オーストラリア・バレエ団「白鳥の湖」DVD Australian Ballet Swan Lake by Graeme Murphy
出演
オデット:マドレーヌ・イーストー
王子:ロバート・カラン
ロットバルト男爵夫人:ダニエル・ロウ
オーストラリア・バレエ団
振付: グレアム・マーフィー
構成: グレアム・マーフィー、ジャネット・ヴァーノン
クリスティアン・フレドリクソン
音楽: ピョートル・チャイコフスキー
演奏: ニコレット・フレイヨン指揮、
オーストラリア・オペラ・バレエ管弦楽団
衣装・装置: クリスティアン・フレドリクソン
照明: ダミアン・クーパー
制作: オーストラリア放送協会
収録:2008年4月 シドニー・オペラ・ハウス
ヒロインであるオデットを、英国王室の故ダイアナ元妃と重ね合わせた現代版「白鳥の湖」をDVD化。新婦、王子、王子の愛人の3人による愛憎関係が、華やかなロイヤルウエディングの陰でドラマティックに展開される-(キネマ旬報社データベースより)
2007年7月のオーストラリア・バレエの来日公演で観た、グレアム・マーフィ版の「白鳥の湖」は衝撃的とも言える面白さと斬新さを持った作品だった。当時の感想はこちら
それから3年経ってのDVD発売。10月のオーストラリア・バレエ来日公演でも、再びこの「白鳥の湖」が上演されるということで、予習と復習を兼ねた感じで映像を観てみた。
(今度の来日公演が、この作品の初見になる方は、舞台を観てからこのDVDを観たほうがいいと思う。物語の意外な展開に驚いて欲しいから)
久しぶりに観たこの作品、一度舞台で経験はしているけれども改めて見直してもウィットと起伏に富んだ面白い作品だ。とてもひねりが効いていて、諧謔的なところもあるけれど、悪趣味になる一歩手前でとどまっていて程よい気品を保ち、見事にまとまっていて見ごたえたっぷりだ。
古典の「白鳥の湖」では通常第一幕が一番面白くないのだか、ここではなんといっても第一幕が一番ドラマティックで華やかで見せ場が満載である。プロローグも入れると50分近い長さで、1幕が終わるころにはもう胸もドキドキしっぱなし。
プロローグはサスペンスタッチで始まる。結婚式前日のオデットの不安。それを見透かしたかのようにカーテンに不吉に浮かび上がるロットバルト男爵夫人のシルエット、そして王子と男爵夫人との官能的なパ・ド・ドゥで幕は開く。
1幕は幸せなロイヤルウェディングのはずだったのに、花婿の王子が招待客たちの前であからさまにロットバルト男爵夫人といちゃついているなんて。男爵夫人の心境を表した妖艶なチャルダッシュの踊りとともに二人の関係に気がついたオデットが二人を引き離そうとし、二人の女の間で王子は揺れるという心理面の描写があらわれ、そして三つ巴になったダンス。やがて精神のバランスを崩したオデットはジゼルさながらに狂乱し、結婚パーティに参加した男たちの腕から腕へと、まるでマノンのように身を任せようとする。3幕のグランフェッテの曲でフェッテを繰り返しながら彼女の混乱は激しくなり、やがて舞台奥の湖へ身を投げようとまでするのだ。王子にキックまで浴びせて暴れまわった姫というのも前代未聞なのではないだろうか?
主人公3人のドラマティックで濃厚な情念が渦巻くパ・ド・トロワに加えて、結婚式に参加した招待客の男性たちによるダイナミックなダンスも見所のひとつである。
2幕はサナトリウムにいるオデットの姿から始まる。体を歪め暴れては看護婦に取り押さえられ、訪ねてきた王子を見て拒絶するオデット。彼女の心を癒すのは夢の中の世界、凍てついた湖にいる白鳥たちだけだった。そうして始まる湖畔のシーンは、傾斜した盆のような凍った湖を横たわる白鳥たちが取り囲むという、はっとさせられるほど清らかで美しいもの。終盤のソロでオデットが生きる力を取り戻したところへ、ようやく王子が登場して優しく抱きしめてくれる。だけどそれは夢の中の世界だった。
3幕はロットバルト男爵夫人主催の淫靡な秘密パーティに、純白のドレスに身を包んだオデットがやってくるという逆転の発想がとてもユニーク。純粋な美しさで圧倒したオデットは王子の心を取り戻し、逆に捨てられそうになった男爵夫人がルースカヤで持てる情念と怨念のすべてを込めた踊りを見せるところが、この作品の大きなクライマックスのひとつである。そして4幕では、美しく悲劇的な幕切れ。
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2幕のほとんどが王子なしで展開しまうためにパ・ド・ドゥが少なく、「やはり2幕はオリジナルのイワーノフ振付の『白鳥の湖』2幕が最強だった」って思ってしまったことを除けば、オリジナリティにあふれていて現代的なこの「白鳥」は、新しい古典となる可能性を秘めた強力な作品である。振付も、クラシックだけでなくコンテンポラリーダンス的な要素も入っていて面白い。
「小さな村の小さなダンサー」にも主要な役で出演したマドレーヌ・イーストーは身体能力に優れ、1幕の狂乱のシーンでのアクロバティックな動きや複雑なリフトも軽々とこなしている。演技力も高く、無垢だったオデットがふと持った小さな疑念がやがて膨れ上がり、夫の不貞を確信して少しずつ心が壊れていく様子、そしてサナトリウムで小さな子供のように震えている姿を的確に表現していた。いわゆるオデットタイプのダンサーと言うよりは、映画で見せたようにキトリなど元気の良い踊りのほうが合っているタイプであると思う。
一方のロットバルト男爵夫人を演じたダニエル・ロウは黒髪の麗しい若い美女で、傲慢で自信と野心に満ちた愛人をスタイリッシュに切れ味鋭く演じていた。それだけに、3幕でオデットに逆襲されたときには弱いところを突かれた未熟で哀れな姿を見せてしまうが、切々とした踊りには思わず同情してしまう。
去年の世界バレエフェスティバルに出演したロバート・カランは派手なダンサーではないが、一見誠実そうで優しげな容姿なのが、優柔不断男の典型的な姿なのよね、と思わず納得してしまう。フィギュアスケートのペア競技を思わせるようなリフトや、複雑なサポートをスムーズに優雅にこなしていて実力派なのがとてもよくわかる。
2幕の息を呑むようなプロダクションデザインの美しさや、1幕の優雅な中に意味ありげな要素を込めた衣装など、美術も秀逸なこの作品。10月の来日公演での上演も本当に楽しみである。
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追記:NBSのオフィシャルでプロモーション動画がありました。出演者はこのDVDとは異なります。
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