6/6 小林紀子バレエシアター「眠れる森の美女」Noriko Kobayashi Ballet Theatre "Sleeping Beauty"
小林紀子バレエ・シアター第96回公演
ケネス・マクミラン版
《眠れる森の美女》
[振付] ケネス・マクミラン Kenneth MacMillan
(マリウス・プティパに基づく)
[ステイジド・バイ]ジュリー・リンコン Staged by Julie Lincon
[音楽] ピョートル・チャイコフスキー Pytor Tchaikovsky
[衣裳デザイン] ニコラス・ジョージアディス Nikolas Georgiadis
[装置デザイン] ピーター・ファーマー Peter Farmer
[照明デザイン] 五十嵐正夫
[監修] デボラ・マクミラン Supervised by Deborah MacMillan
[指揮]アラン・バーカー
[演奏]東京ニューフィルハーモニック管弦楽団
オーロラ姫:島添亮子 Akiko Shimazoe
デジレ王子:ロマン・ラツィック Roman Lazik (Wiener Staatsoper Ballet)
リラの精 :大森結城 Yuki Ohmori
カラボス :楠元郁子 Ikuko Kusumoto
国王フロレスタン24世:本多実男
王妃 :深沢祥子
式典長カタラビュット :井口裕之
クリスタル・ファウンテンの精:倉持志保里
エンシェンテド・ガーデンの精:小野絢子
ウッドランド・グレイドの精 :萱嶋みゆき
ソング・バードの精 :志村美江子
ゴールデン・ヴァインの精 :大和雅美
ゴールド :土方一生
ダイヤモンド :大和雅美
シルバー :荒木恵理
秦 信世
林 詠美
長靴を履いた猫:中尾充宏
白い猫 :萱嶋みゆき
青い鳥 :八幡顕光 Akimitsu Yahata
フロリナ皇女 :真野琴絵
赤ずきん :宮沢芽美
狼 :冨川直樹
昨年の初演が好評で、引き続き本年も上演されたケネス・マクミラン版の「眠れる森の美女」。イングリッシュ・ナショナル・バレエ(ENB)のプロダクションでの上演だが、何しろこの舞台美術と衣装がうっとりするほどの美しさである。衣装デザインはニコラス・ジョージアディス。マクミランの伝記{Different Drummer」の中でもしばしば名前が登場するジョージアディスは、「マノン」「ロミオとジュリエット」「マイヤリング」などの衣装デザインを行っている。シャンパンゴールドをベースにした抑え目の色合い、シックで気品を保ちながらも華麗な衣装の数々には思わずうっとりとしてしまう。特に宝石の精の衣装は、ピンク、ブルーなどのスモーキーカラーに、ブラウン・ゴールドや燻したようなベージュ・ゴールドをちりばめていて、アンティークのジュエリーといった風合い。ピーター・ファーマーによる、深い森の中に陽の光が差し込んでいるようなバックドロップ。シンプルだけど深みがあって涼しげで、少女趣味にならないファンタジー性を加えている。「眠れる森の美女」という、カンパニーの実力、総合力を試されるようなグランド・バレエでは、ダンサーのクオリティはもちろんだけど、舞台美術も同じくらい重要。100年におよぶ物語を自ら語っているような荘厳さを加えてくれるこのプロダクション・デザインは実に秀逸だ。
マクミランの演出は基本的にはオーソドックスではあるが、2幕の王子に秋波を送る貴婦人の描写、王子の愁いを帯びたソロ、そして何よりもカラボスに演劇性があって面白い。そしてカラボスを演じる楠元さんが非常にドラマティックで表情豊かで見ごたえがあった。エリザベス1世のような白塗りでややエキセントリックなメイクながらも、貴婦人的な雰囲気もある妖しいカラボスが高笑いする姿は実に絵になっていたし、オーロラに呪いをかけるところの憎憎しげなガラも実は楽しそうなところといい、カタラビュットの髪を毟り取るときの高笑いといい、リラとの戦いでの全身をしなやかに使った動きといい、楠元さんは名演だった。王子が眠るオーロラの元へたどり着こうとするのを何回も何回も阻止しようとしながら、ついにはやっつけられる時の口惜しそうな様子も素敵!
長い長いグランド・バレエの「眠れる森の美女」ではあるが、マクミラン版は巧みに省略するところはしてスピーディな演出に仕上げている。(あの美しい間奏曲は省略されてしまって、代わりに休憩時間にヴァイオリンソロが生演奏されていた)それが端折った感じになってはいなくて、古典らしい風格を保っているところが良い。ピーター・ファーマーによるセットも、一見豪華ながら場面転換に時間がかからないように考え抜かれているものであることに気づかされる。
オーロラは看板プリマの島添亮子さん。1幕でオーロラが登場する時、若さで弾けている闊達な16歳のオーロラとして踊られることが多いと思うけど、島添さんはあくまでも慎ましやかで、ちょっとはにかんだご様子。でも、踊りの方は抜群の安定感で、すばやい音楽にもピタピタっと合わせていて心地よい。ローズ・アダージオは、バランス時間を長く取っていたわけではないけれど、程よい初々しい緊張感を漂わせながらも、難なくまとめていた。
そして島添さんが素晴らしかったのが3幕グラン・パ・ド・ドゥ。押し出しは決して強いわけではないし楚々として基本的には控えめなのだけど、踊りは絶好調だった。ゲストのロマン・ラツィクの的確なサポートもあり、圧倒的な幸福感で場内を満たした。特にコーダの最後のサポートつきピルエットでは、終盤になるにつれてどんどん加速していってまっすぐな軸でクルクルクルクルと回り、見事なクライマックスを演じて高揚感をもたらしてくれた。
ウィーン国立劇場からゲスト出演のロマン・ラツィクはカンパニーの雰囲気に上手く溶け込んでいた。すらりとしていて、脚のラインが非常に美しく均整の取れたプロポーション。王子らしい鷹揚さと、人柄の好さが伝わってくる。ルルヴェがものすごく高くつま先もきれいで、派手さはないけれど優雅で素敵だった。長い脚から繰り出される跳躍も大きくて、新国立の中劇場の舞台からはみ出さんばかり。彼だったらきっとウィーン国立劇場の新芸術監督マニュエル・ルグリも気に入ることだろう。
5人の宝石の精はいずれも軽やかな音楽性があって目に快い踊り。その中でも一段と輝いていたのは、青い衣装の"エンチャンテッド・ガーデンの精"の小野絢子さんと、"ゴールデン・ヴァインの精(黄金の蔓草の精)"の大和雅美さん。小野さんは今回公演の別の日にはフロリナを踊っていたのが観られなくて残念。小柄なのに群舞の中でもひときわ目立つ上半身の美しさ、キラキラしている存在感はさすが。そして3幕のダイヤモンドでも思わず唸ってしまうクリスピーでクリアな踊りが鮮やかだったのが大和さん。音を一つ一つ的確に捉えながら、キラッキラっとダイヤモンドが乱反射して光を放つさま、光線のような輝かしいパがもう見事だし、ポーズの一つ一つの形が美しい。
もちろん忘れていけないのは、ブルーバードの八幡さん。小柄なハンディを補って余りある浮力を感じさせる跳躍、アントルシャ・シスの足先を打ち付ける動きがはっきりと見えるテクニック、これぞブルーバードだというところを見せてくれた。
小林紀子バレエシアターは、大きなカンパニーにはないおっとりとした感じの群舞で、きちきちに揃えています~という印象ではないものの、全体的によくまとまっていた。カンパニーとしての総合力が問われる「眠れる森の美女」という演目で、男性陣はほぼ全員ゲストという中でこれだけのレベルの上演ができたことは誇れると思う。1年前の上演よりずっとずっとクオリティが上がっており、次に上演される時には、よりこの「マクミラン振付の眠り」を血肉としてさらにレベルアップしているのではないかと期待を抱かせてくれた。
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