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2007/11/16

11/11新国立劇場バレエ団「椿姫」

2007年11月11日 新国立劇場オペラパレス

演出・振付:牧 阿佐美
音楽:エクトール・ベルリオーズ
編曲・指揮:エルマノ・フローリオ
舞台装置・衣裳:ルイザ・スピナテッリ
編曲・指揮:エルマノ・フローリオ

マルグリット・ゴーティエ:田中祐子
アルマン・デュヴァル:ロバート・テューズリー
デュヴァル卿(アルマンの父):森田健太郎
伯爵:イルギス・ガリムーリン
プリュダンス:厚木三杏
ガストン:冨川祐樹
ナニーヌ(召使):神部ゆみ子
村人:小野絢子、井倉真未、福田圭吾
ジプシー:川村真樹
大和雅美、難波美保、千歳美香子、寺田亜沙子
メヌエット:マイレン・トレウバエフ、八幡顕光
アラブ:真忠久美子、中村誠
酒井麻子、細田千晶、今井奈穂、大湊由美
チャルダッシュ:遠藤睦子、西山裕子、丸尾孝子
タランテラ:高橋有里、吉本泰久、江本拓
医者:エリク・T.クロフォード

「椿姫」2回目。初日は1階席の前方で観たのだけど、今回は3階正面。3階席から見ると、照明の美しさ、衣装の色合せの絶妙さやリッチな素材感が伝わってきて、美術がとても素敵だと思った。反面、舞台装置がほとんどなく、バックドロップに描かれているだけなので、広いオペラ劇場の舞台がとてもがらんと感じられてしまった。衣装などの製作費に予算が取られて、装置まで作れなかったのだろうか。特に仮面舞踏会でのシャンデリアまでもが背景画に描かれてしまっているのはいかにも、お金を節約しましたって感じ。3階席だと、バックドロップの上部はよく見えないし。

田中祐子さんのマルグリットは、ノイマイヤー版のDVDでマリシア・ハイデを見慣れている私の持つマルグリットのイメージに近い。美しくゴージャスな社交界の名花なんだけど、もはや若くはなく、少し人生に疲れた女。祐子さんは舞台を降りるととても綺麗ななのに、舞台メイクをすると実際以上に老けてしまうのがもったいない。それでも出会いのシーンでの彼女は、華やかなオーラをまとっており、崇拝者に囲まれて余裕の表情。それでも、どこかで哀しみを内包しているのだ。アルマンはそんな彼女に一目ぼれして、伯爵が目の前にいるのに熱く求愛をする。受け止めるマルグリットは、まずはさらりと受け流して大人の反応なのだけど、その中に、自分はもうこの先長くないのだから、恋なんてというあきらめの思いも感じられて切ない。

テューズリーのアルマンは、4日に観たクールで大人な伯爵とは完璧に別人になりきっていて、さすがの表現力を見せた。若く純粋な若者で、マルグリットの腕に炎のようなキスを浴びせる。甘い魅力の美しい若者なのだけど、マトヴィエンコの若さゆえ向こう見ずでストレートなのとは明らかに違う。若さで突っ走るところもあるけど、同時に如才なく洗練された伊達男で、セクシーさが見え隠れする。でも、狂おしいほど恋に落ちている。こんなにも美しい若者に熱く甘く迫られたら、いくら百戦錬磨のマルグリットといえども、ぐらりと来てしまう。説得力のある演技はさすがテューズリー。

二人きりになった時に繰り広げられるパ・ド・ドゥ。アルマンの想いに打たれたマルグリットの歓びに満ちた表情。祐子さんの踊りは実に細やかで、一つ一つの動きが、指先に至るまで非常に丁寧、身体の動きから吐息のような台詞が聞こえてきそうだ。表現力が豊かでまろやか、大人の女性でありながら、少女のように恥らったりドキドキする様子が伝わってきて、こちらまで至福感に包まれる。情熱的なアルマンと、高揚するマルグリットの息もぴったりでリフトもスムーズだ。アルマンがいない時に、彼から贈られた詩集を大事に大事に取り扱う祐子さんに、役作りの緻密さを感じた。ものすごく真摯にこまやかにマルグリットの人物像を掘り下げて、この役に取り組んだことが伝わってくる。幸せなのだけど、不幸の影が少し差している、そのさじ加減が絶妙だった。

1幕2場での村人たちのパドトロワでは、福田圭吾さんの軽やかな跳躍、テクニシャンぶりに嬉しい驚きを感じた。小野絢子さん、井倉真未さんという今シーズン入団したばかりの3期生も、丁寧に踊っており良かった。ペザントっぽい衣装はどうもちぐはぐで良くないと思ったのだけど、素材などはとても綺麗なものを使っているのがわかる。

恋人たちが幸せな時間を送っているところでも、召使のナニーヌが生活のために宝石を売りに行くなど、不幸の影が少しずつ差している。ナニーヌ役の神部ゆみ子さんの抑えた演技が光っていた。白いブランコの上で過ごす、あまりにも儚く短い夢のような時。テューズリーのロマンティックなこと。
そして、息子と別れて欲しいとアルマンの父がやってくる。ザハロワ出演日のイリインさんはあまりにも大根役者だったけど、森田さんは、気品と強さ、優しさを持った父を好演していた。ただ、ラストで父とアルマン、マルグリットでパ・ド・トロワになるのは演出としては良くなかったと思う。父の上での中でマルグリットが亡くなったように見えてしまうのだ。父親との話じゃなくてアルマンとの話でしょう?マルグリットと父の間を、マルグリットの過去の男性たちが歩いていく演出は演劇的で良いと思うのだけど。

マルグリットがアルマンとの別れを決意した時にも、甘く情熱的に駆け寄るテューズリー。一瞬それを受け止めようとしながらも、身を切り裂かれる想いで拒絶する祐子さん。あまりにもつらいシークエンス。どうして?とアルマンが傷つき去っていくと、アルマンの詩集をまたいとおしそうに抱える。まるで、その詩集がアルマンその人であるかのように。そして、張り裂けそうな想いを別れの手紙に綴る姿には、こちらも涙せずにはいられない。

2幕のディヴェルティスマンは、キャストの大部分が初日と同じだったけど、やはり猫のようにしなやかな中村誠さんには引き寄せられた。柔らかい身体、美しい手脚の運び、でもしっかりとキャラクターダンスらしいケレンがあったところが素敵。パートナーの真忠さんもしなやかだった。ジプシーの川村さんもとても愛らしくて色っぽかったけど、私が観られなかった別の日の寺島ひろみさんが素晴らしかったらしい。そして相変わらずの女装怪人マイレンにはまたもや大爆笑。怪演しているんだけど、それでも端正なところがいかにもマイレン。正体を知って逃げ惑う小さな八幡さんがかわいかった。チャルダッシュやタランテラは、踊っている人たちはみんな良いのだけど、なくても良かったかも、と思った。あまりにキャラクターダンスが長いと、作品の中でも浮いてしまう。

プリュダンス役の厚木さんは、いかにも社交界の女王らしい美しく貫禄ある婦人で、艶っぽくて素敵だった。厚木さんなら、マルグリットもいけると思う。長い首に小さな顔、長身にエキゾチックな顔立ちは、日本人離れした迫力がある。冨川さんはちょっと首が前に出すぎていてあまり好みではなかったけど、ガストン役だと、おひげも似合ってなかなかいい感じ。でもサロンのちょっと妖しい感じを出すのはなかなか難しいんだなって感じさせられてしまった。伯爵のガリムーリンは適役で、雰囲気を少しでも猥雑にするのには役に立っていたと思う。逆上したアルマンがマルグリットを侮辱するところでは、マルグリットの哀れなこと・・・彼女の死んでしまいたいほどの心境が胸にいたく突き刺さる。

そして病が悪化して横たわったり、もう袖を通すことのないだろうドレスを胸に当てながら、やつれてしまった姿を鏡に映すマルグリット。祐子さんがこの役と本当に一体になっているんだなと思わせている。走馬灯のように思い出たち、出会って別れた人々の姿が浮かび上がる。そして、アルマン、それからアルマンの父が登場。左右対称に親子が同じ振りをしてマルグリットに許しを請う演出は、「椿姫」の物語にはまったくそぐわなくて良くない。が、テューズリーと祐子さんのパ・ド・ドゥは素晴らしかった。命が消える直前の、身体がとても軽くなってしまっている様子を祐子さんはよく表現していたと思うし、テューズリーは愛と悔恨をこめて、残されたわずかな時間で一生分の愛を訴えていた。ついにマルグリットが事切れたときの悲しみ方は、大袈裟なものではなく悲しみを必死にこらえていたようだったが、父を目の前にしては、激しく慟哭はできないだろう。マルグリットへの一途な想いをしみじみと感じさせるもので、役者テューズリー冥利に尽きる名演だったと思う。音楽があまりにもあっさりしていて、ドラマを盛り上げるものではないが、それだけにかえって切なさがこみ上げてきて、思わず落涙。

主演二人の心のこもった熱演ゆえ新国立劇場の「椿姫」は非常に充実した公演となったと思う。音楽とパの合わせかた、盛り上げ方に問題があって、美しいけど駆け足で流れるように進んでしまう作品ではある。あまりにもオペラそのままのストーリーテリングでひねりがなく、ストレートすぎて深みも感じさせない。しかしながら、演技者が充実していることで、観る側としては十分楽しめたという結果になった。バレエというのは、振付や演出に疑問が多くても、ダンサーが素晴らしければよい作品に見えるというものであるのかしら、と考え込んでしまった。

逆に言えば、演出次第では、この出演陣をもってすればもっと感動できる素晴らしい作品になったのかもしれないということである。素晴らしいダンサー、美しくセンスの良い美術があるのだから、今後改訂をしていけば良い作品になるのではないか。そうなることを願っている。今回あまりにも準備期間がなく、未完成品の舞台を見せられた想いがした。それだけ、一から新しい作品を作るということは困難なことであり、バレエ「椿姫」の決定版を創ってしまったノイマイヤーが天才だったということなのだろう。

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