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2008/07/08

「物語ること」についての作品考察―ジョン・ノイマイヤーの「椿姫」と映画「つぐない」

パリ・オペラ座で観た「椿姫」の感想を書く前に、4回、この作品を観てふと思ったことを簡単にまとめてみた。少し前に観た映画「つぐない」と構造的に類似した部分のある、メタ物語であるという思い付きから、下の雑文を思いついてみた。ジョン・ノイマイヤーの意図とはかけ離れているかもしれないけど、こんな解釈も可能だということで軽くお読みいただければ幸いです。

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ジョン・ノイマイヤーによるバレエ「椿姫」は、亡くなったマルグリットの部屋から遺品が運び出され、駆けつけたアルマンが遺品の中からマルグリットの日記を見つけて読み始めるところから始まる。

マルグリットの遺した日記の中でつづられている二人の出会いと別れを、アルマンが振り返るという語り口になっている。物語の語り手は、アルマンであり、彼の語り口を媒介にして、日記に記されていたマルグリットの心情が綴られていく。

さらにこの作品を面白くしているのは、マルグリットが、劇中劇である「マノン・レスコー」の物語の中に引き込まれ、中でもマノンというヒロインに自分を重ねているというメタ物語性である。いつしか、マルグリットの中にはマノンが住み着いてしまい、離れられなくなり、マノンが辿った悲しい運命を彼女自身も辿り始める。

象徴的なのは、3幕で瀕死のマノンとマルグリット、そしてデ・グリューが踊るパ・ド・トロワ。マノンという物語上の人物に現実のマルグリットが飲み込まれていく様子が残酷なまでに描かれている。

「椿姫」が「マノン・レスコー」と違っているのは、マノンは愛する男性の腕の中で亡くなったけど、マルグリットはたった一人で寂しく死んでいったということ。

ノイマイヤーは、マルグリットとアルマンの物語を描きたかったというよりは、このメタ物語という語り口で、舞踊による物語を描きたかったのではないかと思われる。
だから、物語そのものをとってみると、この上なく美しく悲劇的だけど、空虚なところも感じられる。これは、愛についての物語というよりは、「物語ることについて」のバレエなのだ。

さて、物語ることについての物語といえば、キーラ・ナイトレイが主演した「つぐない」という映画がある。
(「つぐない」を未見の方は、以下は読まないでください)

小説家志望の少女ブライオニーが、美しい姉への嫉妬と思春期特有の想像力の逞しさから嘘をつき、姉と恋人である使用人の息子の間を引き裂いてしまう。恋人は戦争に出征し、二人はその後、結ばれることはなかったという話だ。
ブライオニーはその後大人になって作家になり、最後の作品として、姉とその恋人の物語を書く。しかし、その物語は、現実のような永遠の別れはなく、幾多の障害を乗り越えて恋人たちは結ばれるという虚構の入ったストーリーで、その虚構が事実として、この映画そのもののストーリーとして終盤まで展開する。自分のせいで現実では結ばれなかった恋人たちを、せめて小説の中では結ばせたいという少女の贖罪の気持ちが、その小説の中で現れているのだ。そして、映画を観ている観客も、その虚構のストーリーが本当の話だという仕掛けにまんまと引っかかっている。
少女の叩くタイプライターのリズミカルな響きが、何よりも象徴的である。物語ること、小説というフィクションと現実の物語との関係を巧みに描きながらも、「現実にはかなえられなかった二人の幸せな姿」をラストシーンに持って
くることで、切ない余韻を残した作品だ。

(ネタバレ終了)

「つぐない」のブライオニーが書いた小説と、マルグリットの遺した日記、「椿姫」の語り手であるアルマン、そしてバレエ「椿姫」の中に登場する「マノン・レスコー」の劇中劇は類似性のあるモチーフである。

アルマンは、マルグリットの心変わりは、彼の父に説得された彼女が自ら身を引いたということを知らず、彼女を公衆の面前でひどく侮辱してしまう。その結果、マルグリットは一層病み、彼に二度と会わないまま、孤独と貧窮の中で息を引き取る。

「マノン・レスコー」で最後にマノンがデ・グリューの腕の中で息を引き取るという結末を、アルマンも「椿姫」の中で実現させたかった。マルグリットが亡くなる時には、自分の腕の中で亡くなってほしかった。そのアルマンの願望と贖罪の気持ちがこめられているからこそ、マルグリットとアルマンの物語よりも、劇中劇であり、「現実にはかなえられなかった二人(=マルグリットとアルマン)の幸せな姿」でもあるマノンとデ・グリューの物語のほうが、より一層心をかきむしるような強い悲劇性とドラマを帯びているのだ。

マルグリットが必要以上にマノンに感情移入してしまうのも、虚構における恋愛の方が、現実の愛よりもずっと純粋で美しいものであるからであり、マノンのような結末になることを恐れながらも、いつしかマノンと同一化したいと渇望し、さらにマノンよりも悲しい終わりを遂げてしまうというのが、この「椿姫」の最大の悲劇である。そして、作品の終わりは、マルグリットの死と、アルマンが彼女の日記を閉じるのが同時に行われているということで、さらにメタ物語性が強調されているというのは、考えすぎだろうか?

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バレエ公演感想」カテゴリの記事

コメント

naomiさま
いろいろなことを知っていると、こんな考察も出来るのですね。でも「つぐない」は見ていないので、全部読めなくて残念!
私も3幕のパ・ド・トロワで、床に倒れた二人のうち、間にいるマルグリットをいないかのように、息絶えたマノンだけを抱きあ上げてデ・グリューが去って行った場面は、マルグリットの孤独が極まって浮き彫りにされてとても印象に残っています。
愛するアルマンの幸せために自分の決断で身を引いても、ジゼルと違って最後まで救いがないのがこの「椿姫」のヒロインなのですね。
彼女の死後、墓を暴くアルマンの想いも凄まじいものがありますが。
それにこの作品のデ・グリューはメイクのせいだと思いますが、私にはとっても恐く感じられました〜。
今回実際に「椿姫」を見て、舞台の構成を知る事ができて良かったです。
DVDで見ている時は、お父さんとの絡みの辺り、実際の舞台ではどのようにしているのかなあと思っていたので。舞台空間を見事に活かした構成でした。
頭の中では今でもショパンの美しい音楽が流れていますが、華麗だったり、淡々と物静かな音楽の中で、痛々しいやりとりが起こっていたことに今更ながら驚いています。
ハンブルグ・バレエの来日公演は、是非生演奏に変えて欲しいものです。
余談になりますが、リヨン公演の春祭の若者役は長瀬 直義さんでした。

遅くなりましたが物語バレエ考察、とても面白かったです。「椿姫」は私はもともとオペラから入り、原作も大好きです。デュマ=フィス自身が書いた戯曲版もありますよね。

「マノン・レスコー」から「椿姫」への移行は女性の自意識が時代によって変化したのが分かるところがとても興味深いです。ただ本能のままにふるまって男性に愛され、男性を翻弄した(でも犠牲にもなってるけど)マノンと、そこからもう一歩踏み込んで自分の考えを持って行動を決めたマルグリット。マルグリットだってアルマンにすべてをばらして「やっぱりあなたが好き~!」ってやっても良かったのに、陰で善行を積んで死んでいくことを自分で選んだんですよね。小説とは違って現実の男性がみんなその善行をありがたがるとは限らないわけで、でもだからこそこの物語を読むと感動するんじゃないかと思います。

ノイマイヤーのバレエはデュマ=フィスの原作を細部まで読み込んで見事にバレエ化した凄い作品ですよね。大好きです。

クロードさん、こんばんは。
現地ではお世話になりました!楽しかったですね~!
やっぱりノイマイヤーの「椿姫」のすごいところは、マノンの物語を巧みに織り込んだことですよね。マルグリットがたった一人で死ぬことを選ぶことになるというのも斬新だと思います。

そう、マリシア・ハイデの映像はもちろん素晴らしいけど、生の舞台で観ると、いろいろな発見がありますよね。ハンブルク・バレエの来日も楽しみなんですが、日程が悪くてどうやって都合をつけようか悩み中です。

amicaさん、こんばんは。
私は先日のパリでデュマ=フィスのお墓参りまでしたのに、「椿姫」の原作は読んでいないんですよね。オペラは観ていますが。この機会にちゃんと読まなくちゃと思います。

そう、男性を相手に生活の糧を得てきたマルグリットが、アルマンとの恋愛を通じて自意識に目覚め、自分の身の振り方を決めていくという「自分で生き方を選ぶ」というテーマは、ノイマイヤーのほかの作品にも出て来るんですよね。だからといって、それが幸せな結末になるとは限らないところが、真実味があります。

ロベルトのアルマンがまた観たい~パリ・オペラ座では再来年にまた上演するようですが、また呼ばれますように!

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