5/23 デンマーク・ロイヤル・バレエ「ロミオとジュリエット」(その2)
The Royal Danish Ballet "Romeo and Juliet"
Choreographed by John Neumeier (1971)
Music: Sergei Prokofiev
Set design: Jürgen Rose
23 May 2009 Tokyo
Juliet: Christina Michanek
Romeo: Ulrik Birkkjær
Mercutio: Tim Matiakis
Benvolio: Charles Andersen
Tybalt: Julien Ringdahl
Paris:Gregory Dean
Father Lawrence: Christian Hammeken
Lady Capulet: Gudrun Bojesen
Rosaline: Yao Wei
Artistic Director: Nikolaj Hübbe
http://www.kglteater.dk/OmKunstarterne/Ballet.aspx
「ロミオとジュリエット」は、出会ってから死までの数日間を二人が駆け抜けていった物語。そのわずか数日の間に、ジュリエットは少女から愛と悲しみを知る一人の女性へと変化していく、その過程が見られる作品だと思っていた。少なくとも、今まで何回も観ていて、大好きなマクミラン版の「ロミオとジュリエット」はそうだと理解していた。でも、ノイマイヤー版の「ロミオとジュリエット」では、ジュリエットは成長はしているものの、最後まで無垢で純真な少女のままだったように思えた。作品の中で描かれるジュリエット像は少女のままだけど、演じるバレリーナの内面的な深さ、表現は、幕を追うごとに深みを増して行く。
にぎやかで混沌とした、熱病に罹ったかのような疾走感で二人の若い恋の輝きを熱く伝えた1幕、2幕に胸は高鳴った。でも、この作品の真骨頂は3幕にあるといえる。寝室のパ・ド・ドゥでの心を切り裂かれるような痛切な別れ。パリスとの結婚を嫌悪して暴れたジュリエットが一人になり、ロミオのことを想うシーンの痛ましさと美しさ。黄昏時を思わせる、深い青から遠い地平線の砂色へのグラデーションの背景。旅芸人たちの馬車のシルエットが影絵のように浮かび上がる。追放され、旅芸人たちと旅をするロミオ。遠景のような場所に佇むロミオと、前景にいるジュリエットは、遠い遠い場所にいるように見える。だけど、離れていてもお互いのことを想い合う気持ちは一つ。ジュリエットの踊りとロミオの踊りはシンクロする。舞踏会で出会って恋に落ちたばかりのときに、ジュリエットの動きを模倣するかのように、ロミオが「いつ気づいてくれるかな?」と彼女の後ろに影のように寄り添っていた動きをリピートするという演出。
ジュリエットは決意を胸に、ローレンス神父のもとへと走る。この何度も舞台を横切って走るシーン、2月のハンブルク・バレエの「椿姫」を観た人だったら既視感があることだろう。そう、アルマンがマルグリットからの別れの手紙を読んで、パリまで延々と走るシーンと同じなのだ。アルマンはマルグリットの玄関口で、別の男に抱かれる彼女の姿を見て卒倒する。ジュリエットは、ただただ走り疲れてローレンス神父のところにたどり着いたところでバッタリと倒れこむ。
マクミラン版では、ここの音楽が使われているシーンはまったく違ったものになっている。ジュリエットが、ロミオと結ばれるためにはどんなことでもするという覚悟を決めていくまでの心の旅路を、ベッドにじっと座って思案し、最後に立ち上がって走り去っていく彼女の佇まいだけで表現するシーンだ。ジュリエットを演じるバレリーナの演技力が試されるシーンでもあり、それゆえジュリエット役が、女優バレリーナのための役だとされているのだと思う。大好きなシーンなのだけど、ノイマイヤー版ではジュリエットはひたすら走る!こんなところにも、ジュリエットの一途な若さが表現されているのだ。
(その1)で既に書いた、旅芸人たちがローレンスの作戦を演じて見せた場面。実際には実現しなかったロミオとジュリエットのハッピーエンドの物語を見せることで、悲劇的な結末との対比を際立たせている。二人の幸せな旅立ちの未来予想図を見せられて、ジュリエットの不安げな表情が明るく変わるのが痛ましい。
ジュリエットが、意を決して毒薬を飲むところ、そして最後に死を選ぶところには、躊躇いが微塵もない彼女の強い意志が感じられた。朦朧とした意識の中で、胸と掌から血を流しているティボルトの姿が現れても、その思いは変わらない。仮死状態から目覚めたジュリエットは、まずは墓所から出ようと扉のところまで行って、必死に扉を開けようとするけど開かない。ジュリエットは、ロミオの死を確かなものと認識するまでは、生きようという思いが強かったのだ。ロミオが倒れているのを見つけても、本当に彼が死んでいるのか、何度も確かめる。彼の死を確信してから、ためらうことなく胸を一突きして死んでいくのだった。彼の手を握り締めながら。この作品の中でのジュリエットは、最後まで、熱い想いをたぎらせる生命そのものだった。
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キャピュレット夫人の強烈な存在感は、多くの人の印象に残ったに違いない。演じるダンサーもプリンシパルのグルロン・ボイエセンで、激しく踊るシーンがふんだんに盛り込まれている。1幕から、ジュリエットに踊りを教えて、彼女がうまく踊れないことにイライラするくらいなのだから。ジュリエットには冷淡で厳しい一方で、ティボルトとの愛人関係はあからさまに描かれており、夫の目の前で、ティボルトと手をつないでどこかへ消えていくという大胆な女だ。面白いのがパ・ド・トロワの使い方で、夫キャピュレットと愛人ティボルトに挟まれた彼女の踊りは、鋭角的なグラン・バットマンを何回も繰り返すという攻撃的なもの。クラシック・バレエの決まりごとを無視したような、オフバランスになるくらいの極端に高く脚を振り上げる振付だ。ロミオ、マキューシオ、ベンヴォーリオの三馬鹿大将の能天気な踊りとは対照的。その激しくエキセントリックな踊りは、ティボルトの死のシーンで増幅されて再登場する。ティボルトの死に対してキャピュレット夫人が慟哭するというのはどこの版でも登場するのだけど、ここまで狂女のように激しく鋭角的に、全身を使って周囲を蹴散らすように踊るキャピュレット夫人は初めて観た。情熱を秘めているジュリエットの素質は、母親から受け継いだものがあるんだなって思った。
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この作品の疾走感は、モブシーンの演出の上手さが作り上げているところも大きい。ティボルトがマキューシオと剣を交えることになった経緯も、祭りの高揚感の中で酔っ払ったティボルトが、剣を振り上げたところから始まる。はやし立てたり、噂話で盛り上がる人々。旅芸人や娼婦たち。激しいチャンバラの間を潜り抜けていく人々。マキューシオの一世一代の名演技に喝采を送る人々。マキューシオが斃れた後、本当に彼が死んでいるのかその死体を突付きに行く人々。ティボルトの死の後も、一人、また一人が、自分たちが目にしたことの真実を確かめようと駆け寄る。大勢の登場人物の一人一人に役名があり、無名の群衆ではなくそれぞれに人生を生きている生身の人間として息づいているからこそ、このライブ感が生まれるのだと思う。さらに剣戟の本気加減がすごい迫力で、ティボルトがバルコニーから落ちて死に至るところの恐ろしさも強烈。
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23日の主役の二人、クリスティーナ・ミシャネクとウルリック・ビヤケァーは、実際の年齢も若いし、特にクリスティーナは実年齢の25歳よりもずっと若く、10代の女の子にしか見えない。彼女はとても背が高くて、細いから余計若く見えて、無邪気で幼さを残したジュリエット役にぴったりだった。ジュリエットの強さという面では、24日のスザンネ・グリンデルの方が出ていたと思うけど、ジュリエットらしい若さという点では、クリスティーナのほうが、より説得力があったように思えた。ウルリック・ビヤケァーも背が高くてとてもハンサム。ダンスの技術、特にサポートについてはウルリックは24日のセバスチャン・クロボーより上だったと思う。ウルリックは、セバスチャンよりもしっかりとしていて、とても情熱的だけど、少年というよりは若者というイメージ。二人ともソリストということで発展途上の所はあったと思うけど、この役柄にとてもマッチしていて、本当に魅力的だった。マキューシオ役のティム・マティキアスは踊りも演技も素晴らしい。陽気で、元気いっぱいでいたずらっ子のマキューシオにぴったりだったし、そんな底抜けに明るい彼だからこそ、実際には断末魔の苦しみを味わっているというのに演技に見せかけている哀しさが伝わってきたと思う。ロザラインのヤオ・ウェイの美しさといったら。なんでロミオは彼女を振ってしまうの、と思うくらい。キャピュレット夫人のグルロン・ボイエセンも若く美しくてエキセントリックで怖くて、高い踊りの技術と成熟が感じられた。パリス役のグレゴリー・ディーンの美貌は、まさに貴公子そのもの。キャラクターダンサーが大勢出演していて、その他大勢だというのに、それぞれの人生を感じさせるような演技の味わい深いことといったら。
デンマーク・ロイヤル・バレエは、演劇性に優れている素晴らしいカンパニーだと思った。次の来日も、そう遠くない将来に実現して欲しいものだと思う。
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そうなんですよねー この作品のすごいところはバレエというより人間模様なんですよね。
これはナポリでもそうだったし。
演出された踊りを見ていると言うより自発的に起こっているものを目の当たりに見ている臨場感はこのバレエ団の特色なんでしょうか?
DVDしか見たことないのですけれど、絵空事のラ・シルフィードさえ、それぞれの登場人物がリアルで、わたしのベスト「ラ・シル」です。
投稿: ずず | 2009/05/26 15:53
ずずさん、こんばんは。
そうそう、この作品は、割と古い作品の割りにかなりバレエに関する既成概念を取っ払ってしまって、踊りを通じて人間を描いているんですよね。Spontaneousに起こっている臨場感、そうなんですよね!
「ラ・シルフィード」、DVD買ったのにまだ見ていないんです~。見なくっちゃ!
投稿: naomi | 2009/05/27 01:15
17日の「ナポリ」と24日の「ロミオとジュリエット」を見ました。(2日もnaomiさんとダブってるんなら、どちらかでご挨拶させてもらえばよかったです。)
ロミジュリは良くも悪くも(振付家もダンサーも)若い作品だな~、という気がします。主役の2人(特にジュリエット)がアメリカの高校生みたいなんですよね(笑)。椿姫との共通点も多々ありましたが、ロミオと友人の3人組は「ヨンダーリング」を思い出しました。大柄なジュリエットには最後までなじめませんでしたが、それでも全体としては大満足です。クロボー君はまさに舞台の上でロミオの人生を生きていたし、ユルゲン・ローゼの舞台装置は素晴らしいし、プロコフィエフの音楽も改めて凄い!東京シティ・フィルも今まで聞いた中で一番良かった。
このバレエ団のすごいところは、芸術監督が語る「バレエ団の特徴とあるべき姿、将来の方向性」がちゃんと舞台の上で実現できていることなんですよね。今回の演目の選び方もそうだし、ダンサーはみんな踊りと演技の間に境目が無く、主役やソリストはもちろんのこと、群舞や子役にいたるまで自然にその役を演じていて、登場人物の一人一人が実に生き生きとしています。ナポリでは踊る喜びを、ロミジュリでは演劇の素晴らしさを、そして両方の演目で劇場通いの楽しさを再認識させてもらいました。
他の演目も見たくて、会場で売っていた「ラ・シルフィード」のDVD買っちゃいました♪
投稿: pelu | 2009/05/27 01:44
peluさん、こんにちは。
ナポリもロミジュリも同じ日に観ていたんですね~!私は祭典会員で、平日は6時半に東京文化に間に合わないので、極力土日で見るようにしているので、きっとまたどこかでお会いできることでしょう。バレエフェスは全幕プロはいまのところ3つとも観る予定です。フォーゲルくんのジゼルは吉岡さんの日に観ます。よろしければ声をかけてくださいね。
よくも悪くも若い作品というのは納得です!主役の二人は本当に未熟なキャラクターですよね。大人たちが彼ら(そしてマキューシオら)に振り回されているってところもあると思います。ノイマイヤーがアメリカ人というのも、ちょっとは関係しているのかも。ジュリエット役は、二日間とも背が高かったですね。土曜日のミシャネックも確か172センチということで、長身でした。いくらロミオ役も背が高くても、あんなにリフトが多いと大変なんじゃないかと思います。
おっしゃるとおり、このバレエ団は自分たちの方向性がしっかりしているというか、得意分野は何かというのを見極めているんだと思います。ブルノンヴィル作品と演劇的な作品、ということで今回の演目になったんでしょうね。「ナポリ」も楽しかった!
ノイマイヤーの「人魚姫」も、もともとはデンマークロイヤルのために振付けられた作品なので、演技が達者なこのバレエ団の人たちでも観てみたいって思います。
投稿: naomi | 2009/05/28 00:31
私も(まだ一年生ですが)祭典会員で、基本土日の人間です。ジゼルはフォーゲル君が気になりながらもパス(去年ルグリを3回見てしまったので)。バレエフェスはABプロとドンキ以外の全幕プロ、ベジャールも押さえていますので(体力持つかしら?)、是非そのときにご挨拶させてください!
そう、今回のロミジュリを見て「ノイマイヤーってアメリカ人だったんだな~」と思っちゃいました。椿姫ではすっかりヨーロッパ人って感じでしたけど。
スターダンサーがいなくても、そしてダンサーのレベル的にはロシアやドイツのバレエ団には及ばなくても、これだけ充実した舞台が作れるカンパニーって素晴らしいです。ベテランと若手のバランスが取れているし、キャラクター・ダンサーもしっかりしてるし、スタッフも含め全員が一丸となって一つの作品を作り上げていこうとする熱意が伝わってきます。もちろん競争や嫉妬もあるのでしょうが、こんな社風の会社があったらいいな、なんて思ったりして(笑)。
松山バレエ団のロミジュリは私も一度見ただけなのでうろ覚えなのですが、印象に残っているのは3箇所。①キャピレット家の舞踏会のシーンでロミオとジュリエットの2人だけをスポットライトで浮かび上がらせ、2人が惹かれあっている様子とその後の悲劇を予感させる演出が見事でした。②バルコニーの上からロミオを見送るジュリエット(森下さん)の目線や仕種は言葉以上にあふれる思いを語っていて、とっく昔に忘れていた「初恋」の2文字が蘇ってきました。③2人の死を目の当たりにしたキャピレット家とモンタギュー家が和解するラストが感動的でした。
投稿: pelu | 2009/05/31 01:55
peluさん、こんばんは。
ではバレエフェスあたりでお会いできそうですね!もちろんABプロとも土日に行きます。夏の暑い盛りだから、体力勝負ですよね!前回は上野に通勤しているんじゃないかと思うほどでした。ガラは特に長丁場でしたし。
デンマークロイヤルはやはり長い伝統に裏打ちされていて、総合力の高いカンパニーだということなんでしょうね。何しろ、かのアンデルセンも一時期在籍していたくらいですから!
松山バレエ団の作品は、清水哲太郎さんがずいぶんと考え抜かれて演出されているようですよね。私もその昔観たときは、オーチャードの3階席だったのですが、とても感動しました。また機会があれば観てみたいです!
投稿: naomi | 2009/05/31 23:56