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2009/06/28

愛を読むひと The Reader

愛を読むひと The Reader
http://www.aiyomu.com/
http://www.imdb.com/title/tt0976051/

製作年 : 2008年
製作国 : アメリカ=ドイツ
監督 : スティーヴン・ダルドリー
製作:アンソニー・ミンゲラ、シドニー・ポラック
脚本:デビッド・ヘア
撮影:クリス・メンゲス、ロジャー・ディーキンス
原作: ベルンハルト・シュリンク 「朗読者」Der Vorleser
出演 : ケイト・ウィンスレット、レイフ・ファインズ、デヴィッド・クロス、レナ・オリン、ブルーノ・ガンツ

原作「朗読者」の邦訳が出た時に読んで、それから10年近く経っての映画化。日本でも当時ベストセラーとなったこの小説のタイトルではなくて、なぜこんな安っぽい邦題にしてしまったのかが大きな疑問。邦訳では、主人公の名前ははミヒャエルだったのに、英語で製作されているため、英語読みのマイケルとなっているのに違和感を覚えた。また、字幕には、時々明らかに誤訳と思われるところがあった。


(ネタバレしているので、未見の方は気をつけてください)

映画を観る前に、もう一度原作を読み直してみた。とても読みやすい邦訳で、ミヒャエルの一人称でストーリーは綴られている。この本を読んだ当時、とても心が動かされて涙を流したと記憶しているのだけど、2回目だからということもあったのか、いろいろな質問を投げかけられたような気がして考え込んでしまった。裁判の序盤で、「あなたならどうしましたか?」とハンナが裁判長に向けた問いは、私にも向けられているのではないかと思った。

本を読むという行為を通して、人の内面の世界は無限に拡大していくものだということが、この作品では隠喩いる。文字が読めないハンナが、頑固で不器用で、ナチスの犯罪行為の意味も理解できていなかったことの悲劇性を伝えている。

原作にほぼ忠実に映画は作られている。より判りやすく、ドラマ的な効果を上げるように付け加えられた描写や、省略されたところはあっても。

******

映画ならではの演出としては、15歳の時のミヒャエルが次から次へと様々な小説(ときにはコミックまで)を朗読していくところが情感豊かで素晴らしい。その間にふたりが愛し合っているところのカット割りが、軽い陶酔感を覚えるほど鮮やかで、恋愛の高揚感をも伝えている。小説を朗読することが愛を意味していたということを強く印象付けており、また強制収容所でハンナがユダヤ人の少女に本を読ませていたという証言にも繋がる。大人になってからのミヒャエルが、テープを吹き込むところもそう。朗読という行為を通して、ミヒャエルはハンナへの思いを伝えようとしていたということがよくわかる。

恋の高揚感の中にも、ハンナが実は字が読めないということを暗喩する描写がさりげなく散りばめられているのが、とても哀しい。ラテン語やギリシャ語まですらすらと読めるミヒャエルは、ハンナがまさか字が読めないなんて思いも寄らなかったことだった。

原作にないエピソードとしては、ミヒャエル(マイケル)と同じゼミを受けている生徒の一人の台詞がある。あの被告人の6人の元看守の女性たちは、たまたま捕まって裁判を受けているけれども、ナチスに関わった人間はものすごく多くいて、罪を問われている人だけではなく、その時代の人々皆が有罪なのではないか、と。

ナチズムを止めることができず、選挙で投票してヒトラーを選んだ人々にだって、罪があると考えることはできる。罪に問われた被告人たちは、職務を全うするために結果的に恐ろしい犯罪行為を行った。自分が同じ立場だったら、果たしてどうしたのだろうか。このシーンがあることで、この重大なテーマが判りやすく浮かび上がってくるのである。

それなのに、他の被告人たちは、自分たちの罪をハンナになすりつけて、罪から逃れようとする。刑の大小はあったとしても、有罪という意味では、皆同じだというのに。

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哲学者だったミヒャエルの父の言葉が、大きなテーマとして全編を流れている。「私は、大人たちに対しても、他人が良いと思うことを自分自身が良いことと思うことより上位におくべき理由はまったく認めないね」人に対して良かれと思ったことが、本当に良いこととは限らないのだ。人間の想いというのは、しばしばすれ違うもの。

高校の同級生たちが誕生日パーティを企画してくれていたのに、パーティには出ずにハンナの元に駆けつけた若き日のミヒャエル。仕事から戻ってきてひどく疲れているハンナは不機嫌で彼の相手をしない。自分が何かを相手のためにしていると思っていても、それは自己満足に過ぎない。相手がどう思っているかということについては、思い図ることができない。看守時代のハンナが、収容者の中でお気に入りの若くて弱い女の子を見つけ、朗読させ、かわいがるもののアウシュヴィッツに送り返して死なせたというエピソードも、その例の一つだ。生き残った母娘のうちの娘のほうが、その事実を指摘し、「ほんとうにそれでよかったのでしょうか」と投げかける。

無期懲役の刑を下されたハンナの元へ、ミヒャエルは自らの朗読を収録したテープを送り続けるようになる。ハンナはそのテープを元に、刑務所の中で文字を覚え、やがてミヒャエルに手紙を書くようになる。返事がほしい、と書いても彼からは手紙は来なくて、テープばかりが送り続けられるようになる。こうしたミヒャエルの行為も、半分は自己満足なのではなかったのか?出所する彼女の社会復帰に向けて、住むところや職の世話もしようとした。だけど、彼の行ったことには決定的な何かが抜け落ちており、最後の悲劇へとつながってしまう。

そして、ハンナの秘密である、彼女が文盲であるということを裁判官に話すことについて、ミヒャエルは悩んだ挙句それを行わなかった。彼女の刑期が、それにより短くなったとしても、文盲であることを恥じていた彼女の気持ちを優先したのだった。しかし、それで本当に良かったのだろうか。

人と人との気持ちのすれ違い、相手の気持ちを慮ることの難しさ、複雑で一言では伝えられない感情について、見事に描ききった脚色が行われている。

ただ、一つだけ不満があるとしたら、それは出所を近くに控えていたハンナをミヒャエルが面会に訪れた時のこと。映画では、ハンナは自分の犯した罪について悔いていなかったということを表明していて、ミヒャエルは非常に裏切られた気持ちになって、彼女に対して微妙に冷淡な態度を取る。ところが、原作では、若き日の情事について、「裁判で話題になった時にはそのことは考えなかったの?」とミヒャエルが尋ねたところ、ハンナが「私はどっちみち誰にも理解してもらえないし、私が何者で、どうしてこんなことになってしまったのか、誰も知らないという気がしていたの。裁判所だって私に弁明を求めることができないわ。ただ、死者にはそれができるのよ。死者は理解してくれる」と答える。その言葉に、彼女の深い苦悩と孤独を感じることができたので、映画はハンナの描き方について、あまり優しくないと思ったのだった。映画では、ミヒャエルは躊躇しながらハンナの手に触れるが、原作では、別れ際にミヒャエルは彼女をそっと抱きしめるのだ。

反面、最後に登場する、ハンナの遺したお金と形見の缶を届けにミヒャエルがニューヨークに、生き残りの娘を尋ねる場面は、上手くエピソードを膨らますことができていたと思う。その娘を演じたのが、レナ・オリンという名女優だったということもあるけれども。「人々は私に収容所で何が得られたのか尋ねるけれども、収容所で得られたものは何もない」と言い切って頑なな態度を見せていた彼女が、お金を入れていた缶を目にした途端に、ハンナのことを少し理解するようになったのだ。戦争犯罪人であっても、同じ人間であり、同じ立場にいたら、どうしていたのかということについても、彼女は考えることができたのだと思う。他人の気持ちを理解するのは非常に困難なことではあるけれども、無理なことではない、そんな希望を与えてくれることで、悲しい物語に少しの救いを感じることができたのだった。

******
ハンナを演じたケイト・ウィンスレットは、頑固で真面目、孤独感を滲ませている故に少年にとって魅惑的な存在という女性に見事になりきっていた。骨太でちょっとくたびれた体型が、36歳のドイツ人の女性というふうに見えていて。あまりの真面目さと不器用さ、職務への忠実さゆえに、法廷でどんどん追い詰められていく彼女の姿が胸に痛く響く。刑務所に入って、実際以上の年齢に見えるほど老けてしまったときにも、大きな青い瞳だけはとても美しかった。

少年時代のミヒャエルを演じたデヴィッド・クロスはドイツ人で、撮影当時17歳という若さ。ほっそりとして背が高いけど、けっして美少年ではないところが、なんともリアルな感じがして、説得力のある演技を見せていた。中年以降のミヒャエル役のレイフ・ファインズは、陰があって苦悩するキャラクターがぴったり合っている。デヴィッド・クロスと顔があまり似ていないのが残念。

不満がないわけではない。ハンナとの面会シーンの台詞の違いと、少年時代のミヒャエルがプールでハンナの姿を見かけたのに駆け寄れなかったエピソードがなかったのが、個人的には惜しいと思った。台詞がドイツ語じゃないのも。が、ベストセラーの映画化という点では、非常に成功している。いくつもの重い問いを、ハンナ=ケイト・ウィンスレットのあのまっすぐな青い瞳で問いかけられ、私は答えを探すのに苦労している。

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