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« バレリーナへの道 72号 | トップページ | バーミンガム・ロイヤル・バレエのツァオ・チー、映画「Mao's Last Dancer」に出演 »

2008/03/12

ラスト、コーション Lust、Caution(色、戒)

しばらく忙しかったり体調を崩したりで、なかなか映画を見に行く時間もなかったのだけど、あまりにも参っていたので、出張の代休を取って映画を観に行った。今年に入って観たのは、「俺たちフィギュアスケーター」「バレエ・リュス~踊る歓び、生きる歓び」「エリザベス・ゴールデン・エイジ」そして「ライラの冒険~黄金の羅針盤」

で、やっと観にいけたのが、「ラスト、コーション」。アン・リー監督の「ブロークバック・マウンテン」は言うまでもなく2006年の個人的ベストワン映画だし、トニー・レオンのファンなので楽しみにしていた。そして、期待は裏切られるどころか、すっかり打ちのめされて帰ってきた。

ネタバレです。

麻雀卓を囲む4人の美しい上流婦人たち。その中でもひときわ、若く美しく華やかなマイ夫人。ほっそりとした長身にぴったりと沿ったチャイナドレスに身を包んだ、匂い立つような妖艶な姿態よりも、そして日本軍の傀儡となって権力を握る男イーに激しく抱かれ、上気した肢体よりも、はにかみながら憧れのリーダー、クァンを見つめているすっぴんの純情な女子学生のチアチーの表情が心に残る。チアチーの青春とその終焉が、この作品の裏テーマなのではないかと思った。

青臭く幼い大学生たちのレジスタンスごっこが、こんな結末で終わるとは、あのときの、青春を謳歌している彼らは思わなかっただろう。でも、悲劇的な結末が透けて見えるからこそ、ほんの一瞬、革命劇の成功で舞い上がって、バスの中ではしゃいでいた彼らの姿が、まぶしくいとおしく思えてくるのだ。

イー役のトニー・レオン、チアチー(マイ夫人)役のタン・ウェイも、決して台詞が多い役ではない。この二人がこの役に選ばれたのは、ひとえに、まなざしの持つ力にほかならない。トニー・レオンは、「悲情城市」で聾唖の役を演じたことからも、どんな役者よりもまなざしで演技ができる人。同胞を裏切っている残酷な権力者、誰も信じない猜疑心の塊のような男がふと見せる孤独、哀しみを目だけで表現できるのは彼しかいない。

タン・ウェイも、女スパイとしての決意を持ってクァンへの恋心を葬り去ったまなざしの強さ、その中に揺らめく情念を見せながらも、使命を遂行することを決心した強さを、最後まで彼女は瞳の中に輝かせていた。帽子の縁から覗く、射るようなまなざしの強さが忘れがたい。マイ夫人という人妻に扮するために、チアチーはクアンではなく、愛してもいない同胞相手に処女を捨てなければならなかった。なのに決して泣き言は言わず、抱かれながら運命を強いまなざしで受け入れていたチアチー。

まなざしというのが、この映画の中でひとつのキーワードになっている。何よりもクラクラしたのが冒頭の麻雀のシーン。麻雀卓を囲む4人の女たちの、交錯する視線。何気ない会話の中に見える、探り合い、羨望、嫉妬。濃密な空気。そこに登場し一瞬だけ顔を見せるイー。30年代の上海へと引きずりこまれた一瞬だった。

最初の作戦が失敗し、上海に渡ったチアチーは、華やかなマイ夫人の影を微塵も感じさせない、貧しさに疲れた地味な女子学生になっていた。それなのに、再びイーに近づく任務を帯びたときには、チアチーは再び、あでやかな、だけど少し生活に疲れたマイ夫人に化けていた。「痩せたのね」「君も変わったよ」という台詞のやりとりに、敵同士であるはずのイーとチアチーの心が通じ合ってしまっているのが現れている。

チアチーは、香港での学生時代、抗日劇に主演した女優だった。そしてその女優としての素質を見込まれて、マイ夫人に化け、イーを誘惑して暗殺する使命を負っていた。自分を偽り、女優のようにマイ夫人を演じて、役柄に没入した。チアチーが映画を愛し、しばしば映画館に行くのも、女優だから。そのターゲットであるイーは、日本軍の手先として拷問を行っている冷徹な男だが、その仮面の下に悪になりきれない優しさや弱さが隠されている。そして、世界で唯一人、彼が信じられる、と思ったのがマイ夫人ことチアチーだったという皮肉。そして、その告白を聞いたことで、チアチーの心の中にイーという存在が踏み込んでいったのだった。

こんな二人が、本当に信じあえるもの、それは肉体の交わりだけであった。だからこそ、この映画の中ではベッドシーンが重要な役割を担っている。初めてイーがチアチーを抱いたとき、彼はじらそうとするシアチーを殴ってドレスを引き裂き、目を背けたくなるほどのあまりにも暴力的な情欲を噴出させる。コートを投げつけて彼が冷たく去って行った後、チアチーが目を潤ませて笑みを浮かべ、余韻に浸っていたのはなぜか。そして二度目のベッドシーンで延々と続く、激しいアクロバティックなまでの交わりは、あまりにも痛々しかった。こうすることでしか、真実の姿を見せることができない偽りのふたりが、哀しい。生きている実感を得るために、すべてをぶつけ合い、激しく愛し合う。だけど、エロスはそこにはなくて、ただただ哀しい。3度目のベッドシーンも激しく、暗闇が苦手というイーの目をチアチーはシーツで覆い、そして傍らには彼の拳銃。死と隣り合わせのぎりぎりの性愛。

組織のボスとクアンを前に、チアチーは、イーの心の奥底深くに入りこむために、どれほど心が血を流し叫び声をあげているか、赤裸々に告白する。彼女の心が血を流しているのと同様に、イーの心も踏み込まれた苦しさのあまり離れられなくなっていることも。別れ際にキスをしたクアンに「どうして3年前にしてくれなかったの」と言うチアチーの台詞は、彼らの青春の終わりを告げるものだった。チアチーがあんなに強い決意を持って任務についているのに、彼女にはレジスタンスって意識は微塵もない。ただ憧れのリーダーに従うまま没入した、大学生の革命ごっこの続きだった。それなのに。

宝石店でイーに6カラットのダイヤモンドの指輪を贈られ、一瞬喜びの表情を浮かべながらも「逃げて」と強いまなざしで告げたチアチー。そこに、与えられた運命から逃げずに受け入れる彼女の強さを感じた。宝石店から人力車に乗って、車夫に笑いかけられ、夕食の支度の話をする人々の日常の営みの声を聞きながら、思い起こすのは香港の大学で初めて舞台に立ち、客席にいた革命ごっこの仲間たちに笑いかけられた日。自決用の毒薬を握りつぶす。もうマイ夫人を演じる必要はない、その安堵は、石切り場の処刑場でクアンと交わした最後の微笑みのときにも続いていた。彼らが処刑された朝の10時、チアチーがいなくなった部屋でそっと涙を流すイーも、自分の先が長くないことを悟っていたはずだ。

※イーって野郎は、もっと極悪人であって欲しいなんてちょっと思ったんだけど、これくらいの甘さは、トニーだから許すかな。

20代後半とは思えない幼い素顔と純粋さの中に潜む色香、長身でほっそりとしているのに柔らかそうで、程よく肉のついた腕。少女と人妻、強い決意を秘めた革命家と、危険な誘惑者、愛欲に溺れる女。その両極端の魅力を併せ持ったタン・ウェイの起用なくては、この作品の成功は得られなかったに違いない。そして、その天使のような儚い、一瞬の夢のような、でもたしかな肉体を持つ魅力は、日本料理店でイーに彼女が聞かせた美しい歌を歌うところで最高潮に達していた。

そして、この作品のテーマは、「ブロークバック・マウンテン」と重なりあう。

つらく厳しい生の中で、誰からも決して理解されない、一瞬だけきらめいた愛、そして死。

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コメント

こんにちは。
ひょっこり遊びにきてみたら・・
『ラスト、コーション』の記事が
アップされていて感激です。
なんだかダニー君のことといい
トニーさんのことといい
勝手に他人とは思えず(すみません・笑)
思わず足跡を残してしまいます。
アタシもこの映画に打ちのめされました。
トニーさんの眼差し、そしてこの映画のもつ
哀しさが忘れられません。
アン・リー監督にしては珍しく
そして、父親の存在が描かれてなかった
映画でもありましたね。
naomiさんの素晴らしいレビューを味わっていたら
公開が終わる前にもう一度観に行きたくなりました。

ガオさん、こんにちは。
共感していただいて嬉しいです♪
トニーさん、本当に素敵ですよね。映画スターらしい人だなって思います。
そう、父親の存在が欠落していましたね。アン・リー作品は初期のはあまり見ていないので、遡って見なくちゃと切に思っています。
私も公開終了までにもう一回劇場で観たいのですが、アメリカ盤DVDを注文してしまいました。

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