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« 田中好道氏死去/「カーテンコールのこちら側」高円宮殿下 | トップページ | 最高に楽しかった!東京バレエ団4/15 ドン・キホーテ »

2007/04/15

「善き人のためのソナタ」Das Leben der Anderen

今年度のアカデミー賞外国語映画賞受賞作。その栄誉に相応しい傑作だと思う。

監視国家だった1984年の東ドイツ、ベルリン。国家保安省シュタージのヴィースラー大尉は、ヘムプフ大臣に命じられ、反体制の恐れがある劇作家ドライマンと恋人である女優のクリスタを毎日24時間監視することを命じられる。凄腕の役人であるヴィースラーは、だが彼らを監視するうちに、彼らが愛する芸術と自由に魅せられていく。ドライマンは、演出することを禁止された親友イェルマンの自殺に衝撃を受け、東ドイツにおける多発する自殺についての文章を書き、西側の雑誌に匿名で発表する。この動きをヴィースラーは察知していたにもかかわらず、見逃していたのだ。やがて、文章を書いた犯人探しが始まるとともに、ヴィースラー自身の身にも危機が迫る・・・。

そして、それから数年後、ベルリンの壁は崩れ、世界は変わっていく。


ヴィースラーの人物像の描き方が秀逸。冒頭、政治犯の尋問で48時間もの間眠らせないで、自白させる鮮やかな手腕を見せ、その様子を学生たちに講義しながら、「あまりにも非人道的」と言った学生のところに×印をつける。だが、すべてを仕事に捧げてきた彼の日常はあまりにも寂しく殺風景なものだった。ドライマンとクリスタが誕生日パーティで多くの友人たちと楽しい時間を過ごした後、愛し合う様子まで聞くことになったヴィースラーに、変化が訪れる。権力をかさにしたヘムプフ大臣によってリムジンの中で陵辱されたクリスタが、ドライマンのアパートに届けられたとき、ヴィースラーはわざとその様子がドライマンにわかるように呼び鈴を鳴らす。その一方で、アパートに初めて娼婦を呼び、ことが終わって帰ろうとするときに「もう少しいてくれないか」と頼むようになるのだ。

ドライマンの部屋からヴィースラーはブレヒトの本を盗み、激しくも美しい愛に心を奪われる。イェルマンが贈った楽譜「善き人のソナタ」を、ドライマンが彼の死を悼んで弾いた時、ヴィースラーの目には涙が浮かぶ。

その曲を本気で聴いた者は、悪人になれない、と言われたこのソナタ。

それにしても、なんとヴィースラーという男は切ないことか。東ドイツという国家の体制を信じて、すべてを任務のために捧げてきた。中年となった今もひとりぼっちで、殺風景なアパートで孤独に生活している。通りすがりの子供にも、「あなたはシュタージでしょう」と言い当てられる始末。そしてようやく、監視を通じて、人生の喜びに触れることができたのだ。自分自身ではなく、他の人の人生の喜びを覗くことによって。
この映画の原題はDas Leben der Anderen(他人の人生)という。喜びが自分にもたらされたものではなく、他人のものであっても、それを見て、感じることだけでも幸せになれるということは、哀しいことであると同時に、人生の喜びとはどういうものかということを考えさせてくれる。

そして、彼が取った行動。それは果たして、ドライマンやクリスタを幸せにしたことなのかどうかはわからない。だけど、そこで彼が取った選択は間違っていなかったと信じたい。ドライマンとクリスタに存在していた喜びは、すべて彼から奪い取られていたものだと思ってしまった。しかし・・・・。

ラストのヴィースラーの笑顔と、誇らしげな口ぶり。彼が、他人の人生を見ているだけでなく、自分自身の立派な人生を生きることができたと、自分自身で確信できた幸福な瞬間だった。それは、この映画を、カタストロフィを予測しどきどきしながら観ていた私たちをも至福へと導く。

「それは私のための本だから」


壁が崩れ、すべての監視記録を閲覧できるようになったという新生ドイツはすごい国だ。その記録に残った赤い指紋とコードナンバーから、ドライマンは自分たちを守ろうとした人間の存在を知る。このあたりの演出も心憎い。


どんなに権力に押しつぶされ、裏切られ、自由を奪われたとしても、人間には心がある。そしてそんなひどい世の中でも、芸術が人の心を潤してくれる。たとえ愛するものを、すべてを、命を奪われたとしても、真摯な人間の生き方は人々に影響を及ぼし、世界は変わっていく。そういう希望を感じさせてくれた映画であった。さて、自分はそのような人間になれるものなのだろうか。


ヴィースラーを演じたウルリヒッヒ・ミューエが素晴らしい。冒頭で冷酷に任務を遂行しているように見えても、人間味が隠されていることを感じさせる。非常に寡黙で台詞も少なく、表情の変化もそれほどあるわけではないのに、少しずつ彼の内面が変わっていくことを、抑えた演技で見せて行ってくれる。素晴らしい、美しい目の表情だけで。明確な表情を見せたのは、ラストシーンだけというのが効いている。あの晴れやかで素晴らしい笑顔が、この映画の成功に最大の貢献をしていると思う。
日本では未公開だったコスタ=ガヴラスの傑作「ホロコースト-アドルフ・ヒトラーの洗礼-(Amen)」の、ユダヤ人強制収容所のナチス親衛隊兼医師役も人間味を感じさせて感動的だった。

クリスタというキャラクターも非常に複雑である。そもそも二人が監視されることになったのは、クリスタの舞台を観て彼女の魅力に惹きつけられたヘムプフ大臣が、彼女をモノにしようと考えたことから始まった。ヘムプフ大臣は卑劣にも強引に彼女と関係を結び、脅迫し、そして雑誌記事への関与をドライマンが疑われた時には、彼女の口を割らせようとする。人気女優の彼女に、二度と舞台に立てなくなると脅して。女優という仕事への誇りとドライマンへの愛に引き裂かれるクリスタを演じたマルティナ・ゲデックもとても良かった。「マーサの幸せレシピ」のマーサ役だったのだが、まったく違った印象。ドライマン役のセバスチャン・コッホといい、役者の力がさらに作品のクオリティを上げている。

東京での公開は20日まで。まだの方はお早めに。

http://www.yokihito.com/

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