7/5 ハンブルク・バレエ「ニジンスキー」(後編)
2幕
Menschen, Innenbilder
ショスタコーヴィッチの交響曲11番「1905年」のオープニングと重なるように、大きな光の環ふたつが吊り下げられ登場する。これは一種の狂気のメタファーだ。狂気に陥ったニジンスキーが描いた絵の中に、環が多く登場していた。ニジンスキーよりも先に狂ってしまった兄スタニスラフが環の周りで踊っている。服部有吉さんのあまりにも凄まじいソロが鮮烈な印象をいまだに残しているため、コンスタンチンはやや不利だったと思う。跳躍力もあるし、テクニック的には申し分はないのだけど、本当に狂ってしまった人の不規則な動きをそのまま再現したような、常軌を逸していて、鋭利なナイフのような切れ味のある動きを見せた服部さんが凄すぎて。そしてサーシャも、ユニゾンのように、しかしやはり不規則に踊る。よく身体が壊れないものだ、と思うほどの激しい動き。スタニスラフの死。
Der Krieg
ここから、軍靴の足音が聞こえてきて、一人ずつ登場する舞台の上のダンサーたちも、カーキ色の軍服を着用している。ニジンスキーが創り上げたキャラクターたち、アルルカンや黄金の奴隷も衣装の上から軍服を羽織っている。ロモラは、白衣を着た精神科医(カースティン・ユング)と不貞を働いている。あるいはそれは狂気に苛まれてきたニジンスキーの妄想なのかもしれない。戦争に巻き込まれ、ニジンスキーは敵国人として捕らえられている。子供時代、マリインスキー時代、戦争。様々な妄想、回想が彼を苛む。
軍服の男たちは激しく踊る。その中に、身体をぐにゃりと曲げて不恰好にぶらぶらと踊るペトルーシュカがいる。ペトルーシュカを踊るのは、ロイド・リギンス。実にペトルーシュカのメイクが良く似合っていて、いつもは端正なロイドなのにすごく情けない感じ、しかしロイドであるという存在感は強烈なので一層哀れに映る。激しく踊る男たちに、ニジンスキーは数を大声でカウントしている。そのカウントする様子は、「春の祭典」の初演で怒号の嵐の中、舞台袖で必死にカウントを取っていたニジンスキーの姿に重なる。男たちの群舞の指揮を執るのは、「春の祭典」の「選ばれし乙女」ニウレカ・モレド。ニウレカはこのシーズンをもって引退するというのだが、彼女のパッショネットでエキセントリックな踊りは鮮烈で忘れがたい。そして男たちは撃たれ斃れていく。「1905年」で民衆に軍隊が発砲し人々が斃れていく音と見事にシンクロしている。戦争という狂気と、ニジンスキーという個人に起こった狂気が混沌とともに交じり合う。
完全に狂ってしまったニジンスキーを橇に乗せ、赤いドレスのままのロモラは引きずって歩く。悪妻と世界中から後ろ指を指される彼女は、それを跳ね返せるだけの強さを持っている。自分がこの男を支えなければ、彼はもう生きていけない。へザーの凛として強い個性が生きている。哀しい夫婦愛がここにある。サーシャは焦点の合わない目で虚空を見つめていて、妻の愛にも反応できない。華奢な身体で、持てるすべての力を振り絞ったロモラは、ニジンスキーに罵られながらもずりずりと橇を引きずり続ける。
いつのまにか、冒頭のスヴレッタ・ハウスへと戻っている。華やかな観客たちの中には、例のキャラクターたち・・・ペトルーシュカ、黄金の奴隷、薔薇の精、軍服を羽織ったアルルカンや牧神が混じっている。兵士たちの死体が山を作っている。上半身は裸、軍服を思わせるズボンを着用したニジンスキーは、まず黒い長いじゅうたんを横に引き、次に十字架を作るのように、赤いじゅうたんを縦に引いて、狂ったように踊り始める。「今から、"戦争"を踊ります」と高らかに宣言して。ここからエンディングまでの数分間のサーシャの踊りは、未だかつて観たことがないほどの激しいものだった。完全にニジンスキーというキャラクター(実在したニジンスキーではなく、ノイマイヤーが作り出したニジンスキー)が憑依していた。激しい回転、トゥール・ザン・レール。サーシャ独特のナイーブさと繊細さが極限まで高まって、ついに針が振り切れたかのようだった。2本のじゅうたんをまさに十字架のように身体に巻きつけ、殉教者のように崩れ落ちた。
サーシャはカーテンコールの間中、自分本来のキャラクターに戻れていなかったようだった。いつもは優しげでエレガントなサーシャが、別人格のままエキセントリックでかつ茫然と存在していた。こんなに凄まじい体力と精神力を使う作品に主演した彼が、この4日間毎日主役級で舞台に立っていたというのだから、超人としか言いようがない。翌日の「ジュエルズ」のエメラルドでも主演していたのだ。
再び、「ニジンスキー」のあまりにも圧倒的な情報量、激しすぎるパワーに打ちのめされた。アレクサンドル・リアブコは本物の天才だ。こんなにもナイーブで優しげな彼のなかに、これほどまでの感情の奔流が眠っており、それが噴出し昇華した様子を目の当たりにしてしまうと、どうしていいのかわからなくなる。「ニジンスキー」という作品の凄さはわかっていたはずなのに、頭を何回も殴られたかのような衝撃で全身が痺れた。また「ニジンスキー」が上演される時には、万難を排して地球上のどこへでも観に行かねばならない。
作品の解説はこちらへ
2005年2月の来日公演の感想はこちらへ
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naomiさん、こんにちは。
ハンブルク旅行記と公演の感想、とても楽しく拝見しました。『シンデレラ・ストーリー』も、ノイマイヤーならではの演出で、とっても面白そうですね。
naomiさんの感想を拝見して、『ニジンスキー』の舞台を鮮やかに思い出すことができました。後半の感想では、舞台を見たときと同じように胸が苦しくなりました、、、。本当に素晴らしい作品ですよね。もちろんダンサーたちも!またしばらくは、頭の中で「シェヘラザード」がグルグル回りそうです。
投稿: uno | 2007/10/12 12:58
unoさんこんにちは。
お返事遅くすみません!ハンブルクは一年前にチケットを取らなければならず、私は人形姫のチケットを一枚無駄にしちゃったのですが、ニジンスキーやシンデレラストーリーが観られて良かったです。ニジンスキー再演の時にはぜひ行きましょう!
シェヘラザードやショスタコービッチの11番を聴くと切なくなりますね。
早くハンブルクバレエの来日があることを祈るばかりです。
投稿: naomi | 2007/10/14 22:41