1月にフランスでDVDが発売されたものの、2月に行ったバルセロナやミラノのDVDショップやオペラハウスのブックストアでも売っていなくて、結局Amazon.comで注文したのがようやく本日届いた。ドル安のおかげで、日本のアマゾンで買うより安いお値段で入手できたのはラッキー。NTSCのリージョンALL。
フィガロ・ジャポンの連載「パリ・オペラ座バレエ物語」での「プルースト」特集が非常に丁寧なので、鑑賞の助けになった。プティの振付もさることながら、音楽の使い方が実に秀逸。そして綺羅星のようなオペラ座の美しいダンサーたち!
Saint-Saens、Richard Wagner
choregraphie et mise en scene: Roland Petit○Proust ou les intermittences du coeur
musiques: Ludwig van Beethoven、Claude Debussy、Gabriel Faure、Cesar Franck、Reynaldo Hahn、Camille
decors: Bernard Michel
costumes: Luisa Spinatelli
lumieres: Jean-Michel Desire
ALBERTINE: Eleonora Abbagnato エレオノーラ・アッバニャート
PROUST JEUNE: Herve Moreau エルヴェ・モロー
MOREL: Stephane Bullion ステファン・ビュヨン
MONSIEUR DE CHARLUS: Manuel Legris マニュエル・ルグリ
SAINT-LOUP: Mathieu Ganio マチュー・ガニオ
ACTE I Quelques images des paradis proustiens 1幕「プルースト的天国」TABLEAU I 《Faire Clan》 第1場 派閥をなす、またはプルーストによる攻撃的スノビズムのイメージ
MADAME VERDURIN: Stephanie Romberg ステファニー・ロンベール
ANDREE: Caroline Bance カロリーヌ・バンセ
PROUST: Michel Pasternak
LE PIANISTE: Michel Dietlin
LE CHANTEUR: Wiard Witholt
音楽:レイナルド・アーン「恍惚のとき」
TABLEAU II 《La petite phrase de Vinteuil》 第2場 ヴァントゥイユの小楽節、または愛の音楽
Laura Hecquet et Christophe Duquenne ローラ・エケ、クリストフ・デュケンヌ
音楽:セザール・フランク「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」
TABLEAU III 《Les aubepines》第3場「サンザシ、または夢のような言葉」
GILBERTE: Mathilde Froustey マチルド・フルステー
音楽:ガブリエル・フォーレ「ピアノと管弦楽のためのバラード 作品19」
TABLEAU IV 《Faire catleya》 第4場「カトレアをする、または情熱のメタファー
ODETTE: Eve Grinsztajn - SWANN: Alexis Renaud オデット:エヴ・グリンツテイン スワン:アレクシス・ルノー
Emmanuel Hoff、Samuel Murez、Francesco Vantaggio
音楽:カミーユ・サン=サーンス「ハープ協奏曲」断片
TABLEAU V 《Les jeunes filles en fleur》 第5場 花咲く乙女たち、または楽しい休暇
ALBERTINE, ANDREE
音楽:クロード・ドビュッシー「海」
TABLEAU VI 《Albertine et Andree ou la prison et les doutes》 第6場 アルベチーヌ、または牢獄と疑惑
ALBERTINE, ANDREE
音楽:クロード・ドビュッシー「フルート独奏曲 シランクス」
TABLEAU VII 《La regarder dormir》 第7場 眠る女をみつめる、または相容れない現実
ALBERTINE, PROUST JEUNE
音楽:セザール・フランク「交響詩<プシシェ>」
カミーユ・サン=サーンス「オルガン交響曲 作品3」
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プルーストの大長編小説「失われた時を求めて」のエッセンスを、プティがバレエ化。前半(1幕)が「プルースト的天国」と称して、若き日のプルーストを主人公に、第一次世界大戦前のブルジョワの世界と女性たちを描く。後半は前半の光あふれる世界と対比し、「プルースト的地獄」と名づけられたダークパート。同性愛者のシャルリュス男爵を主人公に、彼が惹きつけられる黒天使モレル、美しいサン=ルーらの物語が繰り広げられる。
この作品の主役はプルーストの小説の世界なのだけど、もうひとつの主役は、音楽。サン=サーンス、ドビュッシー、ベートーヴェン、フォーレ、ワーグナーなどが使われていているのだけど、流麗なのに寂寥感、哀切感漂う選曲の絶妙さには舌を巻く。
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1幕は、ヴェルデュラン夫人の華やかなサロンでのシーンから始まる。円環になっているようなカメラワークにちょっと酔う。ステファニー・ロンベールが貫禄たっぷり。第2場は、ローラ・エケとクリストフ・デュケンヌが若い恋人たちの喜びの踊りを踊る。エケはそれほど好きなダンサーではなかったのだけど、ここでの彼女は実に美しい。背が高いわけではないのだけど、プロポーションに恵まれている。デュケンヌは、去年「くるみ割り人形」で観た時にはそんなにいいと思わなかったのだけど、彼の、あまり個性がなくまっさらなところが、このパ・ド・ドゥに合っていると思った。第3場は、日傘をさした優雅な女性たちが大勢登場。優雅に舞うジルベルトを踊るのはマチルド・フルステーで、彼女の華奢で少女っぽいルックス、軽やかな踊りが愛らしい。このジルベルトという役は、後にサン=ルーと結婚するという設定になっているそう。第4場は、カトレアの花を胸に挿した元高級娼婦のオデットと、スワンのパ・ド・ドゥ。オデットを踊るのは、昨年末の昇進試験でプルミエに昇進したエヴ・グリンツテイン。まだ26歳という割には、よく言えば婀娜っぽく役柄に合っているけど、悪く言えば老けて見える。
そしてようやく5場で、1幕のメーンキャラクターである若き日のプルーストと、アルベチーヌが登場。「花咲く乙女たち」では、白いフレアワンピースの少女たちが、ポアントでパ・ド・ブレし、ドビュッシーの「海」に合わせて、あるときには波のように、またあるときには翼を広げたカモメの一群のような群舞を繰り広げる。真ん中には、エレオノーラ演じる、ひときわ美しいアルベチーヌ。その傍らを歩くのが、エルヴェ・モロー演じるプルースト。乙女たちをまぶしそうに見つめる青年。
6場では、アルベチーヌと、もう一人白い衣装を着てアルベチーヌに雰囲気の似た金髪の美少女アンドレが、身体を寄せ合い、キスをするように顔を近づける妖しい踊り。純粋なはずの少女たちなのだけど、とても危険な戯れを愉しんでいる。
そして前半最大の山場が、第7場。「囚われの女」として知られるパ・ド・ドゥ。エルヴェの長いソロから始まる。衣装が普通のパンツ(=ズボンのほうね)なので脚線美は見られないけど、とてもエレガントできれいなアラベスクを見せるエルヴェ。白い薄いカーテンの下には、眠るアルベチーヌ。やがてアルベチーヌは引きずられるように立ち上がって、二人でパ・ド・ドゥを踊る。アルベチーヌは目を軽く閉じていて、まるで眠ったまま踊っているみたい。甘く美しいパ・ド・ドゥだけど、途中でアルベチーヌの表情が曇り、苦悩しているのがわかる。若いプルーストの情熱が束縛に思えて、夢を見ながらも苦しんでいるのだ。エレオノーラはこの作品では、まるで小説から抜け出たような美しさ、儚さと透明感があってとても素敵。そして再びアルベチーヌは眠りに落ち、カーテンが滝のように緩やかに滑り落ちると、アルベチーヌの姿も奈落へと消える。白昼夢のような密やかで美しい、余韻を残した場面。なんという美しいパ・ド・ドゥなのだろう・・・。一番大切なものは、こうやって指の中をすり抜けて消えていく・・・。
ACTE II Quelques images de l'enfer proustien 2幕「プルースト的地獄」TABLEAU VIII 《Monsieur de Charlus face a l'insaisissable》 第8場 とらえどころのないものに直面するシャルリュス男爵
MOREL, MONSIEUR DE CHARLUS
音楽:ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン「弦楽四重奏曲 第14番 作品131」
TABLEAU IX 《Monsieur de de Charlus vaincu par l'impossible》 第9場 不可能に征服されたシャルリュス男爵
MONSIEUR DE CHARLUS, MOREL
LES PROSTITUEES: Amandine Albisson、Peggy Dursort、Christine Peltzer、Julie Martel、Ninon Raux
UN VIEIL HOMME: Emmanuel Hoff
音楽:カミーユ・サン=サーンス「ハバネラ 作品83」
TABLEAU X 《Les enfers de Monsieur de Charlus》 第10場 シャルリュス男爵の地獄
MONSIEUR DE CHARLUS
Yann Saiz、Florian Magnenet、Vincent Cordier、Aurelien Houette
音楽:カミーユ・サン=サーンス「英雄行進曲」
TABLEAU XI 《Rencontre fortuite dans l'inconne》 第11場 未知の世界の偶然の出会い
Peggy Dursort et Bruno Buche、Gregory Dominiak、Cyril Mitilian
音楽:クロード・ドビュッシー「ハープと弦楽合奏のための舞曲」
TABLEAU XII 《Morel et Saint-Loup ou le combat des anges》 第12場 モレルとサン=ルー、または天使の闘争
MOREL, SAINT-LOUP
音楽:ガブリエル・フォーレ「エレジー 第24番」
TABLEAU XIII 《Cette idee de la mort...》 第13場 死についてのこの考え、現世は墓の扉の裏側だと語り手には見える
PROUST JEUNE, ANDREE, MONSIEUR DE CHARLUS, MOREL, SAINT-LOUP, ODETTE, PROUST
LA DUCHESSE: Stephanie Romberg
LA NOURRICE: Cecile Sciaux
音楽:リヒャルト・ワーグナー「リエンツィ 序曲」
ダークで倒錯した2幕の「プルースト的地獄」は、第8場でシャルリュス男爵が若き美貌のヴァイオリニスト、モレルに魅せられるところから始まる。シャルリュスを演じるのはルグリ。老けメイクをしているけど、さすがに身のこなしはエレガントでいかにも貴族である。が、初老に差し掛かった男の哀れさ、滑稽さも見事に表現できているのがルグリたるゆえん。モレル役のステファン・ビュヨンは、まさに黒天使。素肌に黒い衣装、すらりとした立ち姿、黒い巻き毛に薔薇色の頬の美青年。少年の純粋さと残酷さ、傲慢さを体現。顎を少し上げて、片頬で妖しく微笑むと、もうシャルリュスは彼の魔力に取りつかれている。ヴァイオリンの音色に合わせてステファンがソロを踊る。トゥールザンレールの着地も美しく、脚捌きもきれいだ。もっと悪魔的なところがあればもっと良いのだろうけど、若さゆえの天然の残酷さには、シャルリュスなど簡単に翻弄されてしまうだろうって思った。
モレルに惑わされてヘロヘロになったシャルリュスがたどり着く場末の売春宿が、第9場。娼婦たちに小突かれからかわれたシャルリュスは、そこで女たちを従えた悪魔モレルに出会う。モレルは後ろ向きになったと思ったら、ついにガウンを落とし全裸になってシャルリュスを挑発。しっかりとした筋肉のついたステファンの裸体はもちろん美しい。そしていつのまにか彼は裸のままカウチに腰掛け、艶然と微笑む。背中と太もものラインは男性的なのに、少年のような顔がアンバランスでたまらない。
10場では、カード遊びをしている男たちの間に、シャルリュス登場。男たちのキャストがけっこう豪華で、ヤン・サイズやフロリアン・マニュネがいる。シャルリュス男爵は後ろ手に縛られ、転がされたり鞭を打たれたりいたぶられる。あのルグリ様がこんな目に遭ってしまうなんて!中でも屈強なスキンヘッドのハードゲイ風の男が怖い~。それでもなお優雅なルグリというのも凄い。オペラ座の若いダンサーたちはみんな美しいんだけど、毒気はちょっと足りなくて、売春宿でも、怪しげなアパルトマンでも、退廃的な雰囲気は出し切れていないのが惜しい。その中で、一人ルグリだけが、変態だけどエレガントな男爵という役を生きている。
うってかわって、11場はそれまでの暗い背景ではなく、光で満たされた白い背景の中、ほとんどシルエット状態の4人の男女が踊る。戦時下のパリで、地下鉄の通路で繰り広げられる見知らぬ同士の快楽の宴。4人はほとんど裸体で、そのうちの女性ダンサーもバストを露わに踊っているが、シルエットなのでまるで彫刻のようだ。官能的な振付ではあるのだけど、それよりも神秘的で幻想的な世界。ドビュッシーの音楽も美しい。
12場は、白天使、サン=ルーの長く美しいソロで始まる。輝くような美貌のマチューは、しかしここでまた黒い天使モレルの毒牙にかかる。破滅が待っているからこその最後の繊細な輝き、究極の美の体現者はマチューにしかできない役かもしれない。モレルに魅入られた彼は、抗うものの、いつしか光から闇の世界へと連れて行かれる。美しい二人の若者のパ・ド・ドゥは眼福。この「失われた時を求めて」のイメージ写真でも使われている、ステファンがマチューを抱えて天に向けて腕を伸ばしているシーンは、男性をサポートしなければならないとこともあり、非常にハードな振付。しかし、それがモレルの持つ暗黒面のフォースなのだ。光と闇が戦い、闇がすべてを支配する。そうやって、サン=ルーは破滅へと導かれる。フォーレのエレジーの響きの美しく悲しく痛ましいことよ!そしてその音楽と一体化した振付は圧巻。
最後の13場は、大きな鏡が背景に。ステファニー演じるヴェルデュラン夫人が再び登場。あでやかなヴェルデュラン夫人は貴族の生活を享受しているが、死者の群れが舞台を支配し始める。上半身が雄弁なステファニーの表現力は成熟していて見事なもの。死者たちは目の周りを真っ黒に塗っていてゾンビのようで不気味なんだけど、一方で椅子に座ったまままったく動かなくてうつろな表情のマルセル・プルーストもすごく怖い。いろいろな登場人物が走馬灯のように現れては消える。
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第一次大戦という時代背景の切り取り方、光と闇の戦い、天国と地獄が表裏一体となった構成、そして底知れぬアンダーグラウンドの世界。何よりも音楽の使い方の巧みさ。同性愛的な描写、性描写を思わせるところもあり好き嫌いは分かれると思うけど、完成度は高く、時を超えてほの暗い光を放ち続ける美しい作品だと思う。暗い時代の中で葛藤する人間の機微、心の襞と暗黒、苦しみは、現代にも通じるテーマ。


バレエ&ダンス/Proust: S.romberg Abbagnato Paris National Opera Ballet
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