ゲルギエフ、グルジアとロシアの紛争について語る
マリインスキー劇場の芸術監督で、指揮者のヴァレリー・ゲルギエフは、マリインスキー管弦楽団の米国ツアーでマイアミ・ビーチにいるところを、ニューヨークタイムズにインタビューされました。
http://www.nytimes.com/2008/11/08/arts/music/08gerg.html?_r=1&hp&oref=slogin
ゲルギエフは、今年8月に南オセチア自治州の州都Tskhinvaliにて演奏会を行い、グルジアの攻撃を激しく非難しました。ロシア語と英語の両方で、彼はグルジアを批判し、ロシアを救世主として讃えました。世界でもっとも有名なオセチア人であるゲルギエフは、ペテルブルグのキーロフオーケストラを率いて、5日間の戦闘における死者たちを弔う追悼コンサートを行いました。このできごとは、クレムリンのプロパガンダであるという強い印象を世界に与え、西側世界ではこの戦闘の悪役とされているロシアを支持するゲルギエフに対して、非難の嵐が巻き起こりました。
3ヶ月が経過した今も、ゲルギエフは、自身の役割に誇りを持っているようです。彼が言うには、グルジアは自衛ではなく、無差別攻撃を行っていたとのことです。どちら側に原因があったかは、今もって論争が続いています。
ゲルギエフは、グルジアと、サカシヴィリ大統領を激しく非難しました。グルジアの攻撃を、予想はされていたものの、実際に起きるとは思っていなかったという意味で真珠湾攻撃になぞらえました。そして、彼を批判する者たちは、安楽椅子で高みからコメントしているのだと。
「ひとつ明らかなのは、グルジアは眠れる街を爆撃したということです。誰もが今はそれを知っています。グルジアの大統領は、力づくで奪い取ろうとしており、市民がどれほど殺されようと彼には関係のないことなのです」
「どのようにして始まったことかが大事なのです。もしパンドラの箱を開けてしまったら、その中に蛇が入っていたとしても叫ぶべきではありません」
グルジア側は、 ロシアは侵略を準備しており、グルジアの村を攻撃していたという証拠があり、自国の攻撃は防衛的なものであると主張しています。
9日から始まる、エイヴァリー・フィッシャーホールで行われるニューヨーク公演でゲルギエフは、有名ではないバレエ音楽集から始まり、月曜日には「ロミオとジュリエット」を指揮します。16日は、「三つのオレンジへの恋」のコンサートヴァージョン、17日には映画音楽プログラムを指揮します。そして来年3月には、ロンドン交響楽団とともにプロコフィエフの交響曲やコンチェルトのプログラムを上演します。来シーズンには、ニューヨークフィルと、3週間のストラヴィンスキープログラムを上演する予定です。ニューヨークの人々に、まだあまり知られていない舞台作品や映画音楽を紹介する機会と考えているとのことです。
今までもゲルギエフは、北オセチアで起こった悲劇や、日本の震災の被害者のためのチャリティコンサートを開いてきました。
しかし、8月21日の南オセチアでのパフォーマンスは、一部のコメンテーターからは厳しい批判が寄せられました。このコンサートの光景自体がシュールなものであったと。暗闇に包まれた街のなかで、コンサートが行われた場所だけは光に包まれていました。すぐ近くのグルジアの村からは、おそらくロシア軍によって火が放たれた家からの煙が昇っていました。このコンサートはロシア中で放映され、ショスタコーヴィチの交響曲7番「レニングラード」が演奏されたことで、第二次世界大戦において、ドイツ軍に占領されたレニングラードでのロシア人の苦難に重ねられ、ナショナリスト的なメッセージを伝えていました。
Forbes.comにおいて記者は、「南オセチア人は罪のない犠牲者でロシア軍は輝く鎧を着けた騎士、グルジアのサーカシヴィリ大統領はヒトラーに似ていなくもない口ひげを生やしている」と書きました。これに対して、ロンドン交響楽団は、ゲルギエフを支持すると表明しました。
「私は自分のしたことが正しいと100%確信しています」とゲルギエフは言いました。西側からの批判に対しては、「それがどうしましたか。私はオセチア人なのですよ」と答えました。
このコンサートがどのように実現したかについては、ロシアの一部である北オセチアの役人に接触し、現地を訪問したいと申し出たとのこと。クレムリンがコンサートの準備についてどのような役割を果たしたかについては、返事をかどわかしました。
ゲルギエフは、チャイコフスキーの交響曲5番、アンダンテという平和的な音楽から始め、チャイコフスキーの交響曲6番「悲愴」の死に支配されたフィナーレで終えたという事実を批評家たちが無視したと言い、プログラムの内容を擁護しました。交響曲「レニングラード」を上演したことに対する批判については、「ショスタコーヴィッチは悪を非難する意味でこの曲を書いたのです。彼は、私たちがこの世界で生きていく権利を護るための作品を考えていたのです」
また、プーチン首相との関係についての質問も出てきました。お互いの子供の名付け親であるという噂までささやかれているからです。「私たちは親しくはしていますが、友人ではありません」プーチンがサンクトペテルブルグの副市長であった1990年代からの知り合いであり、便宜を図ってもらったり、高価な贈り物をもらったこともないと彼は語りました。事実、ゲルギエフは20カ国から勲章を受けています。
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オセチアでの追悼コンサートを報道するニュース
http://sankei.jp.msn.com/world/europe/080822/erp0808220808002-n1.htm
もうひとつ記事
「【音楽の政治学】廃墟のゲルギエフ 情報戦争に加担した巨匠」
http://sankei.jp.msn.com/world/europe/081019/erp0810191327005-n1.htm
政治と音楽は切り離して考えるべきものなのでしょうが、特にロシアでは、バレエも含めて密接にかかわってくる部分があるのでしょうね。
いずれにしても、このような情勢では、グルジア国立バレエの芸術監督であるニーナ・アナニアシヴィリが、再びロシアで踊るということは非常に考えにくいですね。残念なことです。
なお、ショスタコーヴィチの交響曲7番「レニングラード」ですが、
ソ連のプロパガンダを強く感じさせるとされてきましたが、1970年代後半に出された「ショスタコーヴィッチの証言」でこの作を「スターリンによって破壊され、ヒトラーによってとどめを刺された」レニングラードを意味すると書かれたるころ評価が変わり始め、現在では、ショスタコーヴィチはこの作品においてナチス・ドイツのみならずソ連政府の暴力をも告発しているのだ、という説が有力になりつつあるそうです(Wikipediaより)
個人的には、この曲そのものには、ソ連のプロパガンダに見せかけて実はスターリンも批判しているのではないかという解釈に賛成です。ショスタコーヴィチは、そんなに一筋縄で行くような作曲家ではないと思いますので。
でも、南オセチアのコンサートでの演奏における政治性の有無に関しては、当事者ではないので、なんともいえないところです。ただ言えることは、大義名分が何であれ、一般市民に犠牲を強いるような戦争はして欲しくないということ。
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