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« 「ジョルジュ・バルビエ画集 永遠のエレガンスを求めて」 | トップページ | バレリーナへの道 72号 »

2008/03/10

2/29 H・アール・カオスx大友直人x東京フィル「中国の不思議な役人」「ボレロ」

中国の不思議な役人
構成・演出・振付:大島早紀子
音楽:ベーラ・バルトーク
出演:白河直子 木戸紫乃、小林史佳、斉木香里、泉水利枝、横山博子、池 成愛

シグナルズ・フロム・ヘブン
Ⅰデイ・シグナル Ⅱナイト・シグバル
音楽:武満徹

ボレロ
構成・演出・振付:大島早紀子
音楽:モーリス・ラヴェル
出演:白河直子 木戸紫乃、小林史佳、斉木香里、泉水利枝

指揮:大友直人 管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

配られたパンフレットに目を通して気がついたのは、チラシに出演予定と掲載されていた前田新奈さんの名前がないこと。特にパンフレットやアナウンスで前田さんの欠場についての知らせはなかった。去年のバレエ協会「ジゼル」での前田さんのミルタが凄くかっこよくて、そんな彼女がH・アール・カオスに出演するというのだから楽しみにしていたので残念。

「中国の不思議な役人」
H・アール・カオスといえばアクロバティックな宙吊り。ってわけで、「中国の不思議な役人」が、ならず者たちに何回も刺されても、吊るされても死なない役人ってストーリーなのでぴったりなモチーフともいえる。冒頭から、暗い照明の中、ならず者たちの一対が宙吊りになってサーカスのブランコ乗りのように左右に大きく揺れているという鮮烈なオープニング。ここのダンサーが凄いのは、吊り下げられた状態でも、ただぶら下がっているのではなく、体操の選手のようにその状態で自在に身体をコントロールできること。

ベジャールがあまり好きではない私だけど、ベジャール振付の「中国の不思議な役人」は、少女役を女装した男性が演じるという倒錯性が大好き。それも、「地獄に堕ちた勇者ども」のヘルムート・バーガーばりで。で、女ばかりのH・アール・カオスでは、当然役人を演じるのは白河直子さん。最初はなかなか白河さんの姿は登場しない。ならず者の頭の人がすんごくかっこいい。ここは女性ダンサーが男装しても宝塚の男役みたいにならないのがいい。そして例によって女たちの衣装が、洗練されたゴシック風味の長いドレスで、わざと穴を開けていたりぼろぼろになる加工をしているのが、デカタントで素敵。ソファの上になまめかしく横たわる女たちと男たちは、時々からみあう。どかっと座っている首領。テーブルが、あるときはベッドにも変身し、戯れあう女たち、男たち。そして、白いスーツ姿の白河さんが登場。よく観ると、このスーツにもところどころ穴が開いている。女たち、男たちは舞台の中心から外れたところに立っているが、四角い檻のようにスポットライトが彼女たちに当たっていると思うと、それからワイヤーで吊り下げた板が降りてくる。この板は、枠のようになっていて、ダンサーたちにすぽっとハマったかと思うと上下する。そして、またダンサーたちは吊り下げられて浮遊する。椅子を使ったエロティックなダンス。

白河さんは相変わらず、何かに取り憑かれたかのように踊る。大島さんの振付は、上半身の動きがすごく大きい。彼女の背中の柔らかさと、鞭のような強靭なムーヴメントに目を見張る。そして、役人は、ならず者たちに吊り下げられる。まるでSMの緊縛のように、ぐるぐる巻きにされて吊るされてしまう。あの強くて凛とした白河さんにこんなことしちゃっているよ。かと思うと、今度は首吊り。これは観ていてけっこう怖い。しかし、役人は吊るされた状態でもがき、死なないでロープから抜け出す。役人は横たえられていると、今度は、天井から、槍のように細い棒が何本も、役人の身体を取り囲むように降ってきては床に突き刺さる。これも相当怖い。最後に、少女は自分の方から、テーブルの上に横たわる役人に身を預ける。役人が立ち上がると、真っ白なスーツに血の染みが広がって行き、役人は絶命。

東京文化会館という会場が、この作品を上演するにはちょっと大きかったかな、という気が少しした。いつもH・アール・カオスが作品を上演している世田谷パブリックシアターとか、東京芸術劇場中ホールくらいの規模がよかったかもしれない。照明が暗いので、席が遠いともしかしてちょっときついかも。私は7列目とけっこう前の方で見ていたんだけど、これくらいがちょうどいい距離かなと思ったほど。大島さんが作る舞台は、アクロバティックさとか、宙吊り、さらには上から落ちてくる棒など、立体的なものであるから、ちょっと大きめの会場でもいいと思うんだけど、「中国の不思議な役人」の淫靡でひそやかなイメージは、やっぱり小さいところで見たいかな。それから、ギミックの使い方や振付はすごく秀逸だったと思うし、いつもながら白河さんは凄いんだけど、白河さんの凄さに依存していて、物語の部分があまり浮かび上がってこなかったようなところも感じられた。いかにもフェミニンな世界観は、大島さんらしいんだけど、「中国の不思議な役人」という作品の解釈としては面白い。初演ということなので、上演回数を重ねていくことで、より濃密な世界ができ上がって来る予感はさせる。大友さんの指揮による東フィルの演奏は、後半の盛り上がり方がうねりのようで、凄かった。


休憩の後の、武満徹の「シグナルズ・フロム・ヘブン」は、舞台の両脇に金管楽器が左右に分かれて立ち、大友直人さんは客席の真ん中にある通路に立ち指揮をしたようだ。(私は前の方の席だったので見えず、2階席にいた友人から聞いた)左右二つのグループが交互にファンファーレを演奏するもので、一回聴いただけでは、どんな曲なのか上手く表現はできない。ちょっとだけ、ヤナーチェクの「シンフォニエッタ」に似ているかもしれない。

さらに、2作品の過酷な振付を踊るダンサーたちを休ませるために、大友さんと鈴木晶さんのトークショーがあった。大友さんは声がよく通るし、話も上手。「中国の不思議な役人」も「ボレロ」も編成が大きいため、オーケストラピットをいつもより深く大きく取っているとのこと。また興味深いのは、実は「中国の不思議な役人」はバレエとして振付けられた回数がずいぶん多い作品で、プティやラヴロフスキーも振付けているのだそうだ。モスクワ・クラシック・バレエからはDVDも出ているらしい。しかし演奏会で演奏されるときは、全曲を使うことは珍しいとのこと。「中国の不思議な役人」は日本ではもちろんベジャールでよく知られているわけだが、生演奏でバレエとして上演されることはこの日が初めてだったそうだ。


そして「ボレロ」。ここで観られたことの至福に震え、魂が高揚する、唯一無二の体験となった。これもまたベジャールの「ボレロ」に似ていると聞いていたのだけど、赤い円卓の中央にメロディ役のダンサーがいて、周りに他のダンサーたちがいるという構図は確かに一緒。でも、作品自体の印象は全然違う。ベジャールの「ボレロ」はもっとストイックでモノクロームな印象。メロディを踊るギエムは、戦士のように凛々しかった。しかしこちらは、生命と性と死を鮮やかに、あでやかに陶酔的に描くものだ。

赤い輪は、赤い花びらを敷き詰めてできている。そして、壁は赤い発泡スチロールなのか、赤くて柔らかそうなものでできている。中央に、上半身裸で身体を客席に向けて横たわる白河さん。音楽が少しずつ盛り上がるにつれて、踊り始める。壁に沿って、女性ダンサーが4人、一人一人離れて最初は椅子に座っているけど、やがて立ち上がって踊っている。足を下に固定して、うんと前に体を倒す。楽器が増えるにつれて、白河さんのダンスも激しくなる。細くてしなやかな上半身。赤いパンツと対照的に、真っ白で筋肉質の裸体。しかし白河さんの強靭な肉体は両性具有的で、乳房の存在も気にならないほど。ありえないような形に腕が、脚が上がり、すみずみまで緊張感が、力がみなぎっている。大きく反らした上半身。きっと白河さんはそんなに大柄ではないはずなのに、身体の使い方、特に上半身の動きが大きいので、輪の中が狭く感じられるほど。ものすごい空間の支配力。こんなオフバランスでよく立っていられるなと思うようなポーズも。さっきまで「中国の不思議な役人」でも踊っていたのに、最後まで決して衰えることも、ぶれることもない強さも奇跡的である。

そして後半からが圧巻。一瞬、四人のダンサーたちは消えて、舞台上は白河さんだけに。ところが、しばらくすると、今度は4人のダンサーが5人になっていて、そして、彼女たちは、真っ赤な紙ふぶきを撒き散らしながら、赤い輪の中に入っていくのだ。真っ赤な紙ふぶきなのか、霧なのか、赤が白河さんの肉体に張り付くと、それは生命そのものの象徴となる。動きが激しくなるにつれて、赤い輪を構成していた花びらたちも踏み荒らされて舞い上がる。血飛沫のように赤が乱舞する舞台に。白河さんと、他の5人のダンサーたちの動きがシンクロする。その陶酔感、高揚感たるや!極楽浄土にいるようだ。音と踊りに身をゆだねる。金管をはじめ、東フィルの演奏がかなり音を外してしまっていたのが興ざめで残念。うねりのように押し寄せる深紅の嵐。赤い霧のようなダストが放物線を描いて東京文化会館中を赤く染めていく。神々しいまでに輝く白河さんに魂を奪われる。エクスタシーというのは、こういう瞬間を言うのかもしれないし、そして、それはまた、エクスタシーの別名でもある「小さな死」と言える体験だ。性と死というのは隣りあわせだというのがよくわかる。でも、頭で考えるのではなく、感じて陶酔する、そんな舞台だ。涙がぼろぼろとこぼれていく。最高潮に達したときに突然に音楽が途切れ、踊りも終わって暗転。しばらくの沈黙の後の、怒涛のようなブラボーと拍手。いつまでも拍手は続き、晴れやかな白河さんの、素に戻って嬉しそうな笑顔が素敵だった。

この作品、機会があれば万難を拝して、絶対に観たいと心から願った。ここまで魂を奪われる経験は、めったに得られるものではない。

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