アリーナ・コジョカル ドリーム・プロジェクト Bプロ
http://www.nbs.or.jp/stages/1202_cojocaru/index.html
「ラリナ・ワルツ」(振付:リアム・スカーレット、音楽:ピョートル・I・チャイコフスキー)
Larina Waltz
Chor. Liam Scarlett
アリーナ・コジョカル、ローレン・カスバートソン、ロベルタ・マルケス
ヨハン・コボー、スティーヴン・マックレー、ワディム・ムンタギロフ、セルゲイ・ポルーニン
Alina Cojocaru, Lauren Cuthbertson, Roberta Marquez, Johan Kobborg, Steven McRae, Vadim Muntagirov, Sergei Polunin
Aプロと同じ作品だけど、次の演目でロベルタとスティーヴンが早めに抜けなければならない関係上、若干ペアの組み合わせ等が変わっていた。アリーナの髪型が椿姫仕様のセミ・クラシックになっていて、ちょっとこの作品のはつらつした感じには似合わないけど、それは仕方ない。アリーナ&ヨハンのペアの息の合い方、スティーヴンのウキウキしてしまうような軽やかな動き、ローレンのラインの美しさにほれぼれ。
「タランテラ」(振付:ジョージ・バランシン、音楽:ルイス・モロー・ゴットシャルク)
Tarantella
Chor.George Balanchine
ロベルタ・マルケス、スティーヴン・マックレー
Roberta Marquez, Steven McRae
スティーヴンがタランテラを踊る、という事実だけで興奮しちゃったのだけど、やや期待が大きすぎたのかもしれない。音楽性に優れているスティーヴンが、なぜかこの作品ではそれほど凄く見えなかったのはなぜだろう。パートナーのロベルタとの息やリズム感が合っていなかったからだと感じられた。スティーヴンは音にぴったり寄り添っていて切れ味良く軽々と難しいステップを決めて行くし、跳躍も滞空時間がすごく長いのだだけど、自己主張が薄いというか少々品が良すぎるのかもしれない。ロベルタは、テクニックは途中まではとても鮮やかだったのだけど、後半ちょっと不調で回転のところがドゥミに降りたままやっていた。ロベルタは可愛らしいのだけど、少々ふくよかになった模様。
『くるみ割り人形』よりグラン・パ・ド・ドゥ(原振付:ワシリー・ワイノーネン、音楽:ピョートル・I・チャイコフスキー)
Grand Pas de Duex from Nutcracker
ダリア・クリメントヴァ、ワディム・ムンタギロフ
Daria Klimentova, Vadim Muntagirov
理想的な「くるみ割り人形」とも言えるもので、涙が出てくるほど素晴らしかった。ダリア・クリメントヴァは、ゆったりと優雅なアダージオ、正確な回転、すべてに余裕があり、キラキラ輝いていた。これほど緩やかに安定したコーダのフェッテを見せられる人もなかなかいないと思った。ピンク色のゴージャスなチュチュも美しかった。ムンタギロフは柔らかく端正な踊りで、まだ21歳と若いのにとても完成度が高くて王子らしさが良く出ていた。何より二人のパートナーシップの安定感、お互いに寄せる信頼感が素敵だった。幸福感があふれるパ・ド・ドゥで、ガラの「くるみ割り人形」のパ・ド・ドゥにこんなに感動させられるとは思わなかった。
「ディアナとアクティオン」(振付:アグリッピーナ・ワガノワ、音楽:チェーザレ・ブーニ)
Diana and Acteaon
ローレン・カスバートソン、セルゲイ・ポルーニン
Lauren Cuthbertson, Sergei Polunin
ローレンのディアナは、長い手足に茶色の派手すぎない衣装がよく似合っていて、パにも容姿同様の清潔感と伸びやかさがあり、とても好印象。1日目はコーダの着地に失敗しフェッテも調子悪そうだったけれども笑顔を絶やさずに踊りきり、2日目はうまくいったので良かった。セルゲイは、登場シーンの体を弓なりにする空中姿勢から美しく、540を右に2回、左に2回と決めてダイナミックな跳躍をこれでもかと見せてくれた。さらにドゥーブル・アッサンブレ連発のマネージュ。タトゥーはテーピングで隠していたけれども、この演目に必要な野性味も押し出しの強さもばっちり。しかし私は彼の踊りはあまり気品は感じず、今後もしフリーで活動するのなら踊りが荒れてしまうのではないかと非常に心配に感じてしまう。
『椿姫』より第三幕のパ・ド・ドゥ(振付:ジョン・ノイマイヤー、音楽:フレデリック・ショパン)
Lady of the Camelias (Die Kameliendame) 3rd Act Pas de Duex
Chor: John Neumeier
アリーナ・コジョカル、アレクサンドル・リアプコ
Alina Cojocaru, Alexandre Riabko
ピアノ:三原淳子
1日目はとにかくピアノの演奏のひどさ、そしてクライマックスに携帯電話の着信音が鳴ったことで舞台に集中できず、集中力が削がれてしまってとても残念だった。特にリフトが連続する場面でピアノのタッチもリズムも狂ったために、リフトのタイミングが合わずに失敗してしまったため、大変憤慨してしまった。2日目もピアノの演奏の乱れはひどく、こんなにひどい演奏ならテープにすればよかったのにと思ったのだが、できるだけ音楽を聴かずにパフォーマンスに集中しようと考えて観たのが功を奏した。
サーシャのアルマンはとてもナイーブで傷つきやすい。彼はマルグリットが彼の元から去っていったことにひどく傷ついていて、怒っているが、その怒りは静かで内向的なだけに、とても強いものに感じられる。そんな彼だけども、もうこれ以上私のことを傷つけないでと懇願するマルグリットに触れるうちに、内に秘めたパッションを少しずつ出していき、それはやがて激情として奔流のように溢れ出して、超高速のマネージュへとつながっていく。個人的なことだけど、去年4回も全幕でスージン・カンとマライン・ラドマーカーの「椿姫」を観てしまったので、どうしてもこの二人の「椿姫」がデフォルトとして刷り込まれてしまっているのだが、サーシャのアルマンの表現はマラインとは全く違っているし、音の取り方も全然違うので、とても興味深く見ることができた。(サーシャのアルマンだって今まで何回も観てきたのに、今回はアリーナと組んでいるせいか、とても不思議な印象を受けたのだった)とても不器用で、どういう風にマルグリットを愛していいのかわからなくて、ただただ感情に身をゆだねてそれを体で表現していくサーシャのアルマンは、とてもいとおしい。
アリーナのマルグリットは、今まで観てきたすべてのマルグリットと違っていた。アリーナという個性が演じているマルグリットなのだ。病に弱り、アルマンの背信に傷ついているマルグリットだけど、原作のマルグリットのように年齢的にもまだ若く、とても芯が強くて、受身の女ではない。アルマンに対して懇願している一方で、激しい情熱を炎のように続けており、そしてその情熱を燃やすことについて強い歓びを感じているのだ。二人の間に交わされるキスを主導しているのは彼女だし、彼を抱きしめながら微笑みすら浮かべていたのには驚いた。演技のための演技ではなくて、アリーナは自分自身をマルグリットに投影して、彼女自身としてサーシャのアルマンを愛しているんだと感じた。二人のはあはあという激しい息づかいが伝わってくる。そして最後にサーシャを見つめるアリーナの視線に、涙腺決壊。こんな目で見つめられた男性は、きっと死ぬまで彼女を愛さずにはいられないだろう。(なのに、なぜこの次のシーンでアルマンはあんなにもひどくマルグリットを傷つけてしまうのだろうか、というところが「椿姫」という作品、そして愛というものの難しさである)
いつか、アリーナとサーシャの「椿姫」を全幕で観たい。一つの物語としてこの二人がどのように紡いでいくのか、この目で見てみたい。
「ザ・レッスン」(振付・デザイン:フレミング・フリント、音楽:ジョルジュ・ドルリュー)
The Lesson
Chor. Flemming Flindt
バレエ教師:ヨハン・コボー
生徒:アリーナ・コジョカル
レッスン・ピアニスト:ローレン・カスバートソン
Johan Kobborg, Alina Cojocaru, Lauren Cuthbertson
変態コボー先生大爆発のこの作品の存在を知った日から、観られる日を楽しみにしていた。まさか本当に観られる日が来るとは!しかもコボーとコジョカルのペアの主演で。(余談だけど、この「ザ・レッスン」は「Kings of The Dance」でも上演されていて、アンヘル・コレーラもこのバレエ教師役を演じているし、ボリショイではセルゲイ・フィーリンやニコライ・ツィスカリーゼ、ロイヤル・バレエではやはり演技力に定評のあるエドワード・ワトソンも演じていたそう)レッスン・ピアニスト役のローレン・カスバートソンは初役だという。
もちろん最初から挙動不審でありながら、徐々に狂って行って変態性を露にするコボーの、何かに取り憑かれたような演技も凄いのだが、とても初役とは思えない、ローレンの基本的には無表情で冷静だけどたまにキレたりする共犯者的で謎めいたレッスン・ピアニスト役の演技も素晴らしいと思った。演じることに対するこだわりが強いのは、ロイヤル・バレエならではの特徴なのだと実感した。どこかドイツ表現主義を体現するような独特の身体の動きも面白いし、ポワントシューズを見つけてはヒステリックに反応してポイっと別室へと投げ捨てるところも、後の伏線になっていて面白かった。
登場シーンではいかにも気が弱そうでおどおどしていたバレエ教師が、内股なども登場するなんとも奇妙なアンシェヌマンを振り付けては生徒の少女にそれを踊ることを強制し、そのアンシェヌマンをどうにか生徒がこなしてしまうと、どんどん教え方がエスカレートしていく。反対するピアニストを猛烈な勢いで追い出し、少女がポワントシューズで踊りだしたら彼の狂気のスイッチが入った。コボーの目の色が変わった瞬間には思わず身震い。教師は少女の脚にフェティッシュな興味を覚えてお触りしようとし、そしてどんどんサディスティックな振り付けを押し付ける。カーテンを閉め、逃げようとする少女からバッグを蹴り出し、上着を脱ぎタイを外しシャツのボタンも外してついに変質者としての本能をむき出しにする。教師がお手本として踊る振り付けも、つま先に完全に乗り切ったポワントでの踊りもあったり、高度なテクニックを要しながらも奇妙なもので、こういう踊りを嬉々として踊るコボーの楽しげなことといったら。乱暴なパ・ド・ドゥを踊らせたあと、彼の異様さに怯える少女に苛立ち、バレエ教師はついに彼女を手にかけてしまう。バーの上でぐったりとする様子を見て、再び弱気になるバレエ教師。彼が途中で追い出したピアニストがレッスン室に入ってくると、ピアニストが「またやってしまったのね」といった冷静な様子で少女の死体を片付けるのに協力する。そして再び彼は落ち着きを取り戻し、呼び鈴が鳴って次なる犠牲者であろうバレエ少女が入って来るところ。
鮮やかな黄色いコートと同じく黄色くてキュートなレッスンウェア、二つに結わえてアップにした髪が死ぬほど愛らしい天真爛漫なバレエ少女を演じていたコジョカルは、先ほどの病み衰えていたマルグリットと同じ人物とは思えない。その記号のような可愛すぎる出で立ち(持っていたレッスンバッグがまたすごく可愛い!)を見るにつけ、あの教室の裏には、ポワントシューズに憧れ人形のようにキュートなコジョカルの死体がいっぱい転がっているんだろうか、とますます背筋が寒くなる思いがした。そして、見るからにオールドミスっぽいピアニストとバレエ教師の共犯者的な関係は何だろうか、そのへんが説明されていない謎めいたところが、かえって色々と好奇心を喚起させるところがあるのも、この作品の面白さである。無邪気で溌剌としたバレエ少女が実は凄いテクニックを持っているところも、現実にはありえないことだろうなと思うんだけど、そのミスマッチ加減が興味深い。
レトロなバレエ教室の内装といい、奇妙にゆがんだ音楽といい、不条理な物語と不気味な音楽、何より怪しすぎるバレエ教師、日常世界に近いはずなのに異空間のように逸脱している、非現実的な世界にすっかり引き込まれた。
(続く)
「ドン・キホーテ」 ディヴェルティスマン
Don Quixote Divertissments
原振付:マリウス・プティパ 音楽:レオン・ミンクス
アリーナ・コジョカル、ローレン・カスバートソン、ダリア・クリメントヴァ、ロベルタ・マルケス、
ヨハン・コボー、スティーヴン・マックレー、ワディム・ムンタギロフ、セルゲイ・ポルーニン
高村順子、西村真由美、乾 友子、高木 綾、奈良春夏、田中結子、吉川留衣、岸本夏未
Alina Cojocaru, Lauren Cuthbertson, Daria Klimentova, Roberta Marquez,
Johan Kobborg, Steven McRae, Vadim Muntagirov, Sergei Polunin
The Tokyo Ballet
リアブコ以外の出演者全員が出演しての、ガラならではの遊び心たっぷり、エンターテインメント性あふれる楽しい「ドン・キホーテ」だった。
東京バレエ団の女性ダンサー8人によるアントレの後、まずはアリーナとヨハンによるアダージオ。アリーナのアラスゴンドのバランスがとっても長くてびくりともしない。続けての片手リフトでは、ヨハンが奮闘してこれまた長い時間リフトを維持。さらにその後も、アリーナの手を離してのアティチュード・バランスが10秒、一小節分続くなど、彼女のスーパーテクニックをたっぷり見せてもらった。フィニッシュは、ヨハンの180度開脚ジャンプ。
続いて、セルゲイのヴァリエーションは、「パキータ」の曲を使用してのもの。体を斜めに倒してのクペ・ジュテ・アン・トゥールナンで豪快に決めた。そしてロベルタによる1幕カスタネットのヴァリエーション(カスタネットはなし)。後ろに闘牛士が並んでいないのはちょっと寂しいけど、きっちりと決めてきた。西村さんと乾さんを従えてのバジルの回転とランベルセを多用したパ・ド・トロワはヨハン。東京バレエ団の二人ともよく合っていて、スピーディで爽快。スティーヴンは、半袖シャツにベストを羽織った衣装で、2幕酒場のシーンのソロを踊る。パドシャも軽やかで足先が綺麗!(この足先の綺麗さを、セルゲイは見習って欲しいと個人的には思う)
3幕第一ヴァリエーションはローレン。赤の長袖チュチュに全面的に黒いレースがかかっている衣装は、彼女の品の良さとスタイルの美しさを際立たせる。長身で脚が長いから、ジュってもすごく大きく見える。第二ヴァリエーションはダリア。音楽に寄り添っていてこれまた美しい。
バジルの3幕ヴァリエーションはワディム。若さが時々顔を出すけど、きっちりと毎回5番に着地する柔らかい踊りで、すごく基本がしっかりしていて今後の伸びしろが期待できそう。キトりのヴァリエーションはアリーナ。扇子を使って、エシャッペを繰り返す。テープの音楽をちょっと無視してタメをつけながらの踊りは、ガラならではのもの。そしてコーダがとにかく豪華!最初はヨハンが登場して若い者には負けないって張り切って踊り、次にはまた540を3連発するセルゲイ、跳躍しては後ろ向きに、床につきそうなくらい大きく背中を反り、驚きの柔らかさを見せつけてくれたワディム。そしてスティーヴンの斜め向きのマネージュは空に浮かんでいるかのようだった。。
通常はコーダ後半はキトリの32回転グランフェッテだけど、アリーナは前半は非常にゆっくりとしてぴたっと見事に止まるイタリアンフェッテで魅せてくれた。こんなにも遅いスピードでの安定してきっちりとしたイタリアンフェッテを観るのは初めてで、彼女のテクニックの素晴らしさに驚嘆。後半は西村さん、乾さんとグランフェッテ。最後に男性陣が全員登場してのピルエット・ア・ラ・スゴンド合戦を見せてくれてこれはもう壮観。軸足や回転方向は違っていても、みんなが皆見事な技術の持ち主だから、一体どこを見ていいのかわからなくなるほど。そして女性陣も集合してみんなで踊りまくり。楽しかった~。
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今回の「アリーナ・コジョカル・ドリームプロジェクト」はその題名に相応しく、舞台の上での夢を見させてくれた、まさに夢のように楽しいガラだった。出演人数は決して多くないのに、エンターテインメント性にあふれていて驚くべき充実度だった。出演者全員が、観客を楽しませて夢の世界へ連れて行ってくれようと心を込めて踊ってくれたのがよくわかる。素晴らしいこのプロジェクト、ぜひ定期的に開催されることを期待したい。また、日本ではまだほとんど知られていないダリア・クリメントヴァアとワディム・ムンタギロフという素敵なダンサーを紹介してくれたことも感謝したい。
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