11/18 ユニバーサル・バレエ「オネーギン」Universal Ballet "Onegin"
Onegin Jaeyong Ohm
Tatiana Hyemin Hwang
Gremin Donghyun Seo
Lensky Konstantin Novoselov
Olga Naeun Kim
Mother Sungah Lee
この日のキャストは、ユニバーサル・バレエの看板ペア。主演の二人、オム・ジェヨンとファン・ヘミンの写真は宣伝ビジュアルにも使われている。
ファン・ヘミンは9月の来日公演での「ジゼル」で主演し、彼女のあまりにも素晴らしい演技力や踊りにとても感動した。そのため、彼女ががタチヤーナを踊ると聞いて、とても楽しみにしていた。きっと彼女なら繊細できっちりと説得力のあるタチヤーナを演じることができるだろうと。そしてその期待は裏切られるどころか、今まで観たすべてのタチヤーナ役の中でも最も素晴らしい一人として演じられた。スージン・カン、マリア・アイシュヴァルト、アリーナ・コジョカルクラスのバレリーナと言ってもいいだろう。その中でも、東洋人らしいたおやかで細やかさ、控えめな感情の中に秘めた強い意志と情熱、それを裏打ちする強いテクニックは、彼女にしかできないものだと思った。クラスレッスンを見せていただく機会に恵まれたのだが、プロポーションの良い美しいバレリーナや男性ダンサーたちの中にあって、一段と小柄な彼女の動きが群を抜いて美しく、思わず目が吸い寄せられていた。
来年の1月、新年早々の1月7,8日にInternational Ballet Star Gala in Taipeiというガラが台北で行われるが、イメージビジュアルにはファン・ヘミンの「ジゼル」が使われている。ポリーナ・セミオノワ、イザベル・シアラヴォラ、マリア・コチェトコワ、アリシア・アマトリアンなど豪華な出演者(男性はイリ・イェリネク、ダニール・シムキン、ジェイソン・レイリー、イーゴリ・コルプなど)の中にあっても、きっと彼女とオム・ジェヨンのペアは際立つだろう。
ファン・ヘミンは小柄で実に華奢なバレリーナで1幕の夢見るおとなしく物静かな文学少女役が良く似合う。はにかみながら、憧れの男性オネーギンにおずおずと近づき、恋心がしだいに高まっていきながらもなかなか想いを伝えられない、恥ずかしそうな様子に思わず観る側のこちらの心も寄り添ってしまう。彼を見つめる視線、一緒に踊るときに手をつなぐときの嬉しそうな様子、歩き去っていく彼へと伸ばした腕、初めての恋に落ちていくイノセントな少女そのもので、小さな体でどこか幸薄そうな彼女がとてもいとおしく思えてしまう。
ファン・ヘミンとオム・ジェヨンは私生活上でもカップルということで、二人のパートナーシップは完璧そのものだった。鏡のシーンでサポートされているファン・ヘミンのポーズが一つ一つとても美しいし、身体がとてもしなやかで強靭なのだが、それはオム・ジェヨンのサポートの素晴らしさが加わってますますスリリングでドラマティックなものになっていったと思う。オム・ジェヨンは、どちらかといえば男臭いダンサーで、すごくハンサムというわけではないのだが、陰のある雰囲気、大きくてきれいな手、頼りがいのあるパートナーリング、オネーギンが鏡の中へ去っていくときの腕の動かし方などがとてもかっこよくて、これならば初心なタチヤーナが恋に落ちてしまうのも無理はないという魅力があった。
そんな夢見心地の一夜を過ごした直後なだけに、タチヤーナの名前の日でのオネーギンのタチヤーナへの態度はひどくつれないものであった。タチヤーナの手紙を押し返す態度もとても強引で、涙を流す彼女の姿は全身を静かに震わせていてとても切ない。彼女の背後から手紙をびりびりに引き裂いたとき、タチヤーナはショックのためしばし立ち尽くす。タチヤーナが静止したまま、はらりはらりと手紙が手から滑り落ちるさまは、彼女の心がズタズタに引き裂かれた瞬間であり、このシーンが4人のタチヤーナ役の中でも最も印象的だった。
レンスキー役は15日と同じコンスタンチン・ノヴォセロフ。ほかの日のレンスキー役のようにオネーギンやオルガに対する戸惑いや苛立ち、怒りをあらわにしないでじっと我慢を重ねた挙句、ついにキレて決闘を申し込むまでに至る心境の変化をよく演じていた。ヴィジュアル的にも、長めのウェーブした髪に大きな瞳の美青年で、レンスキー役にぴったり。月光のソロでも、ただ単に美しく情感や悔恨を込めて踊るだけでなく、様々な感情が葛藤しつつ、どうしてこんなことになってしまったのだろうと苦悶する様子がよく表れていて、大きく背中をそらす柔軟性やアラベスクの美しさ、正確なピルエットということなし。若干小柄ではあるが、脚のラインも美しいしテクニックもあるので、将来は海外の大きなバレエ団で活躍する可能性もありそう。
図らずも決闘で親友だったレンスキーを撃ち殺してしまったオネーギンに対して、凛とした表情で黙って見据えるタチヤーナ。ここのファン・ヘミンの演技も印象的だった。オネーギンを責めるわけではなく、仕方なかったのかもしれないけれども私は決してあなたを許さない、という決意が感じられた。
そしてある程度の年月が過ぎた3幕。(が、プーシキンの原作によれば実際のところオネーギンはまだ26歳で、髭と白髪にして年月の経過を表現させたのはクランコの意図だったと聞いた)グレーミンの妻になったタチヤーナは、華やかというよりは気品に満ちており、上流階級の洗練されたエレガントな女性という印象で、1、2幕の小娘とはまるで違った印象。グレーミンとの穏やかな生活に満ち足りた幸せを感じて、密やかに咲いている一輪の花のような様子だった。
だけどオネーギンからの手紙を受け取ると、彼女は激しく動揺し、その動揺を鎮めるように寝室へとやってきた夫グレーミンへの忠誠を確認するかのように堅く抱擁を交わす。彼が去った後駆け込んでくるオネーギン。貞淑な妻としての幸せと、若き日の恋心、そして苦い思い出に引き裂かれ、そして身を投げ出して熱く迫るオネーギンの最後の情熱に押し倒されそうになりながらも、懸命に耐え忍び、ぎりぎりのところまで自分の気持ちを封じこめようとするタチヤーナ。この二人のスリリングな感情のせめぎあいが見事だった。
特にファン・ヘミンの、か細く小さな身体を通して自分の感情を表現する並外れた演技力には思わず涙が止まらなくなった。クライマックスの、タチヤーナが後ろからオネーギンに抱きしめられて向かい合って抱き合い、その後にタチヤーナが片足ポワントで、もう一方の脚を高々とアラベスクするところがあるのだが、そこでかなり長いこと、ファン・ヘミンは静止したままでアクセントを加えており、彼女の素晴らしいテクニックを演技へと転化する見事さに身震いした。さらに横たわったところでオネーギンに引っ張り上げられてタチヤーナが大きく身を反らせて跳躍するところの美しくしなやかな軌跡。ここが美しくないバレリーナは、タチヤーナを踊るべきではないというのが私の持論なのだが、スージン・カン、アリーナ・コジョカルとともにファン・ヘミンはここが最高に美しかった。もう一人のタチヤーナ、少女時代の彼女がこの場には同居していた。ばらばらになりそうな心を拾い集めるようにして、少女時代の想いを葬り去るべく、タチヤーナは涙をこらえ、まだ心は揺らぎながらもしっかりとオネーギンの眼を見据えて、彼に出ていくように命令する。その時の彼女ですら、これで良かったのだろうかと身を引き裂かれるような想いで、ギリギリのところで導き出した結論。そして彼が走り去った後も、生涯の愛を失った悲しみで身を小刻みに震わせて流れる涙をそのままあふれさせる。演技自体は抑えに抑えながらも、細やかに情熱的に心の揺らぎを物語っていったその姿にすべての観客は激しく感情を揺さぶられたことだろう。ファン・ヘミンは、世界トップクラスのバレリーナである。
情熱的に、絶望的に愛を訴えるオム・ジェヨンとの見事なパートナーシップがあったからこそ、ファン・ヘミンの演技の本領が発揮されたともいえる。この二人の踊りをもっと観たい!という思いにかられた。彼らを観る機会が日本であれば、決して見逃すべきではないと強く感じた。
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