小林紀子バレエシアター「コンチェルト」「ザ・レイクス・プログレス」「エリート・シンコペーションズ」
小林紀子バレエシアター第87回公演は、英国の香り漂う3作品のトリプル・ビル。どれもレベルの高い踊り、ユニークな作品ぞろいで非常に楽しめた。
【コンチェルト】
振付:ケネス・マクミラン
音楽:ショスタコーヴィッチ (ピアノコンチェルト第2番ヘ長調)
1st Movement 高橋怜子 恵谷 彰
3カップル 駒形祥子 冨川祐樹/萱嶋みゆき 佐々木淳史/小野絢子 冨川直樹
2nd Movement 島添亮子 中村 誠
3rd Movement 大森結城 高橋怜子 恵谷 彰 島添亮子 中村 誠
1st Movementは恵谷さんの生き生きとした踊りが印象的。跳躍もキレイ。上手なのにちょっと華がないのがもったいないな~と思って観ていた。高橋怜子さんは、小柄でほっそりとしていて、逆に華やかなタイプだから余計そう思えたのかもしれない。
来シーズンから新国立劇場にソリストとして入団する小野絢子さんが転倒してしまったのが惜しい。
2nd Movementは島添さんと中村さんのパ・ド・ドゥ。中村さんは人間バーとしてもっぱらサポート役に徹しているのだけど、それでも、腕や脚のポジショニングがとても正確で伸びやか、きれいなのがわかる。島添さんの繊細な持ち味が生きており、ゆっくりとしたテンポの、とても美しくしっとりとしたパ・ド・ドゥ。
3rd Movementは、大森結城さんのダイナミックな踊りを中心に、にぎやかなもの。間に合わなくて聞けなかったのだけど、この日の公演の前に、振付指導のジュリー・リンコンと、ファイナンシャルタイムズ紙のクレメント・クリスプ氏のトークショーがあった。それを聞いていた友達の話によると、、「最初はペアで振り付けたのに、開演30分前に男性が逃走したので、代わりがきかずに女性だけで踊った初演のまま踊られてる」とのこと。大森さん、相変わらずカッコいい。
【ザ・レイクス・プログレス~"レイク"放蕩児の生涯~】
振付:ニネット・ド・ヴァロア
音楽・ストーリー:ゲーヴィン・ゴードン
The Rake ヨハン・コボー
The Taylor 奥田慎也
The Jockey 八幡顕光
The Dancing Master 恵谷 彰
The Betrayed Girl 島添亮子
The Dancer 大和雅美
The Gentleman with a Rope 後藤和雄
The Card Player 中村 誠
The Violinist 澤田展生
ホガースという画家の連作の絵画「A Rake's Progress」を元に振付けられた作品。父の死により莫大な遺産を相続した青年が放蕩の限りをつくし、賭博に溺れ、借金を返すことができなくなり、挙句に最後は精神病院に収容されて短い生涯を閉じるというお話。元の絵画を忠実に再現した額縁のような美術で、舞台を狭く使って絵画の中の話という印象をうまく作っている。装置や衣装もロイヤルとバーミンガム・ロイヤルから借りたということでとても凝っている。バレエというよりは演劇的な作品だったけど、とっても面白かった。
1場では、赤い服を着て意気揚々とした青年レイク。恵谷さん演じる教師にダンスレッスンを受けるコボーは、さすがに脚捌きがめちゃめちゃ美しい。八幡さんが長髪のカツラをかぶったジョッキー、奥田さんが仕立て屋で新しい服を仕立てている。2場のThe Orgyでは、酒場でどんちゃん騒ぎするレイクご一行様。ダンサー役大和さんの、スカートを捲り上げたりお尻をつき出すはじけてパワフルな演技が爽快。借金取りに追われたレイクを助けようと肩代わりをする少女役の島添さん。薄幸そうで繊細、しかし芯の強い少女を熱演していた。4場の賭場で騙されすべてを失ったレイクは刑務所に入れられ、そして最後に行き着いたのは精神病院。
この6場、精神病院での出演者たちの演技がものすごくて、本来悲しいお話なんだろうけど、どこかブラックユーモアというか可笑しい。ロープに取り憑かれた男、ヴァイオリン弾き、自分を教皇だと思い込んでいる男、どいつもこいつもすっかり逝ってしまっているんだけど、なぜかいとおしい。特にロープに取り憑かれた男を演じた後藤さん、すごすぎ!いやあ狂っているけど楽しそう。カードプレイヤーの中村さんも、いつもの品の良い王子ぶりが嘘のようだし。ハゲヅラに半裸のコボーも、さすがに演技者としての実力はすごい。正気と狂気の間を行き来しながら虚空をじっと見つめ、彼を助けようとやってきた少女に全然気づかなくてうつろな状態。最後に、ようやく彼女の存在を認め、手と手が触れ合うけれども命が尽きるまでの、哀しさ、切なさ、欲にまみれた男の罪と罰そして許しを感じさせるリアルな演技にはゾクゾクした。
上演時間が短くて、お話が比較的サクサク進んでいくのだけど、このサクサク加減が、必要以上にこの話を悲劇的に仕立てないのが良い。もともとの絵画「A Rake's Progress」が、字の読めない庶民のための教訓話ということで、ちょっと可笑しくて哀しい寓話的な演出となっている。コボーだけでなく、密度の高い演技で作品を引き締めてくれたすべてのダンサーに拍手。
【エリート・シンコペーションズ】
振付:ケネス・マクミラン
音楽:スコット・ジョップリン
ピアノ:中野孝紀
12人の小さな管弦楽と2台のピアノのラグタイムバンドが舞台に上がっての、楽しい作品。楽団員も全員、出演者の衣装と似た派手派手なデザインのコスプレ。カラフルで可愛い全身タイツ衣装のダンサーが20名。これもロイヤルからの借り物。11曲で構成されている。
Stop-time Rag、Bethena-A Concert Waltz 高橋怜子、冨川祐樹
下手なカップル(The Golden Hours・難波美保・後藤和雄)
背の低い男性と背の高い女性のペア(The Alaskan Rag・楠元郁子・佐々木淳史)
女性のソロ(Calliope Rag・高畑きずな)
最初は男子チームと女子チームに分かれ、男子はみんなタバコをふかし、女子が集団で踊る。それから、踊っていない人たちはまわりに腰掛けて踊るカップルを見る。途中でゼッケンをつけてのダンス競技大会にもなる。
モデルばりのプロポーションを誇るダーシー・バッセルが主人公Jennyを踊った映像を観ていたため、日本人がこの全身タイツ&ポップな色彩の手描きペイント衣装を果たして着こなせるかと思ったのだけど、意外とみんな似合っていた。男性の一部には厳しい方もいたけど。Jenny役の高橋怜子さんは、小柄だけどスリムでプロポーションがよく、白に星印のついた衣装や帽子をかっこよく着こなしていた。Stop-time Ragでは、男性軍団を引き連れて、超いかしていてセクシーだった。さすがマクミラン、と思わせる難しいリフトでのポーズなど、柔軟性を生かしてとても素敵だった。パートナーの冨川さんもよく踊っていたと思うんだけど、顔が前に出すぎているのがちょっとイヤだった。メーンの役柄ではないんだけど、やっぱり中村誠さんはとびぬけてラインが美しく優雅。ミニスカートが似合う楠元さんの音楽性溢れる踊りも、それから可愛らしく子猫チックな高畑きずなさんも素敵だった。とにかくすごく楽しくて、観ている側も踊りだしたくなっちゃう演目だけど、もっとはじけて、音楽と一体化した踊りになるとさらに良くなるのでは、と思った。
なお、最終日を観た人の話では、ヨハン・コボーがこっそりと、同じ全身タイツ衣装を身に着けてこの演目に参加していたらしい!
このトリプル・ビルは、最近観たバレエの中でも抜群の面白さで、もう一日分チケットを取ればよかったと後悔してしまうほど。普段なかなか観ることができない作品であり、とても新鮮だった。ゲストのコボーはじめダンサーの質も、衣装、装置、音楽などプロダクションの質も非常に高く、空席があったのがもったいないとしか言いようがない。もっともっと宣伝されて、多くの人が観に行くべき公演だったと思う。今回新制作だった「エリート・シンコペーションズ」は近いうちの再演も予定されているので、とても楽しみ。そしてコボーは、コジョカルの付録ではない、独特の個性を発揮してくれてとても良かった。10月の「真夏の夜の夢」も楽しみ。
追記:下記nonkiさんのコメントにもあるように、初日にトークショーを行ったFinancial Timesのクレメント・クリスプ氏が、同紙にこの公演の批評を書いています。
「Definitely not lost in translation」
http://www.ft.com/cms/s/0/5a02e86e-5762-11dc-9a3a-0000779fd2ac.htm
The Kobayashi dancers need no such correction. They have a clean style, the choreography is well-shaped, and in the central duet (inspired by Lynn Seymour unfurling her ravishing line at the barre in a Berlin studio), Shimazoe displayed no less grace, the dance poured out in an exquisite cantilena.
大絶賛ですね。これを機会にもっと海外でも日本のバレエが知られればいいなと思います。
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コメント
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初めて書き込ませていただきます。
最終日のエリートシンコペーションズで
一人外国の男性が「その他大勢」として
混じっているなと思っていたのですが
コボーでしたか!
カーテンコールで上手後方にいて、ノリノリで
帽子を何度も上に放り投げていました。
バッセルと都さんが白い☆印タイツのJennyを
踊ったのを写真で見ただけでしたが
あんなに粋で楽しい作品とは驚きです。
踊る後ろで皆それぞれに演技をしていて、
Calliope Ragの女の子は下手なカップルに
かったるそうに嫌々拍手をしていて笑いました。
宣伝がちらしのみという淡白さは本当に勿体無いですね。
また再演の際には是非見に行きたいです。
投稿: とりもと | 2007/08/28 14:25
とりもとさん、はじめまして。コメントありがとうございます!
私は最終日は残念ながら?隣の劇場で「ア・ビアント」を観ていたのですが、小林を観ていた友達に終演後会って、本当にノリノリで楽しかったといわれて、こっちをもう一回見ればよかったとちょっと後悔したのでした。
コボーも実はお茶目な人なんですね。
そうそう、中心でみんなが踊っている時にも、周りの人たちは小芝居をしているんですよね~再演が本当に楽しみです!もっと宣伝して、多くの人に観てもらいたいですよね。
投稿: naomi | 2007/08/29 01:49
こんにちは。はじめまし。いつもこのブログを楽しみに読んでいます。もう周回遅れになるかもしれませんが、私も小林紀子バレエシアターを観にいって来ました。今回は私がサンフランシスコ在住の折、しばしば観にいってお気に入りになっていた演目の一つのエリートシンコペーションズがあったので、同じ金曜日、新国立劇場中劇場へ足を運んで来ました。私も島添さんの踊りの叙情性、コボーの真に迫る身体表現に大変感動しました。高橋さん、大森さん、高畠さんの軽快でかっこいい踊りも楽しめたし、素敵な公演だったと思います。サンフランシスコでみたエリートシンコペーションズはヤンヤンタンやミュリエル・マフルの印象が強く、アメリカのカンパニーらしく、皆さん、のりのりでいたのに比べると、もう少し弾けてくれてもいいぐらいと思いました。コンチェルトも素晴らしく、レイクス・プログレスも難しい演目だったのに大変よかったですね。日本のカンパニーにあっては、数少ない、こういう演目を取り上げてくれる小林紀子バレエシアターにはもっと応援したいですね。
投稿: toga | 2007/09/02 01:47
togaさん、こんにちは。ようこそいらっしゃいました!
毎度のコトながらお返事が遅く申し訳ありません。サンフランシスコにお住まいだったのですか!素敵な街ですよね。私も3月に行きました。
しかもミュリエル・マフルやヤンヤン・タンでご覧になっていたのですか!それは素敵だわ。ミュリエルは今年引退してしまって、観られなくなりましたし。
たしかに小林のダンサーさんたちもとてもよかったけど、さらにはじけてくれるともっと良かったですね。
私も、このバレエ団は応援したいと思います。
投稿: naomi | 2007/09/04 01:48
そうですね、この公演のすばらしさを称賛して、すべてのダンサー、オケに拍手を送りたいです。
今回の演目に挑戦した小林紀子さんの勇気にも賛辞を送りたいです。もっともっと知らない演目を見せてほしいと思います。そういえば、初日にトークショーをやったClement Crispが31日の
Financial Times紙に遠い日本でわが国のバレエがきちんと理解されて、同じようなレベルで行われていることに感動して、称賛の講評を書いていますね。
投稿: nonki | 2007/09/04 08:53
nonkiさん、こんにちは。
クレメント・クリスプさんの評論、良かったですね。これをきっかけに、小林紀子バレエシアターがより幅広く認知されればいいなと切に思います。
他のバレエ団では上演しない演目に、どんどん挑戦して欲しいですね。
投稿: naomi | 2007/09/06 02:00