12/26 新国立劇場バレエ 「くるみ割り人形」
12月26日(土) 14:00~ 新国立劇場 オペラパレス
新国立劇場バレエ 「くるみ割り人形」
金平糖の精:さいとう美帆
王子 :マイレン・トレウバエフ
クララ :小野絢子
雪の女王 :堀口純
ドロッセルマイヤー:森田健太郎
シュタルバウム :逸見智彦(全日)
シュタルバウム夫人:楠元郁子(全日)
フリッツ :加地暢文
ハレーキン :江本拓
コロンビーヌ :伊東真央
トロル :八幡顕光
ねずみの王様 :市川透
くるみ割り人形:八幡顕光
スペイン :西川貴子/古川和則
アラビア :寺島ひろみ/貝川鐵夫
今井奈穂/大湊由美/中田実里/原田有希
中国 :寺島まゆみ/江本拓
トレパック:福岡雄大/八幡顕光/福田圭吾
葦の精 :高橋有里/長田佳世/大和雅美
花のワルツ:遠藤睦子/丸尾孝子/西山裕子/寺田亜沙子
陳秀介/高木裕次/輪島拓也/芳賀望
一度チケットを取ったものの、諸般の事情で売りに出し、しかし結局観られることになって買い直した。1階席の一番後ろの端というのは新国立劇場では初体験だったけど(ほかの興行主だったらこの席はA席だと思う。ここがSというのはぼり過ぎ)、端でも比較的全体は観られた。チケットがソールドアウトだったらしく、当日券売り場にかなりの人が戻り席を求めて並んでいた。「くるみ」で土曜日マチネ公演というのは子供連れも行きやすいんでしょう。
もちろん大好きなマイレンの王子を観るというのが第一目的だったのだけど、牧阿佐美のインタビューや、初日や最初の方の公演を観た友人からの感想を聞いて、かなりネガティブな気分に。観終わった後感じたのは、プロローグとエピローグのどうしようもない薄っぺらい寒々しさ、花のワルツなどコール・ド振付がどうしたらこんなにつまらなくなるんだと思うほど面白くない、パ・ド・ドゥの振付が必要以上に難しいというか、テクニックを見せ付けるための振付になっている、衣装や装置が無駄に豪華、だけどダンサーたちは素晴らしいというものだった。
ジ・アトレに掲載された牧阿佐美のインタビューを読んで、新国立の素晴らしいソリストたちの踊りを堪能してもらうために、クララ、雪の女王、金平糖の精と分けて、他のソリストたちも見せ場を用意すると語っていて、なんという志の低さかとあきれたのだった。それでは発表会と何ら変わらないのではないかと思った。「くるみ割り人形」の観客は子供も多いし、楽しかったね~幸せな気分になったね、というところが大事なのに、それよりも、そして物語の整合性よりも、テクニック披露合戦を優先させるとは。
プロローグとエピローグを除けば、筋はオーソドックスなものだったと思うけど、とにかくこのプロローグとエピローグには殺意が起きるくらい、趣味のよろしくないものだった。同じ悪趣味でも、原作のホフマンの怪奇譚的なものや、バール版やヌレエフ版の心理描写があればまだ良かったのかもしれないけど。プロローグは現代の東京で、クララはクリスマスなのに鍵っ子でたった一人で家族の帰りを待っているという設定。そこに、現代人の風刺というか、携帯でメールを打っている女性とか、ヒップホップを踊る青年、会社員、ビニール傘を持った女性、ブランドの紙袋を持った女性、けんかしているカップルなどが登場。しかし、なんともこれがどうにもこうにも寒くて、しかも現代というよりバブルっぽいというか80年代っぽい(80年代には携帯はあまり普及していなかったけど)。現代人の孤独を描いたつもりなんだろうけど、どうにもこうにもセンスが悪くて。
クララ役の小野絢子さんは、とにかく愛らしくて素晴らしかった。容姿も可憐でクララ役がぴったりだし、この薄っぺらい脚本の中で、懸命にクララの寂しい気持ちやときめきを繊細に表現していて、魂を役の中に吹き込むのに成功していた。ラインもとても綺麗だし、音楽性も豊かで。クララの踊るシーンが少なく、特に2幕のディベルティスマンにおいて、クララは舞台の片隅に腰掛けてひとりぼっちで踊りを見ているだけで、ほとんどお仕置きで別に座らされているって感じで、寂しそうだし気の毒だったのが本当に残念。せっかくのおとぎの国に連れて行ってもらったはずなのに、そこでも一人ぼっちにさせてしまうとは、夢も希望も無いと思うのだけど。
エピローグでは、また冒頭と同じ現代の東京へとクララは戻り、そこではプロローグと同じような登場人物たちが、寒々しくスカスカの現代の風景で相変わらず孤独感を滲ませている。くるみ割り人形を手にしたクララはひとり眠りにつくと、ドロッセルマイヤーがサンタクロースに変身して橇に乗って飛んで行く。サンタを出せば夢らしくなると考えたのだろうけど、何一つ変わっていないし、幸福感のかけらも無い終わり方でがっかりした。せめて、戻っていったところには家族が待っていたとかママが起こしに来るとかあればいいのに・・・。前回の「くるみ割り人形」のワイノーネン版では、ピンクピンクの華やかな世界で、過剰感もあるものの、幸福感を感じさせてくれたのに・・。
新国立劇場のコール・ドはいつ観ても素晴らしい。先日のマリインスキーのコール・ドよりも良いくらいだ。雪の女王のソロをメーンにしている振付に不満はあるものの、群舞はとてもよく揃っていて美しく、足音も小さくてクオリティは高く、整列した時の一瞬の美に思わず息を呑んだ。雪の女王の堀口さんもプロポーションがきれいで、雰囲気はとてもよかったけど場を支配する何かがまだ足りない気がする。しかし、今が伸び盛りという感じは伝わってきた。
ディヴェルティスマンのメンバーは大変豪華で、一人一人が主役を踊ってもおかしくないメンバーぞろい。中でも、トロールとトレパックを踊った八幡さんは凄い!テクニックがあるダンサーという領域を突き抜けていて、踊る歓びを感じさせてくれるようになった。軽やかで、つま先もしっかり美しい。トレパックで共演した福岡さん、福田さんの二人も十分凄いんだけど、八幡さんはその仲でも頭一つ飛びぬけている。トロールは不気味なメイクで(ちょっと子供には恐いかも)、箱を飛び出しては舞台を所狭しと飛び回るのだけど、全身ばねのような中でも、クラシックバレエの美しさがある。
アラビアは、誰が見てもエジプトって感じのいでたちなのだけど、寺島ひろみさんの細くくびれた腰のラインのきれいさと、クレオパトラのようなメイクでの妖艶さ、柔らかい肢体が素敵だった。その次の中国は、ちょっと着物のような衣装に白塗りと、中国というよりなんちゃって日本って雰囲気なんだけど、その白塗りメイクもばっちり似合う寺島まゆみさんがとても可愛らしかった。トレパックの3人は前述の通り。スペインは、衣装とメイクがここだけ冴えなくて残念。古川さんの踊りはとてもよかったと思うんだけど。葦の精のトリオが、長田さん、高橋さん、大和さんという実力者3人を揃え、3人ともとても音感にすぐれて、よかったのだけど、真ん中にいた長田さんが、とても魅せる踊りで特に素晴らしかった。彼女のような特に上手な人がいると舞台が締まるなあ、としみじみ。ここの振付は、もうびっくりするくらいの難しいテクニックを盛り込んだものとなっていて、それをちゃんと踊れるこの3人は凄いことを実感させられた。ディベルティスマンに関して言えば、このバレエ団のソリストレベルの高さを感じられ、とても楽しめた。
花のワルツの振付は本当につまらなくて、衣装もクラシックチュチュじゃないのが残念。ソリストは西山さん、遠藤さん、輪島さんと芳賀さんの元K-Balletコンビなど素晴らしいメンバーをそろえているというのに、後方席から見ても群舞がきれいに見えない・・・。ワルツが並んで女性を軽くリフトする振付、どこかで見たことがあると思うんだけど、面白くないし。オーソドックスな振付にしておけば良かったのに。。
金平糖の精には、さいとう美帆さん。他の日にはクララも踊ったということで、キャラクター的にはどちらかといえばクララ向きの可愛らしい雰囲気。金平糖の精って、もうすこし夢のような存在というか、甘い中にも威厳があったほうがいいと思うし、ちょっと求心力が弱いと思えるところがあった。とはいえ、必要以上に難しくしてある振付をきちんとこなしていて、キラキラ感もあり堂々とした踊りだったと思う。マイレンは、今回も絶好調で美しく伸びたつま先、ふわりとしたマネージュ、完璧な5番で、その踊りの精緻さとエレガントさに惚れ惚れとした。ちょっとはにかんでシャイな雰囲気なのも、気品があって良い。(が、ヴァリエーションの時にはきっちりとキメ顔を作るところがポイント) さらに、サポートがもう素晴らしくって、さいとうさんと組むことが多いからということもあると思うけど、息がぴったり。金平糖の精が後ろ向きに跳んだところを王子が持ち上げて肩の上にリフトするというとっても難易度の高いリフトもスムーズに決まった。このアダージョの振付は、くるみというよりちょっと「眠れる森の美女」に似ていたと思う。コーダのさいとうさんの回転も素晴らしかった。そして本当の最後の最後になって、ようやくクララが一同の中に迎えられて、大団円。
主要キャスト・・さいとうさん、マイレン、小野さん、堀口さんをはじめ、八幡さんほかディベルティスマンのメンバーも非常に出来が良くて、女性コール・ドも素晴らしく、バレエ団の踊りの素晴らしさ、充実振りは実証されたので、ある意味においてはとても満足できた。それだけに、作品の出来が残念なのだ。せめて、プロローグとエピローグは改訂して欲しいなって思う。ああもったいない。
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naomi様
26日の「くるみ」は私も行きました!鑑賞歴の浅い私ですら、つっこみたい所はかなりあったのですが、休憩時間にくまのぬいぐるみとペットボトルケースを買って満足してしまい、「衣装・舞台装置とダンサーが素敵だったし、まぁいいか。」となってしまっておりました。naomiさんの感想を読んで共感するやら、牧さんの満面笑顔を思い出して笑ってしまうやら…。
牧さんは芸術家というよりは経営者なのですね。牧阿佐美バレエ団版+ワイノーネン版+バーミンガム・ロイヤルバレエのピーター・ライト版のいいとこどり。あふれるばかりのサービス精神と作品的なポリシーの無さ。
特に2幕でクララがぽつんと椅子に座って見ているのにはびっくりでしたね。せっかくあのアダージオでマイレン王子と愛が芽生えたのに、金平糖の精に彼氏を盗られて脇へ押しやられちゃったような…。きっとあれは「クララはこれより皆様と同じ観客になりますから、皆様もクララになったつもりで楽しんでくださいね。」というご配慮だと思います。だったらいっそ、クララを実際の観客席へ降ろすとかすれば、まだましなのに…。工夫すべき事柄が芸術から離れて観客大サービスへいっちゃった上に、ちょっと中途半端でしたね。
話は変わりますが、マクミランの公式HPを紹介してくださって、ありがとうございました。おかげ様で「うたかたの恋」の物語を何とか仕上げる事ができました。何しろちょっとドキドキな描写もあるバレエなので、私には・・・な場面に見えるのですが、もし間違って一人エロな事を想像していたら恥ずかしいな…と、うろたえていたのです。しかし公式HPを見て、私の恥な誤解でない事が確認できました。話も史実を無視し、1889年にすべてを設定して凝縮したドラマとなっている事も確認しました。本当にありがとうございました!
(MIYU)
投稿: MIYU | 2009/12/28 14:25
naomiさん、こんにちは。
私は新国のくるみ割り結構楽しめたので、
椅子に座るクララについてそ〜か、そんな考え方があるんだ、
とほんとにびっくりしてしまいました。
そんなに寂しそうだったかな。
充分楽しんでるようにみえたのだけれど・・・
それから、新国立劇場は小さく作ってしまった劇場なので、
最後列でも22列です。
(東京文化会館は31列、オーチャードは38列)
後ろまでS席でも"ぼりすぎ"とは決していえないと思いますよ。
これからも記事を楽しみにしています。
投稿: えみこ | 2009/12/28 16:02
はじめまして。naomiさんの鋭い観察眼と幅広い知識、そしてバレエへの深い愛情によって綴られる記事を、いつも楽しみにさせていただいております。
今回の新国立バレエ団の『くるみ割り人形』のご感想、全くもって同感です!ワタクシ小心者ですので、ふだんならディスプレイの前で「最もですな~」とうなずくだけですが、今回は黙っていられず同意のコメントを残させていただきました。ムキー!
私は23日マチネ、26日と観たのですが、脚本・演出・振付のあまりにもな出来にびっくりで・・・。ストーリーは取ってつけたようだし、くるみを観たときのほんわかした幸福感が全く感じられないし、音楽と物語をおいてけぼりにした難易度が高いだけで面白みのない振付。
これが今後毎年または隔年で上演されるかと思うとまことにトホホです。
新国立バレエ団の「お堅くもゆるい」というブレまくりの経営軸にもイラついていますが、監督さんも最後にやってくれたねという感じです。ただでさえ微妙な遺産も多いというのに。新国立は個人的に好きなダンサーが多いバレエ団なのでいろいろ悔しく歯がゆいです。
最後になりましたが、naomiさんもおっしゃっているコール・ドの出来や女性ソリストの方々のレベルは相変わらず高くて素晴らしかったです。
それではまた含蓄のあるエントリ楽しみにしてます!
投稿: Naho* | 2009/12/28 16:23
こんばんは
牧阿佐美のくるみ、やっぱり、という感じです。
新国立のコールドはとてもよいのにもったいないですね。
私ははっきり言って芸術監督が交替したらもっと新国に足を運ぶと思います。
投稿: Hogawann | 2009/12/28 21:51
MIYUさん、こんばんは。
ついつい、かなり辛口なことを書いてしまいましたが(しかも、まだ途中だし)、2幕のディベルティスマンを観ている時はとても幸せだったし、それに舞台装置や衣装はとても美しかったので、それはそれで良かったと思うんですよね。もちろんダンサーはみんな良かったし。
「スーパーバレエレッスン」での牧のダンサーを見てもわかるように、牧阿佐美さんはお教室的な発想が抜け切れていないから、牧のダンサーはプロポーションは良くて技術があっても演技力が無いんですよね。あのクララの寂しげなぽつんはないでしょう、と思ってしまいました。グラン・パ・ド・ドゥも仰るとおり、いろいろな版からのいいとこどりの継ぎはぎで変なことになっていました。
今マクミランの伝記を読んでいるのですが、700ページ超の大長編の上、洋書なのでまだ半分くらいしか読めていなくて、マイヤリングまでは行き着いていないのです。でもとても面白いんですけどね。「マイヤリング」のDBDも見直さなくてはなりません。
投稿: naomi | 2009/12/28 23:14
えみこさん、こんばんは。
確かに自分でもちょっと辛口に書きすぎたかな~って思います。ごめんなさい。楽しめたところとそうでないところがあったってことですね。せっかくの凝った舞台装置なのに、クララが出番が無くてどこか寂しげに見えちゃったんですよね。
新国立劇場は、確かに列の数は少ないと思うんですけど、割とゆったりと作っているしオーケストラピットも広いので、後ろの方だとちょっと遠く感じてしまいます。オーチャードは私は極力1階席は避けるし、東京文化の場合は最後列のサイドはB席のときもあるくらいなのですよね、興行主にもよるけど。最初に持っていたチケットがB席で3階正面だったので、1万円以上出してこの公演だったらそっちの方が良かったかな、と思ってしまいました。
投稿: naomi | 2009/12/29 00:09
Naho*さん、こんばんは。
同意していただけましたか!最初の方に観ていた友達もみんな、ダンサーは素晴らしいのに振付や設定が・・・と言っていたのですが、観てみてその通りと思いました。もちろん、踊っている人たちは良いので、楽しめないことは無かったし、バレエを観たという満足感はあったんですが、これだけのいいダンサーをそろえて、美しい衣装と舞台装置、演奏も良かったのになんて勿体ないんだろうって思いました。
新しい芸術監督になったら、くるみはどうするんでしょうね~。あんなにお金かけて素晴らしい衣装と装置を作ってしまったので、再演しないわけには行かないのかしら???せめてあの寒いプロローグとエピローグだけは変えて欲しいって思います。
投稿: naomi | 2009/12/29 00:23
Hogawannさん、こんにちは。
そうですね、私も同感です。来シーズンのプログラムはとても良さそうだし、芸術監督が交代するのできっと変わると思います。今シーズンから私はセット券を買うのをやめましたから・・・。牧阿佐美芸術監督の振付作品が増えたところから、変な方向になってきましたよね。
投稿: naomi | 2009/12/29 00:58