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« 11/27 新国立劇場バレエ団「シンデレラ」New National Theatre Ballet "Frederick Ashton's Cinderella" | トップページ | 2011年夏のマリインスキー・バレエロンドン公演 Mariinsky Ballet at the ROH, Summer 2011 »

2010/12/03

10/2、3夜 シュツットガルト・バレエ「ロミオとジュリエット」Stuttgarter Ballett "Romeo und Julia”

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Stuttgarter Ballett
Romeo und Julia
Ballet in drei Akten nach William Shakespeare
Choreograpie :John Cranko
Musik: Sergej Prokofiev
Buhnenbild und Kostume : Jurgen Rose
Premiere : 1962年12月2日 シュツットガルト・バレエ

DAS HAUS CAPULET
Grafin Capulet :Melinda Witham
Julia :Sue Jin Kang
Tybalt :Nikolay Godunov
Graf Paris :Evan McKie

DAS HAUS MONTAGUE
Romeo :Marijn Rademaker
Mercutio: Alexander Zaitsev
Benvolio: Roland Havlica

Pater Lorenzo: Tomas Danhel
Zigeunerinnen :Katarzyna Kozielska, Myriam Simon Oihane Herrero
Faschingstanz: Brent Parolin

ABTの99年の来日公演に始まり、METでのアレッサンドラ・フェリのフェアウェル公演、ロイヤル・バレエの来日公演や、ケネス・マクミランの伝記を読んだことなどで、私の中で「ロミオとジュリエット」はマクミラン版の印象が強かったし、大好きな版でもある。クランコ版とマクミラン版は「似ている」と言われることが多い作品で、実際マクミラン版を観たクランコが、自分の版とそっくりだと腹を立てたという逸話があるくらいだ。だが、久しぶりに改めて全幕で観てみると、クランコ版とマクミラン版の違いというのは明確だ。

まず美術をとってみると、マクミラン版はニコラス・ジョージディアスによる重厚で華麗な世界が展開するのに対し、クランコ版ではユルゲン・ローゼが原色を多用し、素朴さの中にカラフルで祝祭感を盛り上げる色使いを行っている。彼が舞台装置で多用する回廊も、遠景の役割を果たしたり、恋人たちを隔てるバルコニーとなったり、巧みに活用されていて、舞台に立体感をもたらしている。特に回廊の上のジュリエットの葬列から、彼女の棺が地下の墓所へと下ろされていくドラマティックな効果には息を呑んだ。キャピュレット家の人々が威圧感のある黒を着用していたり、バルコニーシーンでのロミオのマントが真紅、さらにジュリエットのベッドにかかる天幕が海の底のような深い青だったりと色使いも実に印象的だ。

演出で言えば、マクミラン版はロミオとジュリエットの恋愛よりも、息が詰まりそうな封建的な社会に戦いを挑み敗れるジュリエットの姿を中心に据え、若く純粋な恋人たちが無残に死ななければならない社会の閉塞感を描くことを主眼にしている。そのため、一幕の最初から死と暴力が強く感じられる作品となっているのだ。

クランコ版とマクミラン版は作品全体の流れは似ているものの、まるでカーニヴァルのような街の喧騒、ジプシーのような3人の娼婦、キャピュレット家とモンタギュー家の争いのシーンでは野菜やフルーツが飛び交ったりするなど、クランコ版には独特の活気がある。脇役一人にいたるまで血気盛んで生き生きとしており、"生"が強調されることにより、2幕のティボルトとマキューシオの決闘から始まる死の連鎖がより際立っていく。"生”と"死"があざなえる縄のごとく絡み合いながらも、くっきりと鮮やかにコントラストを作ってドラマを盛り立てている。

ジュリエットを演じるのはスージン・カン。タチヤーナ役を演じるのは観たことがあるけれど、大人の雰囲気が強い彼女がどんな風にジュリエットを演じるのか、とても興味があった。華奢で小柄なスージンは、登場シーンでは無邪気で幼い少女そのままでお転婆さも見せて可愛らしかった。そして何よりも、その柳のようにしなやかな肢体が雄弁に語る演技には心を揺さぶられた。ジュリエットの初恋のときめきや高まる胸の鼓動、燃え上がる情熱、引き裂かれる悲しみ、そして愛の昇華としての死まで一瞬で駆け抜けていく少女の姿を生き生きと、ジュリエットそのものとして存在し生きていた。東洋系らしい奥ゆかしさで、表情ではなく身体が音楽そしてパートナーに反応してヴィヴィッドにストーリーをつむいで行くスージンは、バレエ界の至宝であることを再確認した。

お互いを最高のパートナーと語っているスージン・カンとマライン・ラドメーカーのパートナーシップは、物語の世界の中にすっかり没入させられるほど見事で、特にバルコニーのシーンでの二人の息のぴったりと合っていることといったら。台詞、囁きが音楽となって聞こえてくるようだ。ロミオとのキスの目眩く陶酔感に思わずクラっと後ろへと倒れていくジュリエットを、猛ダッシュして地上ぎりぎりのところで抱きとめるロミオ、その絶妙なタイミング。ロミオの肩の上、そして逆さにリフトされた時のスージンの空中姿勢の美しさ、それを支えるマラインの完璧なサポートぶり。クランコ版独特の、バルコニーの上のジュリエットをロミオが抱き抱えて一段ずつ下ろしていくところで、二人の間に交わされる視線が暖かく、始まったばかりの恋のときめきに胸の鼓動が高鳴って共鳴していくのが伝わってくる。

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マラインのロミオは、痛々しいほどまっすぐで、真っ白で熱情的で、周囲が見えなくなってしまっているほど一途で向こう見ずな若者。どこか不器用で、脇目も振らずに猛スピードで疾走する姿が痛ましくも美しい。1幕でマキューシオとベンヴォーリオの通称”3馬鹿トリオ"が一緒に踊る場面では、人一倍ピチピチと弾けていて無邪気で。そんなロミオが、親友マキューシオの仇討ちとはいえ、ティボルトの血で手を汚してしまってイノセンスを喪失してしまうとはなんという悲劇だろう。「ロミオとジュリエット」というバレエ作品の中で、ジュリエットは短い間に大人へと変貌していくけれども、ロミオはあまりにも生き急いでいて、成長する間もなく死を迎えてしまうのだから。ラストシーン、死んでいくジュリエットの腕に抱きかかえられ息絶えているロミオの死に顔があまりにも少年そのものなのだ。

マラインの踊りは、緩急のメリハリがくっきりついていて、風を切るようなスピード感にあふれている。溜めがあって、アクセントが効いていて、でも音楽にぴったりと寄り添っていて、表現の一つ一つがとても雄弁だ。腕がとても長くて上半身の動きがダイナミックさと優美さを併せ持っている。その美点が最大限に生かされているのがバルコニーシーンでの鋭いトゥールザンレールや上半身を大きく前に倒す動作を入れてのマネージュで、彼の身体能力の高さが発揮されていて、若さがほとばしるようだ。

クランコ版の「ロミオとジュリエット」は、あまたの「ロミオとジュリエット」の演出の中でも、あっという間に燃え上がり燃え尽きた恋人たちの、ほんの一瞬だったけどそれが永遠であるかのようにいつまでも輝き続けるきらめきを刻み付けるような作品だ。バレエという芸術が形のない美しさの芸術であり、その瞬間は記憶の中にしか残らないものであることと、「ロミオとジュリエット」が瞬間の恋愛、その一瞬一瞬に全てを賭けた運命の恋人たちStar-crossed Loversの姿を描いていること、その2つの儚さと輝きを見事にひとつの作品としてクランコは昇華させている。

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ロミオとして素晴らしいダンサーは他にもいると思うし(フリーデマン・フォーゲルやロベルト・ボッレ、アンヘル・コレーラなど)、ジュリエット役ではアレッサンドラ・フェリというジュリエットそのもののバレリーナがいたしアリーナ・コジョカルも素晴らしい。フェリとフリオ・ボッカの「ロミオとジュリエット」は今でも私の中ではナンバーワンだ。だけど、ファンとしての贔屓目もあるけれども、今現在踊っているペアの中で、スージンとマラインのペアほど、この「ロミオとジュリエット」の世界観を体現してくれるパートナーシップはないのかもしれない、そう思わせてくれるものが、この舞台の中にはあった。主役の二人がダンスを通して物語を紡ぎ上げていく姿がこの上なく美しい記憶として残された、稀有な舞台であった。しかも、2晩続けてその奇跡が起きたのだ。

忘れてはならないのがマキューシオ役のアレクサンドル・ザイツェフ。私はサーシャのマキューシオが、今まで観たマキューシオの中でも一番好きだ。切れ味のある軽やかな踊り、鮮やかなテクニックが素晴らしい。それだけでなく、愛嬌があって、ひょうきんで、誰もが愛さずにはいられない人気者。だからこそ、彼のマキューシオは切なく人間の生のはかなさ、哀しさを感じさせてくれる。クランコ版の「ロミオとジュリエット」では、マクミラン版のようにティボルトに刺された後にマキューシオは大立ち回りを演じない。ロミオとベンヴォーリオに両側から肩を組まれて支えられ、二人に微笑を見せながら死んでいく。何気ない演技の中にも彼の無念さが伝わってくるようで、胸が痛んだ。こんなふうにマキューシオに死なれてしまったら、いかにロミオが純真無垢だったとしても、激しい怒りにかられて剣を取ってしまうだろう。

パリス役はエヴァン・マッキー。この日はプリンシパルが4人も出演するゴージャスな舞台だったのだ。エヴァンのパリスはとても気品があって、もったいないというか無駄といってもいいほど美しい足先、長くて綺麗なアラベスクを見せてくれた。パリスってこんなに踊りの見せ場あるんだっけ?こんなに演技するんだっけ?って思ったほど。しかし、ここでのパリスは単なる貴公子ではなく、かなり気取っていて嫌な奴として演じられていたのが興味深い。ジュリエットに拒絶するとあからさまに気分を害しているのが見えた。クランコ版「ロミオとジュリエット」でもパリスが踊るところはほとんどなくてサポート中心なのだが、ラストのジュリエットの墓所では、無抵抗にロミオに殺されるのではなく、ロミオが向かってくるのに早く気がついて、パリスの方が先にナイフを取り出して、二人が格闘した末にパリスが死ぬことになっている。ロミオがパリスを殺してしまうことの正当な理由付けがされているわけだ。

とても印象に残ったのがキャピュレット夫人を演じたメリンダ・ウィザムの演技。メリンダ・ウィザムは1970年代に「じゃじゃ馬ならし」でシュツットガルト・バレエが来日した時にも来日メンバーに入っていたという大ベテランなのだが、ティボルトがロミオによって倒された後の嘆きの演技が強烈だった。この時のキャピュレット夫人の演技って、大げさに転げまわったり泣き叫んでいるだけってことが多いのだけど、彼女の場合、愛する人の死によって魂が抜けてしまい、髪を解き服をはだけ、呆然と立ちすくんで、それからロミオに彼を返してと強く要求する。貴婦人としての威厳がありながらも、狂気にも似た強い情念と慟哭が伝わってきた。彼女はじめ、キャラクテールの演技が素晴らしいことが、この舞台全体のクオリティを高めていた。

クランコ版独特の祝祭感、生き生きとした生命の躍動感が伝わってくるアンサンブルの踊りそして演技も本当に見応えたっぷりで、この作品が生まれた劇場で「ロミオとジュリエット」を観る幸せを堪能した。

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バレエ公演感想」カテゴリの記事

コメント

こんにちわ

日本公演でみたクランコのR&J、ものすごく素敵だったのを覚えています。
寝室の青、そして黒の使い方、印象的でした。マクミラン版より私は舞台センスが好き。
日本公演ではスージン・カンを見逃したので、いつかみたいです。

DVDですが、ウラノワ主演のR&Jも映画のようで素敵です。
ごらんになったことありますか?

初めてコメントさせていただきます。
いつも、楽しく拝見しています。
「ロミオとジュリエット」素晴らしかったみたいですね。
私は大阪に住んでいるので、日本公演ではスージンを見ることはできませんでした。
残念ですが、これで楽しみがまた増えました。
これからも、楽しみにしています。

buminekoさん、こんばんは。
クランコ版のロミジュリの舞台美術、美しいですよね。青と黒の使い方、本当に印象的でした。私も日本公演ではフォーゲル&アマトリアンしか観ていなくて、シュツットガルトで初めてスージンのジュリエットを観られたのでした。
ウラノワのは、評判は聞いていたのですが、見ていないんです。そもそもマクミラン版のロミジュリが生まれたのは、ウラノワがボリショイのロンドン公演で大センセーションを巻き起こし、ロイヤルでもロミオとジュリエットを上演できないかということで、最初はラヴロフスキー版の上演権をとろうとしたけれどもそれができなかったために、新たに作ったということだそうですよね。ぜひ観てみなくては、と思います。

ショコラさん、こんばんは。

このブログにはもう一人ショコラさんという方がコメントしてくださっているんですが、また別のショコラさんですよね?よろしくお願いいたします♪
私もロミジュリが来日した2006年だったかな?はフォーゲル&アマトリアンの回しか観なくて、関西に移動して兵庫芸術文化センターの杮落とし公演の「春の祭典」を観に行ってしまったのでした。
スージンはタチヤーナも、「じゃじゃ馬ならし」のキャタリーナ役も素晴らしいので、また日本で観る機会がありますように、祈っています。

こんばんは。

クランコ版の「ロメオとジュリエット」、どの一瞬を切り取ってもまるで絵画のようですよね。今一番の二人でご覧になれて羨ましい限りです。スージンは彼女の年齢を考えたらいつ引退をしようとしても(実際はまだまだ踊れるとは思いますが。。。)不思議じゃないので、ホント無理をしても観に行きたいですが・・・
その彼女がタチアナを踊るはずだっ来年3月ソウルでの「オネーギン」がバレエ団のスケジュールから消えてるbearing?!ソウルならすぐそこだからairplane行けるnoteと思っていたのに・・・
クランコの、「オネーギン」タチアナ、「じゃじゃ馬ならし」キャタリーナそして「ロメオ&ジュリエット」の」ジュリエット、私の愛するこの3大クランコのすべての主役を踊り続けてきた、それも誰よりも素晴らしく、その彼女が同じアジア人である事を本当に嬉しく思います。

ゆいーちかさん、こんばんは。

そう、クランコ版の「ロメオとジュリエット」の美術は本当に素敵で、ルネッサンスの絵画のようですね。翌日マチネにフリーデマンとアリシアも観てこちらも良かったんですけど、やっぱりスージンの素晴らしさは飛びぬけているのでこちらの方が感動しました。技術的にもまだまだ踊れるとは思いますが、確かに年齢だけを考えたらいつ引退してもおかしくないので、スージンは観られるうちに観なくっちゃ、って切に思います!

韓国公演の方は私も気になっていました。北朝鮮情勢が不安定ですものね。ソウルならすぐに行けるし、友達もいるし美味しいものも食べられると思っていたのに。どうか当初の予定通りありますように。次の来日公演は2012年だから、その時までスージンが踊っている保障はないですものね。

私も幸運にもタチヤーナ、キャタリーナ、ジュリエットでスージンを観ることができましたし、大好きになりました。本当にそれぞれの作品でスージンは本当に素晴らしくて、アジア人で彼女のような凄い表現力を持ったダンサーが出現したことは私も嬉しく思います。

こんにちは。
私も、アレクサンドル・ザイツェフのマキューシオが大好きです。テクニックが素晴らしいのはもちろんだけど、彼ほどチャーミングにこの役を演じてくれるダンサーはいないのではと思います。
バレエ団の来日公演が待ち遠しいです。

yunyuさん、こんばんは。

サーシャのマキューシオ、本当に素晴らしいですよね!おっしゃるとおり、テクニックももちろんあるんだけどチャーミングで愛嬌があって演技も上手くてとても素敵なダンサーです。来日公演では何を踊るのかな?(「じゃじゃ馬~」ではグレーミオだったので白塗りで顔が分かりにくかったけど、レパートリーにはペトルッチオもあるんですね!)

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