サンフランシスコ・バレエの2007シーズンは合計8つのプログラムから構成されている。「眠れる森の美女」と「ドン・キホーテ」以外はすべてコンテンポラリー作品のミックスレパートリーで構成されている。この日はプログラム4として3つの作品が上演された。
通常A5サイズのプレイビルが一般的だと思っていたのだが、サンフランシスコ・バレエはかなり大きな版型のものを配っており、演目の解説も丁寧だし、コール・ドにいたるまで団員全員の顔写真と出身地、入団年が入っていてとても親切。そのほかにシーズン全体の解説の冊子も置いてあった。このプレイビルをめくっていて気が付いたのが、プリンシパル・キャラクター・アーティストにホルヘ・エスキヴェルの名前があること。そう、アリシア・アロンソのパートナーとしてキューバ国立バレエで活躍した方である。どうやら今はサンフランシスコ・バレエのバレエマスターを務めながら、キャラクターとして出演もしていて、ロミオとジュリエットのヴェローナの大公などを演じているらしい。サンフランシスコ・バレエはシーズンにクラシック演目が二つだけ、あと冬にくるみ割り人形を上演するくらいなので出番はそれほどなさそうであるが。
劇場War Memorial Opera Houseは前のエントリで書いたように、歴史を経てきた風格があって優雅で美しい。特にロビーは天井の金色の模様が華麗で、うっとりしてしまうほど。アッシャー(場内係員)はほぼ全員がボランティアのようで、ボランティアのバッチをつけている。3000人以上収容するという大きな劇場だけど、席はとてもゆったりとしていて座り心地が良い。私は前から13列目のセンターという場所だったが、前の席にお客さんがいなかったこともあり、とても観やすかった。段差はさほどなさそうではあるけれども、ニューヨークのMETよりはだいぶましな感じである。
Program 4
Spring Rounds
Composer: Richard Strauss
Choreography: Paul Taylor
MusiC: Divertimento for small orchestra, op. 86
(after Couperin)
Vanessa Zahorian Garett Anderson
出演者は全員がライトグリーンの衣装。主役二人と12人の男女による、春らしい爽やかな作品。ポール・テイラーの作品なので基本的にはクラシックの振付ではない。リヒャルト・シュトラウスの曲に合わせた軽やかな跳躍が多く観られ、躍動感が溢れている。長い髪を後ろに垂らしたヴァネッサ・ザホリアンがとても美しい。男性7人が環になって腕をアロンジェの形にして円の真ん中に向かって跳躍する印象的なシーンでは、動きや高さがみな揃っていてバレエ団の実力の一端をうかがえた気がした。この部分は、まるで花びらのように思える。ハンサムなダンサーがそろっているなと思ってしまった。
Chi-Lin
Composer: Bright Sheng
Choreography: Helgi Tomasson
MusiC: Flute Moon; The Stream Flows; “Fanfare”
from China Dreams
Dragon: Davit Karapetyan
Tortoise: Tiit Helimets
Phoenix: Nicolas BlancJaime Garcia Castilla
Chi-Lin: Yuan Yuan Tan
芸術監督のヘルジ・トマソンが、看板プリンシパルであるヤンヤン・タンのために創造した作品。ヤンヤン・タンのルーツである中国の文化へのオマージュを捧げている。よく東洋的なテーマをバレエ化すると、東洋人である私たちから見れば珍奇な作品に仕上がってしまうことが多いけど、この作品は純粋に東洋的なモチーフだけ使ってエンターテインメント性を強調しているので、楽しく見ることができた。Chi-Linとは麒麟のことであるようだ。麒麟、亀、フェニックス、そしてドラゴンの4人の聖獣がそれぞれポーズを取っている冒頭から、それぞれが派手な技を繰り広げ、さらには群舞も登場して、祝祭的な空間ができ上がる。ドラゴン、フェニックス、亀ともとても力強い技を見せてくれて男性的だった。が、やはり際立っているのがヤンヤン・タン。長くて細い手脚、よくしなる柔軟な背中、強いポアント、しなやかで高く上がる美脚。身体能力の高さは驚異的である。まさにスターの輝きというべきカリスマ性。でも、同時にキュートで、アルカイックな幸福感を漂わせていて、とてもチャーミングなのだ。この繊細さと透明感はアメリカ人、いや西洋人には出せないものだろう。スタイルの良さ、身体能力の高さと柔らかさ、清潔感がある可愛い容姿と日本人に受ける要素が多分にある。
今回の目玉は、話題の振付家ウェイン・マクレガー(ロイヤル・バレエの常任振付家に就任したばかり)による「Eden/Eden」である。シュツットガルト・バレエのために振付けられた作品で、サンフランシスコ・バレエでは今シーズン初めて上演される。話題となっていたようで、多くの媒体で批評が掲載されていた。今シーズンをもって引退するプリンシパルのミュリエル・マフルが主演しているのも話題である。
Eden/Eden - NEW!
United States Premiere
Composer: Steve Reich
Choreography: Wayne McGregor
MusiC: “dolly” from Three Tales (a video opera)
Muriel Maffre, Gonzalo Garcia
Pascal Molat, Dana Genshaft
Rory Hohenstein, Katita Waldo
James Sofranko, Margaret Karl, Moises Martin
最初に、数分、クローン羊ドリーについてのフィルムが流れる。音楽はスティーヴ・ライヒによるミニマルなもの。クローン人間をテーマにしているため、ダンサーは全員、一見裸に見える肌色全身タイツに、スイムキャップをかぶってスキンヘッドを模している。固体識別は難しく、人間性を剥奪されている。そのため、シュツットガルトでの初演ではかなりスキャンダラスな捉え方をされたようだ。
この作品もまた、ミュリエル・マフルというダンサーの素晴らしさを実感させられる一作となっていた。フランス出身で、パリ・オペラ座学校を16歳で中途退学させられるという挫折にめげず、コンセルヴァトゥールに転校してパリ国際コンクール金賞やモスクワ国際コンクールファイナりストという経歴を持つ。ハンブルク・バレエ、モンテカルロ・バレエのソリストを経て1989年よりサンフランシスコ・バレエで活躍してきた。たしかに年齢的にはもう42歳なので引退も致し方ないかもしれないけど、技術も表現力も大変優れている魅力的なダンサーだ。
最初にミュリエル・マフルが登場。次にゴンサロ・ガルシアが登場してのパ・ド・ドゥ。マネキンとかロボットのような、カクカクした動き。女性ダンサーはみなポアント着用だが、ウェイン・マクレガーはたしかロイヤル・バレエの歴史の中でも唯一クラシックバレエの経験のない振付家という。たしかに、足先はフレックスを多用しているし、クラシック・バレエの文法を解体したように見える。だが、クラシックな要素は残されているのが面白い。ハンス・ベルメールの写真を思わせるような、不思議な曲がり方をした独特のフォルムを取るダンサーたち。舞台後方には、エデンを象徴するかのような木が一本。ミュリエル・マフルの力強い動きに引き寄せられる。人類創造をモチーフにしているかと思いきや、近未来的でもある。やがて、残りのダンサーたちが登場し、それぞれペアになってパ・ド・ドゥを踊る。このあたりの振付は、多分にフォーサイスっぽい感じだ。
それから、天井から衣装を着けたトルソが降りてくる。ダンサーたちは、スイムキャップを脱いて髪をほどき、服を身に着ける。すると、アンドロイドかマネキンのようだった彼らが、急に個体性のある、男女の区別のつく人間に見えてきて、どこか暖かさが伝わってくる。が、そんな彼らが、超高速でフェッテし始めたり、なんだかすごいことになっていく。
一度見ただけでは全部把握しきれないけど、斬新でめちゃめちゃ面白かった!いずれロイヤルなどでも踊られることになるのだろうか。初めてマクレガーの作品を見たけど、なるほど恐るべき才能だと思ったし、非常に踊るのが難しい振付を難なくこなしたサンフランシスコ・バレエのダンサーたちも素晴らしいと思った。
ヤンヤン・タンという日本でも知られており、夏の来日でおそらく人気が上昇するスターがいるのだし、いつかは日本でも公演を行ってほしいと思った。ツアーにはあまり出ない地元密着型のカンパニーのようではあるが。
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