『バレエの歴史』佐々木涼子著
雨が降っていて寒いですね。こんな雨の土曜日には、おうちで読書が一番いいかも、ってわけでバレエの本をご紹介。
『バレエの歴史』佐々木涼子著
バレエの歴史については、今までもさまざまな本が出ているし、それらの本を通じて、一通りの知識を持っていたつもりであった。でも、この本を読んでみて、今まで自分が知らなかったことがいっぱいあると発見できて、面白く読むことができた。
バレエというと、チュチュにトウシューズで踊るものというイメージができあがっているわけなんだけど、このブログを読んでいる人なら、現代バレエではさまざまな衣装をつけて、裸足で踊ったり足を内向きにして踊ったりといったものもたくさんあることを知っていると思う。トウシューズやチュチュといったコスチュームも、バレエの歴史のほんの一時期、19世紀末から20世紀の前半に、突然変異のように出現したものに過ぎない。
20世紀末で400歳を超えているバレエが、なぜそんなにも長いこと生きながらえてきて、世界中で踊られるようになったのか。それは、ひとつに、政変や動乱をむしろ発展のきっかけとして、更なる創造性を身に着けていったこと。そして、文学、音楽、美術そして舞踊をひとつに融合させた総合芸術として発祥し、いつの時代も時々の文学や音楽、美術と絶妙に共振したからだ。というわけで、この本はその400年にわたるフランスのバレエの歴史を追ったもの。
個人的に面白いな、と思ったのが最初の宮廷バレエの話。世界史にも出てくる「聖バルテルミの虐殺」で有名な稀代の悪女、カトリーヌ・ド・メディシスがバレエと関係しているとは。しかも、その「聖バルテルミの虐殺」は、彼女の娘マルグリット・ド・ヴァロワ(イザベル・アジャーニが演じた映画「王妃マルゴ」のヒロイン)が後のアンリ四世と結婚式を挙げた際に行われたものであるのだけど、その祝典で上演されたのが、1時間にも及ぶニンフの踊りであり、最初のバレエである「王妃のバレエ・コミック」を後に演出振付したバルタザール・ド・ボージョワイユが協力したとのこと。その「王妃のバレエ・コミック」が上演されたのが1581年。アンリ三世の寵臣と王妃の妹の結婚を祝う式典で上演されたものとのこと。なぜ、これが最初のバレエとされたかというと、このスペクタクルが、「諸芸術の融合」という理念を明確かつ意識的に打ち出した最初の作品だからなのだそうだ。この作品については、記録がいろいろと残っていて、大掛かりで5時間にも渡る作品であったこと、政治的な意図が含まれていたり、神話を用いて哲学的な観念を表現したり、諸芸術の要素を融合させていたりしていたようだけど、ものすごくゴージャスでまさにスペクタクル、非常に面白そうだ。実際の舞台がどんなだったかを想像するとワクワクする。それから、もちろん、映画「王は踊る」で有名なルイ14世の話も出てくる。
その次の章「名手の時代」も面白い。パリ・オペラ座学校が創立されたのが1661年の舞踊アカデミーの発足ということになっているのだけど、その時代においては、男性舞踊手こそがスターであったそうな。あの稀代のプレイボーイ、カサノヴァも、「回想録」に、当時のトップスターの舞台を観た詳細な記述があって、引用されているのだけど観察眼が鋭くてすごく面白い。カサノヴァは、バレリーナとして有名だったカマルゴについても書いている。カマルゴは、女性で初めて跳躍をやってのけたダンサーである。しかも、初めてスカートの丈を短めにしたのだ。カサノヴァの回想録には、こんなことも書いてある。
「それに、見上げたことだが、彼女はパンツを着けないんだよ」
というふうに、面白いエピソードを取り上げていったらきりがない。テクニックがどのように変容していって、足を高く上げるようになったり、ピルエットをするようになって行ったか。ポワントが使われるようになったのか。オペラ座のスターがイタリア人ばかりだった時代。百花繚乱のスターたち、そしてメートル・ド・バレエたち(当時のメートル・ド・バレエは、今と違って芸術監督のこと)。「ジゼル」というバレエの誕生についてのエピソード。バレエ・リュスという革命、エイフマンの「赤いジゼル」のモデルになった、ロシアのオリガ・スペシフツェヴァ。戦争。そしてセルジュ・リファールの長い芸術監督時代。ヌーヴェル・ダンスの誕生、ヌレエフ時代、そして現在へといたる長い道。
フランス宮廷で産声を上げたバレエが、既存の、あるいは自分より後に生まれた舞踊を飲み込みながら成長を続けていく歴史が語られていて、300ページがあっという間に読めてしまう。フランスでのバレエというひとつの視点があるので、とてもまとまっているのが、この本の利点だと思う。そして、プルーストの研究家としても知られる佐々木涼子さんが、バレエのみならず文学や舞台芸術全般に精通しているからこそ、深みのある本となった。おすすめ。
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