シュツットガルト・バレエ50周年記念ガラ(その3)Stuttgart Ballet 50th Anniversary Gala Part3
長々と続いたガラ、第3部の開始時間が夜の11時という長丁場だったけど、相対的に見れば一番充実していたパートであった。
DEAR JOHN
Ch: Eric Gauthier
Muzik: Francis Rainey
Klavier:Francis Rainey
Eric Gauthier (Gauthier Dance, Theaterhaus Stuttgart), Egon Madsen
「オネーギン」のレンスキー役、「椿姫」のアルマン役などの初演者である名ダンサー、エゴン・マドセンと、元シュツットガルト・バレエのソリスト(2005年の来日公演ではマキューシオ役などを踊っていた)で現在は自らのカンパニーを率いて振付家として活躍するエリック・ゴーティエが共演した心温まる小品。エリック・ゴーティエの振付作品としては、ジェイソン・レイリーが踊る一発ギャグのような怪作「101」が知られているけど、それとはまた全然違っていた。タイトルのジョンとは、もちろんジョン・クランコのことである。舞台上に置かれたピアノの生演奏に合わせ、老人と若者、師匠と弟子のやり取りがちょっとユーモアを交えて描かれている。そうじゃないよ、こう踊るんだよって踊ってみせるエゴン・マドセン、70歳近いというのにステップは鮮やかだった。ピアノが横移動して、ピアニストの前をピアノが通り過ぎてしまってもピアノの音がしていたり、くすりと笑える場面をはさみつつも、異なる世代にダンスが受け継がれていく様子がしみじみと伝わっていて、このガラのようなお祭りに相応しい作品となっていた。
URLICHT
Ch: William Forsythe
Muzik Gustav Mahler"Resurrection"
Gesang: Christiane Iven
Laura O'Malley, Filip Barankiewicz
シュツットガルト・バレエが生み出した3大振付家の一人、ウィリアム・フォーサイスの作品はこのガラでは取り上げないわけにはいかないだろう。ということで、このUrlichtは、フォーサイスの初振付、1976年初演の作品で、この作品でフォーサイスは評価されて振付家として名を上げたとのこと。ところが、やはり私にとってフォーサイスと言えば「インザ・ミドル・サムホワット・エレヴェイテッド」や「ヘルメン・シュメルマン」「精密の不安定なスリル」といったエッジの立った作品の印象が強いので、この作品のように美しいコンテンポラリーというのは、やや拍子抜け。この作品が、1976年には斬新なものと思われていたのね、ふーんという感じである。マーラーの交響曲2番「復活」の第4楽章「原光」が、アルトの独唱で歌われ、音楽的には非常に美しいのだけど、フィリップ・バランキエヴィッチの個性には似合っているとは言いがたい作品だった。(この作品を同じローラ・オマリーとジェイソン・レイリーが踊った動画がYTにあるけど、こちらの二人の方がエモーショナルに踊っていて素敵)バランキエヴィッチだったら、「じゃじゃ馬ならし」などを踊ってくれた方が観客としては嬉しかったけど、50周年ガラということで、いろいろとお約束があったということなのだろう。
TWO PIECES FOR HET 「HETのための2つの小品」
(Stuttgarter Erstaufführung) シュツットガルト・バレエ初演
Ch: Hans van Manen
Muzik: Errki-Sven Tuur"Illusion", Arvo Part "Psalom"
Alicia Amatriain, Marijn Rademaker
97年にオランダ国立バレエで初演された、ハンス・ファン=マーネン振付の作品。ガラで踊る演目が何であるのかは伏せられていたわけだけど、マライン・ラドマーカーが踊る作品がカンパニー初演作品で、衣装が凄いらしい、というのは聞いていた。そして実際、彼の衣装は官能的で鮮烈だった。黒のシースルーのユニタードに黒のTバック。アリシア・アマトリアンの衣装は、黒の透ける素材にグリーンを重ねたふわりとしたワンピース。マラインの踊りは力強く、すばやく正確で音楽に寄り添うような回転が繰り広げられ、彼の着実な進化が感じられた。対してアリシアは強靭さの中にもしなやかさ、ふわりとした柔らかさを感じさせて、二人は見事なコントラストをなしていた。(ところで、この作品と、11日のクランコ、ファン=マーネン、ベジャールプロで上演された「Frank Bridge Variations」は、オランダ国立バレエが踊っている映像がDVD化されている)
Pas de deux MÈDITATION aus THAIS 「タイスの瞑想曲」
Ch: Sir Frederick Ashton
Muzik: Jules Massenet "Meditation aus der Oper Thais"
Sarah Lamb, Federico Bonelli
(The Royal Ballet, London)
今回のガラのゲストダンサーで、唯一そのカンパニーらしい作品選択と感動的なパフォーマンスを見せてくれたペア。アシュトンの振付作品でシュツットガルト・バレエのレパートリー入りをしているのって「ラ・フィユ・マル・ガルデ」くらいしか思い浮かばないのだが、ロイヤル・バレエならアシュトン、という作品選びは大正解だった。「タイスの瞑想曲」のヴァイオリンソロも天上の響きを聴かせてくれたし、何よりサラ・ラムとボネッリは踊りの中に感情をこめて観客を作品の世界の中に引きずり込む力を持っている。ボネッリの絹のようにスムーズなサポートは実に見事なものだったし、サラ・ラムは儚げで神秘的で夢のように美しい。彼らの実力を思い知った一品。
Pas de deux aus CARMEN 「カルメン」
Ch: Márcia Haydée
Muzik: Georges Bizet "Sinfonie in C-Dur"
Natalia Berrios, Luis Ortgoza
(Ballet de Santiago de Chile)
マリシア・ハイデが芸術監督を務めるチリのサンチアゴ・バレエのペアは、彼女が振付けた「カルメン」を踊った。曲はビゼーでもオペラの「カルメン」ではなく、「シンフォニー・インC」から取ったもの。ホセ役のルイス・オルトゴ-サはテクニックもあるし、必死に何かを訴えようとする熱情は伝わってくるのだけど、カルメン役のバレリーナが老けて見えたのがマイナス。作品としての出来は良いとは言い難く、やたら長くて早く終わらないかしら、と思ってしまったし、終わり方はローラン・プティの「カルメン」のパクリのようでなんとも。
DER STERBENDE SCHWAN 「瀕死の白鳥」
Ch: Mauro de Candia
Muzik:Camille Saint-Saens, "Der Schwan aus Karneval der Tiere"
Vladimir Malakhov
(Staatsballett Berlin)
マウロ・デ・キャンディア振付の「瀕死の白鳥」は、昨年の「マラーホフの贈り物」でもマラーホフが踊った作品。その時は、うーんマラーホフならいっそのことフォーキンの「瀕死の白鳥」を踊った方が美しいだろうし、手で白鳥の頭を作るポーズが少々コミカルな感じで、ちぐはぐな印象を受けた。ところで、このガラのパンフレットでは、初演が2010年9月28日、ベルリン国立バレエと書いてあって、これは間違いだと思うのだけど(「マラーホフの贈り物」が初演のはず)、あれから作品に手を入れたのかもしれないと感じた。確かに、手で白鳥の頭を作るポーズにはまだなじめないけれども、時折はっとするほどの、まるで天国と交信しているかのような、夢のような瞬間が訪れるのだ。マラーホフというダンサーの比類なき芸術性、歳月を経てもなお白く輝く美しい柔軟な肉体と、そして彼の精神性の高さが伝わってきて、言葉を失うほど目が吸い寄せられ惹きつけられた。今までこのガラで踊っていたダンサーとは明らかに格が違う。バレエの神様に愛された、本物のスターとは彼のことを言うのだと思った。
Pas de deux aus ONEGIN 「オネーギン」
Ch: John Cranko
Muzik: Peter I. Tschaikowsky, eingerichtet und instrumentiert von Kurt-Heinz Stolze
Sue Jin Kang, Jason Reilly
シュツットガルト・バレエの50周年を締めくくる作品は、この「オネーギン」以外には考えられない。クランコの作品がこれしか上演されないというプログラム構成に少々疑問は感じてしまったが、やはりクランコでこの1作、といえばこれしかないだろう。タチヤーナを演じるのは、カンパニー最高のバレリーナであるスージン・カン。最後のクライマックス、手紙のパ・ド・ドゥ。ユルゲン・ローゼの美しく繊細な舞台装置は全幕さながら。
オネーギンの書いた手紙を手に、心乱れるタチヤーナ。そこへ流離の年月のうちにすっかり老いてしまったオネーギンが駆け込んでくる。ジェイソン・レイリーの演じるオネーギンは、私の好みからすると少々老け込み過ぎではある。だが、タチヤーナを狂おしいまでに思う真摯な気持ちと悔恨、人生最後の恋と確信し、すべてのプライドを捨て切って身を投げ出したオネーギンの寄る辺ない姿は、観る者すべての心を揺さぶったに違いない。彼の一途な想いに心乱され、揺らぎ、苦悶しながらも、タチヤーナは彼を決して愛してはいけない、グレーミンの妻としての貞節を守らなければならない、と一線を越えないように必死にこらえ耐え抜く。耐えに耐え抜いた末に感情の奔流にとうとう押し流されそうになったその時、タチヤーナはオネーギンに背中を向け、手紙を手にとってびりびりに破く。足元にまとわりつくオネーギンに対し、涙を流しながら永遠に自分の前から立ち去ることを命じる。走り去るオネーギンの姿をふらふらと目で追ったタチヤーナは、きりっと正面を見据え、少女時代からの人生でたった一つの恋を葬り去った苦しみに、ついに堰を切ったように嗚咽する。ひとつのパ・ド・ドゥを切り取ってガラの中で上演したというのに、まるで全幕で「オネーギン」を観たときのような、心の奥底から大きくひっくり返されたような、強く心を貫くような万感の思いがこみ上げてきて、じわ~っと涙があふれてきた。オネーギンとタチヤーナの人生の旅を、私たちも一緒に体験してきたかのように感じられた。ジェイソンももちろん素晴らしいのだが、スージンの、貴婦人然とした中にも東洋の女性らしい奥ゆかしく、凛としながらも繊細な感情を秘めた表現は、究極のタチヤーナの姿としてこれからもずっと記憶に刻まれるだろう。その前に、彼女がまたタチヤーナを演じるときには、万難を超えて、海を越えて駆けつけなければならないと確信した。
スージンとジェイソンのカーテンコールが終わり、幕が再び開くと、舞台上には出演者全員が集結した。さらに、マリシア・ハイデ、リチャード・クラガン、ビルギット・カイルなどの過去の名ダンサーが舞台に上がり、続いてノイマイヤー、キリアン、ファン=マーネン、ビゴンゼッティらが舞台に。さらに、1日目は、過去にシュツットガルト・バレエで踊ったことがある元ダンサーたちも舞台に呼ばれ、一大同窓会が舞台上で繰り広げられたのであった。1日目は、舞台が降りたときにはもう12時半だったが、いつまでも祝宴は続くかのようであった。このような歴史的なガラを目撃することができたのは、なんという幸せだろう。
演目については言いたいことは山ほどあるし、シュツットガルト・バレエのダンサーを目立たせるために、ゲストカンパニーにあえてつまらない作品を踊らせたのではないかと思ってしまったのも事実だ。が、敢えて古典のパ・ド・ドゥをひとつも入れず、さらに観客ウケの良いであろうクランコの他の代表作(「じゃじゃ馬ならし」「ロミオとジュリエット」など)も上演しないで、シュツットガルト・バレエで生まれたもう一つの名作である「椿姫」も外して、そうまででしてバレエ団ゆかりの振付家による作品を中心に上演したというコンセプトはしっかりしたガラであったと思う。シュツットガルト・バレエの50年間の歴史を、私たちは5時間半で体験したのだと思うと、その刻み込まれた歴史の深さに慄き思わず背筋を伸ばしたくなる。
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naomiさん、こんにちは
瀕死の白鳥ですが、確かに、2010年9月28日はマラーホフはベルリンのオープニングガラで瀕死の白鳥を踊ってはいたのですが、明らかに、その前に東京で踊っていましたよね。マラーホフの事務サイドが報告を間違えたのかしらと思います。
あの101は、ゴーティエが振付だったのですね!今回のベルリンの東京のガラでは、ゴーティエの「カルメン」が踊られていて、こちらも喜劇作品でした。まあ、若干滑っていましたけど。マラーホフがゴーティエに依頼して、その9月28日のオープニングガラのために用意した作品で、私はそこで初めてゴーティエという名前を聞きました。でも、これで、ゴーティエと言う人は、そういうテイストが好きだし、得意な振付家なのだとよく分かりました。
本当に豪華なガラですね。
投稿: | 2011/02/25 12:43
naomiさん、こんにちは。
ウラジーミルを賞賛していただいて嬉しいです。私も彼の内から光り輝く他の何者にもないオーラを感じることが出来て本当に感動しました。やはり彼は違う!と思いました。
私自身はここに到るまでにすでに疲労困憊で、特に一本前の「カルメン」が長くてつまらなさすぎでへとへとでした、「マラーホフの贈り物」で観た時は、「何で、ウラジーミルがこんな間抜けな振りで踊らなくちゃいけないのよ?!」と思ってしまった作品でしたので、とにかく「オネーギン」、「オネーギン」早くオネーギンを見せてちょうだい、とひたすら思ってました。ほとんどの観客の疲労は頂点に達してたと思います。だから、そんな中現れたウラジーミルが一瞬にして劇場の空気を変え、観客の心を違う方向に持っていってることがありありとわかりました。振りは変わらず間抜け(笑)でしたが、彼の放つオーラは作品を超えたところにありました。
演目については私も思う事はたくさんあります。特にゲスト組。
でも、この記念の時に劇場にいることが出来てほんとによかった。
マリマ・オサチャンコ、ジェイソン、そしてマライン!。ウラジーミルを別格として今回の私の特別賞はこの3人に
投稿: ゆいーちか | 2011/02/25 12:56
名無しの方、こんばんは。
そう、日本にいて去年の「マラーホフの贈り物」を見た人なら、あれが初演だ、と気がつきますよね。何かのミスでしょうね。
私はベルリン国立バレエのマラーホフガラは観に行けなかったのですが、ゴーティエの作品を上演したんですね。舞台に立った彼はまだ若々しい感じでした。ジェイソンの踊った「101」は一度生で観たこともあるんですが、すっごく面白い作品ですよね。これからもシュツットガルトのためにも振付をするのかな?
投稿: naomi | 2011/02/26 01:30
ゆいーちかさん、こんばんは。
マラーホフ、本当に素晴らしかったです。私も「瀕死の白鳥」は微妙な作品だと思っていましたが、やはりマラーホフというアーティストの持つ力と美しさの前には、すべてをひれ伏せさせてしまうものがありました。本当にそこに至るまでが長かったですよね・・・私も疲労が頂点に達していましたが、その疲れが一気に吹き飛び、その次のオネーギンまで気力が持続できました。天才とはやはりこういうものだと思いました!
私のこのガラを観にいけて本当に良かったと思います!そう、そしてアンナ・オサチェンコも、ジェイソンも、もちろんマラインも素晴らしかった
投稿: naomi | 2011/02/26 01:45
申し訳ありません。名無しは私でした。最近コメントをあまりいれなかったせいなのか、名前を打たないと名前が入りません。すみません。
ゴーティエがシュツットガルトに今後も振付けるかどうかは、私なんかよりnaomiさんの方が
わかると思います。私はたまたま、ベルリンチェックをしていて、プラスこちらで「101」を
教えていただいて、ゴーティエと言う人をちょっと知った程度ですので。それにしても、写真のゴーティエは
素敵なので、直接みてみたいと思いました。
瀕死の白鳥は、私は当初から大好きでしたが、賛否両論があるとは、マラーホフも言っていたし、
私もそうだと思います。シュツットガルトでは賞賛されたみたいで、良かったです。
投稿: ショコラ | 2011/02/26 20:40
ショコラさん、こんばんは。
マラーホフのことを書かれていたので、ショコラさんかな、と思ったのです。私も実は、ブラウザが名前を覚えてくれなくて一回一回名前を入力しているのでした。
エリック・ゴーティエ、まだ若そうですし、小柄ですが愛嬌がある感じでしたね。彼が踊る機会もまた見られるといいなって思いました。
マラーホフの瀕死の白鳥、観客の喝采はそれはそれは大きなものでしたよ。やはり彼はシュツットガルトの人々にとっても大スターだし、芸術性の高さが評価されたのだと思いました。
投稿: naomi | 2011/02/26 23:16