『パリ・オペラ座のすべて』Le Ballet de l'Opera de Paris
フレデリック・ワイズマン監督がパリ・オペラ座を撮ったドキュメンタリー映画『パリ・オペラ座のすべて』、クラシカ・ジャパンの試写会で観て来ました。2時間40分という長尺でしたが、飽きることなく、とても面白く観ることができました。
ワイズマン監督がABTを描いた『BALLET アメリカン・バレエ・シアターの世界』と同じ手法で、ダンサーや振付家、スタッフのインタビューもなければ、ナレーションも一切なし。2007年の終わりの84日間にオペラ座で起きたことを切り取っています。撮影の間にストがあって公演が中止になったり、ベジャールが亡くなったりといった事件も起きますが、そのことについても淡々とした日常の一部としてだけ扱われています。
テロップも作品名と、主演ダンサー、それに芸術監督のルフェーブルくらいしかないので、オペラ座を良く知っている人でないと、誰が誰だかわからなくなってしまうかもしれません。私自身も、この人誰だっけ?と思うことが何回かありました。しかも、いきなり序盤の「メディアの夢」のリハーサルで、ステファン・ビュヨンなのにヤン・ブリダールってテロップが出ているし(公開までには直してくださいね)
振付家の名前もあまり出てこないので、ルフェーブルと新作について話し合っている若い振付家がエマニュエル・ガットだとはわからないだろうし。何より、「ベルナルダの家」に出演しているダンサーのテロップがないので、マニュエル・ルグリが映っていることにも気がつかない人がいるかもしれません。
逆に言えば、この作品は誰が主人公ということではなく(敢えて言えばやはり芸術監督ブリジット・ルフェーブルなのだろうけど)、パリ・オペラ座というバレエ団そのものが主役ということなのだと思います。ダンサーのテロップにもエトワールという肩書きはつかないし、ダンサーだけでなく、教師たち(ローラン・イレールがさまざまな作品の指導で登場するのは嬉しい限り)、レッスンピアニスト、衣装やメイクアップなどのスタッフ、さらには食堂の料理人や掃除人まで登場して、オペラ座がダンサーだけで成り立っているわけではないことを示しています。ガルニエの地下の下水のシーンから始まり、ラスト近くも水を湛えた下水(小魚が泳いでいる)ところを映していますが、脈々と300年以上続いてきたこの劇場を象徴させていると思いました。
ルフェーブルの劇中での話によれば、オペラ座は3年単位で上演計画を立てているとのこと。前述のエマニュエル・ガットの新作が上演されたのは、今年(2009年)4月末でした。そして、彼に対して、「ダンサーは15人用意できるわ、必要だったらエトワールも」「エトワールはスーパーカーだから、彼らに10キロで走れなんて言えないわ、オペラ座は階級社会なんだから」ってルフェーブルは言い放ちます。それなのに、この映画はエトワールをたくさん映すということは一切ないのだから面白い。それどころか、レティシア・プジョルやアニエス・ルテステュのような一流エトワールが、ラコットら教師に容赦なくダメ出しをされているところも映し出されています。「脚を低くしてなんて聞いたこともないわ!」とアニエスはぷんぷん怒っているし。
演出がないことによって、オペラ座の知られざる面が赤裸々に明らかにされていきます。「パキータ」のドレスリハーサルでパ・ド・トロワを踊ったマチルド・フルステーに対し、教師がダンサーに聞こえないように彼女に対する辛口の批判をしている声を拾っているのが可笑しいです。ああだこうだと難癖をつけながらも、最後に彼女が3回転のピルエットをしたところで「3回転したから、まあいっか」なんて言っているし。しかもその後に踊ったマチアスには、もう手放しの絶賛で「トレビア~ン!」と手のひらを返しているからますます笑えます。
イレールら教師やスタッフたちを呼びつけて、コンテンポラリーのクラスに参加するダンサーが少ないとルフェーブルが愚痴っているところを映したり、「パキータ」のパ・ド・トロワに抜擢されたバレリーナが、長く踊り続けたいのでこういう大変な役は踊りたくない、と直訴していたり。その「パキータ」のグラン・パのリハーサル途中でアントレのバレリーナのチュチュがほどけてしまったり、オペラ座の意外な側面が見えるのも興味深いです。NYCBとの合同公演でアメリカ人のパトロンが来るという時、大口のスポンサーにリーマン・ブラザーズの名前が出てきて、2年前には、こんなことになろうとは誰も思わなかったんだろうな、ってしみじみ思いました。
リハーサルや本番の映像もたっぷり収められて、作品が完成していく過程をこの映画で観られるのは、バレエファンにとっては至福の時間です。特に日本で観る機会の少ないコンテンポラリー作品が、一部にせよいろいろと観られるのはとても貴重。今のオペラ座は、(ルフェーブルが、「うちは古典をベースにしているカンパニーで、上演しないわけには行かないの」、と教師たちに力説しているのとは裏腹に)コンテンポラリー中心であり、ダンサーたちもコンテンポラリーを踊っている時の方が生き生きとしています。エックの「ベルナルダの家」とウェイン・マクレガーの「ジェヌス」観たいです。オペラ座も来日公演でミックスプロを上演すればいいのに、それが今のオペラ座の姿なのだからって思います。
バレエが好きな人なら、きっとわくわくしながら観ることができる160分、もう一度劇場で観るのが楽しみです。
フレデリック・ワイズマンのインタビューが面白かったので、ご紹介しておきます。
http://www.cinematoday.jp/page/N0019655
登場する作品の感想を一つ一つ挙げていくと、大長文になってしまうので、作品名と主な出演者だけあげておきます。
ルグリはじめ出演者たちが舞台上でものすごい叫び声をあげる「ベルナルダの家」がめっちゃ面白かったです。こういうオペラ座が観たいんですよね。クラシック・バレエを一切学んだことがないマクレガーが振付けた「ジェヌス」はとてもカッコいいし。それから、若さに溢れてまさに伸び盛りのマチアス・エイマンの姿をこうやって残してくれたことも、素晴らしいと思いました。
舞台映像(ゲネプロも一部あり、一部自信なし)
ウェイン・マクレガー振付「ジェヌス」
ジェレミー・ベランガール、ドロテ・ジルベール、マチアス・エイマン、ミリアム・ウルド=ブラム
サシャ・ヴァルツ振付「ロミオとジュリエット」
オーレリー・デュポン、エルヴェ・モロー
アンジェラン・プレルジョカージュ振付「メディアの夢」
アリス・ルナヴァン、ウィルフリード・ロモリ
ピエール・ラコット振付「パキータ」
マニュエル・ルグリ、ドロテ・ジルベール
ルドルフ・ヌレエフ振付「くるみ割り人形」
ニコラ・ル=リッシュ、レティシア・プジョル
「メディアの夢」
デルフィーヌ・ムッサン
マッツ・エック振付「ベルナルダの家」
マニュエル・ルグリ、マリ=アニエス・ジロ、レティシア・プジョル
「ジェヌス」
マチュー・ガニオ、アニエス・ルテステュ、マリ=アニエス・ジロ
リハーサル映像
「くるみ割り人形」群舞
ローラン・イレール(指導)
「メディアの夢」
アリス・ルナヴァン、ステファン・ビュヨン、エミリー・コゼット、アンジェラン・プレルジョカージュ
「パキータ」群舞
ローラン・イレール(指導)
「ジェヌス」
マチアス・エイマン、マチュー・ガニオ
マリ=アニエス・ジロ、バンジャマン・ペッシュ、ウェイン・マクレガー
「くるみ割り人形」
ジョゼ・マルティネス、レティシア・プジョル
「パキータ」
アニエス・ルテステュ、エルヴェ・モロー、ピエール・ラコット
「くるみ割り人形」
レティシア・プジョル、ニコラ・ル=リッシュ
「メディアの夢」
エミリー・コゼット、ローラン・イレール(指導)
「パキータ」
マチルド・フルステー、マチアス・エイマン
ピナ・バウシュ振付「オルフェオとエウリディーチェ」
ヤン・ブリダール
指導者の中には、ノエラ・ポントワやギレーヌ・テスマーもいました。
そして最後の方で、辞退したバレリーナに代わり「パキータ」のパ・ド・トロワを射止めた若く野心に燃えたバレリーナは誰なのでしょうか?オペラ座に詳しい方、教えていただけると嬉しいです。
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コメント
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早々に映画の紹介をありがとうございました。公開が待ちどうしいです。ところで、ダンソマニさんによるとパ・ド・トロワを踊ったのはは下記のダンサー達の様です。最終決定の配役ではなさそうですが。。ここで代役に配されてるのは、ダヤノヴァとレヴィですね。
Pas de trois :
Fiat + Froustey ou Boulet + Hecquet ou Muret + Zusperreguy, remp. Dayanova, Lévy
Thibault ou Heymann ou Valastro, remp. Gaillard
投稿: shio | 2009/09/15 07:54
shioさん、こんばんは。
映画を観ていて、なんとなくサラ・コラ・ダヤノヴァかな、って思ったのですが、やっぱりそのようです(ロレーヌ・レヴィではないようなのだし)。彼女はリハーサルシーンでも登場します。映画の最後でルフェーブルに呼び出され、「こんなに早くチャンスを与えてくださってありがとうございます」って微笑んでいました。ほっそりとしていてとても綺麗なのですよね。去年「ライモンダ」では白の貴婦人トグラン・パ・クラシックのパ・ド・トロワに出ていました。
一方では、パ・ド・トロワに抜擢されながらも、「こんな大変な役は嫌」って断るダンサーもいるというのが面白いですよね。
投稿: naomi | 2009/09/16 01:48