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« 「非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎」In the Realms of the Unreal | トップページ | 井上バレエ団の「くるみ割り人形」に元ABTのヘスス・パストール »

2008/10/05

「愛の悪魔 フランシス・ベイコンの歪んだ肖像」 Love is the Devil: Study for a Portrait of Francis Bacon

監督:ジョン・メイブリィ
出演:デレク・ジャコビ、ダニエル・クレイグ、ティルダ・スウィントン

http://www.imdb.com/title/tt0119577/

(この感想は、1999年2月に劇場で観たときの感想に、DVDで再見した時の感想を加筆修正したものです)

20世紀を代表する現代美術家の一人として著名なフランシス・ベイコンと、その愛人ジョージの関係を描いた作品。ベイコンの作品といえば、手近に観られるものとして花村萬月の芥川賞受賞作品「ゲルマニウムの夜」の表紙が挙げられるが、独特の強烈な作風で知られている。わたしも何度か美術館で見たことがあるが、痛切な痛みを感じさせる、叫びのような絵だ。

残念ながら、ベイコンの実際の作品は映画化を遺族に賛同してもらえず、この映画には登場しない。しかしながら、彼の芸術の世界は、映像の工夫で随所に現れている。食器や窓ガラスに映る歪んだ表情、乱雑なアトリエの中の丸い鏡やテーブル、ジョージの悪夢の中に現れる無間地獄のようならせんや全身から血を流しながら飛び降りようとする人物・・・。

何しろ、ベイコンという人物は強烈だ。彼を演じるサー・デレク・ジャコビは本当にそっくりの外見をしているのだが、見るからに変態である。どういう変態かというと、映画「戦艦ポチョムキン」の有名な、乳母車が階段を落ちていくシーンを見てマスターベーションしてしまうのだ。もちろん、ホモセクシャルであることを公言している。彼は常に自分が中心でなければ気が済まず、傲慢で、ジョージにはサディストのように振る舞いながらも、性的にはマゾヒストである。とても身なりに気を使っていて、街に出かけるときには化粧までして歩いている。この映画の舞台となった1964~71年頃にはすでに50代であったのに、だ。彼は、まわりの人間からエネルギーを吸い取って自分のパワーにしてしまう、ブラックホールのような人物である。それに対し、ジョージという人間は小悪党で平凡で、ベイコンの作品のモデルとしてもっとも多く登場しているにもかかわらず、どのような人物であったかの記録もほとんど残っていない。凡人は天才にそのエネルギーを吸い取られるよう運命づけられていたのだ。

そんなベイコンとジョージ・ダイアーが知り合ったきっかけというのは、なんと、ジョージが泥棒としてベイコンのアトリエに侵入したことであった。「ベッドにくれば、ほしいものをやろう」とベイコンに誘われ、若くてハンサムでありながらも、何回も懲役刑をくらっているチンピラであったジョージは、この怪物のような芸術家の愛人としてともに暮らし、愛の地獄を味わうことになる。演じているのは、いまやジェームズ・ボンド俳優として大スターになった若き日のダニエル・クレイグ。本来の金髪を黒く染めて、ダイアーに似せようとしている。顔立ちそのものは似ていないのに、有名なダイアーの横顔の写真や肖像と似ているのが面白い。見るからに居心地が悪そうで、ハンサムな外見とは裏腹に落ち着きがなく、常に不安に苛まれている様子、心がどんどん蝕まれていく様子が見えて、心が痛くなる。ベイコンと沿い寝するするときの無垢な寝顔、ベルトで彼を鞭打ってから「ごめんなさい」と謝る様子、そして不器用な愛の告白。この作品は、ジョージの心情に寄り添って、フランシスという人間を描いているのだ。

ベイコンは、ジョージの無教養だが無垢な面を愛し、それを自分の創造活動の源とした。実際、ジョージをモデルにした作品はかなり多く存在しており、ベーコンの作品の中でも強い印象を残す作品ばかりである。ジョージにいいスーツを着せ、仲間と入り浸っている酒場やカジノ、瀟洒なレストランに連れていき社交活動にいそしむ。しかし、教養のないジョージはそこに入り込むことができず、侮辱される思いをする。そして、麻薬や酒におぼれていき、自分自身をも見失ってしまう。夜毎見る悪夢。

酔っぱらったジョージをカジノに放置し、他の男性を部屋に引っ張り込んで彼を閉め出してしまうベイコンの仕打ち。ジョージは自殺未遂をしたり、麻薬があることを警察に密告したりして、彼の元を離れようとする。しかしながら、ベイコンの言葉の通り「一度磨かれた原石は二度と元には戻らない」。ジョージは結局ベイコンの元を離れられない。離れようとしたら、死を選ぶしかなかった。

デレク・ジャコビの演技は強烈だ。本当に狂気と変態性を併せ持った天才にしか思えない。中でも、3面の鏡の前でまるで娼婦のように婉然と微笑み化粧するシーンにはゾクッとする。カオスを表現した坂本龍一のスコアも素晴らしい。意外とわかりやすい作品になっていて、ベイコンという人間のすさまじい業を感じさせてくれる。

DVDを観るにあたって、特典映像のひとつ、1998年にこの作品がカンヌ映画祭の「ある視点」部門に出品された時のインタビューを見た。監督ジョン・メイブリィは、将来ダニエル・クレイグは必ずやスターになるだろうと予言しており、実際にその予言が当たっていたのには驚いた。このときのダニエルは若く、ほっそりとして、ナイフのように切れ味鋭い感じ。まだこのときにはほとんど映画に出ていなかったのに、その後の活躍は広く知られることになるわけだ。

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