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« ホワイトハウスでのWhite House Dance Series | トップページ | 熊川哲也さん出演のオンワード「AIR JACKET」CM »

2010/09/11

9/9 東京バレエ団「ジゼル」Tokyo Ballet "Giselle" Alina Cojocaru & Johan Kobborg

アリーナ・コジョカルのジゼルを前回観たのは、マニュエル・ルグリと共演した2006年世界バレエフェスティバルの全幕プロ。(その後発売されたDVDも一応観ている)あの時のアリーナにも涙したけれども、今回の公演では、この4年間における彼女の進化を実感し、なんという素晴らしい表現者になったのだろうと震える思いがした。

髪を下ろしたアリーナのジゼルは驚くばかりの可憐さを持ち、儚い存在のように見える。小さくて愛らしい顔の中には翳りがあって、この子は早く天に召されてしまう運命なのだと感じさせる。だがジゼルは決して不幸なわけではなく、体が弱いことも忘れてしまっているかのように、踊るときには生の喜びをあふれさせんばかりに快活に踊る。登場シーンでの、元気いっぱいに高くリズミカルに踊るところの生き生きとした姿は幸福感に満ちている。ジゼルがアルブレヒトの前でヴァリエーションを踊るときには、母親に「ねえ、踊ってもいいでしょ?」ともたれかかってちょっとだけ甘えるような表情を見せているのがすごく可愛らしい。

ヴァリエーションでジゼルは、はにかみながらも常に愛するアルブレヒトの視線を意識しているのがわかる。片脚ポアントでもう片方の脚を振り上げながら進むときには、音をたっぷりと取って感情をパの中に込めようとしているのが伝わってきた。そよ風のように軽やかなピケターンも愛を柔らかく奏でている。足先、指先、一つ一つの繊細な動きから、彼女の小鳥のような声が聞こえてきそうだ。

純真で無垢なジゼルにとって、恋人アルブレヒトに裏切られていたことは、とても受け入れられるものではなかった。彼女の心は一瞬のうちに壊れてしまい、視線は虚空をさまよう。幸せだった頃のことを反芻するかのように花占いを始めるけれども、瞳からは堤防が決壊したかのように涙があふれ落ちている。ウィリたちが彼岸から呼んでいるのに反応し、彼女たちの姿を目で追う。アルブレヒトの剣で自分の胸を本当に刺そうとし、ヒラリオンに止められる。(ロイヤル・バレエで上演されているピーター・ライト版では、ジゼルの死は剣を胸に刺した自殺ということになっている)ジゼルは母の腕の中で一瞬正気に戻り、恋しいアルブレヒトの元へと駆けて行き、花の蕾が落ちたかのように息絶える・・・。

ウィリとなったジゼルだが、精霊としての透明感や浮遊感を持ちながらも、肉体の呪縛を離れ、生前の心臓の弱さがなくなった分、より自由に舞い踊っていた。ジゼルは死してなおも、ぬくもりを残した生身の感情を持ち、アルブレヒトへの深い愛を貫く強い意思がウィリの姿となって現れていた。アルブレヒトの前に現れたときには、透けて見えそうなくらいの透明度なのだけど、彼女の存在をアルブレヒトは感じていたし、霊としてすり抜けて行ってしまうのに彼女の想いはそこに残っているのが見える。しなやかで強靭な身体能力を感じさせる長いバランスも、少しでもその心をアルブレヒトのそばに置いておきたいからという気持ちのあらわれ。ウィリたちに踊らされて倒れこんだ彼を包み込むように抱きしめるジゼルには、深い愛と赦しが強く息づいていた。

ついに朝を告げる鐘が鳴って、アルブレヒトを救うことができたという安堵の表情とともにジゼルは寂しそうに微笑み涙を一粒流す。「あなたは前を向いて強く生きていって」と言い残すかのようにアルブレヒトの視線の先を指差し、彼が気がつく前に、指先が触れ合うこともなくお墓の中へと消えていく。そして、ここが後述する感動的なラストへとつながっていくのである。


思わず心が震えてしまうような舞台を作り上げたのは、もちろんアリーナ一人だけの力ではなくて、アルブレヒト役のヨハン・コボーとの練り上げられたパートナーシップ、そしてコボーの好演があったことは言うまでもない。コボーはアルブレヒト役を演じるには少々大人過ぎるかと思っていたけれども、やはりアリーナを一番輝かせるのか彼だということを確信した。マントを肩にかけて登場したときにはやや尊大で少しだけやさぐれた貴族に見えたけれども、ジゼルを見守る目は優しくて、彼女のことが可愛くて仕方ないようだった。アリーナの演技を前面に押し出すように彼の演技は控えめで自然で、それゆえとても説得力があり、ジゼルへの愛情を感じさせた。

しかしアルブレヒトがバチルドという婚約者の存在を隠してジゼルを騙していたのは事実だった。バチルドに「あなたはここで何をしているの」と問い詰められたときの、コボーの困惑する表情からは「やばい、本当に困ったなあ、どうやって説明しよう」と、せりふが聞こえてきた。正気を失ってさまようジゼルの姿を見て、おろおろと狼狽し動揺するアルブレヒト。(このあたりの演技については、バチルドを演じた井脇幸江さんのサイトに興味深い話が載っている)彼の腕の中に飛び込んで事切れたジゼルを強く抱きしめて激しく慟哭し、剣を取ると猛然とヒラリオンに立ち向かっていってウィルフリードに止められる。こんなに激しく、飛び掛らんばかりにヒラリオンへと立ち向かっていくアルブレヒトを観たのは初めてかもしれない。

ジゼルのお墓へと百合の花束を大事そうに抱えて一歩一歩歩いていくアルブレヒトは、深い後悔に沈んでいるものの、自己憐憫は感じさせず、ジゼルの死を純粋に悲しんでいるかのようだった。お墓に百合を一本、一本と捧げた後にはただただ号泣。こんなにも泣いているアルブレヒトを観るのも初めてだった気がする。ジゼルが現れたときには、その気配を感じ、懸命にジゼルを感じてコミュニケートしようとする。やがて二人の踊りはハーモニーを奏で始める。アルブレヒトが高々とジゼルを持ち上げるとき、アリーナは持ち前の身体能力の高さで大きく背中を反らせているけれども、コボーは彼女を空気をはらんだシフォンを持ち上げるかのように軽やかにリフトしていた。

ミルタに無理やり死の舞踏を踊らされるアルブレヒト、コボーはアントルシャ・シスを23回。肩が上がり、苦しそうな表情を見せながらも跳躍には高さがあり、足先は美しい。本当にこの踊りはきつかったようで、ばったりと死んだように倒れこむ。

永遠の別れのシーン。ジゼルに「あなたは強く生きていて!」とのメッセージを受け取っていたアルブレヒトが振り返ると、ジゼルは名残惜しそうにしながらも、もうお墓の中に消えていくところ。猛ダッシュで走っていっても、彼女とは指先さえ触れ合うことができなかった。再び、お墓のそばに座り込んでは号泣するアルブレヒト。

そのとき、ひとつの奇跡があった。花占いの時のあの花が3枚のみ花びらを残して、ぽつんと落ちていたのだ。手にとって「愛している、愛していない、愛している」と花占いを繰り返すコボーのアルブレヒト。ジゼルはもうこの世にはいないし、ウィリたちの世界も現実に起きたことなのか夢幻なのか。でも、ジゼルはたしかに存在していたし、ジゼルを愛したことは夢でも幻でもなかったことをこの花は示している。ジゼルは彼を守り抜いたのだということを彼は確信し、そして微笑む。悲しみの中にも、希望を感じさせるエンディング。

ヨハン・コボーというダンサーが稀代の演技者であることを思い知らされた舞台であった。


忘れてはならないのは、ヒラリオン役木村さんの大熱演。世界で一番熱烈にジゼルを愛しているヒラリオンである。コボーのアルブレヒトよりもプロポーションが良くてすらりと背が高いのに、どうしてジゼルは彼のことを一顧だにしないんだろう。その憐れさ報われなさを全身で表現していた。ラブラブの二人の間に割って入る猛烈な勢い、ジゼルの死のときの激しい慟哭。ウィリたちに踊ることを強いられたときの、美しい足先で文字通り死ぬまで踊らされる様子を体現した体当たりの踊りには、心を震えさせるものがある。

高木さんのミルタは怖さは足りないと感じたところもあったが、地面を滑るような滑らかなパ・ド・ブレ、美しい腕の動きが素晴らしく、また威厳ある中でもほんの少しだけ優しさを残した雰囲気と見事なものであった。ドゥ・ウィリの二人も出来が良かったし、コール・ドには統一感があって揃っている時のウィリの怖さを感じさせた。前述のエピソードで改めて実感されたが、井脇さんのバチルドは美しさと誇り高さの中にも、戸惑いや困惑を感じさせていて心の襞を見せ、バチルドという姫の人生にも思いを馳せさせてくれたものだった。

東京バレエ団というカンパニーの中でも、この「ジゼル」のプロダクションはレベルが高く、毎回新しい感動を与えてくれると実感したのだった。その中でも当代最高のパートーなーシップが織り成すドラマを観ることができて幸福な一夜だったと思い返す公演となった。


◆主な配役◆

ジゼル:アリーナ・コジョカル
アルブレヒト:ヨハン・コボー
ヒラリオン:木村和夫


【第1幕】

バチルド姫:井脇幸江
公爵:後藤晴雄
ウィルフリード:柄本武尊
ジゼルの母:橘静子
ペザントの踊り(パ・ド・ユイット):
村上美香-小笠原亮、岸本夏未-井上良太、
阪井麻美-梅澤紘貴、河合眞里-岡崎隼也

ジゼルの友人(パ・ド・シス):
乾友子、奈良春夏、田中結子、吉川留衣、矢島まい、渡辺理恵


【第2幕】

ミルタ:高木綾
ドゥ・ウィリ:乾友子、奈良春夏


指揮:井田勝大
演奏:東京ニューシティ管弦楽団


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バレエ公演感想」カテゴリの記事

コメント

はじめまして
おっしゃる通り、通常のジゼルとは
本当に何か違いましたね。第二幕でも、それほど、浮遊感がなく、霊として存在しているという感じもなかったですし(そこは、ジゼルのひとつの見せ場でしょうけど)
やけにリアリティーがありましたね。
私は、これがロイヤル風の芝居が入ったジゼルなのか、と一人感心をしていたのですが、
リンクしていただいた「井脇さん」の話を読んで、納得しました。ここに書かれているように、狂乱のシーンも
なにか心の底には、アルブレヒトへの思いがあったかのような、感じがしました。そこでのあのリフトはどういう意味なのでしょうか?
やはり二人の気持ちの合体ではないのでしょうか?

あと
一つだけ追加させてください。
単音で、音が悪い楽器もあったかもしれませんが(いちいち文句付けている人もいるのですけど)、音の出し入れは
この指揮者はすごくうまかったですし、
静かな雰囲気を作るのがすごくうまかったと思います。たぶんかなりバレエが好きな人だと思いました。何というのか、あのように出しゃばらないで
きれいに音が入ってくると、すごく舞台が締まります。

Naomiさま
こんにちは!私も9日の公演を観にいきました。
二人の世界に引き込まれ、気づいたら自然に涙涙・・・でした
ルグリとの時にはそれぞれは素晴らしいのに何故かしっくりこない感が残ったのですが
Naomiさんがおっしゃるようにコボーとの共演であったからこそのコジョカルの素晴らしいジゼルだったのだと思いました。
YUKIEさんのバチルド姫の心を拝読してアルブレヒトの心の奥深くを知り、またまた感動しました。
気位は高くても冷たさを感じないYUKIEさんのバチルド姫像ももともと好きなのですが、
バチルド姫側の心情をも知ることで、ジゼルという舞台をもっと深く感じる事ができる気がしました。もう一度観たいです~!

zuikouさん、はじめまして!

おっしゃるとおり、アリーナのジゼル2幕は、霊というよりはまだ生きているジゼルの思いと体温が伝わってくるものだと思いました。井脇さんの書かれていたことは本当に興味深くて、バチルドにもアルブレヒトへの思いが息づいていたんだと改めて考えさせられました。二人の思いがひとつになったので、あの軽やかな、体重を感じさせないリフトもあったのでしょうね。

それから指揮者の井田さんは若い方ですが、とてもバレエが好きでバレエを盛り上げようとして心を込めて指揮をしているのが伝わってきました。この感想には書いていませんが、演奏もとてもよかったと思います。2幕の静かな雰囲気も見事でしたね。

エミリーさん、こんばんは。

9日にいらしていたのですね!
ロイヤルの来日のロミオとジュリエットの時には、コボーの急な降板があって二人のパートナーシップが観られなかったのが残念だったので、今回見ることができて本当に良かったです。
そして井脇幸江さんのバチルド、本当に高貴で美しいですし、好きです(ミルタでも観たかったですけどね)。冷たさを感じないというのも同感です!今回たまたま友達に教えてもらって、彼女の心情と、それからコボーの演技について知って、ますます「ジゼル」の奥深さを感じることができて嬉しかったです。(井脇さんには本当に感謝!)
本当にアリーナ&ヨハンの「ジゼル」はまた観たいですね!

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