8/19 小林紀子バレエシアター「レ・ランデヴーLes Rendezvous The Invitation エリート・シンコペーションズElite Syncopations」
小林紀子バレエ・シアター第94回公演
(ケネス・マクミラン生誕80周年記念)
レ・ランデヴー/The Invitation/エリート・シンコペーションズ
2009年8月19日(水)19時開演
ゆうぽうとホール
ステイジド・バイ ジュリー・リンコン
マクミランやアシュトン作品など個性的な英国作品を上演することが多い小林紀子バレエシアター。今回の公演は、マクミラン生誕80周年も記念しており、3作品とも再演ではあるけど他のカンパニーでは滅多に観られない貴重な上演だった。
全出演者など、詳細なデータは「大和雅美さんを応援しよう!」masamiFCブログで紹介されているので、ぜひそちらもご覧いただければ。(それぞれの作品の背景なども解説してくれていて、その素晴らしいリサーチ能力には舌を巻いてしまいます)
http://blog.livedoor.jp/masamifc/archives/947192.html
マクミランの「The Invitation」は前回の上演でも観ていたのだけど、人間の暗黒面を赤裸々に描いた衝撃的な作品で、島添亮子さんの痛ましいほどの大熱演もずしりと心に残った。しかも今回は、少女をレイプしてしまう夫役を、ロバート・テューズリーが演じるというから見逃せないと思っていたのだ。
レ・ランデヴー Les Rendezvous
振付 フレデリック・アシュトンFrederick Ashton
作曲 ダニエル・オーベール
美術 ウイリアム・チャペル
プリンシパル・ガール:小野絢子
プリンシパル・ボーイ:中村誠
パ・ド・カトル 難波美保/宮澤芽実/志村美江子
秦 信世/瀬戸桃子(交替出演)
パ・ド・トロワ 真野琴絵 佐々木淳史 八幡顕光
パ・ド・シス:中尾充宏/佐藤禎徳/澤田展生
冨川直樹/土方一生/アンダーシュ・ハンマル
お屋敷の白い門の前の広場に、6組の男女が集まって踊る。どうやら屋敷ではパーティがこれから催されるようだ。6人の女性ダンサーは、白にピンクの縁取りがしてある可愛いふわっとしたドレスを着ている。そこへ、7組目の男女が登場して、友人たちの間を縫って軽やかに踊る。小野絢子さんの可憐さと美しい動き、音楽性の豊かさに目を奪われた。天性の舞踊センスを持っているように思える。中村誠さんも、しなやかな動きで際立っている。アシュトン特有の細かくて複雑なステップも、軽々と踊ってくれる。それから白いドレスの4人によるパ・ド・カトルがあったり、小柄だけどテクニックに優れた3人によるパ・ド・トロワがあり、華麗なプリンシパルのソロが挿入されたり。パーティの浮き浮きした気持ちを感じさせる作品で、最後には、6組プラス主役1組のカップルがそれぞれ去っていく。舞台にはパ・ド・カトルの4人の女性たちが残されるけど、彼女たちは「お楽しみはこれからよ」と楽しげな様子で幕が下りるので、楽しい余韻が残る。
The Invitation
振付 ケネス・マクミラン Kenneth MacMillan
作曲 マティアス・セイバー
美術 ニコラス・ジョージアディス
少女 :島添亮子
少年 :後藤和雄
母 :大森結城
姉妹 :小野絢子・萱嶋みゆき
家庭教師 :楠元郁子
妻 :大和雅美
夫 :ロバート・テューズリー
雌鳥を争う2羽の雄鳥:高畑きずな 冨川祐樹/冨川直樹
前回の上演では、問題のシーンと島添さんの演技があまりに衝撃的で、それ以外の細部をあまり覚えていなかったのだけど、今回のキャストは、夫役のロバート・テューズリー以外は前回とほぼ同じ。このバレエ団の人たちは、演技が達者だなと改めて感じた。
お互いを意識し始めた少年と少女。周囲の子供たちもお年頃で、うわさのカップルになり始めた彼らをからかったり、ヌードの彫刻に関心を示したりと、性に目覚め始めるころ。だが周囲の大人たちは厳格で抑圧的だ。そこへ、一組の倦怠期の夫婦が現れる。宴の夜、「妻」は少年を誘惑し、一方、少女はいつしか男性を惹きつけるような魅力を放ち始める。無意識に「夫」を挑発したところ、夫は少女の魅力についに抗いきれなくなり、事件が起きる。
島添さんの演技は凄惨、壮絶と言えるほど凄かった。無邪気な少女が、少しずつ異性を意識し始めるとともに、自分の女としての魅力にも気がつき始める。同年代の男の子に物足りなさを感じてきて、ちょっと背伸びしてみたい年頃。知らず知らずに大人の男性を挑発してしまい、自分の身に危険が迫ったところで怯えても、もう遅い。彼女が「夫」にレイプされるところは、あまりの生々しい演技に直視するのも辛く、胸が痛くなる。さっきまではあんなに幼くて、そして魅惑的だった少女が、行為の後では、ぼろきれのように横たわり、心身ともに深く傷を負った様子を見せている。自分の行ったことの罪深さに気がつき、「夫」が許しを請いても、彼女は怯えるばかり。そして少年が、再び彼女の元に駆け寄っても、彼女はもう全ての男性に恐怖を感じるようになって、彼を拒絶してしまう。演じる側としても、とても辛い役だと思う。
「夫」役のロバート・テューズリーは、英国紳士的なスーツに身を包み、口ひげも良く似合って、少女から見ても素敵な大人の男性に見えたというのが良くわかる。この役は、自身が踊る場面は少ないのがちょっともったいないのだけど、テューズリーの演技者としての成熟と、マクミラン作品ならではの複雑で時にアクロバティックなリフトをこなすサポート技術はたっぷり見ることができる。
以前パトリック・アルモンがこの役を踊ったのを見たときには、悪いおじさんという感じだったのに、ロバートが演じる「夫」は、そんな感じは全然受けない。善良な紳士なのに、自分の中の弱さや煩悩に負けて、つい少女の挑発に反応し、取り返しのつかないことをしてしまった弱い人間に見えた。大きな間違いを犯したことに気がついた彼は、少女に取りすがって謝罪しようとする。そのなりふりかまわぬ哀れな姿は、あの超2枚目紳士の「夫」とはもはや別の姿だった。
この作品については、賛否両論が出てくるだろう。レイプシーンの描写はかなり露骨な上、思春期の少女を力づくで犯してしまう中年の男性を描いている。しかも、「夫」役は悪い人間ではなく、少女が無意識に発していた色香にのぼせ上がって間違いを犯してしまったという解釈ができるからだ。いわく、誘惑した少女が悪いと。
でも、マクミランは、そんな単純な見方をさせようとしているのではないと思う。善良な人間でも、ふと誘惑に負けてしまって恐ろしいことをしてしまうことがあるということ。一番の犠牲者は、恋をしていた少年を汚らわしい存在のように強く拒絶し、生涯癒えないだろう傷を抱えることになった少女であるということが、ここでは描かれている。女性が犯罪の被害に遭うと、それは挑発的な服装をしていたのが悪いとか、相手に気を持たせたのが悪いと被害者なのに糾弾されるというのは今の時代にも良くあることだ。だが、マクミランは、この作品の痛ましいラストの描写で、性的被害をそのように女性側の責に帰することを強く批判しているように思える。
他の出演者で素晴らしかったのは、「妻」役の大和雅美さん。新国立劇場では群舞のリーダーを務めたり、着実な技術で存在感があるし、舞台上で見かけるとホッとさせてくれるダンサー。だが、ここではエキセントリックな役を、ものすごい演技力で演じたのに驚いた。新国立では、演技力を要求するような作品は少なくてもったいない。彼女が演じる妻は、夫の愛を求めているのに得られず、満たされない想いから、ドロドロした情念がふつふつと沸いてきてしまい、いつしか少年を誘惑してしまう。深いスリットのスカートから脚を高々と上げたり、脚を夫に絡ませたり、少年に全身を使って迫る様子は実に雄弁で、彼女の孤独、寂しさ、夫に対する愛憎、そして欲望を身体で表現していた。女の業の怖さと哀れさが強く伝わってきて、作品に深みを与えていた。
後藤さんの少年も、良い演技を見せていた。長身でスマートな彼が、ちゃんと年若く初心な少年に見えていたし、とても純粋なのに、「妻」の誘惑に抗いきれずについ彼女の胸に頭を埋めてしまうまでの心の動きも伝わってきた。後藤さんはちょっと色気があるダンサーなので、そういう演技がとても説得力があるのだ。そして、男性というのは大人でも子供でも、いつでも女性より鈍感なんだなって思わせてくれたラスト。「ザ・レイクス・プログレス」のロープに取り憑かれた男といい、この作品の「少年」といい、後藤さんは演技力を必要とする役をどんどんものにしていって、これからも見逃せないダンサーだと思った。
冨川祐樹さんと直樹さんの兄弟、そして高畑きずなさんの3人によって踊られた華麗な「雌鳥を争う2羽の雄鳥」の踊りもダイナミックで、作品の良いアクセントになっていた。
主要な登場人物が皆不幸になるという、大変後味の悪い作品ではあるけれども、脇役にいたるまでしっかりとした役作りを行っていて、見ごたえたっぷりの上演だった。マクミラン作品の上演は、日本ではいまやこのバレエ団しか行っていないけれども、レパートリーとして大切にして欲しいと思った。
エリート・シンコペーションズ Elite Syncopations
振付 ケネス・マクミラン Kenneth MacMillan
作曲 スコット・ジョブリン
衣装 イアン・スパーリング
Bethena - a Concert Waltz 高橋怜子 冨川祐樹
The Cascades 高畑きずな/萱嶋みゆき/楠元郁子
Hot House Rag 中尾充宏/中村誠/冨川直樹/佐々木淳史
Friday Night 冨川直樹
Calliope Rag 高畑きずな
The Golden Hours 萱嶋みゆき/中尾充宏
The Alaskan Rag 楠元郁子 佐々木淳史
大森結城
難波美保
宮澤芽実
八幡顕光
同じマクミラン作品でも、打って変わって明るく楽しい作品。舞台の奥に設置されたラグタイム楽団の演奏に乗って繰り広げられる一夜の宴。この日はちょっと乗りが悪かったようで、踊りが丁寧なんだけど音楽とちょっとちぐはぐなところが見受けられた。でも、この作品の中心カップルである高橋怜子さんと冨川祐樹さんは、すごく良かった。この作品の衣装って、カラフルな全身タイツ系で、日本人が着るときつそうな感じなのだけど(何しろ、スタイル抜群で長身のダーシー・バッセルの印象が強い)、小柄ながらもプロポーションのいい高橋さんは見事に着こなしていた。冨川さんも、独特の目線の強さとちょい悪オーラがこの役柄に似合っていて、求心力があった。
中村誠さんの衣装が、ちょっと見上半身は裸にサスペンダー?って思えるもので、妖しい彼の雰囲気に合っていた。この作品でもしなやかなこと!いつもながら張り切っている中尾さんも頼もしい。あとは全体的にもっとスイングした感じが出ればなあ。初演の時の方がなんかノリノリだった気が。でも、超後味が悪く重い作品の後に、こういう楽しげな作品が上演されるのは良い。また見たいなあ。
« 8/16 インターナショナルダンスカンパニー 夏休み親子芸術劇場「ジゼル」他 | トップページ | バーミンガム・ロイヤル・バレエのツァオ・チー主演「Mao's Last Dancer」と新国立劇場「カルミナ・ブラーナDavid Bintley´s Carmina Burana」キャスト »
「バレエ公演感想2009」カテゴリの記事
- 1/23 新国立劇場バレエ団「白鳥の湖」短評(2010.01.24)
- 12/11 マリインスキー・バレエ「オールスター・ガラ」(まだ途中)(2010.01.06)
- 12/26 新国立劇場バレエ 「くるみ割り人形」 (2009.12.27)
- 12/22 YAGPガラ/シュツットガルト・バレエ「オネーギン」のキャスト変更 YAGP 2010 Japan Gala(2009.12.23)
- 12/20 シルヴィ・ギエム&アクラム・カーン・カンパニー「聖なる怪物たち」Sacred Monsters Sylvie Guillem & Akram Khan(2009.12.21)
コメント
« 8/16 インターナショナルダンスカンパニー 夏休み親子芸術劇場「ジゼル」他 | トップページ | バーミンガム・ロイヤル・バレエのツァオ・チー主演「Mao's Last Dancer」と新国立劇場「カルミナ・ブラーナDavid Bintley´s Carmina Burana」キャスト »























私は20日に見ました。
私も重いインビテーションの後の
エリート・シンコペーションズに
ほっとして、楽しめました。
投稿: 金魚 | 2009/08/24 14:45
金魚さん、こんにちは。
平日の夜に見るには、ちょっと長いプログラムでしたが、重くて考えさせられる「Invitation」の後に楽しい「エリート・シンコペーションズ」があったのは良い構成でしたよね。演奏者も舞台に乗って音楽と同一化する踊りっていいですよね~。前回上演の時には、同時上演の「ザ・レイクス・プログレス」に客演していたヨハン・コボーが、あの衣装を着て紛れ込んでいたらしいんですよね~。
投稿: naomi | 2009/08/24 23:32
いつも観に来ていただいてありがとうございます。
新国立と両立の小野絢子さんは、直前にも別の舞台があって、忙しい夏でしたが「レ・ランデヴー」のプリンシパルを軽やかに演じていて、頑張り屋さんだなと思いました。
「Invitation」は、初演キャストとあまり変わらないですが、テューズリー演じる夫の雰囲気が紳士的で、後半の畳み掛けるような激情と憐憫が、ものすごくリアルでした。
賛否両論ある作品ですが、人間を描いたマクミランらしい佳作だと、私は気に入っています。島添さんの細い体の中に、どれだけの引き出しがあるのか、いつも不思議に感じます。
「エリート・シンコペーション」は、いつもピアノを同じ方が担当しているので、コスプレが癖になりそうな楽団員とは、楽しい場所を演出できました。
日本人には難しいノリですが、高橋怜子さんの華奢な体と、怪しげな冨川さんは、良いカップルですね。軟体の中村誠さんは、大好きです。
投稿: くみ | 2009/08/25 09:57
くみさん、こんばんは。
毎度素敵な公演にお誘いいただきありがとうございます♪ご一緒できて楽しかったです。
小野絢子さんは、本当に音楽性が豊かで、大変なことを全然大変そうじゃないように軽やかに踊っていて、観ていて幸せな気持ちにさせられるバレリーナですよね。
そして「The Invitation」は、もはやあの少女役を踊れるのは日本では島添さんしかいないのでは、と思えるほどです。非常に心理描写が細かくて、身体で演技しているのがわかって良かったですね。後味は悪いですが、このように人間の裏の真実を描くような作品も必要だと思います。
「エリート~」は、ピアニストの方がとても乗って楽しそうなのが良いですよね!高橋さんの衣装の着こなしはとてもスマートで、良く似合っていますよね。ホント、冨川直樹さんもこの役はとても合っていて、ちょい悪感が良いです!
投稿: naomi | 2009/08/26 02:17