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2007/04/22

「バレエ・ダンサー」ルーマ・ゴッデン

カテゴリとしては、児童書に分けられている一冊だけど、人生の喜びと苦しみ、家族愛と葛藤を描いたほろ苦い物語でもあり、大人にとっても読み応えたっぷり。筆者のルーマ・ゴッデンは元バレエ教師であるため、バレエへの愛と深い理解が感じられる作品。バレエの世界に魅せられた人なら誰でも面白く、そして時にはほろりとしながら読めると思う。

デューンは、5人兄弟の末っ子で一番ちっちゃい、みそっかすの男の子。姉のクリステルの付き添いでバレエ教室に足を踏み入れた日から、バレエの虜となる。両親、特にダンサーを夢見ていた母は、美人で体型にも恵まれたクリステルを甘やかし溺愛するが、男の子のデューンがバレエを学びたがるなんて夢にも思わなかった。だけどバレエの神様に愛されたデューンは天才的な才能を発揮し始め、両親の無理解、兄たちによるいじめなどの困難、お金の問題、そして何よりも彼の才能に嫉妬するクリステルの妨害をも、ものともしない。周囲の心優しい大人たちが守護天使となり、羽ばたいていくデューン。一方、入学したロイヤルバレエスクールでも、その美貌と技術で際立った存在のクリステルは、どんどんダークサイドに足を踏み入れていき、同じくロイヤルバレエスクールに入ったデューンをつぶそうと、さらに妨害工作をし始めるのだった。。

*****

デューン少年のけなげさに、まずは涙、涙。みそっかす扱いの彼は、家の中に居場所がなく、寂しい毎日を送っていたところ、父の青果店の使用人ベッボーが曲芸と音楽を教えてくれ、そしてクリステルのバレエ教室でバレエと出会い、レッスンピアニストのミスタ・フィリックスと親しくなって、めくるめくバレエの世界に目覚めていく。バレエの神様に愛されたデューンは、ぐんぐん才能を伸ばし、どんな困難や、愛する人たちとの悲しい別れにも負けずに一歩ずつバレダンサーへの階段を上っていく。素直で健気な彼の、眩しいまでの成長ぶりをページを繰りながら見守っていくのは、本当にすがすがしくて、彼の幸福を共有できる素敵な読書体験。いつまでも、ベッボーやミスタ・フィリックスのことを忘れないのが素敵。誰だって彼のことは応援したくなるだろう。

だけど、光があれば影があり、影として存在しているのがクリステル。光が眩しければ眩しいほど、影もより一層濃くなる。ただ一人の娘として両親に溺愛され、蝶よ花よとちやほやされ、甘やかされたクリステルは、デューンとは対照的な、陰険でずる賢い女の子に育ってしまった。たった一人の弟なのに、自分より才能があることに気が付くと、彼を蹴落とすことに全力を尽くす。普通にしていれば、美しくスタイルも良く技術もあってバレリーナのエリートコースを歩いていけるのに。読んでいくうちに、なんてイヤな女の子かと思った。少女漫画に出てくる、典型的な主人公を虐める意地悪な美少女そのものなのである。下巻で同じロイヤルバレエスクールに通い始めてから、行為はエスカレートする。家が貧しく学費が払えないからと、デューンにバレエスクールを辞めさせるように工作する。本当は貰われっ子だと嘘を言ってショックのあまり舞台出演を辞退させる。しまいにはバレエシューズで殴るなどの虐待行為。超イヤ~な女であり、憎むべき敵であるように思える。

だけど、彼女がデューンに向けた意地悪はすべて彼女自身に跳ね返って、彼女を深く傷つける。心優しいデューンは、姉にどんなに虐められても、姉のことを愛しているし許してしまえる。親の愛に恵まれなかった分、周囲の人たちに愛され、寛大な心を持つことができたから。クリステルの心の葛藤と闇、内なる善と悪との戦い。そしてこの二人兄弟への問い=バレエをどれだけ愛することができるか、という思いが丹念に描かれている。下巻は、完全にクリステルが主人公となっている。

そして、バレエに子供たちが熱中するうちに、家族の中で生まれる溝、亀裂、それを上回る喜びもあるけれども、溺愛してきたクリステルが巣立っていく時の母の痛みや寂しさも、苦しいほど伝わってくる。

それにしても、何千人の中から選ばれてバレエスクールに入ることができても、そこから先はなんという厳しい世界だろう。親しい同級生が何人も辞めさせられたり、また自分の意志で去っていく。しっかりとしていて、将来を期待され、確かな技術を持っている子でも、あまりものプレッシャーに押しつぶされて学校を後にする。

二人を教えていたミス・グリンの、ロイヤルバレエスクールについての言葉が印象的だ。
「うまくいって7,8年、自分の踊りを、少しでも良くしようと、もがき苦しみ、それでもバレエが好きでたまらないからほかの子供たちが好きなことや、やっていることを、なにもかもあきらめる決心をして、そのあげく、一番ささやかな、たぶん、誰の目にもとまらない役を、それを踊るという名誉だけのために踊るんです」

長く険しい道を駆け上った後の、デューン少年のその後が知りたい。


さて、実際のバレエ界には、姉弟や兄妹でバレエダンサーとなっているケースがかなり多い。大抵は、デューンの場合と同じで、姉もしくは妹のレッスンを観に行っているうちに自分もやりたくなったというケースである。すぐに思いつく例だと、ABTのアンヘル・コレーラ(と姉のカルメン)、エルマン・コルネホ(と姉のエリカ)。それに、ポリーナ・セミオノワと兄のドミトリー・セミオノフなどもある。きょうだいで同じカンパニーでバレエを踊るのってどういう気持ちなんだろうって考えてしまう。特にアンヘル、エルマン、ポリーナはそれぞれ大スターで、もちろん彼らの姉や兄も素晴らしいダンサーなのだけど、年齢が下の方がより成功しているとなると。。3組とも、きょうだいの仲はとても良いようだけどね。

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