルゲン・ローゼ
振付指導:リード・アンダーソン、ジェーン・ボーン
コピーライト:ディーター・グラーフェ
世界初演:1965年4月13日、シュツットガルト
改訂版初演:1967年10月27日、シュツットガルト

東京文化会館(東京)

オネーギン:エヴァン・マッキー Evan McKie
レンスキー:アレクサンドル・ザイツェフ Alexander Zaitsev
タチヤーナ:吉岡美佳 Mika Yoshioka
オリガ:小出領子 Reiko Koide
ラーリナ夫人:矢島まい 
乳母:坂井直子
グレーミン公爵:高岸直樹


エヴァン・マッキーは役を自分に引き寄せるダンサーである。彼はオネーギンそのものに同一化し、オネーギンの人物像を練り上げるのではなく自分の個人の感情を役の中にこめて演じているので、演技がとても細かく自然に感じられるし、それぞれの舞台においても、毎回少しずつ違う自分の気持ちに従っているため、観るたびに異なった表現ができて”役を生き”ている。オネーギンという複雑な人物の変遷、彼の人生を観客は追体験できるのだ。しかも、パートナー毎に毎回違ったオネーギン像を彼は見せてくれる。今まで彼がパートナーを務めたバレリーナ6人全員との組み合わせを観たが、それぞれが全部異なるケミストリーがあった。そして30日の公演では、彼の熱情が吉岡美佳さんに驚くべき変化をもたらしたのだった。

2年半前にエヴァンのオネーギン・デビューを観たときには、1幕ではなんと人の良さそうなオネーギンだろうと思った。今回の彼は、とても慇懃で礼儀作法はきちんとしているものの、とても空虚で虚栄心の強い、自分にしか関心を持たない人物だ。1曲目のソロで、自分の視界からタチヤーナの存在を消して行って、自分ひとりの世界に溺れるがごとく、ナルシスティックな姿。一分の隙もなく、指先からつま先のすみずみまで行き届いた動き。一つ一つの動作が磨き抜かれており、都会の垢抜けた紳士としてこの田舎町で際立っているというか、ほかの人々を見下ろすような長身で黒衣の彼はとても異質で浮き上がっている。彼を包んでいる空気自体がひんやりとしていて別物のようだ。研ぎ澄まされていて、ナイフのように冷ややかで尖った存在の高等遊民、そんなオネーギン。一方、田舎の少女にしては洗練されていてお嬢さんぽいが、物静かな吉岡さんのタチヤーナはあこがれをこめた視線で遠くから少し恥ずかしそうに彼を見つめ続ける。

鏡のパ・ド・ドゥでは、長い腕で弧を描き悪魔的な微笑みを浮かべながらオネーギンは出てくる。このシーンでのオネーギン、クール悪魔ヴァージョンと優しい悪魔ヴァージョンの二通りあると思うのだが、今日のエヴァンは、いつになく優しげなオネーギンで、甘い微笑みを浮かべてタチヤーナの夢を体現した。後ろ脚が垂直に突き刺さるほど高く上がるアントルラッセ、美しく伸びたジュテと無音の着地。恋心に高揚するタチヤーナを包み込むようにサポートし、疾走感を保ちながらいくつもの跳躍へと導く。いつもはお姫様キャラの吉岡さんも、ここでは笑顔を花開かせたドリーミーな少女で、オネーギンの腕の中で奔放に舞っている。長身のエヴァンにサポートされると驚くばかりの高さに舞い上がる吉岡タチヤーナは、柔らかい背中を生かしたアラベスクで歓びを全身で表し、多幸感に酔いしれる。タチヤーナが甘い余韻に浸っている間に、また長い腕を手招きするように振りながら、スタイリッシュに鏡の中へと消えていくオネーギン。

タチヤーナの名前の日の宴では、オネーギンはあからさまに退屈していて、欠伸などみせている。部屋の隅で黒い染みのようになってエレガントにトランプ遊びに興じるオネーギンは、こんなつまらない田舎にいることに飽き飽きしている。タチヤーナがしきりに自分のことを気にしているから、苛立ちが募り、ついには彼女からの手紙をビリビリに破いてしまう。礼儀を損なわないように丁寧に接しているし、恋に恋していないで現実を見ろと言いたげな彼なのだけど、タチヤーナにとっては心が二つに割れてしまったかのようだ。この日のオネーギンは、この上なく美しいが憐れで悲しい男だ。小娘相手に苛立っている自分のことが心の奥底では嫌で嫌で仕方ないのに、虚勢を張ってクールに振舞っている。本当はタチヤーナと同じように、繊細で壊れやすく孤独な魂を持っているのに。机をバンと叩き立ち上がる姿にも、タチヤーナに苛立っているだけでなく、自分自身に対してもナルシズムと表裏一体の嫌悪感を抱いていることがわかって、観ている側としても辛くなる。なんという哀しいエゴイスト。隙がなく美しく洗練されていればいるほど、このオネーギンはより一層哀しく見えるのだ。

オネーギンの中のふさぎの虫は黙っていることができなかった。再び悪魔の微笑みを浮かべて、オルガの手を取って戯れる。楽しそうにオルガを弄んで有頂天にさせる彼だが、本当はこんな退屈しのぎのゲームなどすべきではないということをわかっていた。純朴なレンスキーを激怒させて決闘を申し込ませる事態にまでなるとは、さすがの彼も予想ができなかったようだが。

決闘に向かうオネーギンは、すでに敗者の気配を濃厚に漂わせている。マントから取り出した銃を見ておののき、自分の退屈しのぎのゲームがこんな事態をもたらしてしまったことを激しく後悔している。彼の銃弾にレンスキーが斃れると、タチヤーナの射るような視線に耐え切れず、自責の念とともに愕然とするオネーギンの姿があまりにも哀れだ。この決闘に勝者はいない。すべての者が傷ついた、そんな痛切な幕切れだった。

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「エフゲニー・オネーギン」(イリヤ・レーピン)

3幕のエヴァンは、28日の方が白髪が目立っていた感じだ。年月は経たものの、相変わらず美しい立ち姿のオネーギンだが、この数年の間、彼がどんな地獄をくぐり抜けてきたのかが浮かび上がってくるようなやつれ方。耳を隠して美しく変貌した貴婦人タチヤーナを見つめる瞳は、まるでタチヤーナは彼自身の人生における最後の希望として見ているようだ。それなのにグレーミンと踊ったタチヤーナは、去り際にもほとんどまともにオネーギンの姿を見ようともしない。

最後の手紙のパ・ド・ドゥ。28日に観た吉岡さんは、一度ポワントが落ちた他はきれいに踊れていたものの、とても頑なでオネーギンに最後まで心を許そうとしない、とても冷たいタチヤーナに感じられた。激しいオネーギンの求愛に対しても心揺れることなく、最初から彼を拒絶する気持ちが固まっていたように見えた。だが、30日は一転して、彼女は自分の中の理性と戦い葛藤して揺れ動く様を表情ではなく肉体で表現した。迷いに迷った末に決断を下しオネーギンを追い出すものの、終生その選択を悔やんで生きただろうと思わせるほどの嘆きと苦悩を感じさせて、大熱演だった。この劇的な変化はまるで魔法のよう。

その演技を引き出したのが、自己の存在意義のすべてを賭けて、つまづいてしまった人生を立て直す唯一の光としてのタチヤーナへ、直球の想いをぶつけるエヴァンのオネーギンだった。愛だけじゃない、彼女は失ってしまった彼の誇りをも象徴している。ここでの彼の表現は若々しい。人生の辛酸をなめてきたのは伝わってくるが、タチヤーナに再会して彼の心は彼女と出会った頃の若さや魅力を取り戻していた。彼の踊りからは台詞が聞こえる。そしてすべての虚飾を剥ぎ取った裸の感情が奔流となって流れ出る。涙を流しながらタチヤーナの背後から迫り、ついにはタチヤーナの気持ちがこちらを向いて勝利を確信した彼は、彼女の目を見て微笑むのだ。だから、突然タチヤーナが彼の前に手紙を突き出し、それを破り捨てるとき、彼女の取った行動に彼は心底驚き慌てる。歓喜から絶望の底に突き落とされたオネーギンは、我を捨ててすがりつくも紳士としての気品を保ちながら走り去り、タチヤーナは慟哭する。この最後の表現、激しく泣き叫ぶ人もいれば、じっと耐え抜き正しい選択をしたと自分に言い聞かせるタチヤーナもいる。吉岡さんは、それほど激烈な嘆きは見せなかったものの、降り積もる雪のような哀しみを見せて、タチヤーナがオネーギンのことを愛していたことを表現した。カーテンコールで役から抜けきらず立ち尽くしている姿が忘れがたい。

Tchaikovsky: OneginTchaikovsky: Onegin
Emerson String Quartet

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追記:ところで、先日まで開催されていたレーピン展には、「決闘」という作品が出展されていたが、これが思いっきり「オネーギン」の決闘シーンを思わせるものであった。この展覧会には出品されていないが、レーピンの作品には題名も「エフゲニー・オネーギン」というものもある。レーピンは、この他にも決闘をモチーフとした作品をいくつか残している。

Theduel1897jpgblog
「決闘」(イリヤ・レーピン)

7月のシュツットガルト・バレエでの公演からの映像を収めたトレーラーがシュツットガルト・バレエのサイトで公開されていた。シュツットガルト・バレエの動画は重いので、こちらを貼っておく。

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バレエ公演感想」カテゴリの記事

コメント

28日、30日と観て私も30日の吉岡さんの変化にはとても驚いたし私的には30日の方が好みでした。
感情の迸りが凄く伝わってきて、いつも姫的キャラでクールで静かな表現をする彼女がこんなにも激情を表現する事が出来るんだ!そしてそれは相手があってこそなんだなって思いました。
エヴァンのオネーギンも28日と30日とで全然違っていて、こちらも私的には30日の方が良かったかな?勿論どちらも素晴らしかったけど・・・。
また彼のオネーギンが観たい~。

naomiさん、こんにちは。
また、naomiさんの書かれた感想が読めてうれしいです!
私は30日に観に行きました。エヴァンだけが目当てというか、シュツットガルト・バレエでオネーギンが観たかったなぁ~などと思いながら。
予想通り最初からエヴァンのオネーギンには心を鷲掴みにされましたが、いつもクールなイメージの吉岡さんですが、鏡のパ・ド・ドゥ辺りから何かが違う・・・。二人が相手に呼応して作り上げられてゆく舞台に、どんどん引き込まれていきました。これぞバレエの醍醐味!という感じで、とてもすばらしい『オネーギン』でした。
最後にカーテンコールでの放心した吉岡さんの姿が印象的でした。

naomi 様、こんにちは!オネーギンレポありがとうございます。

私は28日だけだったので、30日が見れなくて残念です。吉岡さんの変化を見たかったですね。
エヴァン、良かったです~久々に遠征して良かった。元々綺麗なダンサーでしたけど、大きな役もたくさん経験して、本当に素晴らしいダンサーになりましたね。鏡のPDDは、観ていてうっとりしました。
これからもますます楽しみです。日本にもっと来てくれるといいのですが、なかなか難しいでしょうか…

naomiさん、こんばんは。
30日の「オネーギン」、観てきました。
エヴァンと吉岡さんの熱演、すばらしかったですね。
見終わってすぐにまた、見たくなってしまいました。
小説は読んだことはなく、映画の「オネーギンへの手紙」でしかストーリーを知らなかったため、オネーギンとタチャーナのイメージが勝手に出来上がっていたのですが、見事にぶち壊されました。
特にオネーギン!!私の中では最後、自分勝手で、もっとネチネチと女々しい男というイメージを持っていたのですが、エヴァン演じるオネーギンは、どこまでも素敵でした。
これなら、もしかしたら最後に拒絶したタチャーナもこの後ずっと、後悔し続けるかも・・・と想像できます。
それにしても、マイムだけでなく、ダンスでもこんなに語れるのか・・・と感動しました。
ダンスマガジンのインタビューでオーレリーが語っていましたが、クランコが生きていて、踊るダンサーに合わせて振り付けを少しアレンジしてくれたら、もっと素晴らしくなると思うというのは、本当にそうだなと感じます。
最後にザイツェフのレンスキーも素敵でしたね。小出さんのイリガととても合っていたと思います。
本当に観にいって良かったです。

すみません。
先ほど書いたコメントで間違いがあったので、訂正させて下さい。映画の題名「オネーギンへの手紙」ではなくて「オネーギンの恋文」でした。

さとみっちさん、こんにちは。

私も吉岡さんはお姫様のイメージが強いので、彼女がこういう激情を3幕で見せたのには正直驚きましたよね。これはやはり何らかの化学作用が働いたのかな、って思いました。
エヴァンのオネーギンも、毎回違うので見ていて飽きないのですよね。また遠くない将来に、彼のオネーギンが日本で見られますように!

vegaさん、こんにちは。

できればシュツットガルトの引越し公演で「オネーギン」は観たいとは思っていたのですが、予想外に吉岡さんが良くて、とても良い公演になったと思います。彼女のカーテンコールでの放心した姿、印象的でしたよね。本当に気持ちがものすごく入って演じていたことがわかりました。

sandyさん、こんにちは。

28日の公演も素晴らしかったですよね。個人的に、この日は自分の誕生日だったのでますます嬉しかったというか(笑)。sandyさんは、彼がソリストの頃から注目されていたんですよね!本当にここ数年の彼の成長ぶりはすごいです。鏡のシーン、本当にうっとりでしたね~。これを機会にもっと日本にも呼ばれると良いですよね。

ashitaさん、こんにちは。

実は私も「オネーギン」との最初の出会いは映画「オネーギンの恋文」でした。東京国際映画祭での、レイフ・ファインズのティーチイン付きの上映で観たのでした。あれから見ていないけど、家に録画が転がっているのでまた見てみようと思います。原作は韻文小説なので少し読みづらいところもありますが、私は繰り返し読んでいます。文学として非常に繊細でよくできた文章なので、ぜひ一読をおすすめしたいです。

オネーギン像というのもいろいろあって、ニヒルでカッコつけていて中身のない男やストーカーっぽいのまでいろいろいますが、エヴァンのは人間としての弱さも見せつつ、魅力的ですよね。何しろオネーギンというのはロシアの女性は学校で習って恋をする人物ですから。

後で書きたそうと思っていたのですが、アレクサンドル・ザイツェフのレンスキーも良かったですね。彼のレンスキーは純朴で真面目で誠実そうなだけに、オリガの軽薄さが許せなくて深く傷つき、決闘に至ってしまったのがよくわかりますよね。見ていてとても痛ましいんですよね。ザイツェフ、来年引退してしまうそうですが、まだまだ踊れるのに勿体無いことです。小出さんも言うまでもなく素晴らしく、彼女はきっとタチヤーナ役を踊らせてもいいんじゃないかと思います。

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