東京 渋谷 Bunkamuraオーチャードホール
演出・振付 :服部有吉
音楽監督・指揮 :金 聖響
ピアニスト :松永貴志
管弦楽 :東京フィルハーモニー交響楽団
出演 :服部有吉
ラスタ・トーマス
辻本知彦(パンフレットの表記は辻本とも彦)
大貫真幹
横関雄一郎
上野隆博(パンフレットの表記はタカヒロ) 他
音楽
プロローグ
ドビュッシー:月の光
第1部
メンデルスゾーン:イタリア
バーバー・アダージョ
シェーンベルク:浄夜
第2部
ガーシュイン: アイ・ガット・リズム
ガーシュイン「ラプソディ・イン・ブルー」
エピローグ:
ドビュッシー:月の光
当初2回観る予定が、運良くフジテレビの懸賞に当選し、合計3回観ることができた。楽しかった~!観る前は3回も観て飽きないかな、と思ったけど全然そんなことはなかった。2回目(懸賞で当たった分)は3階席だったのだけど、視点を変えて観ることができたのもまた良かった。1階席の(実質)10列目と12列目、そして3階だったわけだけど、12列目はファンクラブ席だったのに前の人の頭がすごく邪魔で非常に見づらかった。どうせ見づらいんだったら、一度くらいかぶりつきの席で見ればよかったかな。
今回の舞台は、舞台の上にあがったオーケストラ編成の上に、黄色い柱のプラットフォームがあり、時にはダンサーがそこに上って踊る。したがって、1階席からだと、プラットフォーム上のダンサーの足先がまったく見えないわけだ。オーチャードホールは、1階の前半がまっ平らで前の人の頭が邪魔なことこの上ない欠陥劇場なのだが、特に今回の舞台ではつらかったと思う。
「月の光」
ドビュッシーの「月の光」を弾く松永さん。客席からラスタ・トーマスが歩いていき、舞台に上る。ダンサーたちが一人また一人舞台に入ってきて、音楽にあわせてゆるやかに踊り始める。オーケストラの間には通路があって、そこからもダンサーが出入りする。
メンデルスゾーンの「イタリア」は軽快でアップテンポな曲。ラスタはタカヒロさんに後ろから抱えられ、腕をぶらんぶらんさせている。まるで「ペトルーシュカ」のように。この曲で登場したときラスタは白いランニングにスパッツ、膝にはサポーターといういでたちだけど、タカヒロさんに、他のダンサーたちと同じ白シャツに白いズボンを着せられる。
大貫さん(緑)と横関さん(赤)、カラフルな燕尾服を着た二人のバレエダンサーが、シメントリーな振付で軽快に踊り始める。ブリゼ、ランベルセ、マネージュの交錯、トゥール・ザン・レールと難易度の高い技の連続。二人とも非常に美しく、音楽に見事に乗ってのびのびと踊る。まるで音符が飛び跳ねている姿を見るようだ。ちょっと田辺誠一似のハンサムな横関さんもいいけど、小柄な大貫さんの踊りが柔らかくて素晴らしい。この二人は音楽の天使なのだろうか?ダンサーたちは軽快に、時にはプラットフォームの上でも駆け回っている。ひときわ美しいピルエット・アラスゴンドを踊る人がいるので見てみたら、それは服部さんだった。心地よい高揚感。
タキシードのバレエダンサー以外のダンサーたちは、挨拶をするように出会っては言葉を交わしている。挨拶が終わるとまた別の人のところに行って、挨拶。しかしラスタ一人は、コミュニケーション不全に陥って、うまく会話することができなくて会話を打ち切ってしまうことしばしば。早くも、ラスタ得意のカンフージャンプや腕を使わない側転などの技が登場するが、それらの超絶技巧が決して浮いていないところがポイント。
黒いジャケットを着たラスタと辻本さんは、それぞれグループを率いて、先頭で踊り始める。ラスタはクラシック組、辻本さんはヒップホップ組で、時には掛け合いのように、そして時には競うかのように。ヒップホップ組からはブレイクダンスまで登場。辻本さんの奔放でありながらどこか美しいムーヴメント、ラスタのダイナミックながら端正なダンス、それぞれまったく違っているのだけど生き生きしていて目が離せなくなる。どちらを見ていいのか迷うほど。しかし二人は途中で上手く踊れなくなって、他のメンバーに暴力を振るわれる。着ていたジャケットを頭巾のようにかぶせさせられた二人は走り去る。
休憩
シェーンベルク「浄夜」の美しいけどほの暗いメロディが流れる中、辻本&服部、ラスタ&タカヒロの二組が背中を向けてうずくまるように座っている。ラスタ、辻本は黒いジャケットを頭にかぶったまま。バーバーのアダージョの重苦しい音が演奏されている。演奏だけで15分くらい経過。そして、二人は目覚める。少し破れたジャケットをまとう。ラスタと辻本の二人はさまざまなポーズを取る。オーケストラの前に座っているのが、彼らを見守る守護天使の大貫さんと横関さん。ダンサーたちは立ち上がり、一点に集まって同心円のようにぐるぐると歩く。復活、再生を感じさせるようである。ラストでは、ラスタが壮絶なシェネの連続技を見せた。あのスピードで軸がぶれないのは驚異的なほど。彼は超絶技巧の持ち主なのに、それが決して軽業やテクニックのひけらかしに見えないところが素晴らしい。
「ラプソディ・イン・ブルー」
ここからが本当のクライマックス。ピアノを載せた台が下手から運び込まれてくる。鍵盤に後ろ向きになって立っている、金色のジャンパーを着た松永さんが、後ろ向きのまま即興演奏を始めている。それがガーシュインの「アイ・ガット・リズム」に。オーケストラの方も、ガーシュイン向けに編成を変え、楽団員が出たり入ったりするのが楽しい。服部さんが舞台に登場し、次々にダンサーたちも。聴きなれた「ラプソディ・イン・ブルー」の出だしのメロディとともに、タカヒロ以外のメーン 5人のダンサーが見事なトゥール・ザン・レール。ぴったりと揃っていて気持ちよい。そこへペンギンのようなユーモラスな動きでテケテケ歩いてくるタカヒロさん、面白すぎ!
松永さんのインプロヴィゼーションに合わせて、ダンスの方も自由奔放に、縦横無尽に繰り広げられて楽しいことこの上なし!3回とも、少しずつ振付も音楽も違っていた。
一発目に登場した大貫さんの跳躍がものすごかった。高くてひねりが入っていて、それでいて美しい。ダンサーたちもその美しさに舞台上で目を瞠っていた。あまりのすごさに嫉妬したラスタが、カンフーキックで大貫さんにツッコミを入れる。対抗するように服部さんが跳躍する、と見せて横関さんに見事なリフトをされる。さらに一人ずつバトンタッチするように跳躍系の得意技を披露する。ところが、最後の服部さんは、バトンを受ける振りをして、腕をきれいにアンオーに上げた時点でやめてしまって、どっと笑いが起きる。振付家で座長なのに、今回の服部さんは、控えめで裏方に徹しているようだ。それでも、腕の動きひとつとってもしなやかで美しい曲線を描いているのだけど。インパクトという点では、タカヒロさんの、膝立ちのままスピンしていく技がすごかった。あんなことをして膝は大丈夫なのか?
ラスタ、大貫、横関のクラシック3人組によるフェッテアラベスクを多用した美しいアンシェヌマン。最終日に登場したタカヒロ&辻本の即興ヒップホップ合戦はものすごく面白くて、彼ら自身も、観客もくすくす笑ってしまう。ラスタ、タカヒロ、辻本の空中側転。跳躍合戦。舞台を横切るように走っていく群舞のダンサーたち。プラットフォームの上でガンガン踊るヒップホップダンサーのサキッチさんとモッチンさん。爆発するエナジー。時には会話まで聞こえてくる。もっと自由に、堅苦しいことを考えずジャンルにも囚われずに、純粋に音楽とダンスを楽しもうよ!という心意気が感じられた。素晴らしい高揚感。指揮をしながら、ちらちらとダンサーの方を観る金聖響さんも楽しそう。オーケストラが演奏しているけど、音楽のノリは完璧にジャズで、スウィングしている。ノンストップのエネルギーが舞台から放出される。いつまでもこの音楽とダンスの融合を観ていたい気持ちになった。
クライマックスの後、暗転して舞台は終わりかと思ったら、再び照明がつき、冒頭と同じ「月の光」。この作品は環をなしているわけだ。だが、オープニングとは少しアレンジが違っている。オーケストラの楽団員が少しずつ舞台から去っていく。ダンサーたちも去っていく。最後に残されていたのは、ラスタ・トーマスと、松永さんと、金さん。ラスタが、冒頭と反対に、観客席へと降りていって会場を後にする。少しずつ暗転し、松永さんに当たっていたピンスポットも暗転して、幕。
楽しかった~!!!ブラボー!
カーテンコールの彼らもホントに楽しそうで、ロールスクリーンの幕が下りてくるところでは、スクリーンを巻いているそぶりをラスタが見せていてお茶目だった。
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服部有吉さんのセンスというのは、ジョン・ノイマイヤーの影響を受けたシンフォニック・バレエ、少々難解な部分を持ちながらも、同時に、服部家のDNAから伝わってきたであろうエンターテインメント志向、さらにはベタな部分やユーモアもあるところが非常に面白い。何よりも、いろいろなジャンルの壁を軽やかに乗り越えているところが素敵。日本の観客というのは、オペラを観る人はオペラだけ、クラシックバレエを観る人はバレエだけ、コンテンポラリーダンス、ヒップホップにしても同じというわけで、ジャンルに囚われているところが多分にある。私自身にもそういうところがあることを否定できない。
今回の公演は、クラシックバレエからコンテ、パントマイム、ヒップホップやブレイクダンス、そしてクラシック、ジャズとさまざまな分野の人たちを集めて作られたもの。完全な融合をしているかというと、そこまではできていない。なぜなら、やはり基本はクラシックバレエなのかな、と思わせる振付であり、コンテンポラリーやヒップホップがかっこよく見えるような演出にはなっていないからだ。せっかく選抜された群舞のダンサーたちも、十分その魅力を発揮できるところまでなっていない。また、「浄夜」の後半などは、音楽との溶け合い方にしても、必ずしも成功していない部分があるように思える。回数を重ねてみることで面白くなっていったけど、このパート、1回目は少々退屈するところもあった。
それでも、さまざまな分野のダンスや音楽をひとつの作品にまとめ上げ、実に多岐にわたる舞踊言語を用意してダンスの純粋な楽しさを見せてくれた服部さんの手腕は見事だといわざるを得ない。ダンスと音楽を通じて、人々がコミュニケーションをしてつながっていき、新しい芸術が生み出されていく過程、つまりはこの作品そのものが生まれていく様子を描いたメタ作品が、この「ラプソディ・イン・ブルー」なのだと思った。
それにしても、よくこれだけ個性的で才能ある出演者たちを選んできたのものと感心。服部さん、ラスタが現代のバレエ界でも特別な才能を持っていることは最初からわかっていた。だけど、彼ら二人が必要以上に目立つことはなく、二人とも作品の中の要素としてうまく溶け合っていた。服部さんはさりげなくとんでもない技術や、得意技の210度くらいに開脚するジャンプを見せていたけど、自己主張することなく控えめだったし、ラスタは格闘技を思わせる個性的な技を見せながらも、気品をにじませていた。
表現力、テクニック、柔軟性とも超一流で王子様役がさぞかし似合うであろう大貫さん、同じく端正なクラシックダンサーで技術に優れた横関さん。さらに、辻本さんの唯一無二の個性。彼の柔軟な背中、際立った音楽性と現代性には強いインパクトがあった。タカヒロさんは、とにかく面白いしバネがあってエネルギッシュ!ホント、今回の6人は全員最高だったし、今後彼らが出演する舞台からは目が離せないと思った。
音楽面も最高。金聖響さんは背中からも実に楽しそうな様子が伝わってきたし、バーバーやシューンベルク、メンデルスゾーンの美しいメロディをじっくり味わうことができた。「ラプソディ・イン・ブルー」のグルーヴ感も最高。難をいえば生音ではなくPAを通していたことが少し残念だったが、舞台の上奥にオーケストラが乗っているし、オーチャードホールは音響が良くないから致し方ないのだろう。まだ20歳という天才少年松永さんも、恐るべき才能の持ち主だと思う。彼の中には生まれながらにして音楽とリズムが息づいていたに違いない。「ラプソディ・イン・ブルー」ではすべてがひとつに融合して、ひとつの「FUN」を作り上げていた。
一期一会の出会い。奇跡のようなパフォーマンスだった。
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