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2009/06/21

6/19 シアターコクーン「桜姫」現代版

Bunkamura20周年記念企画
桜姫
原作 四世 鶴屋南北
脚本 長塚圭史
演出 串田和美
出演 大竹しのぶ(マリア(桜姫)/墓守)、笹野高史(墓守他)、白井晃(セルゲイ(清玄))、中村勘三郎(ゴンザレス)、古田新太(ココージオ(残月))、秋山菜津子(イヴァ(長浦))、佐藤誓(イルモ(入間悪五郎))

http://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/shosai_09_sakura_gendai.html

P1040093s

鶴屋南北による歌舞伎の「桜姫」は以下のような物語である。

物語は、僧清玄(せいげん)と稚児(ちご)の白菊丸(しらぎくまる)による江の島での心中から始まります。
1人命を取り留め、17年後に高僧となった清玄は、出家を望んで寺にやってきた吉田家の息女桜姫(さくらひめ)が、実は白菊丸の生まれ変わりだと知ります。桜姫は、強盗に入った釣鐘権助(つりがねごんすけ)の子を生み、今でもその権助を忘れられない罪の深さを償おうと、出家を思い立ち寺を訪れたのでした。しかし桜姫は、偶然桜谷の草庵で恋しい権助と再会します。
この後、桜姫に白菊丸の面影を追う清玄と、密通がばれて吉田家を追われた桜姫が、めまぐるしく変転していきます。

出典:日本文化振興会「歌舞伎への誘い」より

もともと不条理に満ちた物語を、時代設定は不詳の、南米と思しき国に移して翻案。混沌として、まるで芝居小屋の中で繰り広げられているかのような猥雑な雰囲気に包まれた舞台には、斜めに十字架が突き刺さっている。出演する俳優たち自らが楽隊として音楽を演奏し、さながらフェリーニの映画のよう。

高僧清玄は、ここでは大きな十字架を担ぎながら布教し、貧しき者に分け与えて"聖人"と称されるセルゲイ神父。だが、一方でその十字架を担ぐ姿は一種のパフォーマンスであり、名声欲しさにやっていることと批判を受けている。彼は、16年前に心中を図り一人先に逝った少年ジョゼ(白菊丸)を忘れられない。そんな時に、生まれた時から一度も左の掌を開けなかった16歳の少女マリアが、セルゲイの祈りにより奇跡的に回復。彼女の掌の中には青い珠が。それは心中を図った時にジョゼが手にしていたのと同じもの。セルゲイはマリアをジョゼの生まれ変わりだと信じる。大金持ちで教会に大口の寄付をしているイルモに嫁ぐ予定のマリアにセルゲイは同行する。ところが、彼女の寝室に、悪党ゴンザレスが忍び込む。実は一年前もゴンザレスはマリアのところに侵入し、彼女の処女を奪ったのだが、マリアは初めての男を忘れられず、人知れず子供まで産んでいた。マリアの寝室に何者かが侵入したとイルモが駆けつけると、マリアは侵入者はセルゲイで、赤ん坊もセルゲイの子供だと嘘をつき、二人はイルモの追っ手を逃れて別々に逃亡する。セルゲイは、これは自分に課せられた宿命だと十字架を捨て、赤ん坊を抱えて放浪し、この世の果て、狂気と貧困が渦巻く汚濁の地、崖下に流れ着く。いとしいジョゼ=マリアの姿を追い求めながら。一方ゴンザレスと一緒になったマリアは、娼婦として生計を立てるようになった…。

舞台装置と美術がすごく面白い。舞台脇の席が移動する意味はあまりなかったと思うけど、床にぽこっと穴が開いてそこから人がモグラのように出てきたり、小道具を(時には赤ん坊まで)落としたり、シンプルなセットだけど工夫が凝らされている。電車の車両を表現させるのに、車輪のついた荷台を人力で動かしてみたり、遊園地の列車のようなおもちゃっぽい列車に乗って登場したり。マリアが客を取っているのは、軽トラ(バイクだったかな?)の荷台で、キム・ギドク監督の「悪い男」のラストシーンみたいだった。

しかしひときわ鮮烈だったのは、セルゲイが背負っている十字架で、彼の身長よりも高くて重そうなのだ。この十字架に象徴性を持たせようと演出家と脚本家は考えたのだと思う。この十字架を背負っている時のセルゲイは、一種のトリックスターみたいな感じで、聖人ぶっていて、実際に善行は行ってはいたけれど、あまりの十字架の重さに行動範囲を自ら狭めてしまい、もっとも貧困が渦巻いている崖下には足を踏み入れなかった。マリアの嘘によって追放の身となり、十字架を捨てたセルゲイは、聖職者であることを忘れ、貧しき者たちのことより自分の妄執に取り憑かれて狂気じみた存在となる。彼は元の側近だったココーシオと女中イヴァによって毒殺されそうになるが、埋められた土の中から這い出て、生きているのかいないのかわからないような姿に成り果てても、執念でジョゼの姿を求める。のっぺらぼうの人形をジョゼだと思い込んで話し掛ける彼の姿は哀れで滑稽だ。ジョゼに再び会って、今度は一緒に死にたい、その一念だけが、生と死の間でおぼろげになった彼を動かしている。セルゲイ役の白井晃さんは、よく通るいい声をしており、聖と俗の間で揺れて苦悩する受難の聖職者を好演していた。

マリアのキャラクターは、本当に何を考えているのか全然わからない。この「桜姫」という原作の不条理の原因はすべて彼女が作っている。16歳の少女役が違和感なく演じられてしまう、大竹しのぶのとらえどころがなく、超越した存在感はすごい。しかも、大竹しのぶは、冒頭に登場する「墓守」という狂言回し的な役まで演じているし、太鼓を抱えて楽団の一員にも変身する。突然劇中でマリアが老婆のようになったりと年齢も変幻自在。清純な姫が自分の欲望に素直に生きる女へと変貌していく姿を、鶴屋南北が江戸時代に描いていたというのもすごい。

もう一人の主人公は、悪党ゴンザレス。欲望のままに生きてきて、邪魔者はすべて殺してきた、悪の匂いと生命力に満ち満ちた男。だが、そんな彼も、マリアと生活するようになってから急に色あせたように魅力を失っていく。セルゲイが悪の根源を彼の中に見出し、彼を道連れにマリアと3人で死のうとした時に、ゴンザレスは一人、みっともないほどの生への執着を見せる。そこで、聖を代表するセルゲイと、悪の権化であるゴンザレスが表裏一体の存在であることが示される結末へと至るのだが、この終わり方がどうもすっきりしない。聖と俗、善と悪が実のところはさほどかけ離れたものではないというのはわかるのだが、そこへ至るまでに説得力のあるダイアローグが抜け落ちているのだ。そして中村勘三郎はアクの強い役作りはお手の物なのだが、台詞が聞き取りづらいところがかなりあって、発声の優れた白井さんと演じるには不利な面があったと思う。長髪に浅黒いメイクでいかにも悪人的な姿はいかしていたのだが。

原作では、桜姫は姫の誇りを取り戻して権助、さらにはわが子をも手にかけて御家再興を果たすというのが結末だ。こちらの「桜姫」では、マリアがそこまでの強いキャラクターを持たされていないために、まったく違った終わり方にしたのだろう。だけど、原作の設定をもう少し保っていたほうが、作品全体を覆う混沌とした生命力や諧謔性が生かされたのではないだろうか。

ココーシオの古田新太、イヴァの秋山菜津子はそれぞれ見せ場がたっぷりあって、芸達者振りを見せてくれた。特に秋山さんが見世物小屋のマングース女を演じる様子は妖しくユーモアたっぷりで、最高だった!見世物小屋家業に移ってからぶくぶくと太ったココーシオの、肉襦袢を着用しての古田さんの怪演ぶりも可笑しくて哀しい。彼ら二人は、どちらかといえば普通の人間だったからこそ、最も悲劇的な終わりを迎えなければならなかったのだろう。

狂言回しの墓守をはじめ、ひとり8役も演じた笹野高史をはじめ、本当にうまい俳優を集めており、時代も国籍も超越した怪しさたっぷりの雰囲気はすごく魅力的だった。だけど、それだけにラストをうまく纏め上げられなかったのが惜しい作品だった。この猥雑で聖と俗が代わる代わる顔を覗かせる設定、数奇な運命の大河ドラマ、そして不条理さ。ガルシア=マルケスやマヌエル・プイグ的だなと思ったら、脚本の長塚圭史はやはり、めちゃめちゃガルシア=マルケスを意識していたのだとプログラムに書いてあった。

そして、この現代版「桜姫」を観た人だったら、誰だって歌舞伎の「桜姫」を観たいと思うだろう。江戸時代の歌舞伎の世界を、国を移して現代版にするという試みそのものはとても面白く、多少失敗したところがあったとしても果敢に挑戦して新しいものを作ろうとした心意気は賞賛されるべきである。

歌舞伎の「桜姫」は、この現代版の上演が終了した7月よりシアター・コクーンで上演されるのだが、チケットは現時点ではすべてソールドアウト。うーん。

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演劇/歌舞伎」カテゴリの記事

コメント

こんばんは!
このチケットを持ってたのに、体調が悪くて結局行けませんでした。残念です。

ところで・・・歌舞伎版の方は明日から追加販売があるそうですよ。
http://click.eplus.jp/?4_807126_42700_1

ちゃむさん、こんばんは。

舞台ご覧になれなかったのですか…それは残念でしたね。休憩込みで3時間だからけっこう長い作品だったのですが、わりとあっというまに終わったって感じでした。終わり方がちょっと解せないところがあった以外は楽しめたのですが。体調は回復されましたか?

歌舞伎版の追加発売、お知らせ頂きありがとうございます!助かります。携帯から狙ってみます。

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