スカラ座へ向かうと、大晦日のミラノの街は美しいイルミネーションで彩られている。中でもヴィットリオ・エマヌエーレ2世のガッレリアの天井は青いイルミネーションの真ん中にミラノ市の紋章が輝き、この世とは思えないほどの美しさ。

スカラ座広場に面した銀行の窓にも、繊細な電飾が。

スカラ座の前には着飾った男女が群がる。私たちは天井桟敷なので、正面ではなく脇の入口から階段を延々と五階まで上らなくてはならない。大晦日の特別なガラでテレビで生中継された後にDVD化されるためプラチナチケットに。正規の値段でも平土間で240ユーロ、天井桟敷でも100ユーロくらいする。しかも正規のルートでは入手できずさらに高い値段で買ったわけで、天井桟敷でもドレスアップ度は高くダークスーツにイブニングドレスは当たり前。バレエを観にくのに着飾るのが大好きな私でも、もっと気合いを入れればよかったとちょっと反省するほど。寒いからといってノースリーブの10万円くらいのドレスではなく、もっと盛大に露出したイブニングドレスじゃないとこういう機会はダメみたい。なお、日本人は少ししか見かけなかった。服装がカジュアルで浮いている人はたいてい日本人だった。

スカラ座の天井桟敷は五階と六階で、今回は五階のほぼ正面少し下手寄り。席は非常に狭いけど舞台は思いの他近く、東京文化会館の四階席よりも近く感じるほど。バレエはともかく、オペラだったらコストパフォーマンスもよく、非常に良席だと思う。うるさ型の常連が天井桟敷に集まるというのも納得。ただ今夜の客層はオペラがないのにオペラファン中心のようで、平気で前のめりになったり手摺りから手をはみ出させたり。拍手のタイミングも不思議なんだけど、やはりうるさ型の常連が、タイミング間違えた拍手にはシーっと言っていた。
チャイコフスキーガラと銘打ち、配られたプログラムにも白鳥の湖三幕、眠れる森の美女よりローズアダージオと青い鳥のパドドゥ、くるみ割り人形よりグランパドドゥとあるので、当然三つの演目が独立して上演されるものと思うでしょう。しかし、大晦日のガラであることを甘く見てました。
Gala Čajkovskijチャイコフスキー・ガラ
da IL LAGO DEI CIGNI「白鳥の湖」より
Coreografia e regia di Vladimir Bourmeister ウラジーミル・ブルメイステル振付
Scene e Costumi di Roberta Guidi di Bagno
Atto III 第三幕
Odette/Odile: Polina Semionova
Siegfried: Roberto Bolle
Buffone: Maurizio Licitra
Rothbart: Gianni Ghisleni
Regina: Flavia Vallone
da LA BELLA ADDORMENTATA NEL BOSCO「眠れる森の美女」より
Coreografia di Marius Petipa
Costumi di Franca Squarciapino
Adagio della Rosaローズ・アダージョ
La Principessa Aurora: Marta Romagna
Quattro Principi: Alessandro Grillo, Mick Zeni, Matteo Buongiorno, Bryan Hewison
Passo a due degli Uccelli Blu青い鳥のパ・ド・ドゥ
L’Uccellino blu: Antonino Sutera
La Principessa Fiorina: Daniela Cavalleri
da LO SCHIACCIANOCI「くるみ割り人形」より
Coreografia e regia di Patrice Bart パトリス・バール振付
Costumi di Luisa Spinatelli 衣装 ルイザ・スピナッテリ
Pas de deux dall’Atto II 第二幕のパ・ド・ドゥ
Marie: Nadja Saidakova
Il Principe Schiaccianoci: Ronald Savkovic

指揮者のデビット・コールマンが登場し、二幕のアダージオのヴァイオリンソロが演奏される。せっかくならここも踊って欲しかった。コンサートマスターによる演奏は美しく澄んだ音色。
スカラ座の「白鳥の湖」は、DVDでもそうだけどブルメイステル版。プロローグ、花を摘んでいた人間の姿のオデットがロットバルトによって白鳥に変えられてしまうところから始まる。そして三幕へ。ゴージャスな舞台。各国の民族舞踊ダンサーたちに続き女王と王子が入場。ロベルト・ボッレはいつもに増して麗しい貴公子ぶり。白いタイツの似合うすらりとした長い脚、少年の面影を宿した美しいお顔は憂いを秘めている。花嫁候補たちが華やかに踊っても、魂はここになく、沈痛な表情。そこへオディールとロットバルトが登場。ポリーナ・セミオノワのオディールは、美しく華やかだけど、妖艶という感じではなく、友達の表現を借りれば「美少年のような黒鳥」。急にはっとしてオディールを追いかけようとする王子だけど、ブルメイステル版なので、ロットバルトの手下であるスペインのダンサーたちに行く手を阻まれる。27日にモスクワ音楽劇場バレエでブルメイステル版を観て来たばかりなので、予習はばっちり。スペインのソリストは、スカラ座の来日公演でも活躍したベアトリーチェ・カルボーネ。パリ・オペラ座のアレッシオ・カルボーネの姉妹。(←間違いでした。ベアトリーチェではないようです)メリハリの効いた、かっこいい踊り。
スペインの次には、チャルダッシュが続くと思ったのに、登場したのはピンクのチュチュを着たマルタ・ロマーニャ。そして、「眠れる森の美女」のローズアダージオが始まってしまった。しばし唖然としてしまう。4人の王子の一人は、ミック・ゼーニで、もう一人は、DVDになった「ジゼル」で変質者っぽいヒラリオンを演じていた人。それから、来日公演でエスパーダを踊っていたアレクサンダー・グリッロも。なかなか豪華なキャバリエたち。マルタ・ロマーニャは細くて長い手脚、長身とプロポーションが美しく、アティチュードもきれいな形を保ち、技術的にはなかなか安定していて良かった。スムーズにバランスもできていて美しかったと思う。そして、ロベルト王子は下手で女王様とこの一部始終を見ているのだけど、私の席がちょっと下手寄りだったため、腰掛けているロベルトは、美しい膝から下しか見えなかった。
ローズアダージオの後はまた「白鳥の湖」に戻ってナポリ。ナポリのダンサーたちと一緒に、王子を翻弄するかのようにオデットがひらひらと舞う。すると、今度は、「くるみ割り人形」のハープとチェロによる美しいアダージオが流れてきて、ベルリン国立バレエから客演しているナディア・サイダコワとロナルド・サフコヴィッチが踊り始める。バール版の「くるみ」のパ・ド・ドゥ。サイダコワはマラーホフと共演した「くるみ」のDVDで観てるけど、それから年を重ねたせいか、少しキラキラ感が足りなくて地味。でも技術があるのは良くわかるし、とても丁寧で音楽性豊かに踊り、好感が持てた。サフコヴィッチは、夏のローザンヌ・ガラで中村祥子さんと踊ったコンテンポラリーの演目の方がかっこよかったと思う。技術はしっかりしているんだけど、重そうに見えてしまった。ロベルトのような美しい人を前に踊るときには、よほどオーラがないと負けてしまうのかしら。
「くるみ」の後は「白鳥」に戻りチャルダシュ。そして、今度は「青い鳥のパ・ド・ドゥ」!青い鳥を踊るのはアントニーノ・ステーラ。「白鳥の湖」のDVDでは道化、「ラ・バヤデール」のDVDではブロンズアイドル。こういう役を踊る人は小柄な人が多いと思うのだけど、彼は小さいわけではなく、ほっそりとしていて手脚が長く、テクニックもありながら端正。特に腕の動きがとても美しく、鳥の羽ばたきを見ているようで素敵だったし、跳躍も実に軽やかで、ブリゼもきれい。ルックスもいいし、スカラ座のダンサーでは一押しで、他の一流バレエ団で青い鳥を踊るようなダンサーにも決して負けていない。フロリナのダニエラ・カヴァレッリも可愛らしくてなかなか良かった。「白鳥」のマズルカが続き、やっと黒鳥のパ・ド・ドゥへ。
ブルメイステル版の黒鳥のパ・ド・ドゥは、アダージオから、音楽がチャイコフスキー・パ・ド・ドゥに使われている曲を使っている。一般的な黒鳥PDDよりは地味だけど、よりドラマティックというかじわじわと盛り上がっていく感じ。ポリーナの黒鳥はもう何回も観ている訳だけど、あまり印象が変わっていない。美しいけど、とても筋肉質で、若くて野生の鳥のようなオディール。柔軟性もテクニックもあるけど、妖しさはない。小悪魔的でまさに美少年のよう。王子を翻弄する微笑み。アダージオの後半でオディールが後ろ向きにフィッシュダイブするのだけど、ポリーナは思い切りよく飛び込んで、見事に成功。
ロベルトのヴァリエーションも、チャイコフスキー・パ・ド・ドゥの曲。美しいバットゥリー。トゥール・ザン・レールの着地もきれいだし、足音もしなくて実にエレガント。だがオデットというかオディールに出会えた幸せで、目じりの下がったスウィートな笑顔がこぼれている。ポリーナのヴァリエーションは、グリゴローヴィチ版でもおなじみの、短調を使って不穏な空気を生み出している曲。振り付けはグリゴローヴィチ版とはだいぶ違っていて、最初のアラベスクでの回転やピルエットからのアラベスクはなく、跳躍などが入ったもの。さすがに技術は素晴らしいし、オディールの邪悪さも良く表現できていた。そしてグランフェッテ。ここの曲も、おなじみのものではなく、最後は王子にリフトされてフィニッシュする。ポリーナはたいていフェッテの時には前半はダブルの連続技で持っていくのだけど、今回もその例に漏れず。強靭で軸も安定しているけど、体育会系のフェッテという感じなので、そのあたりはあまり好みではない。でも、上手ではある。ロベルトの表情の、なんと嬉しそうなことか。幸福に打ち震えていえる感じがにじみ出ている。ロットバルトの手下である民族舞踊のダンサーたちも、混沌とした舞台上を盛り上げていく。
しかしすべてはロットバルトの策略であり、裏切られたことに気がついた王子は、なんと愚かなことをしてしまったのかと慟哭し、誓うために掲げた手を下ろし、女王の膝で涙を流した後オデットを求めて走り去る。ロベルトが演じる王子像というのは、とても若く純粋でまっすぐな王子なので、素直に感情移入しやすく共感を呼ぶ。最近、屈折した王子ばかり見てきたから、かえって新鮮に感じられるし、演技もとても細かくて自然、かつ等身大なので好感が持てる。ロベルト、白鳥DVDの頃より演技にも、技術にも磨きがかかっていたので、その成長した姿を観られてすごく嬉しかった。大柄な人特有のもっさり感がすっかり消えていた。

カーテンコールでは、まずはキャラクターダンスを踊った人たちや王女たち、貴族が出てくるという通常の展開なのだけど、ソロを踊ったダンサーたちは、男性はタキシード、女性はドレスを着用して登場。ロビーは長身美形なので、このタキシード姿はハリウッドスターのように素敵。ポリーナはもちろん可愛いし、マルタ・ロマーニャもほっそりとしていて背が高いので、モデルのよう。ダンサーたち、それから指揮者のデヴィッド・コールマンはみなシャンパンを手にして、スカラ座の総裁が乾杯。しばらくの間、シャンパングラスを持ったダンサーたちは舞台上で談笑しているので、観客席にいる私たちは、ちょっと間抜けだなと思いながらその姿をしばし見ていた。

3幕のディヴェルティスマン(しかも、ブルメイステル版なので単なるディベルティスマンではなくドラマの担い手でもある)に、ローズアダージオやくるみのグラン・パ・ド・ドゥなどを挟み込むという構成は、ブルメイステル版のドラマティックさをすっかり殺してしまうようで、すごくもったいない使い方だし、3幕が必要以上に長くなって間延びした感じにもなってしまうけど、大晦日だからこういうお遊びは許されるってことだろうか。この上なく贅沢、華やかで盛り上がったとはいえる。でも普通にブルメイステル版白鳥全幕が観たかったな、というのが正直なところ。DVD化される予定なので、ぜひ観てみて。
夢のような時間は過ぎ去り、幕となった後、観客たちにもホワイエでシャンパンが振舞われた。私は今ドクターストップ中でお酒が飲めないのだけど、大晦日だと言うことで、せっかくなのでいただいた。久々に飲むシャンパン(イタリアなのでプロセッコ)は美味しかった♪そして、レストランへと繰り出し、年は明けて行った。(友達が予約していたレストランが、なんと閉まっているというアクシデントがあったけど、無事夕食にはありつけた) ドゥオーモ広場からはまるで爆撃のように爆竹の音が鳴り響き、花火も打ち上げられていたけどここは日本ではなくイタリアなので、花火は不発弾が多く、ぜんぜん見られなかった(笑)
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