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2010/03/02

Different Drummer The Life of Kenneth MacMillan その3

<ビリー・エリオットのその後?>

ケネス・マクミランがダンサーになるまでの道程は、驚くほど「リトル・ダンサー」のビリー・エリオットに似ている。というより、「リトル・ダンサー」は彼の没後に公開された映画なので、もしかしたら彼にインスパイアされたのかもしれない。英国の小さな田舎町の貧しい家庭の出身。父親も兄もバレエに理解はなく、バレエ学校では唯一の男の子で学校では浮いているけど、本人はダンスに夢中。熱心な教師に素質を見抜かれて、サドラーズ・ウェルズ・バレエ学校(後のロイヤル・バレエ・スクール)に入学し、卒業後はサドラーズ・ウェルズ・バレエ団に入団。念願のバレエ・ダンサーとなるところまで殆ど同じなのだ。

マクミランの生涯は、もしかしたら「その後のビリー・エリオット」の姿だったのかもしれない。映画は、ビリーがバレエ・ダンサーとなって、マシュー・ボーンの「白鳥の湖」に出演している姿で終わる。普通の古典バレエではないところがポイントだ。長身でノーブルだったマクミランもバレエダンサーとしての将来を嘱望され、サドラーズ・ウェルズ・バレエ団で主役級を踊るようになった。

だが、マクミランはやがて舞台恐怖症から舞台に上がると震えが止まらなくなってしまい、バレエダンサーとして踊ることを断念しなければならなくなる。彼の最愛の母の心臓が弱くてよく発作を起こしており、そして彼がバレエ学校に通うのに家から離れている間に心臓発作で亡くなってしまう。そのことから、彼自身も舞台に立っているときに発作を起こして倒れてしまうのではないかという不安におびえていたのだ。その上、戦争で受けた傷や毒ガス攻撃が元で肺が弱く、またアルコールに溺れていた父親のように自分がなってしまうのではないか、さらにいつか正気をなくしてしまうのではないかという恐怖が、彼の不安を増幅していた。その結果、マクミランはアルコールとニコチン、そして精神安定剤に溺れることになる。もともと飛行機恐怖症であり、ロイヤル・バレエのツアーでも船で渡米したマクミランであったが、さらに、盟友ジョン・クランコが飛行機上で睡眠薬とアルコールを併用した結果、喉を詰まらせて急死するという悲劇も重なった。

そんな彼の前半生においては、バレエスタジオにて振付指導を行っているときが唯一安らぎを得ることができたようである。ダンサーとスタジオで対峙し、作品を作っている時だけが幸せだったようだ。彼が後半生においては、家庭という幸福を手に入れることができたという事実に、読む側としても救われる思いがする。

<Different Drummer, アウトサイダーとしてのマクミラン>

さらに、マクミランは常にアウトサイダーであった。ダンサー時代、彼の男性の同僚の多くはアシュトン、クランコをはじめ同性愛者が多く、(少なくとも表面的には同性愛者ではなかった)マクミランは、疎外感を感じていたという。さらに、振付家として名を上げ、やがてロイヤル・バレエの芸術監督となった彼であったが、階級社会の英国の中でも特に階級意識の高いロイヤル・オペラハウスの運営陣は彼をよそ者として見下していた。彼を軽視していた運営陣との調整や意見の相違に追われていたマクミランが、芸術監督時代に振付けることができた全幕作品は「マノン」だけだった。「大地の歌」や「レクイエム」がオペラハウス側の反対に遭い、ロイヤル・バレエでは上演できずシュツットガルト・バレエに振付けることになった。また彼は、ロイヤル・バレエの芸術監督に就任する前には、(その2)で書いた通り、前任者のアシュトンにバレエ団を追われ、ベルリン・ドイツオペラの芸術監督に就任したものの、ドイツ語もできず、カンパニーに溶け込めずに孤独感を深め、失意のままドイツを去ることになったのであった。ロイヤル・バレエの芸術監督を退任した後、マクミランがサーの称号を得たのは皮肉な話である。

マクミランは、振付作品が自身の自伝的なものであるという見方は否定している。だが、アウトサイダーであった自身の経験は作品の中に現れている。「ロミオとジュリエット」のジュリエットは、表面を取り繕い冷たく偽善的なキャピュレット家の中で、ただ一人自分の愛を貫き通し、家という枠を飛び出して戦った存在であった。「マイヤリング」のルドルフ皇太子も、ハプスブルグ家のやり方や父親フランツ・ヨーゼフ1世に反発して情死にいたる。このように、彼自身のつらく痛ましい経験が、作品の中へと昇華して行ったのは明らかである。また、家族との関係、特に姉たちや兄との関係は、「My Brother, My Sisters」という作品へと昇華されている。
この伝記では、彼がいかに傷つき、悩み苦しみ、その苦悩の中から作品を作り上げていく姿が、周囲の証言から丹念に描かれているのである。

<最大の敵、批評家たち>

下層階級出身の彼の台頭を好ましく思わず、またアシュトンの作品を愛していたロイヤル・オペラハウスの運営陣がけしかけた側面も多いと思われるのだが、マクミランの最大の敵は批評家たちであった。日本ではバレエ作品の新聞評は、公演が終わってしばらく経ってから掲載されるため、さほど影響力があるとはいえない。だが、欧米にあっては、作品の初日についての批評がすぐに新聞に掲載されるため、絶大な権力を持っていたと言える。

マクミランがロイヤル・バレエの芸術監督に就任する少し前に、サドラーズ・ウェルズ・バレエはコベント・ガーデンのロイヤル・オペラハウスのメーンカンパニーと、サドラーズ・ウェルズ劇場をベースにしながらも主に英国内のツアーを行うセカンド・カンパニー(後のバーミンガム・ロイヤル・バレエ)に分けられたことによる混乱があった。ニネット・ド・ヴァロワ芸術監督時代のスターたちや、チェケッティ・メソッドで鍛えられた往年のダンサーたちが盛りを過ぎ、世代交代がうまくいかないという不運もあった。アシュトンの明るい作風に対し、マクミランの作品は人間の暗部を抉り出すものであったが、必ずしもマクミランの責に帰すべき問題ではないところまで、批評家たちは激しく攻撃した。中でもニューヨークタイムズのクライブ・バーンズは彼の作品をひどく批判し、そのことによりロイヤル・バレエの米国ツアーの「マノン」が不入りに終わった。ドキュメンタリー「アウト・オブ・ライン」でマクミラン夫人が語ったことによれば、メトロポリタン・オペラの楽屋口に観客が押し寄せて「アシュトン!アッシュトン」と叫び続けていたため、しまいにはマクミラン夫妻はボディガードに付き添われて別の出口からこっそり帰る羽目になったという。振付家が批評家の評論をそれほどまでに気にするのか、日本人からすると理解しがたいのだが、それだけ大きな影響力を持っているということだろう。現在のニューヨークタイムズの主席ダンス批評家であるアレイスター・マコーリー氏がやはりアシュトンとバランシンを愛し、マクミラン作品を好んでいないということも興味深い。

批評家たちの厳しい批判、またロイヤル・オペラハウスが批評家たちと結託していたということもあったことで、マクミランが恐れをなして萎縮してしまった面があったと考えられる。芸術監督を辞し、ABTの芸術監督に就任しながらも比較的自由な立場になることができてから、ようやく彼は精神的に落ち着きを見せ、「マイヤリング」など後期の傑作を生み出すことができるようになったのだった。

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コメント

長編のご紹介をどうもありがとうございます。
波瀾万丈の人生だったようで、本当に興味深いですね。
これからマクミラン作品を見る時に、いろいろ考えてしまいそうです。また、その2で紹介された映像も、合せて観たいと思いました。
あと英語で700ページと聞いてただただ凄~い!と思っているのですが、この内容だと、確かに(英語力があれば)興味深い内容で読み進みそうですね。私も英語力をつけて、読めるように、と目標にしたいです。

babclyde様(ゆい様でしょうか)のコメントを支持させていただきます。
新井潤美著「階級に取り付かれた人びと」などを拝読しても、英国の階級意識というものを理解するのは難しいです。
マクミランの作品でのアンヘル・コレーラのパフォーマンスをいとおしく愛してきたつもりの身には、ご紹介いただいたマクミランの時代、孤独があまりに哀しくて。今は亡き、踊りで物語を語りえた偉人の魂や安らかにあれと祈るばかりです。
naomi様ありがとうございました。

babclydeさん、こんにちは。

実はまだ語りたいことが残っているんですよ~本当に興味が尽きないのですが、反面、作品を見るうえで振付家の背景をまったく知らないで観るというのもまた違った見方ができて、余計な知識は邪魔になるかなということも考えてしまったりします。でも、本当に波乱万丈の人生であり、ABTではミーシャとうまくいかなかったり、興味深い逸話には事欠きません。
もちろん比べ物にはなりませんけど、ある意味彼の持っていた苦悩は私たち現代の人間にも共通する部分があると思うし、自分も思わず共感してしまったところもありました。

こういう本を読む上で大変なのは、たくさん登場する人物の名前を覚えることですよね。それが読み進める上で一番苦労した点でしょうか。昔のダンサーの名前とかそれほど知っているわけではないので(笑)

有木笙さん、こんにちは。

私は子供のときにイギリスに住んでいたので、多少は階級感覚というのはなんとなくわかる感じがします。話し言葉でその人の階級がわかっちゃうんですよね。マクミラン自身、自分の出自をあまり明らかにしたがらず、家族のうちで劇場に招待したのは二人の姉だけでした。「階級に取り付かれた人びと」読んでみたいと思います。

アンヘル・コレーラのロミオって情熱的で疾走感があってすごく好きだったので、また観る機会があればいいな~って思います。マクミランの作品を踊りたいと思っているダンサーは世界中にたくさんいると思うし、彼の作品を踊るためにロイヤルに入団した人も大勢いるんですよね。

naomi様
>実はまだ語りたいことが残っているんですよ~
うぉ~そうですか!やはりこれはいつか原書を…(!)。
確かに作品を観る上で、先入観になってしまうかも、の良し悪しはあるかもしれないですね。

有木笙様(naomi様、場所お借りします)
はいっ!そうです、ゆいです。違うところで違うHNで登録してしまったりした故に、ややこしいことになってすみません。
有木笙様のブログ、読ませて頂いています。来し方に少し共通点が有る様な?!と勝手に親近感持たせて頂いています。
新井潤美著「階級に取り付かれた人びと」も読んでみたいと思います。

naomi様
イギリスにお住まいだったなんて素敵ですね。本ではわからないことをたくさん経験されたことでしょう。マクミランの続きもですが、イギリスのそういったお話も伺えたら嬉しいです。

コレーラのロミオは、前半があまりにも幸福感に溢れているので、その後の悲劇との対比が際立って感じます。コミカルな場面でも笑いながら涙を流してしまいます。(ばかだなってわかってるんですけど・・・)
naomiさんがお好きだと言ってくださって嬉しいです。

ゆい様(naomi様、場所を拝借します)
ありがとうございます。とても光栄です。
こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします。

babclydeさん、こんばんは。

どこか日本の出版社で邦訳を出してくれればいいんですけどね。700ページ超(注釈を入れると750ページくらい)だから、訳にも時間がかかりそうだし、さらに分厚い本になりそうです・・・。普段読んでいる英語が学術論文やビジネス英語が多いので、使う言葉が違うのでかなり戸惑いました。
「ロミオとジュリエット」や「マノン」については、作品の解釈について云々、ということはあまり書いていないので(何しろ、本人はあまり書き残していないので、周りの人のインタビューで作品についても探っている)読んでも影響ないのですが、後期の作品、「マイヤリング」などはかなり心理的なバレエですからね。

有木笙さん、こんばんは。

私がイギリスにいたのは小学生のころで、もう大昔って感じですが、やっぱり今でもロンドンに行くと懐かしい感じがします。私は地元の公立学校に行っていて、あまり階級の高くない環境だったので普段はあまりそういうのは意識しなかったんですよね。

ちょうど今日はグルジア国立バレエの「ロミオとジュリエット」で、前回のグルジア公演はアンヘルがゲストで出ていたし、ニーナもよくアンヘルと踊っていたし、ロミジュリだしでいろいろと感慨深いものがありました。主役二人が本当に素晴らしかったです。アンヘルの1幕の若々しく疾走する熱い感じが本当に好きだったんですよね。また観る機会があるといいんですが。

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