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2009/03/01

『ベンジャミン・バトン -数奇な人生-The Curious Case of Benjamin Button』

『The Curious Case of Benjamin Button』

公式サイト http://wwws.warnerbros.co.jp/benjaminbutton/
米公式サイト http://www.benjaminbutton.com/
http://www.imdb.com/title/tt0421715/

監督 デヴィッド・フィンチャー
原作 F・スコット・フィッツジェラルド
音楽 アレクサンドル・デスプラ
脚本 エリック・ロス

ベンジャミン・バトン:ブラッド・ピット
デイジー:ケイト・ブランシェット
ミスター・ガトー:イライアス・コーティーズ
クイニー:タラジ・P・ヘンソン
トーマス・バトン:ジェイソン・フレミング
キャロライン:ジュリア・オーモンド
エリザベス・アボット:ティルダ・スウィントン
マイク船長:ジャレッド・ハリス

F・スコット・フィッツジェラルドの短編小説を映画化。80代の老人の姿で生まれ、歳をとるごとに若返っていき、0歳で生涯を終えたベンジャミン・バトンの奇妙な人生を描く。

「ベンジャミン・バトン/数奇な人生」というタイトルだけど、年を取るごとに少しずつ若くなっていくという宿命以外は、ベンジャミンの人生はそこまで数奇なものではない。彼の人格というか中身は、実は穏やかな普通の人であり、だからこそこの設定が生きてくるのかな、と思う。

映画は比較的淡々と進んでいくが、デヴィッド・フィンチャーの演出の腕が冴え渡る場面がいくつかあって、ワクワクした。まずは一番最初の時計職人ミスター・ガトーのエピソード。1918年、第一次世界大戦の終結時。盲目だが大変腕の良いミスター・ガトーが、新築されたニューオーリンズの駅舎の時計の製作を依頼され、心血を注いで作り上げた。落成式にはルーズヴェルト大統領も出席。だが、見事な時計の針は、逆に時間を刻むのだった。第一次世界大戦に出征した一人息子が戦死したため、時間を逆戻りさせて欲しいという彼の思いがこめられていたのだ。息子の出征のシーンがここで逆再生される。この逆刻み時計は最後にもう一度登場する。人生は先に進んでいくけど前に戻ることはできないというテーマを上手く象徴させている。後で登場する、デイジーが交通事故に遭う時の、「あの時、そうしなかったなら」という別ヴァージョンをいくつも切り替えながら登場させるところも唸った。事故に関係した人々一人一人の動きを、語り手であるベンジャミンが知る由もなかったというのに、いくつかの偶然が重なって事故は起きてしまった。そして時計の針を戻すことは、もうできない。その時に交錯する人々の運命を、めくるめくカットつなぎで見せていく編集の妙に、クラクラと陶酔した。悲劇的なシーンなのに。

出産で命を落とした母親から生まれたベンジャミンの姿を見て、慌てて彼を連れて逃げ出す父の姿が強烈。皺くちゃの老人の姿の赤ちゃんをなかなか見せないところもうまい。老人ホームを運営する夫婦に引き取られたベンジャミンが、教会に連れて行かれて怪しげな神父に促されて車椅子から立ち上がるところも強烈。強烈といえば、老人ホームの住民たちもとても個性的で、中でも7回も雷に打たれたことをことあるたびに自慢する老人が面白かった。そのたびに、毎回異なるモノクロームの映像で雷に打たれる様子が登場するところがなんとも可笑しい。オペラ歌手だった老婦人、ピアノを教えてくれた老婦人…。

老人ホームで育ったベンジャミンは、幼い時から何回も人の死を目撃する。老人ホームで親しんできた愛すべきお年寄りたちの死。だから、彼は外見だけでなく中身も普通の子供よりも大人びていたし、死に親しんできたのだ。"アーティスト"であった男気あふれる「船長」と戦争に行って彼らの死を目撃する。その後も、何回となく親しい人たちの死に出会う。自分の姿だけはどんどん若くなっていくのに。死という避けられない運命を知ったからこそ、ベンジャミンは自分に課せられた数奇な運命を受け入れて、淡々と生きてきたのだと感じた。

彼が5歳の時に出会う運命の女性デイジー。老人の姿をしていた彼を、子供だと直感して仲良くしてくれた青い目の美少女のことを、ベンジャミンはどこにいても忘れることはなかった。10歳の子供から美しく成長して行き、そして少しずつ年を重ねて老いて行くデイジーに対して、老人から少しずつ若々しくなり、青年へと戻っていき最後には赤ん坊になってしまうベンジャミン。二人の年齢はほんの短い間だけ一致し、そしてその間、二人は夢のような甘い生活を送る。「このときの姿を覚えていよう」と二人で鏡に向かったシーンが時の儚さを感じさせて、とても切なかった。さらに切ないのが、ベンジャミンと別れ、別の男性と結婚してすでに初老の域に達していたデイジーと、時分の花というべき美しく若い青年になったベンジャミンがベッドを共にするところ。服を着るデイジーの背中が年老いて見えていたのが、すごく胸に痛かった。

交通事故に遭い、バレリーナという美を極める職業を断念したデイジーは、人一倍美しさや若さに固執している。自身が年を取っていくのにベンジャミンが若返っていくため、さらに年老いていく自分に引け目を感じて行ってそれが哀しかった。それでも人生は進んでいくし、生きていかなければならない。後戻りはできない。予期せぬ運命によって、思い通りに人生はいかないけれども、そんな中で偶然のかけがえのない出会いがある。人は生まれて成長して、年老いて死んでいくし、ほとんどの人間は名を残すこともなく死んでしまうけど、そんな一人一人にも人生があるのだと、しみじみと思うのだった。

タトゥーを刻んだアーティストだった船長。ダンサーだったデイジー。ドーバー海峡を泳ぎきった、ベンジャミンのロシアでの恋人エリザベス。雷に打たれた老人。時計を製作したミスター・ガトー。大きな母の愛で包んでくれたクイニー。彼らを走馬灯のように見せ、そしてハリケーンのカトリーナに襲われて水没していく時計を写して終わるのが見事だった。

予告編でバレエのシーンがあったので気になっていたのだけど、実際かなりバレエのシーンが登場する。デイジーはオーディションを受けて、スクール・オブ・アメリカン・バレエに入学する。晴れてNYでバレリーナとなった彼女がベンジャミンと食事するシーンで、一方的にバレエに対する情熱をまくし立てるシーンがある。「バランシンが、私は完璧なラインを持っているとほめてくれたわ」と。踊っている作品もネオクラシックなので、NYCBに入団したということなのだと思う(劇場は、現在「オペラ座の怪人」が上演されているマジェスティック劇場だったけど)。夜の靄がかかる中、デイジーが靴を脱いで踊る逆光線の幻想的なシーンが夢のように美しい。ダンスはもちろん吹き替えられていると思うけど、ケイト・ブランシェットはスリムで顔が小さいので、バレリーナ役というのも納得できる。「バレエ・リュスの振付家が来ているの」と言ったり、「ボリショイで初めて踊ったアメリカ人バレリーナ」だったり、そして交通事故に遭ってしまうパリでは、オペラ座に出演するという設定だった。ストレッチやバーレッスンをするところも出てくる。またバレリーナを断念した後も、デイジーはバレエ教室を始める。髪をシニヨンにしてバレエミストレスをやっている姿もとても絵になる。ケイト・ブランシェットは少しずつ年老いていくけれども、年を取っていってもやっぱりとても美しくて魅惑的だ。

それから、ベンジャミンが老人ホームで上品だけど孤独な婦人にピアノを教えてもらって弾く曲が、マクミラン振付「エリート・シンコペーションズ」でもお馴染みのスコット・ジョプリンの「23 Bethena」。彼が晩年認知症になり、子供の姿でピアノをたどたどしく弾くのもこの曲。この曲がテーマ曲としてうまく機能しているのが、なんだか嬉しかった。

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