吉田都さん講演会「夕学五十講 挑戦し続けるこころ」(その2)
<2006年に拠点を日本に移し、ロイヤルのゲストプリンシパルになったことについて>
日本人と結婚したことが大きい。その頃にはイギリスが大好きになっていて、暗くなるのが早いのも落ち着いていいと思ったが、一生イギリスに住むことになるとは思わなかった。ロイヤルのプリンシパルでいることについては、世界レベルも見ることができて、一年ごとに再契約してもらえて良かったけど、それでも自信が無くて不安だった。ゲストプリンシパルになりたいとディレクターのモニカ・メイソンに話して、「退団してください」と言われることも覚悟していたので、ロイヤルでも日本でもプリンシパルになってください、ここにいてもいいのよ、と言われたその一言が嬉しかった。もっと頑張れると自分に言い聞かすことができた。
バレリーナは持って生まれた容姿や才能はどうにもならないので、その現実を見せ付けられると厳しい。そのため、みんな努力をしており、自分の持っているものでカバーして見せなければならない。それまでは環境は良いけれど毎日戦って舞台を作っていったけど、ゲストプリンシパルになったことで、日本に拠点があると2週間前にロンドンに行ってから準備するので、また自信を持つのが大変だった。それを乗り越えられたのは、日本のファンの力が大きかった。ロンドンにも多くの日本のファンが観に来てくれた。「今度は私が皆さんのところに踊りに行きますから」という気持ちになった。日本に拠点を移した当初はK-Balletに所属したので、地方公演に行くことができたのもよかった。
日本のお客さんはとても温かい。上演中のマナーは良いし、終わった時の拍手も温かった。国ごとに反応が違っているのは面白くて、たとえばドイツではお客さんが足を踏み鳴らして表現してくれた。自分の踊りはお客さんのエネルギーをお借りして、というのはますますそう感じてきている。
<自分のアーティストとしての個性、持ち味はどう思っているか?>
イギリスでは、自分のコンプレックスだった部分、短い手足、黒髪、オリエンタルな表現は外国の人と違った個性であると認めてもらえた。得意な演目としてはやはり古典が中心。古典は表現の部分が年を重ねるごとに楽しくなってきた。以前だったら楽しめなかった作品も入り込めるようになった。例えばマクミランの「アナスタシア」はロシア人バレリーナの役で、ロシア人のゴージャスでグラマラスな役柄になかなか入り込めず自信も持てなかったけれども、何年か経って、何か自分の中に変化があり、自分の中にない部分だからオーバーに演じることができて楽しかった。
<演劇的な作品での役作りの方法>
本を読んだり映像を見たり先輩や先生方のアドバイスを受けるのは言うまでもない。自分だったらどう感じるだろうと想像してみている。海外の人たちと自分は感じ方に違いがあり、バレエはセリフがないので表現が控えめだと伝えられない。そのため、自分がしっくり行く表現の仕方を研究している。もっと感情を出せ、崩せと指導される。踊りをきっちりと踊ってもつまらないので、自分の中で再構築してみている。英国のバレエには生身の女性も登場するので、重く、下に、と言われるので苦労した。バレエの常識では軽く、上に、というのが基本なので、苦労してとても長い時間をかけて役作りをしていった。できるものも年齢とともに変わっていくので、体を鍛えながら、純粋に身体能力中心のものはもう踊らない。表現を楽しめるものを踊りたいと思っている。
今年の1月3日にミハイロフスキー・バレエのガラで「ライモンダ」を踊った時に、80歳を過ぎた先生が、1から教えてくださって、毎日3時間の特訓を受けた。ライモンダは今までも何回も踊ってきたが、ロシアのオリジナルのライモンダを教わりたいと思ったので。おかげで体もとても強くなって、自分の中でもとても楽しく踊ることができた。また一から学ぶことができるのだと思った。今までの「ライモンダ」とはとても違っていた。普通はあれだけのエネルギーは出ない。ロシアバレエの強みは、指導者としての力があること。あきらめないしつこさがその先生にはあった。その先生と同じくらいの情熱を持って教えたいと思った。
<今までに影響を受けた人たち>
ピーター・ライトの影響は大きい。バレエは時間がかかるものとして、長い目で見てくださったのがありがたかった。一から教えてくださったと実感している。10年、20年経ってあの時におっしゃっていたことはそういうことだったということに気がついた。今振り返ってみると、先生がおっしゃっていたことが分かり、いろいろなところで出てくるけれど、その当時はできなかったことが多かった。
<お気に入りのパートナー>
サドラーズウェルズでは、ほぼ全員と踊った。背が小さかったので、誰かが怪我をした時は代役は都、みたいなかんじだった。一番踊っていて楽しめたのはケヴィン・オヘア(ロイヤル・バレエの次期芸術監督)。彼はロイヤルバレエスクールでの同級生でもある。気遣いが素晴らしい人で、彼とは楽しみながら踊ることができた。いつも先頭に立って、仕事が上手にできる人。踊りというのは120%相手を信頼して踊れるのがベストであり、お互い理解し合える安心感を持てたのは運が良かった。
(続く)
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コメント
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講演会の模様をアップしてくださり、ありがとうございます!嬉しいです!続きが楽しみです。
投稿: おロシア人 | 2012/01/28 21:47
naomiさんの造詣深いバレエ情報をいつも楽しみにしています。
私が住むハワイでは、プロのバレエ公演がないので、レビューや今回の講演のリポートなど配信してくださるのがありがたいです。
今週は
http://www.youtube.com/watch?v=9gz9PG3Fu0g
と
http://www.videosurf.com/video/the-nutcracker-act2-4-royal-ballet-2008-83706042
を見比べて、改めて吉田さんの音楽性に感動していたところなので、インタビューの続きが待ち遠しいです。
投稿: いっこ | 2012/01/29 07:19
おロシア人さん、こんにちは。
個人的にも、1月3日のマールイでの「ライモンダ」の話はとても興味深く聞くことができました。私もこの公演は観に行って、前に「バレエの神髄」で都さんが踊ったライモンダとは違っていて、ロシア的なライモンダだな、と思ったら実際そういう裏話があったんですね。
まだ先が長いのですが頑張って書きますね~!
投稿: naomi | 2012/01/29 20:20
いっこさん、こんにちは。
ハワイにお住まいなのですね!いいですね~でもバレエ公演がないのはちょっと寂しいですが。
おっしゃったビデオを観ても、都さんの音楽性はすば抜けていますよね。頑張って続きをアップしますね。
投稿: naomi | 2012/01/29 21:36