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2007/10/14

小林恭バレエ団「バフチサライの泉」10・13

原作 アレクサンドル・セルゲーヴィチ・プーシキン
   (叙事詩 「バフチサライの泉」)
台本 ニコライ・ヴォルコフ
音楽 ボリス・アサフィエフ
振付 小林 恭
指揮 磯部省吾
演奏 東京ニューシティ管弦楽団
ギレイ汗(タタールの王)  小林 貫太
マリヤ(伯爵令嬢)     宮内真理子(新国立劇場バレエ団)
ザレマ(ギレイ汗の愛妾)  下村由理恵
ワズラフ(マリヤの婚約者) 黄 凱(東京シティバレエ団)
ヌラリ(タタール軍の隊長) 大嶋 正樹(東京バレエ団)

コミック「SWAN」などに登場して、いつかは観たいと思っていたけどなかなか観る機会のなかった作品。しかも上記のような豪華キャスト。小林恭バレエ団は、去年観た「シェヘラザード」もとてもよかったので、期待していた。

見ごたえたっぷりで十分楽しめたと思う。やはり主要キャストの充実振りが作品の格を高めていた。さらに、舞台装置や衣装もなかなか豪華でオーケストラつき、多くの公演をやるメジャー国内バレエ団に引けを取らなかった。

冒頭と最後に登場することから、物語の主役はギレイ汗であるのだけど、実際には彼に翻弄される登場人物たちの運命がテーマとなっている。激しい情念を持つザレマ、清らかなマリヤ、この魅力的な二人の女の運命を狂わせてしまったギレイ汗は、なかなか感情移入のしにくいキャラクターだ。だからこそ、演技力が求められている役なのだ。

プロローグ。泉の前でうなだれるギレイ汗。去年の小林恭バレエ団で小林貫太さんは「ペトルーシュカ」でタイトルロールだったのでわからなかったけど、背が高く、タタール人のスキンヘッドも似合うハンサム。

1幕は、ポーランドの公爵邸のお屋敷で展開される。一人娘マリヤの誕生日を祝う宴。マリヤ役の宮内真理子さん、婚約者、子爵ワツラフの黄凱さん、二人とも純白の衣装が似合ってキラキラと輝く美しさ。まさに貴公子を絵に描いたような黄凱さんは、長い脚、ラインの美しさが際立つ。宮内さんは愛らしく清潔感があって姫そのもの。柔らかく軽やかな踊り。幸せな二人を祝福する宴は、チャルダッシュやマズルカなど民族舞踊中心に展開する。男性ダンサーのダイナミックな見せ場もある。その宴を物陰から伺うタタール軍の兵士たち。華やかな宴のクライマックスでワツラフは竪琴をマリヤに贈り、その音色に乗ってマリヤは美しく舞う。しかしそこへ攻め込むタタール軍。屋敷は炎に包まれ、男たちはためらいもなく殺され、女たちはさらわれる。公爵すらも無慈悲に殺されてしまう。累々と死体が横たわる地獄絵図。最後に残ったのが、逃げ惑うワツラフとマリヤ。ギレイ汗はついにワツラフも殺してしまうのだが、茫然とするマリヤのヴェールを取り、あまりの美しさに打たれ、彼女を連れて帰る。

2幕はクリミアタタールのバフチサライ宮殿のハーレム。ギレイ汗の愛妾ザレマと、女たちが彼を待っている。ザレマの下村由理恵さんはさすがの存在感。美しくセクシーで、誇り高く百戦錬磨の女という感じ。踊りのテクニックも見事なもので、鋭いジュッテ、回転もキレがあり素晴らしい。だがギレイ汗の態度がおかしい。駆け寄るザレマを完全に無視している。連れて来られたマリヤの姿-白いヴェールに覆われ、しっかりとワツラフの形見の竪琴を抱えているーを見て、一同は何が起きたのかを悟る。別室にマリヤが連れて行かれた後、ザレマ、そして第二夫人、さらに女たちはギレイ汗の歓心を買おうと身をくねらせ妖艶に踊る。しかしギレイ汗の心は一向に動く気配はない。まったく関心を払わず、、アヘンなのか水タバコなのか、パイプをくわえてプイとしている。ザレマは、宮殿の中での自分の立場が一瞬にして変わってしまったのを悟る。女たちはそんな彼女をあざ笑う。下村さんの受けの演技力がここで際立つ。立っているだけでかもし出す複雑な心境。愛していた男の突然の心変わりに戸惑い苦悩し、自分の何がいけなかったのかを責める。それに対して、容赦なく彼女をいたぶる後宮の女たち。残酷な場面である。最後にたった一人残され、苦しみのあまり横たわる下村さんには思わず涙してしまう。
ザレマの後に踊る第二夫人の山本みささんが、すらりと背が高くてプロポーションがきれい、踊りも大きい上細かい演技も達者でなかなか魅力的だったと思う。

3幕は、マリヤの寝室。ギレイ汗は彼女への愛を訴え迫る。しかし、悲しみに沈むマリヤは、ワツラフのことだけを思っているおり拒絶する。リフトを多用した美しいパ・ド・ドゥの中で、宮内さんはマリヤの清らかさ、気高さを体現していた。ギレイ汗も、一途で気高い彼女にはついに何もすることができなくて去る。寝入ったマリヤの元へやってくる人影は、ザレマ。ザレマは、マリヤに「彼を返して」と懇願するが、異国の言葉を解しないマリヤは、ザレマが何を言っているのかわからない。跪いて思いのありったけをザレマが訴えても、何を言っているのかわからないのだ。マリヤも、ザレマに「私をここから出して」と訴えるけど、これもまた通じない。ベッドの横にギレイ汗の帽子が落ちているのを見つけたザレマは逆上。ナイフを出してマリヤに襲い掛かる。止めに入ったギレイ汗たちだが、結局ザレマはマリヤの背中を一突きで殺してしまう。柱にしがみついて絶命するまでの宮内さんの演技は、とてもリアルだった。ギレイ汗は、ザレマにナイフを向けるが、「どうぞ私を殺してください、さあ」と両手を十字架のように広げ、身を投げ出すザレマの姿に、どうしても彼女にとどめをさすことはできない。ザレマにしてみれば、愛するギレイ汗の手で殺されるのなら本望だったのに。それにしても、下村さんのドラマティックな演技はさすがである。身体全体が演技をしているというのは、彼女のことだ。一つ一つの動きに無駄がなく、身体が言葉を話しているかのようだ。

4幕は、断崖にある刑場。マリヤ殺しの罪でザレマが処刑されようとしている。深く沈みこむギレイ汗。彼を少しでも元気付けようと、人質の女たちを捧げたり、食べ物や酒を持ってきたりするが、彼の気持ちは一向に晴れない。愛する女を殺され、もう一人の女はその罪で処刑されようとしているのだから無理はないのだが・・。断崖に立たされたザレマは、命乞いはしないが最後にギレイ汗に視線を送って「許して」と訴えている。だけど彼の心は動かず(それどころか一瞥もせず)、彼女はあっさりと突き落とされて絶命する。ギレイ汗を鼓舞させようと、隊長ヌラリとその部下たちが、鞭を片手に激しく勇壮な踊りを見せる。ヌラリ役の大嶋さんのカッコいいこと!彫りの深い顔立ち、筋肉質の身体で、タタール人の扮装が実に良く似合う。相当身体を絞り込んだようで腰などはほっそりとしているのだけど、柔らかい背中、高い跳躍、しなやかさとワイルドさ、惚れ惚れとするほど素敵。それでいて親分思いの健気なところがいい。群舞の男性たちもパワフルでここは見ごたえたっぷりだった。そんな男たちの力みなぎる踊りを見ても、ギレイ汗の気持ちは沈みこんだままだ。気がつけば愛した女たちはもうこの世にはいなくて、自分は一人ぼっちなのだから。しかも、二人とも自分の所為で死に追いやられたのだから・・・絶対的な強さ、権勢を誇ったギレイ汗はもうここにはいなかった。

エピローグ
冒頭と同じ、泉に取りすがり苦悩し、ひとり佇むギレイ汗。彼の脳裏には、マリヤ、そしてザレマの美しい姿が去来する。

ギレイ汗の心情に感情移入するのが難しい作品ではあった。どんなにザレマが愛を懇願しても見向きもしなければ葛藤することもない、踊るシーンも少なければ感情表現も抑え目のギレイが主人公というのはカタルシスに欠けるところがある。小林貫太さんも健闘していたと思うけど、前回のこのバレエ団の「バフチサライの泉」では父上の小林恭さんがギレイ汗を演じていたくらいだから、相当の演技力が必要とされる難しい役なのだ。この描き方では、ギレイ汗は単なるダメ男にしか見えないのが、かなり損な感じ。しかし、その分、ザレマという激しく情念深いキャラクターが鮮やかに描かれていて、下村さんの演技力もあって非常にドラマティックだったと思う。1幕のクラシックバレエのところはあまり振付に工夫はない。だが4幕の男たちの群舞は血湧き肉躍るものだったし、完成度の高い舞台だった。


追記:全然関係ないけど、10月14日の秋華賞に「ザレマ」という3歳馬が出走した。ダンスインザダークの仔という血統で、「バフチサライの泉」のザレマから名前を取ったそうです。

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バレエ公演感想」カテゴリの記事

コメント

良い公演でしたね。
それぞれのダンサーさんが、適材適所に配されていて、攻め込まれていくポーランドや、粗暴なタタール兵たちを熱演していました。
気が付けば、皆、一途な思いを持っているんですね。
ザレマも、寵愛が無くなったら死も恐れない。
「シェへラザード」のように、奴隷と遊ぼうなどとは思わないし。
高貴過ぎて、手も出せない女性というのも凄いですね。ギレイも純情だったということでしょうか。

くみさん、こんばんは。
なかなか東京では上演されない作品で、いかにも旧ソ連って感じがしますが、見ごたえたっぷりでしたね。たしかに、主要人物三人は一途な思いの持ち主ばかりで、それゆえの悲劇でしたね。
いくら強く勇ましい汗でも、女性には弱かったということで。

クリミアタタール語とされている言語は本当はペレザーニ周辺で話されている言語である。

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