11/27 マリインスキー・バレエ「白鳥の湖」Mariinsky Ballet Swan Lake
2009年11月27日
上野・東京文化会館
音楽 : ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
振付 : マリウス・プティパ,レフ・イワノフ
改訂振付 : コンスタンチン・セルゲーエフ
台本 : ウラジーミル・ベーギチェフ,ワシーリー・ゲーリツェル
装置 : シモン・ヴィルサラーゼ
衣裳 : ガリーナ・ソロヴィヨーワ
指揮 : ボリス・グルージン
管弦楽 : 東京ニューシティ管弦楽団
オデット/オディール:ウリヤーナ・ロパートキナ Uliana Lopatkina
ジークフリート王子:ダニーラ・コルスンツェフ Danila Korsuntsev
王妃 (王子の母):エレーナ・バジェーノワ
王子の家庭教師:ソスラン・クラーエフ
道化:グリゴーリー・ポポフ
悪魔ロットバルト:コンスタンチン・ズヴェレフ
王子の友人たち:ヤナ・セーリナ/ヴァレーリヤ・マルトゥイニュク/マクシム・ジュージン
小さな白鳥:
エリザヴェータ・チェプラソワ/ヤナ・セーリナ/ヴァレーリヤ・マルトゥイニュク/エレーナ・ユシコーフスカヤ
大きな白鳥:
ダリア・ヴァスネツォーワ/ユリアナ・チェレシケーヴィチ/アナスタシア・ペトゥシコーワ/リリヤ・リシューク
2羽の白鳥:ダリア・ヴァスネツォーワ/オクサーナ・スコーリク
スペインの踊り:
アナスタシア・ペトゥシコーワ/ヴァレーリヤ・イワーノワ
イスロム・バイムラードフ/カレン・ヨアンニシアン
ナポリの踊り:ヤナ・セーリナ/マクシム・フレプトフ
ハンガリーの踊り:ポリーナ・ラッサーディナ/ボリス・ジュリーロフ
マズルカ:
アリサ・ソコロワ/オリガ・ベリク/ナターリア・ドゥゼヴリスカヤ/スヴェトラーナ・シプラトワ
ドミートリー・プィハチョーフ/カミーリ・ヤングラゾフ/ニコライ・ナウーモフ/セルゲイ・サリコフ
ロパートキナの白鳥は、やはり世界一だった。2幕で湖畔に現れたオデットは、ロパートキナというバレリーナではなく、白鳥そのものだった。およそ人間とは思えない、この世のものならざる存在。細く長く白い腕からは、マイナスイオンが漂い、静謐でひんやりとした空気に場内は包まれる。ロパートキナの腕の動きは、可動域がとても大きいのに無駄がなくて洗練されており、滑らかで自然、関節など一切ないように見えるし、骨も筋肉すらないようだ。すみずみまで動きは計算しているはずなのだろうけど、力はまったく入っていないように見えて、彼女の腕が作り上げる完璧に美しい軌跡に目を奪われる。私は、必要以上に腕をくねくね波立たせる白鳥の表現がとっても苦手なのだけど、ロパートキナの動きはそうしたものとは無縁で、バレリーナが踊っているのではなく、一羽の美しい白鳥の精霊であり、肩からは白い翼が見えた。音のとり方も非常にゆっくりとしていて、永遠の時を感じさせる。目の前で行われているものは、地上で起きているものではなく、夢の中のようだった。
前回の来日公演でロパートキナの白鳥を観たとき(パートナーはイーゴリ・ゼレンスキー)、やはり彼女の創り上げる圧倒的な世界に打ちのめされたものだったけど、その時の彼女のオデットは、凛とした孤高の存在で、パートナーとコミュニケーションを取ることなく、ただただ彼女のストイックな表現の中にある純粋な美に打ち震えたものだった。だが、今回、王子はダニーラ・コルスンツェフ。朴訥としていながらも包容力があり、あたたかく、なんとかして彼女の心を開こうと心を砕いている。そんな彼の純粋な優しさ、溢れ出す愛に触れ、白鳥も心を開き始める。視線は常に逸らしながらも、彼女の中で確実に変化がおきている。もう寂しくなんかない。コーダの時には、白鳥はスローな演奏にあわせて非常にゆっくりと羽ばたきながらも、やがて生命力がみなぎってくる。王子が白鳥の元に跪き、膝の上にオデットが乗って美しいポーズを決めた時、ひんやりとしていた世界が色づいたようだった。悪魔ロットバルトに引き裂かれる時、白鳥はパンシェをして王子に魔法のようなキスをして、去りがたい想いの余韻を残しながら、パドブレして去っていく。飛び去っていく白鳥の姿をいつまでも追うように見ている王子。
なんという美しい時間だったことだろう。ロパートキナとダニーラ・コルスンツェフの二人には、特別なケミストリーがある。長身でプロポーションに恵まれた二人の並ぶ姿一つとっても、これがクラシック・バレエの美であると酔ってとろけてしまいそうになる。魂が震える至高の芸術、純粋に美しいだけではなく、心の奥深くの琴線に触れるパフォーマンスだった。
というわけで続きです。(実は書いていたのですが、PCがフリーズして1時間かけて書いたものが消えてしまったのをまた思い出して書き直しているという始末)
1幕1場
道化のグリゴーリー・ポポフは、道化役にしては若干品が良くて貴族っぽいところがあると思ったけど、弾むような跳躍も高いし、ピルエット・ア・ラ・スゴンドもよく回っていて場内を沸かせた。でも前回の来日公演のときのアンドレイ・イワーノフの道化はもっと凄かったような記憶が。イワーノフは今回のパンフレットにもプロフィールが載っているのに出演していなくて残念。彼のいかにも道化らしい表情や柔らかさが好きだったのだけど。いずれにしても、ポポフの道化はとてもよいパフォーマンスを見せてくれたし、王子と絡む芝居も達者だった。
ダニーラ・コルスンツェフの王子は、落ち着きはあるものの、道化とも積極的にコミュニケーションを取っているし、人当たりが良い。悩める王子というよりは、人柄の良い、明るい青年という雰囲気。おっとりとした雰囲気の中に育ちのよさと誠実さを感じさせていた。長身で脚も腕も長く、エレガントな上半身。一つ一つの動きがとてもきれいで、王族ならではの気品が漂う。花輪を頭にかぶって女性たちと踊るところがちょっと可愛くて、それを王妃に指摘されて慌てて外すところもお茶目な感じ。だけど、ふとしたところで、「自分の人生はこのままで、決められた妃を娶るということでいいんだろうか」という疑問が頭をよぎっているのが見える。
パ・ド・トロワのマクシム・ジュージンは、背はあまり高いようには見えなかったけど、とにかくポール・ド・ブラが美しくて、思わずその上半身に目を引き寄せられた。若い男性ダンサーでここまで柔らかく優雅で気品のある腕の使い方をする人は珍しいのではないかな。カブリオールのつま先も綺麗だし、派手さはないけれどもとても良いダンサーだと思った。トロワの片方(2番目のヴァリエーションを踊っていたと思う)のヤナ・セーリナは以前から注目していた。アティチュード・ドゥヴァンの位置などがすごく正確で、音によく乗っていて、観ていて気持ちよい踊りを見せてくれるバレリーナ。しかも、この日は4羽の小さな白鳥、ナポリとフル回転。もう一人のヴァレーリヤ・マルトゥイニュクも良かった。
乾杯の踊りの後、独りになった王子は表情に憂いを帯び、ゆっくりと踊り始める。それがやがて高速シェネへとなっていく。
1幕2場(湖畔)
オデットと王子については、前述の通り。
ロットバルトのコンスタンチン・ズヴェレフは、DVD「グラン・ガラ~ロシアバレエのスターたち」ではソロルを踊っている、長身でハンサムなダンサー。北米ツアーでも「ドン・キホーテ」のエスパーダにキャスティングされていたりして、注目株。しかしせっかくの素敵なお顔が、特殊メイク&付け鼻のロットバルト・メイクに隠れてしまっているのがもったいない。背が高くスタイルがいいし、踊りの方も高くて綺麗な跳躍を持っているのだけど、ロパートキナ&コルスンツェフのペアに対抗するには若干演技が薄い。DVDでのイリヤ・クズネツォフの迫力の演技が刷り込まれてしまっているから。今後に期待はできそう。
コール・ドが舞台上に現れ、静止した一瞬はその美しさに息を呑んだ。プロポーションの美しさと揃い方は比類なく、バレエの美とはこのようなものだとうっとりした。ところが、動き出すとポアントの音がうるさく、またキュルキュルと床とこすれる音も耳障り。白鳥のコール・ドだったらもう少し叙情性が欲しいところ。だが、やはり容姿が美しいということがバレエにおいて重要であることが改めて実感された。
4羽の小さな白鳥はよく揃っていて良かったけど、大きな4羽については、ダイナミックに踊ればいいってものではないと感じられてしまった。
(2幕)
2幕の花嫁選びのシーン(版によっては3幕)。古典的で重厚な美術が美しい。特に民族衣装の、まるでフランドル派の絵画に出てきそうな美しい色彩と渋めのゴールドを使った華麗さには目を奪われる。
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コメント
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naomiさん。
はじめまして。
私は今日、びわ湖ホールでの眠りを見てきました。
オブラスツォーワもシクリャローフも、たまに『ん?どうした?』と思う所もありましたが・・・・・でも、この2人で見ることができて良かったです。
またファテーエフが私の目の前に座っていました。上演中、何か一生懸命メモをとっておられました。
どんな事を書いていたのか気になるところです。
投稿: k | 2009/11/29 01:04
kさん、はじめまして!
コメント遅くなってすみません。
私もびわ湖の眠り見たかったのですよね。体力と財政を考えて延性はあきらめましたが。オブラスツォーワは可愛らしくて大好きなバレリーナなのです。シクリャーロフはちょっとダメだったようですね・・
芸術監督が目の前に座っていたら、それはもう気になってしまいますよね!マリインスキーのコール・ドの皆様は日帰りでびわ湖に行ってきたようで、本当に大変なツアーのようですが、でも全体的な満足度はめっちゃ高いです!
投稿: naomi | 2009/11/30 01:30
はじめまして。二年程前からずっと読ませて頂いています。いつもこちらの鑑賞評に信頼をお寄せしているのですが、今回の白鳥の評は特に、読んでいて涙が滲んでくるほどでした。素晴らしい評ですね。
感じ、表現することは誰でも出来ることではないですね。その意味でnaomiさまは素晴らしく、鑑賞の手引きとさせてもらっています。
今回私は12/4サラファーノフ「眠り」12/5テリヨーシキナ(楽しみです)「眠り」12/8「イワンと仔馬」観に行きます。
因みにシュッツットガルトバレエ団のバラキェヴィッチとウィリアム・ムーア、ダミアーノ・ペテネッラのファンでございます。
投稿: りりか | 2009/11/30 07:57
りりかさん、はじめまして。
まだまだ書きかけのところ読んでいただいて恐縮です。私は大変遅筆なので、なかなかちゃんと最後まで書けないのですよね。それに、まだまだバレエの見方がちゃんとわかっていないところもありますが、褒めていただいてありがとうございます!
今後のマリインスキーの鑑賞予定は残念ながらかぶらないのですが、頑張って感想を書いていければと思います。テリョーシキナの白鳥は素晴らしかったので、きっとオーロラも良いと思います!
シュツットガルト・バレエのウィリアム・ムーアはいいですよね!中国での「じゃじゃ馬ならし」で大活躍していて、とても魅力的でしたよ。ダミアーノはグレーミンを渋く踊っていましたし、言うまでもなくバランキエヴィチのペトルーチオは最高でした!目の付け所が良いですね♪
投稿: naomi | 2009/12/01 02:29